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 白坂氏は、調査隊を自宅に招き、こう語った。彼の深い皺には、往年の苦労が刻まれているようだ。
 白坂氏は、調査隊を自宅に招き、こう語った。彼の深い皺には、往年の苦労が刻まれているようだ。


「私たちは、それは仲のいい家族でしたよ。私と女房、それに一人息子の三人で、笑顔の絶えない家庭だった。やがて息子が結婚し、実家を出ていくと、少し寂しくなりましたけどね、時々孫のアヤカを連れて遊びに来るんです。それがもう、お爺ちゃんとお婆ちゃんには嬉しくてたまらないんですよ。アヤカはよく懐いてくれました。おもちゃも沢山買ってあげましたよ。お嫁さんもいい人でねえ、うちの女房と会ったその日から友達みたいに仲良くなって。こんな幸せがずっと続くと思っていた。……しかし、そうはならなかったんです」
「私たちは、それは仲のいい家族でしたよ。私と女房、それに一人息子の三人で、笑顔の絶えない家庭だった。やがて息子が結婚し、実家を出ていくと、少し寂しくなりましたけどね、時々孫の綾香を連れて遊びに来るんです。それがもう、お爺ちゃんとお婆ちゃんには嬉しくてたまらないんですよ。綾香はよく懐いてくれました。おもちゃも沢山買ってあげましたよ。お嫁さんもいい人でねえ、うちの女房と会ったその日から友達みたいに仲良くなって。こんな幸せがずっと続くと思っていた。……しかし、そうはならなかったんです」


 調査隊も、重い空気を感じ取った。白坂氏は、固く拳を握りしめて続ける。
 調査隊も、重い空気を感じ取った。白坂氏は、固く拳を握りしめて続ける。


「忘れもしない、11年前のことです。一家で夏祭りに行った日だった。アヤカはもう九歳になっていました。花火を見たり、出店で遊んだりして、夜も遅いしそろそろ帰ろうか、となった時、アヤカがトイレに行きたいと言い出したんです。ちょうど私の女房もトイレをしたかったから、息子夫婦が車を取りに駐車場に行く間に、私と女房でアヤカをトイレに連れて行くことになりました。私は女子トイレの前のベンチで待っていましたよ。するとね、女房が真っ青な顔で出てきて、『アヤカがいない!』と言ったんです。
「忘れもしない、11年前のことです。一家で夏祭りに行った日だった。綾香はもう9歳になっていました。花火を見たり、出店で遊んだりして、夜も遅いしそろそろ帰ろうか、となった時、綾香がトイレに行きたいと言い出したんです。ちょうど私の女房もトイレをしたかったから、息子夫婦が車を取りに駐車場に行く間に、私と女房で綾香をトイレに連れて行くことになりました。私は女子トイレの前のベンチで待っていましたよ。するとね、女房が真っ青な顔で出てきて、『綾香がいない!』と言ったんです。


 どうやらトイレは相当混雑していたみたいで、女房が用を済ませて出てくると、もうアヤカの姿は見えなかったらしい。……それから私たちは必死でアヤカを捜しました。もちろん、警察も必死で捜してくれました。それなのに、一日経っても、二日経っても、アヤカは見つかりませんでした。誘拐されたんです。女房は、自分のせいだと言って、息子夫婦に泣いて謝りました。しかし、トイレの外にいた私が注意していたら、こんなことにはならなかったかもしれない。息子夫婦は私たちを責めるようなことはしませんでしたが、とにかく、あの日を境に、家族はバラバラになってしまったんです」
 どうやらトイレは相当混雑していたみたいで、女房が用を済ませて出てくると、もう綾香の姿は見えなかったらしい。……それから私たちは必死で綾香を捜しました。もちろん、警察も必死で捜してくれました。それなのに、一日経っても、二日経っても、綾香は見つかりませんでした。誘拐されたんです。女房は、自分のせいだと言って、息子夫婦に泣いて謝りました。しかし、トイレの外にいた私が注意していたら、こんなことにはならなかったかもしれない。息子夫婦は私たちを責めるようなことはしませんでしたが、とにかく、あの日を境に、家族はバラバラになってしまったんです」


 日本では、毎年千人を超える児童が行方不明になっている。その多くはわずか数日で発見されるが、中には何十年経っても消息がつかめない例もあるのだ。アヤカちゃんも、失踪から12年が経った今なお、その行方はおろか生死すら分かっていない。
 日本では、毎年千人を超える児童が行方不明になっている。その多くはわずか数日で発見されるが、中には何十年経っても消息がつかめない例もあるのだ。綾香ちゃんも、失踪から12年が経った今なお、その行方はおろか生死すら分かっていない。


「それからは、捜査の進展も全くなく、息子夫婦とはどんどん疎遠になっていきました。……本題はここからです」
「それからは、捜査の進展も全くなく、息子夫婦とはどんどん疎遠になっていきました。……本題はここからです」
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 我々は、いっそう身を引き締めて話に聞き入った。
 我々は、いっそう身を引き締めて話に聞き入った。


「最後に息子夫婦に会ったのは、あれから一年ほど経った後です。どうやら息子夫婦はその時、『関東地方誘拐被害児童の家族の会』という団体に入会したみたいでしてね、私らに、『アヤカに関係する物がもし残っていたら、渡してほしい』と言うんです。話を聞いてみると、どうやら彼らの会では、『セキホウ』……『痕跡』の『跡』に『奉納』の『奉』で、『跡奉』です。そういう取り組みを行っているらしく、被害児童の持ち物や服などを会に納めて、無事に帰ってくることをお祈りするんだそうです。正直、少し……きな臭さというか。そういうものを感じなかったわけではありませんが、特に拒む理由もないと思って、アヤカのために置いてあった箸や食器を渡しました。
「最後に息子夫婦に会ったのは、あれから一年ほど経った後です。どうやら息子夫婦はその時、『関東地方誘拐被害児童の家族の会』という団体に入会したみたいでしてね、私らに、『綾香に関係する物がもし残っていたら、渡してほしい』と言うんです。話を聞いてみると、どうやら彼らの会では、『セキホウ』……『痕跡』の『跡』に『奉納』の『奉』で、『跡奉』です。そういう取り組みを行っているらしく、被害児童の持ち物や服などを会に納めて、無事に帰ってくることをお祈りするんだそうです。正直、少し……きな臭さというか。そういうものを感じなかったわけではありませんが、特に拒む理由もないと思って、綾香のために置いてあった箸や食器を渡しました。


 それからまた一年くらいした後、警察から電話が来ました。アヤカの件で何か進展があったのかと思いましたが、そうではありませんでした。……息子夫婦の死体が、発見されたんです。それも、遠く離れた栃木県の○○山に埋められた状態の、明らかな他殺体だったそうです。私も女房も、愕然となりました」
 それからまた一年くらいした後、警察から電話が来ました。綾香の件で何か進展があったのかと思いましたが、そうではありませんでした。……息子夫婦の死体が、発見されたんです。それも、遠く離れた栃木県の○○山に埋められた状態の、明らかな他殺体だったそうです。私も女房も、愕然となりました」


 白坂氏は大きな呼吸を置いて、再び話し始めた。
 白坂氏は大きな呼吸を置いて、再び話し始めた。
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 白坂氏の語気が荒くなる。
 白坂氏の語気が荒くなる。


「すみません、少し取り乱してしまいました。とにかく私は、あの『家族の会』がどんなものだったのか、そして息子夫婦の身に何があったのかを、ただ知りたいんです。……しかし、警察には依頼できない。こんな田舎ですからね、『あの息子夫婦はキチガイのカルト信者だった』だとか、まず間違いなく近所で噂が立ってしまうでしょう。女房がこの手紙を隠していたのも、きっとそのためだったんです。これ以上、不幸な、かわいそうな息子夫婦の顔に、泥を塗りたくなかったんです。
「すみません、少し取り乱してしまいました。とにかく私は、あの『家族の会』がどんなものだったのか、そして息子夫婦の身に何があったのかを、ただ知りたいんです。警察にはこの手紙のことを伝えましたが、捜査はやはり進展しないようだし、『家族の会』のことを聞いても教えてくれません。……しかし、下手に堂々と情報を募ることはできない。こんな田舎ですからね、『あの息子夫婦はキチガイのカルト信者だった』だとか、まず間違いなく近所で噂が立ってしまうでしょう。女房がこの手紙を隠していたのも、きっとそのためだったんです。これ以上、不幸な、かわいそうな息子夫婦の顔に、泥を塗りたくなかったんです。


 本当にわがままで、愚かなお願いだということは百も承知です。聞けば、あなた方の雑誌では、実際に未解決事件を扱い、行き詰っていた捜査を進展させたこともあるらしい。……あれから九年経って、ようやく尻尾を掴めたんだ。しかし、こんな老いぼれ一人には何もできやしません。……どうか、お力を貸していただけないでしょうか」
 本当にわがままで、愚かなお願いだということは百も承知です。聞けば、あなた方の雑誌では、実際に未解決事件を扱い、行き詰っていた捜査を一段進展させたこともあるらしい。……あれから九年経って、ようやく尻尾を掴めたんだ。しかし、こんな老いぼれ一人には何もできやしません。……どうか、お力を貸していただけないでしょうか」


 そう言って、白坂氏は頭を下げた。「となりのオカルト調査隊」は、もとより社会の裏を扱うエキスパート集団である。かくして我々は、白坂氏の素性を全面的に隠匿しながらも、この謎多きカルトの正体に迫るべく、調査を開始することにしたのだ!
 そう言って、白坂氏は頭を下げた。「となりのオカルト調査隊」は、もとより社会の裏を扱うエキスパート集団である。かくして我々は、白坂氏の素性を全面的に隠匿しながらも、この謎多きカルトの正体に迫るべく、調査を開始することにしたのだ!
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===2014年6月号掲載「カルトに洗脳された妻……夫が覗いた怪しい施設の闇とは」===
===2014年6月号掲載「カルトに洗脳された妻……夫が覗いた怪しい施設の闇とは」===


 先月号、調査依頼を受け、我々は『関東地方誘拐被害児童の家族の会』の調査を開始した。その過程で連絡を取ることができたのが、群馬県在住の北口和也氏(41歳男性・仮名)である。
 先月号、調査依頼を受け、我々は『関東地方誘拐被害児童の家族の会』の調査を開始した。その過程で連絡を取ることができたのが、茨城県在住の北口和也氏(41歳男性・仮名)である。


「こんな狭いアパートで、すいませんね」
「こんな狭いアパートで、すいませんね」
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 どこか遠くを見つめるように、北口氏は語る。
 どこか遠くを見つめるように、北口氏は語る。


「きっかけになったのは、入学して半年ほど経って、学校にも慣れてきた頃でした。それまでは私たちが娘の送り迎えをしていたんですが、娘がある日『友達と一緒に登下校したい』と言い出したんです。家も近かったし、通学路も人通りが多かったので、私たちはそれを認めてあげることにしました。……あの時の自分の判断を、13年経った今でも強く悔やんでいます。娘はそのせいで、誘拐されてしまったんです。
「きっかけになったのは、入学して半年ほど経って、学校にも慣れてきた頃でした。それまでは私たちが娘の送り迎えをしていたんですが、娘がある日『友達と一緒に登下校したい』と言い出したんです。家も近かったし、通学路も人通りが多かったので、私たちはそれを認めてあげることにしました。それから毎日娘は楽しそうに、友達と一緒に登下校をしていたのですが……あの時の自分の判断を、13年経った今でも強く悔やんでいます。娘はそのせいで、誘拐されてしまったんです。


 そして、ついにあの日……私たちは知らなかったんですが、いつも一緒に登校する約束をしていた友達が風邪で休んでいたみたいで、娘は一人で学校へ向かっていたらしいんです。そしてその途中で、誘拐されてしまった。娘が来ていないという連絡を学校から受けて、血の気が引きましたよ。警察にも連絡して、大規模な捜査が始まりましたが、一向に娘は見つかりませんでした。私も妻も、焦りと後悔で、パニックに陥りました。……そんなとき、妻が知ったのが、あの『家族の会』だったんです」
 そして、ついにあの日……私たちは知らなかったんですが、いつも一緒に登校する約束をしていた友達が風邪で休んでいたみたいで、娘は一人で学校へ向かっていたらしいんです。そしてその途中で、誘拐されてしまった。娘が来ていないという連絡を学校から受けて、血の気が引きましたよ。警察にも連絡して、大規模な捜査が始まりましたが、一向に娘は見つかりませんでした。私も妻も、焦りと後悔で、パニックに陥りました。……そんなとき、妻が知ったのが、あの『家族の会』だったんです」
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 「跡奉」――前回の依頼人も話していた、「家族の会」での儀式だ。誘拐の被害にあった児童の残した物を納め、無事に帰ってくることを祈るものだという。
 「跡奉」――前回の依頼人も話していた、「家族の会」での儀式だ。誘拐の被害にあった児童の残した物を納め、無事に帰ってくることを祈るものだという。


「正直、怖いな、って思ったんです。もちろん、娘の物は『跡奉』のために一旦置いているだけであって、持ち帰ること自体はいつでもできると言っていました。しかし、妻はあの時、本当に娘の持ち物をすべて持って行こうとしているくらいの気持ちに見えました。何というか、とにかく、異様だったんです。……でも、妻の話を聞く限りでは、『家族の会』は良い団体です。だから、ある日曜日、不安な気持ちを払拭するために、私も妻と一緒に『家族の会』の施設に行ってみることにしたんです。
「正直、怖いな、って思ったんです。娘の物は『跡奉』のために一旦置いているだけであって、持ち帰ること自体はいつでもできると言っていました。しかし、妻はあの時、本当に娘の持ち物をすべて家から消し去ろうとしているくらいの気持ちに見えました。何というか、とにかく、異様だったんです。……でも、妻の話を聞く限りでは、『家族の会』は良い団体です。だから、ある日曜日、不安な気持ちを払拭するために、私も妻と一緒に『家族の会』の施設に行ってみることにしたんです。


 カーナビに従い、数時間ほど車を運転して着いたのが、彼らが『本館』と呼んでいる建物でした。東京と言っても、かなり田舎の方で、近くの道路も往来はまばらでしたね。木々に囲まれた『本館』の外見は、コンクリートの打ちっぱなしの直方体といった感じで、シンプルなつくりになっていました。しかし、中に入ってみると、意外に重厚感のある内装で驚いたのを覚えています。壁は落ち着きのあるクリーム色で塗られていて、小さいシャンデリアのようなものが天井に吊り下げられていました。そこで妻に紹介してもらったのが、『家族の会』の代表という立場にあるらしい、アミさんという同年代くらいの女性でした。アミさんによれば、この建物は『家族の会』の先々代、すなわち四代目の代表が、被害者家族たちの憩いの場となるようにと造り上げたものだそうです。
 カーナビに従い、数時間ほど車を運転して着いたのが、彼らが『本館』と呼んでいる建物でした。東京と言っても、かなり田舎の方で、近くの道路も往来はまばらでしたね。木々に囲まれた『本館』の外見は、コンクリートの打ちっぱなしの直方体といった感じで、シンプルなつくりになっていました。しかし、中に入ってみると、意外に重厚感のある内装で驚いたのを覚えています。壁は落ち着きのあるクリーム色で塗られていて、小さいシャンデリアのようなものが天井に吊り下げられていました。そこで妻に紹介してもらったのが、『家族の会』の代表という立場にあるらしい、アミさんという同年代くらいの女性でした。アミさんによれば、この建物は『家族の会』の先々代、すなわち四代目の代表が、被害者家族たちの憩いの場となるようにと造り上げたものだそうです。
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「明らかに異常だとか、そういったことは断言できません。自分のきょうだいが誘拐された子供が、精神的に不安定になって泣いているだけなのかもしれないし、同じくストレスを感じている親にも、泣いている子供の世話をする余裕が無かったのかもしれない。だから私は、口を出せませんでした。でも、本能的なものなのでしょうか、子供の泣き声をずっと聞いていると、言いようのない不安でくらくらしてきて、ここにはいられないと思いました。妻に『もう帰ろう』と言うと、妻は大人しく、『分かった』とだけ答えました。……それから、アミさんにあいさつをして、二人で車に乗り込んだときでした。妻がいきなり、思い出したように『ちょっと別館に行ってくる』と言ったんです。『すぐ戻ってくるから車で待っていてもいい』と言われた私は、もうこの施設に近づきたくなかったので、言われた通りに車で待っていました。
「明らかに異常だとか、そういったことは断言できません。自分のきょうだいが誘拐された子供が、精神的に不安定になって泣いているだけなのかもしれないし、同じくストレスを感じている親にも、泣いている子供の世話をする余裕が無かったのかもしれない。だから私は、口を出せませんでした。でも、本能的なものなのでしょうか、子供の泣き声をずっと聞いていると、言いようのない不安でくらくらしてきて、ここにはいられないと思いました。妻に『もう帰ろう』と言うと、妻は大人しく、『分かった』とだけ答えました。……それから、アミさんにあいさつをして、二人で車に乗り込んだときでした。妻がいきなり、思い出したように『ちょっと別館に行ってくる』と言ったんです。『すぐ戻ってくるから車で待っていてもいい』と言われた私は、もうこの施設に近づきたくなかったので、言われた通りに車で待っていました。


 しかし、一つだけ気になることがありました。『別館』の場所です。入って来た時、正面から見たこの施設には、『本館』しか建物がありませんでしたし、『本館』の裏手にある駐車場からも、『別館』は見当たりませんでした。不思議に思って、妻が歩いて行った方向をリアガラス越しに見た瞬間、ぞっとしましたよ。『本館』裏の、何もない、ただの地面に向かって、妻が険しい顔で何かを叫んでいるんです。目が合いそうになったので、慌てて前を向きなおしました。……その後、何事も無かったかのように助手席に乗ってきた妻は、本当に僕の知る妻なのかと、ひどく恐ろしくなりました」
 しかし、一つだけ気になることがありました。『別館』の場所です。入って来た時、正面から見たこの施設には、『本館』しか建物がありませんでしたし、『本館』の裏手にある駐車場からも、『別館』と呼ぶべき建物は見当たりませんでした。不思議に思って、妻が歩いて行った方向をリアガラス越しに見た瞬間、ぞっとしましたよ。妻は『本館』のすぐ裏で、地面の方を向いて、険しい顔で何かを叫んでいたんです。目が合いそうになったので、慌てて前を向きなおしました。……その後、何事も無かったかのように助手席に乗ってきた妻は、本当に僕の知る妻なのかと、ひどく恐ろしくなりました」


 北口氏が感じただろう、愛する妻への恐怖は、相当なものだったらしい。北口氏の表情は、過去の回想の中であってさえ、恐ろしげに歪んでいた。
 北口氏が感じただろう、愛する妻への恐怖は、相当なものだったらしい。北口氏の表情は、過去の回想の中であってさえ、恐ろしげに歪んでいた。
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 目線を落として、北口氏は続ける。
 目線を落として、北口氏は続ける。


「消息を絶ってから二週間後のことでした。娘は、他殺体で発見されました。首を絞められて……川に沈められていたそうです。その後すぐ、犯人も逮捕されました。娘は通学路で、車に乗せられて連れ去られ、その後すぐ……。すいません。まだ、このときの話は、うまくできません。とにかく、娘はもういない。もういないということが、分かったんです。分かってしまったんです。それなのに、それなのに、妻は……まだ、あの団体で、『娘は戻ってくる』と、言い続けたんです! 必死に説得しました。私もつらかった。でも、妻もつらかったんでしょう。そのせいで、あんなことになってしまったのかもしれない。でも、妻は、妻は……」
「消息を絶ってから二週間後のことでした。娘は、他殺体で発見されました。首を絞められて……川に沈められていたそうです。その後すぐ、犯人も逮捕されました。娘は通学路で、車に乗せられて連れ去られ、その後すぐ……。すいません。まだ、このときの話は、うまくできません。とにかく、娘はもういない。もういないということが、分かったんです。分かってしまったんです。それなのに、それなのに妻は……まだ、あの団体で、『娘は戻ってくる』と、言い続けたんです! 必死に説得しました。私もつらかった。妻もつらかったんでしょう。そのせいで、あんなことになってしまったのかもしれない。でも、妻は、妻は……」


 調査隊は、北口氏の目に涙が浮かんでいることに気づいた。
 調査隊は、北口氏の目に涙が浮かんでいることに気づいた。
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 北口氏が戸惑って黙っている間に、電話は切れてしまったという。普通に考えればただの間違い電話だが、老人といえば、先月号の話に出てきた「まがいじじい」を連想してしまう。この奇妙な出来事は、我々の取材に何かしらのつながりを持っているのだろうか? オカルト記者としては、つい勘ぐってしまうところだ。
 北口氏が戸惑って黙っている間に、電話は切れてしまったという。普通に考えればただの間違い電話だが、老人といえば、先月号の話に出てきた「まがいじじい」を連想してしまう。この奇妙な出来事は、我々の取材に何かしらのつながりを持っているのだろうか? オカルト記者としては、つい勘ぐってしまうところだ。
===2014年7月号掲載「カルト団体に陥れられた夫婦! 間一髪の脱出劇」===
 先月号の発売後すぐ、我々のもとに一件のメールが届いた。送り主は群馬県在住の谷美咲氏(37歳女性・仮名)であり、彼女はあの『家族の会』の施設に夫婦で足を踏み入れたことがあるという。谷氏は取材に快く協力してくれた。
「あれは、加奈がまだ10歳の時でした。加奈は大人しい子で、休日はいつも家で本を読んで過ごしていました。でも、私たち夫婦はアウトドアが好きで、出会ったのも富士山の山頂なんですよ(笑)。だからあの日は、確か三連休だったから、家族でキャンプに行こうって決めたんです。今思えば、そのせいで……。ううん、そんなこと今になって言ったって、しょうがない話ですよね」
 これまで取材した二名と違って、谷氏の表情には悲しさの中にもどこか余裕があるように見える。谷一家は娘を失う悲劇を経験したが、夫婦の絆が引き裂かれることはなく、今は後に産まれた加奈ちゃんの弟・理央くんと共に満ち足りた暮らしを送っているそうだ。理央くんは我々調査隊に興味津々で、本棚にあったUMAの図鑑を見せてくれた。オカルトライターとしては、彼の将来は有望だと言わざるを得ない。
「私も夫も、加奈との思い出を、悲しいものにしたくないんです。加奈はおっとりしていたけど、時々思いがけないようなことをする子で、いつも家では笑いが絶えませんでした。だから理央にも、あんまり暗い話はしていません。むしろ面白いお姉ちゃんがいたことを覚えていてほしいな、って思うんです。それが、あの子の生きた証になるのかな、って」
 谷氏は顔を上げて続ける。
「すみません、前置きが長くなりましたね。とにかく……加奈はキャンプ場でいなくなってしまったんです。今でこそ私たちも落ち着いていますが、当時はもちろんパニックになって、警察の捜査を何もしないで待っていることに耐えられませんでした。そんな時、夫がどこかの雑誌から、あの『家族の会』の存在を知ったんです。私たちは、とにかく悩みや不安を誰かに打ち明けたくて、『家族の会』に連絡しました。その後すぐ、近所のカフェで会ってくれた会員の人は、同じ立場で、本当に親身になって私たちの話を聞いてくれました。私たちの味方はこの人たちしかいない、とまで思った記憶があります。……だけどそれは、人の弱みに付け込んだ、悪質なカルトへの勧誘だったんです」
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