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2年3月7日 (ゐ) 16:27時点におけるNotorious (トーク | 投稿記録)による版 (校訂)
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「ねえ小島さん、叙述トリックって知ってます?」
「急になんだよタケ。まあ知ってるけどさ」
 秋の早朝6時15分、僕はいつもより少し早く目覚めてしまい、同じく起きていた小島さんにこの質問をぶつけたのだった。小島さんは30歳くらいで、彫りの深い顔に髭が似合うダンディな人だ。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「こないだ読んだ本にあって。ミステリーあたりはからっきしなんですよ」
 僕はしばらく前にトラブルを起こして大学を退学になり、今は男4人で同居している。ルームシェアだと思えばましだけど…誰が進んで野郎共と一つ屋根の下で住むものか。4人というのは、僕と小島さん、そして京極さんと三津田さん。皆僕より年上だ。あとの2人はまだぐっすり寝こけている。いささか肌寒い。
「はっ、マジかよ」
 小島さんは鼻で笑った。お前がかよ、と顔が語っている。
「小島さんはこういうの好きだったでしょう? 教えてくださいよ」
「わかったよ。丁度叙述トリックについての昔話があってな、聞かせてやるよ。ただし、手を動かしながらだ」
 見ると、京極さんと三津田さんがもぞもぞと起き出していた。2人とももう、おじさんというよりおじいさんといった方がしっくりくる歳だ。京極さんは身長が低くて小太り、三津田さんは対照的にのっぽで痩せぎすな体型をしている。いつも同じ時間に起きていると、アラームなぞ無くとも自然と目が覚めてしまうものだ。僕はため息を吐くと、布団を畳むために立ち上がった。
「あれは俺が小4になりたての4月の出来事だった。」
 そう言って小島さんは話し始めた。

「ねえ亮二兄さん、叙述トリックって知ってる?」
「急になんだよケン。まあ知ってるけどさ」
 ケンってのは俺、健児のあだ名だ。詳しくは覚えちゃいないが、お前と同様叙述トリックって言葉を何かの本で見たんだろう。亮二兄さんとは年が離れててな、子供心には何でも知ってるすごい人に思えたのさ。
「叙述トリックっていうのはな、作者が読者に仕掛けるトリックのことだ」
「作者が読者に?」
「そうだ。普通のトリックってのは、犯人が被害者やら探偵やらに仕掛けるものだろう? ほら、例えば」
 そこで椅子が軋む音が微かに聞こえた。兄さんは立ち上がったみたいだった。俺はベッドに座ったまま黙って話を聞いていた。
「頭で想像しながら聞くんだぞ。ここには俺の部屋のドアがある。部屋の中に死体が転がってると思え。そして俺はこの部屋を密室にしようとする。そこで、俺は長い長い、部屋のドアから向かいの壁くらいの長さの氷の棒を持ってくる。あくまで例だから、『どこから?』とかは考えなくていいぞ」
 まさにそう質問しようとしていた俺は慌てて口を噤んだ。兄さんはエアーで簡易トリックを実演し始めたようだ。
「まずドアを左手で人が通れるくらいに開けておく。そうしながら氷の棒の端をドアの向かいの壁につける。すると、もう片方の端はドアにつっかえる。まあドアに氷の棒を立てかけてるイメージだ。とりあえずこのギターを氷の棒と思って立てかけよう。そうしたら…、よっと、部屋の外へ出ると同時に氷の棒を放す!」
 ゴトッとギターが倒れる音がした。
「こうすると、氷がつっかえ棒となって、ドアは開かなくなる。密室ができるわけだ。あとは鍵が掛かっているように見せかけて、氷が溶けるのを待ってドアを破り突入した瞬間鍵を閉めれば、密室の完成というわけだ! まあ床が濡れているのをどうにかして誤魔化さないといけないんだけどな」
 正直後半はよく理解できなかったが、兄さんが見事に密室を作り上げたのがすごいと感嘆したよ。今思えば子供騙しの穴だらけなトリックだけどね。
「どうだケン、兄さんが何したかはわかったか?」
「うん!」
「はは、そら良かった。さすが俺の弟だな。よし、あれ、ギターが引っかかって、ギリ通れない…くそ」
そこでバキッと嫌な音がした。
「ああ、俺のギター! 高かったのに!!」
 兄さんはギターを上手くつっかえさせ過ぎたようだった。策士策に溺れるっていうか、兄さんも抜けてたんだな。俺は大笑いして、しまいにゃ兄さんもつられて大笑いしてたよ。
 笑いの波が収まると、兄さんは説明を再開した。
「いまやったトリックは、犯人が警察もしくは探偵に仕掛けるトリックだ。密室にすることで、捜査側を困らせようとしているんだからな。でも、叙述トリックはそうじゃない」
「ならどんなトリックなの?」
「さっきも言ったが、作者が読者に仕掛けるトリックだ。具体例を挙げるなら、こんな感じだ。
『太郎さんが殺されました。犯行が可能だったのは、太郎の弟と妹、次郎、花子のどっちかです。そして現場には口紅が落ちていました。さて、犯人は誰でしょう?』」
「花子!」
 俺はすぐに答えた。
「ブブー、残念! 実は次郎は女で、花子は男だったんです! というわけで正解は次郎でした!」
 俺は唖然としていた。だって、そんなことないだろ? すると兄さんは少し焦ったような声で付け足した。
「まあ、これは適当に作っただけだから。ちゃんとしたやつは、もっと丁寧に伏線が張られていて納得できるから安心しろ。こんな風に、作者が読者を直接騙すのが、叙述トリックだ」
 当時の俺は分かったような分からないような感じだったが、疑問は残った。
「なんでそんなことするの?」
「まあ、理由は大きく分けて2つだろうな。
 1つは、ミステリの難易度を上げるためだ。ミステリには、犯人とかを当てる作者vs読者のバトルっていう一面があるんだ。どうしても勝ちたい作者が、こんなトリックを仕掛けるんだ。お前もさっき正解できなかっただろ? そういうことだ。
 2つ目は、読者を驚かせるためだ。さっき俺の話を聞いたお前は驚いたろ? 世の中には、驚かされるのが楽しいっていう変な人種がいるんだ。そいつらを喜ばせるために作者は叙述トリックを仕掛けるのさ。
 おっと、長く喋り過ぎたな。もう小学生は寝る時間だ。じゃあ、おやすみ」
 こうしてその日の会話は終わった。

 小島さんはそこまで話したところで、口を閉じた。いつの間にか京極さんと三津田さんも話に聞き入っている。
「いいところだが、時間だ。続きはまた後でな」
 そう言って小島さんは時計を指した。6時45分。僕は大きく溜め息をつくと、顔を洗いに洗面所へ向かった。
「タケ君は溜め息ばかり吐いてるねえ」
「そんなんだと幸運も逃げていくぜ」
 そう言って三津田さんは銀縁眼鏡を拭き、京極さんは赤ら顔でカラカラと笑った。
「そうだぞ。みっちゃん、ゴクさん、もっと言ってやれ!」
 3人のおじさんは揃って僕を子供扱いする。まあ30代の小島さんはともかく、京極さんと三津田さんは還暦が近い。年の差を考えれば当然なのかもしれない。でも、気分のいいことではないからやめてくれと言ってるんだが、本人たちは改善する気がないらしい。僕はまた溜め息を吐こうとして、慌てて口を閉じた。

 それから身支度をして朝飯を食って、勤労奉仕の時間と相なった。僕たち4人は同じ工場で働いている。しかも作業するブースも大抵一緒だ。仕事は楽だし働く時間も短いが、僕は根っからの労働嫌いだ。本音を言えば働きたくないが、それができたら苦労しない。
 午前10時、僕たちは作られた商品をひたすら箱に詰める作業をしていた。コンベアーに乗った石鹸を片っ端から紙の箱に入れ、蓋を閉じる。ロボットでもできるだろと思うが、嘆いても詮方ない。単純作業ここに極まれりだ。まったく、暇で暇でしょうがない。
「ねえ小島さん、朝の続きを話してくださいよ」
 そこで僕は、小島さんに話の続きをするよう催促した。少しでもこの時間を有意義に使いたいという思いが芽生えてしまったのだ。叙述トリックの説明はあらかた終わったと思うんだけど、続きとは何だろう? 横の京極さんと三津田さんも、目を輝かせて小島さんを見つめている。この人たちホントに50代か? 目の輝きは小学生だぞ?
 小島さんは「しゃあねえなあ」と言いつつも、どこか楽しげに続きを話し始めた。

 その次の日の晩、夕飯の時間になって、母親に言われて俺は2階にいる兄貴を呼びに行った。兄貴の部屋をノックしようとしたところで、急にドアが開き、俺は鼻をしたたかにぶつけた。兄貴は笑いながら「すまんすまん」と謝ったが、こっちは痛いのなんの。不貞腐れたよ。鼻の頭に絆創膏を貼らないといけなかった。
ともかく夕飯になった。そのときは俺と兄貴、親父とお袋の4人暮らしだった。はは、今と同じだな。お袋は専業主婦、親父は市議会議員だった。何かと心労の絶えない時期を通り抜けた親父は、陽気に「政治は~、政治を~」と理想を語っていた。だから母親が、
「せっかくトシちゃんが賞状貰ってきたのに、お父さんったら政治、政治ってそればっかり。少しは気にかけてやってくださいよ」
と嗜めた。だが親父は、
「大丈夫だ、弟ってのは兄の背を見て育つんだ。だからトシも優秀に育ってるし、これからもそうだろう。な?」
 事実俺はそんなに気にしてなかったから、適当に返事して終わったと思う。兄は教育通り優秀に育ったんだ。まあ弟がそうじゃないことは、お前らも知っての通りだ。
 そしてその次の日の3時、俺は小遣いで買っといたプリンを食べようと、2階の自室からキッチンへ降りてきた。さあ食べようと冷蔵庫を開け放ったんだが、確かに2段目に入れといたはずのプリンがない。中を隅から隅まで探したが、ない。そこで横のゴミ箱を見ると、なんとプリンの空容器が捨ててあったのさ!
 それを見て幼き俺は愕然として落涙、この世の不条理を嘆いた…わけじゃあない。正直あんまショックは受けなかった。プリン大好きってわけじゃないし、小遣いは十分貰ってたから惜しくもなかった。たかがプリン1個くらいで家族を詰るような、狭量な男じゃなかったんだ、俺は。
 だが、ここで一つ疑問が残った。誰がプリンを食べたのだろう? 容器はゴミの上の方にあり、俺が昼飯のときにこぼしたレタスよりも上にある。でも、両親は昼飯の前から買い物に行っていて、まだ帰ってきていない。そして俺がレタスを捨てたとき、プリンのカップなんて無かった。なら、親が食べたのではない。そして、兄さんは珍しいことにプリンがとても苦手だ。食べるなんてこと絶対にあり得ない。今日は客も一切来ていない…。
 そこまで考えたところで、自分が無駄な思考をしていたことに気づいた。落ち着いて考えれば、答えは歴然じゃあないか…。

「おいそこ、無駄話するんじゃない!」
 そこまで小島さんが話したところで、高い椅子に座ったオヤジに注意された。三津田さんと京極さんはそそくさと箱詰め作業をし始める。まったく、いいところだったのに! あいつ、僕たちが働いてるのを見てるだけで給料が入るなんて…。工場勤めを辞められた暁には、あの仕事に転職しようかしら。まあ無理か。
 小島さんが話を再開する気配はない。続きはお預けかあ。
 でも、プリンを食べたのは一体誰だろう? 僕はそのことばかりを考え続け、いつの間にか昼休憩の時間になっていた。

 昼飯食いながらでも話の続きを聞かせてもらおうと思ったが、小島さんは手早くリゾットをかきこむと、どこかに行ってしまった。京極さんはそれを見て、
「ケンのヤツ、ありゃ女じゃな。女に逢いに行くんじゃ」
と顎をさすりながら言った。三津田さんも小指を立てて笑っている。まさかと思ったが、小島さんならあり得るかもしれない。
「彼女さん、小島さんに相当入れ込んでるんすね」
と言うと、2人のおじさんは揃って頷いた。この人らホントに中年か? ニヤケ面は中学生そのものだぞ?

 小島さんは仕事が再開する直前に戻って来た。よっしゃ話の続きをせがもうと身構えた矢先、残念ながら京極さんと三津田さんは離れた場所に増援に向かわされてしまった。2人のいないところで続きを聞くのは忍びない。だが…。
「さっき聞いた話なんだが、叙述トリックにもいろいろあるらしいぜ」
 葛藤していると、小島さんが突然口を開いた。
「『意味なし叙述』ってのと『意味あり叙述』ってのがあるらしい」
「さっきって、昼休みに?」
「ああ」
「もしかして、恋人?」
「ん、さてはみっちゃんとゴクさんに入れ知恵されたな? あの爺さんたち、勘が鋭いからなぁ。すごいぜあの人らは」
 ならなぜこんな底辺の暮らしをしてるんだ。
「まあそれはさておき、叙述トリックの説明だ。小説とかで叙述トリックが仕掛けられているとする。問題は、なぜ仕掛けられたのか、だ。」
 何か小島さんのお兄さんが作中で話してた気がするな。
「もし読者を驚かせるためだけに仕掛けられたものなら、それは『意味なし叙述』だ。でも、犯人当てとかの要素として組み込まれたものならば、作品の成立に不可欠だから、『意味あり叙述』となる」
「えーっと、小島さんのお兄さんの話に合わせると…読者を驚かせるためのものが意味なし叙述、ミステリの難易度を上げるためのものが意味あり叙述ってことですか」
「そうだ。よく覚えてるな。まあミステリ的な仕掛けに限らずとも、小説の主題に関わるなら意味あり叙述だとする人もいるらしい。そもそもこれらの概念自体が最近提唱されたもので、定義は人によってまちまちなんだと」
 むむむ、要するに驚かせるためだけか否か、ってことか。というか、彼女さんに会う貴重な時間を使ってこんなこと聞いてきてくれたのかよ。もっと別のこと話しなさいよ。
「じゃ、そういうことだ。昔話の続きは、仕事終わってからな」
 小島さんはそう言うと、あとは黙々と箱詰めをするだけだった。

 結局4人が揃ったのは夜8時半、布団を敷いて寝支度をする頃合だった。秋の夜は長いが、僕らは関係なく9時には寝る。他の皆も各々の布団に胡座をかいたのを見ると、僕は早速切り出した。
「それで小島さん、プリンを食べたのは誰なんです?」
「なんだタケ、解らないのか? あれだけヒント出してやったってのに」
 小島さんは馬鹿にしたように笑うと、
「ゴクさんとみっちゃんは解ったよな?」
と水を向けた。
「まあ、考える時間がたっぷりあったからなあ」
「老体にはなかなかきつかったぞ」
 え? 解ってないの僕だけ?
「じゃあ、タケのために続きを話すか」
 そう言うと小島さんはニヤニヤしながら話の最終章へ入った。

 俺がプリンを諦めて、ダイニングのお誕生席で源氏パイを食っていると、兄貴が2階の自室から降りてきた。そして兄貴は俺の顔を見るなり、笑い出したのさ。俺は少々ムッとして、
「何が可笑しいのさ」
と問うた。すると兄貴は、
「アハハ、鼻の頭に絆創膏付いてるの見ると笑えちゃって」
と言ってなおも笑い続けた。お前のせいで怪我したってのに、悪びれもせずよく笑えるもんだ。俺はカチンと来て、こう言い返してやった。
「人のプリンを取って食べるような外道め!」
「あ、あれお前のだったの? ごめんごめん、そんなに食いたかったのか。あとでアイスでも奢るから許せよ」
 まあそう惜しくもなかったからアイスの約束を取り付けられたのは思わぬ収穫で、小学生の俺はすぐに機嫌を直したよ。

 これで昔話は終わりだ。

「ちょっ、終わり?」
 思わず大きな声が出てしまった。
「どういうことですか。お兄さんはプリン嫌いなんでしょう? 説明してくださいよ」
「まあまあ落ち着けって。出題者が解説するのもなんかヤだから、ゴクさんとみっちゃんに任せてもいいかい?」
 呼ばれた2人は顔を見合わせると、徐ろに拳を突き出した。
「じゃんけんほい!」
 勝者は三津田さん。頭を抱えて悔しがる京極さんを尻目に、得意そうに話し始めた。
「タケくん、今までのケンくんの話には叙述トリックが仕掛けられていたんだ」
 そのくらいは見当がついている。そうでもないと、急にプリンの話になった理由がわからない。
「じゃあそのトリックは何だったのか。結論から言うと、始めに出てきた兄とその後の兄は別人なんだよ」
 兄が別人? 話の展開が急過ぎて理解が追いつかない。
「厳密に言うと、『幼いケンくんに叙述トリックの解説をした兄』と『ケンくんに怪我をさせ、笑った兄』は別人ということだ。そしてプリンを好かないのは前者、プリンを食べたのは後者というわけだ。ケンくんは3兄弟だったんじゃないかな」
「よく聞くと、前者は『兄さん』、後者は『兄貴』と呼び分けておったぞ」
「じゃんけんで負けた者に解答権はないぞ。大人しくしとれ」
 京極さんはすごすごと退き下がった。小島さんは僕らの様子をニコニコと見守っている。一方の僕には疑問が生まれた。
「でも、小島さんは4人家族だと言ってませんでした?」
 三津田さんは見事足し算に正解した孫を見るような顔をした。
「その通りだが、正確には『その時は』『4人暮らし』と言っただけだ。上の兄はもう一人暮らしを始めた頃だったんじゃあないかな。そう、この4月からだろう」
 そこで京極さんが口を挟んできた。
「『何かと心労の絶えない時期』ってのは長兄の大学受験とかじゃろうな。それに、ダイニングにお誕生席があったのも、5人暮らしの名残じゃろう」
 なんでこの爺さんたちはそんなに細かいところまで覚えてるんだ。
「ほお、それは気づかなんだ。だが、わしは次男の名が分かるぞ。多分『政治せいじ』というんだろう、どうじゃ?」
「ああ、その通りだ。ちなみに漢字もまんままつりごとだよ」
 小島さんも2人の洞察力に苦笑いしている。
「でも小島さんは亮二お兄さんと話してたじゃないですか」
「ありゃ電話じゃろ」
 京極さんはこともなげに言う。
「電話って…ええ? 言われてみればあり得なくもないのか…?」
 確かにその時代には携帯電話は普及し始めていただろうけれども。
「それにしても2人とも、どうして気づいたんですか? 兄が2人いるって」
 得意気に口を開こうとした京極さんを制し、三津田さんが説明し始めた。
「ギターの密室トリックを思い出すんだ。あれは扉が内開きでないと成立しない。だが幼きケンくんが鼻に傷を負ったとき…」
「ドアが外開きだった!」
 僕は思わず叫んでしまった。小島さんは相変わらずニコニコしている。三津田さんは解説を続けた。
「どちらも兄の『自室』と言っている。同じ部屋に2つ扉があるというのも考えにくい。だからそれぞれの部屋の主は違うのではないかと思ったわけだ。そうなれば必然的に上の兄は巣立った後だと分かる」
「そして『無駄な思考』ちゅうのは、もうこの家にいない上の兄を考えの範疇に入れていたこと。そうすれば答えは歴然、消去法でプリンを食べた犯人が解るっちゅう塩梅じゃ」
「さすがだな、みっちゃん、ゴクさん。まあタケ、叙述トリックってのはこんな風に、気をつければ見抜けるようになってるものなんだ」
 僕は2人の注意深さと推理力に感嘆した。もちろん話を組み立て、叙述トリックをこれ以上ないくらい分かりやすく説明してくれた小島さんにも。どうやら僕はこの人たちを見くびっていたらしい。
「皆さんすごいです! 感動しました!」
 3人は照れたような顔をして笑った。その時、武骨な声が割って入った。
「おい1813番、もう就寝時刻だぞ!」
 いつの間にか時計の針は9時を指していた。電灯が消え、僕らは慌てて布団に潜り込んだ。足音が遠ざかってから、僕は
「まったく、山田たけしって名前で呼んでほしいものだよ」
と呟き、溜め息を吐いた。
 府中刑務所の夜が更けていく。