「利用者:芯/サンドボックス/5」の版間の差分

提供:WikiWiki
ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
 
(2人の利用者による、間の39版が非表示)
1行目: 1行目:
#[[利用者:芯/サンドボックス/5/イ]] - [[テンプレート:タブ]]
==「きみがよーん」案==
----
<div style="float: right;">[[ファイル:芯'sきみがよーん-1.svg|border|300px]][[ファイル:芯'sきみがよーん-2.svg|border|300px]]</div>
分け入っても分け入っても青い山  ――種田山頭火
{|class="wikitable"style="background-color:white"
|style="border:1px solid #c0c0c0;padding:0 1em"|
'''きみがよーん'''<span style="font-size:75%;">(作詞作曲: [[利用者:芯|芯]] 歌唱: [https://voisona.com/artist/chis-a_ja_JP_song/ 知声])</span><br>嗚呼 日本民族の 忠実勇武<br>
疾くに腐敗せり 皇国民よ<br>
瓦解せしむる勿れ 此国を 朕が国を<br>




 これは、作者が44歳の時、熊本から宮崎までの旅路で詠んだ句である。一体、なぜそのような旅をしていたのだろうか。
皇祖に皇宗 威霊を与へよ<br>
八洲の民生 今に見てろ<br>


 実家が倒産、父は夜逃げし、関東大震災が身を襲う。離婚した元妻のもとへ身を寄せたと思えば酒に溺れ、市内で泥酔し路面電車に轢かれそうになったところを顔見知りの記者に助けられる。間もなくして、記者の紹介で報恩禅寺(ほうおんぜんでら)に預けられるのである。だが、作者が「僧侶になりたい」と申し出ると、修行に耐えられないとのとの理由で却下された。これを受け、社会にもなじめず僧侶にもなれないとは、と、自分探しの旅に出る。この句はその時に詠まれたのである。


朕の践みたる宝祚は 祖宗の威光<br>
遺烈に拠りて 承くるものなれば<br>
軽んずる勿れ 嗚呼皇朕れ 天照の子<br>


 この句について、自立語が三種類しかなく、破調の形を取り、季語もないなど、破天荒だと言うことができる。しかし、どこか力強さをも感じる。なぜだろうか。


 私はこの句の良さとして、表現したいことを表現しきっている点を挙げる。まず私はこの歌に、「自分の半生を振り返り、動き出したところだが、まだ先には何も見えないのだ」という意味を感じた。しかし、直接的に書かれていることは「進んでも進んでも山の青さが無くなりませんね」といったところである。
皇祖に皇宗 威霊を与へよ<br>
八洲の民生 今に見てろ<br>


 このような、「書いていないことを思わせる」部分の秘密は、「分け入っても」のリフレインによる効果が大きいように思える。繰り返すことが続く困難への予期を、決心を感じさせるのだ。


 有季定型の決まりを超え、表現したいものを求めて詠まれたこの句に、力強さを感じる。
「君が代」は 大義を謳ひて<br>
国家の丕基を高むる 佳き歌といへり<br>
豈に其れ可ならんや 不敬の御題 「きみがよーん」とや<br>
 
 
皇祖に皇宗 威霊を与へよ<br>
八洲の<ruby>常習者<rt>民生</rt></ruby> 今に見てろ
|-
|style="border:1px solid white"|[[ファイル:芯'sきみがよーん.mp3]][[ファイル:芯'sきみがよーんBy知声.mp3]]
|}

4年1月32日 (W) 16:15時点における最新版

「きみがよーん」案[編集 | ソースを編集]

芯'sきみがよーん-1.svg芯'sきみがよーん-2.svg

きみがよーん(作詞作曲:  歌唱: 知声
嗚呼 日本民族の 忠実勇武
疾くに腐敗せり 皇国民よ
瓦解せしむる勿れ 此国を 朕が国を


皇祖に皇宗 威霊を与へよ
八洲の民生 今に見てろ


朕の践みたる宝祚は 祖宗の威光
遺烈に拠りて 承くるものなれば
軽んずる勿れ 嗚呼皇朕れ 天照の子


皇祖に皇宗 威霊を与へよ
八洲の民生 今に見てろ


「君が代」は 大義を謳ひて
国家の丕基を高むる 佳き歌といへり
豈に其れ可ならんや 不敬の御題 「きみがよーん」とや


皇祖に皇宗 威霊を与へよ
八洲の常習者民生 今に見てろ