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8月13日22時30分 城島浩司

この1時間余り、現場はてんてこまいだった。市街地に突如現れた外部存在。暴虐の限りを尽くしたそれは、多くの人的・物的損害を出したが、ほどなくして姿をくらませた。第二十七分隊は、被災地での救助活動にあたった。派遣された自衛隊や現地の消防団などと共に、怪我人を保護したり瓦礫の下に生き埋めにされた人々を助け出したりした。しかし、分隊長である浩司と、第一小隊長の樋口は、救助活動から離脱して会議に出席している。

財団は、各地に民家に見せかけた小基地を持っている。いかなる時、いかなる場所でも、突発事態に対応できるようにだ。そして、現場に近い小基地の中に、二人はいた。予告された時刻通りに、財団の秘密回線が開き、会議が始まった。

浩司と樋口は、白い椅子に並んで腰掛け、正面のスクリーンに目を向けていた。22時30分、それまで黒かったスクリーンに、突如としていくつかの人の姿が映し出された。その中には、機動部隊元帥・剣崎剛毅の姿もある。慌ただしく、財団の会議が始まった。

まず最初に、当該YGTの呼称が決定した。無論、上層部で既に決まっていたことを発表したに過ぎないのだろうが。YGT-362“引力者グラビティア”。それが、巨人に与えられた名前だった。

対策研究員がその旨を淡々と伝えると、被害の状況の確認に移った。第二十七分隊はバックアップを務めただけのため、話すことはなかったが、唯一巨人と交戦した第十二分隊の分隊長は、いろいろなことを報告した。部下を亡くしたばかりだというのに、財団も酷なことをさせるものだ、と浩司は思った。同時に、すぐに自分も同じ状況に追い込まれるかもしれないな、とも想像する。

被害状況は、甚大と言ってよかった。死者は確認が取れているだけでも52人。多くの犠牲者が瓦礫の奥深くに埋まっているであろうことを考えれば、死者数は300をくだらないだろう、というのが妥当な推測だった。負傷者は言わずもがな、それより多い。さらに、31戸の家屋が全壊、半壊以上の被害を受けたのは200戸を超えた。ゆいレールや国道330号線といった主要な交通基幹も被害に遭い、徒歩で避難を余儀なくされた民衆が那覇の街に溢れている。家を失った人々は周辺の避難場所──公園、小学校など──に身を寄せているが、それらの場所の人口密度はすごいことになっている。

一方、財団の被害は、第十二分隊航空部隊のA15ヘリコプター2機と、乗組員4名だった。軽微に聞こえるが、交戦した兵力が全滅したと捉えれば、大損害だ。話題は、YGT-362の分析に移った。

白衣を着た対策研究員が、今回の攻撃でわかったことを列挙していく。
「当該YGTは、高さ約23メートル。出現時には、半径300メートルに及ぶ重力異常を引き起こしました。周りの物を無制限に引き寄せることで、体を形作りました。体の内部に、引力を操る何者かがいるのか、それとも純粋に引力のみが発生しているのかは、現時点では不明です。また、確認された攻撃手段は、対象の吸引と、瓦礫を吸引して投げる投石の二種類。戦闘の様子から、引力者は引力のオン・オフを自在にコントロールできると推察されます」
誰かが手を挙げて質問した。
「出現時の吸引が終わった後も、体を形成する瓦礫が落ちなかったのはなぜだ?」
「おそらくですが、それらの瓦礫は恒常的に引き寄せるよう、力を操作していたのだと考えます。その上で、他の物も引き寄せられるのでしょう」
それからも、細々とした報告は続いた。放射線の反応は無し、現実改変および認識災害の兆候は無し、サーモグラフィーによれば首の辺りに熱反応が見られる、航空機による接近は危険ゆえ陸上部隊で対応すべき……。

その時、新たに一人が会議に参加した。遅れた参加者を見て、浩司は驚愕した。いや、人は見えなかった。見えないことに驚いた。画面には、黒地に三本の白い曲線が描く、人の顔のような図形。それは、W5評議員の印だった。

財団の職員でさえも、その正体を知る者は少ない。常習者最高の地位を占めるW5評議員。管理者に次ぐ権力を保持し、財団の実質的な最高諮問機関の、たった十人の構成員。そのうちの一人が、この会議に参加してきた。

浩司は、自らの心拍数が急上昇し、顔が紅潮していくのを感じた。おそらく、会議に参加している全員が同じ心地だろう。緊張、そして少しの高揚。平の職員が、W5評議員に接触する機会など、まず無い。浩司は、興奮を抑えられない。

前置きなしに、W5評議員の声が響いた。正確には、声を変換した電子音だが。
「YGT-362は、人間だ」
場は、静まりかえった。
「先刻の事件を受け、米国が接触してきた。彼の国は、引力者の存在を既に関知しており、調査を進めていた。彼らが言うには、こうだ」
浩司は唾を呑み込んだ。
「引力者は、異能を有した人間、平たく言えば超能力者だ。そして、引力者は世界各地に点在している。その能力の原理はわからない。引力者は科学の外にいるわけだから、YGTであることは間違いない。引力者について、一つ確かに言えるのは、彼らが互いに連係してきな臭い動きをしているということだ」
きな臭い動き? まさか……。
「引力者は、戦争の準備を進めているらしい。先刻の襲来は、その口火を切るものなのかもしれない。もしこれが正しければ、近々、引力者と人類の全面戦争が始まる可能性があるということだ。つまり、次なる攻撃の可能性は高い」
全面戦争。その言葉の重みが、じんわりと心に沈んでいった。今回の攻撃は、ほんの序章に過ぎないのかもしれない。何せ、引力者は複数いるのだ。あの巨人が何十人も一斉に現れたら……。浩司の不穏な想像をよそに、電子音は続く。
「今回のことは、あまりにも重大事だ。現在各国は、引力者の存在を公表する構えだ」
「えっ……」
場がどよめいた。「偽装」を旨とされるYGTの存在が、公表される……?
「一人の引力者の存在をひた隠しにしたとて、事態は悪化するのみだという判断だ。そこで、W5評議会として、YGT財団に命ずる」
背筋を伸ばし、下命を聞いた。
「引力者による攻撃を防御し、引力者を排除せよ。自衛隊も、武力行使で臨む。こちらも、全兵力をもってして、引力者から無辜の市民を守れ。普段の任務とは趣を異にするが、人々の日常を守るという目的は変わらない。このことを肝に銘じ、全力で任務にあたれ。以上だ」
「はっ!」
全員の声が揃った。そして、W5評議員は会議から退出した。残された財団職員は、静かな興奮に満ちていた。

対策研究員と隠蔽作業員は引力者の調査・分析にあたり、機動部隊員が実地対応を受け持つことがすぐに決定した。剣崎元帥の号令で、機動部隊内での役割も割り振られた。現在沖縄本島にいる第十二分隊と第二十七分隊が、避難民の誘導および引力者の捜索、戦闘準備を行う。佐賀にいる第十九分隊と、東シナ海で演習中の第三分隊海上部隊も応援に来る。一方で、沖縄以外での備えも怠れない。次もまた引力者が沖縄に出現するとは限らないからだ。各地の分隊は、日本各地に散らばり、状況に応じて応援派遣させる。

狭い沖縄本島に、二つも分隊がいたのは幸運だった。第十二分隊は沖縄に駐屯しているから当然なのだが、遊軍として駆け回っている第二十七分隊がここに居合わせたのは全くの偶然だ。ロックイーターのおかげだな、と浩司は思う。

会議は終了した。第二十七分隊は、那覇の南を担当することになった。電話で分隊の皆にその旨を伝え、浩司は樋口と共に立ち上がった。
「頼んだぞ、樋口小隊長」
「もちろんです、城島分隊長」

8月13日23時19分 神代晃平

晃平は寝息を立てる葵を抱いて、椿と並んで歩いていた。国道58号を国場川沿いに南下し、大きなショッピングモールの横を通過した。少し先で川は本流と合流し、右手の海に注いでいる。周りには、同じ方向に歩く人々が大勢いた。皆うつむき、幽鬼のように黙して行進している。車道は自動車でぎゅうぎゅうに満ち、ほとんど動かない。3時間ほど前に戦場と化した場所。そこからとにかく離れようと、あてもなく彷徨っているのだ。もっとも、晃平たちの事情は少し異なっていたが。

那覇の中でも都会といえるこの一帯は、この時間でも灯りは少なくなかった。コンビニやパチンコ店のネオンが踊り、街灯も多い。そしてさらに、警察や自衛隊のものものしい警戒態勢が、その明るさに拍車をかけていた。各所でサーチライトが焚かれ、目を細めることも多かった。日常と完全にかけ離れた風景で、ややもすれば、自分は夢を見ているのではないかという心持ちになるのだった。

また、パトカーや自衛隊の車両、果ては戦車までもが道路にいて、睨みを利かせているところもあった。そして、そんな場所を通るたびに、晃平はひどく緊張するのだった。今にも、迷彩服を着た男たちに捕まるのではないか、いや問答無用で撃ち殺されるのではないか、と不安になる。もはや、晃平は肉体的によりも精神的にずっと疲れていた。

唐突に、晃平の胸ポケットが震動した。葵を椿に一旦預け、マナーモードにしていた携帯電話を引っ張りだす。見覚えのある番号からの着信だった。
「もしもし?」
「やあ、夜分遅くにごめんね。僕さ、アンドレだよ」
 5日前、晃平のもとにこの日本語が堪能な若者から連絡が来た。晃平をグラビティ持ちと看破し、自分たちの仲間になるよう要求してきたのだ。彼によれば、世界中の同様の能力者が集まり、組織を作っている。そして、諸国に宣戦布告しようとしているというのだ。これには、腰を抜かした。しかし、『仲間にならないのなら、君たちもろとも攻撃を開始する』と言われれば、要求に従わざるを得なかった。連れてきていいのは妻と息子のみ、5日後に沖縄に迎えを寄越す、と一方的に伝えられ、ここまで来たのだ。しかし、こんな事態になってしまうとは。


「コーヘイ、やってくれたねえ」
アンドレの声は、しかし弾んでいるように聞こえた。
「正直、こっちは大混乱だよ。謎の戦力が一番槍を取っちゃったし、ストラテジーを最初から練り直さなきゃいけないし、予定を前倒しにして宣戦布告をしちゃうっぽいし、でもでも、何より驚愕と衝撃と尊敬が渦巻いてるよ!」
口を挟む間もなく、アンドレは矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
「何だい、あれは⁈ グラビティを使って巨人の体を作る? 誰も思いつかなかったアイデアだ! それだけじゃない、あれを実現するグラビティの強さは、僕らの中でも持っているやつはそういない。つまり、君のパワーは僕らの組織でも屈指ってことだ! すぐに幹部になれるよ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あれは、アクシデントだったんだ。その、攻撃に加担しようとしたわけじゃない。それに、大きな誤解があるよ……」
周りの人に聞こえないよう、声を潜めて反論しようとするが、ハイな声に遮られる。
「いいんだよ、言い訳は。君の精神の安定には必要かもしれないが、僕らにそれを言う必要は無いぜ? だって、君のパフォーマンスは最高だったんだから。いいかい? 僕らグラビティ使いは、選ばれし存在なんだ。常人の命なんて、気にすることはない。選ばれた存在が、権力を握るべきだ。これから僕らがやることは、その偉大なる一歩目なんだ! その本当に最初の栄えある嚆矢を、君が放ったってわけさ」