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叙述トリック
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==序== <font face="Tahoma"> 「ねえ亮二兄さん、叙述トリックって知ってる?」 <br>「急になんだよケン。まあ知ってるけどさ」 <br> ケンってのは俺、小島健児のあだ名だ。詳しくは覚えちゃいないが、お前と同様叙述トリックって言葉を何かの本で見たんだろう。亮二兄さんとは年が離れててな、子供心には何でも知ってるすごい人に思えたのさ。 <br> 兄さんは少し難しい言葉遣いで、説明を始めた。 <br>「叙述トリックっていうのはな、'''作者が読者に仕掛けるトリック'''のことだ。そしてそれは必然的に、'''文字媒体であるが故の特性を利用するもの'''になる」 <br>「作者が読者に?」 <br>「そうだ。普通のトリックってのは、'''犯人が被害者やら探偵やらに仕掛けるもの'''だろう? ほら、例えば」 <br> そこで椅子の軋む音が微かに聞こえた。兄さんは立ち上がったみたいだった。俺はベッドに座ったまま黙って話を聞いていた。 <br>「頭で想像しながら聞くんだぞ。ここには俺の部屋のドアがある。部屋の中に死体が転がってると思え。そして俺はこの部屋を密室にしようとする。そこで、俺は長い長い、部屋のドアから向かいの壁くらいの長さの氷の棒を持ってくる。あくまで例だから、『どこから?』とかは考えなくていいぞ」 <br> まさにそう質問しようとしていた俺は慌てて口を噤んだ。兄さんはエアーで簡易トリックを実演し始めたようだ。 <br>「まずドアを左手で人が通れるくらいに開けておく。そうしながら氷の棒の端をドアの向かいの壁につける。すると、もう片方の端はドアにつっかえる。まあドアに氷の棒を立てかけてるイメージだ」 <br>「んん? ちょっと待ってよ兄さん」 <br> 一旦頭を整理しないと。黙って兄さんの言うことをトレースしていると、階下からはお袋の笑い声が聞こえてきた。我が家は一軒家とはいえ、部屋と部屋の間の壁が薄いのだ。 <br> 少し時間をおいて、兄さんが聞いた。 <br>「どうだ?」 <br>「うん、何となくわかったよ」 <br>「じゃあ説明を続けるぞ。とりあえずこのギターを氷の棒と思って立てかけよう。そうしたら……よっと、部屋の外へ出ると同時に氷の棒を放す!」 <br> ゴトッとギターが倒れる音がした。 <br>「こうすると、氷がつっかえ棒となって、ドアは開かなくなる。密室ができるわけだ。あとは鍵が掛かっているように見せかけて、氷が溶けるのを待ってドアを破り突入した瞬間鍵を閉めれば、密室の完成というわけだ! まあ床が濡れているのをどうにかして誤魔化さないといけないんだけどな」 <br> 正直後半はよく理解できなかったが、兄さんが見事に密室を作り上げたのがすごいと感嘆したよ。今思えば子供騙しの穴だらけなトリックだがな。 <br>「どうだケン、兄さんが何したかはわかったか?」 <br>「うん!」 <br>「はは、そら良かった。さすが俺の弟だな。よし、あれ、ギターが引っかかって、ギリ通れない……くそ」 <br> そこでバキッと嫌な音がした。 <br>「ああ、俺のギター! 高かったのに!!」 <br> 兄さんはギターを上手くつっかえさせ過ぎたようだった。策士策に溺れるっていうか、兄さんも抜けてたんだな。俺は大笑いして、しまいにゃ兄さんもつられて大笑いしてたよ。 <br> 笑いの波が収まると、兄さんは説明を再開した。 <br>「いまやったトリックは、犯人が警察もしくは探偵に仕掛けるトリックだ。密室にすることで、捜査側を困らせようとしているんだからな。でも、叙述トリックはそうじゃない」 <br>「ならどんなトリックなの?」 <br>「さっきも言ったが、作者が読者に仕掛けるトリックだ。具体例を挙げるなら、こんな感じだ。『太郎さんが殺されました。犯行が可能だったのは、太郎の弟と妹、次郎、花子のどっちかです。そして現場には口紅が落ちていました。さて、犯人は誰でしょう?』」 <br>「花子!」 <br> 俺はすぐに答えた。口紅が落ちてたなら犯人は女じゃないか! ところが兄さんは言った。 <br>「ブブー、残念! 口紅が落ちているということは犯人は女。でも実は、次郎は女で、花子は男だったんです! というわけで正解は次郎でした!」 <br> 俺は唖然としていた。だって、そんなことないだろ? すると兄さんは少し焦ったような声で付け足した。 <br>「まあ、これは適当に作っただけだから。ちゃんとしたやつは、もっと丁寧に伏線が張られていて納得できるから安心しろ。こんな風に、'''作者が読者を直接騙す'''のが、叙述トリックだ」 <br>「作者が読者を騙す……」 <br>「そしてそれは'''フェアでなくちゃいけない'''。さっきの例で行くと、途中で『花子は三郎の{{傍点|文章=妻}}だ』と書いてあるのに、最後になって『花子は男なんです!』と言っちゃあダメだ。整合性が取れてないだろ? ただし語り手が勘違いしているなどの事情があれば構わないから、'''三人称の地の文で虚偽を書いてはいけない'''とされるのが一般的だな」 <br> 当時の俺はわかったようなわからないような感じだったが、疑問は残った。 <br>「なんでそんなことするの?」 <br>「まあ、理由は大きく分けて2つだろうな。 <br> 1つは、'''ミステリの難易度を上げるため'''だ。ミステリには、犯人とかを当てる、作者vs読者のバトルっていう一面があるんだ。どうしても勝ちたい作者が、こんなトリックを仕掛けるんだ。お前もさっき正解できなかっただろ? そういうことだ。 <br> 2つ目は、'''読者を驚かせるため'''だ。さっき俺の話を聞いたお前は驚いたろ? 世の中には、驚かされるのが楽しいっていう変な人種がいるんだ。そいつらを喜ばせるために作者は叙述トリックを仕掛けるのさ。 <br> おっと、長く喋り過ぎたな。もう小学生は寝る時間だ。じゃあ、おやすみ」 <br> こうしてその日の会話は終わった。 </font>
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