例の事件_(ブルジュ・ハリファ)

「いやあ、参りましたね、監督。まさか脚本家が失踪してしまうとは」

「プロデューサーさん! いらしてたんですか! いやもうほんと、締切も迫ってるのに全くどこへ行ってしまったのか……」

「締切どころじゃありません。ネットでは今、我々が彼を殺害したとかいう根も葉もない噂で大炎上中なんですよ!」

「な、そんなことが! ……まったく、ネットで好評だからって、フリーランスの脚本家なんかに委託しなければよかった。どうしたらよいものでしょうか」

「そこでですよ、監督、とりあえずあなたに記者会見を開いてもらうことにしました」

「うーん、そうはいっても、私にも何がなんだかさっぱり分かっていないし……」

「ふふふ、実はですね、私は独自に、彼が失踪した二日前の情報を集めて、ある可能性にたどり着いたんです! そう、つまりこの事件の真相は――『彼はこの二日間の間、ブルジュ・ハリファから落ち続けている』というものだったんだ!」

「え、ええ? ちょ、ちょっと待ってください、ブ、ブルジュ・ハリファ? あのドバイにある世界一高いビルの?」

「そう、そのブルジュ・ハリファです。驚くなかれ、彼は音信不通になる直前、ブルジュ・ハリファの先端を整備するアルバイトとして、ドバイに向かっていたんですよ!」

「な、なるほど……? いやでも、いくら世界一とはいえ、ブルジュ・ハリファの高さは確か830m前後です。空気抵抗を考慮しても、二日も落ち続けることなんてありえないですよ」

「そうですか……では、こう考えてみてはどうでしょう――『ブルジュ・ハリファがめっちゃ伸びた』

「は、はあ!? ちょっ、プロデューサーさん!?」

「まあ具体的に言えば、『ブルジュ・ハリファが生物になって成長した』っていう可能性が高そうですね」

「ブルジュ・ハリファが生物!? そんなわけないでしょ! あまりに荒唐無稽ですよ!」

「いやいや、監督さん、荒唐無稽なのはどちらかな? ……あなたの主張はつまり、『非生物は生物になりえない』ということですよね?」

「ええ、そりゃあそうでしょうよ。生き物は生き物から生まれてくるものです」

「おっとっと、それなら『一番最初の生物』はどこからやってきたんでしょうかね?」

「あっ、そ、それは……」

「生物なんてのも、所詮は物質に過ぎません。あまりに複雑な組成をしているもんだから」

「ラッセルのティーポット」