「
叙述トリック
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==転== 「おいそこ、無駄話するんじゃない!」 <br> そこまで小島さんが話したところで、高い椅子に座ったオヤジに注意された。三津田さんと京極さんはそそくさと箱詰め作業をし始める。まったく、いいところだったのに! あいつ、僕たちが働いてるのを見てるだけで給料が入るなんて……。工場勤めを辞められた暁には、あの仕事を目指そうかしら。まあ無理か。 <br> 小島さんが話を再開する気配はない。続きはお預けかあ。 <br> でも、プリンを食べたのは一体誰だろう? 僕はそのことばかりを考え続け、いつの間にか昼休憩の時間になっていた。 昼飯を食いながらでも話の続きを聞かせてもらおうと思ったが、小島さんは手早くカレーライスをかきこむと、どこかに行ってしまった。京極さんはそれを見て、 <br>「ケンのヤツ、あら女やな。女に逢いに行くんや」 <br>と顎をさすりながら言った。三津田さんも小指を立てて笑っている。まさかと思ったが、小島さんならあり得るかもしれない。なんてったって顔がいい。 <br>「もしそうなら、彼女さん、小島さんに相当入れ込んでるんすね」 <br>と言うと、2人のおじさんは揃って頷いた。この人らホントに中年か? ニヤケ面は中学生のそれそのものだぞ? 小島さんは仕事が再開する直前に戻って来た。よっしゃ話の続きをせがもうと身構えた矢先、残念ながら京極さんと三津田さんは離れた場所に増援に向かわされてしまった。2人のいないところで続きを聞くのは忍びない。だが……。 <br>「さっき聞いた話なんだが、叙述トリックにもいろいろあるらしいぜ」 <br> 葛藤していると、小島さんが突然口を開いた。 <br>「『'''意味なし叙述'''』ってのと『'''意味あり叙述'''』ってのがあるらしい」 <br>「さっきって、昼休みに?」 <br>「ああ」 <br>「もしかして、恋人?」 <br>「ん、さてはみっちゃんとゴクさんに入れ知恵されたな? あの爺さんたち、勘が鋭いからなぁ。すごいぜあの人らは」 <br> ならなぜこんな底辺の暮らしをしてるんだ。もっとも、僕が言えたことじゃないが。 <br>「まあそれはさておき、叙述トリックの説明だ。小説とかで叙述トリックが仕掛けられているとする。問題は、なぜ仕掛けられたのか、だ」 <br> 何か小島さんのお兄さんが話の中で言ってた気がするな。 <br>「もし読者を驚かせるためだけに仕掛けられたものなら、それは『意味なし叙述』だ。でも、犯人当てとかの要素として組み込まれたものならば、作品の成立に不可欠だから、『意味あり叙述』となる」 <br>「えーっと、小島さんのお兄さんの話に合わせると……読者を驚かせるためのものが意味なし叙述、ミステリの難易度を上げるためのものが意味あり叙述ってことですか」 <br>「そうだ。よく覚えてるな。まあミステリ的な仕掛けに限らずとも、小説の主題に関わるなら意味あり叙述だとする人もいるらしい。そもそもこれらの概念自体が最近提唱されたもので、定義は人によってまちまちなんだと」 <br> むむむ、要するに驚かせるためだけか否か、ってことか。というか、彼女さんに会う貴重な時間を使ってこんなこと聞いてきてくれたのかよ。もっと別のこと話しなさいよ。 <br>「じゃ、そういうことだ。昔話の続きは、仕事終わってからな」 <br> 小島さんはそう言うと、あとは黙々と箱詰めをするだけだった。僕は、小島さんのミステリ好きは彼女さんの影響なのかもな、とぼんやり思った。 結局4人が揃ったのは夜8時半、布団を敷いて寝支度をする頃合だった。冬の夜は長いが、僕らは季節に関係なく9時には寝る。他の皆も各々の布団に胡座をかいたのを見ると、僕は早速切り出した。 <br>「それで小島さん、プリンを食べたのは誰なんです?」 <br>「なんだタケ、解らないのか? あれだけヒント出してやったってのに」 <br> 小島さんは馬鹿にしたように笑うと、 <br>「ゴクさんとみっちゃんは解ったよな?」 <br>と水を向けた。 <br>「まあ、考える時間がぎょうさんあったさかいなあ」 <br>「老いた脳にはなかなかきつかったですよ」 <br> え? 解ってないの僕だけ? <br>「じゃあ、タケのために続きを話すか」 <br> そう言うと小島さんはニヤニヤしながら話の最終章へ入った。
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