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「……その電話をもらった私が、几帳男の書斎に行って、それで……此伊江さんの言う通り……あ、う、本当に……本当に死んじゃってて……ううっ、それから……このダイニングルームに来た、の……。みんなにこのことを伝えるために。残りの四人はダイニングルームで各々くつろいでいたから。あ、娘のラレは既に自室で寝ていたわ。……ううっ」
「……その電話をもらった私が、几帳男の書斎に行って、それで……此伊江さんの言う通り……あ、う、本当に……本当に死んじゃってて……ううっ、それから……このダイニングルームに来た、の……。みんなにこのことを伝えるために。残りの四人はダイニングルームで各々くつろいでいたから。あ、娘のラレは既に自室で寝ていたわ。……ううっ」


 漂う悲愴感の中、全く空気を読めない稀代の嘘つきは続ける。
 漂う悲愴感の中、全く空気を読めない稀代の嘘つきは口角を上げ、続ける。


「いーや違うね。お前は嘘つきだ! なぜなら俺はダイニングルームで{{傍点|文章=寛いでなんかいなかった}}。インドの人民を想い、瞑想をしてたからだ! なんてったって俺はガンジーだからな!」
「いーや違うね。お前は嘘つきだ! なぜなら俺はダイニングルームで{{傍点|文章=寛いでなんかいなかった}}。インドの人民を想い、瞑想をしてたからだ! なんてったって俺はガンジーだからな!」
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「続けてくれ」
「続けてくれ」


「ああ、ああ、そうだよ。ニュートンとしてこれだけは言わなくちゃいけねえ。律家几帳男が死んだとき……実弟である威山横世哉には莫大な額の遺産が相続される手筈になってんだよ! ……真実はいつも小説より平凡だ。そしてここは紛れもなく現実!これは現実の事件!金持ちの殺害動機に遺産ほどシンプルなものはねえだろう!?」
「ああ、ああ、そうだよ。ニュートンとしてこれだけは言わなくちゃいけねえ。律家几帳男が死んだとき……実弟である威山横世哉には莫大な額の遺産が相続される手筈になってんだよ! ……真実はいつも小説より平凡だ。そしてここは紛れもなく現実! これは現実の事件! 金持ちの殺害動機に遺産ほどシンプルなものはねえだろう!?」


「じひじひひいっ!? うあうあああうあふさふあっしゅああさうさふさうああああ!!!!」
「じひじひひいっ!? うあうあああうあふさふあっしゅああさうさふさうああああ!!!!」
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 そう言って、卦伊佐は手早く検分を終わらせた。
 そう言って、卦伊佐は手早く検分を終わらせた。


「死因は外傷による心破裂。被害者はナイフを持った犯人を前に抵抗したものの、心臓を一突き、即死だ。凶器に指紋はついていないから、手袋でも使ったんだろう。死後硬直が始まっているが、まだピークには達していない、死亡したのは十九日の午後、八~十時あたりだろうな」
「死因は外傷による心破裂。被害者はナイフを持った犯人を前に抵抗したものの、心臓を一突き、即死だ。凶器に指紋はついていないから、手袋でも使ったんだろう。死後硬直が始まっているが、まだピークには達していない、死亡したのは十九日の午後、八~十時あたりだろうな。まあ、詳細は鑑識に任せるとしよう」


「あ、このナイフ……うちのキッチンのだ」
「あ、このナイフ……うちのキッチンのだ」
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「なるほど、凶器は現地調達か。あー、ところでさっきの話だが、この部屋に来る順番というのは?」
「なるほど、凶器は現地調達か。あー、ところでさっきの話だが、この部屋に来る順番というのは?」


「ああ、そうね、ネモー!」
「ああ、そうね、モポー!」


 ノレがそう呼ぶと、クソデカ屋敷に似つかわしいクソデカ大型犬、ネモが書斎の隅の方から現れた。背の丈は、ガタイの良い卦伊佐をも優に超えている。
 ノレがそう呼ぶと、クソデカ屋敷に似つかわしいクソデカ大型犬、モポが書斎の隅の方から現れた。背の丈は、立ち上がれば、ガタイの良い卦伊佐にも迫るほどだ。


「書斎に行く順番が回ってくると、夫が派遣したネモがやって来て、それを教えてくれるの。ネモったら頭が良いから、写真を見せられるだけでその人を識別できちゃうのよ」
「書斎に行く順番が回ってくると、夫が派遣したモポがやって来て、それを教えてくれるの。モポったら頭が良いから、写真を見せられるだけでその人を識別できちゃうのよ」


「なるほど……。つまり容疑者らの部屋に来た順番を知っているのは、被害者とネモだけということか」
「なるほど……。つまり容疑者らの部屋に来た順番を知っているのは、被害者とモポだけということか」


「あー、でも、数時間前に案内した人の順番は流石にネモでも覚えてないと思うわ」
「あー、でも、数時間前に案内した人の順番は流石にモポでも覚えてないと思うわ」


「うーむ、容疑者全員が書斎に行った時間を覚えていればいいんだが……ちなみに、来る人の順番を決めることに何か理由はあったのか?」
「うーむ、容疑者全員が書斎に行った時間を覚えていればいいんだが……ちなみに、来る人の順番を決めることに何か理由はあったのか?」


「さあ……あ、でも、夫は書斎に来た人に、ホットミルクかアイスコーヒーか好きな方の飲み物を入れてくれるの。もしそれが知人の場合、彼は既に好みを把握しているから、あらかじめ順番を決めておけばその人が来る前に飲み物の準備を済ませられる、というのがあるかもしれないわね。彼、飲み物によってコップさえ変えるのよ。確か、ミルクはマグカップ、コーヒーはタンブラーね。まあでも、結局は彼の気分だと思うわ。そんなに効率化したいなら、ミルクの人とコーヒーの人を前半後半に分けておけばいいけど、そんなことはやってなかったし」
「さあ……あ、でも、夫は書斎に来た人に、ホットミルクかアイスコーヒーか好きな方の飲み物を入れてくれるの。もしそれが知人の場合、彼は既に好みを把握しているから、あらかじめ順番を決めておけばその人が来る前に飲み物の準備を済ませられる、というのがあるかもしれないわね。彼、飲み物によってコップさえ変えるのよ。確か、ミルクはマグカップ、コーヒーはタンブラーね。まあでも、順番も結局は彼の気分だと思うわ。そんなに効率化したいなら、ミルクの人とコーヒーの人を前半後半に分けておけばいいけど、そんなことはやってなかったし」


「……なるほど」
「……なるほど」
133行目: 133行目:
「そうねえ……。うん……夫はね、本当に几帳面な人だったわ。起きたらまず20秒間顔を洗う、使った食器は流しに一つだけ残しておき、増え次第すぐに洗って交換する。ネクタイピンの位置は毎日10分くらいかけて調整してたし、お辞儀の角度だって完璧になるまで練習してた。ほんと、馬鹿げてるわ。几帳男……」
「そうねえ……。うん……夫はね、本当に几帳面な人だったわ。起きたらまず20秒間顔を洗う、使った食器は流しに一つだけ残しておき、増え次第すぐに洗って交換する。ネクタイピンの位置は毎日10分くらいかけて調整してたし、お辞儀の角度だって完璧になるまで練習してた。ほんと、馬鹿げてるわ。几帳男……」


 ネモは、いつの間にか眠ってしまっていた。
 モポは、いつの間にか眠ってしまっていた。


 ――深夜二時、再び六人がダイニングルームに集まった。未だに電話越しの奴を含めると七人である。死体の状況を共有し、卦伊佐は続けた。
 ――深夜二時、再び六人がダイニングルームに集まった。未だに電話越しの奴を含めると七人である。死体の状況を共有し、卦伊佐は続けた。
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「えー、まあ、そういうわけで、各自書斎に行ったときのこと、特に{{傍点|文章=その時間}}や{{傍点|文章=部屋の状態}}を、今度は覚えているだけ精細に話してほしい」
「えー、まあ、そういうわけで、各自書斎に行ったときのこと、特に{{傍点|文章=その時間}}や{{傍点|文章=部屋の状態}}を、今度は覚えているだけ精細に話してほしい」


「嘘の証言を防ぐために、まあ、なんだ、所謂ウソ発見器ってやつを持ってきた。もちろん23世紀の技術によって、大幅に性能は向上しているんだが、残念ながら科学捜査倫理法のせいで犯行についての直接の質問に使うことはできない。あと、わざと何かをぼかしたり隠していることも感知できない。あくまでも嘘かどうかを発見するマシーンだからな」
 そう言って、卦伊佐は内ポケットから何やら機械を取り出した。
 
「嘘の証言を防ぐために、まあ、なんだ、所謂ウソ発見器ってやつを持ってきた。もちろん23世紀の技術によって、大幅に性能は向上しているんだが、残念ながら機械科学捜査倫理法のせいで犯行についての直接の質問に使うことはできない。あと、わざと何かをぼかしたり隠していることも感知できない。あくまでも嘘かどうかを発見するマシーンだからな」
 
「おいおい、なんだよ機械なんちゃら法って。『あなたは犯人ですか』って一人一人尋ねていったら済む話じゃないのか?」
 
 世哉の言葉に、卦伊佐は応える。
 
「機械科学捜査倫理法は、『機械・機械生体三原則』を基に作られたものだ。……流石に知っているだろう? 『一、機械または機械生体は、人間に危害を加えてはならない』――失礼、これはもう改訂されたんだったな。列強の軍事転用推進は恐ろしいものだ。『一、機械または機械生体は、年齢が十八に満たない人間の子供に危害を加えてはならない』『二、機械または機械生体は、その自発的知能を立法、司法に過度に活用してはならない』『三、機械または機械生体は、以上二つの事項を違反した際、すみやかに機能を停止しなければならない』――つまるところ、この第二項を警察はこう解釈したってわけだ。」


 一気に室内の緊張感が増す。これには橘地も、ブリッジしたまま硬直していた。
 一気に室内の緊張感が増す。これには橘地も、ブリッジしたまま硬直していた。
157行目: 165行目:
 瞬間、ウソ発見器から警告音が放たれた。卦伊佐はニヤニヤしながら言う。
 瞬間、ウソ発見器から警告音が放たれた。卦伊佐はニヤニヤしながら言う。


「おっと、あんた大丈夫か? なあに、誤作動ってこともあるからな。どうなんだ?」
「おっと、あんた大丈夫か? なあに、誤作動ってこともあるかもしれない。どうなんだ?」


「ぐ……あー、正直に言うと、世哉の誕生日のサプライズパーティーの相談に行ってたの。……今の今で台無しになったけどね。私刑にしてやうろかてめえら」
「ぐ……あー、正直に言うと、世哉の誕生日のサプライズパーティーの相談に行ってたの。……今の今で台無しになったけどね。私刑にしてやうろかてめえら」
175行目: 183行目:
「何でバレた!? 何で嘘ってバレた!? ……まあいい。くっくっく……! そうだ! 俺はコペルニクスじゃない。本当はアリストテレスだからな!」
「何でバレた!? 何で嘘ってバレた!? ……まあいい。くっくっく……! そうだ! 俺はコペルニクスじゃない。本当はアリストテレスだからな!」


 しかしこの時、怒の表情をたたえてウソ発見器を破壊した卦伊佐が放った殺気は、宇曾都のいたずら心をへし折ってしまったようだった。卦伊佐は彼にウソ発見器よりも大きな恐怖を与えたらしく、23世紀に入って人間の行動が科学技術のもたらした機能を超克したのは、これが初めてのことであるとみられる。
 しかしこの時、憤怒の表情をたたえ、拳ひとつでウソ発見器を破壊した卦伊佐が放った殺気は、宇曾都のいたずら心をへし折ってしまったようだった。卦伊佐は彼にウソ発見器よりも大きな恐怖を与えたらしく、23世紀に入って人間の行動が科学技術のもたらした機能を超克したのは、これが初めてのことであるとみられている。


「はい……あの……はい……まあうまい事騙して金をむしり取ってやろうとしてました……時間……曖昧だけどまあ……十時前くらいでしたかね……飲み物はコーヒーっした……あと……はい……俺の時も律家さんはマグカップを拭いてました……はい……」
「はい……あの……はい……まあうまい事騙して金をむしり取ってやろうとしてました……時間……曖昧だけどまあ……十時前くらいでしたかね……飲み物はコーヒーっした……あと……はい……俺の時も律家さんはマグカップを拭いてました……はい……」
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 コノイエさんの直後は秋ちゃんだから、ドミノ倒しで最初の三人が確定するわね。一番目の人は『ミルクを飲んだママ』、ニ番目の人は『コーヒーを飲んだコノイエさん』、三番目の人は『ミルクを飲んだ秋ちゃん』。で、残っているのは世哉おじさん、ウソツさん、凱兄の三人。こうなると、四番目の人も確定できるわ。四番目の人の二つ前――つまりニ番目の人は、『コーヒーを飲んだコノイエさん』。二つ前の人がミルクを飲んでいる世哉おじさんとウソツさんは、四番目の人ではあり得ないから、ここには凱兄が入るわね。
 コノイエさんの直後は秋ちゃんだから、ドミノ倒しで最初の三人が確定するわね。一番目の人は『ミルクを飲んだママ』、ニ番目の人は『コーヒーを飲んだコノイエさん』、三番目の人は『ミルクを飲んだ秋ちゃん』。で、残っているのは世哉おじさん、ウソツさん、凱兄の三人。こうなると、四番目の人も確定できるわ。四番目の人の二つ前――つまりニ番目の人は、『コーヒーを飲んだコノイエさん』。二つ前の人がミルクを飲んでいる世哉おじさんとウソツさんは、四番目の人ではあり得ないから、ここには凱兄が入るわね。


 五、六番目の人の二つ前は、それぞれ『ミルクを飲んだ秋ちゃん』と『ミルクを飲んだ凱兄』となる。矛盾はないから、あとは世哉おじさんとウソツさんの順番ね。――さっきは直後の人が確定していたから考慮しなかったけど、世哉おじさんの帰り際に、パパはコーヒーの粉を片付けている。このことから、{{傍点|文章=世哉おじさんの直後の人はコーヒーを飲んでいない}}ことが分かるわね。粉はコーヒーを淹れるのに毎回必要になるんだから、次もコーヒーを淹れなきゃならないってときに片付けるなんて非合理的よ。パパはそこまでクレイジーな人じゃないわ。
 五、六番目の人の二つ前は、それぞれ『ミルクを飲んだ秋ちゃん』と『ミルクを飲んだ凱兄』となる。矛盾はないから、あとは世哉おじさんとウソツさんの順番ね。――さっきは直後の人がママで確定していたから考慮しなかったけど、世哉おじさんの帰り際に、パパはコーヒーの粉を片付けている。このことから、{{傍点|文章=世哉おじさんの直後の人はコーヒーを飲んでいない}}ことが分かるわね。粉はコーヒーを淹れるのに毎回必要になるんだから、次もコーヒーを淹れなきゃならないってときに片付けるなんて非合理的よ。パパはそこまでクレイジーな人じゃないわ。


 とすると、世哉おじさんの直後にウソツさんが来るという順番はあり得ない。つまり世哉おじさんは、{{傍点|文章=一番最後の人だと確定する}}わ。『直後に出された飲み物がコーヒーではない』――これは『直後に出された飲み物がミルクである』というだけでなく、『直後に出された飲み物が{{傍点|文章=無い}}』」という可能性も含んでいる。さっきと同じような話よ。
 とすると、世哉おじさんの直後にウソツさんが来るという順番はあり得ない。つまり世哉おじさんは、{{傍点|文章=一番最後の人だと確定する}}わ。『直後に出された飲み物がコーヒーではない』――これは『直後に出された飲み物がミルクである』というだけでなく、『直後に出された飲み物が{{傍点|文章=無い}}』」という可能性も含んでいる。さっきと同じような話よ。
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 橘地が{{傍点|文章=最悪の事態}}に備えて願った通り、ラレは律家館の玄関から外に飛び出していた。ちょうどいくつかのパトカーが到着した頃だった。
 橘地が言った通り、ラレは律家館の玄関から外に飛び出していた。ちょうどいくつかのパトカーが到着した頃だった。


「まったく卦伊佐さんったら、ホント勘弁してほしいよ。あの人の一挙手一投足がどれだけの二次災害を及ぼすか……ってあれ? おい、子供がこっちに走ってくるぞ!」
「まったく卦伊佐さんったら、ホント勘弁してほしいよ。あの人の一挙手一投足がどれだけの二次災害を及ぼすか……ってあれ? おい、子供がこっちに走ってくるぞ!」
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「消防に応援を要請しろ! これはヤバいぞ!」
「消防に応援を要請しろ! これはヤバいぞ!」


 律家館は内部からの圧力で大きくひしゃげ、崩落した隙間からは大きな火の手が上がっている。威山横亜奈秋、有曾津王、此井江浩杉、律家ノレ、橘地凱――以上の五名が、律家几帳男に次いで死亡した。
 律家館は内部からの圧力で大きくひしゃげ、崩落した隙間からは大きな火の手が上がっている。此井江浩杉、橘地凱、威山横亜奈秋、有曾津王、律家ノレ――以上の五名が、律家几帳男に次いで死亡した。


<big>'''第五章 なすりつける女'''</big>
<big>'''第五章 なすりつける女'''</big>
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