「
古民家カフェの惨劇
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==狩人== 俺は道明庵の見取り図をもう一度丹念に確認した。カフェがある平地は崖の中途にあり、北に崖を背負い、その他三方は30メートル下方を渓流が流れる崖。平地に出入りできる唯一のルートは、東にある吊り橋のみ。 <br> 建物は、東西に長い長方形をしている。短辺10メートル、長辺30メートルほど。橋の正面に玄関。そこから伸びる廊下の一本は、建物をまっすぐ貫いている。もう二本の廊下は、それぞれ左右に分かれてぐるりと建物を囲み、中心の廊下に合流する。西の端には大部屋が一つ。三本の廊下に囲まれ、二つの島ができている。北の一つは四つの個室に、南の方は二つの個室と厨房になっている。玄関の横にある男女トイレを加えれば、これが全ての部屋だ。 <br> 古民家を改装しただけあって、内装も襖や畳が中心で、廊下と縁側は木戸で隔てられている。厨房はさすがに近代化されているが、計画に支障は全くない。 <br> 見取り図を畳んで、今度は別の紙を取り出した。何度も頭に叩き込んで、もはや見ずとも諳んじることができるほどだが、もう一度読む。 *野崎徹(46) *野崎綾子(44) *今村晴未(21) *藤崎亜李沙(21) *中村悟(47) *工藤健一(46) *工藤愛子(42) *福田浩二(48) *斎藤健一郎(40) *西尾司(33) *西尾優香(33) *西尾拓(9) *望月健吾(52) *園田龍一(60) *山本紀子(45) *日下部学(38) *日下部直美(39) *上原和希(23) *高島千佳(22) 開店祝いに来る人々、つまりターゲットの一覧だ。完璧に暗記している自信を深め、紙をしまった。 <br> 手袋と靴紐、耳栓を三度ずつ確認した。装備、心身いずれも異状なし。やっと始められる。 <br> 後部座席にある装置のスイッチを入れると、俺は車を降りた。コントラバスケースとクーラーボックスを背負い、黙って吊り橋を渡る。眼下に広がる深い谷に、心がどうしようもなく高揚する。深呼吸をして、心拍を落とした。 <br> カフェから誰か出てくる様子はない。吊り橋を渡りきると、クーラーボックスを開いて中から箱を二つ取り出した。箱、手製の爆弾をガムテープで橋の板の左端にくっつける。もう一つは右に。ここ、橋の端じゃないか。ヒヒッ。 <br> 橋の一番こちら側の踏板が、二つの爆弾に挟まれた形だ。一度、問いかけてみる。 <br>「さて、ここが最終ポイントだ。今ならまだ引き返せる。どうだ?」 <br> 迷いはない。それが回答だった。 <br>「よし、始めようか」 <br> 箱のスイッチを押し、走って離れる。きっかり五秒後、爆音が鳴った。白い煙と木片が散り、少し遅れてギギイと断末魔の軋みが鳴り響く。煙の奥で、吊り橋が落ちていくのが見えた。 <br> 思わず快哉を叫び、煙を払って橋の袂に駆け寄った。まだ熱い空気の中に飛び込み、谷を覗き込むと、巨大な振り子と化した橋が、対岸の崖にぶつかって砕け散るところだった。轟音が一瞬遅れて耳に届く。 <br> これは、俺の、種岡光の名を世に知らしめる、始まりのゴングだ。 <br> もっと余韻に浸っていたかったが、のんびりしてはいられない。さっきの轟音を聞きつけて、人が出てくるだろうからだ。その前に準備しておかねばならない。名残惜しかったが、谷底から視線を切って、玄関横に置いていたコントラバスケースのところまで小走りに戻る。 <br> 目指すは、襲撃者一人を除いた19人の、鏖殺。 野崎綾子が玄関から駆け出してきたのは、俺が丁度荷物の一つをコントラバスケースから取り出したところだった。彼女はまず落ちた橋を見て絶句した。開店のために整備した橋が初日に崩れたのだ。ショックを受けるのは当然だろう。「そんな……」と呟いて、そろそろと橋が架かっていた崖の縁に歩いていく。 <br> 彼女が崖っぷちギリギリまで行くのを待って、俺は「野崎さん」と声をかけた。はっと振り返った彼女は、口にしようとした言葉を寸前で飲み込んだ。代わりに、俺が持っているものを指さして言う。 <br>「種岡さん……それ何です……?」 <br>「ああ、猟銃ですよ」 <br> ブローニングのスライド式散弾銃。弾は今さっき装填した。俺はその筒先を、ゆっくりと持ち上げていく。野崎綾子は、怯えた目をきょろつかせた。いたずらですよ、そう俺が笑って言うのを待っているのかもしれない。だが、そんなことは永遠に起きない。 <br> 俺は握っていた耳栓をはめ、銃を右肩の前に構えた。事態の深刻さを悟ったのか、野崎綾子の口がパクパクと動いていたが、聞こえない。狙いをしっかり定めると、俺は絞るように引き金を引いた。 <br> 強烈な反動とくぐもった音が襲う。同時に、割烹着に赤い華が躍って、女はひゅんと崖下に吸い込まれた。散弾に吹っ飛ばされ、谷底へと落ちたのだ。最初に覚えたのは、可笑しさだった。女は、まるでゲームの面白いバグみたいに落ちていった。 <br> 笑いに肩を震わせながら、先台をがしゃりとスライドさせて薬莢を排出する。新しい実包をズボンのポケットから取り出して、また先台を動かして籠める。幸先のいいスタートだ。銃の扱いも、練習通りにうまくできている。 <br> コントラバスケースから、日本刀を取り出した。背負えるように鞘につけた紐を、肩に通す。ケースの蓋は閉めず、熱を持った銃を持ち直すと、俺は道明庵の玄関へと足を向けた。
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