利用者:Notorious/サンドボックス/消滅の悪魔

提供:WikiWiki
ナビゲーションに移動 検索に移動

第一章 めっちゃ危うい飛行機と死体

──十月十三日・真昼──

十月十三日午後一時、めっちゃ高級な旅客機に悲鳴が響き渡った。

六名しかいない(決して登場人物を考えるのが面倒だったわけではない。断じて。)乗客の一人、言伝ことづてのこすの遺体が発見されたのだ。

しかし、こういうミステリー小説にありがちな、何故か同乗している探偵、梅丹めいたんティコナンは、事件解決に乗り出した。

「えーと、まずは自己紹介をお願いします。」

この旅客機・かぐや号の中央キャビンの静寂を破ったのは、梅丹の一声だった。かぐや号は自動運転なので、現在機内に(生きて)いる六人がこの部屋に勢揃いしていた。

「僕は大流おおる来止らいと。何が起こってるのかわかんないけど、きっと大丈夫さ。」
「あたしは鳥尾とりお沙枝留さえる。犯人がわかったら、あたしが取り押さえるわ!」
「ワタシはウェアー・ガイシャ。ミスター・言伝を探していただけなのに、こんなことになるとはネ……。」
「私はほんかすみ……事件現場保全についての本、お貸ししましょうか……?」

「あの、そちらの警察の方も……。」
「私は卦伊佐けいさ通署つしょ。犯人はさっさと自首した方がいいぞ。」
「それにしても、よく滑走路を走るこの機に飛び移ろうと思いましたね」

そう、彼は通報を受け、給油のためにハワイ空港の滑走路にタッチアンドゴーしていたかぐや号に、車で並走しながら飛び乗ったのだ。その勇敢というより頭のおかしさに怯えている者は、決して梅丹だけではなかった。こんなことをした人間は、航空機が発明されてから300年以上経ったつい先ほど、初めて現れただろう。

ともあれ、まずは捜査だ、と梅丹は思った。

「まず、事件が発覚してから今までの流れを教えてください。」

「ワタシがまず話そうカ。」
ウェアーが話し始めた。
「ミスター・言伝とは、昨日仲良くなったから、気になっていたんダ。しかし、朝はおろか昼になっても、客室から出てこなイ。どこか別の部屋にいるのかと探していたんだが、結局は彼の客室にいるだろうと思って、さっきみんなと入ってみたというわけサ。」
「ところで、ガイシャさんは、どちらの方なんです?」
「タイ系アメリカ人だヨ。この飛行機で日本からアメリカに戻って、会社の経営に戻るんだ。」
その会社とは、とある悪名高いマフィア組織である。ウェアーがその首領であることは、皆知っている。ただ、怖いので言い出せない。

「ウェアーさんから事情を聞いて、僕と鳥尾さんが手伝ったんだ。」
大流が沈痛な面持ちで語り始めた。
「三人で言伝さんの客室に入ったんだ。鍵は掛かっていなかった。ドアを開けてすぐに、背中を刺された彼が倒れているのを見つけたよ。そのときすでに、大丈夫じゃなかったね……。」
楽観主義者は、悲しげに俯いた。さすがの彼も、乗客が殺されたという事実に対して「大丈夫さ!」と言い放つことはできないようだ。

「その時の悲鳴はあたしがあげたものよ。」
そう言う女子レスラーの鳥尾沙枝留は、(失礼かもしれないが)到底悲鳴などあげそうにない見た目をしている。
「言伝さんが死んでいるのは、すぐに確認できたわ。まったく、誰よあんなことしたの! あたしが取り押さえてやるわ!」
彼女の怒りに震える拳が、机の端を木っ端微塵にした。犯人であるかなど関係なく、その場の全員が震えた。犯人は取り押さえられる前に命を落とすに違いない。

「何か外が騒がしかったので、自分の部屋から出てきました……。」
本霞が、かぼそい声で話し始めた。
「事件が起こったと聞いて、皆さんと同じようにこのロビーに集まりました。警察に通報したのは私です。」
彼女は中学生で、今も濃紺のセーラー服に身をつつんでいる。しかし、迅速かつ落ち着いて通報してくれたのは、助かった。最近導入された7G通信に感謝だ。

「僕も本さんと同じように、騒ぎを聞きつけて部屋から出てきました。もっとも、現場をちらっと見ただけで、あまり探偵らしいことはできていないんですが。」
梅丹は肩をすくめた。この情報交換を終えたら現場検証をせねば、と思っている。

「最後は俺だな。通報を受けて、ちょうど空港にいたもんだから、急いでこの飛行機に乗り込んだ。どうやったかは、まあ皆見たとおりだ。」
レスラーの次に怖い警察官である。梅丹は犯人が鳥尾でない可能性を考え、身震いした。卦伊佐は事件が起きた後に機内に飛び込んできたため、無論犯人でない。だから、鳥尾以外の人物が犯人である場合、この機に居合わせた六人のうち、半分が異常者ということになる。
「後で現場の検分をさせてもらうぞ。」
「あ、僕もご一緒してもいいですか?」
「……あまりひっかき回すなよ。」
不承不承という感じだが、梅丹は許可を得ることに成功した。

さっそく卦伊佐と梅丹による現場の検分がなされることになり、他の面々を中央キャビンにおいて、二人は言伝の客室へと向かった。

第二章 言伝の言伝

卦伊佐は手袋をつけ、言伝の客室の扉を引き開けた。梅丹も同様に、白い手袋をつけている。

まず、錆のような血の匂いが鼻をついた。部屋は梅丹の客室と同じ構造で、ビジネスホテルの部屋に似ている。ただし、小さな窓から見えるのは、遥か下方をゆっくりと移動する雲である。部屋を入って手前左には、ユニットバスに通じるドア。左奥には、シングルベッド。右奥には、机と椅子。その上には開いたままのパソコンや飲み物がある。床には小ぶりなリュックサックが転がっている。

そして、その横、机の脇に、言伝遺の遺体 遺だけにね! は転がっていた。頭を部屋の奥に向け、仰向けに倒れている。その胸にはナイフが突き刺さり、シャツと床は血で赤く染まっていた。目は虚ろに、机の方を見ている。

卦伊佐は、死体の胸や瞳孔、肘などをチェックしていた。一通り死体の検分を終えたらしい。
「死因は胸の刺し傷だ。ただし、刺されてから少しの間、息はあっただろう。死後半日といったところだろうから、事件が発生したのは昨夜遅くだと思う。」
一方、梅丹は別のものに注意をひかれていた。
「血痕が、いろんなところに残ってますね。」
部屋の扉から死体が倒れているあたりまで、血痕が点々と続いている。さらに、机の上にも、血の手形が一つあった。
「察するに、被害者は扉付近で刺され、その後ここまで移動してきたみたいですね。」
「ああ、そのとおりだろうな。犯人はドアをノックして、ガイシャ──これはウィアーじゃなくて言伝のことだ──がドアを開けた途端、ブスリ。こんなところか。」
「気になるのは、机の血痕ですが……。」
梅丹は、机に近づいた。すると、あることに気がついた。

「卦伊佐さん、ちょっとこれ見てください!」
「なんだ、パソコンか? 今じゃ珍しい型だな。キーボード付きのタブレット型か……。」
「そうじゃなくて、ほら、画面に血痕がついてるんです!」
「うん? 本当だ。血のついた指で画面をタップした見たいだな。」
「そう、そうなんです!」
「だからなんだ?」
「言伝さんは、死に際に最期の力を振り絞って、画面をタップした。これはつまり……。」
探偵らしく、梅丹は宣言した。
ダイイングメッセージですよ!」

二人は、さっそくパソコンの調査に取りかかった。パソコンの画面はロックされているが、言伝が死んだときはそうではなかっただろう。パソコンのロックを解除しなくてはならない。幸い、この問題はすぐに解決した。卦伊佐が、死体の顔をカメラにかざし、網膜認証を突破したのだ。旧型のパソコンで助かった、と梅丹は胸を撫で下ろした。現在主流の静脈認証だったら、死体では反応しない。

パソコンはアンロックされると、すぐにある画面を映し出した。二人は顔を寄せ合ってその画面を覗き込んだ。それは、音楽の再生終了画面だった。地球上のありとあらゆる音楽が集う、馴染み深いサイト。画面中央には、「もう一度再生する」というボタン。その下には、シンプルなフォントで、数世紀前のそう有名でない曲の題名とアーティスト名が表記されていた。

いわく、

ド屑/歌愛ユキ なきそ

と。

第三章 会議は踊る、案の定進まず

かぐや号の乗客たちは、再び中央キャビンに集合していた。四角いテーブルを囲み、皆が席についている。そんな中、梅丹は現場検証でわかったことを余さず報告した。皆はそれぞれ、考え込んだり下を向いたり何か呟いていたりする。

議論の口火を切ったのは、梅丹だった。
「まず考えないといけないのは、動機ですね。誰か、言伝さんが殺される理由に心当たりはありませんか?」
得られた反応は芳しくなかった。
「そもそもが、たまたま同じ飛行機に乗り合わせただけの関係だからな……。」
「一応少しは話したけど、言伝さんのことを詳しくは知らないわ。」
「でも大丈夫です!」
「飛行機エンジニアらしいネ。」
「そういや、このかぐや号の設計にも関わったらしいです……。」
「Q-130型航空機、ですね。かぐや号もこの型です。僕もそう聞きました。」

そこで突然、卦伊佐が叫んだ。
「おい、言伝はQ-130型に詳しかったのか?」
「ええ、そう言ってましたが。」
「これは問題だな……だが、犯人の動機はわかった。」
「えっ、どういうことです?」
卦伊佐は、渋い顔をした。
「実は、このかぐや号には、移植に使われる心臓が積んであるんだ。」
「ええっ⁈」
「Q-130型は、下層に広い貨物室がある。心臓もそこだ。そして、その移植先が問題なんだ。なんと、エライセー次官なのさ。」
エライセー次官といえば、アメリカの超大物政治家だ。しかし、それだけに敵は多い。
「そしてもう一つ。このQ-130型航空機には、大きな弱点がある。23世紀に入って、飛行機の安全性はとても高くなっている。しかし、Q-130型は、内部からの攻撃に弱いことがつい最近明らかになったんだ。」
卦伊佐は、そこで一息おいた。
「外部からの攻撃には、従来通り高い防御性を発揮できる。だが、内部からいくつかの機械を壊しちまえば、Q-130型は簡単に墜ちちまう。」
「じゃあ、あたしたちも危ないってこと?」
「ああ。おそらく犯人の狙いは、エライセー次官の暗殺だ。そのために、移植用の心臓を運ばせない。そうするために、この飛行機を墜落させる。自分ごと、な。しかし、そこで思わぬ障害が現れた。」
「言伝さん、ですか。」
「その通りだ。彼なら、機械を壊しても直してしまうかもしれない。いや、機械を壊そうとしているとき、怪しまれて邪魔されるかもしれない。だから、犯人はまず言伝を殺すことにしたんだ。」なんて無理のある動機なんだ!

キャビンに、静寂が降りた。危険に晒されているのは、ここにいる全員なのだ。一刻も早く犯人を突き止めて、この恐ろしい計画を阻止しなければならない。

出し抜けに梅丹が叫んだ。
「そうだ、ダイイングメッセージ! これを解けば犯人がわかるはずだ!」
「ダイニング?」
「ダイイングメッセージ。死に際に遺すメッセージのことです。犯人を告発していることが多いんです。」
こうして、一同はダイイングメッセージの検討に移った。

梅丹は一同に、問題となる画面を見せた。
「履歴などを調査したんですが、言伝さんが今際の際にタブレットPCをタップして、この曲を再生したのは間違いないです。当時、画面にはいろんな曲のサムネイルが並んでいて、そのうちの一つ、この曲を選んでタップしたんです。」
「ならば、この曲がメッセージってことか……。」
「いや、歌手やアーティスト名の方がメッセージかもしれませんよ。」
「歌詞が問題じゃない?」
「『画面をタップすること』自体がメッセージだとしたら、どうしましょウ。」
「大丈夫です! 全部考えていけば、いつか正解に辿り着けます!」
「言伝は死にかけてたんだ。隣の曲を押そうとしたのに、手先が狂ってこれをタップしちまった、とかなら手の打ちようがないぞ。」
「『犯人はド屑だっ!』って言いたかったんじゃない?」
「なんて非生産的なメッセージなんダ。」
「案外そんな感じだったのかも……。」
「そもそもこの曲何? 聞いたことないわよ!」
「大昔、ボーカロイド草創期の曲ですからねえ。」
「ボーカロイドについての本、お貸ししましょうか……?」
議論は紛糾したが、説得力のある解釈は提示されなかった。

少し経って、議論はただの雑談と化していた。
「『かぐや号』って、月に行けそうな名前じゃない?」
「ほんとですネ。」
「今は昔、竹取の翁というものありけり、ってやつね。」
「懐かしい! 学校で覚えさせられましたねえ。」
「今は今じゃないんですか? ありけりって?」
「月のころはさらなり、だっけ?」
「アハハ、それは枕草子ですよお。」
「皿? なり?」
「でも古文なのは同じなので、大丈夫です!」

ここまでお読みになった読者の中には、何か違和感を抱いた人もいるかもしれない。そう、梅丹逞は古語を一切理解していないのだ。これは、ただ単に国語の授業を寝て過ごし続けたせいで、古語の存在を知らないからなのである。

何てダメなやつなんだ。

そうこうしているうちに、あっという間に夕方になった。

第四章 快刀乱麻を断つ(使いたいだけ)


第五章 古語を知らない探偵