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<big>'''第一章 めっちゃデカい屋敷と死体'''</big>
===2014年5月号掲載「奇妙な儀式と未解決事件……9年前に消えた謎のカルトを追え!」===


──二月二十日・深夜──
 先日の「瀬戸内海の人魚伝説」の調査も終わり、一息ついた「となりのオカルト調査隊」。そんな我々の元に、新しい調査依頼が舞い込んだ。依頼人は、神奈川県某所在住の白坂憲二氏(74歳男性・仮名)である。


二月二十日午前一時、めっちゃデカい屋敷に悲鳴が響き渡った。
「私は、息子夫婦が入会していたある『団体』のことを調べてもらいたいんです」


八名しかいない屋敷の中で、その主人である資産家<ruby>律家<rt>りつけ</rt></ruby><ruby>律<rt>りつ</rt></ruby>の遺体が発見されたのだ。
 白坂氏は、調査隊を自宅に招き、こう語った。彼の深い皺には、往年の苦労が刻まれているようだ。


しかし、こういうミステリー小説にありがちな探偵は―――いなかった。奇妙なことに、この屋敷での殺人劇には、事件の解決に乗り出すハッチ帽を被った紳士など終ぞ現れなかったのだ。
「私たちは、それは仲のいい家族でしたよ。私と女房、それに一人息子の三人で、笑顔の絶えない家庭だった。やがて息子が結婚し、実家を出ていくと、少し寂しくなりましたけどね、時々孫のアヤカを連れて遊びに来るんです。それがもう、お爺ちゃんとお婆ちゃんには嬉しくてたまらないんですよ。アヤカはよく懐いてくれました。おもちゃも沢山買ってあげましたよ。お嫁さんもいい人でねえ、うちの女房と会ったその日から友達みたいに仲良くなって。こんな幸せがずっと続くと思っていた。……しかし、そうはならなかったんです」


「えーっと、とりあえず自己紹介でもした方がいいんじゃないか? まあ、大抵みんな少なくとも顔見知りではあるだろうけど一応……。」
 調査隊も、重い空気を感じ取った。白坂氏は、固く拳を握りしめて続ける。


この屋敷・律家館のダイニングルームの静寂を破ったのは、律家律の実弟である<ruby>威山横<rt>いさんよこ</rt></ruby><ruby>世哉<rt>せや</rt></ruby>の一言であった。この部屋には、週刊誌記者の<ruby>此井江<rt>このいえ</rt></ruby><ruby>浩杉<rt>ひろすぎ</rt></ruby>、および律とラレの娘である律家ラレを除いた、屋敷にいる六人が集合していた。
「忘れもしない、11年前のことです。一家で夏祭りに行った日だった。アヤカはもう九歳になっていました。花火を見たり、出店で遊んだりして、夜も遅いしそろそろ帰ろうか、となった時、アヤカがトイレに行きたいと言い出したんです。ちょうど私の女房もトイレをしたかったから、息子夫婦が車を取りに駐車場に行く間に、私と女房でアヤカをトイレに連れて行くことになりました。私は女子トイレの前のベンチで待っていましたよ。するとね、女房が真っ青な顔で出てきて、『アヤカがいない!』と言ったんです。


「まあ、まず俺からかな。俺は威山横世哉。……旧姓は律家世哉。知っての通り律の弟だ。うう……兄貴い……。」
 どうやらトイレは相当混雑していたみたいで、女房が用を済ませて出てくると、もうアヤカの姿は見えなかったらしい。……それから私たちは必死でアヤカを捜しました。もちろん、警察も必死で捜してくれました。それなのに、一日経っても、二日経っても、アヤカは見つかりませんでした。誘拐されたんです。女房は、自分のせいだと言って、息子夫婦に泣いて謝りました。しかし、トイレの外にいた私が注意していたら、こんなことにはならなかったかもしれない。息子夫婦は私たちを責めるようなことはしませんでしたが、とにかく、あの日を境に、家族はバラバラになってしまったんです」


「こっちは妻の威山横<ruby>亜奈秋<rt>あなあき</rt></ruby>。大切なお義父さんを殺した奴は、ゴリゴリの私刑に処そうと思っているわ。」
 日本では、毎年千人を超える児童が行方不明になっている。その多くはわずか数日で発見されるが、中には何十年経っても消息がつかめない例もあるのだ。アヤカちゃんも、失踪から12年が経った今なお、その行方はおろか生死すら分かっていない。


「……私は律の妻、律家ノレよ。……とてもお喋りなんかできる気持ちじゃないわ。」
「それからは、捜査の進展も全くなく、息子夫婦とはどんどん疎遠になっていきました。……本題はここからです」


「俺ぁ<ruby>有曾津<rt>うそつ</rt></ruby><ruby>王<rt>きんぐ</rt></ruby>。本名はガリレオ・ガリレイだ。俺のことは信用していいぜ。」
 我々は、いっそう身を引き締めて話に聞き入った。


「……あー、もしもし? 聞こえてますか? 電話越しですけど、一応僕も。此井江浩杉です。今一応そっちに向かってるんですけど、三回くらい同じ景色のところを通過してますね。ここは一体どこなんですかね? え、ちょっとこの家広すぎません?」
「最後に息子夫婦に会ったのは、あれから一年ほど経った後です。どうやら息子夫婦はその時、『関東地方誘拐被害児童の家族の会』という団体に入会したみたいでしてね、私らに、『アヤカに関係する物がもし残っていたら、渡してほしい』と言うんです。話を聞いてみると、どうやら彼らの会では、『セキホウ』……『痕跡』の『跡』に『奉納』の『奉』で、『跡奉』です。そういう取り組みを行っているらしく、被害児童の持ち物や服などを会に納めて、無事に帰ってくることをお祈りするんだそうです。正直、少し……きな臭さというか。そういうものを感じなかったわけではありませんが、特に拒む理由もないと思って、アヤカのために置いてあった箸や食器を渡しました。


人々が順番に自己紹介をしていく中、突如として放たれた奇声は場の雰囲気を大きく変えた。
 それからまた一年くらいした後、警察から電話が来ました。アヤカの件で何か進展があったのかと思いましたが、そうではありませんでした。……息子夫婦の死体が、発見されたんです。それも、遠く離れた栃木県の○○山に埋められた状態の、明らかな他殺体だったそうです。私も女房も、愕然となりました」


「じひいっ! ぎぁぁぁぁあじざざさざじじざじざじじぎぎぎぎかぎぎじざささぎいいいいいぃぃぃぃぃぃぃいぁぃぃぃぃぃぁあぁぁぁ」
 白坂氏は大きな呼吸を置いて、再び話し始めた。


困ったような顔をしたノレが、少し遅れてフォローを挟む。
「事件の取り調べの中で、息子夫婦の交友関係について尋ねられた時、私はその『家族の会』のことを話したんです。すると、警察の方は驚いた様子で、慌ただしくどこかに連絡し始めました。なんでも、ちょうどその当時、この会に関わる捜査が別件でなされていたんだそうです。詳しいことまでは、教えてもらえませんでしたけどね。……しかし、結局、息子夫婦の事件も迷宮入りになってしまいました。不思議なことに、犯人の痕跡が一切見つからなかったそうです。


「……一応私が代理ということで。彼は<ruby>橘地<rt>きっち</rt></ruby><ruby>凱<rt>がい</rt></ruby>。この館の使用人で……たまに発作で{{傍点|文章=こう}}なっちゃうの。」
 それからは、心の傷も癒えぬまま、二人でひっそりと暮らしてきました。あの団体のことなんて忘れていましたよ。ただ女房は、年のせいもあってか、次第に病気がちになってしまってね、半年前にぽっくりと逝ってしまいました。……しかし、ほんの数日前のことです。女房の部屋で、遺品を整理しているとき、思いがけないものが出てきました」


事実、シャンデリアにぶら下がってブリッジをしながら肘と膝のそれぞれ片方を用いて次々に知恵の輪を粉々にしていく彼は、紛れもなくこの大豪邸の使用人であった。
 そう言うと、白坂氏は机の上に一枚の封筒を置き、中身を出した。差出人は、白坂氏の息子になっている。そして消印は平成17年――息子夫婦の遺体が発見された年だった。


「そっちの警察の人は挨拶しないのか? 失礼な奴だな。俺はアインシュタインだってのに。」
「息子は、殺される直前に、この手紙を家によこしていたんです。一体なぜ、女房はこれを隠していたのか……その理由は、すぐに分かりました。どうぞ、手紙の文面を読んでみてください」


「私は<ruby>卦伊佐<rt>けいさ</rt></ruby><ruby>通署<rt>つしょ</rt></ruby>。犯人はさっさと自首した方がいいぞ。」
 荒い字でそこに書かれていた内容は、にわかには信じがたいものだった。


「……あれ? えーと、もしもし? 聞こえます? あのお……通報したの僕なんですけど、なんで一人しか警察の人来てないんですか? 殺人ともなれば、普通結構な人数で来るもんですよね?」
 文章は、例の「家族の会」への称賛から始まる。「誘拐児たちを取り戻したいという切実な願いを持った親たちの強い結束」……さぞや立派な団体なのだろう。しかし、問題の記述によると、「家族の会」に属する親たちは、会が所有する施設内にいるという「まがいじじい」と呼ばれているらしい人物に対し、殴る、蹴る、あるいは熱湯を浴びせる等の暴行を、日常的に行っていたというのだ。白坂氏の息子は、この「まがいじじい」のことを、誘拐被害児童の受ける苦しみを肩代わりしてくれる「妖精」なのだと説明しており、この行為のことを誇らしげに書いている。また、詳細は書かれていないものの、そのような「誇らしい」行為のひとつとして挙げられている「きょうだい跡奉」も不気味だ。白坂氏が言っていたように、「跡奉」が誘拐児童の痕跡を会に納めるものだとすると、この「きょうだい跡奉」は、その誘拐児童のきょうだいの身柄を会に納める行為であるとでもいうのだろうか? 手紙の最後には、「家族の会」の施設に強制捜査が入ったこと、警察の手を逃れるために、近いうちに会が一旦「解散」すること、そしてその間はしばらく実家に身を寄せたいということが書かれていた。


「いやあ申し訳ない、パトカーがあまりに遅かったもんでな。我慢できなくて仲間を置いて走って来たんだ。」
「息子は責任感があって、真面目な子でした。……こんな異常なこと、見過ごすはずがありませんよ。きっとこの『家族の会』に変えられて、頭がおかしくなってしまったんです。あれはカルトだったんです!」


このあまりの荒唐無稽さに、アナーキストとキチガイ以外の全員が、彼が警察官であるというのを疑わしく思った。しかし、体からにじみ出る肉体の強靭さのオーラだけはまさしく本物であり、下手に刺激したら普通に殺される可能性があるので、みんな知らんぷりをしている。
 白坂氏の語気が荒くなる。


「では、捜査に協力してもらおうか。分かっているとは思うが、お前ら全員が容疑者だ。一人一人、今までの状況を簡単に教えてくれ。」
「すみません、少し取り乱してしまいました。とにかく私は、あの『家族の会』がどんなものだったのか、そして息子夫婦の身に何があったのかを、ただ知りたいんです。……しかし、警察には依頼できない。こんな田舎ですからね、『あの息子夫婦はキチガイのカルト信者だった』だとか、まず間違いなく近所で噂が立ってしまうでしょう。女房がこの手紙を隠していたのも、きっとそのためだったんです。これ以上、不幸な、かわいそうな息子夫婦の顔に、泥を塗りたくなかったんです。


「……あーあー、もしもし? じゃあ、まあ第一発見者の僕から行きましょう。そもそもは週刊誌記者として、良い感じのゴシップとか持ってないかなあと思って律家律氏に会いに来たんですよ。あ、もちろんアポは取ってますよ? んでまあ、大した情報も得られなかったんでそのまま帰ろうとしたら、どうにも玄関にたどり着けない。何時間も右往左往して、なんと結局律さんに取材した書斎に戻ってきちゃったんですね。このままじゃ埒が明かないし、家主である律さんに道を聞いて帰ろう、と思って部屋に入ったら……えーと、まあ……胸に包丁が刺さって死んでました。……で、警察に電話して、あとはまあ、はい、そうですね、アポ取りの時に電話した履歴が残ってたので、そこからラレさんにも電話して、今に至る、って感じですね。」
 本当にわがままで、愚かなお願いだということは百も承知です。聞けば、あなた方の雑誌では、実際に未解決事件を扱い、行き詰っていた捜査を進展させたこともあるらしい。……あれから九年経って、ようやく尻尾を掴めたんだ。しかし、こんな老いぼれ一人には何もできやしません。……どうか、お力を貸していただけないでしょうか」


「……その電話をもらった私が、律の書斎に行って、それで……此伊江さんの言う通り……あ、う、本当に……本当に死んじゃってて……ううっ、それから……このダイニングルームに来た、の……。みんなにこのことを伝えるために。残りの四人はダイニングルームで各々くつろいでいたから。あ、娘のラレは既に自室で寝ていたわ。……ううっ。」
 そう言って、白坂氏は頭を下げた。「となりのオカルト調査隊」は、もとより社会の裏を扱うエキスパート集団である。かくして我々は、白坂氏の素性を全面的に隠匿しながらも、この謎多きカルトの正体に迫るべく、調査を開始することにしたのだ!


漂う悲愴感の中、全く空気を読めない稀代の嘘つきは続ける。
 実は、我々は既に当時「家族の会」に関わりがあったという人物を見つけ出し、取材のアポを取ることに成功している。この情報は、次号に掲載することになる。もし、この団体や事件について何か知っていることがあるという人は、すぐさま月刊ディメンション編集部・オカルト係に問い合わせてほしい。それでは読者諸君、次号の「となりのオカルト調査隊」でまた会おう。


「いーや違うね。お前は嘘つきだ! なぜなら俺はダイニングルームで{{傍点|文章=寛いでなんかいなかった}}。インドの人民を想い、瞑想をしてたからだ! なんてったって俺はガンジーだからな!」
===2014年6月号掲載「カルトに洗脳された妻……夫が覗いた怪しい施設の闇とは」===


沈黙。
 先月号、調査依頼を受け、我々は『関東地方誘拐被害児童の家族の会』の調査を開始した。その過程で連絡を取ることができたのが、群馬県在住の北口和也氏(41歳男性・仮名)である。


「宇曾都てめえ……私刑に処すぞ。そもそもお前瞑想なんてしてなかったろ。……てか、どう考えても殺したのお前だろ! 逆恨みで殺したんだろお前え! 私刑! 私刑!」
「こんな狭いアパートで、すいませんね」


暴れる亜奈秋を静止しながらも、卦伊佐はその言葉に食らいついた。
 我々調査隊が北口氏に連絡をとったきっかけは、インターネット上に公開されていた彼のブログである。そのブログは、いたって普通の家庭の生活を記録したものであったが、愛娘の失踪、そして『関東地方誘拐被害児童の家族の会』への妻の入会を書いた13年前の記事を最後に、更新が止まっていた。しかし、調査隊がブログのプロフィールに記載されていたメールアドレスにだめ元で取材依頼を送ってみたところ、なんと連絡を取り合うことに成功。こうして取材を取り付けるに至ったわけだ。


「ほう……! 詳しく聞かせてもらいたい。」
「私が22歳のころだから、19年前ですか。妻とは、当時勤めていた会社で出会いました。職場結婚ってやつです。大事な商談をダメにしちゃった時にも、励ましてくれたりして、気づいたら好きになっていたんです。その勢いのまま、プロポーズでしたよ(笑)。でも、後から聞いた話なんですが、そのとき既に妻は私のことを狙っていたらしいんですね。まんまと策に乗せられてしまったというわけです(笑)」


「俺が代わりに説明しよう。何分血を分けた兄弟だからな、俺はこの家によく来るんだが……その度にこいつは兄貴に怪しいビジネスを持ちかけてた。ヘリウム水だのオーガニック水だの……だが、兄貴は人一倍優しい奴だったからな。こいつが家に来るのを断るようなことはしなかったんだ。……その結果が今日だ。大方こいつは遂に逆上し、兄貴を殺したんだろうな。うう……。」
 北口氏は楽しそうに過去を振り返る。部屋の奥にある棚の上には、家族三人の笑顔の写真が飾られているが、そこに写る北口氏はずいぶんと若々しいままだ。


「イエス! 私刑! 私刑! 準備は良いかてめえら!」
「結婚してからすぐ、娘もできましてね。私ももう父親かと、なんだか感慨深くなったのを覚えています。娘は元気な子でね、休日にはいつもどこかに遊びに行きたいと駄々をこねて、私たちを困らせましたよ(笑)。あの時は、本当に楽しかったなあ。今でもたまにブログは見ています。娘の笑顔が、よく映っているんです。……そろそろ話を進めましょうか。小学校に入学して、もうすぐ二年生というとき、娘は誘拐されてしまったんです」


しかし宇曾津は、声を荒らげて反論する。
 どこか遠くを見つめるように、北口氏は語る。


「おいおい待て待て待ちやがれ絶世の馬鹿ども、このエジソンに向かってなんて口の利き方だ。動機の話をするんならお前らにもデケえのがあるだろうが!」
「きっかけになったのは、入学して半年ほど経って、学校にも慣れてきた頃でした。それまでは私たちが娘の送り迎えをしていたんですが、娘がある日『友達と一緒に登下校したい』と言い出したんです。家も近かったし、通学路も人通りが多かったので、私たちはそれを認めてあげることにしました。……あの時の自分の判断を、13年経った今でも強く悔やんでいます。娘はそのせいで、誘拐されてしまったんです。


「続けてくれ。」
 そして、ついにあの日……私たちは知らなかったんですが、いつも一緒に登校する約束をしていた友達が風邪で休んでいたみたいで、娘は一人で学校へ向かっていたらしいんです。そしてその途中で、誘拐されてしまった。娘が来ていないという連絡を学校から受けて、血の気が引きましたよ。警察にも連絡して、大規模な捜査が始まりましたが、一向に娘は見つかりませんでした。私も妻も、焦りと後悔で、パニックに陥りました。……そんなとき、妻が知ったのが、あの『家族の会』だったんです」


「ああ、ああ、そうだよ。ニュートンとしてこれだけは言わなくちゃいけねえ。律家律が死んだとき……実弟である威山横世哉には莫大な額の遺産が相続される手筈になってんだよ! ……真実はいつも小説より平凡だ。そしてここは紛れもなく現実!これは現実の事件!金持ちの殺害動機に遺産ほどシンプルなものはねえだろう!?」
 北口氏の妻は、当時作られて間もなかったネット掲示板の書き込みから、「家族の会」の存在を知ったのだという。そこから彼女は、日に日にその団体にのめり込んでいくようになったのだ。


「じひじひひいっ!? うあうあああうあふさふあっしゅああさうさふさうああああ!!!!」
「妻は、東京郊外にあるらしい『家族の会』の建物にたびたび行って、会員の方と交流するようになりました。彼女によれば、『家族の会』は不安や苦悩を親身になって聞いてくれて、いろいろな相談にも乗ってくれたそうです。私も当初、妻の話を聞く限りでは、何の変哲もない、それどころか素晴らしい団体だと思っていました。だから、妻が正式に『家族の会』に入会することになったときももちろん反対しませんでした。……後になってみれば、私はこのとき、またも選択を間違えたんです。


ダイニングルームには怒号と奇声が飛び交い、とても有意義とは思えない口論が白熱していく。しびれを切らした卦伊佐は、質問を変えることにした。
 おかしなことが起こり始めたのは、それからすぐでした。妻が、娘の部屋にあった物をどこかに持って行ってしまうんです。最初、服やおもちゃを持って行ったときは、少し怪しいとは思いましたが、娘の好きなものを『家族の会』で共有しているのかと思って、自分を納得させていました。しかし、妻は一向にそれらを家に持って帰ってこないばかりか、しまいには娘の使っていた教科書まで持ち出したんですよ。流石におかしい。そう思って直接妻に聞いてみると、彼女は娘の物を勝手に持ち出して、『家族の会』の『跡奉』という取り組みに使っていたということが分かりました」


「じゃあ、事件発生までの被害者の行動を知ってる人はいるか?」
 「跡奉」――前回の依頼人も話していた、「家族の会」での儀式だ。誘拐の被害にあった児童の残した物を納め、無事に帰ってくることを祈るものだという。


「律は、今晩はずっと自室である書斎にいたわ。……あ、そうだ、もしかしたら……。」
「正直、怖いな、って思ったんです。もちろん、娘の物は『跡奉』のために一旦置いているだけであって、持ち帰ること自体はいつでもできると言っていました。しかし、妻はあの時、本当に娘の持ち物をすべて持って行こうとしているくらいの気持ちに見えました。何というか、とにかく、異様だったんです。……でも、妻の話を聞く限りでは、『家族の会』は良い団体です。だから、ある日曜日、不安な気持ちを払拭するために、私も妻と一緒に『家族の会』の施設に行ってみることにしたんです。


「何だ?」
 カーナビに従い、数時間ほど車を運転して着いたのが、彼らが『本館』と呼んでいる建物でした。東京と言っても、かなり田舎の方で、近くの道路も往来はまばらでしたね。木々に囲まれた『本館』の外見は、コンクリートの打ちっぱなしの直方体といった感じで、シンプルなつくりになっていました。しかし、中に入ってみると、意外に重厚感のある内装で驚いたのを覚えています。壁は落ち着きのあるクリーム色で塗られていて、小さいシャンデリアのようなものが天井に吊り下げられていました。そこで妻に紹介してもらったのが、『家族の会』の代表という立場にあるらしい、アミさんという同年代くらいの女性でした。アミさんによれば、この建物は『家族の会』の先々代、すなわち四代目の代表が、被害者家族たちの憩いの場となるようにと造り上げたものだそうです。


「いや、夫はとても几帳面な人で、自分の書斎に来る人の順番まで決めちゃうほどだったの。だからもしかしたら、最後に書斎に行った人が分かれば、犯人が分かるんじゃないかな……って。確か今日は、ここにいたラレ以外の全員が書斎に行ってたわよね。」
 そこから案内されたのが、奥の扉の先にあった、『跡奉』のために用意されたという広い場所でした。そこにはたくさんの仮設トイレのような個室が並べられており、私は妻に連れられて、その中の娘に割り当てられているという個室のところへ行きました。渡された鍵で扉を開けると、その中には確かに、妻が持ち出した娘の物がきれいに収まっていました。妻は、これで納得しただろう、というふうにこちらを見てきました。……しかし私は、ますますこの団体のことを疑わしく思うようになりました。というのも、私がいた間中ずっと、その部屋のあちこちの個室から、ずっと子供の泣き声がしてきたからです。妻によれば、誘拐被害児童のきょうだいを連れてきている親も大勢おり、その子供がぐずっているだけだというのですが、聞こえてくる泣き声は明らかに赤ん坊のものだけではありませんでした。物心ももうついているくらいの子供の声で、号泣しているのが、あちこちから聞こえてきたんです」


全員が頷く。うち一人は、ブリッジしながらヘドバンしていると形容する方が適切だが。
 「跡奉」のための部屋に、その被害児童の「きょうだい」……この状況は、前回出てきた「きょうだい跡奉」という儀式に何か関係しているのだろうか?


「なるほど……まあ取り敢えず、その書斎に案内してくれないか。」
「明らかに異常だとか、そういったことは断言できません。自分のきょうだいが誘拐された子供が、精神的に不安定になって泣いているだけなのかもしれないし、同じくストレスを感じている親にも、泣いている子供の世話をする余裕が無かったのかもしれない。だから私は、口を出せませんでした。でも、本能的なものなのでしょうか、子供の泣き声をずっと聞いていると、言いようのない不安でくらくらしてきて、ここにはいられないと思いました。妻に『もう帰ろう』と言うと、妻は大人しく、『分かった』とだけ答えました。……それから、アミさんにあいさつをして、二人で車に乗り込んだときでした。妻がいきなり、思い出したように『ちょっと別館に行ってくる』と言ったんです。『すぐ戻ってくるから車で待っていてもいい』と言われた私は、もうこの施設に近づきたくなかったので、言われた通りに車で待っていました。


「……もしもし? あの……ついでに僕も探してくれませんかね? この調子だと餓死しちゃいますよ……。」
 しかし、一つだけ気になることがありました。『別館』の場所です。入って来た時、正面から見たこの施設には、『本館』しか建物がありませんでしたし、『本館』の裏手にある駐車場からも、『別館』は見当たりませんでした。不思議に思って、妻が歩いて行った方向をリアガラス越しに見た瞬間、ぞっとしましたよ。『本館』裏の、何もない、ただの地面に向かって、妻が険しい顔で何かを叫んでいるんです。目が合いそうになったので、慌てて前を向きなおしました。……その後、何事も無かったかのように助手席に乗ってきた妻は、本当に僕の知る妻なのかと、ひどく恐ろしくなりました」


卦伊佐とノレが書斎に赴き、ダイニングルームには醜く言い争いをする三人と、シャンデリアを揺らしながら発狂するキチガイだけが残った。
 北口氏が感じただろう、愛する妻への恐怖は、相当なものだったらしい。北口氏の表情は、過去の回想の中であってさえ、恐ろしげに歪んでいた。


<big>'''第二章 几帳面すぎる男'''</big>
「そして……娘の死体が発見されたのは、その日の夜でした」


「これは驚いた。書斎というからには、現代レトロ趣味で集めた紙製の本とか、インク入りのペン……確かボールペンとか言ったか。ああいうのが散らかったデスクがあるような部屋を想像していたが……。」
 目線を落として、北口氏は続ける。


大理石の白を基調とした書斎には、流し台や食器棚、コーヒーメーカーが据え付けられており、この部屋に初めて入った者にはキッチンだとしか思えない。
「消息を絶ってから二週間後のことでした。娘は、他殺体で発見されました。首を絞められて……川に沈められていたそうです。その後すぐ、犯人も逮捕されました。娘は通学路で、車に乗せられて連れ去られ、その後すぐ……。すいません。まだ、このときの話は、うまくできません。とにかく、娘はもういない。もういないということが、分かったんです。分かってしまったんです。それなのに、それなのに、妻は……まだ、あの団体で、『娘は戻ってくる』と、言い続けたんです! 必死に説得しました。私もつらかった。でも、妻もつらかったんでしょう。そのせいで、あんなことになってしまったのかもしれない。でも、妻は、妻は……」


ただしこの部屋は、書斎だろうがキッチンだろうが紛う方なき殺人現場だ。部屋の中心にあるテーブルには向かい合わせに椅子が二脚。そして、奥の方の椅子から転げ落ちるようにして倒れていたのが、律家律の遺体だった。激しく抵抗した痕跡が残っており、左胸にはナイフが刺さっている。
 調査隊は、北口氏の目に涙が浮かんでいることに気づいた。


「っ……。」
「すいません、取り乱してしまって。……私には、もう分からないんですよ。私はどうにか、妻がおかしくなった原因を、あの『家族の会』に押し付けようとしているのかもしれない。本当は、あの団体は何も悪くなくて、ただ妻は、妻の心は娘の死に耐えられなかっただけなのかもしれない。……その後、妻は失踪しました。今に至るまで、妻の姿は見ていません。一応、警察に捜索願は出しましたが、事件性の低い、ただの痴話げんかによる家出として扱われ、捜索は行われませんでした。あの時の家からは、それから三年ほどした後、引っ越しました。こうして、今に至ります。……これが、私の話せる限りの、全てです」


「あー、無理にここに居続ける必要はないからな。」
 北口氏の妻は、なぜ狂ってしまったのか、その答えを知る者はいない。しかし、先月号でお伝えした白坂氏の悲劇、そしてこの北口氏の悲劇の両方に深く結びつく奇妙な団体が、何かしらの形で一枚噛んでいるのはまず間違いないだろう。我々はこの団体の調査を続ける。もし、この団体や事件について何か知っていることがあるという人は、すぐさま月刊ディメンション編集部・オカルト係に問い合わせてほしい。それでは読者諸君、次号の「となりのオカルト調査隊」でまた会おう。


「……いいえ、大丈夫です。」


「そうか。じゃあ、遺体の状態を確認させていただこう。」


そう言って、卦伊佐は手早く検分を終わらせた。
 '''付記'''


「死因は外傷による心破裂。被害者はナイフを持った犯人を前に抵抗したものの、心臓を一突き、即死だ。指紋はどこにもついていないから、手袋でも使ったんだろう。死後硬直が始まっているが、まだピークには達していない、死亡したのは十九日の午後、八~十時あたりだろうな。」
 北口氏への取材が終わった後、彼の携帯電話に非通知の電話がかかってきた。それ自体は何の変哲もないことだが、電話を切った北口氏は奇妙そうに取材班にこう話した――非通知設定の、聞き覚えのないしわがれた老人の声で、「ハマナソウキチくんをご存じですか」と尋ねてくる電話がかかってきた、と。


「……ところでさっきの話だが、この部屋に来る順番というのは?」
 北口氏が戸惑って黙っている間に、電話は切れてしまったという。普通に考えればただの間違い電話だが、老人といえば、先月号の話に出てきた「まがいじじい」を連想してしまう。この奇妙な出来事は、我々の取材に何かしらのつながりを持っているのだろうか? オカルト記者としては、つい勘ぐってしまうところだ。
 
「ああ、そうね、ネモー!」
 
ノレがそう呼ぶと、クソデカ屋敷に似つかわしいクソデカ大型犬、ネモが書斎の隅の方から現れた。背の丈は、ガタイの良い卦伊佐をも優に超えている。
 
「書斎に行く順番が回ってくると、夫が派遣したネモがやって来て、それを教えてくれるの。ネモったら頭が良いから、写真を見せられるだけでその人を識別できちゃうのよ。」
 
「なるほど……。つまり容疑者らの部屋に来た順番を知っているのは、被害者とネモだけということか。」
 
「あー、でも、数時間前に案内した人の順番は流石にネモでも覚えてないと思うわ。」
 
「うーむ、容疑者全員が書斎に行った時間を覚えていればいいんだが……ちなみに、来る人の順番を決めることに何か理由はあったのか?」
 
「さあ……あ、でも、夫は書斎に来た人に、ホットミルクかアイスコーヒーか好きな方の飲み物を入れてくれるの。もしそれが知人の場合、彼は既に好みを把握しているから、あらかじめ順番を決めておけばその人が来る前に飲み物の準備を済ませられる、というのがあるかもしれないわね。彼、飲み物によってコップさえ変えるのよ。確か、ミルクはマグカップ、コーヒーはタンブラーね。まあでも、結局は彼の気分だと思うわ。そんなに効率化したいなら、ミルクの人とコーヒーの人を前半後半に分けておけばいいけど、そんなことはやってなかったし。」
 
「……なるほど。」
 
「そうねえ……。うん……夫はね、本当に几帳面な人だったわ。起きたらまず20秒間顔を洗う、流しに置いたままにしていい食器は一つまで。ネクタイピンの位置は毎日10分くらいかけて調整してたし、お辞儀の角度だって完璧になるまで練習してた。ほんと、馬鹿げてるわ。でも、どんなに忙しくても朝食は家族で一緒にとってくれた。特別な日には仕事をほっぽり出して、みんなで遊んだわよね。ねえ、覚えてる? 律……。」
 
ネモは、いつの間にか眠ってしまっていた。
 
――深夜二時、再び六人がダイニングルームに集まった。
 
「……もしもしー? 聞こえてます? いやーちょっと、諦めてダイニングルームに帰ってるじゃないですか! マジで希望がないんですよこっちは! 早く僕を見つけて!!」
 
「えー、まあ、そういうわけで、各自書斎に行ったときのこと、特に{{傍点|文章=その時間}}や{{傍点|文章=部屋の状態}}を、今度は覚えているだけ精細に話してほしい。」
 
「……ちょっと! 無視しないで!」
 
「嘘の証言を防ぐために、まあ、なんだ、所謂ウソ発見器ってやつを持ってきた。もちろん23世紀の技術によって、大幅に性能は向上しているんだが、残念ながら科学捜査倫理法のせいで犯行についての直接の質問に使うことはできない。あと、わざと何かをぼかしたり隠していることも感知できない。あくまでも嘘かどうかを発見するマシーンだからな。」
 
一気に室内の緊張感が増す。これには橘地も、ブリッジしたまま硬直していた。
 
「じゃあ、まずは此井江からだ。声紋鑑定タイプなので、電話越しでも大丈夫だぞ。」
 
「……あーはい、分かりました。えー、まあさっきも言った通り、僕は取材のために書斎に行きましたね。あ、そうそう、アポ取りの時にノレさんにミルクとコーヒーどっちが好きかって聞かれて、どういうことなんだろうと思ってたんですけど、飲み物出すための質問だったんですね。僕はコーヒーを飲みました。すいませんが、時間は覚えてませんね……えー、で、部屋の状態……部屋の状態ねえ……うーん、流しにマグカップがあったはずです。それ以外は全然注目してませんでしたね。あ! あと、部屋を出てから廊下の方で取材したことのメモを見返してたんですけど、その時に亜奈秋さんが書斎に入っていくのを見ました。このくらいですかね。あと、早く助けてください。」
 
「よし、反応は出なかったな、じゃあ次は弟さんの方から。」
 
「うい。えー、俺はまあ、母の話をしたよ。そろそろ認知症がやばいから、施設に預けたほうがいいかもしれないってな。飲み物は俺もコーヒーだったぜ。時間は知らん。俺はそういうの気にしないタイプなんでな。状態……うーん、流しは見てなかったけど、律が洗ったらしいマグカップを拭いてたのは覚えてる。あーあと、コーヒーマシーンのスイッチを切ってたっけか。こんなとこかな。」
 
「よし、これも無反応。じゃあ続いてそっちの……亜奈秋さんだっけ?」
 
「ええ。亜奈秋よ。私は……その……せ、世間話をしに行ったのよ。」
 
瞬間、ウソ発見器から警告音が放たれた。卦伊佐はニヤニヤしながら言う。
 
「おっと、あんた大丈夫か? なあに、誤作動ってこともあるからな。どうなんだ?」
 
「ぐ……あー、正直に言うと、世哉の誕生日のサプライズパーティーの相談に行ってたの。……今の今で台無しになったけどね。私刑にしてやうろかてめえら。」
 
「亜奈秋……うう……。」
 
世哉の目は潤い、卦伊佐をはじめ他の人たちはめっちゃ気まずくなった。橘地でさえもがあまりの気まずさに耐え兼ね、ブリッジを解除してトリプルアクセルした。
 
「……まあ、その話は今は良いわ。とにかくそれで書斎に行ったの。時間は……確か九時頃だったかしら。飲み物はミルクだったわ。あ、そうそう、確かに私も、部屋に入る前に廊下にいる記者の人を見たわ。」
 
「なるほど。あー。うん。なるほどね。うん。じゃあ次は宇曾都さん。」
 
「おう。まあ、コペルニクスである俺にしてみれば……。」
 
ウソ発見器がけたたましく嘶いた。橘地は驚きのあまり、五回転アクセルを成功させた。
 
「何でバレた!? 何で嘘ってバレた!? ……まあいい。くっくっく……! そうだ! 俺はコペルニクスじゃない。本当はアリストテレスだからな!」
 
しかしこの時、怒りのあまりウソ発見器を破壊した卦伊佐が放った殺気は、宇曾都のいたずら心をへし折ってしまった。卦伊佐は彼にウソ発見器よりも大きな恐怖を与えたのである。23世紀に入って人間の行動が科学技術のもたらした機能を超克したのは、これが初めてのことであった。
 
「はい……あの……はい……まあうまい事騙して金をむしり取ってやろうとしてました……時間……曖昧だけどまあ……十時前くらいでしたかね……飲み物はコーヒーっした……あと……はい……俺の時も律家さんはマグカップを拭いてました……はい……。」
 
「よし。あー、じゃあ次は奥さんで。ウソ発見器の予備はちゃんとあるのでご安心を。」
 
「……あ、はい、えっと、私はまあ……なんというか、とりとめのないどうでもいいような話をしに行きました。今日は天気がいいね、とか。飲み物はミルクでした。時間は……覚えてないけど、そんなに遅くではなかったと思います。あ、あと、入るときに冷蔵庫からミルクを出してるところが見えたのは覚えてます。ちょっと来るのが早かったかな、って思って。あ、あと、私が出ていくときにコーヒーマシーンのスイッチを入れてました。それくらい……ですね。」
 
「よし、無反応。じゃあ次は……その……そちらの方は……。」
 
調子に乗って五百六回転アクセルまで成功させてしまった橘地は、遂にその口を開いた。
 
「はい。そうですね。私もノレ様と同様、大した目的があったわけではありませんでしたが、ご主人様とお話がしたいなという事で、八時半ごろに書斎へ伺いました。いただいた飲み物はホットミルクでしたね。部屋の状態はあまり観察しておりませんでしたが、コーヒーマシーンをオンにしていたことは記憶しています。」
 
「え……!? え、あ、うん。はい。よし、無反応。無反応だったな。……うーむ、証言は集まったが……順番の特定は難しそうだな。ヒントがあまりにも少なすぎる。」
 
「……もしもし? あの……流石に他の警察の人来るの遅すぎませんかね? もっと捜査する人がいたらだいぶ進展すると思うんですけど……」
 
「あー、それなんだが……俺がパトカーを飛び出して地面に着陸したとき、そのあまりの衝撃で地盤が崩落してしまったんだ。おそらく今で救助が完了したくらいだろう。もう少しでみんな来るんじゃないか?」
 
このあまりの荒唐無稽さに、アナーキストとキチガイ以外の全員が、彼に対して疑念というより恐怖を抱いた。しかし、超合金でできたウソ発見器をベコベコにへこますその剛力は銃砲の何倍も強力なものであり、下手に刺激したら普通に殺される可能性があるので、みんな知らんぷりを維持した。
 
――探偵のいない事件は、ここに来て膠着状態に陥った。
 
<big>'''第三章 シュロギスモス(使いたいだけ)'''</big>
 
「なにしてるのー?」
 
止まったダイニングルームの時間を動かしたのは、

4年6月5日 (ゐ) 12:19時点における最新版

2014年5月号掲載「奇妙な儀式と未解決事件……9年前に消えた謎のカルトを追え!」[編集 | ソースを編集]

 先日の「瀬戸内海の人魚伝説」の調査も終わり、一息ついた「となりのオカルト調査隊」。そんな我々の元に、新しい調査依頼が舞い込んだ。依頼人は、神奈川県某所在住の白坂憲二氏(74歳男性・仮名)である。

「私は、息子夫婦が入会していたある『団体』のことを調べてもらいたいんです」

 白坂氏は、調査隊を自宅に招き、こう語った。彼の深い皺には、往年の苦労が刻まれているようだ。

「私たちは、それは仲のいい家族でしたよ。私と女房、それに一人息子の三人で、笑顔の絶えない家庭だった。やがて息子が結婚し、実家を出ていくと、少し寂しくなりましたけどね、時々孫のアヤカを連れて遊びに来るんです。それがもう、お爺ちゃんとお婆ちゃんには嬉しくてたまらないんですよ。アヤカはよく懐いてくれました。おもちゃも沢山買ってあげましたよ。お嫁さんもいい人でねえ、うちの女房と会ったその日から友達みたいに仲良くなって。こんな幸せがずっと続くと思っていた。……しかし、そうはならなかったんです」

 調査隊も、重い空気を感じ取った。白坂氏は、固く拳を握りしめて続ける。

「忘れもしない、11年前のことです。一家で夏祭りに行った日だった。アヤカはもう九歳になっていました。花火を見たり、出店で遊んだりして、夜も遅いしそろそろ帰ろうか、となった時、アヤカがトイレに行きたいと言い出したんです。ちょうど私の女房もトイレをしたかったから、息子夫婦が車を取りに駐車場に行く間に、私と女房でアヤカをトイレに連れて行くことになりました。私は女子トイレの前のベンチで待っていましたよ。するとね、女房が真っ青な顔で出てきて、『アヤカがいない!』と言ったんです。

 どうやらトイレは相当混雑していたみたいで、女房が用を済ませて出てくると、もうアヤカの姿は見えなかったらしい。……それから私たちは必死でアヤカを捜しました。もちろん、警察も必死で捜してくれました。それなのに、一日経っても、二日経っても、アヤカは見つかりませんでした。誘拐されたんです。女房は、自分のせいだと言って、息子夫婦に泣いて謝りました。しかし、トイレの外にいた私が注意していたら、こんなことにはならなかったかもしれない。息子夫婦は私たちを責めるようなことはしませんでしたが、とにかく、あの日を境に、家族はバラバラになってしまったんです」

 日本では、毎年千人を超える児童が行方不明になっている。その多くはわずか数日で発見されるが、中には何十年経っても消息がつかめない例もあるのだ。アヤカちゃんも、失踪から12年が経った今なお、その行方はおろか生死すら分かっていない。

「それからは、捜査の進展も全くなく、息子夫婦とはどんどん疎遠になっていきました。……本題はここからです」

 我々は、いっそう身を引き締めて話に聞き入った。

「最後に息子夫婦に会ったのは、あれから一年ほど経った後です。どうやら息子夫婦はその時、『関東地方誘拐被害児童の家族の会』という団体に入会したみたいでしてね、私らに、『アヤカに関係する物がもし残っていたら、渡してほしい』と言うんです。話を聞いてみると、どうやら彼らの会では、『セキホウ』……『痕跡』の『跡』に『奉納』の『奉』で、『跡奉』です。そういう取り組みを行っているらしく、被害児童の持ち物や服などを会に納めて、無事に帰ってくることをお祈りするんだそうです。正直、少し……きな臭さというか。そういうものを感じなかったわけではありませんが、特に拒む理由もないと思って、アヤカのために置いてあった箸や食器を渡しました。

 それからまた一年くらいした後、警察から電話が来ました。アヤカの件で何か進展があったのかと思いましたが、そうではありませんでした。……息子夫婦の死体が、発見されたんです。それも、遠く離れた栃木県の○○山に埋められた状態の、明らかな他殺体だったそうです。私も女房も、愕然となりました」

 白坂氏は大きな呼吸を置いて、再び話し始めた。

「事件の取り調べの中で、息子夫婦の交友関係について尋ねられた時、私はその『家族の会』のことを話したんです。すると、警察の方は驚いた様子で、慌ただしくどこかに連絡し始めました。なんでも、ちょうどその当時、この会に関わる捜査が別件でなされていたんだそうです。詳しいことまでは、教えてもらえませんでしたけどね。……しかし、結局、息子夫婦の事件も迷宮入りになってしまいました。不思議なことに、犯人の痕跡が一切見つからなかったそうです。

 それからは、心の傷も癒えぬまま、二人でひっそりと暮らしてきました。あの団体のことなんて忘れていましたよ。ただ女房は、年のせいもあってか、次第に病気がちになってしまってね、半年前にぽっくりと逝ってしまいました。……しかし、ほんの数日前のことです。女房の部屋で、遺品を整理しているとき、思いがけないものが出てきました」

 そう言うと、白坂氏は机の上に一枚の封筒を置き、中身を出した。差出人は、白坂氏の息子になっている。そして消印は平成17年――息子夫婦の遺体が発見された年だった。

「息子は、殺される直前に、この手紙を家によこしていたんです。一体なぜ、女房はこれを隠していたのか……その理由は、すぐに分かりました。どうぞ、手紙の文面を読んでみてください」

 荒い字でそこに書かれていた内容は、にわかには信じがたいものだった。

 文章は、例の「家族の会」への称賛から始まる。「誘拐児たちを取り戻したいという切実な願いを持った親たちの強い結束」……さぞや立派な団体なのだろう。しかし、問題の記述によると、「家族の会」に属する親たちは、会が所有する施設内にいるという「まがいじじい」と呼ばれているらしい人物に対し、殴る、蹴る、あるいは熱湯を浴びせる等の暴行を、日常的に行っていたというのだ。白坂氏の息子は、この「まがいじじい」のことを、誘拐被害児童の受ける苦しみを肩代わりしてくれる「妖精」なのだと説明しており、この行為のことを誇らしげに書いている。また、詳細は書かれていないものの、そのような「誇らしい」行為のひとつとして挙げられている「きょうだい跡奉」も不気味だ。白坂氏が言っていたように、「跡奉」が誘拐児童の痕跡を会に納めるものだとすると、この「きょうだい跡奉」は、その誘拐児童のきょうだいの身柄を会に納める行為であるとでもいうのだろうか? 手紙の最後には、「家族の会」の施設に強制捜査が入ったこと、警察の手を逃れるために、近いうちに会が一旦「解散」すること、そしてその間はしばらく実家に身を寄せたいということが書かれていた。

「息子は責任感があって、真面目な子でした。……こんな異常なこと、見過ごすはずがありませんよ。きっとこの『家族の会』に変えられて、頭がおかしくなってしまったんです。あれはカルトだったんです!」

 白坂氏の語気が荒くなる。

「すみません、少し取り乱してしまいました。とにかく私は、あの『家族の会』がどんなものだったのか、そして息子夫婦の身に何があったのかを、ただ知りたいんです。……しかし、警察には依頼できない。こんな田舎ですからね、『あの息子夫婦はキチガイのカルト信者だった』だとか、まず間違いなく近所で噂が立ってしまうでしょう。女房がこの手紙を隠していたのも、きっとそのためだったんです。これ以上、不幸な、かわいそうな息子夫婦の顔に、泥を塗りたくなかったんです。

 本当にわがままで、愚かなお願いだということは百も承知です。聞けば、あなた方の雑誌では、実際に未解決事件を扱い、行き詰っていた捜査を進展させたこともあるらしい。……あれから九年経って、ようやく尻尾を掴めたんだ。しかし、こんな老いぼれ一人には何もできやしません。……どうか、お力を貸していただけないでしょうか」

 そう言って、白坂氏は頭を下げた。「となりのオカルト調査隊」は、もとより社会の裏を扱うエキスパート集団である。かくして我々は、白坂氏の素性を全面的に隠匿しながらも、この謎多きカルトの正体に迫るべく、調査を開始することにしたのだ!

 実は、我々は既に当時「家族の会」に関わりがあったという人物を見つけ出し、取材のアポを取ることに成功している。この情報は、次号に掲載することになる。もし、この団体や事件について何か知っていることがあるという人は、すぐさま月刊ディメンション編集部・オカルト係に問い合わせてほしい。それでは読者諸君、次号の「となりのオカルト調査隊」でまた会おう。

2014年6月号掲載「カルトに洗脳された妻……夫が覗いた怪しい施設の闇とは」[編集 | ソースを編集]

 先月号、調査依頼を受け、我々は『関東地方誘拐被害児童の家族の会』の調査を開始した。その過程で連絡を取ることができたのが、群馬県在住の北口和也氏(41歳男性・仮名)である。

「こんな狭いアパートで、すいませんね」

 我々調査隊が北口氏に連絡をとったきっかけは、インターネット上に公開されていた彼のブログである。そのブログは、いたって普通の家庭の生活を記録したものであったが、愛娘の失踪、そして『関東地方誘拐被害児童の家族の会』への妻の入会を書いた13年前の記事を最後に、更新が止まっていた。しかし、調査隊がブログのプロフィールに記載されていたメールアドレスにだめ元で取材依頼を送ってみたところ、なんと連絡を取り合うことに成功。こうして取材を取り付けるに至ったわけだ。

「私が22歳のころだから、19年前ですか。妻とは、当時勤めていた会社で出会いました。職場結婚ってやつです。大事な商談をダメにしちゃった時にも、励ましてくれたりして、気づいたら好きになっていたんです。その勢いのまま、プロポーズでしたよ(笑)。でも、後から聞いた話なんですが、そのとき既に妻は私のことを狙っていたらしいんですね。まんまと策に乗せられてしまったというわけです(笑)」

 北口氏は楽しそうに過去を振り返る。部屋の奥にある棚の上には、家族三人の笑顔の写真が飾られているが、そこに写る北口氏はずいぶんと若々しいままだ。

「結婚してからすぐ、娘もできましてね。私ももう父親かと、なんだか感慨深くなったのを覚えています。娘は元気な子でね、休日にはいつもどこかに遊びに行きたいと駄々をこねて、私たちを困らせましたよ(笑)。あの時は、本当に楽しかったなあ。今でもたまにブログは見ています。娘の笑顔が、よく映っているんです。……そろそろ話を進めましょうか。小学校に入学して、もうすぐ二年生というとき、娘は誘拐されてしまったんです」

 どこか遠くを見つめるように、北口氏は語る。

「きっかけになったのは、入学して半年ほど経って、学校にも慣れてきた頃でした。それまでは私たちが娘の送り迎えをしていたんですが、娘がある日『友達と一緒に登下校したい』と言い出したんです。家も近かったし、通学路も人通りが多かったので、私たちはそれを認めてあげることにしました。……あの時の自分の判断を、13年経った今でも強く悔やんでいます。娘はそのせいで、誘拐されてしまったんです。

 そして、ついにあの日……私たちは知らなかったんですが、いつも一緒に登校する約束をしていた友達が風邪で休んでいたみたいで、娘は一人で学校へ向かっていたらしいんです。そしてその途中で、誘拐されてしまった。娘が来ていないという連絡を学校から受けて、血の気が引きましたよ。警察にも連絡して、大規模な捜査が始まりましたが、一向に娘は見つかりませんでした。私も妻も、焦りと後悔で、パニックに陥りました。……そんなとき、妻が知ったのが、あの『家族の会』だったんです」

 北口氏の妻は、当時作られて間もなかったネット掲示板の書き込みから、「家族の会」の存在を知ったのだという。そこから彼女は、日に日にその団体にのめり込んでいくようになったのだ。

「妻は、東京郊外にあるらしい『家族の会』の建物にたびたび行って、会員の方と交流するようになりました。彼女によれば、『家族の会』は不安や苦悩を親身になって聞いてくれて、いろいろな相談にも乗ってくれたそうです。私も当初、妻の話を聞く限りでは、何の変哲もない、それどころか素晴らしい団体だと思っていました。だから、妻が正式に『家族の会』に入会することになったときももちろん反対しませんでした。……後になってみれば、私はこのとき、またも選択を間違えたんです。

 おかしなことが起こり始めたのは、それからすぐでした。妻が、娘の部屋にあった物をどこかに持って行ってしまうんです。最初、服やおもちゃを持って行ったときは、少し怪しいとは思いましたが、娘の好きなものを『家族の会』で共有しているのかと思って、自分を納得させていました。しかし、妻は一向にそれらを家に持って帰ってこないばかりか、しまいには娘の使っていた教科書まで持ち出したんですよ。流石におかしい。そう思って直接妻に聞いてみると、彼女は娘の物を勝手に持ち出して、『家族の会』の『跡奉』という取り組みに使っていたということが分かりました」

 「跡奉」――前回の依頼人も話していた、「家族の会」での儀式だ。誘拐の被害にあった児童の残した物を納め、無事に帰ってくることを祈るものだという。

「正直、怖いな、って思ったんです。もちろん、娘の物は『跡奉』のために一旦置いているだけであって、持ち帰ること自体はいつでもできると言っていました。しかし、妻はあの時、本当に娘の持ち物をすべて持って行こうとしているくらいの気持ちに見えました。何というか、とにかく、異様だったんです。……でも、妻の話を聞く限りでは、『家族の会』は良い団体です。だから、ある日曜日、不安な気持ちを払拭するために、私も妻と一緒に『家族の会』の施設に行ってみることにしたんです。

 カーナビに従い、数時間ほど車を運転して着いたのが、彼らが『本館』と呼んでいる建物でした。東京と言っても、かなり田舎の方で、近くの道路も往来はまばらでしたね。木々に囲まれた『本館』の外見は、コンクリートの打ちっぱなしの直方体といった感じで、シンプルなつくりになっていました。しかし、中に入ってみると、意外に重厚感のある内装で驚いたのを覚えています。壁は落ち着きのあるクリーム色で塗られていて、小さいシャンデリアのようなものが天井に吊り下げられていました。そこで妻に紹介してもらったのが、『家族の会』の代表という立場にあるらしい、アミさんという同年代くらいの女性でした。アミさんによれば、この建物は『家族の会』の先々代、すなわち四代目の代表が、被害者家族たちの憩いの場となるようにと造り上げたものだそうです。

 そこから案内されたのが、奥の扉の先にあった、『跡奉』のために用意されたという広い場所でした。そこにはたくさんの仮設トイレのような個室が並べられており、私は妻に連れられて、その中の娘に割り当てられているという個室のところへ行きました。渡された鍵で扉を開けると、その中には確かに、妻が持ち出した娘の物がきれいに収まっていました。妻は、これで納得しただろう、というふうにこちらを見てきました。……しかし私は、ますますこの団体のことを疑わしく思うようになりました。というのも、私がいた間中ずっと、その部屋のあちこちの個室から、ずっと子供の泣き声がしてきたからです。妻によれば、誘拐被害児童のきょうだいを連れてきている親も大勢おり、その子供がぐずっているだけだというのですが、聞こえてくる泣き声は明らかに赤ん坊のものだけではありませんでした。物心ももうついているくらいの子供の声で、号泣しているのが、あちこちから聞こえてきたんです」

 「跡奉」のための部屋に、その被害児童の「きょうだい」……この状況は、前回出てきた「きょうだい跡奉」という儀式に何か関係しているのだろうか?

「明らかに異常だとか、そういったことは断言できません。自分のきょうだいが誘拐された子供が、精神的に不安定になって泣いているだけなのかもしれないし、同じくストレスを感じている親にも、泣いている子供の世話をする余裕が無かったのかもしれない。だから私は、口を出せませんでした。でも、本能的なものなのでしょうか、子供の泣き声をずっと聞いていると、言いようのない不安でくらくらしてきて、ここにはいられないと思いました。妻に『もう帰ろう』と言うと、妻は大人しく、『分かった』とだけ答えました。……それから、アミさんにあいさつをして、二人で車に乗り込んだときでした。妻がいきなり、思い出したように『ちょっと別館に行ってくる』と言ったんです。『すぐ戻ってくるから車で待っていてもいい』と言われた私は、もうこの施設に近づきたくなかったので、言われた通りに車で待っていました。

 しかし、一つだけ気になることがありました。『別館』の場所です。入って来た時、正面から見たこの施設には、『本館』しか建物がありませんでしたし、『本館』の裏手にある駐車場からも、『別館』は見当たりませんでした。不思議に思って、妻が歩いて行った方向をリアガラス越しに見た瞬間、ぞっとしましたよ。『本館』裏の、何もない、ただの地面に向かって、妻が険しい顔で何かを叫んでいるんです。目が合いそうになったので、慌てて前を向きなおしました。……その後、何事も無かったかのように助手席に乗ってきた妻は、本当に僕の知る妻なのかと、ひどく恐ろしくなりました」

 北口氏が感じただろう、愛する妻への恐怖は、相当なものだったらしい。北口氏の表情は、過去の回想の中であってさえ、恐ろしげに歪んでいた。

「そして……娘の死体が発見されたのは、その日の夜でした」

 目線を落として、北口氏は続ける。

「消息を絶ってから二週間後のことでした。娘は、他殺体で発見されました。首を絞められて……川に沈められていたそうです。その後すぐ、犯人も逮捕されました。娘は通学路で、車に乗せられて連れ去られ、その後すぐ……。すいません。まだ、このときの話は、うまくできません。とにかく、娘はもういない。もういないということが、分かったんです。分かってしまったんです。それなのに、それなのに、妻は……まだ、あの団体で、『娘は戻ってくる』と、言い続けたんです! 必死に説得しました。私もつらかった。でも、妻もつらかったんでしょう。そのせいで、あんなことになってしまったのかもしれない。でも、妻は、妻は……」

 調査隊は、北口氏の目に涙が浮かんでいることに気づいた。

「すいません、取り乱してしまって。……私には、もう分からないんですよ。私はどうにか、妻がおかしくなった原因を、あの『家族の会』に押し付けようとしているのかもしれない。本当は、あの団体は何も悪くなくて、ただ妻は、妻の心は娘の死に耐えられなかっただけなのかもしれない。……その後、妻は失踪しました。今に至るまで、妻の姿は見ていません。一応、警察に捜索願は出しましたが、事件性の低い、ただの痴話げんかによる家出として扱われ、捜索は行われませんでした。あの時の家からは、それから三年ほどした後、引っ越しました。こうして、今に至ります。……これが、私の話せる限りの、全てです」

 北口氏の妻は、なぜ狂ってしまったのか、その答えを知る者はいない。しかし、先月号でお伝えした白坂氏の悲劇、そしてこの北口氏の悲劇の両方に深く結びつく奇妙な団体が、何かしらの形で一枚噛んでいるのはまず間違いないだろう。我々はこの団体の調査を続ける。もし、この団体や事件について何か知っていることがあるという人は、すぐさま月刊ディメンション編集部・オカルト係に問い合わせてほしい。それでは読者諸君、次号の「となりのオカルト調査隊」でまた会おう。


 付記

 北口氏への取材が終わった後、彼の携帯電話に非通知の電話がかかってきた。それ自体は何の変哲もないことだが、電話を切った北口氏は奇妙そうに取材班にこう話した――非通知設定の、聞き覚えのないしわがれた老人の声で、「ハマナソウキチくんをご存じですか」と尋ねてくる電話がかかってきた、と。

 北口氏が戸惑って黙っている間に、電話は切れてしまったという。普通に考えればただの間違い電話だが、老人といえば、先月号の話に出てきた「まがいじじい」を連想してしまう。この奇妙な出来事は、我々の取材に何かしらのつながりを持っているのだろうか? オカルト記者としては、つい勘ぐってしまうところだ。