「Sisters:WikiWikiオンラインノベル/スノータイムリミット」の版間の差分

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 <br> バレンタインデーには、その日だけの特別な雰囲気がある。
 <br> バレンタインデーには、その日だけの特別な雰囲気がある。
 <br> 学校は全男子の隠しきれない期待と、チャンスを待つ女子の純情かつ野生的な視線で一気に飽和状態になり、その緊張を覆い隠すかのように皆の声が大きくなる。
 <br> 学校は全男子の隠しきれない期待と、チャンスを待つ女子の純情かつ野生的な視線で一気に飽和状態になり、その緊張を覆い隠すかのように皆の声が大きくなる。
 <br> 今は午後4時30分、つまり放課後である。そして放課後と言えば、バレンタインデー1番の山場なのだ。軽いリュックを背負って敗北感と共に帰宅する者もいる反面、最も自由でロマンティックな想像が膨らむ時間。まるで仲治り現象のように、学校は青春に染まる。無論、このようなことを考えてる人は、きっと期待していたほどの戦利品を持ち帰ることはできないのだろう。あまりに悲しく、不都合な真理だ。
 <br> 今は午後4時30分、つまり放課後である。そして放課後と言えば、バレンタインデー1番の山場なのだ。軽いリュックを背負って敗北感と共に帰宅する者もいる反面、最も自由でロマンティックな想像が膨らむ時間。まるで中治り現象のように、学校は青春に染まる。無論、このようなことを考えてる人は、きっと期待していたほどの戦利品を持ち帰ることはできないのだろう。あまりに悲しく、不都合な真理だ。
 <br> 例に漏れずこの閉邦高校1年B組も、バレンタインデーの空気が教室を支配していた。そして、いつもより甘い香りのする教室で皆が青春ゲームに勤しんでいる中、僕、村上光太は1人、窓際の席で本を読んでいた。
 <br> 例に漏れずこの閉邦高校1年B組も、バレンタインデーの空気が教室を支配していた。そして、いつもより甘い香りのする教室で皆が青春ゲームに勤しんでいる中、僕、村上光太は1人、窓際の席で本を読んでいた。
 <br> 本は好きだ。俗世間のしがらみを捨て去って、どんな世界にも行くことができる。まあ、これといって俗世間のしがらみに囚われ、苦しんでいると言うわけではないのだが、そんなことはいい。とにかく僕は本に没頭していた。ここまで空気感の違う教室で1人の世界に入り込むと言うのは至難の業であったが、僕は慣れている。
 <br> 本は好きだ。俗世間のしがらみを捨て去って、どんな世界にも行くことができる。まあ、これといって俗世間のしがらみに囚われ、苦しんでいると言うわけではないのだが、そんなことはいい。とにかく僕は本に没頭していた。ここまで空気感の違う教室で1人の世界に入り込むと言うのは至難の業であったが、僕は慣れている。
 <br> 尤も、そのゲームに興じる級友たちが羨ましくないのかと言われるとそれは違う。むしろ僕なんかよりずっと有意義な時間を過ごしているのかもしれない、と思うこともある。だがそれは僕に縁のないものだ。そもそも僕は、興味のない物には全く動かない根っからの出不精であるため、労力を払ってまで彼等のようになろうとは思えないのであった。その点、読書というものはコスパ最強じゃないか?
 <br> 尤も、そのゲームに興じる級友たちが羨ましくないのかと言われるとそれは違う。むしろ僕なんかよりずっと有意義な時間を過ごしているのかもしれない、と思うこともある。だがそれは僕に縁のないものだ。そもそも僕は、興味のない物には全く動かない根っからの出不精であるため、労力を払ってまで彼等のようになろうとは思えないのであった。その点、読書というものはコスパ最強じゃないか?
 <br> 僕はくだらない御宅を胸にしまい、本から目を離して窓の外を見た。確か昼ごろから雪が降るという予報だったが、冬の中庭はこれ以上ないくらいのいい天気だ。昼まで残っていた雪も粗方溶けてしまっている。わざわざ引っ張り出して履いてきたスノーブーツはあまり意味が無かったようだ。
 <br> 僕はくだらない御託を胸にしまい、本から目を離して窓の外を見た。確か昼ごろから雪が降るという予報だったが、冬の中庭はこれ以上ないくらいのいい天気だ。昼まで残っていた雪も粗方溶けてしまっている。わざわざ引っ張り出して履いてきたスノーブーツはあまり意味が無かったようだ。
<br> 「そろそろ帰るかな。」
<br> 「そろそろ帰るかな。」
 <br> 今読んでいる本も段々とクライマックスに近づいてきた。家でゆっくり続きを読もう。そう思って時計に目をやる。4時44分。夢中になっているうちに15分近くも経っていたようだ。あれ…4時44分?何か忘れている気がする。僕はその時計を見つめて考えた。一体僕は何を忘れているんだ?昨日の記憶をじっくりと思い出していく。そして僕は真実に辿り着いた時、ガチッと時計が揺れて長針が45分を差した。それと同時に、ガラガラッと大きな音がして教室の前方の引き戸が開けられる。そのあまりに大きな音に、先刻まで騒がしかった教室がまるで凪のように静かになり、全員の視線が扉へ向けられる。そして、僕の顔もみるみる赤くなる。これはまずい。
 <br> 今読んでいる本も段々とクライマックスに近づいてきた。家でゆっくり続きを読もう。そう思って時計に目をやる。4時44分。夢中になっているうちに15分近くも経っていたようだ。あれ…4時44分?何か忘れている気がする。僕はその時計を見つめて考えた。一体僕は何を忘れているんだ?昨日の記憶をじっくりと思い出していく。そして僕は真実に辿り着いた時、ガチッと時計が揺れて長針が45分を差した。それと同時に、ガラガラッと大きな音がして教室の前方の引き戸が開けられる。そのあまりに大きな音に、先刻まで騒がしかった教室がまるで凪のように静かになり、全員の視線が扉へ向けられる。そして、僕の顔もみるみる赤くなる。これはまずい。
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<br> 「それは違う。俺が部を作るときに登録した名前は、“映画研究部同好会”だ。つまり、映研部と呼んでも何の差し支えもない。」
<br> 「それは違う。俺が部を作るときに登録した名前は、“映画研究部同好会”だ。つまり、映研部と呼んでも何の差し支えもない。」
 <br> もとい、“映画研究部同好会”らしい。めんどくさい奴め。
 <br> もとい、“映画研究部同好会”らしい。めんどくさい奴め。
「そんなことは関係ない!そもそも僕は帰宅部だし、祐介の依頼を受けるなんて一言も…」
「そんなことは関係ない!そもそも僕は帰宅部だし、祐介の依頼を受けるなんて一言も……」
<br> 「ああ、うるさい。お前が遅れたんだから早くしろよ。」
<br> 「ああ、うるさい。お前が遅れたんだから早くしろよ。」
 <br> 清々しい程の理不尽さに半ば呆れつつも、僕はしょうがなく映画研究部同好会の部室へと向かった。
 <br> 清々しい程の理不尽さに半ば呆れつつも、僕はしょうがなく映画研究部同好会の部室へと向かった。
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 <br> 僕はパイプ椅子に腰掛けて答える。
 <br> 僕はパイプ椅子に腰掛けて答える。
<br> 「聞きたいことって、何だい?」
<br> 「聞きたいことって、何だい?」
<br> 「聞きたいこと、それは…」
<br> 「聞きたいこと、それは……」
 <br> 祐介はいやに勿体ぶって言葉を溜めた。そして何処からか出してきたティーカップ2つに紅茶を注ぎ、僕の前に置いた。いちいた気障な奴だ。
 <br> 祐介はいやに勿体ぶって言葉を溜めた。そして何処からか出してきたティーカップ2つに紅茶を注ぎ、僕の前に置いた。いちいた気障な奴だ。
<br> 「…なぁ、ミステリって、何だ?」
<br> 「…なぁ、ミステリって、何だ?」
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<br> 「そう、その通りだ。そして、その言葉通り、不思議、神秘、怪奇等のフィクション作品を総じてミステリと呼ぶ。僕はその中のミステリ小説しか知らないから、それについて少し話そう。」
<br> 「そう、その通りだ。そして、その言葉通り、不思議、神秘、怪奇等のフィクション作品を総じてミステリと呼ぶ。僕はその中のミステリ小説しか知らないから、それについて少し話そう。」
 <br> 祐介は棚からバームクーヘンを取り出して、切り分けはじめている。本当に聞いてるのか?僕は無視して続ける。
 <br> 祐介は棚からバームクーヘンを取り出して、切り分けはじめている。本当に聞いてるのか?僕は無視して続ける。
<br> 「ミステリ小説には大きく分けて5つくらいの種類がある。それは…」
<br> 「ミステリ小説には大きく分けて5つくらいの種類がある。それは……」
 <br> 僕はホワイトボードの上部に“ミステリ小説”と書き、その下に5つの点を並べた。そして喋りながらペンを走らせていく。
 <br> 僕はホワイトボードの上部に“ミステリ小説”と書き、その下に5つの点を並べた。そして喋りながらペンを走らせていく。
「<br> 主にサスペンス小説、警察小説、スパイ小説、ハードボイルド。そして最後に…本格ミステリ。」
「<br> 主にサスペンス小説、警察小説、スパイ小説、ハードボイルド。そして最後に……本格ミステリ。」
 <br> 僕は最後に挙げた本格ミステリの点に大きく丸をつけた。
 <br> 僕は最後に挙げた本格ミステリの点に大きく丸をつけた。
<br> 「祐介がやりたいのは映画だろう?なら、この本格ミステリが良いよ。何故かと言うと、他のミステリは比較的映像化の敷居が高いから。サスペンス小説やスパイ小説ならギリギリ行けるかもしれないけど、警察小説なんかはまず無理だとと思うな。」
<br> 「祐介がやりたいのは映画だろう?なら、この本格ミステリが良いよ。何故かと言うと、他のミステリは比較的映像化の敷居が高いから。サスペンス小説やスパイ小説ならギリギリ行けるかもしれないけど、警察小説なんかはまず無理だとと思うな。」
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