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利用者:キュアラプラプ/サンドボックス/丙
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===1 パンがないならサーカスを観ればいいじゃない=== 人間だとか、政治だとか、そんなものはこの大地の興味を惹くに値しないらしい。第三クーデターが成功裡に終わってから数年が経ち、民衆の生活は大きく変わったが、相も変わらずこの国の冬は代わり映えのしない極寒だった。 過酷な労働環境に喘いでいた都の労働者たちには、ずいぶん笑顔が増えた。この国の新しい元首が、革命の推進力となり、今でも自身の支持基盤となっている彼ら労働者たちを、きわめて優遇したからだ。労働者を守る法律や、社会的な支援制度が整備され、もう彼らがパンの一欠片を何日もかけて大事に食べるようなことはなくなった。都市の工業化はきわめて効率的に進み、この国では何もかもが順調に進んでいるように見えた。 しかし、ひとたび都市の外に目を向けると、状況は一変する。新たな元首が大手を振って推し進めたのが、いわゆる{{傍点|文章=内国植民地}}の建設だった。彼女は最初、「労働者と農民の有機的な団結」を掲げ、都市の各工業区に国家周縁の地方自治体を対応づけたのち、内需の充実を名目にした「自給自足」の制度を導入した。これによって、地方は工業区に食料やエネルギー資源を含む一次産品を輸出し、対する工業区はそれらを加工した消費財を地方に輸出するという構図が出来上がる。この工業区と地方自治体の連合が、俗に「サンドイッチ」と呼ばれるようになったのは、ある風刺画がきっかけだった。その絵はちょうど、第一身分と第二身分が平たい岩の上から第三身分を踏みつけにするフランス革命の風刺画と同じような構図をしていて、上のパンには「都市労働者」、下のパンには「農民」、そして具のハムには「自由経済」と文字が書かれているものだった。下のパンは薄く萎れていて、上のパンはでっぷりとしているものの緑の{{傍点|文章=かび}}が描き込まれている。実際のところ、「サンドイッチ」の経済の全権は、すべて工業区の方に握られていた。それに、かの元首は軍隊を行政監督者として用い、地方の住民を厳しく支配した。経済合理化の御旗のもとに、地方住民の権利は次々に奪われていき、地方はただ資源、あるいは市場としてしかみなされなくなったのだ。 こうして、国内の中核と周縁の間には、帝国と植民地の関係に全く異ならない状況が生まれた。その仕組みは、すこぶるうまく機能した。――ただしこの元首は、そこにあぐらをかくことはなく、むしろ地方の「思想監督」に病的なまでの神経質さを発揮した。それは、彼女が抑圧された地域住民によって革命を起こされるという{{傍点|文章=へま}}を強く恐れたためなのだろう。ともかく、これが「サーカス」誕生の経緯であった。それは、危険な革命思想者を侮辱し、いたぶる娯楽産業だ。これらのショーは地方各地で興行され、たちまち大きな人気を博すようになった。{{傍点|文章=思想者}}はたいてい、ひどく意地悪なゲームで遊ばされる。ある者には指や歯を手札にしたばば抜きを、またある者には脱穀機との手押し相撲を……古典的なライオンとの決闘に参加させられた者もいる。 そして、このさびれたショッピングモールもまた、今日行われるサーカスの会場だった。 一階のフードコートの中央にはウッドデッキ調のステージが置かれており、そこから三つのフロアの中央を貫くように吹き抜けがある。どのフロアもテナントはまばらで、電気はほとんど通っていない。普段はほとんど廃墟のようにも見えるこの商業施設は、しかしサーカスの日だけは開業当初の熱気を取り戻した。観衆は各フロアの吹き抜けを囲う柵から身を乗り出し、思い思いに歓声や罵声を飛ばす。それはさながら古代ローマのコロッセオだ。ただし、彼らが見ていたのは一階中央のステージではなく、吹き抜けの空間に出し抜けに立っている、電力供給の止まったエスカレーターだった。どうやら彼らのスターは、いつもこのかなりの長さのエスカレーターをレッドカーペットにして登場するらしい。 「俺は{{傍点|文章=三ターン}}に賭けるぜ!」 「いいや、やつの理性を買いかぶりすぎだろう! 俺は{{傍点|文章=二ターン}}に賭ける!」 サーカスでは、こういう形の多くの見世物と同じように、もちろん客席の賭け事も盛んだ。ただし、このショッピングモールに限っては、賭けの対象は{{傍点|文章=勝者がどちらか}}ではなく、{{傍点|文章=この日捧げられた思想者が何ターン目で殺されるか}}だった。――このショッピングモールの支配人にして、そこで開催されるサーカスの執行人をも勤める男は、もとは悪名を馳せたギャンブラーだった。チャイニーズマフィアの下っ端として地下闘技場に現れた彼は、時に獰猛に、またある時には狡猾にふるまい、並み居る胡乱なやり手たちを退けて無敗の王座を手に入れたのだ。現役を引退した後も、彼の激しい{{傍点|文章=たち}}は変わらなかった。サーカスショーの中で癇癪を起こし、たった数ターンのうちに思想者を殺してしまうこともざらにあった。その中華系のルーツと、熊のような巨躯、全身に入った黒のまだら模様の刺青、そしてその驚くべき勝負強さによって、彼はこう呼ばれるに至った――「<ruby>"大勝ち"のパンダ<rt>Panda the "Creamer"</rt></ruby>」。あるいはより親愛を込めて、「クリームパンダ」と。 ===2 駄段々=== 突如、人々のざわめく声が歓声になる。彼らの視線の先には、、エスカレータを堂々とした足取りで歩いて降りてくる、迷彩柄のズボンを履いた上裸の巨漢がいた。サーカスの主催者、クリームパンダの登場だ。 「ビャハハハハ! 今日も元気がいいなあ、市民たち!」 クリームパンダの獣のような大声が響くが、しかしそれにも負けない歓声がモールを埋め尽くした。彼は満足そうに目を細め、マイクを持ち、醜悪なウインクをさらした。 「さあて、今日のサーカスの演目は先週告知した通り……久々の『賭け駄段々』だ! 舞台はもちろん、このでくのぼうのエスカレーター!」 万雷の拍手で彼の言葉のいちいちを迎える観客席は、しかしどうやらまだそわそわした様子で、期待に満ちた目をしてクリームパンダを見ている。彼らが待っているのはもちろん、今日の獲物――治安警察から引き渡されてくる思想者だ。クリームパンダはもろ手を挙げて続ける。 「まあ待ってくれ、凶暴な市民たち。まずは『駄段々』の説明だ。ここでは前にも何回かやっているから、知っている人も多いと思うが、一応説明させてくれ。このゲームは地下賭博場で作られ、大流行したゲームのひとつだ。ギャンブルで脳みその報酬系が腐ったごろつきどもは、刺激を求めて何度も地下賭博場に出向くだろう? それである時、奴らはついに地上の入口から地下賭博場へと続く長い階段を歩いて降りる時間すら退屈に思うようになっちまったらしい。こうして考え出されたのが、階段とトランプだけを使って遊べるこのゲーム、『駄段々』ってわけだ。 ルールを説明しよう。このゲームの勝利条件は、『階段を下りきること』! 簡単だろう? ただし、逆に階段を上りきってしまうと敗北になる。ゲーム開始時は、そもそも階段を上りきった場所から始めるから例外だが、その場合もさらにそこから上昇するような移動をしてしまえば敗北だ。で、段の移動は、もちろん勝手にやっていいわけじゃない。ただの階段駆け下り競争になっちまうからな。ここでトランプを使うんだ。プレイヤーは、七枚のランダムなカードで構成された手札をゲーム開始時に受け取る。そして、各ターンにそれぞれ一回ずつ『数字カード』を使うことで階段を上り下りするんだ。『数字カード』は<ruby>A<rt>エース</rt></ruby>から10の数札に<ruby>J<rt>ジャック</rt></ruby>を加えたもので、プレイヤーは宣言した『数字カード』にある数字の分だけ移動でき、同じカードは何度でも使うことができる。ああ、もちろんJは11に相当する。ここで気をつけるのは、それが黒のカード、つまりスペードかクラブのカードなら階段を下る方向に移動し、逆に赤のカード、つまりハートかダイヤのカードなら階段を上る方向に移動するってところだ。ややこしいだろう?」 そう言うと、クリームパンダは懐からカードをいくつか取り出し、動きを実演してみせた。ハートの3なら3段上昇、クラブの1なら1段下降。次に彼が観客に見せびらかしたのは―― 「よおし、見ろ、これぞキングだ! 『数字カード』以外のカード、つまり<ruby>Q<rt>クイーン</rt></ruby>、<ruby>K<rt>キング</rt></ruby>、そして<ruby>JK<rt>ジョーカー</rt></ruby>は、駄段々では『特殊カード』と呼ばれる。こいつらの特徴の一つは、『数字カード』とは違って、自分のターンじゃなくてもお構いなしに発動できることだ。ただし、使うときにはカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の真上の方にぶん投げないといけない。面白いだろ? ずいぶん妙だが、大事なルールだ。覚えておいてくれ。ちなみに、何らかの理由でぶん投げられたカードは、その次のターンからはプレイヤーの誰でも勝手に拾っていい。で、こっからが本題だ。『特殊カード』は色が黒とか赤とかに関係なく、その名の通り強力な特殊効果を持つ。まずは……QとK。女王と王だ。こいつをぶん投げるってのが何を意味してるか、頭脳明晰な市民諸君にはもうお分かりだろう――{{傍点|文章=革命だ}}!」 瞬間、まるで火がついたように、観客席からブーイングの大合唱が飛ぶ。もちろんクリームパンダはこんな{{傍点|文章=不適切}}なことを賛美しているわけではないし、観客も彼のことを本心から批判しているわけではない。これはクリームパンダお馴染みのブラックジョークであり、いわばお約束なのだ。彼は何かカードゲームを持ってくるとき、いつも「革命」の要素が入ったものを選んできては、露悪的にそれを見せつける。――これが暗に「思想監督」の一端を担っているのは、言うまでもないことだ。 「ビャッハッハ、すまんすまん、でもルールブックに書いてあるんだから仕方ない。さて、『革命』が発生したとき、起こることはシンプルだが、とても厄介だ。{{傍点|文章=勝利条件と敗北条件が入れ替わる}}のさ! 一度『革命』が起きた後は、今まで通り下に進んでいくことはできない。もし階段を下りきってしまったら、それは勝利じゃなく、敗北になってしまうからな。勝利するためには、今度は上を目指さないといけないんだ。もちろん、『革命』は何度でも起こせるから、さらに『革命』をし返すことで条件を元に戻すこともできる。いよいよ本格的にややこしくなってきたかな。 で、今度はJKの説明だ。まあ、さすがは道化と言ったところか、こいつの効果は奇妙でな。このカードを使うと、{{傍点|文章=自分の手札を相手に公開しなければならない}}んだ。これを代償に相手にデカい損害を与えられるとかでもなく、ただただ自分の手札を相手に見せるというだけのカード。意味が分からないだろう? まったくだ。だが、『駄段々』にはこいつを活かすルールが一つある。それは、『相手のプレイヤーが自分がいる段の真下の段にいるとき、相手に自分のカードの効果を押し付けることができる』というルールだ。ここでいう『効果』には『数字カード』による階段の移動も含まれるから、このルールは、基本的には自分のターンに、自分が移動する代わりに相手を不利な方向に強制的に移動させるというやり方で使われる。ただし、これはもちろんJKの効果にも適用されるから、もし相手の一段上の場所を取ることができたら、今度は逆にJKを相手に使うことで『相手の手札を強制的に自分に公開させる』ことができるようになるんだ。JKはこうやって使うのさ。素晴らしいだろう? なお、QとKの効果は、常にプレイヤーに対してではなく勝利・敗北条件に発動するから、一段上うんぬんはこいつらには関係ないぜ」 ここでクリームパンダは、懐に入っていたカードをすべて引っ張り出した。先ほどの三枚のカードを含む七枚のカードを舐め回すように見た後、あからさまな演技の困り顔をして、出しぬけにこう言った。 「んー? おいおい待て待て、俺様が持っているカードは、さっきの赤の3と黒の1、Kの他に、赤の1が二枚、赤の2、それに黒の2。この七枚だ。参ったな、数字の小さいカードばっかりだ。これじゃあゴールにたどり着くまでに時間がかかって、相手の圧勝に終わっちまうかもしれない。結局このゲーム、手札の運が勝敗を決めるんじゃないのか? ……こういう疑問はもっともだ。しかし、『駄段々』の本性はここからなんだ。覚えてるか? 『特殊カードを使用するとき、そのカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の真上の方にぶん投げないといけない』というルールがある。なのに、『数字カード』を使用するときには、別にそんなことをする必要はないよな。実は、これにはちゃんと理由があるんだよ。{{傍点|文章=『数字カード』を使うとき、ちゃんと嘘をつけるようにするため}}さ! そう、『数字カード』を使うときには、嘘をついてもいいんだ。このゲームの基本は、相手を出し抜いて速くゴールするために、嘘の数字を張りまくるというところにある。 もちろん、嘘が出てくるからには、いわゆる『ダウト要素』が存在する。相手が宣言した『数字カード』が嘘だと思ったとき、プレイヤーはこう叫ぶ――『駄段々』! そう、これこそが、このゲームの名前にもなっている一番の目玉要素なんだ。『駄段々』を受けたプレイヤーは、必ず宣言した『数字カード』を実際に相手に見せないといけない。それができない場合――つまり宣言したものが嘘だった場合、そいつは手札の中で最も数が大きい『数字カード』を階段の真上の方にぶん投げ、なおかつ『駄段々』を行ったプレイヤーと階段上の位置を交換しなければならない。かなり重いペナルティだ。嘘を指摘したプレイヤーの位置によっては、振り出しに戻ってしまうことだってありえる。 だが、『駄段々』を行う方にももちろんリスクはある。もしも『駄段々』を受けたプレイヤーが、宣言した『数字カード』を実際に持っていた場合――つまり嘘なんてついていなかった場合、今度は『駄段々』を行ったやつの方が、手札の中で最も数が大きい『数字カード』を階段の真上の方にぶん投げないといけないんだ。こんな風に、ハイリスク・ハイリターンだからこそ、『駄段々』に駆け引きが生まれてくるってわけだな。……ああ、それと、もう一つ大事なことがあった。あるプレイヤーが『数字カード』を宣言し、それによる移動で勝利条件が満たされる――つまりゴールが成立するようなときに、そいつが『駄段々』を受け、それが成功したならば――つまり、そのプレイヤーが嘘をついていたことが明らかになったならば――そいつは即座に敗北のペナルティを負わされてしまうんだ。簡単に言うと、嘘でゴールしようとしたのがバレたら即敗北ってことだ。気をつけないといけないな。 ……ふう、退屈なルールの説明は、これでおしまいだ。狂暴な市民たちよ、よく耐えてくれたな。ここからは、お前たちの見たいものを思う存分見せてやる!」 クリームパンダはそう言って、はげた頭の横で拍手を二回響かせた。観客が総立ちで拳を突き上げる中、一階のステージに現れた思想者の男、あるいは{{傍点|文章=今日の獲物}}と呼ぶべきか、彼は二人の軍人に前後を囲まれ、麻の縄で胴と腕を後ろ手に縛られていた。 ===3 ショーの幕開け=== 「さあ、今日の思想者はこいつだ! 先日の『大摘発』によってパクられた一味の、最後の生き残りらしい。サーカスは楽しめそうかい? 意気込みをどうぞ」 そう言うと、クリームパンダはマイクを男に突き出す。男は半笑いでこう返した。 「おいお前、迷彩ズボンに上は裸って、どういうファッションセンスなんだ? 追い剥ぎに遭った敗残兵のコスプレでもしてるのか?」 この瞬間、会場の誰もが、今回のサーカスは『0ターン』に賭けた者の勝利に終わると思ったが、当のクリームパンダは腹を叩いて大笑いしていた。どうやら今日の支配人は機嫌がいいらしい。 「ワーオ! なるほど、さすがは生き残り。なかなか図太いやつだ。ただし、そのへらへらした態度もいつまで{{傍点|文章=もつ}}かなあ?」 クリームパンダは観客席の方に振り返って、にやりと笑う。 「さあ始めよう! 本日のサーカス、『賭け駄段々』を!」 観客席のボルテージは最高潮だ。各フロアに設置されたフロントには、今日のオッズが張り出されている。最も人気なのは『三ターン』、最も不人気なのは『殺されない』という賭けらしく、『殺されない』場合の払戻金は一万倍と表記されていた。もっとも、それはただのいたずら書きだったが。二人の軍人は、男をエスカレーターの上まで連れてきて、縄をほどいた後、自らも観客席に移動した。どこからか現れた支配人の助手らしいスーツ姿の男が、クリームパンダと思想者にそれぞれ七枚のトランプカードを渡し、これにて『駄段々』の準備は整った。 「ああ、そうだ、観客の市民諸君は当然ご存じだろうが、一応説明しておこう。今、このサーカスに存在するルールは、『駄段々』のルールだけだ。……どういう意味か分かるか? つまり、エスカレーターの上の演者たちの間に、{{傍点|文章=法は存在しない}}んだ! 勝手に言ってるわけじゃないぜ。なんならあの{{傍点|文章=女帝}}が定めたことだ。だからもし俺様がゲーム中にこいつを殺しちまっても、何にも問題はない。『駄段々』のルールには、『対戦相手を殺してはならない』なんて一言も書かれてないからなあ! 分かったか、危険思想者の生き残り!」 しかし、思想者の顔に張り付いたにやけ顔は一向に曇らない。 「なるほど、なんでもありだな。じゃあ逆に、俺がお前にしょんべんをぶちまけたって何も問題にはならないわけだ!」 これには、観客席からも笑い声が飛んだ。こういうタイプの思想者は、やはり時々現れてくるのだ。今回のサーカスは面白くなりそうだ。 「ビャハハハハ、まったく面白いやつだな。そんなお前の気概に免じて、ハンデをやろう。お前が先攻で良いぜ」 「……よし、じゃあ俺は『数字カード』の黒の5を使おう」 男はそのまま5段下降した。この停止したエスカレーターのステップは全部で50段で、よほどの強運で手札に大きい数字のカードが上から順に集まっているでもない限り、必ずどこかで嘘をつく必要がある。ゲームを盛り上げるには、うってつけの階段だった。ただし、場の浮かれた空気とは裏腹に、あるいはその陽気さが異常なものであることを示すだけかもしれないが、エスカレーターにはところどころにべったりと血がついていた。以前の『賭け駄段々』で殺された思想者のものだ。クリームパンダがおどけた表情で観客席を笑わせている間に、男はターンエンドを宣言した。 「俺様は黒の4だ。おっと、お前の真上だな。これはラッキーだ」 スキップしながら階段を4段下った後、クリームパンダは突然ズボンのポケットから二丁の銃を取り出し、真下の男をじっと見てこう言った。 「なあ、思想者よ、取引をしないか? 俺は銃を二丁持っているから、『駄段々』のルールのせいで階段を自由に動けないにもかかわらず、遠距離からお前を殺すことができる。だがお前は手ぶらだ。俺を殺すことが難しい。……これじゃあ不公平だよな? 不公平なのは良くない。だから取引をしよう。なあに、簡単な取引さ! もしお前の手札にQかKがあるのなら、それを全て俺によこしてくれ。お前のような思想者が『革命』を起こせるカードを持つなんて、危なっかしいったらありゃしないからな。そうしたら、俺は代わりにこの二丁の拳銃のうち一丁をお前にやる。どうだ? もちろん、銃は本物だ」 そう言って、クリームパンダは二丁の銃を真上に向け、引き金を引いた。撃鉄の鋭い金属音と空気の振動が、観客席を沸かす。 「ほう。ずいぶんと優しいんだな。……分かった。取引に乗ろう」 男はKを一枚、真上のクリームパンダに渡した。クリームパンダは得意の芝居がかった表情でそれを受け取り、拳銃を男に渡す。 「ああ、言うのを忘れていた。ただし一つの条件として、この取引でお前が嘘をついていたなら……直ちに殺す。つまり、お前の手札に俺に渡したK以外の『革命』を起こせるカードが残っていたならば、お前を射殺する! じゃあ、答え合わせの時間といこうか」 クリームパンダは、観客席にJKを見せびらかした。真下のプレイヤーにカードの効果を押し付けるルールによって、男の手札を開示するのだ。このとき、観客の誰もがこう思っていた――「1ターン」に賭けた者の勝利だ! ――なぜこの「賭け駄段々」が、勝者がどちらかについての賭けをしないのか。その答えは単純で、{{傍点|文章=これは出来レースだから}}だ。この「駄段々」のゲームの展開は、全てクリームパンダに仕組まれている。そもそも、「指や歯を手札にしたばば抜き」だとか、そういうほとんど残虐な刑に違わないようなサーカスが各地で行われている中で、このクリームパンダの「賭け駄段々」だけがただの「殺されるかもしれないゲーム」だなんていう{{傍点|文章=うまい話}}はないに決まっている。これはゲームの形を借りた単なる殺人ショーなのだ。これを可能にするのが、{{傍点|文章=手札の操作}}であった。クリームパンダに配られる手札、そして思想者に配られるカードは、事前に決められたものだった。クリームパンダの手札は「Qが三枚、JK、黒の4、赤の10、赤の9」、そして思想者の手札は「Kが二枚、黒の5が二枚、赤のJが二枚、赤の10が一枚」だ。これによって作られる最初の見せ場が、この「取引」だった。 思想者の手札の中の{{傍点|文章=使える}}「数字カード」は、実質的に二枚の黒の5だけだ。赤のJや赤の10は、思想者がどの段にいようとも――ゲーム開始時、黒の5を使ったときの5段目、二枚目の黒の5を使ったときの10段目――かならず階段を上りきり、敗北になってしまう。だから、思想者は一ターン目には必ず黒の5を使う。そこに、黒の4を使ったクリームパンダがやって来て、「取引」を持ちかけるのだ。パンダの実銃にも怖気づかず、このゲームにひょっとすると勝てるかもしれないと思っている傲慢な思想者は、この取引を持ち掛けられたとき、それを断るか、あるいは二枚のKのうち一枚だけを渡す。もし残ったKで「革命」を起こせたら、例の赤のJや10を使って、ひといきにこのゲームに勝利できるかもしれないからだ。無論、クリームパンダは思想者の「革命」を打ち消せる分のQを持っているからそんなことは起こりえないし、そもそもこういう無礼を働いた時点で、思想者はJKによってその{{傍点|文章=分かりきった手札}}を公開され、殺されるのだ。……今起ころうとしていることは、まさにそのパターンだった。 しかし驚くべきことに、男がにやけ面で公開した、七枚からKを引いて六枚の手札は――黒の5が一枚、赤のJが二枚、赤の10、そして赤の9だった。 ===4 <ruby>戦況激化<rt>エスカレーション</rt></ruby>===
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