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[[ファイル:新本格ミステリを識るための100冊.jpeg|サムネイル|中央|『新本格ミステリを識るための100冊』の書影。]]
==8月13日22時30分 城島浩司==
'''『新本格ミステリを識るための100冊 令和のためのミステリブックガイド』'''とは、[http://www.mystery.or.jp/member/detail/0811 佳多山大地]の著書である。
この1時間余り、現場はてんてこまいだった。市街地に突如現れた外部存在。暴虐の限りを尽くしたそれは、多くの人的・物的損害を出したが、ほどなくして姿をくらませた。第二十七分隊は、被災地での救助活動にあたった。派遣された自衛隊や現地の消防団などと共に、怪我人を保護したり瓦礫の下に生き埋めにされた人々を助け出したりした。しかし、分隊長である浩司と、第一小隊長の樋口は、救助活動から離脱して会議に出席している。


==概要==
財団は、各地に民家に見せかけた小基地を持っている。いかなる時、いかなる場所でも、突発事態に対応できるようにだ。そして、現場に近い小基地の中に、二人はいた。予告された時刻通りに、財団の秘密回線が開き、会議が始まった。
『新本格ミステリを識るための100冊 令和のためのミステリブックガイド』は、2021年に星海社から出版されたブックガイドである。1987年から起こった本格ミステリ復権ムーブメント、いわゆる'''新本格'''の時代の国内ミステリに焦点を当てた内容となっている。また、「はじめに」で著者の佳多山は、
<blockquote>この本は、まだうら若き十代の――せいぜい草臥れて二十代の読者に向けて書いています。</blockquote>
と書いている。


この本は、2011年に文芸誌『ファウスト』に掲載された、佳多山の「新本格を識るための100冊」という文章がもとになっている。新本格ミステリを大枠で捉えるために読むべき推理小説を100冊セレクトするという趣旨は、変わっていない。だが、選書は時代の流れに合わせて3分の1ほど変わっており、紹介文も充実している。また、島田荘司『占星術殺人事件』、竹本健治『匣の中の失楽』、殊能将之『ハサミ男』をそれぞれ題材とした短い評論が収録されている<ref>なお、この評論は題材作品のネタばらしを含むため、未読の人は注意されたい。</ref>。
浩司と樋口は、白い椅子に並んで腰掛け、正面のスクリーンに目を向けていた。22時30分、それまで黒かったスクリーンに、突如としていくつかの人の姿が映し出された。その中には、機動部隊元帥・剣崎剛毅の姿もある。慌ただしく、財団の会議が始まった。


==内容==
まず最初に、当該YGTの呼称が決定した。無論、上層部で既に決まっていたことを発表したに過ぎないのだろうが。YGT-362“<ruby>引力者<rt>グラビティア</rt></ruby>”。それが、巨人に与えられた名前だった。
目次は次のようになっている。
*はじめに
*第1章
**作品紹介
**コラム1
*第2章
**作品紹介
*第3章
**作品紹介
*第4章
**作品紹介
*第5章
**作品紹介
**コラム2
**コラム3
*第6章
**作品紹介
*第7章
**作品紹介
**コラム4
*第8章
**作品紹介
*第9章
**作品紹介
*第10章
**作品紹介
*おわりに
*新本格ミステリ年表(刊行順作品リスト)


コラム1は、新本格ミステリについての概説。コラム2~4は、先述した評論である。
対策研究員がその旨を淡々と伝えると、被害の状況の確認に移った。第二十七分隊はバックアップを務めただけのため、話すことはなかったが、唯一巨人と交戦した第十二分隊の分隊長は、いろいろなことを報告した。部下を亡くしたばかりだというのに、財団も酷なことをさせるものだ、と浩司は思った。同時に、すぐに自分も同じ状況に追い込まれるかもしれないな、とも想像する。


先に引用した通り、このブックガイドは現在の[[WikiWiki:WikiWiki用語#「麻薬の常習者」|麻薬の常習者]]諸君にうってつけである。しかし、ガイドは充実しているが、紹介するためには少しは本の内容の核心に触れねばならない。それを避け、全く予備知識の無い状態で読みたいという人は、選ばれた本を後に列挙するので、ぜひ活用してほしい。
被害状況は、甚大と言ってよかった。死者は確認が取れているだけでも52人。多くの犠牲者が瓦礫の奥深くに埋まっているであろうことを考えれば、死者数は300をくだらないだろう、というのが妥当な推測だった。負傷者は言わずもがな、それより多い。さらに、31戸の家屋が全壊、半壊以上の被害を受けたのは200戸を超えた。ゆいレールや国道330号線といった主要な交通基幹も被害に遭い、徒歩で避難を余儀なくされた民衆が那覇の街に溢れている。家を失った人々は周辺の避難場所──公園、小学校など──に身を寄せているが、それらの場所の人口密度はすごいことになっている。


==選出作品==
一方、財団の被害は、第十二分隊航空部隊のA15ヘリコプター2機と、乗組員4名だった。軽微に聞こえるが、交戦した兵力が全滅したと捉えれば、大損害だ。話題は、YGT-362の分析に移った。
この節では、『新本格ミステリを識るための100冊』に選出された作品を紹介する。「併読のススメ」欄においては、文中の「併読のススメ」に名前が出た作品を紹介する。なお、番号欄は便宜上1~100までつけられたものであり、『[[東西ミステリーベスト100]]』のような順位ではない。


===第1章 第一世代の肖像===
白衣を着た対策研究員が、今回の攻撃でわかったことを列挙していく。
この章では、新本格草創期を代表する5人の作家の、デビュー作とそれ以外の代表作を紹介している。
<br>「当該YGTは、高さ約23メートル。出現時には、半径300メートルに及ぶ重力異常を引き起こしました。周りの物を無制限に引き寄せることで、体を形作りました。体の内部に、引力を操る何者かがいるのか、それとも純粋に引力のみが発生しているのかは、現時点では不明です。また、確認された攻撃手段は、対象の吸引と、瓦礫を吸引して投げる投石の二種類。戦闘の様子から、引力者は引力のオン・オフを自在にコントロールできると推察されます」
{| class="wikitable"
<br>誰かが手を挙げて質問した。
! 番号
<br>「出現時の吸引が終わった後も、体を形成する瓦礫が落ちなかったのはなぜだ?」
! 題名と作者
<br>「おそらくですが、それらの瓦礫は恒常的に引き寄せるよう、力を操作していたのだと考えます。その上で、他の物も引き寄せられるのでしょう」
! 併読のススメ
<br>それからも、細々とした報告は続いた。放射線の反応は無し、現実改変および認識災害の兆候は無し、サーモグラフィーによれば首の辺りに熱反応が見られる、航空機による接近は危険ゆえ陸上部隊で対応すべき……。
|-
| 1
| '''綾辻行人『[[館シリーズ|十角館の殺人]]』'''
| アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』<br>綾辻行人『[[館シリーズ|時計館の殺人]]』
|-
| 2
| '''歌野晶午『長い家の殺人』'''
| パトリシア・ハイスミス『見知らぬ乗客』<br>ニコラス・ブレイク『血ぬられた報酬』
|-
| 3
| '''法月綸太郞『密閉教室』'''
| 法月綸太郞『一の悲劇』
|-
| 4
| '''有栖川有栖『月光ゲーム Yの悲劇'88』'''
| 鮎川哲也『黒いトランク』、『黒い白鳥』、『りら荘事件』
|-
| 5
| '''我孫子武丸『8の殺人』'''
| [[ジョン]]・ディクスン・カー『三つの棺』<br>我孫子武丸『0の殺人』
|-
| 6
| '''我孫子武丸『殺戮にいたる病』'''
| 『かまいたちの夜』(ゲームソフト)<ref>我孫子武丸がシナリオを担当した。</ref><br>我孫子武丸『叙述トリック試論とか』
|-
| 7
| '''法月綸太郞『法月綸太郞の功績』'''
| エラリー・クイーン『エジプト十字架の謎』、〈悲劇四部作〉<ref>『Xの悲劇』、『Yの悲劇』、『Zの悲劇』、『レーン最後の事件』の4作。</ref>
|-
| 8
| '''歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』'''
| 歌野晶午『ブードゥー・チャイルド』、〈密室殺人ゲーム〉シリーズ<ref>既刊は『密室殺人ゲーム王手飛車取り』、『密室殺人ゲーム2.0』、『密室殺人ゲームマニアックス』の3作。</ref>
|-
| 9
| '''綾辻行人『Another』'''
| 綾辻行人『Another エピソードS』、『Another 2001』、『緋色の囁き』、『霧越邸殺人事件』
|-
| 10
| '''有栖川有栖『鍵の掛かった男』'''
| 有栖川有栖『モロッコ水晶の謎』
|}


===第2章 今日もどこかで〈日常の謎〉===
その時、新たに一人が会議に参加した。遅れた参加者を見て、浩司は驚愕した。いや、人は見えなかった。見えないことに驚いた。画面には、黒地に三本の白い曲線が描く、人の顔のような図形。それは、W5評議員の印だった。
この章では、殺人等の犯罪が(少なくとも表立っては)登場しない「日常の謎」と呼ばれる作品を紹介している。
{| class="wikitable"
! 番号
! 題名と作者
! 併読のススメ
|-
| 11
| '''北村薫『空飛ぶ馬』'''
| 北村薫『夜の蟬』、『盤上の敵』
|-
| 12
| '''若竹七海『ぼくのミステリな日常』'''
| 若竹七海等『競作 五十円玉二十枚の謎』
|-
| 13
| '''加納朋子『掌の中の小鳥』'''
| 加納朋子『無菌病棟より愛をこめて』、『沙羅は和子の名を呼ぶ』
|-
| 14
| '''米澤穂信『氷菓』'''
| 米澤穂信〈小市民〉シリーズ<ref>既刊は『春期限定いちごタルト事件』、『夏期限定トロピカルパフェ事件』、『秋期限定栗きんとん事件』、『巴里マカロンの謎』の4作。</ref>、『インシテミル』<br>佳多山大地『新本格ミステリの話をしよう』
|-
| 15
| '''倉知淳『夜届く 猫丸先輩の推測』'''
| 倉知淳『壺中の天国』
|-
| 16
| '''大倉崇裕『やさしい死神』'''
| 『刑事コロンボ』(テレビドラマ)<br>大倉崇裕〈福家警部補〉シリーズ<ref>既刊は『福家警部補の挨拶』、『福家警部補の再訪』、『福家警部補の報告』、『福家警部補の追及』、『福家警部補の考察』の5作。</ref>
|-
| 17
| '''大崎梢『サイン会はいかが? 成風堂書店事件メモ』'''
| 近藤史恵『タルト・タタンの夢』<br>天祢涼『境内ではお静かに』<br>水生大海『ひよっこ社労士のヒナコ』
|-
| 18
| '''門井慶喜『人形の部屋』'''
| S・S・ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』、『カブト虫殺人事件』、「推理小説作法の二十則」
|-
| 19
| '''三上延『ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと奇妙な客人たち~』'''
| 梶山季之『せどり男爵数奇譚』<br>喜国雅彦『本棚探偵の冒険』
|-
| 20
| '''阿藤玲『お人好しの放課後 御出学園帰宅部の冒険』'''
| 西村京太郎『殺しの双曲線』
|}


===第3章 ザッツ・アバンギャルド!===
財団の職員でさえも、その正体を知る者は少ない。常習者最高の地位を占めるW5評議員。管理者に次ぐ権力を保持し、財団の実質的な最高諮問機関の、たった十人の構成員。そのうちの一人が、この会議に参加してきた。
この章では、実験的・批判的精神にあふれたいわゆる問題作を紹介している。
{| class="wikitable"
! 番号
! 題名と作者
! 併読のススメ
|-
| 21
| '''山口雅也『生ける屍の死』'''
| 山口雅也『奇偶』
|-
| 22
| '''麻耶雄嵩『夏と冬の<ruby>奏鳴曲<rt>ソナタ</rt></ruby>』'''
| 諸岡卓真『現代本格ミステリの研究』
|-
| 23
| '''北川歩実『猿の証言』'''
| ロジャー・スカーレット『エンジェル家の殺人』<br>横溝正史『犬神家の一族』<br>北川歩実『真実の絆』
|-
| 24
| '''蘇部健一『六枚のとんかつ』'''
| 霞流一『首断ち六地蔵』、『牙王城の殺劇』
|-
| 25
| '''森博嗣『そして二人だけになった』'''
| セバスチアン・ジャプリゾ『シンデレラの罠』
|-
| 26
| '''飛鳥部勝則『砂漠の薔薇』'''
| 坂口安吾『不連続殺人事件』
|-
| 27
| '''初野晴『1/2の騎士』'''
| 首藤瓜於『脳男』
|-
| 28
| '''梓崎優『叫びと祈り』'''
| 梓崎優「スプリング・ハズ・カム」<br>法月綸太郞「都市伝説パズル」<ref>第1章にて紹介された『法月綸太郞の功績』所収。</ref><br>有栖川有栖「スイス時計の謎」
|-
| 29
| '''城平京『虚構推理』'''
| アガサ・クリスティー『オリエント急行の殺人』
|-
| 30
| '''相沢沙呼『medium 霊媒探偵 城塚翡翠』'''
| サラ・ウォーターズ『半身』
|}


===第4章 この国の“畏怖すべき”かたち===
浩司は、自らの心拍数が急上昇し、顔が紅潮していくのを感じた。おそらく、会議に参加している全員が同じ心地だろう。緊張、そして少しの高揚。平の職員が、W5評議員に接触する機会など、まず無い。浩司は、興奮を抑えられない。
この章では、日本の風土や歴史を扱った作品を紹介している。
{| class="wikitable"
! 番号
! 題名と作者
! 併読のススメ
|-
| 31
| '''宮部みゆき『火車』'''
| アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』
|-
| 32
| '''京極夏彦『姑獲鳥の夏』'''
| アイラ・レヴィン『ブラジルから来た少年』、『死の接吻』
|-
| 33
| '''鯨統一郎『邪馬台国はどこですか?』'''
| 松本清張「陸行水行」、『古代史疑』<br>高木彬光『邪馬台国の秘密』<br>鯨統一郎『新・世界の七不思議』
|-
| 34
| '''高田崇史『QED 六歌仙の暗号』'''
| 梅原猛『隠された十字架』<br>高田崇史『QED ベイカー街の問題』
|-
| 35
| '''北森鴻『凶笑面 蓮丈那智フィールドファイルⅠ』'''
| 北森鴻「御蔭講」、「憑代忌」、『共犯マジック』
|-
| 36
| '''近藤史恵『桜姫』'''
| 近藤史恵〈サクリファイス〉シリーズ<ref>既刊は『サクリファイス』、『エデン』、『サヴァイヴ』、『キアズマ』、『スティグマータ』の5作。</ref>
|-
| 37
| '''物集高音『吸血鬼の壜詰 第四赤口の会』'''
| アイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会1』
|-
| 38
| '''伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』'''
| ウィリアム・L・デアンドリア『ホッグ連続殺人』
|-
| 39
| '''三津田信三『<ruby>厭魅<rt>まじもの</rt></ruby>の如き憑くもの』'''
| 三津田信三『どこの家にも怖いものはいる』
|-
| 40
| '''阿部智里『烏に単は似合わない』'''
| 中町信『空白の殺意』、『奥只見温泉郷殺人事件』
|}


===第5章 先覚者のプライド===
前置きなしに、W5評議員の声が響いた。正確には、声を変換した電子音だが。
この章では、新本格ムーブメント勃興以前から活躍していた作家らが、新本格ムーブメントを受けて発表した作品を紹介している。
<br>「YGT-362は、人間だ」
{| class="wikitable"
<br>場は、静まりかえった。
! 番号
<br>「先刻の事件を受け、米国が接触してきた。彼の国は、引力者の存在を既に関知しており、調査を進めていた。彼らが言うには、こうだ」
! 題名と作者
<br>浩司は唾を呑み込んだ。
! 併読のススメ
<br>「引力者は、異能を有した人間、平たく言えば超能力者だ。そして、引力者は世界各地に点在している。その能力の原理はわからない。引力者は科学の外にいるわけだから、YGTであることは間違いない。引力者について、一つ確かに言えるのは、彼らが互いに連係してきな臭い動きをしているということだ」
|-
<br>きな臭い動き? まさか……。
| 41
<br>「引力者は、{{傍点|文章=戦争}}の準備を進めているらしい。先刻の襲来は、その口火を切るものなのかもしれない。もしこれが正しければ、近々、引力者と人類の全面戦争が始まる可能性があるということだ。つまり、次なる攻撃の可能性は高い」
| '''筒井康隆『ロートレック荘事件』'''
<br>全面戦争。その言葉の重みが、じんわりと心に沈んでいった。今回の攻撃は、ほんの序章に過ぎないのかもしれない。何せ、引力者は複数いるのだ。あの巨人が何十人も一斉に現れたら……。浩司の不穏な想像をよそに、電子音は続く。
| フレッド・カサック『殺人交叉点』
<br>「今回のことは、あまりにも重大事だ。現在各国は、引力者の存在を公表する構えだ」
|-
<br>「えっ……」
| 42
<br>場がどよめいた。「偽装」を旨とされるYGTの存在が、公表される……?
| '''笠井潔『哲学者の密室』'''
<br>「一人の引力者の存在をひた隠しにしたとて、事態は悪化するのみだという判断だ。そこで、W5評議会として、YGT財団に命ずる」
| 笠井潔『探偵小説論Ⅰ 氾濫の形式』
<br>背筋を伸ばし、下命を聞いた。
|-
<br>「引力者による攻撃を防御し、引力者を排除せよ。自衛隊も、武力行使で臨む。こちらも、全兵力をもってして、引力者から無辜の市民を守れ。普段の任務とは趣を異にするが、人々の日常を守るという目的は変わらない。このことを肝に銘じ、全力で任務にあたれ。以上だ」
| 43
<br>「はっ!」
| '''山田正紀『ミステリ・オペラ <ruby>宿命城<rt>シュウミンツェアン</rt></ruby>殺人事件』'''
<br>全員の声が揃った。そして、W5評議員は会議から退出した。残された財団職員は、静かな興奮に満ちていた。
| 山田正紀『ブラックスワン』
|-
| 44
| '''連城三紀彦『白光』'''
| 連城三紀彦『夜よ鼠たちのために』、『戻り川心中』
|-
| 45
| '''島田荘司『ネジ式ザゼツキー』'''
| 島田荘司『占星術殺人事件』、『島田荘司 very BEST 10』
|-
| 46
| '''東野圭吾『容疑者Xの献身』'''
| 石持浅海『扉は閉ざされたまま』
|-
| 47
| '''牧薩次『完全恋愛』'''
| 辻真先『アリスの国の殺人』
|-
| 48
| '''多島斗志之『黒百合』'''
| 佳多山大地『トラベル・ミステリー聖地巡礼』、西村京太郎『<ruby>寝台特急<rt>ブルートレイン</rt></ruby>殺人事件』、多島斗志之『〈移情閣〉ゲーム』
|-
| 49
| '''皆川博子『開かせていただき光栄です』'''
| 皆川博子『インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー』、『聖女の島』、『死の泉』
|-
| 50
| '''竹本健治『涙香迷宮』'''
| 竹本健治〈ゲーム三部作〉<ref>『囲碁殺人事件』、『将棋殺人事件』、『トランプ殺人事件』の3作。</ref>、『匣の中の失楽』
|}


===第6章 未来、あるいはこの世の外へ===
対策研究員と隠蔽作業員は引力者の調査・分析にあたり、機動部隊員が実地対応を受け持つことがすぐに決定した。剣崎元帥の号令で、機動部隊内での役割も割り振られた。現在沖縄本島にいる第十二分隊と第二十七分隊が、避難民の誘導および引力者の捜索、戦闘準備を行う。佐賀にいる第十九分隊と、東シナ海で演習中の第三分隊海上部隊も応援に来る。一方で、沖縄以外での備えも怠れない。次もまた引力者が沖縄に出現するとは限らないからだ。各地の分隊は、日本各地に散らばり、状況に応じて応援派遣させる。
この章では、現実とは違うルールづけが成されている世界を舞台にした作品、いわゆる「特殊設定ミステリ」を紹介している。
{| class="wikitable"
! 番号
! 題名と作者
! 併読のススメ
|-
| 51
| '''今邑彩『金雀枝荘の殺人』'''
| エドガー・アラン・ポー『モルグ街の殺人・黄金虫』
|-
| 52
| '''松尾由美『バルーン・タウンの殺人』'''
| 松尾由美『バルーン・タウンの手品師』、『バルーン・タウンの手毬唄』、『安楽椅子探偵アーチー』
|-
| 53
| '''西澤保彦『人格転移の殺人』'''
| 西澤保彦『瞬間移動死体』
|-
| 54
| '''三雲岳斗『M.G.H 楽園の鏡像』'''
| 三雲岳斗『少女ノイズ』
|-
| 55
| '''柄刀一『アリア系銀河鉄道』'''
| 柄刀一『時を巡る肖像』
|-
| 56
| '''辻村深月『冷たい校舎の時は止まる』'''
| 辻村深月『ぼくのメジャースプーン』、『オーダーメイド殺人クラブ』
|-
| 57
| '''道尾秀介『向日葵の咲かない夏』'''
| トマス・H・クック『緋色の記憶』、『沼地の記憶』
|-
| 58
| '''北山猛邦『少年検閲官』'''
| 上遠野浩平『殺竜事件』<br>米澤穂信『折れた竜骨』
|-
| 59
| '''一肇『フェノメノ 美鶴木夜石は怖がらない』'''
| 小野不由美〈ゴーストハント〉シリーズ<ref>既刊は『ゴーストハント1 旧校舎怪談』、『ゴーストハント2 人形の檻』、『ゴーストハント3 乙女ノ祈リ』、『ゴーストハント4 死霊遊戯』、『ゴーストハント5 鮮血の迷宮』、『ゴーストハント6 海からくるもの』、『ゴーストハント7 扉を開けて』の7作。</ref>
|-
| 60
| '''鳥飼否宇『死と砂時計』'''
| G・K・チェスタトン『ブラウン神父の童心』、『詩人の狂人たち』
|}


===第7章 お隣のサイコ、お向かいのカルト===
狭い沖縄本島に、二つも分隊がいたのは幸運だった。第十二分隊は沖縄に駐屯しているから当然なのだが、遊軍として駆け回っている第二十七分隊がここに居合わせたのは全くの偶然だ。ロックイーターのおかげだな、と浩司は思う。
この章では、サイコスリラーや宗教を題材とした作品を紹介している。
{| class="wikitable"
! 番号
! 題名と作者
! 併読のススメ
|-
| 61
| '''井上夢人『ダレカガナカニイル・・・』'''
| 岡嶋二人『タイトルマッチ』、『99%の誘拐』<br>井上夢人『ラバー・ソウル』
|-
| 62
| '''貫井徳郎『慟哭』'''
| 貫井徳郎『後悔と真実の色』
|-
| 63
| '''二階堂黎人『人狼城の恐怖』'''
| 島田荘司『斜め屋敷の犯罪』<br>北山猛邦『「ギロチン城」殺人事件』<br>東川篤哉『館島』
|-
| 64
| '''殊能将之『ハサミ男』'''
| 海野十三『獏鸚』
|-
| 65
| '''藤岡真『六色金神殺人事件』'''
| 藤岡真『ゲッベルスの贈り物』
|-
| 66
| '''小野不由美『黒祠の島』'''
| 横溝正史『獄門島』、『本陣殺人事件』、『八つ墓村』、『悪魔の手毬唄』
|-
| 67
| '''黒崎緑『未熟の獣』'''
| 黒崎緑『聖なる死の塔』、『闇の<ruby>操人形<rt>ギニョール</rt></ruby>』、『しゃべくり探偵』
|-
| 68
| '''乙一『GOTH』'''
| 乙一『夏と花火と私の死体』
|-
| 69
| '''谺健二『赫い月照』'''
| 谺健二『星の牢獄』
|-
| 70
| '''中山七里『連続殺人鬼カエル男』'''
| 葉真中顕『ロスト・ケア』
|}


===第8章 一発当てて名を刻む===
会議は終了した。第二十七分隊は、那覇の南を担当することになった。電話で分隊の皆にその旨を伝え、浩司は樋口と共に立ち上がった。
この章では、2作目を未発表あるいは10年以上経って出した者の、衝撃的なデビュー作を紹介している。
{| class="wikitable"
! 番号
! 題名と作者
! 併読のススメ
|-
| 71
| '''中西智明『消失!』'''
| アガサ・クリスティー『ABC殺人事件』
|-
| 72
| '''澤木喬『いざ言問はむ都鳥』'''
| 水原佐保『青春俳句講座 初桜』
|-
| 73
| '''高原伸安『予告された殺人の記録』'''
| 鯨統一郎『パラドックス学園』
|-
| 74
| '''津島誠司『A先生の名推理』'''
| 鮎川哲也・島田荘司編『ミステリーの愉しみ 奇想の復活』
|-
| 75
| '''古泉迦十『火蛾』'''
| 小森健太朗『ムガール宮の密室』
|-
| 76
| '''真木武志『ヴィーナスの命題』'''
| 栗本薫『ぼくらの時代』<br>法月綸太郞『密閉教室』
|-
| 77
| '''川崎草志『長い腕』'''
| 詠坂雄二『インサート・コイン(ズ)』
|-
| 78
| '''林泰広『見えない精霊』'''
| 泡坂妻夫『亜愛一郎の狼狽』、『迷蝶の島』
|-
| 79
| '''小貫風樹「とむらい鉄道」、「夢の国の悪夢」、「稷下公案」'''<ref>いずれも鮎川哲也監修・二階堂黎人編集長『新・本格推理』所収。</ref>
| 青木知己『偽りの学舎』、『Y駅発深夜バス』<br>大山誠一郎「聖ディオニシウスのパズル」、『アルファベット・パズラーズ』、『密室蒐集家』、『アリバイ崩し承ります』
|-
| 80
| '''神津慶次朗『鬼に捧げる夜想曲』'''
| 岸田るり子『密室の<ruby>鎮魂歌<rt>レクイエム</rt></ruby>』、『天使の眠り』、『パリ症候群』
|}


===第9章 オルタナティブな可能性===
==8月13日23時19分 神代晃平==
この章では、1990年代後半から2010年代にかけて、ムーブメントが停滞していた時期に書かれた作品を紹介している。
寝息を立てる葵を抱いた椿と並んで、晃平は歩いていた。国道58号を国場川沿いに南下し、大きなショッピングモールの横を通過した。少し先で川は本流と合流し、右手の海に注いでいる。周りには、同じ方向に歩く人々が大勢いた。皆うつむき、幽鬼のように黙して行進している。車道は自動車でぎゅうぎゅうに満ち、ほとんど動かない。3時間ほど前に戦場と化した場所。そこからとにかく離れようと、あてもなく彷徨っているのだ。もっとも、晃平たちの事情は少し異なっていたが。
{| class="wikitable"
! 番号
! 題名と作者
! 併読のススメ
|-
| 81
| '''清涼院流水『コズミック 世紀末探偵神話』'''
| コリン・デクスター『ウッドストック行最終バス』
|-
| 82
| '''浦賀和宏『記憶の果て』'''
| 貫井徳郎『慟哭』<br>道尾秀介『向日葵の咲かない夏』<br>浦賀和宏『彼女は存在しない』
|-
| 83
| '''舞城王太郎『煙か土か食い物』'''
| ロバート・K・ケスラー&トム・シャットマン『FBI心理分析官』
|-
| 84
| '''佐藤友哉『エナメルを塗った魂の比重 鏡稜子ときせかえ密室』'''
| 上遠野浩平〈ブギーポップ〉シリーズ<ref>[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%83%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA]</ref>
|-
| 85
| '''西尾維新『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』'''
| 西尾維新『DEATH NOTE アナザーノート ロサンゼルスBB連続殺人事件』
|-
| 86
| '''古野まほろ『天帝のはしたなき果実』'''
| 中井英夫『虚無への供物』
|-
| 87
| '''詠坂雄二『リロ・グラ・シスタ』'''
| 『シークレット 綾辻行人ミステリ対談集in京都』<br>詠坂雄二『電氣人閒の虞』
|-
| 88
| '''円居挽『丸太町ルヴォワール』'''
| M・D・ポースト「ナボテの葡萄園」<br>カーター・ディクスン『ユダの窓』<br>宮部みゆき『ソロモンの偽証』
|-
| 89
| '''東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』'''
| 筒井康隆『富豪刑事』
|-
| 90
| '''長沢樹『消失グラデーション』'''
| 平石貴樹『スラム・ダンク・マーダー その他』
|}


===第10章 新本格ムーブメント再始動!===
那覇の中でも都会といえるこの一帯は、普段ならこの時間でも灯りは少なくないのだろう。コンビニやパチンコ店のネオン、街灯も多い。しかし、今は違う。先の事変で多くの電線が寸断され、那覇市一帯が停電しているのだ。避難民を誘導しようと、警察や自衛隊が各所でサーチライトを焚いている。しかしそれだけで足元をちゃんと照らすことはできず、人々は皆、携帯のライトを地面に向けながら黙って避難を続けるのだった。日常と完全にかけ離れた風景で、ややもすれば、自分は夢を見ているのではないかという心持ちになる。
この章では、2012年以後に新しくデビューした作家の作品を紹介している。
{| class="wikitable"
! 番号
! 題名と作者
! 併読のススメ
|-
| 91
| '''青崎有吾『水族館の殺人』'''
| 有栖川有栖『双頭の悪魔』<br>青崎有吾〈アンデッドガール・マーダーファルス〉シリーズ<ref>既刊は『アンデッドガール・マーダーファルス』、『アンデッドガール・マーダーファルス2』、『アンデッドガール・マーダーファルス3』の3作。</ref>
|-
| 92
| '''早坂吝『○○○○○○○○殺人事件』'''
| 早坂吝『虹の歯ブラシ』<br>乾くるみ『イニシエーション・ラブ』
|-
| 93
| '''『』'''
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| 94
| '''『』'''
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| 95
| '''『』'''
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| 96
| '''『』'''
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| 97
| '''『』'''
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| 98
| '''『』'''
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| 99
| '''『』'''
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|-
| 100
| '''『』'''
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|}


==脚注==
また、パトカーや自衛隊の車両、果ては戦車までもが道路にいて、睨みを利かせているところもあった。そして、そんな場所を通るたびに、晃平はひどく緊張するのだった。今にも、迷彩服を着た男たちに捕まるのではないか、いや問答無用で撃ち殺されるのではないか、と不安になる。もはや、晃平は肉体的によりも精神的にずっと疲れていた。
<references/>
 
唐突に、晃平の手の中のスマホが震動した。ライトを切って画面を覗く。見覚えのある番号からの着信だった。
<br>「もしもし?」
<br>「やあ、夜分遅くにごめんね。僕さ、アンドレだよ」
<br> 5日前、晃平のもとにこの日本語が堪能な若者から連絡が来た。晃平をグラビティ持ちと看破し、自分たちの仲間になるよう要求してきたのだ。彼によれば、世界中の同様の能力者が集まり、組織を作っている。そして、諸国に宣戦布告しようとしているというのだ。これには、腰を抜かした。しかし、『君が敵になるくらいなら、僕たちは君をまず殺す』と脅迫されれば、要求に従わざるを得なかった。連れてきていいのは妻と息子のみ、5日後に沖縄に迎えを寄越す、と一方的に伝えられ、ここまで来たのだ。しかし、こんな事態になってしまうとは。
 
<br>「コーヘイ、やってくれたねえ」
<br>アンドレの声は、しかし弾んでいるように聞こえた。
<br>「正直、こっちは大混乱だよ。謎の戦力が一番槍を取っちゃったし、ストラテジーを最初から練り直さなきゃいけないし、予定を前倒しにして宣戦布告をしちゃうっぽいし、でもでも、何より驚愕と衝撃と尊敬が渦巻いてるよ!」
<br>口を挟む間もなく、アンドレは矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
<br>「何だい、あれは⁈ グラビティを使って巨人の体を作る? 誰も思いつかなかったアイデアだ! それだけじゃない、あれを実現するグラビティの強さは、僕らの中でも持っているやつはそういない。つまり、君のパワーは僕らの組織でも屈指ってことだ! すぐに幹部になれるよ!」
<br>「ちょ、ちょっと待ってくれ。あれは、アクシデントだったんだ。その、攻撃に加担しようとしたわけじゃない。それに、大きな誤解があるよ……」
<br>周りの人に聞こえないよう、声を潜めて反論しようとするが、ハイな声に遮られる。
<br>「いいんだよ、言い訳は。だって、君のしたことは正しいことなんだから。いいかい? 僕らグラビティ使いは、選ばれし存在なんだ。常人の命なんて、気にすることはない。選ばれた存在が、そうでない存在を統べるべきだ。これから僕らがやることは、その偉大なる一歩目なんだ! その本当に最初の栄えある嚆矢を、君が放ったってわけさ」
<br>晃平には、アンドレの主張は理解できないし、危険なものだとも思う。しかし、家族の安全のためには、この男に保護されないといけないのだ。たとえ他の全人類を見放しても。
<br>「そうだそうだ、本題を忘れてた。今、世界中の軍が目を皿のようにして君を探し回っている。そうだろ?」
<br>あちらこちらに見える自衛隊の隊員たちが、全員俺を捕らえようと、いや殺そうとしている。わかっていたことだが、改めて他人からその事実を突きつけられると、やはり恐ろしい。
<br>「僕らとしては、捕まったり殺されたりする前に、君をピックアップしたいわけだ。そこで、僕らは今、急いでそっちに向かっている。約束の時間を、何時間か早める。朝の6時だ。場所は変わらず。いいね?」
<br>「……わかった。6時だな」
<br>「じゃ、頑張って生き延びてね!」
 
電話は切られた。ひどく疲れたような気分になる。椿が物問いたげに見てくるので、耳元に口を寄せ、予定が変わったことをそっと囁いた。もともと曇っていた椿の顔が、さらに沈痛に歪む。仕方のなかったこととはいえ、結果として多くの人の命が奪われてしまった。そのことに、椿は心を痛めているのだ。
 
しかし、当局に出頭したとて、アンドレたちの組織の追跡と攻撃から逃げられる気はしなかった。葵を守るには、こうするしかなかったのだ。それに、今となっては引き返すことができない。トロッコは走り出してしまった。もう、このレールを最後まで走り切るしか、助かる道はないのだ。
 
明らかに憔悴している椿の腕から、葵を抱き上げる。幼子の熱い体温が胸に伝わってきた。朝6時までに、約束の場所へと辿り着かなくてはならない。どこか道路が機能している場所まで歩いて、タクシーを拾わなければ。
 
心に湧き立つ暗雲を閉じ込め、前を向いたとき、橋の上で群衆に目を向けている自衛隊員が見えた。迷彩服に身を包んだ何人かが、こちらの方を見ている。うち一人は、スコープのようなものを目に当てている。
 
ふと、晃平は気づいた。あいつらはこちらに漠然と視線を向けているのではない。{{傍点|文章=俺}}を見ているのだ。{{傍点|文章=気づかれている}}。
 
スコープを取った男と、まともに目が合った。精悍な顔つきで、こちらを見つめている。彼は、目を逸らさぬまま横の隊員に何事か告げた。隊員は奥の方へと走っていく。
 
晃平は立ち止まった。椿が驚いて足を止める。周りの群衆は、一瞬迷惑そうな顔をするが、構わず横をすり抜けていく。
<br>「どうしたの?」
<br>「気づかれた」
<br>手短に答えると、椿は息を呑んだ。数十メートル先の隊員を見つめたまま、抱いていた葵を椿に突き出す。
<br>「今度は、瀬長島で待ち合わせだ。後ろに走って、大きく迂回して向かえ。2時までに俺が来なかったら、先に行っててくれ」
<br>「……でも!」
<br>「葵を頼む」
<br>目を合わせ、微笑んでみせる。何か言いたげだった椿も、覚悟を決めたように頷いた。葵を抱きしめ、人の流れに逆らって走り去っていく。
<br>晃平は前方へと視線を戻した。たくさんの人々の頭越しに、男と目が合う。
 
葵を守る。そのためなら、何にだってなってやろう。……巨人にだって。晃平は走り出す。
 
==8月13日23時22分 城島浩司==
「分隊長! 不審な通話を傍受しました!」
<br>セカンドショップの格好をした財団の小基地の中。一人の通信員が叫んだ。声には隠し切れない興奮が顕れている。
<br>「最初から聞かせろ。手空きの者は話者の特定を急げ」
<br>短く告げると、通信員はヘッドセットを渡してきた。それをつけると、数分前の録音が耳に飛び込んできた。
<br>『もしもし?』『やあ、夜分遅くにごめんね。僕さ、アンドレだよ』
<br>アンドレとコーヘイという二人は、それから2分半にわたって話していた。ハイに長広舌をふるうアンドレと、押し殺した声で返答するコーヘイ。彼らの通話内容は、衝撃的だった。コーヘイという男が、先刻現れた引力者であることは間違いないだろう。そして、アンドレはそのバックにいる引力者の組織の人間で、コーヘイと接触を図っている。
<br>何より、通信が傍受できたということは、どちらかがここ付近にいるということだ。おそらくは件の引力者の方が。
<br>「分隊長! 通話していた人物が見つかりました!」
<br>「間違いないか?」
<br>「はい。監視カメラに記録された唇の動きと、傍受した通話内容が、完全に合致しました」
<br>「よし、どこだ?」
<br>通信員は壁に貼られた周辺地図の一点を指した。ここから目と鼻の先だ。
<br>「現在、国道58号線を南下中。ちょうど我々の方へ接近しています」
<br>「肉眼で確認する。ついて来い」
 
浩司は外へと出た。夜気が服越しに肌を刺す。
<br>国場川に架かる明治橋。そこの片方の車線を占有し、第二十七分隊は警戒任務にあたっていた。その先頭へと行き、怯えながら避難する群衆に目を向ける。
<br>「正面に見える、赤ん坊を腕に抱いている男です」
<br>通信員に言われて、浩司はその男に目を留めた。疲れ切ったような顔で、俯きながら歩いてくる。横には、男の妻らしき人物もいる。
<br>あの男が、引力者なのか。浩司は部下からサーモグラフィーを受け取った。ついさっき、米国からの情報として本部から連絡があった。なんでも、引力者は能力を発動すると、体温が上昇するらしい。そういうわけで、隊の設備をひっかき回して、スコープ型のサーモグラフィーを一つだけ見つけてきたのだ。そこら中の物を手当たり次第に引き寄せ巨人となった引力者は、さぞ体温が上がっているだろう。
<br>浩司はサーモグラフィーを目に当て、およそ100メートル先の人影を見遣った。結果は、火を見るより明らかだった。男の体の中心部、心臓の辺りが特に赤くなっている。
<br>サーモグラフィーを外し、肉眼で男を見つめる。向こうもこちらの動きを感じ取ったのか、男は立ち止まってこちらを見据えていた。目を逸らさぬまま、傍らの通信員に手早く指示する。
<br>「対象人物を発見した。本部に連絡しろ」
<br>通信員が走り去り、そのまま浩司は振り返ってハンドサインを送った。橋に待機していた隊員が、一斉に動き出す。浩司はまた男に向き直った。

3年2月22日 (ゐ) 22:04時点における最新版

8月13日22時30分 城島浩司[編集 | ソースを編集]

この1時間余り、現場はてんてこまいだった。市街地に突如現れた外部存在。暴虐の限りを尽くしたそれは、多くの人的・物的損害を出したが、ほどなくして姿をくらませた。第二十七分隊は、被災地での救助活動にあたった。派遣された自衛隊や現地の消防団などと共に、怪我人を保護したり瓦礫の下に生き埋めにされた人々を助け出したりした。しかし、分隊長である浩司と、第一小隊長の樋口は、救助活動から離脱して会議に出席している。

財団は、各地に民家に見せかけた小基地を持っている。いかなる時、いかなる場所でも、突発事態に対応できるようにだ。そして、現場に近い小基地の中に、二人はいた。予告された時刻通りに、財団の秘密回線が開き、会議が始まった。

浩司と樋口は、白い椅子に並んで腰掛け、正面のスクリーンに目を向けていた。22時30分、それまで黒かったスクリーンに、突如としていくつかの人の姿が映し出された。その中には、機動部隊元帥・剣崎剛毅の姿もある。慌ただしく、財団の会議が始まった。

まず最初に、当該YGTの呼称が決定した。無論、上層部で既に決まっていたことを発表したに過ぎないのだろうが。YGT-362“引力者グラビティア”。それが、巨人に与えられた名前だった。

対策研究員がその旨を淡々と伝えると、被害の状況の確認に移った。第二十七分隊はバックアップを務めただけのため、話すことはなかったが、唯一巨人と交戦した第十二分隊の分隊長は、いろいろなことを報告した。部下を亡くしたばかりだというのに、財団も酷なことをさせるものだ、と浩司は思った。同時に、すぐに自分も同じ状況に追い込まれるかもしれないな、とも想像する。

被害状況は、甚大と言ってよかった。死者は確認が取れているだけでも52人。多くの犠牲者が瓦礫の奥深くに埋まっているであろうことを考えれば、死者数は300をくだらないだろう、というのが妥当な推測だった。負傷者は言わずもがな、それより多い。さらに、31戸の家屋が全壊、半壊以上の被害を受けたのは200戸を超えた。ゆいレールや国道330号線といった主要な交通基幹も被害に遭い、徒歩で避難を余儀なくされた民衆が那覇の街に溢れている。家を失った人々は周辺の避難場所──公園、小学校など──に身を寄せているが、それらの場所の人口密度はすごいことになっている。

一方、財団の被害は、第十二分隊航空部隊のA15ヘリコプター2機と、乗組員4名だった。軽微に聞こえるが、交戦した兵力が全滅したと捉えれば、大損害だ。話題は、YGT-362の分析に移った。

白衣を着た対策研究員が、今回の攻撃でわかったことを列挙していく。
「当該YGTは、高さ約23メートル。出現時には、半径300メートルに及ぶ重力異常を引き起こしました。周りの物を無制限に引き寄せることで、体を形作りました。体の内部に、引力を操る何者かがいるのか、それとも純粋に引力のみが発生しているのかは、現時点では不明です。また、確認された攻撃手段は、対象の吸引と、瓦礫を吸引して投げる投石の二種類。戦闘の様子から、引力者は引力のオン・オフを自在にコントロールできると推察されます」
誰かが手を挙げて質問した。
「出現時の吸引が終わった後も、体を形成する瓦礫が落ちなかったのはなぜだ?」
「おそらくですが、それらの瓦礫は恒常的に引き寄せるよう、力を操作していたのだと考えます。その上で、他の物も引き寄せられるのでしょう」
それからも、細々とした報告は続いた。放射線の反応は無し、現実改変および認識災害の兆候は無し、サーモグラフィーによれば首の辺りに熱反応が見られる、航空機による接近は危険ゆえ陸上部隊で対応すべき……。

その時、新たに一人が会議に参加した。遅れた参加者を見て、浩司は驚愕した。いや、人は見えなかった。見えないことに驚いた。画面には、黒地に三本の白い曲線が描く、人の顔のような図形。それは、W5評議員の印だった。

財団の職員でさえも、その正体を知る者は少ない。常習者最高の地位を占めるW5評議員。管理者に次ぐ権力を保持し、財団の実質的な最高諮問機関の、たった十人の構成員。そのうちの一人が、この会議に参加してきた。

浩司は、自らの心拍数が急上昇し、顔が紅潮していくのを感じた。おそらく、会議に参加している全員が同じ心地だろう。緊張、そして少しの高揚。平の職員が、W5評議員に接触する機会など、まず無い。浩司は、興奮を抑えられない。

前置きなしに、W5評議員の声が響いた。正確には、声を変換した電子音だが。
「YGT-362は、人間だ」
場は、静まりかえった。
「先刻の事件を受け、米国が接触してきた。彼の国は、引力者の存在を既に関知しており、調査を進めていた。彼らが言うには、こうだ」
浩司は唾を呑み込んだ。
「引力者は、異能を有した人間、平たく言えば超能力者だ。そして、引力者は世界各地に点在している。その能力の原理はわからない。引力者は科学の外にいるわけだから、YGTであることは間違いない。引力者について、一つ確かに言えるのは、彼らが互いに連係してきな臭い動きをしているということだ」
きな臭い動き? まさか……。
「引力者は、戦争の準備を進めているらしい。先刻の襲来は、その口火を切るものなのかもしれない。もしこれが正しければ、近々、引力者と人類の全面戦争が始まる可能性があるということだ。つまり、次なる攻撃の可能性は高い」
全面戦争。その言葉の重みが、じんわりと心に沈んでいった。今回の攻撃は、ほんの序章に過ぎないのかもしれない。何せ、引力者は複数いるのだ。あの巨人が何十人も一斉に現れたら……。浩司の不穏な想像をよそに、電子音は続く。
「今回のことは、あまりにも重大事だ。現在各国は、引力者の存在を公表する構えだ」
「えっ……」
場がどよめいた。「偽装」を旨とされるYGTの存在が、公表される……?
「一人の引力者の存在をひた隠しにしたとて、事態は悪化するのみだという判断だ。そこで、W5評議会として、YGT財団に命ずる」
背筋を伸ばし、下命を聞いた。
「引力者による攻撃を防御し、引力者を排除せよ。自衛隊も、武力行使で臨む。こちらも、全兵力をもってして、引力者から無辜の市民を守れ。普段の任務とは趣を異にするが、人々の日常を守るという目的は変わらない。このことを肝に銘じ、全力で任務にあたれ。以上だ」
「はっ!」
全員の声が揃った。そして、W5評議員は会議から退出した。残された財団職員は、静かな興奮に満ちていた。

対策研究員と隠蔽作業員は引力者の調査・分析にあたり、機動部隊員が実地対応を受け持つことがすぐに決定した。剣崎元帥の号令で、機動部隊内での役割も割り振られた。現在沖縄本島にいる第十二分隊と第二十七分隊が、避難民の誘導および引力者の捜索、戦闘準備を行う。佐賀にいる第十九分隊と、東シナ海で演習中の第三分隊海上部隊も応援に来る。一方で、沖縄以外での備えも怠れない。次もまた引力者が沖縄に出現するとは限らないからだ。各地の分隊は、日本各地に散らばり、状況に応じて応援派遣させる。

狭い沖縄本島に、二つも分隊がいたのは幸運だった。第十二分隊は沖縄に駐屯しているから当然なのだが、遊軍として駆け回っている第二十七分隊がここに居合わせたのは全くの偶然だ。ロックイーターのおかげだな、と浩司は思う。

会議は終了した。第二十七分隊は、那覇の南を担当することになった。電話で分隊の皆にその旨を伝え、浩司は樋口と共に立ち上がった。

8月13日23時19分 神代晃平[編集 | ソースを編集]

寝息を立てる葵を抱いた椿と並んで、晃平は歩いていた。国道58号を国場川沿いに南下し、大きなショッピングモールの横を通過した。少し先で川は本流と合流し、右手の海に注いでいる。周りには、同じ方向に歩く人々が大勢いた。皆うつむき、幽鬼のように黙して行進している。車道は自動車でぎゅうぎゅうに満ち、ほとんど動かない。3時間ほど前に戦場と化した場所。そこからとにかく離れようと、あてもなく彷徨っているのだ。もっとも、晃平たちの事情は少し異なっていたが。

那覇の中でも都会といえるこの一帯は、普段ならこの時間でも灯りは少なくないのだろう。コンビニやパチンコ店のネオン、街灯も多い。しかし、今は違う。先の事変で多くの電線が寸断され、那覇市一帯が停電しているのだ。避難民を誘導しようと、警察や自衛隊が各所でサーチライトを焚いている。しかしそれだけで足元をちゃんと照らすことはできず、人々は皆、携帯のライトを地面に向けながら黙って避難を続けるのだった。日常と完全にかけ離れた風景で、ややもすれば、自分は夢を見ているのではないかという心持ちになる。

また、パトカーや自衛隊の車両、果ては戦車までもが道路にいて、睨みを利かせているところもあった。そして、そんな場所を通るたびに、晃平はひどく緊張するのだった。今にも、迷彩服を着た男たちに捕まるのではないか、いや問答無用で撃ち殺されるのではないか、と不安になる。もはや、晃平は肉体的によりも精神的にずっと疲れていた。

唐突に、晃平の手の中のスマホが震動した。ライトを切って画面を覗く。見覚えのある番号からの着信だった。
「もしもし?」
「やあ、夜分遅くにごめんね。僕さ、アンドレだよ」
 5日前、晃平のもとにこの日本語が堪能な若者から連絡が来た。晃平をグラビティ持ちと看破し、自分たちの仲間になるよう要求してきたのだ。彼によれば、世界中の同様の能力者が集まり、組織を作っている。そして、諸国に宣戦布告しようとしているというのだ。これには、腰を抜かした。しかし、『君が敵になるくらいなら、僕たちは君をまず殺す』と脅迫されれば、要求に従わざるを得なかった。連れてきていいのは妻と息子のみ、5日後に沖縄に迎えを寄越す、と一方的に伝えられ、ここまで来たのだ。しかし、こんな事態になってしまうとは。


「コーヘイ、やってくれたねえ」
アンドレの声は、しかし弾んでいるように聞こえた。
「正直、こっちは大混乱だよ。謎の戦力が一番槍を取っちゃったし、ストラテジーを最初から練り直さなきゃいけないし、予定を前倒しにして宣戦布告をしちゃうっぽいし、でもでも、何より驚愕と衝撃と尊敬が渦巻いてるよ!」
口を挟む間もなく、アンドレは矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
「何だい、あれは⁈ グラビティを使って巨人の体を作る? 誰も思いつかなかったアイデアだ! それだけじゃない、あれを実現するグラビティの強さは、僕らの中でも持っているやつはそういない。つまり、君のパワーは僕らの組織でも屈指ってことだ! すぐに幹部になれるよ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あれは、アクシデントだったんだ。その、攻撃に加担しようとしたわけじゃない。それに、大きな誤解があるよ……」
周りの人に聞こえないよう、声を潜めて反論しようとするが、ハイな声に遮られる。
「いいんだよ、言い訳は。だって、君のしたことは正しいことなんだから。いいかい? 僕らグラビティ使いは、選ばれし存在なんだ。常人の命なんて、気にすることはない。選ばれた存在が、そうでない存在を統べるべきだ。これから僕らがやることは、その偉大なる一歩目なんだ! その本当に最初の栄えある嚆矢を、君が放ったってわけさ」
晃平には、アンドレの主張は理解できないし、危険なものだとも思う。しかし、家族の安全のためには、この男に保護されないといけないのだ。たとえ他の全人類を見放しても。
「そうだそうだ、本題を忘れてた。今、世界中の軍が目を皿のようにして君を探し回っている。そうだろ?」
あちらこちらに見える自衛隊の隊員たちが、全員俺を捕らえようと、いや殺そうとしている。わかっていたことだが、改めて他人からその事実を突きつけられると、やはり恐ろしい。
「僕らとしては、捕まったり殺されたりする前に、君をピックアップしたいわけだ。そこで、僕らは今、急いでそっちに向かっている。約束の時間を、何時間か早める。朝の6時だ。場所は変わらず。いいね?」
「……わかった。6時だな」
「じゃ、頑張って生き延びてね!」

電話は切られた。ひどく疲れたような気分になる。椿が物問いたげに見てくるので、耳元に口を寄せ、予定が変わったことをそっと囁いた。もともと曇っていた椿の顔が、さらに沈痛に歪む。仕方のなかったこととはいえ、結果として多くの人の命が奪われてしまった。そのことに、椿は心を痛めているのだ。

しかし、当局に出頭したとて、アンドレたちの組織の追跡と攻撃から逃げられる気はしなかった。葵を守るには、こうするしかなかったのだ。それに、今となっては引き返すことができない。トロッコは走り出してしまった。もう、このレールを最後まで走り切るしか、助かる道はないのだ。

明らかに憔悴している椿の腕から、葵を抱き上げる。幼子の熱い体温が胸に伝わってきた。朝6時までに、約束の場所へと辿り着かなくてはならない。どこか道路が機能している場所まで歩いて、タクシーを拾わなければ。

心に湧き立つ暗雲を閉じ込め、前を向いたとき、橋の上で群衆に目を向けている自衛隊員が見えた。迷彩服に身を包んだ何人かが、こちらの方を見ている。うち一人は、スコープのようなものを目に当てている。

ふと、晃平は気づいた。あいつらはこちらに漠然と視線を向けているのではない。を見ているのだ。気づかれている

スコープを取った男と、まともに目が合った。精悍な顔つきで、こちらを見つめている。彼は、目を逸らさぬまま横の隊員に何事か告げた。隊員は奥の方へと走っていく。

晃平は立ち止まった。椿が驚いて足を止める。周りの群衆は、一瞬迷惑そうな顔をするが、構わず横をすり抜けていく。
「どうしたの?」
「気づかれた」
手短に答えると、椿は息を呑んだ。数十メートル先の隊員を見つめたまま、抱いていた葵を椿に突き出す。
「今度は、瀬長島で待ち合わせだ。後ろに走って、大きく迂回して向かえ。2時までに俺が来なかったら、先に行っててくれ」
「……でも!」
「葵を頼む」
目を合わせ、微笑んでみせる。何か言いたげだった椿も、覚悟を決めたように頷いた。葵を抱きしめ、人の流れに逆らって走り去っていく。
晃平は前方へと視線を戻した。たくさんの人々の頭越しに、男と目が合う。

葵を守る。そのためなら、何にだってなってやろう。……巨人にだって。晃平は走り出す。

8月13日23時22分 城島浩司[編集 | ソースを編集]

「分隊長! 不審な通話を傍受しました!」
セカンドショップの格好をした財団の小基地の中。一人の通信員が叫んだ。声には隠し切れない興奮が顕れている。
「最初から聞かせろ。手空きの者は話者の特定を急げ」
短く告げると、通信員はヘッドセットを渡してきた。それをつけると、数分前の録音が耳に飛び込んできた。
『もしもし?』『やあ、夜分遅くにごめんね。僕さ、アンドレだよ』
アンドレとコーヘイという二人は、それから2分半にわたって話していた。ハイに長広舌をふるうアンドレと、押し殺した声で返答するコーヘイ。彼らの通話内容は、衝撃的だった。コーヘイという男が、先刻現れた引力者であることは間違いないだろう。そして、アンドレはそのバックにいる引力者の組織の人間で、コーヘイと接触を図っている。
何より、通信が傍受できたということは、どちらかがここ付近にいるということだ。おそらくは件の引力者の方が。
「分隊長! 通話していた人物が見つかりました!」
「間違いないか?」
「はい。監視カメラに記録された唇の動きと、傍受した通話内容が、完全に合致しました」
「よし、どこだ?」
通信員は壁に貼られた周辺地図の一点を指した。ここから目と鼻の先だ。
「現在、国道58号線を南下中。ちょうど我々の方へ接近しています」
「肉眼で確認する。ついて来い」

浩司は外へと出た。夜気が服越しに肌を刺す。
国場川に架かる明治橋。そこの片方の車線を占有し、第二十七分隊は警戒任務にあたっていた。その先頭へと行き、怯えながら避難する群衆に目を向ける。
「正面に見える、赤ん坊を腕に抱いている男です」
通信員に言われて、浩司はその男に目を留めた。疲れ切ったような顔で、俯きながら歩いてくる。横には、男の妻らしき人物もいる。
あの男が、引力者なのか。浩司は部下からサーモグラフィーを受け取った。ついさっき、米国からの情報として本部から連絡があった。なんでも、引力者は能力を発動すると、体温が上昇するらしい。そういうわけで、隊の設備をひっかき回して、スコープ型のサーモグラフィーを一つだけ見つけてきたのだ。そこら中の物を手当たり次第に引き寄せ巨人となった引力者は、さぞ体温が上がっているだろう。
浩司はサーモグラフィーを目に当て、およそ100メートル先の人影を見遣った。結果は、火を見るより明らかだった。男の体の中心部、心臓の辺りが特に赤くなっている。
サーモグラフィーを外し、肉眼で男を見つめる。向こうもこちらの動きを感じ取ったのか、男は立ち止まってこちらを見据えていた。目を逸らさぬまま、傍らの通信員に手早く指示する。
「対象人物を発見した。本部に連絡しろ」
通信員が走り去り、そのまま浩司は振り返ってハンドサインを送った。橋に待機していた隊員が、一斉に動き出す。浩司はまた男に向き直った。