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 二月二十日午前一時、めっちゃデカい屋敷に悲鳴が響き渡った。
 二月二十日午前一時、めっちゃデカい屋敷に悲鳴が響き渡った。


 八名しかいない屋敷の中で、その主人である資産家<ruby>律家<rt>りつけ</rt></ruby><ruby><rt>りつ</rt></ruby>の遺体が発見されたのだ。
 八名しかいない屋敷の中で、その主人である資産家<ruby>律家<rt>りつけ</rt></ruby><ruby>几帳男<rt>きちょうめん</rt></ruby>の遺体が発見されたのだ。


 しかし、こういうミステリー小説にありがちな探偵は――いなかった。奇妙なことに、この屋敷での殺人劇には、事件の解決に乗り出すハッチ帽を被った紳士など終ぞ現れなかったのだ。
 しかし、こういうミステリー小説にありがちな探偵は――いなかった。奇妙なことに、この屋敷での殺人劇には、事件の解決に乗り出すハッチ帽を被った紳士など終ぞ現れなかったのだ。
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「えーっと、とりあえず自己紹介でもした方がいいんじゃないか? まあ、大抵みんな少なくとも顔見知りではあるだろうけど一応……。」
「えーっと、とりあえず自己紹介でもした方がいいんじゃないか? まあ、大抵みんな少なくとも顔見知りではあるだろうけど一応……。」


 この屋敷・律家館のダイニングルームの静寂を破ったのは、律家律の実弟である<ruby>威山横<rt>いさんよこ</rt></ruby><ruby>世哉<rt>せや</rt></ruby>の一言であった。この部屋には、被害者の律家律と、週刊誌記者の<ruby>此井江<rt>このいえ</rt></ruby><ruby>浩杉<rt>ひろすぎ</rt></ruby>、および律とノレの娘である律家ラレを除いた、事件発生時に屋敷にいた五人、そしてやってきた警察官一人の計六人が集合していた。
 この屋敷・律家館のダイニングルームの静寂を破ったのは、律家几帳男の実弟である<ruby>威山横<rt>いさんよこ</rt></ruby><ruby>世哉<rt>せや</rt></ruby>の一言であった。この部屋には、被害者の律家几帳男と、週刊誌記者の<ruby>此井江<rt>このいえ</rt></ruby><ruby>浩杉<rt>ひろすぎ</rt></ruby>、および几帳男とノレの娘である律家ラレを除いた、事件発生時に屋敷にいた五人、そしてやってきた警察官一人の計六人が集合していた。


「まあ、まず俺からかな。俺は威山横世哉。……旧姓は律家世哉。知っての通り律の弟だ。うう……兄貴い……。」
「まあ、まず俺からかな。俺は威山横世哉。……旧姓は律家世哉。知っての通り几帳男の弟だ。うう……兄貴い……。」


「こっちは妻の威山横<ruby>亜奈秋<rt>あなあき</rt></ruby>。大切なお義兄さんを殺した奴は、ゴリゴリの私刑に処そうと思っているわ。」
「こっちは妻の威山横<ruby>亜奈秋<rt>あなあき</rt></ruby>。大切なお義兄さんを殺した奴は、ゴリゴリの私刑に処そうと思っているわ。」


「……私は律の妻、律家ノレよ。……とてもお喋りなんかできる気持ちじゃないわ。」
「……私は几帳男の妻、律家ノレよ。……とてもお喋りなんかできる気持ちじゃないわ。」


「俺ぁ<ruby>有曾津<rt>うそつ</rt></ruby><ruby>王<rt>きんぐ</rt></ruby>。本名はガリレオ・ガリレイだ。俺のことは信用していいぜ。」
「俺ぁ<ruby>有曾津<rt>うそつ</rt></ruby><ruby>王<rt>きんぐ</rt></ruby>。本名はガリレオ・ガリレイだ。俺のことは信用していいぜ。」
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「では、捜査に協力してもらおうか。分かっているとは思うが、お前ら全員が容疑者だ。一人一人、今までの状況を簡単に教えてくれ。」
「では、捜査に協力してもらおうか。分かっているとは思うが、お前ら全員が容疑者だ。一人一人、今までの状況を簡単に教えてくれ。」


「……あーあー、もしもし? じゃあ、まあ第一発見者の僕から行きましょう。そもそもは週刊誌記者として、良い感じのゴシップとか持ってないかなあと思って律氏に会いに来たんですよ。あ、もちろんアポは取ってますよ? んでまあ、大した情報も得られなかったんでそのまま帰ろうとしたら、どうにも玄関にたどり着けない。何時間も右往左往して、なんと結局律さんに取材した書斎に戻ってきちゃったんですね。このままじゃ埒が明かないし、家主である律さんに道を聞いて帰ろう、と思って部屋に入ったら……えーと、まあ……胸に包丁が刺さって死んでました。……で、警察に電話して、あとはまあ、はい、そうですね、アポ取りの時に電話した履歴が残ってたので、そこからラレさんにも電話して、今に至る、って感じですね。」
「……あーあー、もしもし? じゃあ、まあ第一発見者の僕から行きましょう。そもそもは週刊誌記者として、良い感じのゴシップとか持ってないかなあと思って几帳男氏に会いに来たんですよ。あ、もちろんアポは取ってますよ? んでまあ、大した情報も得られなかったんでそのまま帰ろうとしたら、どうにも玄関にたどり着けない。何時間も右往左往して、なんと結局几帳男さんに取材した書斎に戻ってきちゃったんですね。このままじゃ埒が明かないし、家主である几帳男さんに道を聞いて帰ろう、と思って部屋に入ったら……えーと、まあ……胸に包丁が刺さって死んでました。思わず悲鳴を上げちゃいましたよ。……で、警察に電話して、あとはまあ、はい、そうですね、アポ取りの時に電話した履歴が残ってたので、そこからラレさんにも電話して、今に至る、って感じですね。」


「……その電話をもらった私が、律の書斎に行って、それで……此伊江さんの言う通り……あ、う、本当に……本当に死んじゃってて……ううっ、それから……このダイニングルームに来た、の……。みんなにこのことを伝えるために。残りの四人はダイニングルームで各々くつろいでいたから。あ、娘のラレは既に自室で寝ていたわ。……ううっ。」
「……その電話をもらった私が、几帳男の書斎に行って、それで……此伊江さんの言う通り……あ、う、本当に……本当に死んじゃってて……ううっ、それから……このダイニングルームに来た、の……。みんなにこのことを伝えるために。残りの四人はダイニングルームで各々くつろいでいたから。あ、娘のラレは既に自室で寝ていたわ。……ううっ。」


 漂う悲愴感の中、全く空気を読めない稀代の嘘つきは続ける。
 漂う悲愴感の中、全く空気を読めない稀代の嘘つきは続ける。
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「続けてくれ。」
「続けてくれ。」


「ああ、ああ、そうだよ。ニュートンとしてこれだけは言わなくちゃいけねえ。律家律が死んだとき……実弟である威山横世哉には莫大な額の遺産が相続される手筈になってんだよ! ……真実はいつも小説より平凡だ。そしてここは紛れもなく現実!これは現実の事件!金持ちの殺害動機に遺産ほどシンプルなものはねえだろう!?」
「ああ、ああ、そうだよ。ニュートンとしてこれだけは言わなくちゃいけねえ。律家几帳男が死んだとき……実弟である威山横世哉には莫大な額の遺産が相続される手筈になってんだよ! ……真実はいつも小説より平凡だ。そしてここは紛れもなく現実!これは現実の事件!金持ちの殺害動機に遺産ほどシンプルなものはねえだろう!?」


「じひじひひいっ!? うあうあああうあふさふあっしゅああさうさふさうああああ!!!!」
「じひじひひいっ!? うあうあああうあふさふあっしゅああさうさふさうああああ!!!!」
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「じゃあ、事件発生までの被害者の行動を知ってる人はいるか?」
「じゃあ、事件発生までの被害者の行動を知ってる人はいるか?」


「律は、今晩はずっと自室である書斎にいたわ。……あ、そうだ、もしかしたら……。」
「几帳男は、今晩はずっと自室である書斎にいたわ。……あ、そうだ、もしかしたら……。」


「何だ?」
「何だ?」
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 大理石の白を基調とした書斎には、流し台や食器棚、ドリップ式コーヒーメーカーが据え付けられており、この部屋に初めて入った者にはキッチンだとしか思えない。
 大理石の白を基調とした書斎には、流し台や食器棚、ドリップ式コーヒーメーカーが据え付けられており、この部屋に初めて入った者にはキッチンだとしか思えない。


 ただしこの部屋は、書斎だろうがキッチンだろうが紛う方なき殺人現場だ。部屋の中心にあるテーブルには向かい合わせに椅子が二脚。そして、奥の方の椅子から転げ落ちるようにして倒れていたのが、律家律の遺体だった。激しく抵抗した痕跡が残っており、左胸にはナイフが刺さっている。
 ただしこの部屋は、書斎だろうがキッチンだろうが紛う方なき殺人現場だ。部屋の中心にあるテーブルには向かい合わせに椅子が二脚。そして、奥の方の椅子から転げ落ちるようにして倒れていたのが、律家几帳男の遺体だった。激しく抵抗した痕跡が残っており、左胸にはナイフが刺さっている。


「っ……。」
「っ……。」
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「……なるほど。」
「……なるほど。」


「そうねえ……。うん……夫はね、本当に几帳面な人だったわ。起きたらまず20秒間顔を洗う、使った食器は流しに一つだけ残しておき、増え次第すぐに洗って交換する。ネクタイピンの位置は毎日10分くらいかけて調整してたし、お辞儀の角度だって完璧になるまで練習してた。ほんと、馬鹿げてるわ。律……。」
「そうねえ……。うん……夫はね、本当に几帳面な人だったわ。起きたらまず20秒間顔を洗う、使った食器は流しに一つだけ残しておき、増え次第すぐに洗って交換する。ネクタイピンの位置は毎日10分くらいかけて調整してたし、お辞儀の角度だって完璧になるまで練習してた。ほんと、馬鹿げてるわ。几帳男……。」


 ネモは、いつの間にか眠ってしまっていた。
 ネモは、いつの間にか眠ってしまっていた。
149行目: 149行目:
「よし、反応は出なかったな、じゃあ次は弟さんの方から。」
「よし、反応は出なかったな、じゃあ次は弟さんの方から。」


「うい。えー、俺はまあ、母の話をしたよ。そろそろ認知症がやばいから、施設に預けたほうがいいかもしれないってな。飲み物は俺もコーヒーだったぜ。時間は知らん。俺はそういうの気にしないタイプなんでな。状態……うーん、流しは見てなかったけど、律が洗ったらしいマグカップを拭いてたのは覚えてる。あーあと、コーヒーの粉を棚に戻してたっけか。こんなとこかな。」
「うい。えー、俺はまあ、母の話をしたよ。そろそろ認知症がやばいから、施設に預けたほうがいいかもしれないってな。飲み物は俺もコーヒーだったぜ。時間は知らん。俺はそういうの気にしないタイプなんでな。状態……うーん、流しは見てなかったけど、几帳男が洗ったらしいマグカップを拭いてたのは覚えてる。あーあと、コーヒーの粉を棚に戻してたっけか。こんなとこかな。」


「よし、これも無反応。じゃあ続いてそっちの……亜奈秋さんだっけ?」
「よし、これも無反応。じゃあ続いてそっちの……亜奈秋さんだっけ?」
187行目: 187行目:
 調子に乗って五百六回転アクセルまで成功させてしまった橘地は、遂にその口を開いた。
 調子に乗って五百六回転アクセルまで成功させてしまった橘地は、遂にその口を開いた。


「はい。そうですね。私もノレ様と同様、大した目的があったわけではありませんでしたが、ご主人様とお話がしたいなという事で、八時半ごろに書斎へ伺いました。いただいた飲み物はホットミルクでしたね。部屋の状態はあまり観察しておりませんでしたが、冷蔵庫から氷を出していたことは記憶しています。」
「はい。そうですね。私もノレ様と同様、大した目的があったわけではありませんでしたが、ご主人様とお話でもさせていただきたいという事で、八時半ごろに書斎へ伺いました。いただいた飲み物はホットミルクでしたね。部屋の状態はあまり観察しておりませんでしたが、冷蔵庫から氷を出していたことは記憶しています。」


「え……!? え、あ、うん。はい。よし、無反応。無反応だったな。……うーむ、証言は集まったが……順番の特定は難しそうだな。ヒントがあまりにも少なすぎる。」
「え……!? え、あ、うん。はい。よし、無反応。無反応だったな。……うーむ、証言は集まったが……順番の特定は難しそうだな。ヒントがあまりにも少なすぎる。」
361行目: 361行目:
 何度も包丁を突き立てられる橘地だが、それでも亜奈秋に必死にしがみつき、ラレを追うのを制止する。
 何度も包丁を突き立てられる橘地だが、それでも亜奈秋に必死にしがみつき、ラレを追うのを制止する。


「律様は……こんな私を雇ってくれた大恩人……! 彼の忘れ形見を守るのは、私にとって命より重いことなんだ……!」
「几帳男様は……こんな私を雇ってくれた大恩人……! 彼の忘れ形見を守るのは、私にとって命より重いことなんだ……!」


 そう言って、橘地は仰向けになり、肘と膝を持ち上げた。亜奈秋の額に冷や汗が流れる。
 そう言って、橘地は仰向けになり、肘と膝を持ち上げた。亜奈秋の額に冷や汗が流れる。
391行目: 391行目:
「消防に応援を要請しろ! これはヤバいぞ!」
「消防に応援を要請しろ! これはヤバいぞ!」


 律家館は内部からの圧力で大きくひしゃげ、崩落した隙間からは大きな火の手が上がっている。威山横亜奈秋、有曾津王、此井江浩杉、律家ノレ、橘地凱――以上の五名が、律家律に次ぎこれによって死亡した。
 律家館は内部からの圧力で大きくひしゃげ、崩落した隙間からは大きな火の手が上がっている。威山横亜奈秋、有曾津王、此井江浩杉、律家ノレ、橘地凱――以上の五名が、律家几帳男に次ぎこれによって死亡した。


<big>'''第五章 なすりつける女'''</big>
<big>'''第五章 なすりつける女'''</big>
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