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 翌朝、宇宙飛行士が目を覚ますと、何やら辺りが騒がしかった。事情を聴いてみると、どうやら昨夜、住民の一人が寿命を迎えて死んだらしく、今は葬儀を行っているという。しかし、宇宙飛行士の目に映るのは、悲しみに暮れる住民たちの姿ではなく、むしろ陽気な宴会とさえいえる代物だった。住民は「魚」をたらふく食べ、酩酊作用を引き起こすらしい貝のエキスを呑みながら、例のうがいのような音でかすれた弦楽器のようなハーモニーを奏でている。宇宙飛行士はたまらず近くの住民をつかまえ、その老人の死が悲しいとは思わないのかと尋ねた。その住民が訝しげに語ったことによれば、確かに彼が陸地期を待たずして死ぬことになったのは残念だが、結局はいつかのタイミングで、陸地期の周期と何度めかも分からない生まれ変わりの周期を一致させ、陸地に還っていくものだという。それが遅かろうが早かろうが、本質的には違わず、海の底に名前を刻む瞬間は誰にでも訪れるのだ。
 翌朝、宇宙飛行士が目を覚ますと、何やら辺りが騒がしかった。事情を聴いてみると、どうやら昨夜、住民の一人が寿命を迎えて死んだらしく、今は葬儀を行っているという。しかし、宇宙飛行士の目に映るのは、悲しみに暮れる住民たちの姿ではなく、むしろ陽気な宴会とさえいえる代物だった。住民は「魚」をたらふく食べ、酩酊作用を引き起こすらしい貝のエキスを呑みながら、例のうがいのような音でかすれた弦楽器のようなハーモニーを奏でている。宇宙飛行士はたまらず近くの住民をつかまえ、その老人の死が悲しいとは思わないのかと尋ねた。その住民が訝しげに語ったことによれば、確かに彼が陸地期を待たずして死ぬことになったのは残念だが、結局はいつかのタイミングで、陸地期の周期と何度めかも分からない生まれ変わりの周期を一致させ、陸地に還っていくものだという。それが遅かろうが早かろうが、本質的には違わず、海の底に名前を刻む瞬間は誰にでも訪れるのだ。


 海だけの世界に生まれ落ちて、全てを海に見出し、かつ海に全てを見いだす彼らの自然観は、しかし宇宙飛行士には少し不気味に映っていた。それはあるいは、この時遠くの空に浮かんでいた黒く分厚い雲の接近や、徐々に高く、激しくとぐろを巻きはじめた海流の縦横のうねりに、恐るべき嵐の動乱を予感させられたからかもしれない。とにかく、その日が沈まないうちに、浮島は暴風雨に見舞われた。
 海だけの世界に生まれ落ちて、全てを海に見出し、かつ海に全てを見いだす彼らの自然観は、しかし宇宙飛行士には少し不気味に映っていた。それはあるいは、この時遠くの空に浮かんでいた黒く分厚い雲の接近や、徐々に高く、激しくとぐろを巻きはじめた海流の縦横のうねりに、恐るべき嵐の動乱を予感させられたからかもしれない。とにかく、その日が沈まないうちに、浮島は暴風雨に見舞われた。水葬として遠くに流されていった老人の死体は、波にもまれ、あたかも苦しみもがいているようだった。


 惑星を巡る風の均衡が破壊され、気流はパニックを起こしたようにのたうち回る。普段こそ空間をどっしりと満たしている大気は、浮き足立ち、恐慌状態の金切り声をあげながら自身を引き裂く。雲を、海を、力のままに殴りつける。宇宙服によって触覚が保護されている宇宙飛行士でさえ、平衡感覚を失った。絶え間なく、切れ目なく天空から染み出し、海を目指して流れてくる雨は、さながら河川のように空を侵食し、雷のような轟音を海面に散らしながら、滝のように眼前に迫ってくる。世界を海に囲まれている。惑星の内側に向かう暴力にあてられて、海もまた体を震わせた。巨大な水の肉体を構成するために、すべての水滴を結び付ける力が、弾性と粘性をもって暴力に反応する。鉛玉に撃たれた人間が傷口から鮮血を噴くのと全くもって同じように、この海もまた嵐に抉り取られ、引き裂かれ、ぶたれた傷口から、白くほとばしる泡だらけの大波を噴きだす。それが浮島を揺らして弄んだ。浮島の住民たち、そして宇宙飛行士は、自分たちが宇宙的な力学の世界に投げ出されたものだとさえ感じた。惑星の巨大な天体運動にしがみつく術は、陸地にしか無いのだ。それほどひどい嵐だった。
 惑星を巡る風の均衡が破壊され、気流はパニックを起こしたようにのたうち回る。普段こそ空間をどっしりと満たしている大気は、浮き足立ち、恐慌状態の金切り声をあげながら自身を引き裂く。雲を、海を、力のままに殴りつける。宇宙服によって触覚が保護されている宇宙飛行士でさえ、平衡感覚を失った。絶え間なく、切れ目なく天空から染み出し、海を目指して流れてくる雨は、さながら河川のように空を侵食し、雷のような轟音を海面に散らしながら、滝のように眼前に迫ってくる。世界を海に囲まれている。惑星の内側に向かう暴力にあてられて、海もまた黒い体を震わせた。巨大な水の肉体を構成するために、すべての水滴を結び付ける力が、弾性と粘性をもって暴力に反応する。鉛玉に撃たれた人間が傷口から鮮血を噴くのと全くもって同じように、この海もまた嵐に抉り取られ、引き裂かれ、ぶたれた傷口から、白くほとばしる泡だらけの大波を噴きだす。それが浮島を揺らして弄んだ。浮島の住民たち、そして宇宙飛行士は、自分たちが宇宙的な力学の世界に投げ出されたものだとさえ感じた。惑星の巨大な天体運動にしがみつく術は、陸地にしか無いのだ。それほどひどい嵐だった。


 そのために、宇宙飛行士も最初はそれに気づかなかった。住民がぽつぽつと浮島から転落し、荒れ狂う海に投げ出されているのは、単なる自然災害による事故だとばかり思っていたが、それは明確に、住民が住民を突き落としているがためのものだった。ひどい災害のために、浮島の集落の間でパニックが発生しているものなのかとも考えたが、それにしては住民たちは冷静だった。意を決して宇宙飛行士が住民の一人に尋ねたところ、どうやらこれは「巨鳥祭」の準備であるということだった。彼らは経験則的に、嵐の後には巨鳥の死体が高確率で現れることを知っていた。これは、単純に嵐に巻き込まれて海面に叩きつけられて死ぬ巨鳥がいるのに加えて、巨鳥の主食でもある「魚」たちが嵐を恐れて数週間海の比較的深いところに潜っていくために、嵐の範囲をまぬかれた巨鳥も飢えて死んでしまうことがあるためだった。
 そのために、宇宙飛行士も最初はそれに気づかなかった。住民がぽつぽつと浮島から転落し、荒れ狂う海に投げ出されているのは、単なる自然災害による事故だとばかり思っていたが、それは明確に、住民が住民を突き落としているがためのものだった。ひどい災害のために、浮島の集落の間でパニックが発生しているものなのかとも考えたが、それにしては住民たちは冷静だった。意を決して宇宙飛行士が住民の一人に尋ねたところ、どうやらこれは「巨鳥祭」の準備であるということだった。彼らは経験則的に、嵐の後には巨鳥の死体が高確率で現れることを知っていた。これは、単純に嵐に巻き込まれて海面に叩きつけられて死ぬ巨鳥がいるのに加えて、巨鳥の主食でもある「魚」たちが嵐を恐れて数週間海の比較的深いところに潜っていくために、嵐の範囲をまぬかれた巨鳥も飢えて死んでしまうことがあるためだった。


 ではなぜ仲間を海に突き落とすのか。そう尋ねると、住民はさも意外そうに宇宙飛行士を見据えて言う。巨鳥は重いのだ。浮島は、作製の当初こそ余裕を持って海に浮かんでいるが、例のようにバラバラに分断されてしまった後では、そこに暮らす住民の重さを支えるので精一杯だった。海に浮かぶ巨鳥の死骸は不安定に波に揺られる。巨鳥の肉を調理したり、翼を加工して浮島を補修するには、一度浮島の上に引き上げて作業する必要があった。だから落とす。住民を落として、浮島の重量制限に触れないように、巨鳥の恵みを祝う。なら、なぜーー自分ではなく、他人を落とすのか。
 ではなぜ仲間を海に突き落とすのか。そう尋ねると、住民はさも意外そうに宇宙飛行士を見据えて言う。巨鳥は重いのだ。浮島は、作製の当初こそ余裕を持って海に浮かんでいるが、例のようにバラバラに分断されてしまった後では、そこに暮らす住民の重さを支えるので精一杯だった。海に浮かぶ巨鳥の死骸は不安定に波に揺られる。巨鳥の肉を調理したり、翼を加工して浮島を補修するには、一度浮島の上に引き上げて作業する必要があった。だから落とす。住民を落として、浮島の重量制限に触れないように、巨鳥の恵みを祝う。なら、しかし、なぜーー自分ではなく、他人を落とすのか。


 そう尋ねると、その住民は微妙に体を傾けた。この生物は人間のような顔を持たないが、宇宙飛行士はそのしぐさに確かな表情を感じた。それは、引きつった笑顔だった。
 そう尋ねると、その住民は微妙に体を傾けた。この生物は人間のような顔を持たないが、宇宙飛行士はそのしぐさに確かな表情を感じた。それは、引きつった笑顔だった。
 やがて嵐は収まり、空と海は平静を取り戻した。海は再び、青黒く、豊かに星を満たした。風はゆるやかに波を撹拌し、潮の香りを世界中に届けた。浮島では、嵐を、そして「準備」を生き残った住民たちが、巨鳥を祭って歌っていた。巨鳥の体重は約350kg、住民の体重は約40kgで、住民は計11人が水平線以下の墓地に葬られたから、このとき浮島には90kgの余裕ができていた。大量の「魚」を山のように釣りあげて、彼らは宴を楽しむ。宇宙飛行士はただそれを見ていた。思えばあの葬式にしても、彼らは老人を送り出していたのではなく、むしろ40kg分の「魚」を楽しんでいただけなのではないか。宇宙飛行士が彼らに恵んだパラシュートは、その加工のためにいったい何人の住民を海に沈めたのだろうか。


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