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{{秀逸な記事|秀逸性= | {{秀逸な記事|秀逸性=伝説}} | ||
==起== | ==起== | ||
「ねえ小島さん、'''叙述トリック'''って知ってます?」 | 「ねえ小島さん、'''叙述トリック'''って知ってます?」 | ||
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<br> 時々小島さんが本を読んでいるのを見るが、大体推理小説なのだ。どうやらそういう系統の新人賞に応募したこともあるらしい。 | <br> 時々小島さんが本を読んでいるのを見るが、大体推理小説なのだ。どうやらそういう系統の新人賞に応募したこともあるらしい。 | ||
<br>「わかったよ。丁度叙述トリックについての昔話があってな、聞かせてやるよ。ただし、手を動かしながらだ」 | <br>「わかったよ。丁度叙述トリックについての昔話があってな、聞かせてやるよ。ただし、手を動かしながらだ」 | ||
<br> | <br> 見ると、京極さんと三津田さんがもぞもぞと起き出していた。2人とももう、おじさんというよりおじいさんといった方がしっくりくる歳だ。京極さんは身長が低くて小太り、三津田さんは対照的にのっぽで痩せぎすな体型をしている。話し方も、三津田さんは三回りほど年下の僕にも丁寧語を使うが、京極さんはゴリゴリの関西弁で、対照的だ。 | ||
<br>「おはようございます」 | <br>「おはようございます」 | ||
<br> | <br>「なんやふたりとも偉う起きるんが早いなあ」 | ||
<br> いつも同じ時間に起きていると、アラームなぞ無くとも自然と目が覚めてしまうものだ。僕は変わり映えのしない一日の到来に溜め息を吐くと、布団を畳むために立ち上がった。 | <br> いつも同じ時間に起きていると、アラームなぞ無くとも自然と目が覚めてしまうものだ。僕は変わり映えのしない一日の到来に溜め息を吐くと、布団を畳むために立ち上がった。 | ||
<br>「あれは俺が小6になりたての4月の出来事だった」 | <br>「あれは俺が小6になりたての4月の出来事だった」 | ||
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<br>「どうだケン、兄さんが何したかはわかったか?」 | <br>「どうだケン、兄さんが何したかはわかったか?」 | ||
<br>「うん!」 | <br>「うん!」 | ||
<br> | <br>「はは、そら良かった。さすが俺の弟だな。よし、あれ、ギターが引っかかって、ギリ通れない……くそ」 | ||
<br> そこでバキッと嫌な音がした。 | <br> そこでバキッと嫌な音がした。 | ||
<br>「ああ、俺のギター! 高かったのに!!」 | <br>「ああ、俺のギター! 高かったのに!!」 | ||
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==破== | ==破== | ||
<font face="Tahoma"> | <font face="Tahoma"> | ||
その次の日、昼飯の時間になって、お袋に言われて俺は2階の自室にいる兄貴を呼びに行った。兄貴の部屋をノックしようとしたところで、急にドアが開き、俺は鼻をしたたかにぶつけた。兄貴は笑いながら「すまんすまん」と謝ったが、こっちは痛いのなんの。不貞腐れたよ。鼻の頭に絆創膏を貼らないといけなかった。 | |||
<br> | <br> ともかく昼食になった。そのときは俺と兄貴、親父とお袋の4人暮らしだった。はは、今と同じだな。お袋は専業主婦、親父は市議会議員だった。俺は食卓のお誕生席で黙々と白飯を食ってた。兄さんには無邪気に接していたんだが、他の家族、特に親父の前でははしゃげなかった。今思えば、この時既に親に少し苦手意識を持ってたのかもしれないな。 | ||
<br> | <br> そんなことは露ほども知らない、何かと心労の絶えない時期を通り抜けた親父は、とにかく機嫌が良かった。俺がレタスをこぼしても、いつもと違ってこの日は何も言われなかった覚えがある。ずっと陽気に「政治は~、政治を~」と理想を語っていたよ。だからお袋が、 | ||
<br>「せっかくケンちゃんが賞状貰ってきたのに、お父さんったら政治、政治ってそればっかり。少しは気にかけてやってくださいよ」 | <br>「せっかくケンちゃんが賞状貰ってきたのに、お父さんったら政治、政治ってそればっかり。少しは気にかけてやってくださいよ」 | ||
<br>と嗜めた。だが親父は、 | <br>と嗜めた。だが親父は、 | ||
<br>「気にかけてるよ。それに、弟ってのは兄の背を見て育つもんだ。だからお前も優秀に育ってるし、健児もそうなるだろう。な、健児?」 | <br>「気にかけてるよ。それに、弟ってのは兄の背を見て育つもんだ。だからお前も優秀に育ってるし、健児もそうなるだろう。な、健児?」 | ||
<br> 事実、親父が褒めるかどうかなんて俺は気にしてなかったから、適当に返事して終わったと思う。親父が言うように、兄は教育通り優秀に育ったんだ。まあ弟がそうじゃないことは、あんたらも知っての通りだ。 | <br> 事実、親父が褒めるかどうかなんて俺は気にしてなかったから、適当に返事して終わったと思う。親父が言うように、兄は教育通り優秀に育ったんだ。まあ弟がそうじゃないことは、あんたらも知っての通りだ。 | ||
<br> | <br> 俺は飯を食い終わったあとも、食卓でテレビを眺めていた。兄貴は早々に自室にひっこんでいて、俺はひとりで買い物に行く両親を見送った。安っぽいドラマに飽きた俺も、まもなく2階の自分の部屋に戻った。悲劇はこのあと起こったわけだ。 | ||
<br> 何時間か経った午後3時、俺は小遣いで買っといたプリンを食べようと、2階からキッチンへ降りてきた。さあ食べようと冷蔵庫を開け放ったんだが、確かに2段目に入れといたはずのプリンがない。中を隅から隅まで探したが、ない。そこで横のゴミ箱を見ると、なんとプリンの空容器が捨ててあったのさ! | |||
<br> それを見て幼き俺は愕然として落涙、この世の不条理を嘆いた……わけじゃあない。正直あんまショックは受けなかった。プリン大好きってわけじゃないし、小遣いは十分貰ってたから惜しくもなかった。たかがプリン1個くらいで家族を詰るような、狭量な男じゃなかったんだ、俺は。 | <br> それを見て幼き俺は愕然として落涙、この世の不条理を嘆いた……わけじゃあない。正直あんまショックは受けなかった。プリン大好きってわけじゃないし、小遣いは十分貰ってたから惜しくもなかった。たかがプリン1個くらいで家族を詰るような、狭量な男じゃなかったんだ、俺は。 | ||
<br> | <br> だが、ここで一つ疑問が残った。誰がプリンを食べたのだろう? 容器はゴミの上の方にあり、俺が昼飯のときにこぼしたレタスよりも上にある。加えて、昼飯のあとに俺は食卓にいた。その時にプリンを食べているやつがいれば、さすがに気づく。つまり、プリンが食べられたのは、俺がこの食卓を離れた後ということだ。しかし、両親は買い物からまだ帰ってきていない。なら、親が食べたのではない。そして、兄さんは珍しいことにプリンがとても苦手なんだ。食べるなんてこと絶対にあり得ない。今日は客も一切来ていない……。 | ||
<br> そこまで考えたところで、自分が無駄な思考をしていたことに気づいた。落ち着いて考えれば、答えは歴然じゃあないか……。 | <br> そこまで考えたところで、自分が無駄な思考をしていたことに気づいた。落ち着いて考えれば、答えは歴然じゃあないか……。 | ||
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<br>「でも、小島さんちは4人家族だって言ってたじゃないですか」 | <br>「でも、小島さんちは4人家族だって言ってたじゃないですか」 | ||
<br> 兄が2人いるなら家族は5人いないとおかしくなる。すると三津田さんは足し算に見事正解した孫を見るような顔をした。 | <br> 兄が2人いるなら家族は5人いないとおかしくなる。すると三津田さんは足し算に見事正解した孫を見るような顔をした。 | ||
<br>「その通りですが、正確には『その時は』『4人暮らし』と言っただけです。{{傍点|文章=上の兄}}、{{傍点|文章=つまりプリンが嫌いな兄は}}、{{傍点|文章=もう一人暮らしを始めた頃だった}} | <br>「その通りですが、正確には『その時は』『4人暮らし』と言っただけです。{{傍点|文章=上の兄}}、{{傍点|文章=つまりプリンが嫌いな兄は}}、{{傍点|文章=もう一人暮らしを始めた頃だった}}のではないですかね。そう、丁度その年の4月から」 | ||
<br> | <br>「父親の『何かと心労の絶えない時期』っちゅうのは長兄の大学受験とかやろな。それに、食卓にお誕生席があったのも、5人暮らしの名残やろう。4人家族なら、2人ずつ向かい合って座ればええんやからな」 | ||
<br> なんでこの爺さんたちはそんなに細かいところまで覚えてるんだ。 | <br> なんでこの爺さんたちはそんなに細かいところまで覚えてるんだ。 | ||
<br>「ふむ、それは気づきませんでした。ですが、私は次男の名前が分かりますよ。おそらく『<ruby>政治<rt> | <br>「ふむ、それは気づきませんでした。ですが、私は次男の名前が分かりますよ。おそらく『<ruby>政治<rt>せいじ</rt></ruby>』というんでしょう。どうです、ケンくん?」 | ||
<br>「ああ、その通りだ。ちなみに漢字も、まんま専制政治の政治だよ」 | <br>「ああ、その通りだ。ちなみに漢字も、まんま専制政治の政治だよ」 | ||
<br> 小島さんも2人の洞察力に苦笑いしている。一方、僕は釈然としない。 | <br> 小島さんも2人の洞察力に苦笑いしている。一方、僕は釈然としない。 | ||
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