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(闢、3)
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==8月13日20時39分 城島毅士==
==8月13日20時39分 城島浩司==
管制室にいる全員がヘリから送られてくる映像を固唾を呑んで見守っていた。陸上自衛隊第15旅団副旅団長・城島毅士もその一人だった。
YGT-081-“ロックイーター”の調査は順調に進んでいた。沖縄県糸満市に位置する、沖縄本島最南端の喜屋武岬。波打ち際より少し陸側に、礁池が広がっている。ここの方言では「イノー」というらしい。


およそ15分前、那覇市中心部に突如、{{傍点|文章=それ}}は現れた。周りのありとあらゆる物を引き寄せ、鎧としてまとった巨人。おおまかには人の形をしているが、首がないために、より不気味さが増している。そして、巨人は破壊行動を続けていた。ビルを殴ったり車を放り投げたり、まるで子供が積み木で遊ぶかのように。
日は沈んだが、そこかしこに設置された投光器によって、岩の地面は明るく照らされていた。埋め立て工事前の調査という名目で、YGT財団機動部隊第二十七分隊“ルック・ハイ”は派遣されていた。その真の目的は、半径10メートルもの岩をくり抜く、ロックイーターの調査。このYGTは最近発見されたばかりで、どのような形態をしているのか、そもそも実体があるのかすらわかっていない。だからこそ、この調査は意義がある。“ルック・ハイ”分隊長・城島浩司は、そう考えていた。


この誰も予想だにしなかった有事に、我々は対応せねばならない。作戦対象となる巨人は、「アルファ」というコードネームが付けられていた。空自がいち早くヘリを派遣し、それが撮影した映像を見て、初めて敵の姿を目にしたのである。
第一小隊長の樋口小百合が、資料が挟まれたバインダー片手に駆け寄ってきた。
<br>「分隊長、超音波探査が完了しました。向こうの旗が立っている地点の直下12.08メートル地点を中心に、半径9.66メートルの完全な球の岩がくり抜かれています」
<br>「半径は今まで発見された穴のそれと一致するな」
<br>「はい。崩落の危険性は、当座は無いようです」
<br>「よし。至急報告書をまとめろ。日付が変わらないうちに、本部に送付するんだ」
<br>「了解です。……カバーストーリーはどうなるんでしょうかね。やっぱりシンクホールとかでしょうか」
<br> 樋口が職務範囲を逸脱する話をすることは今まで無かったから、浩司はちょっと驚いた。
<br>「まあそんなところじゃないか。だがそれは隠蔽作業員のやつらが考えることだ。俺たちが考える必要は無い」
<br>「……おっしゃる通りです。失礼しました」
<br> ちょっと冷淡に言い過ぎただろうか。樋口の声が想像より沈んでいたため、浩司は付け足した。
<br>「樋口は隠蔽作業員を目指しているのか?」
<br> 少し躊躇するような間のあと、樋口は首肯した。ショートカットの髪が揺れる。
<br> 財団職員、常習者はAからEまでのクラスに分類されている。アルファベットが早いほど、安全で機密へのアクセス権も強い。樋口を含めた機動部隊員はDクラスで、浩司をはじめとする分隊長だけはCクラス職員だ。職員たちは、経験や貢献度、技能などに応じて、次のクラスへと昇格されていく。
<br>「分隊長はどうして機動部隊に残ったんですか? Cクラスだから、隠蔽作業員にもなれたのに」
<br> 当然だが、直接YGTと対峙する機動部隊員よりも、隠蔽作業員の方が安全である。そのため、ほとんどのCクラス職員は隠蔽作業員を志願する。しかし、浩司は違った。
<br>「ちょっと事情があってな。そういう樋口はどうして隠蔽作業員を志望してるんだ?」
<br>「ちょっと事情がありまして」
<br> そう言うと、樋口はふわりと微笑んだ。つられて浩司も唇をほころばせる。調査の結果、ロックイーターのオブジェクトクラスがKohinoorを脱さないだろうことがわかり、部隊の緊張が緩んでいたのだ。
<br>「さあ、報告書をよろしく頼んだぞ」
<br> 樋口は背を向け、崖下に建設された調査拠点へと、小走りに向かっていった。その拠点も、明日には引き払うことになるだろう。浩司は真っ暗な海に目を向けた。闇に隠れて水面はほぼ見えないが、規則正しい波音が海の存在を知らせてくる。浩司は昔から、夜の海が好きだった。理由はわからない。しかし、落ち着くようなノスタルジックになるような、なんとも形容し難い気持ちになるのが、心地よかった。
<br> 浩司は今年29歳、財団職員となって10年目だ。高卒直後に常習者となったため、勤続年数が長く、そのため20代でのCクラス入りという異例の出世を成し遂げている。対する樋口は27歳。年はほぼ同じなのに、階級の差のせいで堅苦しい話し方をされるのは、少し居心地が悪く思っている。
<br> 樋口小百合の仕事ぶりは上々だ。丁寧かつ迅速で、些細なことにもよく気づく。今年度上半期の昇級分隊長推薦は、彼女が妥当だろうな。彼女の夢が叶うのも、そう遠くない未来かもしれない。
<br> そんな思惟は、とうの樋口の上擦った声で途切れた。
<br>「分隊長! 那覇市街に外部存在が出現しました!」


「コブラワン、現着。アルファを確認、北200、高度150」<br>「コブラツー、同じく現着。南210、高度150」<br>「本部了解」
分隊長の浩司と10の小隊の隊長全員、総勢11名が拠点の会議室に集まっていた。備えつけのスクリーンに、第十二分隊“さきがけ”の航空部隊が撮影している映像が映っている。市街地におけるHoeflerクラスのYGTの出現。前代未聞の一大事だ。いや、前例はあったか……?


通信の様子が聞こえてくる。陸自の方も、出動準備を整えていた。
スクリーンは3分割され、そのうち2つには上空から対象に接近するヘリコプターからの映像が、残りの1つは地上のエージェントからの映像が流れている。ヘリは対象から100メートルほど離れたところを旋回している。その対象、それは巨人だった。瓦礫の体に火花をまとった、首無し巨人。浩司は、いやこの部屋にいる全員は、その威容に圧倒されていた。巨人は鉄の腕を振り回して、ビルを殴る。その度に、ビルは揺れてコンクリートの破片が散っていく。その足元で、まるで蟻のように散り散りに逃げていく影が、人間であると気づいた時、浩司は戦慄した。


画面の中の巨人は、相変わらずビルに体当たりしていた。コンクリートの破片がバラバラと散らばり、地上の入り口からは、ビルの中にいた人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。あの質量にぶつかられれば、いつビルが崩落してもおかしくないだろう。
この緊急事態に、財団は最寄りの第十二分隊に接近調査を命じた。その航空部隊が、先遣隊として偵察に向かっている。第二十七分隊は、バックアップ部隊に指名された。今、隊員たちは出動準備を大わらわで進めている。
 
「コブラワン、コブラツー、20ミリ機関砲の使用を許可する。標的、アルファ」<br>「了解。20ミリ機関砲用意。標的、アルファ」
 
部屋が一気にざわついた。自衛隊開設以来、生きた──おそらくアルファは生物だと思っているが──敵の排除のために攻撃がなされるのは、初めてのことだ。ヘリの操縦室内の緊張が、こちらにも痛いほど伝わってくる。

3年1月18日 (来) 17:41時点における版

8月13日20時39分 城島浩司

YGT-081-“ロックイーター”の調査は順調に進んでいた。沖縄県糸満市に位置する、沖縄本島最南端の喜屋武岬。波打ち際より少し陸側に、礁池が広がっている。ここの方言では「イノー」というらしい。

日は沈んだが、そこかしこに設置された投光器によって、岩の地面は明るく照らされていた。埋め立て工事前の調査という名目で、YGT財団機動部隊第二十七分隊“ルック・ハイ”は派遣されていた。その真の目的は、半径10メートルもの岩をくり抜く、ロックイーターの調査。このYGTは最近発見されたばかりで、どのような形態をしているのか、そもそも実体があるのかすらわかっていない。だからこそ、この調査は意義がある。“ルック・ハイ”分隊長・城島浩司は、そう考えていた。

第一小隊長の樋口小百合が、資料が挟まれたバインダー片手に駆け寄ってきた。
「分隊長、超音波探査が完了しました。向こうの旗が立っている地点の直下12.08メートル地点を中心に、半径9.66メートルの完全な球の岩がくり抜かれています」
「半径は今まで発見された穴のそれと一致するな」
「はい。崩落の危険性は、当座は無いようです」
「よし。至急報告書をまとめろ。日付が変わらないうちに、本部に送付するんだ」
「了解です。……カバーストーリーはどうなるんでしょうかね。やっぱりシンクホールとかでしょうか」
 樋口が職務範囲を逸脱する話をすることは今まで無かったから、浩司はちょっと驚いた。
「まあそんなところじゃないか。だがそれは隠蔽作業員のやつらが考えることだ。俺たちが考える必要は無い」
「……おっしゃる通りです。失礼しました」
 ちょっと冷淡に言い過ぎただろうか。樋口の声が想像より沈んでいたため、浩司は付け足した。
「樋口は隠蔽作業員を目指しているのか?」
 少し躊躇するような間のあと、樋口は首肯した。ショートカットの髪が揺れる。
 財団職員、常習者はAからEまでのクラスに分類されている。アルファベットが早いほど、安全で機密へのアクセス権も強い。樋口を含めた機動部隊員はDクラスで、浩司をはじめとする分隊長だけはCクラス職員だ。職員たちは、経験や貢献度、技能などに応じて、次のクラスへと昇格されていく。
「分隊長はどうして機動部隊に残ったんですか? Cクラスだから、隠蔽作業員にもなれたのに」
 当然だが、直接YGTと対峙する機動部隊員よりも、隠蔽作業員の方が安全である。そのため、ほとんどのCクラス職員は隠蔽作業員を志願する。しかし、浩司は違った。
「ちょっと事情があってな。そういう樋口はどうして隠蔽作業員を志望してるんだ?」
「ちょっと事情がありまして」
 そう言うと、樋口はふわりと微笑んだ。つられて浩司も唇をほころばせる。調査の結果、ロックイーターのオブジェクトクラスがKohinoorを脱さないだろうことがわかり、部隊の緊張が緩んでいたのだ。
「さあ、報告書をよろしく頼んだぞ」
 樋口は背を向け、崖下に建設された調査拠点へと、小走りに向かっていった。その拠点も、明日には引き払うことになるだろう。浩司は真っ暗な海に目を向けた。闇に隠れて水面はほぼ見えないが、規則正しい波音が海の存在を知らせてくる。浩司は昔から、夜の海が好きだった。理由はわからない。しかし、落ち着くようなノスタルジックになるような、なんとも形容し難い気持ちになるのが、心地よかった。
 浩司は今年29歳、財団職員となって10年目だ。高卒直後に常習者となったため、勤続年数が長く、そのため20代でのCクラス入りという異例の出世を成し遂げている。対する樋口は27歳。年はほぼ同じなのに、階級の差のせいで堅苦しい話し方をされるのは、少し居心地が悪く思っている。
 樋口小百合の仕事ぶりは上々だ。丁寧かつ迅速で、些細なことにもよく気づく。今年度上半期の昇級分隊長推薦は、彼女が妥当だろうな。彼女の夢が叶うのも、そう遠くない未来かもしれない。
 そんな思惟は、とうの樋口の上擦った声で途切れた。
「分隊長! 那覇市街に外部存在が出現しました!」

分隊長の浩司と10の小隊の隊長全員、総勢11名が拠点の会議室に集まっていた。備えつけのスクリーンに、第十二分隊“さきがけ”の航空部隊が撮影している映像が映っている。市街地におけるHoeflerクラスのYGTの出現。前代未聞の一大事だ。いや、前例はあったか……?

スクリーンは3分割され、そのうち2つには上空から対象に接近するヘリコプターからの映像が、残りの1つは地上のエージェントからの映像が流れている。ヘリは対象から100メートルほど離れたところを旋回している。その対象、それは巨人だった。瓦礫の体に火花をまとった、首無し巨人。浩司は、いやこの部屋にいる全員は、その威容に圧倒されていた。巨人は鉄の腕を振り回して、ビルを殴る。その度に、ビルは揺れてコンクリートの破片が散っていく。その足元で、まるで蟻のように散り散りに逃げていく影が、人間であると気づいた時、浩司は戦慄した。

この緊急事態に、財団は最寄りの第十二分隊に接近調査を命じた。その航空部隊が、先遣隊として偵察に向かっている。第二十七分隊は、バックアップ部隊に指名された。今、隊員たちは出動準備を大わらわで進めている。