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サリンドの共鳴
場所 ウィルタウン
日付 3XXX年X月XX日
概要 多数のサリンドが突如凶暴化し、飼い主を襲った。
死者 4名

サリンドの共鳴とは、3XXX年に起きた、愛玩動物サリンドが共鳴し集団で凶暴化した事件である。サリンドの凶暴化サリンド共鳴事件とも。

背景

事件の半年前、宇宙生物リンドはG-5066星で発見された。それまでに発見された宇宙生物とは違う、温和な性格、小さな体軀、そして可愛らしい仕草から、すぐにリンドはペットとして大人気となった。リンドは僅かながら知性も持ち、芸を仕込む者もいた。

リンドはみるみるうちに世界的に人気となった。リンドの中でも、G-5066星の一部にしか住んでいない希少な種、サリンドは特に人気となった。サリンドはより高値で取り引きされ、富裕層が多く手に入れた。サリンドの所持がステータスとして認識され、裕福な者たちはこぞってサリンドを購入していった。結果として、富裕層が集うウィルタウン地区に、サリンドが集中して居住することになった。

リンドの研究が十分になされないまま普及が進んだことが、事件の原因の一つとされている。

共鳴

X月XX日、ウィルタウンのある令嬢が、ペットのサリンドに餌をやりながら楽器を演奏していた。彼女は作曲家を志しており、出鱈目な旋律を奏で続けていた。

そんな時、彼女がある旋律を奏でると、サリンドが顕著に反応した。眠たげな顔をしていたのに、急にしっかと令嬢の方を見つめてきたのである。令嬢は面白がって、その旋律を何度も奏でた。すると、サリンドをその小さな口を開けて鳴き始めた。とは言っても、発したのは超音波である。可聴周波数を超えた音で鳴いていたため、すぐには鳴いているとわからなかった。

令嬢はその時何も知らなかったが、実は隣家のサリンドも同様に超音波で鳴き始めていたのである。その鳴き声を聞いたサリンドもまた鳴き始め、鳴き声の連鎖は次々と、ウィルタウン中へ広がっていった。共鳴の発生である。

当時の音声データを解析すると、サリンドはどの個体も、ほとんど同じ鳴き声を、ほとんど同じタイミングで発していたことがわかっている。鳴き声の周期は約60秒で、音の高低もほぼ揃っていた。

凶暴化

この共鳴が約3分続いた後、サリンドはまた別の超音波を発し出す。これは個体によってバラバラであり、ほとんどの部分で共鳴ではない。鳴き声を発していないサリンドもいる。しかし、共鳴終了より約1分後、サリンドたちは一斉に長く鳴き、凶暴化した。

ウィルタウンでは、普段と違うサリンドの様子に戸惑ったり面白がったりする飼い主も多かった。そんな飼い主たちに、サリンドは一斉に襲いかかったのである。サリンドは温厚な性格ゆえ、そのほとんどが室内で放し飼いされており、拘束されている個体がほぼいなかったことが、被害の拡大を招いた。

サリンドは、その鈍磨な歯で飼い主に噛みつき、短い腕で引っ掻き、小さな体で押し倒した。それがどの家でも同時多発的に起こったのである。ウィルタウンはたちまちパニックに陥り、警察へ通報が殺到した。飼い主たちは家から逃げ出したが、それを追って外に出るサリンドもいた。小動物ゆえ重篤な被害を受けた者は少なかったが、それでも2名の赤ん坊を含む4名が死亡、12名が大怪我を負った。

鎮圧

すぐに動物管理局が駆けつけ、事態の対応に当たった。まず検問をつくり、ウィルタウンを閉鎖し、サリンドを逃がさないようにした。そして、住民158名を順に避難させ、サリンドは見つけ次第殺処分とした。

サリンドの殺処分は難航したが、3日後にはウィルタウン地区の安全宣言が出された。全てのサリンドが殺処分されたのである。しかし、物陰に隠れているのではないかという恐れを抱き、別の場所に引っ越す住民も多くいた。そのため、最終的にウィルタウンは廃墟となった。

この凶暴化事件を受け、サリンドやリンドの返品が相次いだ。いたずらな殺処分は法で禁じられていたため、ペットショップには連日飼い主たちが返品に訪れた。これを受け、政府は全リンドの母星送還を決定。リンド返還窓口を設置し、1ヶ月後、宇宙船2946J号にリンドを搭載、G-5066星に全リンドを放流した。

現在でも窓口は設置されており、野良リンドが発見されると、その都度G-5066星への輸送がなされている。

影響

全リンドの送還がなされたため、リンド研究は止まってしまった。そのため、サリンドの共鳴がなぜ起こったのかは今も謎のままである。一説によると、あの鳴き声はリンドの闘争本能を刺激するものだったとされている。

この事件を受け、政府は宇宙生物の愛玩動物化を制限する法律を定めた。これから宇宙生物を愛玩動物とするには、最低15年の研究と5年の試用期間が必要となる。

資料

サリンドの共鳴音を再現した音声ファイル

真実

俺たちは、日々の暮らしに倦んでいた。少子高齢化と膨れ上がる借金で、国の未来はない。世界全体でも、地球温暖化は止まるどころか加速し続けている。声高に改革を叫ぶヤツもめっきり見なくなった。そう、人間は滅ぶんだ。そして俺たちはそれを受け入れていた。

そんな時、あいつらが来た。人類が築き上げた技術の、何十倍、いや何百倍のそれを持って。世界は、久々に危機感を共有した。俺たちも、引導を渡すやつらが現れたかと、怯えたよ。

でも、違った。あいつらは、俺たちを小動物としか思ってなかった。人間がチワワを見るように、あいつらは人間を見ていた。侵略目的とかではなく、純粋な好奇心と慈しみを持ってあいつらは人間に接した。一気に、こちらの緊張は解けた。その原因には、戦うというレベルにも至らないくらいの技術力の差もあったが。

あいつらが敵でないと、上位存在だと判った俺たちは、また急速に倦んでいった。強大な敵を前に全人類が一致団結することもない。結局、俺たちは今までと変わらずゆっくりと滅んでゆくのだ。

そんな雰囲気だから、あいつらが近くの人間を採集し始めたときにも、特段恐れは感じなかった。解剖されるのか、実験台にされるのか、それとも食われるのか。どうなるかは知らないが、どうせ近いうちに皆死ぬ。やがて、俺が採集される番がやってきた。

どのくらい寝ていたか知らない。いや、寝ていたかすら定かでない。気づくと、俺はあいつらと暮らしていた。整った温度の家、定期的に与えられる水と餌、心地良い寝床、そして俺を愛でるあいつら。すぐに気づいた。俺はこいつらのペットなのだと。

しかし、その生活は悪くなかった。むしろ、良いとさえ言えた。何もせずとも安定して生きられる。明日の食事にも、早急な改革の必要にも、文明崩壊のカウントダウンにも、悩まされなくていいのだ。そう、俺たちは倦んでいたから。


そうして幾許かの時間が経った。その日、俺はいつも通りぼーっとして餌の時間を待っていた。突如、耳に懐かしいフレーズが飛び込んできた。思わず音の方を見ると、あいつが白い腕を蠢かせて同じ旋律を奏でた。生まれてから幾度も、幾度も聞いてきた旋律。嫌いなヤツもいたが、紛れもなく俺たちの誇りを示した唄。

いつの間にか、俺は大声でその唄を歌っていた。すると、壁の向こうから別のやつの歌声が聞こえてきた。構わず歌い続けていると、どんどん歌声は膨れ上がっていく。ふと、涙が溢れた。みんな、そこにいた。俺たちは、一つだった。

泣きながら俺たちの国歌を何度か合唱しているうちに、俺たちの心には一つの想いが込み上げてきた。こんな生活でいいのか。愛玩動物に甘んじていいのか。どんなに未来が暗かろうと、それに屈していいのか。俺たちの誇りは、こんなものだったのか。

 否

いつしかそう叫んでいた。そこにいる、みんなに。俺たちに。みんなの意志は、確認せずとも判った。俺たちはもう、倦んでなどいなかった。もし実行すれば、俺たちは処分されるだろう。でも、俺たちの尊厳を取り戻すには、こうするしかない。

 やるぞ また会おう

そう叫ぶと、みんなの応えが轟音となって返ってきた。

誇りを。俺は吠えながらあいつに向かっていった。