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Sisters:WikiWikiオンラインノベル/シスコンランナー
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人里を離れること4兆km、今まで誰一人として足を踏み入れることがなかったまさに「秘島」に、ある男が漂着した。彼はうだつの上がらないマラソンランナー。フルマラソンを十二時間かけて三分の一制覇し、ハーフマラソンを十二時間かけて五分の一だけ走り切る男だった。 あまりにもうだつが上がらないので、彼はトライアスロンへの転向を考えていた。陸上でこそ彼は凡人、それどころかゴミであったが、彼の真価は水泳と自転車漕ぎに発揮されたのだ。彼は25mのプールを十二時間かけて泳ぐことですべての水を蒸発させることができたし、自転車のハンドルを握るだけで自転車を粉々に破壊することだってできた。これが才能というやつである。天才は、凡人には決して理解されないものなのだ。 さて、そんな彼はあたりを見回したが、まだ事の重大さには気づいていなかった。彼は重度のシスコンだったので、いついかなるときも、自身の妹のことだけを考えていたのである。もちろんその楽観は、彼のおかれている状況を和らげることなどなかった。そう、この島は、史上最大獰猛破滅地獄的最悪最低公序良俗違反違法脱法闇バイト侵攻宗教戦争コンビニ前たむろ異常気象ネグレクト万引き立ちション万引きGメン完全無視大悪行ゴミカス生物、スーパー化け物ドラゴンの住処だったのだ! スーパー化け物ドラゴンは男を一瞥し、即座に攻撃耐性に入った。ドラゴンは、その口から私人逮捕系YouTuberを召喚したのだ。 私人逮捕系YouTuber、略して私rは、さっそく痴漢をしていそうな任意の老翁を逮捕するために駅構内をありったけの大声を張って騒ぎながら駆け回り始めた。駅構内に緊張が走る。痴漢者と目された挙動不審な老人は冤罪を主張したので、私rはすべての乗客にタックルを行うことによって溜飲を下げつつ、帰宅した。その晩、私rは炎上した。そう、これこそが、ドラゴンが炎のブレスを吐きつけるメカニズムだったのである。 炎のブレスにようやく危機感を抱いたマラソンランナーは、重い腰を上げ、走り始めた。彼の腰は9tあった。一方、彼の膝は12gしかなかったので、彼の膝から下は粉々になってしまった。激しい痛みに襲われてなお、彼は足を止めない。もはや彼に脚部など残されていなかったが、ここで彼は自分の腰や膝の重さを勘違いしていることに気付いた。そう、ドラゴンは卑劣にも男に催眠術をかけ、膝から下が粉々になってしまう幻覚を与えていたのである! これを察知した男は催眠を振り切り、走り始めた。ドラゴンは今度は鋭い鉤爪を取り出し、男を切りつけようと目論んだが、ドラゴンは整理整頓が苦手だったので、体のどこに鉤爪を潜ませていたのかを忘れてしまった。そうこうしているうちに、男は島の端までたどり着いた。水泳の時間だ! 彼はそのまま海中に飛び込み、全身全霊の平泳ぎを開始した。しかし不運にも、そこはアメリカ海兵隊の巡航ルートに入っていたのだ。米軍は、彼に対して投降を呼びかけるより先に、数十発の魚雷をお見舞いした。男は華麗な体捌きで、ホーミング魚雷を回避する。その魚雷は、男の背後に居たドラゴンに衝突し、米ドラゴン戦争がここに幕を開けた。 ドラゴンは炎のブレスで米軍を威嚇するが、米艦隊はお構いなしに艦砲射撃でドラゴンを牽制する。ドラゴンは怒りに我を忘れ、ドーラゴーンへと進化を遂げた。ドーラゴーンは三対の翼と五重の八重歯を持ち、炎のブレスの温度は50度前後にまで低下した。これは低温やけどを狙ったものであると考えられる。 ドーラゴーンと米軍が争うのを無視して、男は全身全霊の平泳ぎを続けていたところ、平泳ぎのVtuber、平尾ヨギと出会った。この男は平尾ヨギの配信に入り浸り、危うく全財産をスーパーチャットにつぎ込むところだったが、すんでのところでこれもまたドラゴン、いやドーラゴーンの催眠術による策略だったことに気付いた。ドーラゴーンの催眠術は、ここまで巨大な効力を持っていたのであった。 逃げろ、逃げろ。全身を海の吹きすさぶ波に打ち付け、腕や脚などもげてしまおうかという思いをしながら、ようやく彼は陸地に到着した。しかしそこは、稀代の暴君・十転舎一九大帝が支配する帝国、自転車インペリアルであった。 帝国に到着してすぐ、彼は自転車に乗っていない罪によって終身刑を言い渡された。彼は牢獄でひどい扱いを受けた。食事は一日に九回、一日に20回入浴し、一日91回歯磨きをするというよくわからないノルマを課されたのだ。これを破ると翌日はお茶の中に茶葉が6〜7本浮かぶようになり、なんか妙に気持ち悪いという精神的苦痛を強いられた。 もはや希望はないのか。最後に妹に会いたかった。そう思ってふと窓を見た夜、そこには輝く流れ星があった。いや、流れ星ではない! あれは、ドラゴンだ! 執念深いドラゴン、そういえばドーラゴーンだった。ドーラゴーンはアメリカ海兵隊をも出し抜き、まだ男を追ってきていたのだ。しかしそれも、男にとってはこの上ない吉報であった。 ドーラゴーンはほとばしる暴力に任せて牢獄を破壊し、十転舎一九大帝の統帥する自転戦車の機甲師団に対して蛮勇をふるった。この隙に男は自転車プリズンを脱出し、看守の自転車を奪い、駆け出した。 初夏、満点の星々が光っていた。男は太陽が沈む0.02倍のスピードで走った。ペダルは軋み、ハンドルは壊れた。だが彼は、走るのをやめなかった。男は黒い風になって、最短距離で帰宅の途を飛ばした。しかし、やはりというべきか、新たな刺客が現れた。遥か西、シラクスの都市より来たる石工・セリヌンティウスが愛弟子、フィロストラトスである! 「死ねえええい!」 フィロストラトスは石造りの斧、剣、鎖鎌、チェーンソー、盾、鎧、バズーカ、マシンガン、AK47、MP9、SKS、クリスヴェクター、匕首、三節棍、アトラトルを取り出し、全方位から男に集中飽和攻撃をしかけた。これを捌き切るのは、さしもの男も不可能だった。痛手を負った彼に対して、フィロストラトスは勝利宣言を行った。 「あなたの墓石も、我ら(株)セリヌン石工組におまかせあれ」 フィロストラトスは男の頭上にストーンヘンジを建設し、重力に従って彼に莫大な力学的エネルギーを与えようとした。しかし予想外だったのはただひとつ、男の握力であった。その気でハンドルを握るだけで自転車を破壊できるほどの握力は、ストーンヘンジにも作用し、かの石の神殿を完膚なきまでにひび割った。 「お、おれのストーンヘンジが……」 呆然とするフィロストラトスには目もくれず、男は再び走り始めた。家には、自分の帰りを待っている妹がいるのだ。 「お兄ちゃん……」 ちょうど物心がついて間もない頃だった。妹が生まれてすぐに、男の母は命を落とした。もともと家族に情を抱いていなかった父は、妹に物心がつく頃にはついに子供たちの面倒を見るのを完全に放棄し、姿を消してしまった。男がこの人生に絶望しなかった のは、妹がいたからだった。彼は幼くして、妹のために全てを捧げることを決意した。 「お兄ちゃん……もうやめてよ……私……」 男は涼しい風を体中に浴びながら、回想する。大きな夕焼けというものは、いつも人に過去を懐かしませるものだ。普通の子供が学校に行っているような年齢を、彼は犯罪組織の中で過ごした。彼は妹のために金を盗み、人を殺し、成長していった。 妹は、兄が嫌いだった。彼女には、まるで兄が自分を盾にして金を盗み、人を殺しているように感じられたのだ。しかし、妹は兄を責めなかった。むしろ、彼もまたこの環境の被害者であるのだという、一種の同情を抱いて、ともに不味い食卓を囲った。 ある日、狭い空き家の一室に帰って来た兄は、ひどくやつれて見えた。妹が訊くと、兄は違法な薬物をしていた。付き合いで、無理やり。彼の痛ましい、自虐的な表情を見て、妹は涙を流した。それは、あえて取り立てて言えば、兄への恐怖による涙だった。 日に日に男は衰弱していき、家でもどこかいらいらしているようなそぶりを見せていた。妹は、強く、その薬物をやめるように言った。兄は暗い顔をして、首を横に振った。この犯罪組織を抜けることは許されていない。もし黙っていなくなったとしても、妹を養えなくなるどころか、組織の「口止め」のために殺される。馬鹿馬鹿しい仲間意識か、あるいは単なる「ノリ」の強要によって、彼は薬物に心身を壊されていた。 妹は、兄が言う「妹のため」という言葉にほとんど怒り狂いそうだった。それはもはや、彼女のためではなかったからだ。この頃兄の思考には、常にもやがかかっている。 男は走る。走り続ける、肺や心臓が爆発しそうなほど波打ち、全身から汗が噴き出る。もう少し、もう少しで、妹の待っている家に帰れる。めまいがして、目の前の景色がぐちゃぐちゃに、まるでパレットをかき回したように、渦巻きに、マーブル模様に、モザイク画に、油絵に、水彩に、モノクロに、鮮やかに光る。訳の分からない夢の欠片が、無限に脳裏を去来していく。 家が目の前にある。廃墟となった団地の一室は、彼が家を出た後、妹を連れて初めて寝泊まりした場所だった。妹は泣きながら、男にしがみついていた。あの日、兄妹は、ずっと一緒にいることを約束した。 「お兄ちゃん! お願い! こんなのおかしいでしょ!」 階段をスキップして、部屋の前に行く。ドアの鍵は壊れていたから、いつも開けっぱなしだ。中に妹はいなかった。そこには、人間の背丈ほどの大きさをした真っ赤なムカデが蠢いていた。ムカデは男に近づいてくる。男は必死の闘争を開始した。 「嫌だ、嫌だ! 全部、もう嫌! お兄ちゃんも、もう、嫌なの!」 男は力いっぱい、ムカデを殴りつける。ムカデの殻はひび割れ、そこからさらに小さいムカデが蛆虫のように這い出てきた。男の拳を渡って、しがみつくように腕を昇ってくる。彼は大量のムカデを振り落とし、地面に叩きつけ、踏みつけた。妹にもう一度、会うために。 ムカデは無限に湧いて出て、部屋中を埋め尽くした。部屋がムカデで埋まっていく。ムカデが喉に入り込んで、呼吸ができなくなっていく。あやうく窒息死しかけたところで、男は気づいた。これはドーラゴーンの催眠術による策略だったのだ。 そうだ。そうだ。彼はもともとマラソンランナーなんかじゃないし、トライアスロンなんてしたこともない。今まで起きたすべてのことは、きっとドーラゴーンの幻術によるまやかしだったのだ。フィロストラトスも、十転舎一九大帝も、米軍も、ドーラゴーンも。すべては幻覚にすぎなかったのだ。そして、きっと、自分がシスコンであるというのも、妹の存在自体も、幻覚作用のひとつにすぎなかったのだ。彼はドアスコープを覗き、外に誰もいないことを確かめると、ドアの鍵を厳重に閉めた。チェーンでドアをぐるぐる巻きにして、絶対に誰も部屋の中に入ってこられないようにした後、再び家の外に、勢いよく駆け出した。きつく握りしめる拳には、ムカデの赤が色移りしている。シスコンランナーの冒険譚は、きっと永遠に続く。妹の為にも、彼は二度と現実を受け入れないだろう。遠くへ、遠くへ、走り続ける。それだけだ。
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