「Sisters:WikiWiki麻薬草子/海辺のカフカを読んで」の版間の差分

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(あくまで読書感想文なんだ……!読書感想文なんだよぉぉぉ……。)
 
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 <br> 海辺のカフカを読み終え受講室から出ると、そこには彼がいた。彼はリュックサックを背負って、駐車場に座り込んでいた。
 海辺のカフカを読み終え受講室から出ると、そこには彼がいた。彼はリュックサックを背負って、駐車場に座り込んでいた。
<br>「話をしよう」
<br>「話をしよう」
 <br> 彼は言った。
 <br> 彼は言った。
 <br> 僕は黙って横に座る。彼は空を見上げた。辺りは日が暮れる前の、闇が染み出してくるような、この時間特有の気配がしていた。何者かがゆっくりと、しかし確実に光を束ねて、明日へと運んでいくのだ。
 <br> 僕は黙って横に座る。彼は空を見上げた。辺りは日が暮れる前の、闇が染み出してくるような、この時間特有の気配がしていた。何者かがゆっくりと、しかし確実に光を束ねて、明日へと運んでいくのだ。
 <br> 僕は彼に向けて言葉を放つ。
 <br> 僕は彼に向けて言葉を放つ。
<br>「僕は君に話したいことがある。多分一方的に話すことになるけど、聞いてもらっていいかい?」
<br>「君に話したいことがある。多分一方的に話すことになるけど、聞いてもらっていいかい?」
 <br> 彼は親の機嫌を伺う雛鳥のような、痛々しい笑顔で答えた。
 <br> 彼は親の機嫌を伺う雛鳥のような、痛々しい笑顔で答えた。
<br>「もちろん。君の好きなようにすればいい」
<br>「もちろん。君の好きなようにすればいい」
 <br> 彼はいつもそういう笑い方をする。痛々しく笑うのだ。その痛々しさがどこから来るか、僕は知らない。時々考えてみることがある。僕が彼の笑顔に痛々しさを見るのは、僕が彼に痛々しい負い目があるからなのではないか、と。でもその度に僕は思う。彼の笑顔にあるその痛々しさは、彼に生まれつき備え付けられていた物なのかもしれない、と。もともと僕は彼にその負い目を感じる前から彼と過ごしてきた。しかしその時が訪れるより前の彼の笑顔を、僕はどうしても思い出せないのだ。僕はこの問答を幾度となく繰り返してきたのだが、答えに辿り着くような気配は全くない。むしろより混乱していくように感じる。僕は彼の笑顔を見るたびにそういうことを考えてしまう。
 <br> 彼はいつもそういう笑い方をする。痛々しく笑うのだ。その痛々しさがどこから来るか、僕は知らない。時々考えてみることがある。彼の笑顔に痛々しさを見るのは、僕が彼に痛々しい負い目があるからなのではないか、と。でもその度に僕は思う。彼の笑顔にあるその痛々しさは、彼に生まれつき備え付けられていた物なのかもしれないと。もともと僕は彼にその負い目を感じる前から彼と過ごしてきた。しかしその時が訪れるより前の彼の笑顔を、僕はどうしても思い出せないのだ。僕はこの問答を幾度となく繰り返してきたのだが、答えに辿り着くような気配は全くない。むしろより混乱していくように感じる。僕は彼の笑顔を見るたびにそういったことを考えてしまう。
 <br> 僕は最初のひと言を話し始めようと、息を吸った。しかしそれは緩やかに空を切った彼の手によって止められてしまう。
 <br> 僕は最初のひと言を話し始めようと、息を吸った。しかしそれは緩やかに空を切った彼の手によって止められてしまう。
<br>「悪い。少し散歩に行かないか」
<br>「悪い。少し散歩に行かないか」
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<br>「君は芥川龍之介の作品を読んだことがあるかい?」
<br>「君は芥川龍之介の作品を読んだことがあるかい?」
 <br> 返事はない。僕は彼との会話にまともな返事は求めてないし、彼も返事することを望まない。
 <br> 返事はない。僕は彼との会話にまともな返事は求めてないし、彼も返事することを望まない。
<br>「彼は天才だと思うんだ。彼の文章はまるでがちがちに固まった銀の檻のようだ。もちろん、いい意味でね。全てが計算し尽くされたロジックでできている。でも多分それは彼自身が計算した物ではないんだ。彼は彼が生きている世界を隅から隅まで捉えて、それを端から端まで文章にしただけなんだ。その世界の澱を、自由を、含みを、必要な分だけ絶妙に取捨選択して、選んだ全てで造る。もちろん作家は基本的にそうだ。彼が他と一線を画して天才たる所以はこの時の“捉える”という工程にあると思う」
<br>「彼は天才だと思うんだ。彼の文章はまるでがちがちに固まった銀の時計の檻のようだ。もちろん、いい意味でね。全てが計算し尽くされたロジックでできている。でも多分それは彼自身が計算した物ではないんだ。彼は彼が生きている世界を隅から隅まで捉えて、それを端から端まで文章にしただけなんだ。その世界の澱を、自由を、含みを、必要な分だけ絶妙に取捨選択して、選んだ全てで造る。もちろん作家は基本的にそうだ。彼が他と一線を画して天才たる所以はこの時の“捉える”という工程にあると思う」
 <br> 彼は難しい顔をして黙々と前へ進んでいく。僕は話題を変える。
 <br> 彼は難しい顔をして黙々と前へ進んでいく。僕は話題を変える。
<br>「まあ、そんなことはいいんだ」
<br>「まあ、そんなことはいいんだ」
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 <br> 闇はだんだんと濃くなっている。風は勢いを増す。僕の耳にはその風の音だけが聞こえる。
 <br> 闇はだんだんと濃くなっている。風は勢いを増す。僕の耳にはその風の音だけが聞こえる。
<br>「ひとつは“図書館を建てたい”。僕は読み終えた時に、そう願ってしまっていたんだ。僕は自分の図書館が欲しい。うん、そうだ。僕は図書館をつくりたい。そこまで大きくなくていい。ただそれは明治の頃の西洋風の建物みたいにレンガで造られて、ひとつの趣があるんだ。そこには地下室があって、誰かの思い出がそこで眠る。壁には美しい森の絵が飾られて誰かがその絵に吸い込まれていく。館内は正しく考えられたルールに基づいて整理されて、正しい本が正しい場所にある。そして館長の部屋では、僕が万年筆で文章を書いているんだ。そこにある窓からは昼下がりの、もしくは早朝の、あるいは夕暮れの、四季折々の庭が見えるんだ。僕はそこで何かに向き合う。ただ黙々と向き合い続けるんだ。」
<br>「ひとつは“図書館を建てたい”。僕は読み終えた時に、そう願ってしまっていたんだ。僕は自分の図書館が欲しい。うん、そうだ。僕は図書館をつくりたい。そこまで大きくなくていい。ただそれは明治の頃の西洋風の建物みたいにレンガで造られて、ひとつの趣があるんだ。そこには地下室があって、誰かの思い出がそこで眠る。壁には美しい森の絵が飾られて誰かがその絵に吸い込まれていく。館内は正しく考えられたルールに基づいて整理されて、正しい本が正しい場所にある。そして館長の部屋では、僕が万年筆で文章を書いているんだ。そこにある窓からは昼下がりの、もしくは早朝の、あるいは夕暮れの、四季折々の庭が見えるんだ。僕はそこで何かに向き合う。ただ黙々と向き合い続けるんだ。」
 <br> 僕は夢を見るような心地で目を閉じた。僕は今僕の図書館にいる。そしてその裏には綺麗な海岸がある。僕はそこへ行き、ずっと向こうのほうに水平線を認めながら波の音に耳を澄ます。誰かの記憶は地下室で眠る。絵に吸い込まれたひとは、時間があまり関係の無い場所で暮らす。書架は整理されている。海岸には僕がいる。そこは非常にメタフォリカルな物事に溢れている。
<br> 僕は夢を見るような心地で目を閉じた。僕は今僕の図書館にいる。そしてその裏には綺麗な海岸がある。僕はそこへ行き、ずっと向こうのほうに水平線を認めながら波の音に耳を澄ます。誰かの記憶は地下室で眠る。絵に吸い込まれたひとは、時間があまり関係の無い場所で暮らす。書架は整理されている。海岸には僕がいる。そこは非常にメタフォリカルな物事に溢れている。
<br>「そう――そしてその図書館はメタファーなんだ。誰にとってもね。実は本の中の図書館は、僕と大島さんにとっても、佐伯さんにとってもメタファーではないんだ。その世界は全て他の意味、意味上の概念に取って代わることができるから、図書館は彼らの中で実態を持って互いを繋ぐ、パイプのような物になっているんだ。それは心臓と脳を繋ぐ血管のように無くてはならないものだ。でも――」
<br>「そう――そしてその図書館はメタファーなんだ。誰にとってもね。実は本の中の図書館は、僕と大島さんにとっても、佐伯さんにとってもメタファーではないんだ。その世界は全て他の意味、意味上の概念に取って代わることができるから、図書館は彼らの中で実態を持って互いを繋ぐ、パイプのような物になっているんだ。それは心臓と脳を繋ぐ血管のように無くてはならないものだ。でも――」
 <br> 僕は言葉をきった。ここまで喋るのに息を忘れていた。相変わらず背後の彼と思わしきものは動かない。彼の気配は全くと言って良いほど感じられない。そこには、僕だけがいる。息を整えて僕は続ける。
 <br> 僕は言葉をきった。ここまで喋るのに息を忘れていた。相変わらず背後の彼と思わしきものは動かない。彼の気配は全くと言って良いほど感じられない。そこには、僕だけがいる。息を整えて僕は続ける。
<br>「僕らの生きる世界は良くも悪くもメタフォリカルではないもので溢れている。そう。僕らの世界には無くてはならないパイプが多すぎるんだ。だから僕はそこに僕だけのメタファーを創りたい。誰にとってもメタフォリカルな僕だけの|図書館《アレゴリー》だ。」
<br>「僕らの生きる世界は良くも悪くもメタフォリカルではないもので溢れている。そう。僕らの世界には無くてはならないパイプが多すぎるんだ。だから僕はそこに僕だけのメタファーを創りたい。誰にとってもメタフォリカルな僕だけの図書館だ。」
 <br> 僕はだんだんと振り向くのが恐ろしくなっていた。その恐怖と彼は殆ど関係がない。僕は話を終えるのを恐怖していたのだ。できることならこのままずっと話を続けていたかった。僕は、話すたびに僕自身が出来上がっていく感覚にすっかり陶酔していた。もといた世界に戻りたくなかった。
 <br> 僕はだんだんと振り向くのが恐ろしくなっていた。その恐怖と彼は殆ど関係がない。僕は話を終えるのを恐怖していたのだ。できることならこのままずっと話を続けていたかった。僕は、話すたびに僕自身が出来上がっていく感覚にすっかり陶酔していた。もといた世界に戻りたくなかった。
<br>「ふたつめ、これはもっとシンプルだ。“愛する人が欲しい”。僕は本気で愛せる人が欲しい。これに関して僕はこれといった注文はない。ただ本気で愛したいと思える、そんな人が欲しくなったよ。」
<br>「ふたつめ、これはもっとシンプルだ。“愛する人が欲しい”。僕は本気で愛せる人が欲しい。これに関して僕はこれといった注文はない。ただ本気で愛したいと思える、そんな人が欲しくなったよ。」
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<br>「君はどんな音楽を聴くんだい?」
<br>「君はどんな音楽を聴くんだい?」
 <br> 彼は画面から目を離さずに答える。
 <br> 彼は画面から目を離さずに答える。
<br>「最近は…マイケルジャクソンを聞くんだ」
<br>「最近は……マイケルジャクソンを聞くんだ」
 <br> 僕は右隣に歩く彼の表情を見る。
 <br> 僕は右隣に歩く彼の表情を見る。
<br>「確か…こうしたら流れるはずなんだけど……」
<br>「確か……こうしたら流れるはずなんだけど……」
<br> 彼は操作に手間取っているようだ。
<br> 彼は操作に手間取っているようだ。
<br>「いい趣味だ」
<br>「いい趣味だ」
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<br>世界を良くしたいなら
<br>世界を良くしたいなら
<br> 自分と向き合い、まずは自分を変えるんだ』
<br>自分と向き合い、まずは自分を変えるんだ』


<br>「ねえ、この歌、きっと誰か他の人のカバーだよ。声が違うし、そもそもこの曲はアコギの曲じゃない」
<br>「ねえ、この歌、きっと誰か他の人のカバーだよ。声が違うし、そもそもこの曲はアコギの曲じゃない」
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