利用者:Mapilaplap/SandboxforNovels/PhrasesDiverses

      なんでも            夜が好きなら、夜を文章に書けばいい。そのノートを開くだけで、どこでも夜と出会えるように。

 僕は無口な子供だった。草木が生い茂り、生き物が一年で1番活動的な季節。その頃僕は生物観察に夢中だった。

「プラトンは言った――」 「――愛に触れた者は、誰でも詩人になる。とね」

 祖母は言った。「その祭りにはいろんなモノが入ってくるけぇ、気ぃつけるんだな」  雲を眺めるのに夢中だった僕はその言葉を聞いていなかった。

 その街は白と青で溢れる、海辺の小さな街だった。  僕は夏休みの間をこの場所で過ごしていた。  普段は高校は都内のある程度の進学校に通っていた。夏休みの間だけ、実家のあるこの街に帰って来ていたのだ。決していじめられたりしていたわけではない。ただ、休みに遊ぶような友は誰ひとりとしていなかっただけだ。

 僕は暇を持て余していた。

 僕は言葉遊びが好きな子供だった。

 父親は子供に無関心な父だった。母親はいなかった。

 ―――ハロォウ!ディスイズホッターラヴァートーク!レッツゴー!たった今からこのラジオは平日午後4時から始まる、ホッターラヴァートークのお時間だ。俺はパーソナリティのアンソニー・ドロウ、よろしくな。この番組ではみんなのリクエストを待ってるぞ。素敵な恋のエピソードと一緒にダイヤルを回してくれ。今日のテーマは「ひと夏の恋」だ。じゃんじゃん送ってくれ―――

 ある日のことだった。ランチを食べ終えた僕は、海を眺めていた。どこからか無駄にハイテンションなラジオの声が聞こえていた。

 〈ラジオ〉

 すると急に背後から声がした。 「あなた、海のどこが好きなの?」  振り返るとホリゾン・ブルーのワンピースを着た、少女が立っていた。麦藁帽子を深く被っている。この町では珍しい、百合ような白い肌をしていた。瞳はチャコール・グレーだった。  この街に来て満足に会話していない僕はただ固まったまま、彼女の顔を見ていた。10秒ほど経っただろうか、彼女は気づいていないのかと問いただしているような刺々しい口調で、もう一度言った。 「あなたは、海のどこが好きなのかしら?」  睨まれた僕は、彼女の態度にすこし驚いたが、すぐに答えた。 「僕は別に海は好きではないよ。」 「あら、そうなの」  彼女はさぞ意外そうになふうに言った。 「では、なんで海なんか眺めてるの?」 「僕は海を見ているんじゃない―」  僕は遠くを指差して言った。 「水平線を見ているのさ」 「水平線も海じゃない」 「違うさ」 「なにも違わないわ」  しばしの沈黙の後、少女はまるでそれが当たり前だというように腰を下ろした。その後、2人は黙って海をみていた。いつも間にかラジオでは流行りのラブソングが流れていた。曲名は思い出せなかった。 「この街に来るひとはみんな、海が好きなのだと思っていたわ」  彼女は言った。 「だって、海とパブしかない街よ」 「僕は好きでこの街に来たわけではないからね。」 「」

 僕は言った。 「第4の壁って知ってる?」 「知らないわ」  彼女は答えた。 「第4の壁ってのはね、俳優と観客を分けるように舞台と客席を隔てる架空の壁のことなんだ。」


 たしかに、と僕は思った。問題を解決するには経験は不可欠だ。

 その次の年の夏、僕は彼女の書店を訪れた。  その書店があった場所は新しめのパブが立っていた。  彼女は?店の人に聞いてみた 「彼女は遠くにいってしまって、今は誰も彼女を知らない」  と言われた。

 月の妖精  月と話す少年。

 あなたはそうやっていつもここで座っていますね」 「ああ、そうだなぁ…もう10年はこうしてここに座ってるよ…」 「…ひとつ聞いてもよろしいですか」 「おうよ」 「夢っていうのがあるじゃないですか。あの、夜眠ると見れる方の。僕はあれがずっと見れてなんです。」 「夢を見たことがないのかい?…」 「いえ、ああ、でも、最近はずっと。」 「そうかい」 「それで、ですね。あなたは夢をみますか?」  こんなふうに拉致のあかない問答を延々と繰り広げた後、結局この主人公は彼を家に連れて帰って世話をすることにした。あの問答の末に主人公と彼との間に不思議な絆が芽生えたらしい。彼との日々は楽しいことばかりとはいえなかったが、もとより一人暮らしの寂しい生活をしていた主人公は彼がいてくれるだけで養う価値があると信じた。  彼と暮らし始めて3ヶ月と3日経ったある日、急に彼は主人公の前から姿を消した。1週間程の食糧と、主人公の財産の半分も一緒に消えた。置き手紙などの類いはなかった。それから、彼が姿を現すことはなかった。  僕はこの本を読み終えるとなんてつまらない話だ、と思った。どうしようもない、脈絡のない話。オチも理解ができない。僕はそっと本を閉じた。そして、この愚かな主人公に心を馳せながらしばらく波の音を聞いていた。僕がその本を開くことは、もう2度となかった。


「この町はね。際限がないの。」  彼女は泣きながら言った。 「この町の人は朝起きて昼働き、酒を飲んで夜に寝る。それをただただ繰り返す―」 「―ただそれだけなの。波の音はその間絶えないわ。カモメの鳴き声も朝昼ずっと―――もううんざりよ。」


 その夜はとても暗かった。暗がりはベンタブラックで塗り潰したような闇で、日中の茹だるのような暑さは嘘のように息を潜めていた。


 15歳の夏だった。僕は田舎の祖母の家に来ていた。  その夏は酷く暑く―――

 彼は言った 「やつは靴底にへばりついた汚いガムみてぇな野郎だ―」 「―居場所がなくて誰かに付き纏って踏まれ続けるしかねえのさ。」

 君の温度は何度なのだろう。

「なぜあの子がまるまる2ヶ月も姿を現さないのか。それは―――」  彼はこちらを見て言った。 「―――それは君が一番よくわかっているんじゃないのかい?」

「ねえ、知ってるかい?先週アメリカが月に着陸したらしいよ」 「そんなこと知ってるわ。すごいビックニュースだもの。着陸の瞬間の映像も見たわ。田舎娘って馬鹿にするのは、やめたほうがいいわよ」  彼女は機嫌を損ねたように僕にくるりと背を向けて、海の方へ向き直ってしまった。僕は世間話をしたかっただけで、決してそんなつもりで言ったわけではない。彼女は考えすぎてしまうことが多いな、と僕は思った。 「君はもっと素直になるといいと思う。何事にも。」  僕は空を見上げて小さな声で言った。 「すみませんね、頑固なもんで。」  彼女の嫌味ったらしい声が聞こえる。  僕は笑った。  空が青かった。


 センター街から西に4ブロック進んだ右側の路地に来い。  そこで待ってる。

 ビルの最上階から、高く、飛ぶ。

「さよなら」  彼女は言った。そして、回れ右をして僕から離れていった。  渋谷の雑踏は彼女の痕跡を冷酷なほどすぐに掻き消してしまう。  僕は声が出なかった。

 ひぐらしがカナカナと鳴いていた。私は姉と2人で、近所の公園の砂場で遊んでいた。辺りは真っ赤な光のベールに覆われていて、私たちのほかには誰も居なかった。 「お姉ちゃん、どうしたの?」  先ほどまでに私と砂の山を作っていた姉が、不自然に遠くを向いたまま動かないのだ。その目線の先を見てみると、少しだけ木が生い茂った林を見ていた。(何を見ているんだろう)それを知りたくて、私もそこを見ていた。だけど私には何も見えなかった。  その時、突然姉が言った。 「帰ろう」 「え〜もうちょっと遊ぼうよ」  と言って彼女の目を見た途端、私は固まった。いつもの姉の目ではなかった。私の我儘を許さない強制の目だった。私は惜しがりながらも 「…わかった」  と言って彼女と手を繋いだ。そのまま、彼女に手を引かれるまま家路についた。その手が異常に冷たかった。  家に着くと、両親はいなかった。普段なら母が料理を作っていて、台所から陽気な声で出迎えてくれるはずなのだが。リビングまで2人で入って探してみたが、その姿は見当たらない。おかしい。そう思ったのも束の間、右手がグッと強い力で握られた。はっとして姉の方を見る。姉は感情の読めない目で虚空を見つめていた。(やばい)幼いながらにそう感じた私は手を振り払って投げようとした。しかし、姉の手はびくともしなかった。子供の力ではなかった。そのまま彼女は私を引き摺りながら、彼女の部屋に向かった。私は半泣きになりながら引かれることしかできない。 「助けて。お母さん助けて。」  私の叫びは空間に吸い込まれるように響かない。怪しい夕陽が家全体に差し込んでいて、不気味なほどに赤く染めていた。 (行きたくない。いやだ、いやだ、いやだ…)  姉は部屋に入るとそのままベッドへ向かっていきそこに登ったそして部屋の一方、たった今入ってきた扉の上の部屋の角を見つめながらこう言った。 「妹に手は出さないで。」  そして私の手に加えられていた力がふっと消え、姉はその場でバタッと倒れた。私は扉付近にいるであろうそれに背を向けて、泣きながら姉に抱きついた。熱い。この時姉は熱を出していた。


 隣で手を引いていた姉がドスンッとその場で倒れた。

 遊んでいた

 私は幼い頃から好奇心が強い子供だった。  その日は近所の森で姉と2人で遊んでいた。

 そのとき私は6歳姉は9歳だった。  彼女は原因不明の熱を出していて、悪い夢でも見ていたのだろう、ベッドでうなされていた。そんな姉をずっと看病していた私は、その疲れからか、そのベッドの脇にもたれて、ふと寝てしまったのである。その後目を覚まして顔をあげた。今思えば、深夜2時くらいだったのだろう。それまでそんな夜中まで起きていたことはなかった私は


 透き通った風が吹いて、僕らのあいだにできた澱みは流されていった。


 遠くの方に、薄らと除夜の鐘が聞こえる。  彼女はいなくなっていた。 「はあ。」  僕は天を仰いで、息を吐いた。それは白く色づき、そして霧散していく。  いつの間にか、涙が溢れていた。  とめどなく。  絶え間なく。


「なぁ、知ってるか?」 「え?なにを?」 「出るんだってよ、あそこ。」 「出るって?何が?」 「ばっか、そりゃ出るっつったらアレに決まってんだろ。」 「ええっ、本当?僕そういうの苦手なんだよ。」 「な〜そんなビビってないでさ、行こうぜ。俺がついてるからよ。」 「う〜ん、、大丈夫かなぁ。わかった。着いてってあげる」 「よっしゃ」 「え、えと、でも、中には入らないからね。」 「わかってるわかってる。入り口まででいいって。でも、入り口で一人で待ってる方が怖いかもよ?」 「そんなこと言うなよ、、怖くなっちゃうじゃないか。」  ………


「一番綺麗なところを見ちゃったら、もう楽しめないじゃない。また今度、次は貴方が帰る時がいいわ。ええ。そうしたほうがいいわ。貴方が帰る日に、また来よう。」


 僕は、彼女の話を聞くたびに、彼女がとても充実した生活を送っているように見え、僕が自分の話をする度に自分が汚く荒んでいて、取るに足らない人間であるかのように思えた。それほど彼女は輝いていた。

 難解な数式に美しさを感じる人がいる様に、君の行動を許せないと言う人も一定数いる。偶々それが、私だっただけさ。

 明晰夢を見るの。  私はそこではなんでもできる。  だから、  出たくない。

 僕は図書館に行くと、あの子が居ないか。ふと、毎回思ってしまう。もしかしたらここに…なんて思いながら、僕は図書館を巡り続ける。

 12歳の誕生日に、招待状は届かなかった。

 あの街には深い闇がある。光がやたら輝いて見えるのは、その影が濃いからさ。

 落ちうさぎ。君に会いに来たんだ。


 ❇︎ ✴︎ ✳︎

 家では、父が真っ赤な顔で怒りながら待っていた。僕は彼の前でバイクをおり、そして謝った。 「ごめん。父さん俺…」 (ピシャリ)  しかし、謝罪を言い終えるより前に、左頬を叩かれた。小さな稲妻が走ったように感じた。彼の愛車を無断で使っていたのだ。文句は言えまい。むしろそれだけで済んだことを喜ぶべきかもしれない。大きな傷でもつけていれば、彼がどんなことをしていたかわからない。  父は憤慨しながらバイクと一緒に家に入っていってしまった。僕はなんとなく部屋に戻る気にはなれなくて、あの浜辺へ向かった。  一夜振りの海はとても美しく見えた。

 僕は、眠りに落ちた。


 その日詩人になった僕は、世界の見方が変わった。その時からこの世の全てが美しく踊り狂っている見え、そして儚げらに微笑んでいる様に見えた。今までの世界に、より色がついたような感じだ。  学校に帰ってからもそれは続き、絶えることはなかった。あれから10年以上経った今でも、僕の眼には世界は変わらず綺麗に映っている。

 ❇︎ ✴︎ ✳︎

 僕が16歳になった夏休み、もう一度だけ彼女の書店を訪れたことがあった。しかしそこにはあのこじんまりとした建物はもう無く、ただ荒れた空き地が広がっているだけだった。あの蠱惑的な雰囲気も消え去ってしまっていた。  本通りの奥の、クッキーをくれるパブのおじさん曰く、あの書店の|父娘《おやこ》は遠いところへ行ってしまったらしい。その時の僕じゃ届かないところへ。    でも、いまなら届くだろうか。  僕はその日から本屋に行くときに毎回あの子のことが思い浮かぶようになった。

 彼は自分の子供に無関心な男だった。  また、僕に母親はいなかった。


 ―――ハロォウ。ディスイズホッターラヴァートーク。たった今からこのラジオは平日午後2時から始まる、ホッターラヴァートークのお時間だ。俺はパーソナリティのアンソニー・フィールドだ、よろしくな。この番組ではみんなのリクエストを待ってるぞ。素敵な恋のエピソードと一緒にダイヤルを回してくれ。今日のテーマは「ひと夏の恋」だ。じゃんじゃん送ってくれ―――  興味のないラジオの音は、まるで周波数をずらしたかのようにきこえなくなっていった。僕は、お洒落な造りの電灯に止まっている騒々しいカモメたちの声に耳を傾けた。そして、ひたすら海鑑賞を続行した。ターコイズの美しい海だった。僕はただ物を眺めるのが好きな子供でもあった。  急に背後から声がした。 「あなた、海のどこが好きなの?」  振り返るとホリゾン・ブルーのワンピースを着た少女が立っていた。麦藁帽子を深く被っている。この町では珍しく百合ような白い肌をしていた。  この街に来て満足に人と会話していない僕はただ固まったまま、彼女の顔を見ていた。10秒ほど経っただろうか、彼女は気づいていないのかと問いただすような刺々しい口調で、もう一度言った。 「あなたは、海のどこが好きなのかしら?」  睨まれた僕は、彼女の態度にすこし驚いたが、すぐに答えた。 「別に海が好きなわけではないよ。」 「あら、そうなの」  彼女はさぞ意外だというふうに言った。 「では、なんで海なんか眺めてるの?」 「僕は海を見ているんじゃない―」  僕は遠くを指差して言った。 「―水平線を見ているのさ」 「水平線も海じゃない」 「違うさ」 「なにも違わないわ」  しばしの沈黙の後、少女はまるでそれが当たり前だというように、僕の左隣に腰を下ろした。その後、2人は黙って海をみていた。いつの間にかラジオでは流行りのラブソングが流れていた。曲名は、思い出せなかった。 「この街に来るひとはみんな、海が好きなのだと思っていたわ」  彼女は言った。 「だって、海とパブしかない街よ」 「僕は好きでこの街に来たわけではないからね。」 「そうなのね」  またの沈黙。今度は僕が質問してみた。 「君はこの街の人なの?」  答えは返ってこなかった。僕は水平線から目を離し、彼女の顔を見た。彼女はグレーの瞳に涙を浮かべて俯いていた。僕は、こんな時何をすべきかを心得ているような、立派な男ではなかった。僕は彼女から目を逸らし、水平線へ向き直った。そしてしばらく彼女と波の音に耳を傾けているような気分になった。次に振り返った時には、もう彼女はいなかった。  そこにはただ純白の砂浜があるだけだった。  ―――うんうんそうくだ、そうだろうな。ラジオネーム“恋するコウモリ”ちゃん。少しは参考になったかい?よしっ、これで君の悩みは解決さ。来週のこの時間、成功のお便り待ってるぜ。俺は昔は無口でつまらない奴だった。そんな俺を今のようなグッド・ガイに変えたのは“経験”さ。悩んでる子は経験しろ。経験が君を助けてくれるんだ―――  一羽のカモメが海岸から飛んできて、僕の目前で上昇して行った。僕はその群れを目で追って空を見た。青にその胸の白さが映えていた。 「ああ、思い出した。」  あのラブソングの名前はたしか―  ―Never mind,she's just a daydream―  ―気にするな、あの子は白昼夢―


 その時からこの世の全てが踊り狂っている見え、そして儚げに微笑んでいる様に見えた。今までの世界に、より色がついたような感じだ。

 何故だろう。村上春樹が言葉を紡いだ言葉はとても美しく感じられるのに、僕が並べた言葉は酷く陳腐に感じるんだ。

 言わば、嵐で森で沼で木漏れ日なんだよ。君は


「ねえクオ」 「どうしたんだよ、急に。」 「ねえ、“―――”って大嫌いなの。」 「それは、何故?」 「“―――”って、ずっと続くのよ。同じ軌道を同じ」

 嵐の前の風に含まれる、静寂と少しの危険の香り。

 この気持ちを忘れたくない。忘れないでよ。未来の俺。

 流行りは廻るとよく言うじゃない?でも、あれってちょっとと間違ってると思うの。一周まわってきて、ああ懐かしいなってなっても、やっぱり少し違うのよ。

 なあ、「資本論」には特定の世代の人口増加に対する対処法は載ってないのか?

 貴方の目はずっと孤独だわ。海岸ではじめて貴方を見かけた時からずっと。だから私は声を掛けたの。私から抜け落ちた隙間を、貴方が埋めてくれるんじゃないか、ってね。


 僕は彼女との体験を詩にし、歌にし、本にした。


 クッキーをくれるパブのおじさん曰く、あの書店の|父娘《おやこ》は遠いところへ行ってしまったらしい。その時の僕じゃ、絶対届かないところへ。  でも


 次の日、僕はまたあの海岸にいた。そして今度は砂浜に相応しい本を読んでいた。しかし、ページを捲る手はなかなか動かなかった。読みたいけれど進まない、そういう時があるのだ。仕方がないから僕は栞を挟んで本を閉じ、海を眺めはじめた。その日も太陽は手加減などするつもりがないという様子で、素晴らしく強い光線で僕らを容赦なく焼き続けていた。そういえば、この町は本当に雨が降らないところだ。雲が出ていたのだってあの新月の日くらいだったな。そんなことを考えていると、どこからか―多分あのパーラーからだろう―いつぞやのラジオが流れてきた。  ―――そんな男は早く忘れちまいな、コウモリちゃん。俺のラジオを聞くようなキュートでセンスのある女の子を振るなんて、そいつはとんだ大馬鹿者さ。君にはもっと良い人がいるって事だぜ。考えようによってはこれも経験なんじゃないか?まあ、そんなことはどうでもいいか。そういや、プラトンの言葉にこんなのがあったな。『音楽は、世界に魂を与え、精神に翼をあたえる。そして想像力に高揚を授け、あらゆるものに生命をさずける。』あのプラトンさんも言ってるんだ。一曲かまして忘れよう。じゃあ今日はコウモリちゃんが先週もリクエストしてくれたあの曲を流すとしようか。あいつなんかこの歌を聞いてさっさと忘れちまうことだ。じゃあみんな、そしてコウモリちゃん、聞いてくれ、|忌野清志郎《いまわのきよしろう》で『デイ・ドリーム・ビリーバー』―――  ああ思い出した。そうだ、先週曲名が思い出せなかったのはこれだ。たしかこの曲はザ・モンキーズの『Daydream Believer』を日本語に直したものだった。日本語版では悲哀な感じの失恋ソングだが、本物の方は恋人との惚気話のような歌詞だったはずだ。  コウモリちゃんは失敗したそうだ。そんな彼女には、日本語版のほうが心に染みるのかもしれない。

 懐かしいアコースティックギターのメロディが耳をくすぐる。  人肌が恋しくなる季節。

 そうだ。僕は詩人だ。詩人が紡ぐものは全て物語だ。僕のこの人生も、

 図書館奇譚  僕は、何を失った?何を得た?  9/27 17:40

「夜が好きなら、夜を文章に書けばいい。その本を開くだけで、どこでも夜と出会えるように。だから僕は君を書いた。」  彼女は泣きながら言った。 「貴方って|気障《キザ》ね。変わらないわ。」  僕は彼女を引いて抱き締めた。 「僕は|気障《キザ》なんかじゃない。」 「―ただの詩人さ」

 僕は彼女に、仕返しのキスをした。

 帽子の下にこっそり角を隠すユニコーンのように

 人間は、ときとして、充たされるか、充たされないか、わからない欲望のために、一生を捧げてしまう。その愚をわらうものは、畢竟、人生に対する路傍の人にすぎない。  芋粥―――芥川龍之介

 刹那の幻想を、お楽しみください。

 恒川光太郎の何かがそこに残っている気がした。

 川端康成のサインの入った全集がそこにはあった。

 本の良さを僕に伝えようとするたびに彼女は読んだ時の興奮や感動思いだしては、笑いながら泣いていた。いい笑顔だった。僕はこんな幸せな涙があるのかと思った。  とてもいい時間だった。

 きっとこういう時に人はリスカするんだろうな。

 僕は彼女をベッドに座らせた。 「君は裸でこのベッドで座っていてくれないか。座っているだけでいいんだ。何もしないでいい。いや、スマホとか眺めてリラックスしていてくれ」

 僕は自分の詩集を手に取った。  赤いダッフルコートを着た彼女は言った。 「その詩集、いいですよ」  僕は聞いた。 「この詩集が好きなんですか」

 最悪だ…!  やばすぎる

 その夜に僕は幽霊を見る。  海辺のカフカ―――村上春樹

 濃密さが足りない

 なんて魅力的な|濃密さ《、、、》なんだろう…!

 僕は自分から抜け出せない。

 凄まじいんだ

「あの風だ。」  僕はそう思った。僕はその時海辺のカフカを読んでいて、途中塾の受講室から外に出たところだった。  冷たい風が吹いてきたのだ。身体と服の間の温度をしっかりと拭い去っていくような風だ。  僕は駐車場にたってじっと虚空を見つめていた。いやその時僕は世界を感じていた。小学校の頃、午後5時、友人と遊んだ工事現場。多分今とちょうど同じ頃。この風が吹いていた。瓦礫の上で僕はこの風に吹かれていたんだ。空と空気の色もおんなじだ。それは白くくすんでいて、生気がない分さっぱりしている。  僕は瓦礫の上に佇む僕を見た。その時の僕には、それはまるで僕のメタファーの様に感じられた。それは確かに僕で、もう僕には欠けらも残されていない様な僕だった。  15歳の僕はあと2ヶ月しか生きられない。  死に場所は探せるのか?

 10/10

 33章やばい

 たった今僕は真実に気がついたよ。本も世界も心も扉もみんな―――ひらくものだ。

「恋をしたことがないんです。」  僕は噛み締めるようにもう一度言った。 「恋をしたことがない。燃えるように熱い…って言うのは野暮なんでしょうか。」

 実を言うと僕はこの本に心を鷲掴みにされていた。いや、 もしかするとこの本ではなく、現実にある何かしらに僕の心は囚われていたのかもしれない。しかしそれは僕には判断がつかなかった。もともと現実と幻想の輪郭を薄めてグラデーションにしていき、最後にはひとつにしてしまうような、そんな本であった。僕はその本の思惑通り、ひどく混乱していた。この心を捕らえて掻き乱すものはなんだ?    僕の心も、すっかり秋に衣替え。

 10/11

 僕は単純明快なんだ。それでいて曖昧模糊、複雑怪奇。  掴みどころもないんだ。


 海辺のカフカを読み終え受講室を出るとそこには彼がいた。彼の名はガチョウ。僕の親友だ。  彼は言った。 「話をしよう。」  僕は黙って彼の横に座る。彼は空を見上げた。辺りは日が暮れる前の、闇が染み出してくるような、この時間独特の気配がしていた。何者かがゆっくりと、しかし確実に光を束ねて明日へと持っていくのだ。  僕は彼に向けて言葉を放つ。 「なあ、僕は君に話したいことがある。多分一方的に話すことになるけど、聞いてもらっていいかい?」  彼は親の機嫌を伺う痛々しい雛鳥のような笑顔で答えた。 「もちろん。君の好きなようにすればいい。」  彼はいつもそういう笑い方をする。痛々しく笑うのだ。その痛々しさがどこから来るか、僕は知らない。時々考えてみることがある。僕が彼の笑顔に痛々しさを見るのは、僕が彼に痛々しい負い目があるからなのではないか、と。でもその度に僕は思う。彼の笑顔にあるその痛々しさは、彼に生まれつき備え付けられていた物なのかもしれない、と。僕はこの問答を幾度となく繰り返してきたのだが、答えに辿り着くような気配は全くない。むしろ混乱していくように感じる。僕は彼の笑顔を見るたびにそう思う。  僕は最初のひと言を話し始めようと、息を吸った。しかしそれは空を切った彼の手によって止められてしまう。 「悪い。少し散歩に行かないか。」  彼は僕に向き直って言った。 「散歩しながら君の話を聞きたいんだ。」

 ❇︎ ✴︎ ✳︎

 僕らは道なりに歩いていた。辺りには冷たい風が吹いていた。僕はひとつひとつの言葉を確かめるように話し始めた。 「君は芥川龍之介の作品を読んだことがあるかい?」  返事はない。僕は彼との会話にまともな返事は求めてないし、彼も返事することは望んでいない。 「彼は天才だと思うんだ。彼の文章はまるでがちがちに固まった銀の檻のようだ。全てが計算し尽くされたロジックでできている。でも多分それは彼自身が計算した物ではないんだ。彼は彼が生きている世界を隅から隅まで捉えて、それを端から端まで文章にしただけなんだ。その世界の澱を自由を含みを必要な分だけ絶妙に取捨選択して、選んだ全てで造られている。もちろん作家は基本的にそうだ。彼が天才たる所以はこの時の“捉える”というところにあると思う。」  彼は難しい顔をして黙々と前へ進んでいく。僕は話題を変える。 「まあそんなことはいいんだ。」  僕はまるで芥川龍之介が素晴らしさはこの世界とは全くの無関係で誰にも必要とされていない物であるかのようにそう言った。 「僕はさっきまで“海辺のカフカ”を読んでいてね。村上春樹の作品さ。」 「ちょっと待って。ジャンパーを着たい。」  彼の一言が僕の戯言を遮る。 「このリュック、少し持っていてくれないか。」 「いいよ。もちろん。」  彼は大きいリュックサックと手に持っていた小さい鞄を僕に手渡し、ジャンパーを着た。僕は受け取ったリュックサックを背負い、小さな鞄は右手に持った。どちらも大きさの割にとても軽かった。 「ありがとう。」  彼は僕から荷物を受け取ろうとする。僕は気が変わって、出された彼の手を抑えた。 「いや、僕に持たせてくれよ。僕は今まで何も持っていなくて違和感があったんだ。」 「それならお願いするよ。」  彼はまた痛々しい笑みで答えた。僕はなんだか居心地が悪くなる。 「ひとは不自由な方が生きやすいんだ。“海辺のカフカ”の中でもちょうど同じような話をしていたよ。僕らはある一定の制約の上じゃないとうまく生きられない。ここでは君の不自由という財産を僕が奪ってしまったんだ。」  彼は前を向いてこう聞く。 「それは―――君の自由意志で?」 「そう。」  僕も前を向く。 「―――僕の自由意志で。」  暫く歩くと公園が見えてきた。小さい割に立派な遊具のある公園だ。辺りはもうすっかり暗くなっていて、ひとはいなかった。 「そう。」  僕は公園の入り口の方で彼に向き直った。 「さっき読んだ本の中に図書館が出てくるんだ。高松の海の近くにある図書館でね。素晴らしいところなんだ。そこには僕がいて大島さんがいて佐伯さんがいたんだ。」  僕は彼に微笑みかけた。彼の顔は暗くてよく見えない。 「大島さんっていうのは難しいけれど素敵なお兄さんなんだ。僕を気にかけてくれる。そして佐伯さんは端正で美しい女性で、その図書館の館長なんだ。僕はその瀬戸内の時の狭間のような世界で過ごすんだ。」  僕はくるりと彼に背を向けて遠くを見た。 「今までで1番至福の読書体験だった。この本を読んで、僕は願い事が2つ増えた。それはなんだと思う?」  背後の彼から答えはない。彼はぜんまいの切れたブリキのおもちゃのようにそこにいた。いや、もしかしたらそこに彼はいなかったのかもしれない。人間は背後を確認する術を持ち合わせていない。  闇はだんだんと濃くなっている。風は勢いを増す。僕の耳にはその風の音だけが聞こえる。 「ひとつは“図書館を建てたい”。僕は読み終えた時に、そう願ってしまっていた。僕は自分の図書館が欲しい。うん。そうだ。僕は図書館をつくりたいんだ。そこまで大きくなくていい。ただその建物は明治の頃の建物みたいにレンガで造られて、趣があるんだ。そこには地下室があって、誰かの思い出がそこで眠る。壁には美しい森の絵が飾られて誰かがその絵に吸い込まれていく。館内は正しく管理されたルールに基づいて整理されて、正しい本が正しい場所にある。そして館長の部屋では、僕が万年筆で文章を書いているんだ。そこにある窓からは昼下がりの、もしくは早朝の、あるいは夕暮れの、四季折々の庭が見えるんだ。僕はそこで何かに向き合う。ただ黙々と向き合い続けるんだ。」  僕は夢を見るような感じで目を閉じた。僕は今僕の図書館にいる。そしてその裏には綺麗な海岸がある。僕はそこにいき水平線を認めながら波の音に耳を澄ます。誰かの記憶は地下室で眠る。絵に吸い込まれたひとは、時間があまり関係の無い場所で暮らす。海岸には僕がいる。書架は整理されている。そこは非常にメタフォリカルな物事に溢れている。 「そう。そしてその図書館はメタフォリカルなんだ。誰にとってもね。実は本の中の図書館は、僕と大島さんに取っても佐伯さんにとってもメタフォリカルなものではないんだ。その世界は全てメタフォリカルに取って代わることができるから、それは彼らの中で実態を持って互いを繋ぐ、パイプのような物になっているんだ。それは心臓と脳を繋ぐ血管のように無くてはひとは生きられない。でも―――」  僕は言葉をきった。ここまで喋るのに息を忘れていた。相変わらず背後の彼と思わしきものは動かない。僕は続ける。 「僕らの生きる世界は良くも悪くもメタフォリカルではないアレゴリーで溢れている。そう。僕らの世界には無くてはならないパイプが多すぎるんだ。だから僕はそこに僕だけのメタファーを創りたい。誰にとってもメタフォリカルな僕だけのメタファーだ。」  僕はだんだんと振り向くのが恐ろしくなっていた。その恐怖に彼は殆ど関係がない。僕は話を終えるのを恐怖していた。できることならこのままずっと話を続けていたかった。僕は話すたびに僕が出来上がっていく感覚にすっかり陶酔していた。もといた世界に戻りたくなかった。 「ふたつめ、これはもっとシンプルだ。“愛する人が欲しい”。僕は本気で愛せる人が欲しい。これに関して僕はこれといった注文はない。ただ本気で愛したいと思える、そんな人が欲しくなったよ。」  時間のようだ。目を開けると、辺りは真っ暗で、冷たい風がどうしようもないくらいに吹き荒れていた。そして僕はゆっくりと彼へと振り向く。まるで僕自身が鍵になったかの様に身体を180度回転させる。彼はそこにいる。耳元で扉が閉まるような重い音がした。 「僕の話は以上さ。これから僕はもっと強くある努力をしなくちゃいけないな。」 「そうだね。」  彼はまた痛々しく笑う。風はもう止んだ。  彼は言った。 「もうすっかり暗くなってしまった。戻ろう。」  いつの間にか僕が持っていたはずのリュックは彼の背中にあった。 「散歩はいいな。」  僕は言った。

 ❇︎ ✴︎ ✳︎

「なあ、好きな音楽流してもいいかな。」  ガチョウは言った。 「いいよ。もちろん」  僕は答える。

 笑っちゃうくらいいい景色だった。  陽だまりの中で駆ける双子の女の子とその親。皆笑顔だった。

 父親を殺してみようか。(デイドリームビリーバー)  そして、明晰夢を絡めてみよう。(天才か…?)

 よくもこんな無茶な計画が立てられたものだ。これじゃあまるで蠱毒ではないか。

 17年も待ったんだ。

 その少年と母親の姿を見てクオはなんとも言えない寂寥感に襲われた。

 アヒルとガチョウのモチーフ

 私はこう思っていた。この世界の振れ幅はおかしい、と。究極の幸福と究極の絶望が同時に存在し得るなんて。 (友の死)  それは簡単に、交錯することを知った。

「これは夢なのかなぁ」  君は笑う。

 山田香帆里

 人物像を掴む為の特訓が必要だ

 バレンタインデーの学校は、青春に染まる。  この話の主人公こと僕、|村上光太《むらかみこうた》は1年B組の教室でひとり本を読んでいた。

 もし、人の生きる理由がより多くの幸せを感じることだとするならば、お金を持っている金持ちよりも貧乏人の方が、今を生きる人として優れているのではないだろうか。  そう思うことが時々ある。なぜなら幸せは相対的なものだから。考えてみて欲しい、レコードを一つ貰って幸せを感じる人と、フェラーリを何台貰っても幸せと感じられない人。どちらが幸せだろう。  では、なぜ人はよりお金を稼ぎ、名誉を重んじ、社会の仕組みの中で偉くなろうと命を削るのだろう。  それは偏に、僕らは幸せを追い求める生き物であると同時に“勝利”というものの依存症だからだ。僕らは“勝利”に依存することでこの自然界を生き延び、現在のような“勝利”無しでも快適に生きることのできる、殆ど理想郷のような世界を創り出すことができた。しかし、僕らは歴史を歩むうちに“勝利”無しでは途轍もなく心配になるくらい、それに頼りきってしまっていたんだ。

 “勝利”によって生まれる“優越感”というものは非常に甘い罪の香りがする。人は、その香りが大好きだ。

 理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない。――村上春樹「スプートニクの恋人」

「つまり――ホームなのにアウェイってことかい?」  彼はひとしきり笑って言った。 「俺が言ったことにしてよ。」

 “ご祝儀感情”ねぇ……

 どこにでもいる女の子なんてどこにもいない。

 確かに、創作物の中で自分の思うように行動しない主人公というのは機能しないコントローラーと一緒で全くストレスの溜まるものだ。

 黒板に爪立てて引っ掻いてる音聞いてるような不快な感じや

 反知性主義は最近では論破するための論理だと思われているが、それは単に本当に馬鹿な人々が曲解してできた認識であって、本来の意味はエリート層等の所謂知識・思想を持った奴は普通の何も知らない奴より偉いんだという特権意識を持って国が運営されていることこそがおかしいんじゃないか、というところに反応した一種の皮肉である。  したがって反権威主義、反権威的知性主義と呼ぶこともできるであろう。  反知性主義というのは、本来選民思想へのアンチテーゼなのだ。

 三島由紀夫はアイドルやな

 最も猥褻なものは縛られた女の肉体である――サルトル  by三島由紀夫  主体性があるのにそれが発揮できない状況に置かれているという美

 サルトル――実存主義←その裏切りによる傷――W村上→「終わらない日常」日本人のテーマ

 アフォリズム&デタッチメント→村上春樹≠連帯  自傷&観察(放浪)&行動→村上龍

 ラディカルなうえで下品じゃない女性→やれやれと受け入れる村上春樹(逆らわない)

 モノ執着への終わり→z世代  モノ執着→田舎を切り捨てた文章

「あるいは」「そうかもしれない」同調と諦め。自分は空っぽ。同調しているようで突き放しているそのミラーリングによる孤独。

 3.11→最後のチャンス

 ノルウェイの森→迷いの森 バブル以降の日本の預言の書

 風の歌を聴け→ずらしずらしずらし救済

 三島由紀夫 耽美の仮面の裏の祈り

 浅ましい目だ。あんな目にはなりたくないね。          なんでも2 入寮              1/6

 翻訳していると、死ぬほど付け足したくなる。素晴らしい行為だ。心踊るよ。翻訳という作業は。

 徹夜とは自己の拡張である。

 僕は青藍寮の横にある霊園の入り口に置かれた、孤独なブロックに腰掛けていた。そうして僕は、月について描かれたひとつの美しい小説を読んでいた。辺りには快い涼風が吹いていて、僕は全身で夜の幕開けを感じていた。  読み進めてゆくうちに、軈て僕は先刻まで感じていた筈の夜の黎明に対して一抹の違和感を覚えた。その違和感は文字を追うほどに僕のなかで脈々と波打ち、仕舞いには看過できないほどに膨れていった。そのとき僕が感じていた僕の周りの夜と、小説のなかの夜の心地が随分と違うのだ。僕はその空気の質の違いに、次第に陸に投げ出された魚類のように息が出来なくなり、耐えられなくなると、プールからやっと抜け出したように上体を上げ、空を見上げながら肺の奥まで息を吸った。どうしてこのような違いが生まれるのだろうか。文章と現実の、この奇妙な乖離は何処から来るのだろう。そんな疑問がふと頭を過ったが、僕はその疑問に集中できるほどの心の余裕を持ち合わせていなかったため、それは瞬く間に夜風に吹かれて消えていった。  そのようにして暫くの間、辺りの静寂を頼りにして空を見上げていたが、再び此処で視界が歪むような感覚がして酷い頭痛が僕を襲った。そして、まるでひとりだけ異世界へ迷い込んでしまったかのような、本来の居場所に帰りたいような、刃物で切られた時の鋭い痛みに似た法界悋気の感情が胸を貫いた。本来僕が在るべき処へ帰りたかった。僕は身体を丸めてそれに耐えようと必死だった。  そんな苦しみの裏で僕の残り少ない正常な思考は、この状況を打開する策について黙々と考えを巡らせていた。そしてこの世界の何処かに拠り所が必要だという結論に至った。そして僕は――殆ど反射的に――立ち上がって空を見上げ月を探した。僕が見た先には、小説の中と寸分変わらない月が只そこに在って、僕はその豊かな光を確かな礎としてこの胸の動悸を鎮めるはずだった。  しかし、そこに月は無かった。  僕は右を見た。年月に擦り減らされ、今や希薄な青春の想い出の巣箱となった、過去の人の為の寮があった。僕は前を向いた。夜に他のどれより輝く巨大な電灯の下でテニスをする、骸のような人々がいた。僕は左を見た。無数の本当の骸が横たわる、細部に拘りのないありきたりな霊園があった。僕は後ろを振り向いた。そこには、ゴミ処理場へ降りていくなだらかな坂が――。  僕はすっかり自分という存在に絶望して、操り糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。暗い夜に本が読める筈は無い。そう、僕の上にも昆虫の眼のような形をした無機質な電灯が最初から在ったのだ。  僕は力無く立ち上がり、本来僕が在るべき場所を探す旅に出掛けようとした。それは波瀾万丈で危険で美しくて情熱的で罪の香りがして、そして、本来ならば誰にでも訪れる筈の旅路だった。しかし、すっかり毒に侵されていた僕は、僕らは、もう歩き出すことはできなかった。  再び膝をついた僕は、声も上げずして空を見上げた。  果たして、僕らの月は何処へ行ってしまったのだろう――?

 19世紀耽美主義 三島由紀夫→仮面  女性的感性からくる繊細な文章。そしてそれに対成す男性的思想と行動。相反する二面性から生まれる葛藤に仮面を創り出した。  →実存主義へ

 金閣寺、仮面の告白読了後→鏡子の家

 文学。作家について、処女作から順に文体の変遷や当時の時代背景を鑑みてその人間を楽しむ。記録として読む。

 潮騒、花ざかりの森・憂国、真夏の死  戯曲なら→サド侯爵夫人

 社会に根付く人―浮世の人

 此処には居られない色――赤

 小津安二郎  東西文化のキャッチボール  東京物語

 他者と常に関わっていると頭がおかしくなってしまいそうだ。

「僕らの月は何処」を書いたのはサマータイムレンダを見て、本当にあの気持ちになったから。なんでこの世界には澪ちゃんが存在してないのか。fuck you

 いくら煌びやかに彩っても、いくら技巧の凝らされた文章だとしても、姦通などは純愛には敵わない。

 おっとお〜、これはキツイぞ

 ニヤニヤが止まらんニチャァ

「駆け落ち」  何か今僕らの周りに漂う全てが、集約されたような言葉だった。

【自戒】怒鳴るな。

 LINE Quick gameに心を奪われている。

 教室海 月夜

 駆け落ち

「ねえ、貴方。私と一緒に駆け落ちしない?」 「えっ?」

 コンビニの前  十時五分に  食べ残してきた  青春を

 土曜の食卓  こんな時だけ  思い出すのは  どうして?

 土曜日って、色で表すと藍色よね。  なんでだろう。一番満ち足りた曜日なのにね。

 土曜日の朝  ベッドから出て……

 金曜日、調子に乗って夜ふかしする  君たちは知らないと思うけど  土曜日の朝こそ最高の時間なんだよ  ほら、想像してごらん  目を覚ますと、薄っすら明るい自分の部屋  ベッドから出て、カーテンを開けると  そこには眩しい土曜日のひかり  そう、その時間、僕らは  なんでもできる  これから始まる

 朝

 金曜の  夜ふかしやめて  眺む朝  希望に満ちた  土曜の始まり

 土曜日に  浴びる朝日と  ハムエッグ  目を凝らしたら  仄かな希望


 お昼


 土曜日の  正午気怠い  音が鳴る  期待は碇に  私を固定

 希望だけ  先行き過ぎた  土曜日は  ぬるい麦茶が  何故だか似合う


 夕


 明日がある  だから大丈夫  大丈夫  シャワーの時の  言葉は仮初

 運悪く  過ぎ去っていった  土曜日は  また箱に入れ  明日に配達


 夜


 コンビニの前  あの日あのとき  食べ残してきた  青春を

 土曜日の夜  食卓に独り  こんな時だけ  思い出す  …………



 関係ないやつ

 運悪く  過ぎ去っていった  週末は  からくり箪笥の  奥にしまって

 杪夏

 思考ノート。俺の感受性を掴んでいこう

 人間性を捨てた人間。


 降格したやつ↓  アニメ、そして冬の風

 中学1年生の冬頃だ。僕はその頃テレビでアニメを見ることに夢中だった。  その頃にはもう、サブスクリプションの文化はある程度浸透していて、僕は好きなアニメの好きな話をいつでも好きな時に見ることができた。  僕は親や兄弟がいる時はテレビを観ることができなかった。その代わり他の家族が出掛けて、ひとりで留守番をしている時に好きなだけ観ることが出来るという特権を持っていた。  その日も僕は家で一人で、好きなアニメを見ていた。家族は朝から出掛けていて夜まで帰ってこない。弛んだ午後の空気で充填されたリビングで、僕は食い入るように画面を見つめていた。  52インチの液晶の向こう側では、主人公の少年が恋人と一緒に午後の穏やかな時間を過ごしていた。彼は仲間と共に最後の戦いへ臨むための準備を、ちょうど終わらせてきたところであった。その少年は言った。 「もしこの戦いが終わって無事に帰ってこれたら、僕と結婚してくれ」  計算し尽くされたハイライトを湛えた、デフォルメされた無機質な瞳がヒロインを見据える。彼女はアニメらしい大袈裟な動作で喜びを表現し、そして 「わかったわ」  と言って、凛とした顔で主人公を見つめた。 「ただし、絶対、死なないで。絶対勝ってね」  そう言って照れくさそうに手を握った。彼も照れくさそうに笑った。 「大丈夫だよ。僕らは負けない」  そして繋いでいた彼女の手を、より強く握りかえした。  そこには暖かい午後の日差しと、嵐の前の冷酷な静けさがあった。  僕はこの時、この言葉が所謂“死亡フラグ”と呼ばれるもののテンプレ中のテンプレであるということは露ほども知らなかった。  純粋無垢な12の少年は、主人公の勝利と幸福だけを願っていた。    ❇︎ ✴︎ ✳︎

 3時間くらい経っていただろうか。暖かな午後の空気はとっくに消え去り、薄暗いリビングには冷たい冬の風が吹いていた。画面の向こうの世界では最終決戦のクライマックス、主人公とその宿敵との戦いの真っ最中であった。  主人公は      自分の文章が素晴らしいと思ってしまう。なんだろうこれ   「冷水機飲んでくる」はメトノミーだ!間違いではなかったんだ!!!「扇風機が回る」や「やかんが沸く」と同じ換喩なんだ!!

 颯→ハヤブサ  石川一(はじめ)→キツツキ  ハルさん(モデル:魔女キルケ)→タカ  反舌澪→モズ  シオン

 名前……? どうしよう

「手紙」を再読して震えてる

 豪遊させよう。

 ね、駆け落ちでしょう? もっとムードを出さないと

 正常性バイアス  同調性バイアス

 心の奥底に春水の湧き出ずるものがあったのかも知れぬ。

 カラオケ  新幹線  懐石料理  本屋  映画館  ホテル  試着室  動物園!  博物館  美術館  海  シャボン玉と花火  公園  山小屋

 嫉妬してほしい。

 明晰夢

 長声一発

 俺はダメだ。価値観が前時代的過ぎる

 死神は抜けがらの街で悪を喰らう。

 固い足音がして、咄嗟に後ろを振り向いた。見るとそこにはコンビニの制服を着た女が立っている。冷たい温色の街灯に照らされて、僕らは向かい合う形になる。 「お客さま、何かお忘れ物はありませんか?」  女は落ち着いた様子で笑いかけた。僕は死神に聞いた。(逃げるべきかな?)死神は言った。(ああ。早く逃げるべきだ)  僕はさっと身を翻し、逃げ去ろうする。その瞬間、驚くほどの速さで女は動いた。僕は無造作に左腕を掴まれ、その手に持った盗品は光の下へ高く掲げられた。 「最初から見ていたので、とりあえず事務所行きましょうか。」  女は表情を崩さずに言った。僕はそのまま、抵抗できずに事務所へと連れて行かれた。


 フェリーは、幾千の牛のような声をあげて出港した。肌がビリビリとざわつき、生物と無生物とが入り混じってしまうくらいの振動を伴っていた。僕はフェリーが鮮血のような水平線を跨いで行ってしまうまでたっぷりと時間をかけてそれを見ていた。フェンスの間から見る日没前の海は豊かな殺気で満ちていた。僕は死神に聞いた。(どうして海はこんなに僕を殺したがるのだろう)死神は言った。(お前に苦しんでほしくないからだ。人がゴギブリに毒をかけて意味もなく殺すみたいにさ)そして死神はホルダーに残されたトイレットペーパーの芯のようなからからとした声で笑った。(ゴギブリなんか殺しはしないよ)僕は言った。  フェンスから手を離しもう見るものなどない海に背を向け歩き始めた。港から駅までは繁華街になっている。歩き出して数分もすれば日は完全に沈み終え先刻まで真っ赤だった空にも静脈血のような暗い影が落ちた。街の空気には安い香水と吐瀉物が入り混じって希釈されたような、艶やかな香りが混ざり始める。(僕は今気がついたよ。こういう街のネオンの光が特別明るく見えるのは、その光のすぐ近くに深い闇があるからなんだ)死神は黙って右手にある路地の奥を見た。僕がそれに倣って路地の先を見ると死神は虚空に消えた。


 改札口の前では僕と同じくらいの少年が六人、制服のままたむろしている。同じ塾の鞄を持っているから、これから塾にでも行く集団だろうか。するとその中の頭を丸めた優しそうな少年が近くにいたホームレスの老人を見つけ、


 焚き火と読書。焚き火の光で本を読んで、今だと思った時に火に投げ込むんだ。

 表紙はタバコを持った若い女性の手にしてください。風の歌を聴けみたいな。

 海に眠る、止まった腕時計をつけた右手

 自己犠牲ののち、封印。記憶まで。  故郷に帰りたくなる薬。

 僕の|好み《タイプ》は、頭が良くて理知的で、優しくて、本の話ができて、それでいて支えてあげたいと思う女の子だ。課題は出来る限りちゃんと出す、真面目で努力家な女の子だ。夜寝る前、ベッドで「さらばユニバース」を聴いて恋人のことを考える子だ。

 異端の祝祭  愛情とも欲情ともつかない感情。  手というのは強烈に情欲をそそる人体のパーツなのだ  胡乱な集団  石神が絶妙なキャラすぎるな

 僕の言葉を聞いた死神は黙って右手にある目立たない路地の奥を見た。僕がそれに倣って路地の先を見ると、死神は虚空に消える。  視線の先には胸元をはだけた女と男が居た。女は両手を押さえられ、

 今日は、夏なのに雪が降った。気温が低い訳ではないのに、だ。

 勉強楽しい!

「なんで言いたくないかもわからない」ってせう可愛すぎる。

 颯は危惧していた。一には、昔から向こう見ずなところがある。

 霧に包まれた針葉樹の森。その中にポツンとある広い湖。

 顔に血がついた真っ白なフクロウ。一面の銀世界で黄色に光る一対の眼と、その赤だけが嫌に目立っている。

 掃除を手伝ってくれたせうの話。(模試)

 ガソリンを入れる時のメーターの話。

 感じた印象をイメージに形作る癖  学問→土を掘っていく  未科学と非科学

 芸術に科学で切り込むのはタブー  文学にメスを入れたら血が止まらなくなりそう  縫い付けることができない。

 海に溶けてく思考。  俺は自分から滲み出る色水を掻き集めてもがくようなイメージ。  せうは海に溶けても、全てが均一に混ざるとするなら、原子は何処にでも必ず残っている。それを集めるのがこのメモ。

 クローンについて

 僕は青藍寮の横にある霊園の入り口に置かれた、孤独なブロックに腰掛けていた。そうして僕は、月について描かれたひとつの美しい小説を読んでいた。辺りには快い涼風が吹いていて、僕は全身で夜の幕開けを感じていた。  読み進めてゆくうちに、軈て僕は先刻まで感じていた筈の夜の黎明に対して一抹の違和感を覚えた。その違和感は文字を追うほどに僕のなかで脈々と波打ち、仕舞いには看過できないほどに膨れていった。そのとき僕が感じていた周りの夜と小説のなかの夜の心地が、随分と違うのだ。僕はその空気の質の違いに、次第に陸に投げ出された魚類のように息が出来なくなり、耐えられなくなると、プールからやっと抜け出した時のように上体を上げ、空を見上げて肺の奥まで息を吸った。どうしてこのような違いが生まれるのだろうか。文章と現実の、この奇妙な乖離は何処から来るのだろう。そんな疑問がふと頭を過ったが、僕はその疑問に集中できるほどの心の余裕を持ち合わせていなかったため、それは瞬く間に夜風に吹かれて消えていった。  そのようにして暫くの間、辺りの静寂を頼りにして空を見上げていたが、再び視界が歪むような感覚がして酷い頭痛が僕を襲った。そして、まるでひとりだけ異世界へ迷い込んでしまったかのような、本来の居場所に帰りたいような、刃物で切られた時の鋭い痛みに似た法界悋気の感情が胸を貫いた。本来僕が在るべき処へ帰りたかった。僕は身体を丸めてそれに耐えようと必死だった。  そんな苦しみの裏で残り少ない正常な思考は、この状況を打開する策について黙々と考えを巡らせていた。そしてこの世界の何処かに拠り所が必要だという結論に至った。そして僕は――殆ど反射的に――立ち上がって空を見上げ月を探した。僕が見た先には、小説の中と寸分変わらない月が只そこに在って、僕はその豊かな光を確かな礎として、この胸の動悸を鎮める事ができるはずだった。  しかし、そこに月は無かった。  僕は右を見た。年月に擦り減らされ、今や希薄な青春の想い出の巣箱となった、過去の人の為の寮があった。僕は前を向いた。夜に他のどれより輝く巨大な電灯の下でテニスをする、骸のような人々がいた。僕は左を見た。無数の本当の骸が横たわる、細部に拘りのないありきたりな霊園があった。僕は後ろを振り向いた。そこには、ゴミ処理場へと降りていくなだらかな坂が――。  僕は自分という存在にすっかり絶望して、操り糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。暗い夜に本が読める筈は無い。そう、この僕の真上にも昆虫の眼のような形をした、無機質な電灯が最初から在ったのだ。  僕は力無く立ち上がり、本来僕が在るべき場所を探す旅に出掛けようとした。それは波瀾万丈で危険で美しくて情熱的で罪の香りがして、そして、本来ならば誰にでも訪れるはずの旅路だった。しかし、すっかり毒に侵されていた僕は、僕らは、もう歩き出すことはできなかった。  再び膝をついた僕は、声も上げずして空を見上げた。  果たして、僕らの月は何処へ行ってしまったのだろう――?

 人格の創造。  人格は創れると思うんだよね。by昔の貴志

 時間は変化を測るための指標である――アリストテレス 「変化が無ければ時間もなくなる。時間の存在は変化に依存しているから」  時間は何にも依存しておらず、絶対的な存在だ――ニュートン  現代科学では前者が正しい。  時間は因果関係にも依存している。  因果関係というリレーによって出来事が一つずつ起きていき、私たちはそれを感じることによって時間の流れを感じている。つまり、時間は因果関係にも依存している。

 夜遅くまで起き続けて睡眠負債が溜まりまくっていると、耳たぶが刺されたくらい痛くなったり、二の腕が取れそうなくらい熱くなったり、とにかくありもしないような異常が身体に現れる。

【自戒】もう何も入れるな  つまり今吐きそうおやすみ

 晴れた日には野原で本を読む。  小洒落た傘があれば、雨の日も好きになる。

 創造の美は瞬間的であるべき  私たちは一瞬だ

 最初はイタリアか? 俺はカプリパンツ姿でスクーターに乗り、ジュゼッペ農場に行ってチーズを食べる。クローズアップで恍惚感を装い――次に南アに飛んで――人種差別はダメとか言ってエミー賞を取る。オーケー。食うぞ。

 パンのないパン皿

 次元の違うヤバさだな。彼の歴史の話からして、今夜のメニューの包括的なテーマを当てるのが楽しみだ。  それ本気?  ああ  バカにされてるのよ。  違う。これは構想だ。  そんなわけない  彼の料理には物語がある。彼は語り部だ。常識は無視するけど、  常識を説くようで月並みかもね。でも――食堂は料理を出すべきよ。 (沈黙)  君は月並みなんかじゃない。

 2013年ロス・コブピノ・ノワールです。眠りを覚ますためにデカンタでお注ぎします。オーク、リッチチェリー、タバコノート。熱望と後悔のかすかな香りが特徴です。

 次の料理の名前は‘記憶’。思い出を誘う一品です。私の思い出話を――。故郷のアイオワの街では火曜日は‘タコスの夜’でした。タコスの火曜日。ここに居るのは私の母です。酔っ払ってます。よくあることです。私が7歳だったある火曜日。父が酔って帰宅を。これもよくあることでした。母が怒ってわめき立てると、父は電話線を母の首に巻き締め上げました。私は泣きながらやめてと懇願しました。でも止めるには父の太ももをキッチンハサミで刺すしかなかった。喉を刺せばよかったが、当時は思い至らなくて。ご想像通り忘れ難い‘タコスの夜’の思い出です。

 バイオダイナミック農法のカベルネ・フランを使いました。酸化防止剤不使用で――炙ったタンパク質によく合います。

 ‘時には一杯のお茶さえあればいい’。スロバキアのことわざです。

 男に生まれた俺にとって、女が一番の敵だ。最悪で最強の。

「コーリング・Dr.サンシャイン」が――ひどかった。  あの日曜日は何ヶ月ぶりかの休日。唯一、命の洗濯をする日。私は一人、劇場であの映画を見た。

 そして今また実物を見て呪われた気分だ。

 志をなくした芸術家は実に哀れだ。

 あなたがこめたのは愛情じゃなくて執着。 「ザ・メニュー」

 平沢進。やばい人。パプリカ。

「月が綺麗ですね」と言ったら、気の利いた答え――出来れば、僕の思い付かないような――をくれる人で、哲学の話ができる。三島由紀夫も好きだけど、どちらかというと太宰治が好きで、村上春樹が好きだけど、どちらかというと村上龍を好む。スピッツが好きで課題をちゃんと出して、それでいて月が似合う女の子。

 俺は失恋を異常に恐れてるのかもしれない。だから好きな人が居ないし、作れない。吐きそうだ。

 ミステリって、マジでいいな。最高じゃん。純文学と大衆文学って何か違うようなものだと思ってたけど、少し表現のアプローチが違ったりギミックが付いてたりするだけで、根底にあるものは同じものなんだろうな。

 ハンブルブラッキングの塊みたいな俺。

 彼女できたらセーラー服着てもらお。

 早朝始発の電車でお互いが始発に乗っている理由を探り合う。

 私たちしかいない寂れたファミレスでクラスTシャツのデザインの会議。

 好きでもない後輩と観覧車で2人。それから窓の外に意中の人が恋人と座って、ひとつのアイスを食べているのを発見する。

 捨て猫を巡って家族を再確認する兄妹。

 卒業式に欠席したクラスメイトの家に卒業証書とアルバムを届ける。

 全てがひと段落してケーキを食べる。そして、下の名前をお互いに聞く。

 俺の好みって月並みすぎるな。譲れないけど

 高校では付き合いません。

 今年のバレンタインチョコ→0個

 少しだけスケボーができて、バレーもバドミントンもできて、ドッジボールもうまい。MCバトルとビートボックスを見るのが好きで、ホラー映画をよく見て、小説もよく読む。チッチが強くて、割り箸も強くて、結構気が効く。みんなには言ってないけど実は作家になりたくて、文章を書くのが大好き。勉強はそこそこできて、スピッツとミスチルが好きで莉犬くんの声が好き。時々ハニワを聴くと甚大なダメージ食らう。カラオケが好き。ユーチューバーならレぺゼンが好き。クラロワは小学校の青春で、なんと最近天界に行った。ペッ攻使いで、割に上手い。ブロスタも少しやっていた。センター分けやマッシュが大嫌いで、その髪型の外進生が本当に嫌い。いつもTwitterで悪口を書いている。インスタはよく触っていたけど、カップルのストーリー等でダメージを受けるためもう興味が薄れてきていて、あまり使わない。ミステリには造詣が深いわけではないけど、大好きな親友がいるからそこそこ知っていて、自身は三島由紀夫と村上春樹と恒川光太郎が好き。ホラーも、映画だけでなく小説もよく読んで、「黒い家」がお気に入り。哲学の話ができて、のめり込んだら多分幾らでも続けられる。顔は普通。でも、少なからずモテる。身長は同い年の平均と同じくらい。スタイルがコンプレックスだけど、服でなんとかなるとは信じている。最近太ってきて危機感を感じていて、運動して筋肉をつけて痩せようと思ってる。目が悪くて、メガネをつけると印象がガラリと変わる。エレキギターを買って貰ったけど、まだ上手く弾けなくて焦っている。放送部にはもう希望を持てなくて辞めたいと思っている。バレー部はやるのは楽しいけど勉強が心配。続けたいではある。軽音はライブめちゃくちゃ楽しかったけど恥ずかしかった。でも最高だった。文芸部は提出した「スノータイムリミット」が恥ずかしい。読んでほしくない拙作だと思ってる。好きな人はいない。それどころか気になる人もいない。惰性の関係はあるが、もうすぐで空中分解。今年は勉強を頑張ろうと思っていて、文学賞にも応募したい。課題も全部出したいし、この目標を全部達成してなかしょうにレトリック辞典を買ってもらいたい。天才になって二人で東大に合格したいと思っていて、しかもそれが可能だと信じている。けれど、日常は惰性で進むことに相当な危機感を感じている。だから、俺は変わる。

 男女の関係についての解像度をもっと上げていかなければと思うのだが、恋人を募集しようかな。

 ウルフカットのお姉さん。お酒が好き。煙草も吸うけど、嫌いな僕のために外で吸ってきてくれる。ボディタッチで誘ってくる。案外思慮深いけど、肝心なところをテキトーにしたりする。酔っている時でも、香水のいい匂いがする。どちらかというと受け。からかってくるがからかわれると弱い。小説を読む時の顔はいつになく真面目。太宰治が好き。

 一歩踏み出すたびに、音階のような足音が鳴る年頃。

 僕は行為の時、相手が喋るのが嫌で、手を顔に押さえて、指を咥えて貰っている。

 共感ではなくとも、何か感じるものは増える。

 新たな考え方。削ぎ落としていく。

 失いながら、かき集めた落ち葉。考え方の路地。落ち葉拾い。

 比喩フェチ。

 哲学的ゾンビ。何も違いがないクローン。心や意識がない。自分以外の存在が哲学的ゾンビだと仮定した時、反論できるか?

 地獄への道は善意で舗装されている。(欧州の諺)

 僕らは、対話の快楽を優先するあまり、本来の目的を見失ってしまっているような気がするんだ。だから、変わろう。きっと大学になれば、嫌というほどできるさ。

 第一にパターン化しようとする癖は、あまり好きではないな。けれど、これも科学者の性なんだよな。そうだろ? せう。

 カテゴライズするのも、ね。

 よし、まずは模倣から。ねっ?

 想像力というものは、多くは不満から生まれるものである。あるいは、退屈から生まれるものである。

 さっき私は、自分の人生が、芸術よりあとに始まったと言ったが、こういう小説家のほうが、実は多いのである。二十歳で小説を書き出す人間は、二十歳までに感じたことをもとにして、その上で想像力を広げてゆくほかはない。それはけいけんというよりは、感受性の問題である。われわれは、感受性の傷つけられやすいもろさの中に、自分の人生との不調和を発見して、その不調和のギャップを埋めるために、ことばの世界に遊ぼうとする。それが、多くの小説家の成り立ちであるから、ほんとうの人生を味わうに足る、強い意志の力や、持続力や、その他の一人前の人間としての力は、したがって小説を書き始めたところから用いられることになり、人生に有用なはずの能力は、すべて小説家たることに有能な領域にささげられ、職業人として固定し、しかも自分の人生の最も純粋な、最も汚れのない、最も強烈な経験は、ただその少年期以前の、感受性の生活にだけ求めることができるのである。たびたび作家は、処女作に向って成熟するということが言われるのは、作家にとって、まだ人生の経験が十分でない、最も鋭敏な感受性から組み立てられた、不安定な作品であるところの処女作こそが、彼の人生経験の、何度でもそこへ帰っていくべき、大事な故郷になるからにほかならない。――三島由紀夫

 一流の文学は、一流の知性と品性の間にのみ生まれる。

「キスをしてって言っても、拒絶する人かな。何度言っても罵倒するばかりで、死ぬ運命になっても拒否し続ける人」 「僕は残念ながら偉大な予言はできないし、死ぬのは恐ろしいし、それに君とキスがしたい」 「冗談よ。死んでも私のものにならない男なんて、追うだけ無駄なの。でも――」 「?」 「――でも、貴方のために死ぬのは、悪くないわ」 「奇遇だな」 「ちょうど僕も、そう思ってたところなんだ」

 下村啓莉 したむらひらり けいり

 テトリスをやった後の世界。ハマるものを探してしまう。

 五首でひと組が目安。連作をして題名をつける。 「り」誤用。3月7月素晴らしい。いっせい。  リレー短歌

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 夢のような体験だった。文字に起こしたら、どうしても陳腐になってしまうけれど、本当に夢のような体験だったんだ。それとしか言いようがな感覚だった。体の奥から温かいものが、まるで大きな気泡が海の底で生まれゆっくりと浮き上がってきているかのように溢れて、視界の光の量が少し増えて、物事の輪郭が掴みにくくなった。僕はその光に目を細めた。そう、まさに夢の感覚だったんだ。  僕は正直、文芸誌に載せた「スノータイムリミット」のことは、人様に見せられないような拙作だと思っていて、好きではなかった。(いまもそう思っている……)だからようこ先生の方に話を聞きに行った時も、ただ散文について話が聞けたらと思っていただけであって、決して先生から僕の作品に対する批評をいただけるとは思ってもいなかった。本当に、瓢箪から駒、寝耳に水、青天の霹靂だったんだ。  ようこ先生は前置きで文芸誌の全体を言葉少なに褒めた後、早速散文の話へと移った。彼女はまず、読者の共感を得ていく作品と、伝わりにくいところは否めないものの独自の世界観を創り出し読者を惹きつける作品の二つがあることについて話しはじめ、その後それぞれの作品への批評へと移った。まず彼女はこう言った。 「散文というものは人の好みによって評価が変わってくるものだから、優劣をつけることはなかなかできないものなのですが、私が良かったと思う作品を紹介します。私が一番良かったと思うのは、開邦高校の……」  僕はこの時、彼女の持っていた僕らの文芸誌「つぼみ」予め盗み見ていて、僕の作品のところには付箋が貼られてなさそうであることを確認していた。期待はしていなかったというか、期待はしていたけれど本当に起こるとは到底思えなかったことだから、初めから希望を潰しておこうと自然に体が動いていたのかもしれない。そんなこんなで開邦高校と彼女が言って、文芸誌を開いたその時でも、(貴志だろうか、それともひろきか? もしくは先輩かな?)などと考えていたのである。その時だった。 「……開邦高校の……“スノータイムリミット”です。これはね……」  この言葉を聞いた時、最初は自分の耳が全く信じられなかった。僕はすぐに先生の開いたつぼみのページを見た。そこには一番大きいが、白くて目立たない付箋が堂々と肚れていた。おかしい、あんな酷い作品なのに? これはほんとに現実か? いつのまにか夢の中にいるんじゃないのか? 僕は、夢かどうかを確かめるなんて、アニメや漫画の中の誇張された表現技法だと思っていた。しかし、実際はそうではなかったようだ。作品名を聞いた瞬間驚きすぎた僕はその後の数文は、頭に入ってこなかった。ううう、もったいないことしたな……。やっと僕が聴力(いや、理解力か?)を取り戻し、話が頭で文字に結ばれていくと、僕の中で瞬く間に温かい幸福感が溢れた。夢ではない。これは夢ではないんだ。僕はそれに、今までで感じたことのないような絶大な安心感を覚えた。誰かに自分の作品が認められるということは、本当に素晴らしいことだ。僕は本気で文章を書いているから、文章を認められるだけで僕という存在まで全て認められたように感じてしまうのだ。せうが俺の作品を読んで、褒めてくれた時と同じような、最高級の幸せだった。僕は顔を伏せ、椅子に蹲って喜びを噛み締めた。噛み締めなければ溢れて、立ち上がってしまいそうな喜びであったからだ。その後先生は僕の「スノータイムリミット」についてこういうふうな批評をくれた。 「殆ど会話で構成されて、読みやすく親しみやすい文章でありながら、先を読ませないエンターテイメント性のある展開が良いです。また表現については、人物の心情を直接的な言葉ではなく描写を利用して暗に示すところが素晴らしい」  と。この言葉を聞いた僕は最高に嬉しかった。文芸誌部門で僕ら開邦の「つぼみ」が最優秀賞を取ったのもこの上なく素敵で嬉しかったけれど、作品を認められ、その上“一番好き”などと言われたその時は、誇張などではなくそれの何百倍も嬉しかった。  僕はその話し合いの間、結局他のことは一つも耳に入らなかった。そしてそれが終わると、僕は真っ先に席を立って、ようこ先生のところへ向かった。そして僕が「スノータイムリミット」の作者であることと、この会が終わり次第話がしたい旨を伝えた。ようこ先生は僕の我儘な要求も快く承諾してくださった。  しかし、会が終わると他校の生徒との交流や新聞の取材等を受けていたことで時間が食われて、結局ようこ先生と話すという機会は失われてしまった。それが悲しくて、どうしても諦めきれなくて、僕は産業センターの階段を駆け下り、駐車場で先生を探した。しかし、そこに彼女の姿はなかった。その代わり、那覇国際の生徒たちが乗ったスクールバスと、おおしろ健さんが軽自動車で帰っていく様を見ることができた。(てかおおしろ健先生の自動車ナンバー8191だった。はいく、いちばん。俳人らしい良いナンバーだ)先に行った僕の後を追うように赤嶺先生と三人の女子部員も降りてきた。僕が諦めて帰ろうとしたら、赤嶺先生が、スタッフの方が連絡をとってくれて、赤嶺先生を通してだけれど、ようこ先生と話をすることができるということを僕に言った。僕の心は途端に幼児のように飛び跳ねはしゃぎ始めた。僕はその時、こう思った。ああ、ここにきて良かった、と。空を見上げると、来た時には煩わしいだけだった二月なのに夏のように強い日差しも、なかなか心地良いもののように感じられた。  僕はまだ、納得のいかなかったあの拙作が、思いがけず褒められたことに戸惑いを隠せない。ようこ先生、本当に作品読んだのかな? 今だって夢を疑っているほどだ。それもこれも、明日起きた時には、きっとわかるだろうか。そう信じて、今日はもう寝よう。

 金曜日! 幸枝先生! 3/3!

 全てがみずみずしい日々があった。

 感じたことを文章にして書き残しておくという行為は、謂わばささやかな記憶のセーブポイントを、現実に創り出すようなものです。

 一枚足りないトランプで、永遠にババ抜きをするようなものだ。

 新品のバドミントンラケットのフレームの匂いみたいだった。

 恋の火加減が下手くそで

 千ベロ。酒の単価を下げた居酒屋が並ぶと、その街の民度が下がる。

 性欲由来の優しさ

 マルキ・ド・サド

 よろめき=浮気心

 ダンディズムの死

 男が女に勝っているのは、知性と腕力のみだ。――三島由紀夫

 勝負ではない。幸せを目指すなら、男女で勝負なんてしてはいけない。

 一番信用できない生き物は女だ。

 俺は三島由紀夫の超前時代的女性観に侵されているな

 カイルとカートマン 長渕と矢沢 三島と太宰

 痩せ我慢のナルシズム三島由紀夫  人生吐露、弱みの公開太宰治

 男子更衣室文学→三島由紀夫や村上龍  イルカホテル文学→太宰治や村上春樹

 殺したのはサブカルチャー

 佳人薄命

 百合小説! 3/4土曜まで!

 グスタフ・クリムト――『接吻』  アルフォンス・ミュシャ――『ジスモンダ』『椿姫』『トスカ』『ロレンザッチオ』『ハムレット』  ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ――『プロセルピナ』『ベアタ・ベアトリクス』  エゴン・シーレ――『ほおずきの実のある自画像』『ヴァリーの肖像』『立っている芸術家の妻の肖像』  ローランサン――『アドモアゼル・シャネルの肖像』  フランチェスコ・アイエツ――『接吻』『瞑想』  クロード・モネ――『散歩、日傘をさす女性』『日傘の女(左向き)』『カミーユあるいは緑衣の女』『ラ・ジャポネーズ』  デ・ホーホ――『デルフトの中庭』  マネ――『オランピア』『読書』『すみれの花束をつけたベルト・モリゾ』  ルノワール――『舟遊びをする人々の昼食』  エドガー・ドガ――『エトワール』『浴盤』  アルマ・タデマ――『テピダリウム』  ピエール・ボナール――『逆光の裸婦』  ウォーターハウス――『ヒュラスとニンフたち』  モロー――『出現』  ギュスターヴ・クルーべ――『眠り』  フラゴナール――『閂』

 人間関係というものは、そこから一歩離れて冷静に見てみると、酷く滑稽で醜いものである。

 受胎した川魚の腹のように膨らんだ唇

 女性↓集団的な生き物  自らの気持ちを抑え込む↓残虐性へ繋がる

 自分のことを好きになって貰いたいと思ったら

 根本的にミソジニーぽくて女性軽視をしている節がある、最低だよな。どうにかして変えないといけない。俺は元々が軽薄な人間だから、しっかりと見透かされてしまう。  気をつけないと。  でも、どうすれば本来薄い人間が厚みを生み出せるのだろう? 可能なのか?

「わざわざ!」の声が怖い。

 気まぐれな風

「民衆により多くのスポーツを。そうすれば人間、ものを考える必要はなくなる。本にはもっとマンガを入れろ、もっと写真をはさめ。心が吸収する量はどんどん減る。」 『華氏451度』 (レイ•ブラッドベリ 1953年 ハヤカワSF文庫)

 寮生。映研部。  脚本。文芸部に依頼。  ミュージカル――芸術家

 国語教師。記述とマークの葛藤。

 世代でもクラスでも全然違う生徒。同じ教材を使っても全く違うところに行く。

 丸バツの葛藤。  テスト大変!

 素顔同盟

 時が止まった部屋。

 初恋――島崎藤村

 言葉が分かれてるということは何か違うニュアンスが含まれているってことなんじゃないかな

 意識 もともとあるもの 

 自我 物心着く頃 他人を認識し始めてから形成されるものだ 意識を認識するためのもの?

       なんでも3 クオリア              乳と卵 谷崎潤一郎味を感じた


 1 海。そして死神の条件


 フェンスの向こう側では、フェリーが幾千の牛群のような声をあげて出港した。それは、肌がビリビリとざわつき、生物と無生物とが入り混じってしまうくらいの振動を伴っている。海鳥が二羽、筋のような雲に沿って工場地帯に飛んでいく。港に人は居ない。  そこにはただ日没前の静けさがある。  濃い潮の匂いがする。汚れた水面に浮かぶペットボトルと繋がれた小船が同じリズムで揺れる。波の音は絶え間なく心のかけらを攫う。死神がどこからともなく現れる。フェリーが鮮血のような水平線を跨いで行ってしまうまで、僕はたっぷりと時間をかけてそれを見詰めている。  生臭く、温い風が吹いてきた。フェンスの間から見える海は豊かな殺気で満ちている。今にも僕を殺そうと必死だ。僕は死神に聞く。 「どうして海はこんなに僕を殺したがるのだろう。僕は海に何か悪いことをした訳ではないのに」死神は言った。 「お前に苦しんでほしくないからだ。人がゴギブリに毒をかけて意味もなく殺すみたいにさ。それにもうすぐ夕立が来る。夕立に海が殺気立つなんてのは当たり前のことだろう」  そして死神はホルダーに残されたトイレットペーパーの芯のようなからからとした声で笑った。 「ゴギブリなんか殺しはしないよ」  ゴキブリなんか殺していられない。  フェンスから手を離し、もう見るものなどない海に背を向け歩き始める。


 足もとには海沿いに生える葉に棘のある草が生えている。その葉の表面には白い塩が吹いている。港に隣接する海洋公園の広場では若者たちがリズミカルな音楽をかけてスケートボードに乗っている。  公園から駅までは繁華街になっている。観光客で溢れかえる大通りから一つ二つ道を逸れれば、喧騒は殆ど聞こえなくなり、代わりに沢山の人の囁き声でできたような静寂が支配した、入り組んだ細い路地に入る。そして僕は、自分が遥か遠くに来てしまったように錯覚する。  歩き出して数分もすれば日は完全に沈み終え、先刻まで真っ赤だった空にも静脈血のような暗い影が落ちた。路地の空気には安い香水と吐瀉物が入り混じって希釈されたような、艶やかな香りが混ざりだした。  暫くすると、死神の言う通り雨が降り始めた。  あっという間に地面は濡れ、マンホールの窪みに溜まった水が、光り出したネオンの赤と緑を反射する。  向こうから、溢れそうなホットパンツの女が水滴を散らして駆けて行く。羽振の良さそうなスーツ姿の男がドアから出てきて、店のシャッターを上げる。少し先では、高校生くらいの女の子が店の軒下で体育座りをしながら、隠れるようにタバコを吸っている。その煙は緩やかな螺旋を描いて燻り、溶けていく。タバコの先はオレンジに光っている。それは、炎天下の運動場で手を太陽に透かした時のオレンジだった。血液が激しく巡る身体を、更に強い光で貫いた時の色だ。  その細やかで情熱的な光に魅せられて、優しく降る雨の中僕は思わず足を止めた。少女は立ち止まって執拗に見詰めてくる少年に向かって怪訝な表情をし、責めるようにタバコを思いっきり深く吸い上げる。そして短くなったそれを濡れた地面へ投げ捨てる。  光が放物線を描く。刹那、世界の動きが極端に鈍くなり、雨の雫が空間に浮かんで、周りを埋め尽くす。あの煩い静寂が逃げ出すように去り、無音の世界が幕を開ける。煙がくっきりとした形でそこに存在している。少女はスローモーションのように長い時間をかけて瞬きをし、僕を一瞥する。光がゆっくりと地面に近づいていく。  タバコが道の水に届いた瞬間、その希望の塊のようなオレンジが音を立てて消えた。それと同時に世界は閉じ、浮かんでいた雨が瞬く間に落ちていく。あの頭痛のするような静寂も再び帰って来る。 「何?」  薄い髪色をし丈の短いシャツを着た少女は、いかにも気怠げな少し低い声で言った。 「ああ、いえ。すみません」  足早に立ち去ろうとした僕を、立ち上がった少女は手を握って阻止する。すっと顔を近づけて、彼女は僕をじっくりと見つめた。繊細な睫毛に囲われた眼球に緑がかった僕が映る。 「ねえ、待って……。君、結構かっこいいじゃない。……私、今気分がいいんだよね。最近退屈してるし、今日、君ならこれだけでいいよ」  人差し指と中指を伸ばした少女は、あのオレンジとは違った輝きを方をする目を細め、看板のネオンに照らされた顔を誘うように傾けた。そして体を寄せると、掴んだ僕の左手を、歳の割に悪くない大きさの胸に押し当てる。彼女の温もりが伝わってくる。薬指が突起に当たり、彼女が声を出して笑う。抵抗せずにいた少年はひとつの事実に気がつく。少女は、紛れもなく生きている。それも少年を飲み込んでしまうくらいに激しく、鮮烈に。少年はそれに、狂おしいほどの違和感を覚える。どうして海は僕なんかを殺そうとして、この女を生かしておくんだ? その違和感は源泉から津波のような勢いで押し寄せ、少年のダムは瞬く間に決壊する。  僕は気づくと左手で彼女の胸を突き飛ばしていた。急に力をかけられた少女は小雨の降る地面に転がる。小ぶりな尻が地面に着地しスカートが濡れ、小さな水飛沫が上がる。  走り出した。雨が瞼に、額に、頬に、鎖骨に降りかかる。 「待ってよ!」  少し後ろを振り向くと、雨に濡れた少女が哀れな顔で座り込んでいるのが見えた。それを見て、刹那の間に消えてしまったあの世界のことを思いだした。悲しい気分になった僕は、前を向いて、彼女から完全に逃れるために路地を駆け続ける。


 寂れたアーケード街に入った。  すっかり濡れてしまった髪と服から申し訳程度に水を切り、再び歩き出す。随分走った後でも、不思議と疲れは感じない。それよりも夏の雨に特有の、水分を含んだ陰湿な空気が体にまとわりつくことの方がよっぽど不愉快だ。アーケード街は先程の路地ほどではないが、人はまばらにしかいない。建ち並ぶ建物は皆シャッターを下ろしていて、世界から自分だけが拒絶されているように感じる。  屋根を打つ雨の音が激しくなった。すぐには止みそうにない。  ふと、死神は右手にある暗い路地を見る。  死神に倣ってその路地を見ると、そこはどうやら食事屋の裏のようで、油に塗れた室外機の真下では汚い服の男が膝を抱え、顔面を両手で押さえて座っていた。髪の毛も疎で老人のように見えるが、本当の年齢は判別がつかない。そんな見た目をしていた。焦点の合わない充血した目の男は室外機から排出される熱く酷い匂いの空気の中、まるで体だけ雪山に取り残されているように震えていた。しかし、暫くしてうめき声を上げ吐瀉物を吐き出すと動かなくなった。 「彼を連れて行ってあげることはできないの?」足を止めて見守っていた僕は興味なさげに聞いた。あの人は死んでる。どう考えても死んでるようにしか見えない。僕はそこに確かで暖かな安心感を覚えている。だから、連れて行けると僕は思う。死神は嘲笑するように言う。 「あの男は悪人じゃないからな」 「そんなものかな」答えると、死神はどこかへ消える。


 2 生きている姉の住処


 アーケード街を抜けると駅はすぐそこだ。改札を抜け地下鉄のホームへ降りると、丁度電車が来たところだった。コンプレッサー音と共に扉が開き、中から冷たい空気が流れてくる。蒸し暑い夏の空気が体から離れて、気分が少しずつ楽になっていく。  地下鉄に乗るたび、僕はあるひとつの会話を思い出す。姉との会話だ。記憶の中の姉は、電車の座席で、たいして思ってもなさそうに言った。 「地下鉄って、とっても怖いと思わない? トンネルの中、みんなが歩いてる地面の下を走ってるって、考えるだけでゾッとするわ。今地震が起きたら、私たち生き埋めよ。電車は押し潰されてしまうかもしれないし、仮に形を保ってて生き延びても、じきに酸素が足りなくなってみんな死ぬのよ」その光景を想像した幼い僕は、真剣に恐ろしくなり、涙目で姉に訴えた。 「怖いよ」その言葉を聞いた歳の離れた姉は、少し驚いた様子だったがすぐに春の木漏れ日のような暖かい笑顔に変わると、優しい声で言った。 「大丈夫よ。地下鉄が埋まるなんて、そんなことあるわけなじゃない。一を怖がらせようとして言っただけだよ。ほんと。ほら、見てごらん」  姉は窓を指差した。真っ黄色の可愛らしい幼稚園の制服を着た僕は疑いもせずに指先の方向を見た。四角い窓の劇場では、電灯が等間隔を空けて登場し、瞬く間に舞台袖に消えていく。それを幾らか繰り返した後に、光が舞台を走り抜ける角度が変わった。そしてあっという間に電車は地下を抜けて外へ出た。のどかな午後の街並みが急に舞台を鮮やかに染める。隣の姉は満足そうに微笑んだ。 「ね、大丈夫でしょ? すぐに抜けるんだから」  日光に照らされ輝く姉はうっとりと舞台を観た。 「地下鉄は、電車が地下を脱出して地上に出るとき、すっごく綺麗に感じるから、私は好きだな。……ちょっと怖い気持ちもあるけどね。綺麗なものはいつだって、危険を超えた先にあるんだから」 「だっしゅつ?」知らない言葉が出てきて、僕はうまく理解できなかった。 「ああ、一はまだわかんないか。でも大丈夫。知らない言葉なんて、本当は知らないままでいいんだよ」  心配症の僕の前で、姉の口癖は「大丈夫」であった。姉は僕の小さな額に額を合わせて、再びあの木漏れ日のような笑顔で笑った。 「だから一は、ずっと知らないままでいてね」  頬に姉の指が触れた。僕はそれがくすぐったくて、無邪気な声で笑った。  窓の外ではあの時と変わらない電灯の光が、等しい間隔で現れ、消える。ただそんな景色の中にも二つ、あの時と変わっていることがある。それは僕がもう既に脱出という言葉の意味をきちんと理解していることと、この地下鉄が地上に出ることはないということだ。それより先に、僕は目的地に着く。だから、地下鉄に乗っている間に地震が起きたら、僕は間違いなく死ぬ。


 電車を降り、駅を出て家まで歩く。ゆっくりと歩いても十五分とかからない。途中のコンビニでコーラとガムとチョコバーを買った。今日の夕食だ。  家へ着きドアを開けると、放置された吸い殻と腐ったオレンジの臭いが鼻を刺す。リビングのソファーには死んだ一人の女が横たわっている。僕は散乱した物を踏まないように避けながら、その横を静かに通り過ぎて自分の部屋に入る。自室のドアを閉めてビニール袋を床に置くと、それから暫く天井を見上げて海を想った。


 どのくらい経ったのだろう。  いつの間にか僕はベッドで寝ており、耳に残っていた波の音ももう聞こえなくなっている。時計を確認すると丁度零時の五分前だ。ベッドから出てチョコバーを開けるとコーラを開封する。冷やしておかなかったから、コーラは幾分ぬるくなっていて、チョコも半分溶けている。  ふと、左手を見ると、そこにはあの少女の突起の感触、乳房の温もりが、べっとりと染みついたバターのようにこびりついている。冷たい壁に擦りつけても、タオルで丁寧に拭ってもその汚れはとれなかった。仕方がないから僕は椅子に座りジーンズとパンツを脱ぐと、月明かりだけが照らす部屋の中、温もりの残る手でペニスを握った。屹立したそれは、まるで、血の通った金属の機構であるかのように固く、熱い。僕はまず少女の繊細な瞳を思い、それから柔らかな胸と、水飛沫をあげた小ぶりな尻を思った。等間隔の運動とともに、水槽に水が溜まっていくように、彼女の要素が身体に溜まり続けるのを感じる。いつの間にか、リビングにいた死んだ女が僕の隣に来て、僕の運動を横で見ている。徐々に運動が加速する。荒い息遣いが遠くで聞こえる。この声は僕と死んだ女、どちらの息なのだろう。或いは、二人の声なのかもしれない。事実がどちらであったとしても、今はあの少女のことしか考えられない。  雨の中、少女は僕をセックスに誘った。突き飛ばした同い年くらいの少女はネオンの光の下で、僕に犯されたいと言った。可憐な少女は僕の手を取って、自分の乳房に押し当てた。水溜りで濡れた少女は僕を無理やり欲情の渦に堕とそうとした。路地にいた生意気な少女は身体を好きにさせる代わりにお金を要求した。身体を鬻いで生きる少女は、僕をかっこいいと言った。僕が突き飛ばした淫らな少女は、僕が突き飛ばさなかったら、僕とセックスをしていた。今、少女は他の人とセックスをしている。今、僕は一人だ。  性器の下から突き抜けるような快感が押し寄せ、とめどなく、脈打つように溢れだす。全身に駆け抜けた震えが収まり始めると、息遣いのペースも落ち着いていく。隣で死んだ女が僕を見ている。  死んだ女は顔を近づけ、机に飛んだ精液を美味しそうに舐めとった。そして、まだ震える熱いペニスを握り、二回、三回と動かす。柔らかい手だ。僕は情けない声で呻く。 「ねえ一、まだ出せる?」  気の抜けたような、それでいてどこか愉快そうな声で女は言う。 「待って。今、無理。ストップ」  彼女の手をしっかりと止めると、女は上気した頬を僕の首筋に当て「つまんない」と言った。その言葉は壁に突き刺さったナイフのように存在を主張し、月明かりにきらりと光った。顔を上げた彼女は手を振り解くと窓際へ向かい、レースカーテンを閉めた。静寂が部屋を支配する。 「すぐにはできないんだ。知ってるだろ? それに、今コンドームを切らしてるから挿れられないよ」 「今日は安全な日。だからなくても大丈夫。私は正直、そっちの方がいいわ」 「安全な日なんて本当は無いんだ。女の子はいつでも妊娠する可能性がある。万が一子供ができたら、不幸が増えるだけ。僕はごめんだ。その可能性を少しでも減らせるなら、これからコンドームを買いに行くのも厭わないよ」  彼女はこちらを振り向いて不満げな顔をしていたが、僕の意思が固いことに気づくと諦めたようにドアを開けた。 「好きにすれば?」  そう言って女は部屋を去る。きっとリビングのソファーに横になり、再びまた死体のように動かずにいるのだろう。なぜなら彼女は死んでいるのだから。  僕はドアが閉まるのと同時に言った。 「分かったよ。お姉ちゃん」


 3 魔女


 カーテンを開け、暫く月光を浴びた。それは明日か明後日には満月になるであろう大きな月で、僕の身体は隅々まで透き通るような心地がした。  ジーンズと新しい清潔なシャツを着た。パンツは穿いていない。部屋を出ると、姉はやはり、帰ってきた時のようにソファーでいる。僕は横を通って外に出る。  家の前の道では、深まった夜の冷たく快い風が吹いていた。火照った身体に丁度いいくらいの風だ。僕は悲しくなって、コンビニへの道を辿り始めた。

「「  疲れきった顔をした人々が次が次へと向こうから現れて消える。もし生き物と呼んでいいかどうかの試験があったら、彼等は総じてボーダーラインぎりぎりであろう様子だった。風が少し吹けば、落ちてしまうかもしれない。  」」

 見上げた空は不自然に澱み、月のみがぽっかりと空いた穴のように浮かんでいた。塵芥の星々はその澱みのなかで、ひっそりと息を潜めている。都会は、どこでもそうだ。都会の夜空は汚れて真っ黒な――きっと人工の――ペンキで乱雑に塗り潰されてしまっている。そこでは星は、息をするのをやめる。  いつか遠い昔には海に攫われた心のかけらがいつの間にか星になって空に輝いていることがあった。確か僕は、それを拾い集めて心に戻す作業が堪らなく好きだった覚えがある。ただ無心に光を掬うその感覚はちょうどアルバムを捲って思い出に浸る時のようで、選んだ星の光の色をそれぞれ確かめては引き出しを開けてそこにしまった。それはちょっぴり潮の香りがして、まるで生きているようで、僕はそれがとても幸せで。

 夜風は僕の身体をどこまでと通り抜け、含んでいた熱をしっかりと拭い去っていく。生き物の熱を盗っていく――残酷な風だ。その残酷さが、今の僕にはありがたかった。  できることなら、風には、熱だけでなく血肉も全て盗み取って欲しかった。身体ごと思考まで、何処かへ吹かれていなくなって欲しかった。僕は半ば諦めていても、心のどこかで希求せずにはいられない。風が人々の存在を消し去って、穏やかな精神だけが残る細やかで幸福な世界を! でも現実の風にそんな力はないから、僕はただ、道に沿って歩くことしかできない。

 この五年間で、期待という武器がどれ程生産しやすく、それでいて殺傷能力が高いものであるかを、僕は身をもって知っていた。しかし、人は夢を見ないと生きていけない生き物だから、期待を殺そうとしても希望は消せない。だからいつまでも傷つき続ける道しか用意されていない。詰まるところ、今の僕の生きる拠り所はその希望以外、他にはない。

 コンビニに着くと。

 自慰行為を見つけられた私は。 「ふーん。エロい女」

「そっか。私に興奮しちゃったんだ」うわの空で呟いた私は、彼に背を向け歩き始めた。頭の中では、遠くにひらひらと紫色の美しい蝶が舞っているのが見える気がした。ひんやりとした風に吹かれて、頬に手をやると、上気して熱くなっているのがわかった。靴の底が砂利と擦れる音を立てながら移動する。私はそのまま夜の街に溶けていく。

 精神感応

 カワウソみたいな風

 人を忘れるとき、人はまず声を忘れる。最後まで覚えてるのは匂いだ。

 死んだ後が分かりきった世界。

 神山高校を作らないか?

 くだらねぇな……。どうしよう。どうすれば

 470億光年先。宇宙の果て

 夜更かしほんとにやめよ

 まず、文学が死んだ

 水族館のモチーフ

 パターン①  ある程度の期間を置いて必ず生まれ変わる。  パターン②  必ずあの世に行く。重ねるほどもらえるポイント。

 空白の七日間

 善行システム

 死後の快楽→自殺者。少なくとも

「十二時には帰らなきゃ」 「シンデレラかな?」

 グリグリに詰める

 まるでポラロイド写真のように見えた。

 金魚の予言。花瓶の置かれた机。次の花残り月。魔女とその屋敷。

 魔女の家。明治時代の灯台。

 すっごい綺麗ででっかい建物。有名なデザイナーの家? 話した記憶がある。隣の喫茶店も綺麗。彫りの深い女店員が美しかった。

 まなと優しすぎる。かっこよイケメソかよ

「鳥のアントは?」 「いかりだな」

 花残り月にだけ現れる魔女の家。金魚の予言。それによる暗転、発見。

 魔女の世界。その先の抜け殻の街。

 何度もリピートして観た。寝不足の意識がまるで炎天下のグラウンドにいるかのように感じさせた。そしていくらか経ち、脳が画面を認識した時、どうしてこんなもので時間を無駄にしたのか、全くわからなくなってしまっていた。

 日当たりの良い教室は、月当たりも良いということだ。

 取り戻しにいく。

 インテリジェントデザイン説

 モノトーンのかかった世界にいたよつに錯覚するくらい、彩りの世界だった。

 クソダサいな俺。変わらないといけない。

 よし、見るぞ👀

 バックで口に手入れたい

 経験しない方が、良かったのかもしれない。俺は盲目になるべきだ。

 幼少期は、再確認など、しなくて良かった。

 月光の中に

 この廃港に来て朽ちた桟橋を歩み  まあるい金色の月を見上げた。  小舟の帆柱はゆるい蛇状を描き  ゆら、ゆら、ゆらとゆれている。

 今日のひる  コケツトの少女がやつて来て  オリオンはどの方角へ出るのと聞いた。  桟橋。

 僕のマントのえりを、  ひゆつ、ひゆつと過ぎる凍つた風  もう少女が来ないのかしら。  瞳。月光にゆれて光つた瞳。  ああ、  また明日の寝覚めに  夜見た夢の幸福を抱きしめて泣かう。  火星が出ている。  波に、ゆられて泣きたい。

『愛謡』1929年 河田誠一 18歳

 白氷の扉

 火のようにせつなくもゆるこころに  ミミイよ。  秋は白氷の扉。  奇跡の街のかぜは羊の冷い乳房をながれ、  木樂林をゆく影はとほい木霊のさやぎに消える。  苦行の渓谷、  文明の星。  魚養は卵の溶けた満月のなかを  青い馬にのつて海底をくぐるあの人の童貞を追ふ。  赤い耳環とサイレン塔。  淡麗な秋のみなとに  そのあした、白い山嶺はそびえたか。    ×  夏の海ほのにもゆる夕は  ミミイよ。  わが胸の火の悲しみ極まりなく、  赤い月は、ボロボロの性欲。  さるを、  昆蟲は星となり、  墓石はみごもつた子宮をたべ  せかいはくらがりの重圧をかんじない。  失意の耳。  アネモネの春。わが若き青き生活に  火よりもなほはげしくうたふいのちに  ミミイよ、  かたき白氷の扉。

『愛謡』1930年 河田誠一 19歳

 寝る  学ぶ  読む  思う  書く

 茅の穂に包まれた木菟。  鬼子母神は子供を食う神様。だから鬼子母神様が人を食べないように、人肉と同じ味のする柘榴を、それを祀る神社には植える。

 カイドウの花。下向きで儚気。

 芥川龍之介の原稿  小杉未醒

 助けて頂きたい。

 南薫造

 東京に行き、祖父と別れ、そのベッドで寝て、夢を見る話。

 濡れた視線

 自転車のモチーフ


 春の夜

 彼女はベッドに腰掛けて、煙草とオイルライターを取り出した。そして煙草を左手に持ち替え、オイルライターに火を灯した。  カシュッ。  小気味いい音が部屋の沈黙に響く。淡い闇の中でその光だけがやけに眩しい。  彼女は優美な手つきで左手のタバコに火をつけた。その仕草は誰もいない夜の公園に吹く、心地よいそよ風を思わせた。煙草にしっかり火が付くと、彼女はオイルライターに蓋を被せてポケットにしまった。  それから彼女は、素晴らしく美味しそうにそれを吸った。まるでそれを吸うために生まれてきたかのように、彼女はその美しい眼を細めた。そのまま彼女は眼を閉じ、唇の隙間から、吸い込んだ煙を吐き出した。その煙と煙草の先からでる煙が二本の線を描いて空気に燻り、そして消えていく。  僕はそれを黙って見つめていた。僕にとってその時の彼女は、この世の全ての美しさであった。春の風も、夏の日差しも、秋の匂いも、冬のひかりも、僕が知る綺麗は全部彼女のなかにあった。  無地のレースカーテンから滲み出した月明かりが、彼女のきめ細やかな白い肌を照らす。彼女はたっぷり煙草を味わってからその火を消した。  春の月光は白い。まるで薄く割れた雲母の欠片のように、透き通るように白い。それに照らされた彼女の柔肌は、何よりも輝いて見えた。仄かに白い闇の中に浮かぶそれは、夢と見紛うほどに美しい。  彼女は閉じていた目を開けて、僕をしっかり見据えた。くっきりとした二重に長いまつ毛、美しく整った鼻筋、どきりとするような赤の、形のいい唇。   その唇が、動いた。 「……それで。家出少年君? 君はこれからどうしたいんだい?」  彼女は微笑んで僕を見る。そして軽く首を傾げる仕草をする。窓から風が吹いてきてレースカーテンを揺らす。その隙間から垂れた光がゆらりと形を変える。僕は声も出せずに暫くその光景を見ている。その景色を目に焼き付けてから僕は言う。 「わからない……です」  幾らかの沈黙の後、彼女は真っ白なスリップのストラップをつまらなさそうに引き上げて目線を横へずらした。そして少し頬を赤く染めながら言った。 「わたしは困ってる君を家に泊めてあげるよ。それで、君はどんな対価をわたしにくれるのかな?」  数秒待った彼女は僕を見直して照れ臭そうに笑った。  僕は黙ったまま喋れない。それから、ひとつの小宇宙が生まれ、成熟し、そして消えてしまうくらいの沈黙が続いた。  その間僕を笑顔で見続けていた彼女は急にすん、と表情を変え、少し困ったような顔をした。そして責めるような目をして僕を見た。 「ねえ、わたしのようなすっごい素敵な大人の女性に拾われたことに、もっと感謝した方がいいよ。君は。こんな幸運、なかなか無いんだから。もう今日で、一生分の運使い果たしちゃったんじゃない?」  僕は視線をフローリングの床に落として言う。 「ごめんなさい。きっと、とっても幸運だとは思うんですけど、なんというか。実感が湧かないというか」  歯切れの悪い言葉に自分でも嫌気が差してくる。僕はいつもそうだ。僕は本当なら今も自分の部屋でひとり寝ているはずだった。それがこの様だ。きっと彼女も迷惑だと思っているのだろう。  涙が目の奥から滲んできて、視界は一時輪郭を手放した。泣いてはいけない。僕はじっと耐える。俯いて我慢する。そして僕は深呼吸をする。香水と彼女が吸った煙草の残り香が僕の身体に侵入する。それは血管を通って全身に巡る。そして、それはきっと僕の一部になる。  僕は顔をあげて彼女の目を見る。彼女はとても大人の顔をしていた。僕はそれに圧倒される。彼女はその大人の微笑みを絶やさずに僕の顎に触れ、そして僕を手前へ引き寄せた。引っ張られた僕はそのまま前のめりに顔を突き出したような格好になる。 「おっ、俺は……」  彼女は僕の慌てた言葉を制止する様にキスをした。さっき吸い込んだ空気なんかより、ずっと密度の濃い彼女が僕の中に流し込まれる。僕は両手を垂れてそれを受け入れる。僕にはその時、それを受け入れる以外の選択肢は用意されていなかった。  どれくらい経ったのだろうか。彼女は僕から少しだけ口を離した。そして、吹きかかる息がくすぐったく感じるくらい近くで、殆ど息だけの声で言った。 「大丈夫だよ。大丈夫。愛も恋もね、これから――」  彼女は僕を抱き寄せる。そして彼女は僕の耳元で囁く。彼女の匂いがする。 「――これから全部、|唇《くちびる》で覚えてけばいいから」  僕はそのまま彼女に永遠に抱かれていたいと思った。春の夜風は、まだ震えるほどに冷たい。しかし彼女と抱き合っている間は、その凍えさえ感じないほどに深い暖かさを感じていた。  ひとつの完成された温もりのなかで、僕は緩やかに眠りに落ちた。

 計画表を書くだけで人生を終えてしまうような人間には、全く縁がないのだ。

 見上げた空は不自然に澱み、月のみがぽっかりと空いた穴のように浮かんでいた。塵芥の星々はその澱みのなかで、ひっそりと息を潜めている。都会は、どこでもそうだ。都会の夜空は汚れて真っ黒な――きっと人工の――ペンキで乱雑に塗り潰されてしまっている。そこでは星は、息をするのをやめる。

 あこーくろー

 僕はつい先程の、姉との会話を思い出し、一人で声を上げて笑った。なかなか良い芝居だった。姉の代わりに入り込んだ抜け殻は、日に日に姉に近づいている気がする。しかし、そこには何かが足りないのだ。何か、大事なものが。  僕は、姉が連れ去られた日のことを思い出した。丁度二つ前の、満月の夜のだった。


 いつか遠い昔には海に攫われた心のかけらがいつの間にか星になって空に輝いていることがあった。確か僕は、それを拾い集めて心に戻す作業が堪らなく好きだった覚えがある。ただ無心に光を掬うその感覚はちょうどアルバムを捲って思い出に浸る時のようで、選んだ星の光の色をそれぞれ確かめては引き出しを開けてそこにしまった。それはちょっぴり潮の香りがして、まるで生きているようで、僕はそれがとても幸せで。


 この五年間で、期待という武器がどれ程生産しやすく、それでいて殺傷能力が高いものであるかを、僕は身をもって知っていた。しかし、人は夢を見ないと生きていけない生き物だから、期待を殺そうとしても希望は消せない。だからいつまでも傷つき続ける道しか用意されていない。詰まるところ、今の僕の生きる拠り所はその希望以外、他にはない。

 澪は、壮大な計画表を作る人間やシャーデンフロイデには縁がなかった。

 ほとんど娯楽性に富んだ関係であった。

 娯楽性には殺意を。

 親愛には殺意を。友愛には裏切りを。

 魔女最高で最期の媚薬「故郷に帰りたくなる薬」

 という言葉が好きだ。何かを射ているという、本質に近い感覚が、上手く入れ込まれている気がする。

 月が望みを叶えてくれなかったら、それは月の方が間違っている。三人の願いは簡明で、正直に顔に出ていて、実に人間らしい願望だから、月下の道を歩く三人を見れば、月はいやでもそれを見抜いて、叶えてやろうという気になるにちがいない。 『橋づくし』――三島由紀夫

 整形手術に失敗→二毛作

 見窄らしい身なりをした彼は、潤った目で彼女を見た。人類には、もはや彼の力は届かなかった。彼の理解の範疇を超えていたのだ。それも当然だろう。  彼等の中で、神はもう既に死んでいるのだから。  男は彼等に背を向けると、白い光の方へ歩き始めた。  そうして、神は去った。

 最大多数の最大幸福でキャンプファイア

 現実逃避って娯楽性あるよね。

 親から貰ったこの肉体を、何に生かすか?

 思春期特有の全能感に生かされている。

 あの時少しだけ信じたんだ。その気持ちのために、僕は生きた。行ききったんだ。だから、もう大丈夫。ありがとう。ハルさん。

 テーマ――ロマネスク

 家族を殺し駆け落ちした後、消息を絶った少年。しかし、彼が書き残した作品は、世間で評価されてしまう。

 文字に起こすと安っぽくなってしまうような、感情の淵や澱やその他諸々が

 時の不可逆性への絶望。

 経線をフレットに、緯線を弦に、世界中を掻き回せ。

 人間良いところはしゃべるところ、人間以外のいいところは、喋らないところだ。    何がすごいんだ? 難しい因数分解が素早く解けたり、夏休みの宿題を完璧に終わらせられたり、そういったことができる方がはるかにすごいはずなのに。  このようにして僕は、「すごい」と言われる度に拭がたい強烈な違和感を蓄積していくこととなった。それは永く僕の上にのしかかり続け、何年かの後に流れるように消えたり、若しくは永遠にそこにあり続けるのかもしれない。それは誰にもわからない。ただひとつ僕がわかるのは、その時にはきっと僕は、もう既に化石になってしまっているだろうということだけだ。そうすればひしゃげた僕の頭蓋骨は立派な博物館に飾られることになるのかもしれない。髭を蓄え、ふんぞり返った発掘者の肖像が隣に飾られることだろう。

 ブティックさえ無い、辺鄙な場所だ。

 スピッツ

 タラゴナ遺跡群

 ミーム汚染

 今日も母は帰ってこないのだろう。……よくあることだ。最近は不景気で売り上げも相当落ちているそうだから、当たり前だ。

 薄いピンクのベッドに、カーペット。本棚に学習机、クローゼットに白のカーテン。統一感があって、整理されてて、清潔で、そして何よりいい匂いだ。私だけのピンクの世界。私は、この中でだけ生きることができる。

 増幅していく化粧ポーチ

 どうしてそんなことする必要があるの?

 だめだ。のぼせたんだ。水風呂入って頭冷やそう。

 今度、修学旅行があるんだけど……

 もう三ヶ月くらい顔を合わせてない気がする

 授業で聞いた。燻んで大きくなった乳首は赤ちゃん産んで育てったっていう立派な仕事の勲章なんだ。誇りに思ってもいいはずでしょ?  違う、母ちゃんは女を職業にしてるから、そんなんはダメなんだ。コンプレックスにしかならないんだ。

 金が足りない。

 豊胸手術は五十万から、高いところでは百万くらいするんだけど、やっぱり高いところは違うのよ。私も高い方がいいなあ。安全なんだあ。安全だし形もいいし長持ちもする。……そうなのよずっと大きいままでは居られないのよ。……でも高ければ長持ちするし、私もそうするわ。体への負担も少ないし……麻酔もしっかりしてるから痛くもないし。……そうそう豊胸手術って言ってもね何個も種類があるのよ。ほらここ、この福岡のT医院だったのこの方法だったら入院までしなくてもその日で帰れる……ヒアルロン酸ってのを入れるのよ、ほら注射みたいなのでね、チューって。でも長持ちしないから、私はこれで行こうと思ってる、そうそう、シリコンバッグ……自然に仕上がるし。この大阪のS美容外科に、K先生っていう先生がいてね、ハンサムで腕も良くてすっごい評判がいいの……。ここでやろうか迷ってる……

 確かに柔らかくて気持ちいい。それに、自分の器官なはずなのに、どこか妖艶だ。この妖艶さは大きければ大きいほど増すだろう。だけど……。

 だけど、あんなふうになるのはおかしい。どうやったら元に戻ってくれるのかなあ。

 周りを見渡しても彼女たちはいなかったから、夢中で体を洗っているうちにもう上がってしまったのだろう。

「そんな蓮見さんなんてやめてよ。花那って呼んで」 「感じたの?」 「感じたって、そんなわけないでしょ。びっくりして、ちょっと声が出ちゃっただけだよ!」

 真澄は髪が綺麗だね。淑やかで伸びやかで、私のと交換したいくらいだわ」 「ところで……。それ触ってもいい?」 「まあ……。減るもんじゃないし」

「十分堪能しさせて貰ったし、早く服きな。そんな素敵なのおおっ広げに晒してたらここらの淑女もどうにかなってしまうよ」  余計なお世話です

 ああ、部屋に戻りたい。私のピンクの素敵な部屋。いい匂いがする私だけの世界。そこで研いだ包丁で、髪を切るんだ。髪を切りたい。髪を。髪を。髪を。髪を……。

 偽りの笑顔をした「あまりもの」の人たちが恐る恐る聞いてくる。「あまりもの」の人に手を差し伸べられる時ほど自分も「あまりもの」だと実感させられることは無い。私はその笑顔を見るとどうしてだかすっかり発作はおさまった。私は泣きだしてしまいたい気持ちを押さえつけながら、今までずっと生業にしてきた「あまりもの」の笑顔で答えた。

「真澄さん私と組まない?」

 そんな大事なものなの?

 だから、私が終わらせてあげるよ

 ただいま

 今日も母は帰ってこないのだろう。……よくあることだ。最近は不景気で売り上げも相当落ちているそうだから、当たり前だ。

 薄いピンクのベッドに、カーペット。本棚に学習机、クローゼットに白のカーテン。統一感があって、整理されてて、清潔で、そして何よりいい匂いだ。私だけのピンクの世界。私は、この中でだけ生きることができる。

 見つかったら嫌だなあ。

 真澄ちゃん。おっぱいめっちゃ大きいな。

 広い銭湯だ。入り口で見つからなければもう大丈夫だろう。

 さっき居たみんなは帰っちゃたんだ。真澄ちゃん、ちらっと見てたでしょ? 私、長風呂だから大体置いてかれちゃうんだよね。ほら、みんなはこれから塾あるしさ。私貧乏だから塾なんか通えないんだよ。

 えっ、あっ、蓮見さん?こ、こんばんわ。……ありがとう

 やっほー

 臭い。  何かが私の世界を侵している。  何が。誰が。許せない。駄目だ。来ないで。来るな。

 いいなー。私もそんくらい欲しいな。

 どうしてこんな傷ついてるの? そんな落ち込むことないのに。ほら大丈夫よ。私は大丈夫。花さんと組めないからって全然落ち込むことないよ。そもそもそんな仲良くなかったし……。

 そもそもそんな仲良くなかった?

 なしてそがんことする必要があると?

 つまらん。のぼせたんや。水風呂入って頭冷やそう。

 今度、修学旅行があるとばってん……

 もう三ヶ月くらい顔ば合わせとらん気がする

 授業で聞いた。燻んで大きゅうなった乳首は赤ちゃん産んで育てったっていう立派な仕事ん勲章なんや。誇りに思うてんよかはずやろ?  違う、母ちゃんは女ば職業にしとーけん、そがんもんはつまらんのや。コンプレックスにしかならんとや。

 金ん足らん。

 豊胸手術は五十万から、高かところでは百万くらいするとばってん、やっぱり高かところは違うんばい。うちも高か方がよかねぇ。安全なんやあ。安全やし形もよかし長持ちもする。……そうなんよずっとふとかままではおらられんとよ。……ばってんたっかれば長持ちするし、うちもそうするわ。体へん負担も少なかし……麻酔もしっかりしとーけん痛うもなかし。……そうそう豊胸手術って言うてんね何個も種類があるんばい。ほらここ、こん福岡んT医院やったのこん方法やったら入院までせんでもそん日で帰るる……ヒアルロン酸ってんば入るるんよ、ほら注射みたいやけんね、チューって。ばってん長持ちせんけん、うちゃこれで行こうと思うとー、そうそう、シリコンバッグ……自然に仕上がるし。こん大阪んS美容外科に、K先生っていう先生がおってね、ハンサムで腕も良うてすっごか評判がよかと……。ここでやろうか迷うとー……

 確かに柔らこうて気持ちよか。それに、自分の器官なはずなんに、どっか妖艶や。こん妖艶さは大きかればふとかほど増すじゃろう。ばってん……。

 ばってん、あがんふうになるんはおかしか。どうやったら元に戻ってくるるとかなあ。

 周りば見渡してん彼女たちはおらんじゃったけん、夢中で体ば洗うとーうちにもう上がってしもうたんじゃろう。

「そがん蓮見さんなんてやめんね。花那って呼んで」 「感じたと?」 「感じてん、そがんわけなかろ。びっくりして、ちょっと声が出てしもうただけばい!」

 真澄は髪がきれかね。淑やかで伸びやかで、うちんと交換したかくらいやわ」 「ところで……。それ触ってんよか?」 「まあ……。減るもんやなかし」

「十分堪能しさせて貰うたし、早う服きな。そがん素敵なんおおっ広げに晒しとったらここらん淑女もどがんかなってしまうばい」  いたらんお世話ばい

 ああ、部屋に戻りたか。うちんピンクん素敵な部屋。よか匂いがするうちだけん世界。そこで研いだ包丁で、髪ば切るったい。髪ば切りたか。髪ば。髪ば。髪ば。髪ば……。

 偽りん笑顔ばした「あまりもん」ん人たちが恐る恐る聞いてくる。「あまりもん」ん人に手ば差し伸べらるる時ほど自分も「あまりもん」やと実感させらるることは無か。うちゃそん笑顔ば見るとなしてだかすっかり発作はおさまった。うちゃ泣きだしてしまいたか気持ちば押さえつけながら、今までずっと生業にしてきた「あまりもん」ん笑顔で答えた。

「真澄さんうちと組まん?」

 そがん大事なもんと?

 やけん、うちが終わらせちゃるばい

 ただいま

 今日も母は帰ってこんのじゃろう。……ようあることや。最近は不景気で売り上げも相当おっちゃけとーそうやけん、当たり前や。

 薄かピンクんベッドに、カーペット。本棚に学習机、クローゼットに白んカーテン。統一感があって、整理されとって、清潔で、そして何よりよか匂いだ。うちだけんピンクん世界。うちゃ、こん中でだけ生ききる。

 見つかったら嫌ばい。

 真澄ちゃん。おっぱいばりふとかね。

 広か銭湯や。入り口で見つからんばもう大丈夫じゃろう。

 さっきおったみんなは帰っちゃたんだ。真澄ちゃん、ちらっと見よったやろ? うち、長風呂やけん大体置いてかれてしまうんっさね。ほら、みんなはこれから塾あるしさ。うち貧乏やけん塾なんか通えんっさ。

 えっ、あっ、蓮見さん?こ、こんばんわ。……ありがとう

 やっほー

 臭か。  何かがうちん世界ば侵しとー。  なんが。誰が。許せん。つまらん。来んで。来なしゃんな。

 よかねー。うちもそんくらい欲しかね。

 なしてこがん傷ついとーと? そがん落ち込むことなかじょん。ほら大丈夫ばい。うちゃ大丈夫。花さんと組めんけんっていっちょん落ち込むことなかばい。そもそもそがん仲良うなかったし……。

 そもそもそがん仲良うなかった?

      なんでも4 倦怠                       名前呼びもいいものだ

 いつから母はこんなに小さくなってしまったのだろう

「いいよ」

 母ちゃんが帰ってきてる

 あの後花那ちゃんは自分を、髪を乾かし終えるまで待っていてくれて、その間、たくさんの話をした。喋った内容は緊張したからかぼんやりとしか覚えていないけど、とってもくだらないことばかりで楽しかったことだけは、ちゃんとここに記憶されている。

 銭湯の中学生料金で二百二十円。コインランドリーで三百円。サラダとおにぎりで二百五十二円。残りは二百二十八円だ。

 今日は、お金を貯め始め二百九十三日目だ。二百二十八掛ける二百九十三で六万六千八百四円。二週間に一度消臭剤とスプレーを買うから、そこから千三百四十四円かける二十の二万六千八百八十円を引いて残りは三万九千九百二十四円。あと、一ヶ月に一回シャンプーとコンディショナーも買うからよし、明日で四万円が貯まる。

「あまりもの」にも一生懸命ならこんな事があるんだな。

 彼女はもう一本コーヒー牛乳を買っていた。

 そんな嫌な人じゃなかったな。というか、めっちゃ面白い人だった。食わず嫌いしてたのかな。どうしよう、嬉しい。

 真澄は無理やり深呼吸をし息を整えると、涙を止めた。

 待って、私も話さないといけないことがあるの。修学旅行のお金の話なんだけど

 わかった。許すよ

 もう私は一人で生きていかなきゃいけない。母ちゃんは、死んでしまった。

「な? よく考えてごらん? この豊胸手術は、投資なんだよ。私の胸が大きくなったら、稼ぎはもっとたくさん増える。必ずね。百万くらいきっとすぐに元が取れるわ。それにお母ちゃんは自分の胸が好きになれたら、自信も持てるし、嬉しいし、何より生きてていいんだって思えるはずなの。だから」

 だから、そんな顔しないでよ、真澄。お母ちゃんが全部悪かった。反省してるから、だから許してよ


 いつから母はこんなに小さくなってしまったのだろう。

 これが私の、三万九千九百二十四円だ

 だめだ。落ち着いて。しっかり呼吸をするの。落ち着いて。そう駄目。泣いてはいけないんだ。

 こんなにお母さん頑張ってるのになんて事言うの、真澄あんたにはわからないのよ。私がどれだけ辛い思いしてるかってのは……。

 この人は何を言っているのだろう。ただ大きい胸のために死に物狂いで働いて。家を汚して、帰っても来ないで……。

 何よ

 私たちは「あまりもん」の家族なんだ。

 痛い……。

 めっちゃ大きくなったね……。

 待って、うちも話さんばいかんことがあると。修学旅行んお金ん話なんやけど

 わかった。許すばい

 もううちゃ一人で生きていかんばいかん。母ちゃんは、死んでしもうた。

「な? よう考えてごらん? こん豊胸手術は、投資たい。うちん胸が大きゅうなったら、稼ぎはもっとようけ増える。必ずね。百万くらいきっとすぐに元が取るるわ。それにお母ちゃんは自分の胸が好きになれたら、自信も持てるし、嬉しかし、何より生きとってよかんでん思えるはずと。やけん」

 やけん、そがん顔しなしゃんな、真澄。お母ちゃんが全部悪かった。反省しとーけん、やけん許さんね


 いつから母はこがん小そうなってしもうたんじゃろう。

 これがうちん、三万九千九百二十四円や

 つまらん。落ち着いて。しっかり呼吸ばすると。落ち着いて。そうつまらん。泣いてはいけんとや。

 こがんお母さん頑張っとっとになんて事言うん、真澄あんたにはわからんとよ。うちがどれだけ辛か思いしとーかってんは……。

 こん人は何ば言いよっとじゃろう。ただふとか胸んために死に物狂いで働いて。家ば汚して、帰ってん来んで……。

 何ばい

 うちらは「あまりもん」ん家族なんや。

 痛か……。

 ばり大きゅうなったね……。


 中途半端に賢い人ほどプライドが高く傲慢になる。僕はまさにそれだ。