「利用者:キュアラプラプ/サンドボックス/丙」を編集中

「で、……目を離した隙にこうなっていたと」

　ディアガ＝パパ署長は、死んだ目で包丁の刺さった死体を指差す。彼は六十年間、馬車場のように働いて、数々の凶悪犯の捜査・逮捕に貢献してきたが、いよいよ定年退職とあって、数々の頼もしい部下たちに盛大な送別会を開いてもらっていた。そんな折での、殺人事件だった。

「署長、あー、何と言ったらいいのか……。ご愁傷さまです」

　パイパラ＝アイ警部補は、伏し目がちにそう話しかける。居酒屋の座敷に白目をむいて転がっているのは、ドリビアン＝パパ巡査。彼はディアガ署長の管轄するトロトン市立警察署いちの新人だ。就任初日で、ある銀行強盗・立てこもり事件を犠牲者も出さず即座に解決したという類まれな功績で、管内に名を馳せていた。その分、彼を嫉妬する者も多かったのだろうか。

「脈ハナシ。ヤハリ、他殺体デスネ。鑑識作業ヲ開始……ン？　コレ、彼ノ隣ニ転ガッテイルノハ……？」

　彼女は自律ロボット手錠「サン＝ウインチ兄貴」。警察独自の開発によって生を受けた彼は、実地の警察官たちに的確なサポートを与えることを至上の喜びとしており、鑑識作業の手伝いさえできるのだ。彼の複眼様カメラが捉えた瓶の中の{{傍点|文章=それ}}は――

「コ、コレハ、『{{傍点|文章=四本の}}キムチ』！？」

「馬鹿な！」

　送別会に集まった六から一を引いて五名の警官たちから、一気に血の気が引いていく。それもそのはず、このようなキムチは、政府当局によって厳重にその存在を禁止されているのだ。即座に動いたのは、署内随一の筋肉男として知られるドミガ＝ランスガイザア警部だった。彼はまるで棍棒のような手刀をサン＝ウインチ兄貴のうなじに浴びせ、スリープモードに昏倒せしめる。もし彼のデータにあのキムチを発見したという記録が残っていたら、トロトン市立警察署の関係者のいっさいは国家反逆罪によって当局に処分されてしまうことになるだろう。それを恐れたドミガ警部は、さらに八十の拳と四十の蹴りを入れた。サン＝ウインチ兄貴の腋からは火花と黒煙が立ちのぼり始めた。

「おい……どうなってるんだ？　故障か？」

　そう不安げに呟くのは、ビルグレイ＝パパ氏。吐露豚市立警察署の事務職を勤めている男だ。署内のロボット業務全般をも受け持っている。

「彼らが故障するなんてありえないこと、あなたが一番わかっているはずよ……間違いない。とても信じられないことだけど、ドリビアン巡査の横にあるこの瓶の中身は……」

「それ以上言うな！」

　ディアガはパイパラを制止した。彼の額にはべっとりと汗がついている。

「他の客に聞こえたらどうする……我々は終わりだぞ」

　――沈黙が降りた。そうして初めて、彼らはドリビアンの死の真相を暴くべきであったことを思い出した。しかし、あのキムチのための混乱によって、鑑識機能を持つサン＝ウインチ兄貴は機能を停止している。捜査は、ロボット捜査時代の常識を離れ、古典的な論理の組み立てによって行わなければならなくなってしまった。

「オデ、まずは、殺人が起こるまでの間に各々がとっていた行動を整理すべきだと思うな。席順は確か、六人がけのテーブルに」

　サン＝ウインチ兄貴を停止させたことがある意味で負い目だったのか、ドミガ警部が率先してアリバイを集め始めた。容疑者は、ここにいる五名だ。被害者のビルグレイ巡査はもちろん成人年齢に達しているから、「機械・機械生体三原則」の第一項、「機械または機械生体は、年齢が十八に満たない人間の子供に危害を加えてはならない」は、サン＝ウインチ兄貴がビルグレイ巡査を殺した可能性を論理的に排除できない。

「ええ、私がドミガ警部といっしょにいたのは確かよ」

　


手錠ロボット　サン＝ウインチ
協力者　ディアガ＝パパ
殺人者　ビルグレイ＝パパ
被害者　ドリビアン＝パパ
筋肉バカ　ドミガ＝ランスガイザア
当局スパイ　パイパラ＝アイ