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「えーっと、とりあえず自己紹介でもした方がいいんじゃないか? まあ、大抵みんな少なくとも顔見知りではあるだろうけど一応……」 | 「えーっと、とりあえず自己紹介でもした方がいいんじゃないか? まあ、大抵みんな少なくとも顔見知りではあるだろうけど一応……」 | ||
この屋敷・律家館のダイニングルームの静寂を破ったのは、律家几帳男の実弟である<ruby>威山横<rt>いさんよこ</rt></ruby><ruby>世哉<rt>せや</rt></ruby>の一言であった。この部屋には、被害者の律家几帳男と、週刊誌記者の<ruby>此井江<rt>このいえ</rt></ruby><ruby>浩杉<rt>ひろすぎ</rt></ruby> | この屋敷・律家館のダイニングルームの静寂を破ったのは、律家几帳男の実弟である<ruby>威山横<rt>いさんよこ</rt></ruby><ruby>世哉<rt>せや</rt></ruby>の一言であった。この部屋には、被害者の律家几帳男と、週刊誌記者の<ruby>此井江<rt>このいえ</rt></ruby><ruby>浩杉<rt>ひろすぎ</rt></ruby>、および几帳男の十二歳になる実娘、律家ラレを除いた、事件発生時に屋敷にいた五人、そしてやってきた警察官一人の計六人が集合していた。 | ||
「まあ、まず俺からかな。俺は威山横世哉。……旧姓は律家世哉。知っての通り几帳男の弟だ。うう……兄貴い……」 | 「まあ、まず俺からかな。俺は威山横世哉。……旧姓は律家世哉。知っての通り几帳男の弟だ。うう……兄貴い……」 | ||
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「なるほど、凶器は現地調達。衝動的犯行の線が強いか……あー、ところでさっきの話だが、この部屋に来る順番というのは?」 | 「なるほど、凶器は現地調達。衝動的犯行の線が強いか……あー、ところでさっきの話だが、この部屋に来る順番というのは?」 | ||
「ああ、そうね、スイッチー!」 | |||
ノレがそう呼ぶと、クソデカ屋敷に似つかわしいクソデカ大型犬、スイッチが書斎の隅の方から現れた。背の丈は、立ち上がれば、ガタイの良い卦伊佐にも迫るほどだ。 | |||
「書斎に行く順番が回ってくると、夫が派遣したスイッチがやって来て、それを教えてくれるの。スイッチったら頭が良いから、写真を見せられるだけでその人を識別できちゃうのよ」 | |||
「なるほど……。つまり容疑者らの部屋に来た順番を知っているのは、被害者とスイッチだけということか……だが、{{傍点|文章=そいつ}}に順番を聞くことはできないし……うーむ、容疑者全員、自分が書斎に行った時間を覚えていればいいんだがな。ちなみに、来る人の順番を決めることに何か理由はあったのか?」 | |||
「さあ……あ、でも、夫は書斎に来た人に、ホットミルクかアイスコーヒーか好きな方の飲み物を入れてくれるの。もしそれが知人の場合、彼は既に好みを把握しているから、あらかじめ順番を決めておけばその人が来る前に飲み物の準備を済ませられる、というのがあるかもしれないわね。彼、飲み物によってコップさえ変えるのよ。確か、ミルクはマグカップ、コーヒーはタンブラーね。まあでも、順番も結局は彼の気分だと思うわ。そんなに効率化したいなら、ミルクの人とコーヒーの人を前半後半に分けておけばいいけど、そんなことはやってなかったし」 | 「さあ……あ、でも、夫は書斎に来た人に、ホットミルクかアイスコーヒーか好きな方の飲み物を入れてくれるの。もしそれが知人の場合、彼は既に好みを把握しているから、あらかじめ順番を決めておけばその人が来る前に飲み物の準備を済ませられる、というのがあるかもしれないわね。彼、飲み物によってコップさえ変えるのよ。確か、ミルクはマグカップ、コーヒーはタンブラーね。まあでも、順番も結局は彼の気分だと思うわ。そんなに効率化したいなら、ミルクの人とコーヒーの人を前半後半に分けておけばいいけど、そんなことはやってなかったし」 | ||
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「そうねえ……。うん……夫はね、本当に几帳面な人だったわ。起きたらまず20秒間顔を洗う、使った食器は流しに一つだけ残しておき、増え次第すぐに洗って交換する。ネクタイピンの位置は毎日10分くらいかけて調整してたし、お辞儀の角度だって完璧になるまで練習してた。ほんと、馬鹿げてるわ。几帳男……」 | 「そうねえ……。うん……夫はね、本当に几帳面な人だったわ。起きたらまず20秒間顔を洗う、使った食器は流しに一つだけ残しておき、増え次第すぐに洗って交換する。ネクタイピンの位置は毎日10分くらいかけて調整してたし、お辞儀の角度だって完璧になるまで練習してた。ほんと、馬鹿げてるわ。几帳男……」 | ||
スイッチは、いつの間にか目を閉じて寝転んでいた。 | |||
――深夜二時、再び六人がダイニングルームに集まった。未だに電話越しの奴を含めると七人である。死体の状況を共有し、卦伊佐は続けた。 | ――深夜二時、再び六人がダイニングルームに集まった。未だに電話越しの奴を含めると七人である。死体の状況を共有し、卦伊佐は続けた。 | ||
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そう言って、卦伊佐は内ポケットから何やら機械を取り出した。 | そう言って、卦伊佐は内ポケットから何やら機械を取り出した。 | ||
「嘘の証言を防ぐために、まあ、なんだ、所謂ウソ発見器ってやつを持ってきた。もちろん23世紀の技術によって、大幅に性能は向上しているんだが、残念ながら機械科学捜査倫理法のせいで{{傍点|文章=直接的な質問}}に使うことはできない――自発的に言ったことの真偽判定だけだ。あと、わざと何かをぼかしたり隠していることも感知できない。あくまでも与えられた言葉が嘘かどうかを発見するマシーンだからな」 | |||
「おいおい、なんだよ機械なんちゃら法って。『あなたは犯人ですか』って一人一人尋ねていって、それが嘘って判定されたやつを逮捕したら済む話じゃないのか?」 | |||
世哉の言葉に、卦伊佐は応える。 | 世哉の言葉に、卦伊佐は応える。 | ||
「機械科学捜査倫理法は、『機械・機械生体三原則』を基に作られたものだ。……流石に知っているだろう? 『一、機械または機械生体は、人間に危害を加えてはならない』――失礼、これはもう改訂されたんだったな。ここで言うのもなんだが、利権がらみの軍事転用推進はやはり恐ろしい。……『一、機械または機械生体は、年齢が十八に満たない人間の子供に危害を加えてはならない』『二、機械または機械生体は、その自発的知能・思考を立法、司法に活用してはならない』『三、機械または機械生体は、以上二つの事項を違反した際、すみやかに機能を停止しなければならない』――つまるところ、この第二項を警察はこう解釈したってわけだ。我々が行うのはあくまでも疑わしい人物を捕まえるだけ、犯行の事実を明らかにするのは司法の管轄だろう、とな」 | |||
一気に室内の緊張感が増す。これには橘地も、ブリッジしたまま硬直していた。 | 一気に室内の緊張感が増す。これには橘地も、ブリッジしたまま硬直していた。 | ||
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亜奈秋はヒステリックを起こしている。手に持っているのは、家のキッチンにあったナイフだ。 | 亜奈秋はヒステリックを起こしている。手に持っているのは、家のキッチンにあったナイフだ。 | ||
「ど、どういうこと? ころ……した、って? 世哉おじさんが……パパを?」 | |||
「そもそも最後に書斎に行った人が犯人だなんて、明らかに暴論だろうが! 世哉の後に誰かが入って殺したという可能性はちっとも考えないわけ!? 殺さなかった方の訪問のことだけ話せば、ウソ発見器に引っ掛かることもない……なのになぜそれを無視するの! それにあいつも……此井江もおかしい! この家は確かに豪邸だけど、{{傍点|文章=道に迷うほど複雑な造りじゃない}}! ダイニングルームなんて、ちょっと廊下を歩けばすぐ見つかる! ……有曾津もきな臭い。あいつの証言の時、卦伊佐は示し合わせたようにウソ発見器を破壊した! {{傍点|文章=嘘をついてもバレないようにした}}んだ! 普通だったらもし壊したとしてもすぐに予備を使うはずなのに、そうしなかった! ええ、ノレだっておかしい! あいつはお義兄さんのことが好きだったから結婚したんじゃない。金が好きだったから結婚したんだよ! {{傍点|文章=連れ子}}のてめえのことなんて微塵も良く思ってないわ!」 | 「そもそも最後に書斎に行った人が犯人だなんて、明らかに暴論だろうが! 世哉の後に誰かが入って殺したという可能性はちっとも考えないわけ!? 殺さなかった方の訪問のことだけ話せば、ウソ発見器に引っ掛かることもない……なのになぜそれを無視するの! それにあいつも……此井江もおかしい! この家は確かに豪邸だけど、{{傍点|文章=道に迷うほど複雑な造りじゃない}}! ダイニングルームなんて、ちょっと廊下を歩けばすぐ見つかる! ……有曾津もきな臭い。あいつの証言の時、卦伊佐は示し合わせたようにウソ発見器を破壊した! {{傍点|文章=嘘をついてもバレないようにした}}んだ! 普通だったらもし壊したとしてもすぐに予備を使うはずなのに、そうしなかった! ええ、ノレだっておかしい! あいつはお義兄さんのことが好きだったから結婚したんじゃない。金が好きだったから結婚したんだよ! {{傍点|文章=連れ子}}のてめえのことなんて微塵も良く思ってないわ!」 | ||
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<big>'''第五章 なすりつける女'''</big> | <big>'''第五章 なすりつける女'''</big> | ||
亜奈秋がラレを襲う数分前、ノレはラレを部屋に残し、書斎へ向かっていた。部屋の隅から番犬としての役目を果たそうと出てきたスイッチは、しかし主人の姿をみとめると再び戻っていってしまう。 | |||
食器棚を動かすと、地下階への隠し階段が現れる。ノレは軽い足取りで階段を駆け下り、地下の一室に出た。そこには遠隔操作型のギロチンが備え付けられており、少し離れた場所に通話中のスマホが転がっている。台の上で手足を縛りあげられ、素朴な木の板に首を嵌められていたのは――此井江だった。 | 食器棚を動かすと、地下階への隠し階段が現れる。ノレは軽い足取りで階段を駆け下り、地下の一室に出た。そこには遠隔操作型のギロチンが備え付けられており、少し離れた場所に通話中のスマホが転がっている。台の上で手足を縛りあげられ、素朴な木の板に首を嵌められていたのは――此井江だった。 | ||
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此井江は、ギロチン台の上で仰向けになり、どこか遠くを見つめている。 | 此井江は、ギロチン台の上で仰向けになり、どこか遠くを見つめている。 | ||
「大声で叫んで逃げようとしたけど、まさかあれが……スイッチでしたっけ? 邪魔してくるとは思いませんでしたよ。よくしつけられてますね。そのまま手足を縛られて、謎の扉から地下に投げ出されて……気づいたら{{傍点|文章=こう}}ですよ。おまけに無事に解放されたければ、口裏を合わせて世哉さんに罪をなすりつける手伝いをしろときた。もし電話で助けを呼んだりしたら、ギロチンが遠隔で作動するらしい……{{傍点|文章=まったく想像通り}}、あなたはひどい人だった」 | |||
「……?」 | 「……?」 | ||
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ふと、階段の方から足音が聞こえた。ノレは咄嗟に、ギロチン台の後ろに身を隠す。 | ふと、階段の方から足音が聞こえた。ノレは咄嗟に、ギロチン台の後ろに身を隠す。 | ||
「おいおい、どうして隠れるんだ? このナイチンゲールが来てやったってのに……おいおい、惨劇の真っ最中かよ」 | |||
階段を下り、ギロチン台に目を向けているこの男は――有曾津だ。ノレがそれを訝しむ間もなく、彼は滔々と語り始めた。 | 階段を下り、ギロチン台に目を向けているこの男は――有曾津だ。ノレがそれを訝しむ間もなく、彼は滔々と語り始めた。 | ||
451行目: | 447行目: | ||
「まさか……」 | 「まさか……」 | ||
「そう、その捜査員こそ――俺だ」 | |||
全くのノーマークだった男の正体に、ノレは唖然とした。また嘘をついているのかもしれないが、こいつと卦伊佐が繋がっていると考えると、全ての辻褄が合ってしまう。世哉があっけなく連れていかれたことも…… | 全くのノーマークだった男の正体に、ノレは唖然とした。また嘘をついているのかもしれないが、こいつと卦伊佐が繋がっていると考えると、全ての辻褄が合ってしまう。世哉があっけなく連れていかれたことも…… | ||
「そして詐欺師のフリをしてこの家の内情を捜査するにつれ……驚くべき事実が浮かび上がってきた。爆弾を製造していたのは几帳男ではなく、{{傍点|文章=その妻、律家ノレだった}}んだ。その動機はつまるところ、几帳男の持つ莫大な富。……爆発物への造詣も深い几帳男には、この家全体を破壊する威力を持った爆破装置の脅威もすばらしく理解できるだろう。そう思ったお前は、これをして彼の家と娘ごと人質にしてしまうことで、財産を強請ろうと考えていた……違うか?」 | |||
「……胸糞悪い質問ね。私の答えなんてどうでもいいでしょ」 | |||
「へっ、まあいい、とにかく……そう、さっきの事件だ。大方お前はついにあいつを脅迫し……そこで何があったは知らないが、お前は几帳男を殺害した。計画は台無しになって焦ったお前は、そこに転がってる此井江をも脅し、とにかく威山横世哉に罪を擦り付けることにしたんだろう。几帳男の財産全てを奪おうとしていたお前にとって、世哉に多額の遺産が渡ることを阻止するのに最もいい方法は、彼を殺人犯に仕立て上げて『相続欠格』を適用させることだったからな。……尤も、{{傍点|文章=卦伊佐のやつが世哉を保護した}}今となっちゃあ無理な話だが」 | |||
策に嵌められていたのはこちら側だった――ノレは唇を噛んだ。 | |||
「几帳男は死んだ。皮肉にも、これによって警察は律家館に入るためのまったく正当で潰しようのない理由を手に入れたんだ。……律家ノレ、お前を逮捕する」 | |||
ノレはギロチン台の陰から飛び出し、有曾津の前に躍り出て、叫んだ。 | |||
「――ま、待ちなさい! {{傍点|文章=私は爆破装置のスイッチを携帯している}}! 少しでも動いたら、起動させるわよ!」 | |||
「まあまあ、そんな物騒なこと言うなよ」 | |||
有曾津は余裕の表情でノレに近づいていく。 | |||
「聞こえないの!? 起動させるわよ! 止まりなさい!」 | |||
「{{傍点|文章=お前は爆破装置のスイッチを携帯していない}}」 | |||
ノレは有曾津に組み伏せられ、手錠を掛けられた。 | |||
「どうして嘘だと……フフ、いや、違うわね。あなたはその在処を見破ってはいない」 | |||
「まだ観念しないのか……一応聞いておこう、何故そんなことが言える?」 | |||
ノレは笑いをこらえるようにして言った。 | |||
「あなたが私の喉を潰そうとしないからよ。{{傍点|文章=スイッチ}}はとっても従順――」 | |||
「まさか――{{傍点|文章=あのロボット犬}}!」 | |||
「スイッチぃ――――――――――っっ!!!」 | |||
爆風がたちまち家中を駆け回っていった。それはノレと有曾津のいる地下の一室も例外ではなく、部屋は瞬く間に崩落。当のノレも瓦礫に挟まれ、深い傷を負っている。しかし―― | |||
「油断しちまったよ……」 | |||
有曾津は血を一滴も流さずして瓦礫から脱出しており、ノレに再び近づいていった。 | |||
「まさか……あなたって……!」 | |||
「特殊機密捜査員は、機械生体――アンドロイドによって構成されている。警察は行政機関だからな、『三原則』には抵触しない」 | |||
有曾津――正確には、SSI-1931――は、破けた表皮の内側にケーブルを覗かせながら続ける。 | |||
「律家ノレこそが犯人であると俺が確信したのは――俺にあの{{傍点|文章=ウソ探知機と同じシステムが搭載されている}}からだ。勿論、この判定結果を同僚の人間――例えば卦伊佐とかに言うことはできない。司法に影響を及ぼしちまうらしいからな。だが……俺の中だけで黙って捜査に役立てることなら許される。さっきお前がスイッチを持っていないと分かったのも、これのおかげだ。」 | |||
*ラレ;ノレへの"嘘" | *ラレ;ノレへの"嘘" |
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