利用者:Notorious/サンドボックス/コンテスト
酒谷市喫茶店殺傷事件 | |
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場所 | 古民家カフェ「道明庵」 |
日付 | 2023年4月2日 |
概要 | 喫茶店の開店祝いに集まっていた人々を殺傷した。 |
凶器 | 猟銃、日本刀 |
死者 | 18人(犯人を除く) |
生存者 | 2人 |
酒谷市喫茶店殺傷事件は、2023年4月2日に発生した無差別殺傷事件。
その場所と被害者数から、古民家カフェの惨劇と言われることもある。
犯人は、喫茶店にいた人々を孤立させた上で、凶行に及んだ。客のほとんどが命を奪われたが、事件発生から約一時間後に客の一人が実行犯の種岡光を返り討ちにすることに成功し、事件は終結した。
獲物
細い吊り橋を、遥か下方を流れる川のせせらぎを聞きながら渡る。細いといえど、人が余裕を持ってすれ違える程度の幅はある。さすがに車は通れないから、橋の袂の駐車場に駐めないといけなかったが。新しいもののようで、吊り橋につきものなスリルは味わわずに済みそうだ。
対岸に着くと、目の前に小洒落た建物が姿を現す。年季の入った茅葺きの屋根と木の壁。開放された玄関の前には幟が二本翻っており、「古民家カフェ 道明庵」「新規オープン」の文字が見てとれる。
僕が一昨年までお世話になっていた大家さん、野坂さん夫妻がこのたび古民家カフェをオープンした。不動産業でこつこつ蓄えた彼らは、遂に夫婦で店を経営するという積年の夢を叶えたのだ。僕が大学時代を過ごした下宿も売り払われて、これからはここの経営に専念するらしい。四十路を越えた野崎夫婦にとって、かなり大きな決断だが、そのぶん夢が叶った充実感も大きいだろう。
夫妻と親しくしていた僕にも、今日の開店祝いへの招待が来て、こうしてここを訪れている。ありがたいことだ。
正直なことを言えば、夫妻が大家をやめて店を開くと聞いて、不安に思わなかった訳ではない。閑古鳥の鳴く店内で二人が暗鬱な表情で帳簿を見ている光景を想像しなかったと言えば、噓になる。しかし、そんな心配は杞憂だと今は思っている。
何せ、立地が良い。このカフェは少々特殊な場所に建っている。峻険な断崖の中途に、ぽつんと張り出した平地があるのだ。丁度、まっすぐな壁に直方体の棚をぴったりとくっつけたような形だ。壁と棚の側面が崖で、棚の天板がここだ。天板に移るには、崖と反対側から、渓谷を渡らねばならない。それが、先ほどの吊り橋だ。
驚くべきことは、こんな不思議な地形が、駅のある中心街からさほど離れていないということだ。車で10分、歩いても30分ほどで着けるだろう。そのくせ、ごみごみした空気や人の気配は全く感じられず、山奥といった風情がある。交通の便がいいのに、田舎の雰囲気を十分に味わえる。こんな穴場スポット、どこで知ったんだか。
おまけに、秋には橋の向こうに見える紅葉が美しいという。4月の今は新緑が映えるが、ぜひ秋にも訪ねたいものだ。野崎夫妻の経営センスは、素人の僕なんかが心配する必要ないようで、安心した。
風にゆらめく暖簾をくぐると、沓脱ぎがあった。下駄箱に靴を入れ、板張りの廊下に靴下であがる。目の前にまっすぐ伸びる廊下と、左右にそれぞれ少し行ってから平行に伸びる廊下があるようだ。鳥瞰すれば、さしずめフォークの歯のようだろう。しかし、まっすぐな廊下は思っていたより長い。この古民家の広さの認識をアップデートする。何やら人の声が聞こえる奥の方へ向かおうとしたところで、お茶の乗った盆を持って出てきた野崎綾子さんと目が合った。
「あら和希くん、よく来たわねえ。さあさ、おいでおいで」
「綾子さん、お久しぶりです」
夫妻の妻の方、綾子さんは割烹着に足袋という出で立ちだった。会うのは二年ぶりのはずだが、この衣裳が似合いすぎて、むしろ既視感すら覚えるほどだった。
軽く挨拶を交わしながら、綾子さんに先導されてまっすぐな廊下を奥へと向かう。並んだ襖は松の意匠が施されたもので、和の雰囲気を感じさせる。家屋は古民家を改装したとは思えないような綺麗さだった。
廊下を突き当たると、建物の横幅いっぱいを占める大部屋があった。襖を開けて、畳のへりを跨ぐ。そこでは、大勢の人たちが寛いでいた。横に長い大部屋の中央には、やはり横に長い木の大机がある。人々はそれを囲んで、陽気に語らいあったり何かをつまんだりしていた。机の上には、和菓子や小料理、ちょっとした酒類も並んでいるようだ。時刻は午後五時前だが、ちょっと早い酒宴を開いているのだろう。
僕は見知った顔を見つけ、部屋の右隅に向かった。
「やあ、高島さん。久しぶりだね」
「上原先輩! ご無沙汰してます。いつぶりですかね?」
「多分二年ぶりかな。お隣よろしい?」
「どうぞどうぞ」
寄ってくれた高島の横に腰を下ろす。彼女、高島千佳はかつての隣人にして大学の元後輩だ。僕と同じく、野崎さんの下宿に住んでいたから、今日もここに呼ばれたのだろう。高島は僕の一つ下だから、この四月から新社会人のはずだ。そう聞くと、地元の中堅商社で働き始めるのだと少し不安そうに語った。
「大丈夫、すぐ慣れるさ」
「先輩は東京で銀行員してるんですよね?」
「ああ。だから今日は遅くなっちゃったよ」