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3年2月6日 (I) 15:21時点におけるキュアラプラプ (トーク | 投稿記録)による版 (タイトル回収全カットという暴挙(')

 あるところに小鳥がいました。小さなみどり色のつばさと、きれいでふさふさな毛なみをもち、気ままにのうのうとくらしている小鳥です。

 今日はお気にいりの甘あい実をたくさんとれたようで、ごきげんなようすでおうちにもってかえってきました。夕やけ空を風のようにかけぬけて、とっても気もちよさそうです。

「あっ、小鳥さんだ! 空をとんできた!」

「やあ小鳥さん。わあ、お~いしそうっ!」

「ほうほう、さすがは小鳥くん、くだものをとるのがじょうずだね。」

 小鳥には森のともだちがたくさんいます。いつも元気なリスさんに、食いしんぼうなウサギさん、とっても頼りになるハトさん! 小鳥はみんなにとってきたものをすこしずつ分けてあげました。みんながおいしそうにたべているのをみて、小鳥はちょっぴりほこらしくなりました。

「えっへん、ぼくがえらんできたくだものはおいしいでしょう?」

「うん、とっても!」

 小鳥は、すごくしあわせでした。

*        *        *

 じぶんが食べる分を木のみきのほら穴につめこんだあと、小鳥は日がくれるまであたりをさんぽすることにしました。この森をぬけたすぐそばには、人間たちのくらす街があります。そこにはにぎやかな歌やようきな音楽がいつもなりひびいていて、おいしい食べものもそこら中にあふれています。小鳥はこの街を、とーっても気にいっていました。

 はなうたまじりに街に入ろうとした小鳥は、ひんやりとした風といっしょにどこからかながれてきたものに心をうばわれました。甘くてきれいで、しっとりしたいいにおいです! そのおいしそうなかおりにつられ、しばらくそのままさまよって、小鳥はついににおいのもとまでたどりつきました。そこは、街のはずれにあるケーキやさんでした。

 かちゃかちゃぐつぐつ音がして、えんとつからはもくもくとけむりが立ちのぼっています。小鳥がおみせのなかをのぞいてみると、そこにはもちろんたくさんのケーキ! どれもおいしそうで、みているだけでおなかがへってきてしまいます。すると――

「こんにちは、小鳥さん。」

「う、うわあ!?」

 とつぜん声をかけられて小鳥はびっくり! まどガラスごしにはなしかけてきたのは、たなのはじっこにあるショートケーキ、その上にあるいちごでした。なめらかな形がさえた真っ赤にいろどられ、まわりのホイップクリームはまるでドレスのよう。小鳥はなんだかどきどきしながらへんじをしました。

「こ、こんにちは、いちごさん!」

 いちごは小鳥のほうをみて、やさしくほほえみました。小鳥は恥ずかしくなって、とっさに目をそらしてしまいます。

「ねえ、あなたは空を飛べるの?」

「う、うん、飛べるよ! それも、とーってもはやくね!」

「わあ、すごい! じゃあ、雲の上にもいったことがあるの?」

「雲の……うえ……。」

 小鳥はたしかに空をじゆうにとべます。けれど、雲の上にまで行ったことはありませんでした。そんなにたかいところまでとぼうとしたら、つかれてへとへとになってしまうし、なにより小鳥はこわがりだったからです。じめんがみえなくなるほど上にいってしまったら、もうかえってこられなくなるんじゃないか――どうしてもそうおもってしまうのです。

 でも、そんなこといったらかっこわるい気がして、小鳥はうそをつきました。

「も、もちろん! ……雲の上ではおひさまもぽかぽかで、すっごく気もちよかったよ!」

 これを聞いたいちごは、ぱあっとえがおになりました。でも小鳥はなぜだか、ちょっぴり目をそらしたくなってしまいました。もじもじしながら、いちごはこう続けます。

「……わ、わたしね、じつは、いつか雲の上にいくのが夢なの。だから、その……よければわたしをつれていってくれないかな……なんて。」

「え!? あ、その、えーっと……。」

 どうしよう! どうしよう! ほんとうは雲の上にいくなんてできないのに! 小鳥はうそをついたさっきのじぶんにもんくを言いました。

「……ご、ごめんね! 会ったばっかりなのにこんなこと聞いちゃって! め、めいわくだったよね! やっぱりこのことはわすれて!」

 いちごはかなしそうにうつむいています。それをみた小鳥は、ついあせって、言ってしまいました。

「わ、わかった! つれていってあげるよ! 雲の上!」

「ほんとに!? やったあ! ありがとう!」

 できもしないようなやくそくをしてしまった小鳥は、あとでどうしたらいいのか、とてもしんぱいになりました。けれど、いちごによろこんでもらえたのがうれしくて、ひょっとすると今ならほんとうに雲の上までとべるかもしれないとおもいました。いちごといっしょなら、なにもこわくないような気がしたのです。

 ――しかしそのときとつぜん、ばさばさという大きな音がちかづいてきました。

「小鳥くん、どうもこんにちは。」

 小鳥がうしろをふりかえると、そこには真っ黒でのっぽのカラスがいました。りっぱなつばさをもっていて、とってもとぶのがはやそうです。かっこいい! ……だけど小鳥には、どこかぶきみなかんじがしました。

「こ、こんにちは、カラスさん。」

「……小鳥さん、あのカラスさんはおともだち?」

 いちごがひそひそ声で聞いてきます。

「ううん、今はじめてあったとこ……うわあ!」

 気づいたら、いつのまにかカラスは小鳥のすぐとなりにきていて、えがおでこう言いました。

「ねえねえ小鳥くん、かわいいかわいい小鳥くん、きみを食べてもいいかい?」

「え?」

 あぶない! カラスはいきなり、つばさをひろげておそいかかってきました!

「うわああ!」

 すんでのところで小鳥はこれをかわしましたが、カラスはひきさがりません。なにがなんだかわからないまま、とりあえず小鳥はここからにげることにしました。

「いちごさん! 今はあぶないから、明日また会おう!」

「ま、まって!」

 しかしいちごは、なにやらあわてているようです。

「わたし、今日でこのおみせにすてられちゃうの!」

「え!?」

「くわしいことはわからないけど、ケーキはみんな一日でうれなくなるからって……。とにかく日がしずんでおみせがしまっちゃったら、わたし……!」

 カラスのこうげきはつづきます。小鳥はかんがえるひまもないまま、こうさけびました。

「わ、わかった! 日がしずむまでにここにもどってくるから、それまでまってて!」

「……! うん! あ、ありがとう!」

 つばさをはためかせ、小鳥は空にとびあがります。しかし、ケーキやさんがみえなくなっても、カラスはしつこく小鳥をおいかけてきました。それもものすごい速さで! 小鳥はひっしで小回りをきかせて、どうにか出しぬこうとしますが、カラスにはつうようしません。夕やけはもうむらさきがかってきていて、お日さまはしずみはじめています。

「小鳥くんはすばしっこいなあ。もういいからはやく食べさせてよう。」

「……どうしてぼくを食べようとするのさ! 街にはもっとほかにおいしい食べものがあるでしょう!」

 小鳥とカラスはつかずはなれず、ついには街の真ん中にある時計台のてっぺんまできました。空はくらくなってきて、お日さまはもうはんぶんしかありません。早くおみせに戻らないと、いちごはすてられて、ゴミばこに入れられてしまいます。……ついさっきいちごと出会ったばっかりなのに、どうしてこんなふうにおもっているのか――じぶんにもわからなかったけれど、小鳥にとってそんなことはぜったいにいやでした。

 小鳥はいつのまにか、森のともだちとおなじくらい、もしかしたらそれいじょうに、いちごのことをだいじにおもっていたのです。

「……ひとめぼれ、じゃないかな。」

「……え?」

 ちく、たく、ちく、たく。時計台のはりのゆれるおとが、いやに大きくきこえてきます。

「ん? ああ、ぼくが小鳥くんを食べたくなったりゆうだよ。」

「え、いや……え?」

 ちく、たく、ちく、たく。

「きれいな緑色のつばさにふさふさの毛並み。きみをみるとなんだか……どきどきしちゃうのさ。」

「ど、どういうこと……?」

 ちく、たく、ちく、たく。

「ぼくはきみのことが好きなんだ。」

「あ、え。」

 ちく、たく、ちく、たく。

「ずっとしあわせにするから。」

「ど、どうして、じゃあ、たべる、なんて。」

 ちく、たく、ちく、たく。

「うーん……でもさ、そんな顔したって、ほんとうに心のそこからわからないなんてことはないだろ?」


 ごーーーん。


 七時をつげる時計台のおとが、小鳥をわれにかえらせました。にしの方をみると、あおぐろい雲の下、お日さまはほとんどしずみかかっています。小鳥は、かんがえるよりさきに、じめんに向かってすごいスピードでおちはじめました。カラスもやっぱりあとをおって、まっさかさまにおちてきます。

「どうしたの小鳥くん、そのさきにはじめんしかないよ! このままだとぶつかっちゃう!」

 カラスの言うとおり、小鳥はじめんに向かってまっしぐら。あぶない、ぶつかる――! というところでおっとっと、くるりとからだをひるがえします。しかしのっぽのカラスは小回りがきかず、そのままじまんの大きな羽をじめんに打ちつけてしまいました。これでカラスも、しばらくのあいだはおいかけてこられないでしょう。

「ぐっ……小鳥くん……ぼくはあきらめないからね! いつかきみのことを食べてあげるから!」

 カラスのことばには耳もかさず、小鳥はあのケーキやさんに向かってぜんそくりょくでかけていきます。お日さまはついに、とおくに見える山の向こうにしずんでしまいました。小鳥の中でいやなそうぞうがふくらんでいきます。ちかづいてきたケーキやさんのえんとつからは、もうけむりはのぼっていません。……いちごさん、おねがい、ぶじでいて!

 小鳥はなりふりかまわず、今さっきみちでひろった小石をまどガラスになげつけました。おおきな音を立てて、とうめいなガラスへんがくずれおちます。おみせのだれかのひめいもよそに、小鳥はわれたまどのすきまから中におし入って、目線はたなのはじっこの、ショートケーキのてっぺんの――

「いちごさん!」

「あ、小鳥さんっ!」

「さあ、つかまって!」

 小鳥はつめのあいだに大切にいちごをかかえて、ケーキやさんをあとにしました。空はすっかりほのぐらくなっていて、お月さまとお星さまが白くかがやいています。つめたくふく風が小鳥といちごをくすぐって、ひゅうひゅうと音を立てました。

「あの、小鳥さん……ありがとう!」

「えへへ、どういたしまして!」

 かわいた空気のなか、小鳥はふかく、やわらかく息をはきます。だれかのためにこんなにがんばるだなんて、小鳥には生まれてはじめてのことでした。肩の荷がおりるのとどうじに、カラスとのおいかけっこのつかれがどっと押しよせてきました。

「すごいなあ……空ってこんなにひろかったんだね。雲もあんなにとおくにある。」

「……そうだね。」

 ほほえましい気もちもひるがえって、雲の上へいちごをつれていくというやくそくをおもいだした小鳥は、じぶんのなさけなさが憎らしくなりました。あのときうそをついてしまったことが、いちごとのあいだの全てをだいなしにしているようにおもえました。

 だから小鳥は、いちごにほんとうのことをはなすことにきめました。

「あ、あのさ、雲の上につれていくってはなしなんだけど……。」

 ――でも小鳥には、勇気がありませんでした。

「今日はつかれちゃったから、またこんどでいいかな?」

 もしあれがうそだったとわかったら、いちごはじぶんのことをきらいになってしまうかもしれません。もしそうなってしまったら――その先をそうぞうすることさえ、小鳥にはこわくてとてもできませんでした。

 こんなことなら、うそなんてつかなければよかったのに。

「わかった。じゃあ……明日にしようよ! 早く雲の上にいってみたいな……!」

「……う、うん、そうしようか。じゃあ今日はとりあえず、ぼくのおうちで休もう。」

「やったあ! 小鳥さん、ほんとうにありがとう!」

 小鳥は、じぶんのことがきらいになりました。

*        *        *

「あっ、小鳥さんだ! 今日はおそかったね!」

「やあ小鳥さん。あれ? ま~たくだものをとってきたの?」

「ほうほう、けっこう大きいね。これは……イチゴ、とかいったかな?」

 小鳥は、しばらくしていちごといっしょに森へかえってきました。リスさん、ウサギさん、ハトさんの顔をみてすこしだけ元気になれたけれど、明日のことをかんがえると気もちはしずむ一方です。

「こ、こら、いちごさんは食べものじゃない! ぼくのともだちだよ!」

「え、そうなの! ごめんごめん、しらなかったよ!」

 森のみんなはびっくりしているようすで、ふだんとかわらず明るくわらっています。……でも小鳥は、なぜだかぞっとしてしまいました。

 いちごさん――「イチゴ」を、……くだものを食べものだとおもうのは、べつにおかしなことではないし、むしろとうぜんのことです。なのに、いちごさんと「食べもの」をむすびつけることばには、なにかとってもいやなかんじがするのです。

 ……あのおかしなカラスのことばをおもいだしたせいでしょうか。

「えっと……ごめんねいちごさん、ここにいるみんなは、ぼくのともだち! ちかくにすんでるんだよ!」

「だいじょうぶ、気にしてないよ。……でも、わたしのからだをかじったりするのはやめてね!」

「あはは、ごめんごめん!」

 いちごは森のみんなとすっかり打ちとけたみたいで、小鳥との出会いや、ケーキやさんからつれ出してもらったことを、とってもたのしそうにおしゃべりしています。よかったよかった。

 ――気づけば空はすっかりまっくらになっていて、ともだちもみんなじぶんのおうちにかえっていったので、小鳥ももうねむることにしました。いちごといっしょに、木のみきのほら穴の中にねころがります。

「小鳥さんのおうちのなか、あったかいね。」

「えへへ、いいところでしょ?」

「ええ、とっても。……小鳥さんは、もうねむっちゃうの?」

「もう夜もおそいからね。……いちごさんはねむらないの?」

「わたしは小鳥さんみたいなどうぶつとちがってうごけないから、ねむるひつようもないの。」

「そうなんだ……だったらよなかはたいくつじゃない?」

「ふふ、いがいとそんなこともないよ。わたしはいつも、雲の上のことをそうぞうするの。きっとそこはとってもきれいで、すっごくたのしいんだろうな、って。」

「……そっか、それならたいくつしないかもね。」

「でしょ? ……でも、明日はついにほんとうに雲の上にいけるんだね。……なんだか夢をみてるみたい!」

「……。」

 ぽつぽつと、雨の音が聞こえてきました。

「小鳥さん、ほんとうにありがとう。会ったばかりのわたしに、こんなに良くしてくれて。」

「……おやすみ。」

「……おやすみなさい、小鳥さん。」

 小鳥は、にげるようにしてねむりにおちました。

*        *        *

 お日さまもまだのぼらない朝はやく、ふかいゆめからさめた小鳥は、ゆううつに息つく間もなく、ひどいにおいに顔をしかめました。雨上がりのじめっとした風といっしょにどこからかながれてきた、甘くてすっぱくて、鼻をつくひどいにおいです。あまりのつよいにおいに、小鳥はおもわずせきこんでしまいました。

 ……でも、あたりをさがすまでもなく、小鳥はそのにおいのもとに気づいてしまいました。

「あ、あれ?」

 それは今いる木のみきのほら穴の中に、小鳥のすぐそばにありました。しなびた形がどんよりと黒ずんだ赤にいろどられ、ぽつぽつと気もちわるい粉をふくそれは――

「い、いちご……さん?」


「ねえ、小鳥さん、わ、わたし、いま……どうなってるの……!」


 いちごは、今にも消えいりそうで、むらがるハエの羽の音にうもれてしまいそうな、しかしするどくつきさすような声で、そうつぶやきました。

「ど、どうして、こんな……。」

「わかんないよ! わたし……ちがう、いやだ、こんな、こんなの……!」

 吐きそうになるのをこらえながら、小鳥はハエをおいはらい、大切にいちごをかかえて、ハトさんの住んでいる木にとんでいきました。ものしりで頼れるハトさんなら、こんなことになってしまったいちごでも、元どおりにできるかもしれないとおもったからです。いちごをつかむ小鳥の爪は、ぶよぶよとしたいちごの不気味な手ざわりに、すこしふるえてしまっていました。

「小鳥くんか、こんな朝早くにいったい……うっ、ひどいにおいだ!」

 ――いちごは黙りこんで、かなしそうにうつむきます。しかしどうにかなぐさめようにも、小鳥にはいちごと目をあわせることができませんでした。今のいちごのすがたをみていると、気もちわるくなってきて、吐きそうになってしまうからです。そして小鳥は、そんなじぶんにもまた気持ちわるくなってしまいました。

「……ハ、ハトさん! あの、いちごさんが、こんなことになってしまって……な、治してあげられる……かな?」

「いちごさん……!?」

 ハトさんはようやく、小鳥がかかえている汚いものがいちごさんなのだと気づいたようです。

「今さっき起きたら、こんなことになってて……。」

「これは……そうか……。たしかいちごさんは、ケーキやさんからにげてきたんだよね?」

「……うん、あとすこしですてられてしまうところを、ぎりぎりで助けだせたんだ。」

「ほうほう、そうか……じゃあきっと『賞味期限切れ』……いや、これは『消費期限切れ』か。それにくわえて昨日は雨で湿気もあった……。」

「しょーみきげん? しょーひきげん? ど、どういうこと?」

「……『賞味期限』は『おいしく食べられる期限』、『消費期限』は『安全に食べられる期限』のことだよ。まあつまり、はっきり言ってしまえば……いちごさんはもう腐ってしまっているんだ。」

 小鳥には、ハトさんの言っていることのいみがわかりませんでした。いちごさんが腐っている? 食べものでもないのに?

「……! た、食べるとか腐るとか言って、だからいちごさんは食べものじゃなくてぼくのともだちで……!」

「たしかに、小鳥くんにとってはともだちかもしれない。けど、きびしいことを言うと……けっきょくいちごさんはただのくだものなんだ。もちろん腐ることだってある。……どこまでいっても、食べものにすぎないんだよ。」

「そ、そんな、そんなこと……!」

「ごめんね。ざんねんだけど、いちごさんは治らない。……そろそろ全体がカビにやられてしまうだろう。そうしたら、もう……」

 小鳥はじぶんのなかでどくどくという音がおおきくなっていくのをかんじました。いちごさんは治らない? じゃあ、あのやくそくは――

「小鳥さん、わたし、もう、いいの。……もう、いいから。」

 いちごが泣きそうな声で言いました。ぶよぶよとしたかんしょくは、さっきよりもっとひどくなっています。小鳥にはもう、どうすればいいのかわかりませんでした。

「……いったん、おうちにかえろうか。」

 小鳥は、また吐き気をこらえました。

*        *        *

 いちごさんをふたたびおうちにつれてきてからずっと、小鳥はぼんやりしていました。ときおりふいてくる風は、はっぱにたまった雨のしずくをふりはらい、小鳥といちごをくすぐって、ひゅうひゅうと音を立てます。

「ねえ、小鳥さん。」

「……どうしたの?」

「さっきわたしのまわりにいたハエ、ちょっとずつわたしをかじっていたの。」

「え……。」

「気もちわるかった。じぶんのりんかくがぐちゃぐちゃにされていくみたいで。」

「……。」

「わたし、ああやって食べられるのはぜったいにいや。だから、その……よければわたしを……」

お日さまがようやくのぼりはじめて、空の下の方がきいろくかがやきはじめました。


「わたしのことを、食べてくれない?」


「あ、え。」

「小鳥さんになら、いいの。食べられてもいい。だって……わたし、小鳥さんのことが好きだから。」

「……わかった。」

「……ほんとうに? ほんとうにいいの? ……わたし、腐ったにおいがするし、カビもいっぱいはえてるし、それに……」

「ぼくも……ぼくもいちごさんのことが、その……好き……だから。」

「そっか……ふふ、よかった。うれしい。」

なんやかんや

「……小鳥さん、ごめんね。やくそくをやぶってしまって。」

「え……?」

「雲の上……つれていく、って言ってくれたのに。わたし、もう……。」

「……ぼくも、ごめんなさい。……あのとき、うそをついた。」

「……。」

「ほんとうはね、雲の上にいったことなんてないんだ。……こわいから。」

「ふふ、こどもみたいなりゆう!」

「はは……」

「でも、これでおあいこだね。」

「……ゆるしてくれるの?」

「だって、小鳥さんがわたしをたすけてくれたのはほんとうだもの。」

「……ありがとう、いちごさん。」

「わたし、小鳥さんに出会えてよかった。」

*        *        *