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|標的=生徒・教諭
|標的=生徒・教諭
|日付=2021年11月26日
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|時間=午前8時10分~午前8時45分
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|概要=男子中学生による無差別殺人
|概要=男子中学生による無差別殺人
|凶器=包丁、机
|凶器=包丁、机
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生き残った少年のクラスメイトは、「少年は事件の前々日から様子がおかしかった」と証言している。
生き残った少年のクラスメイトは、「少年は事件の前々日から様子がおかしかった」と証言している。


{{名言|名言=彼(引用者注:「少年」を指す)は2日前の水曜日からなんか様子がおかしかったんです。社会のテストが終わった頃だから2時間目くらいか、その時からなんか思いつめたような顔して、なんかブツブツつぶやいてました。翌日はもっとひどくなってて、つぶやくというよりうなってました。頭を抱えたりなんかして、なんかもう一人の自分と戦ってるみたいな。一度「大丈夫?」と声をかけたんですけどね、力無く生返事が返ってきただけでした。いつもの様子に比べたら、明らかに異常ですよ。|対象=「少年」|人物=生き残った少年のクラスメイト}}<ref name="anohi">『二・零零事件 あの日何があったのか』毎日新聞社</ref>
<blockquote><span style="font-size:150%">'''<font face="Times New Roman">彼(引用者注:「少年」を指す)は2日前の水曜日からなんか様子がおかしかったんです。社会のテストが終わった頃だから2時間目くらいか、その時からなんか思いつめたような顔して、なんかブツブツつぶやいてました。翌日はもっとひどくなってて、つぶやくというよりうなってました。頭を抱えたりなんかして、なんかもう一人の自分と戦ってるみたいな。一度「大丈夫?」と声をかけたんですけどね、力無く生返事が返ってきただけでした。いつもの様子に比べたら、明らかに異常ですよ。</font>'''</span><br>〜生き残った少年のクラスメイト<ref name="anohi">『二・零零事件 あの日何があったのか』毎日新聞社</ref></blockquote>
 
===11月26日===
====事件発生前====
少年は7時25分頃に登校し、中学3年1組の教室に入った。この時包丁を机の引き出しに隠したと思われる。クラスメイトの証言によると、登校後少年はずっと顔を伏せ、何か小声で唱えていたという。<ref name="anohi"></ref>
 
====事件発生====
8時10分、早朝講座を始める号令のためクラス全員が起立した。その直後、少年は振り返って後ろの席の生徒の腹部に包丁を突き立てた。少年は素早く更に後ろの生徒の腹部も刺し、次いで右横の列に標的を移した。初めの凶行が為されたのは教室の後方だったため、クラス全体が危機を察知したときには、既に10名ほどが刺されていたという<ref name="sin">『沖縄無差別殺人 生存者に緊急取材』「週刊新潮2021年1月号」掲載</ref>。


==脚注==
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2年1月28日 (I) 21:30時点における版

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二・零零事件
現場となった学校。犯人も通っていた。
場所 沖縄県南風原町新川646
沖縄県立開邦中学校・高等学校
標的 生徒・教諭
日付 2021年11月26日
時間 8時10分~8時45分
概要 男子中学生による無差別殺人
凶器 包丁、机
死者 47人(犯人を除く)
負傷者 153人
犯人 中学校の男子生徒
動機 不明


二・零零事件とは、2021年11月26日に沖縄県南風原町で発生した連続無差別殺傷事件である。男子中学生(事件当時15歳:沖縄県立開邦中学校3年生)が相次いで同中学校および併設されている高等学校の生徒、教員を殺傷した。死傷者は合計200名にのぼり、それゆえに二・零零事件と称されている。

殺害人数47人は、日本で発生した殺人事件としては最も多く[1]、近代日本最悪の殺人事件として世間に大きな衝撃を与えた。

本事件は開邦中・高殺人事件2・00事件などと呼ばれることもある。

概要

事件を起こした犯人の実名は少年法に則り、公開されていない。そのため、本稿では少年と表記する。

沖縄県立開邦中学校の3年生だった少年は、2021年11月26日の初めの授業が始まった時、自宅から持ち出した包丁で彼のクラスメイトを次々と切りつけた。そして別の教室にも次々と押し入り、生徒を殺傷した。制止を図った教諭も被害にあっている。また、教室の机によって撲殺された被害者もいる。少年はいくつかの教室で35分にわたって多くの人を殺傷した挙げ句、自らの腹部に包丁を突き立てて死亡した。

結果として、少年を除いて生徒46人、職員1人が死亡した。また、生徒149人と職員4人が重軽傷を負った。日本最悪の殺人事件であるが、被疑者死亡のため不起訴処分となった。

事件の経緯

11月24日~25日

生き残った少年のクラスメイトは、「少年は事件の前々日から様子がおかしかった」と証言している。

彼(引用者注:「少年」を指す)は2日前の水曜日からなんか様子がおかしかったんです。社会のテストが終わった頃だから2時間目くらいか、その時からなんか思いつめたような顔して、なんかブツブツつぶやいてました。翌日はもっとひどくなってて、つぶやくというよりうなってました。頭を抱えたりなんかして、なんかもう一人の自分と戦ってるみたいな。一度「大丈夫?」と声をかけたんですけどね、力無く生返事が返ってきただけでした。いつもの様子に比べたら、明らかに異常ですよ。
〜生き残った少年のクラスメイト[2]

11月26日

事件発生前

少年は7時25分頃に登校し、中学3年1組の教室に入った。この時包丁を机の引き出しに隠したと思われる。クラスメイトの証言によると、登校後少年はずっと顔を伏せ、何か小声で唱えていたという。[2]

事件発生

8時10分、早朝講座を始める号令のためクラス全員が起立した。その直後、少年は振り返って後ろの席の生徒の腹部に包丁を突き立てた。少年は素早く更に後ろの生徒の腹部も刺し、次いで右横の列に標的を移した。初めの凶行が為されたのは教室の後方だったため、クラス全体が危機を察知したときには、既に10名ほどが刺されていたという[3]

脚注

  1. この事件の発生までは、京都アニメーション放火殺人事件における36人が最多であった。
  2. 2.0 2.1 『二・零零事件 あの日何があったのか』毎日新聞社
  3. 『沖縄無差別殺人 生存者に緊急取材』「週刊新潮2021年1月号」掲載