「
叙述トリック
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==急== {{格納|中身= <font face="Tahoma"> 俺がプリンを諦めて、ダイニングで源氏パイを食っていると、兄貴が2階の自室から降りてきた。そして兄貴は俺の顔を見るなり、笑い出したのさ。俺は少々ムッとして、 <br>「何が可笑しいのさ」 <br>と問うた。すると兄貴は、 <br>「アハハ、鼻の頭に絆創膏付いてるの見ると笑えちゃって」 <br>と言ってなおも笑い続けた。てめえのせいで怪我したってのに、悪びれもせずよく笑えるもんだ。俺はカチンと来て、こう言い返してやった。 <br>「人のプリンを取って食べるような外道め!」 <br> すると兄貴はちょっと困ったような顔をして、 <br>「あ、あれお前のだったの? ごめんごめん、そんなに食いたかったのか。あとでアイスでも奢るから許せよ」 <br>と言った。まあそう惜しくもなかったからアイスの約束を取り付けられたのは思わぬ収穫で、小学生の俺はすぐに機嫌を直したよ。 これで昔話は終わりだ。 </font> ==結== {{格納|中身=「ちょっ、終わり?」 <br> 思わず大きな声が出てしまった。 <br>「どういうことですか。お兄さんはプリン嫌いなんでしょう? 説明してくださいよ」 <br>「まあまあ落ち着けって。出題者が解説するのもなんかヤだから、ゴクさんとみっちゃんに任せてもいいかい?」 <br> 呼ばれた2人は顔を見合わせると、同時に右の拳を突き出した。 <br>「「じゃんけんほい!」」 <br> 勝者は三津田さん。頭を抱えて悔しがる京極さんを尻目に、得意そうに話し始めた。 <br>「タケくん、今までのケンくんの話には叙述トリックが仕掛けられていたんですよ」 <br> さすがにそのくらいは見当がついている。そうでもないと、急にプリンの話になった理由がわからない。 <br>「では、それは何なのか。叙述トリックというのは、きちんと伏線を辿れば見破れるようになっているんですよ」 <br>「その伏線っていうのは?」 <br>「じゃあタケくん、ギターを使った密室トリックを思い出してください。こら、ゴクさん、じゃんけんに負けた人に解答権はありませんよ」 <br> 得意気に口を開きかけた京極さんを制して、三津田さんは説明を始めた。 <br>「あのトリックは、ドアが内開きだから成立するものです。外開きならつっかえ棒なんてできませんからね。つまりこの事実から解ることは、{{傍点|文章=小島さんのお兄さんの部屋の扉は内開き}}だということです」 <br> 全く予期していなかった方向に話が転がっている。それがプリンと何の関係があるんだ? 三津田さんは微笑んで説明を続けた。 <br>「でも幼き頃のケンくんが鼻に傷を負ったとき……」 <br> その瞬間、ようやく三津田さんの言わんとしていることが理解できた。 <br>「{{傍点|文章=ドアは外開きだった}}!」 <br> 僕は思わず叫んでしまった。なぜこんなことに気づかなかったんだろう? 小島さんは相変わらずニコニコしている。すると京極さんが口を挟んできた。 <br>「どっちの場合も、部屋は兄の自室やと明言されとる。部屋に扉が二つもあるっちゅうのは考えづらいやろう」 <br> 三津田さんは京極さんを止めるのを諦めたらしく、話を続行した。 <br>「ということは、導きやすい結論はこれです。{{傍点|文章=小島さんに兄は2人いるんです}}」 「兄が、2人…?」 <br> 一瞬思考が止まる。そんなことあり得るのか? 戸惑う僕を尻目に、2人は解説を続けた。 <br>「始めに出てきた兄とその後の兄は別人なんです。厳密に言うと、『{{傍点|文章=幼いケンくんに叙述トリックの解説をした兄}}』{{傍点|文章=と}}『{{傍点|文章=ケンくんに怪我をさせ}}、{{傍点|文章=笑った兄}}』{{傍点|文章=は別人}}ということですね。そして{{傍点|文章=プリンを好かないのは前者}}、{{傍点|文章=プリンを食べたのは後者}}というわけです」 <br>「気いつけて聞いとると、『兄さん』と『兄貴』ちゅうて呼び分けとったで。{{傍点|文章=ケンは3兄弟}}だっちゅうことやないかな」 <br> 話の展開が急過ぎて理解が追いつかない。僕の頭には当然の疑問が生まれた。 <br>「でも、小島さんちは4人家族だって言ってたじゃないですか」 <br> 兄が2人いるなら家族は5人いないとおかしくなる。すると三津田さんは足し算に見事正解した孫を見るような顔をした。 <br>「その通りですが、正確には『その時は』『4人暮らし』と言っただけです。{{傍点|文章=上の兄}}、{{傍点|文章=つまりプリンが嫌いな兄は}}、{{傍点|文章=もう一人暮らしを始めた頃だった}}のではないですかね。そう、丁度その年の4月から」 <br>「父親の『何かと心労の絶えない時期』っちゅうのは長兄の大学受験とかやろな。それに、食卓にお誕生席があったのも、5人暮らしの名残やろう。4人家族なら、2人ずつ向かい合って座ればええんやからな」 <br> なんでこの爺さんたちはそんなに細かいところまで覚えてるんだ。 <br>「ふむ、それは気づきませんでした。ですが、私は次男の名前が分かりますよ。おそらく『<ruby>政治<rt>せいじ</rt></ruby>』というんでしょう。どうです、ケンくん?」 <br>「ああ、その通りだ。ちなみに漢字も、まんま専制政治の政治だよ」 <br> 小島さんも2人の洞察力に苦笑いしている。一方、僕は釈然としない。 <br>「じゃあ、最初の場面で小島さんとお兄さんが話してたのはどういうことです? 亮二お兄さんの部屋に2人ともいたじゃないですか」 <br> と、ここで僕の脳裏にある仮説が閃いた。 <br>「あ、もしかして、小島さんはお兄さんの家に遊びに行ったところだったってことですか?」 <br> しかし京極さんは渋い顔をした。 <br>「残念やが、『{{傍点|文章=我が家}}』ゆう言及がある。ケンは間違いなく自分の家におったんや」 <br>「なら一人暮らししているお兄さんとどうやって話したんですか?」 <br> 京極さんは頭を掻きながら事も無げに言った。 <br>「{{傍点|文章=ありゃあ電話やろ}}」 <br> え……。唖然とする僕に、三津田さんは優しく語りかけた。 <br>「実は、{{傍点|文章=同じ部屋にいるという記述はない}}んですよ」 <br>「でも電話って……ええ? 言われてみればあり得なくもないのか……?」 <br> 確かにその時代には携帯電話は普及し始めていただろうけれども。京極さんは手を叩いて、話をまとめにかかった。 <br>「つまり、プリンを平らげた犯人は両親やないとわかった時点で、{{傍点|文章=残る選択肢は政治兄しかあらへんかった}}んや。『無駄な思考』っちゅうのは、{{傍点|文章=もう巣立った亮二兄を考えの範疇に入れとった}}ことやな」 <br>「というわけで、プリンを食べた犯人は、政治お兄さんだとわかるんです」 <br> 三津田さんと京極さんはこうして説明を締めくくった。 <br>「さすがだな、みっちゃん、ゴクさん。まあタケ、叙述トリックってのはこんな風に、気をつければ見抜けるようになってるものなんだ」 <br> 僕は2人の注意深さと推理力に感嘆した。もちろん話を組み立て、叙述トリックをこれ以上ないくらい分かりやすく説明してくれた小島さんにも。どうやら僕はこの人たちを見くびっていたらしい。 <br>「皆さんすごいです! 感動しました!」 <br> 3人は照れたような顔をして笑った。 その時、武骨な声が割って入った。 <br>「おい1813番、もう就寝時刻だぞ!」 <br> いつの間にか時計の針は9時を指していた。電灯が消え、僕らは慌てて布団に潜り込んだ。足音が遠ざかってから、僕は <br>「まったく、[[Sisters:WikiWikiオンラインニュース#法学部生、詐欺罪で逮捕|山田たけし]]って名前で呼んでほしいものだよ」 <br>と呟き、深々と溜め息を吐いた。 <br> 府中刑務所の夜が更けていく。 }}}} {{foot|cat=文学|cat2=自己言及|ds=しよしゆつとりつく}}
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