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惨闢
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==8月13日20時23分 瑞慶覧雅登== ゴト、コトト。高校2年生の雅登を乗せたモノレールが、軌道を走っていく。雅登は、吊り革を掴んで単語帳を見ていた。学校から塾に行った帰り、そろそろ降りるべき安里駅に着く。到着メロディーが流れ初め、雅登は単語帳をリュックにしまった。 車両が減速していく。雅登は扉の前に移動した。時間が遅いこともあって、乗客は多くはない。モノレールは、キィッと音を立てて安里駅に停車した。軽快な電子音とともに、ドアがプシューと開く。雅登は右足をホームに下ろした──その時だった。 左足が、床ごとズルッと横に動いた。<br>「うおっ」<br>小さく叫んで、慌ててホームに飛び出た。ちょっとふらついてたたらを踏む。見ると、モノレールがずるずると動き出していた。扉を開けたまま出発するとは何事だ、危ないじゃないか。──と、体がバランスを失い、雅登は左にバタリと倒れた。 え? 何があった? 引き倒されたのか? いや、引っ張られた? その時、ようやく遠くから聞こえてくる異音に気がついた。メキメキ、ギギギ。乗ってきたモノレールは、速度を上げつつあった。そして、雅登の体も、ズルズルと引きずられていく。何にも、触れられていないのに。 何だ? 何が起こっている? 謎の引力は、ますます強くなっていく。雅登は勢いよくホームの床を滑り、端のガラス壁にぶつかった。ホームにいた数人の客は、階段や自販機にしがみついている。下の通りでは、どちらの車線の車も、一方向に走っていく。激しく横転しながら転がっていくものもある。その先を見ようとした時、悲鳴が聞こえた。モノレールが、ここから100mほど先のカーブで止まっていた。そして、カーブの外側に向かって大きく傾いている。 直後、遂に車両が限界を迎えた。黒い破片が散り、2両編成のモノレールが、線路の外へと転げ落ちた。──いや、{{傍点|文章=落ちていない}}。車両は破片もろとも、真横の{{傍点|文章=何か}}に猛スピードで激突した。破片が、散ることなく{{傍点|文章=何か}}の表面にへばりつく。まるで、そこが地面であるかのように。地球の引力など存在していないように。 雅登は、やっと引力の中心である{{傍点|文章=何か}}に目を向けた。巨人、だった。夜闇をバックに、黒々と聳え立つ巨人。それに、次々と物がぶつかっていく。ガラス、看板、車……あらゆるものが、全方位から巨人に{{傍点|文章=落ちていく}}。 すぐ近くで叫び声が聞こえたかと思うと、階段の壁に掴まっていたサラリーマンが、雅登の横に落ちてきた。ガラスに激突し、ヒビが入る。雅登自身も、痛いほどガラスに押しつけられていた。これは、重力だ。もはや、下は地球の中心を意味しない。この薄いガラスの壁が破れれば、100m先の巨人に落ちて死ぬ。 重力に逆らい首を上に向けると、ホームの反対側の端にある自販機の基部に掴まったOLが、宙吊りになっていた。体は床と平行に伸び、足先がまっすぐこっちを向いている。ヒビの入ったガラスが、たっぷり位置エネルギーを持った人一人の落下に耐えられるとは到底思えない。 しかし、希望はありそうだ。OLは恐怖に顔を歪めてはいるが、握力はあるらしい。まだ、彼女の落下には間がある。その前に、重力の方向の変化に対応し、安全な場所に移動すれば……。 その瞬間、駅がガクンと揺れた。ガラスが撓み、弾け飛んだ。雅登の体が再度落ちる。咄嗟に金属の枠を掴み、次の瞬間、肩に衝撃が走った。歯を食いしばり、細い枠を握りしめる。サラリーマンは、枠を掴めなかった。一瞬で、彼の姿が小さく見えなくなった。 時間がゆっくり感じられた。思考が駆け巡った。モノレールの駅は、耐震設計とはいえ、継続する強烈な真横向きの力に耐えられるわけがない。どこかの柱が折れでもしたのだろう。さっきの揺れはそれだ。そして……。雅登はとてつもなく重い首を持ち上げた。あのOLが、この衝撃に耐えられるわけがない。 思った通り、OLはこっちへ落ちてきていた。雅登には、それがひどくゆっくりに見えた。この細い鉄枠と自分の握力も、彼女の落下に耐えられるとは思えない。 死ぬんだな。雅登は、そう感じた。次の瞬間、ひどい痛みが神経を駆けた。 ──ぐりんと視界が回転し、体が軽くなった。両掌に焼けるような痛みが走り、思わず手を開こうとしたが、すんでのところで踏みとどまった。背中が壁にぶつかる感触が、リュックごしに伝わってくる。 何が、起こった? 目線の先に、巨人が見えた。三半規管や全身の感覚器官をフル動員し、ようやく気づいた。 {{傍点|文章=巨人の重力が}}、{{傍点|文章=消えている}}。 さっきまであったビリビリと引かれる感覚が、消え失せている。そして、体はいつも通り、地表へとぶら下がっている。未だ、自分は危険な状態にあるのだ。掴んでいるのは、細い鉄枠。正面には、闇の中の巨人。10mほど真下には、派手に車が転がっている道路。雅登は、駅の外壁にぶら下がっていた。 「大丈夫⁈」 OLが、上から手を伸ばしてくれた。彼女が駅の外へ{{傍点|文章=落ちる}}前に、巨人の重力が消えた。だから、ぎりぎりホームにとどまれたのだろう。OLは、雅登の脇に手を差し込み、体を引き上げた。なんとかホームに上がり、雅登は荒い息を整えようとした。 ガラスの破片が付いた鉄枠に全体重をかけ、更にひねりまで加えたから、両の掌はズタズタになって血塗れだった。しかし、それ以外に目立った外傷はない。命が助かったことに比べれば、こんな怪我くらいなんでもない。 「お姉さん先に逃げてるからね、ぼくも早く逃げるのよ?」 そういうと、OLは階段を駆け降りていった。そうだ、まだ助かったとは限らない。雅登は後ろを振り返った。巨人は変わらず聳え立っていた。重力は消えたのに、体は崩れていない。吸引をやめただけで、体を構成するパーツへの重力は保っているのかもしれない。その時、血の気が引いた。 {{傍点|文章=巨人が動いた}}。 見間違いか? いや、確かに、動いている。この時、雅登は初めて巨人の細部を観察した。巨人は長い腕と太い胴、同じくらい太い脚があり、人の頭に当たる部分はない。まるで首を斬られたようだ。車やビルから飛んできたであろう事務用品、看板、タンク……。大量のものがモザイク画のように集まり、20mほどの巨体を形作っている。連結部分が引きちぎれたモノレールの車両2つが両腕の骨となり、それをさらにたくさんのものが覆っている。脚は、主に潰れた車からなる塊だ。ガソリンに火がついたのか、ちらちらと炎が覗いている。胴には電線が巻きつき、青い火花が散っていた。鬼神。そんな言葉が浮かんだ。 そして、その腕がゆっくりと上がってきている。雅登は、ホームにへたり込んだまま、巨人を見つめていた。腕が地面と並行にまで上がったとき、唐突に腕が横に走った。轟音とともに、ビルが砕け、コンクリートの欠片が散る。わずかに遅れてホームが揺れる。そこで、雅登は我に返った。巨人は、破壊行為をしている。ここは、危険だ。慌てて立ち上がると、雅登は断続的に襲ってくる揺れに怯えながら、階段を下りていった。
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