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<br> 何の返答も得られないまま5分ほど経ち、この試みはいたずらに喉を痛めただけだった。外を偶然通りがかった市民とはいかずとも、せめて犯人側からの説明だけでもあって欲しかった。自分たちが何のためにこんなところにいるのかわからないというのは、かなり不安にさせられる。
<br> 何の返答も得られないまま5分ほど経ち、この試みはいたずらに喉を痛めただけだった。外を偶然通りがかった市民とはいかずとも、せめて犯人側からの説明だけでもあって欲しかった。自分たちが何のためにこんなところにいるのかわからないというのは、かなり不安にさせられる。
<br> とりあえず状況を把握しようということになった。権田はいち早く目覚めて、少しこの部屋の探検もしたようだが、全貌を把握するには至っていないとのこと。
<br> とりあえず状況を把握しようということになった。権田はいち早く目覚めて、少しこの部屋の探検もしたようだが、全貌を把握するには至っていないとのこと。
<br> まずは自分たちのことから。着ている衣服は、下着とシャツとズボンくらい。靴下すら履いていなかった。持ち物もほとんどない。ズボンのポケットに入れていたハンカチはあったが、腕時計は消えていた。体にも不調や違和感はない。怪しい番号が彫られていたり、知らぬ間に臓器を摘出されたりはしていないようだ。だが、服を脱いで隅々までチェックするわけにはいかないから、鼠径部にICチップを埋め込まれたりしている可能性は拭えない。後で見てみよう。とにかく、ほとんどの所持品や衣服が奪われていることがわかった。携帯や無線ももちろん無いから、外部と連絡を取る術はない。
<br> まずは自分たちのことから。着ている衣服は、下着とシャツとズボンくらい。靴下すら履いていないし、ベルトも無くなっている。持ち物もほとんど無い。ズボンのポケットに入れていたハンカチはあったが、腕時計は消えていた。体にも不調や違和感はない。怪しい番号が彫られていたり、知らぬ間に臓器を摘出されたりはしていないようだ。だが、服を脱いで隅々までチェックするわけにはいかないから、鼠径部にICチップを埋め込まれたりしている可能性は拭えない。後で見てみよう。とにかく、ほとんどの所持品や衣服が奪われていることがわかった。携帯や無線ももちろん無いから、外部と連絡を取る術はない。
<br> 次に、この部屋だ。広さは十畳くらいあるだろうか。床も壁も天井も真っ白で、清潔さを感じる。そして、異様に天井が高い。やはり5、6メートルはあるだろうか。もっとも、白一色だから目測が取りづらい。調度は、天井のライトと、権田が腰掛けていたベッドのみ。ベッドは飛び出た壁にマットレスを乗せただけのようで、枕も掛け布団も無い。ただし、そこそこ大きい。クイーンベッドくらいの広さはある。壁の一部であるから、権田がベッドを動かそうとしても、叶わなかった。マットレスを剥がそうともしたが、ベッドに固定されているらしく、これもできなかった。
<br> 次に、この部屋だ。広さは十畳くらいあるだろうか。床も壁も天井も真っ白で、清潔さを感じる。そして、異様に天井が高い。やはり5、6メートルはあるだろうか。もっとも、白一色だから目測が取りづらい。調度は、天井のライトと、権田が腰掛けていたベッドのみ。ベッドは飛び出た壁にマットレスを乗せただけのようで、枕も掛け布団も無い。ただし、そこそこ大きい。クイーンベッドくらいの広さはある。壁の一部であるから、権田がベッドを動かそうとしても、叶わなかった。マットレスを剥がそうともしたが、ベッドに固定されているらしく、これもできなかった。
<br> 部屋の床の端には、幅10センチほどの排水溝が、四方の壁際に沿うようにして設置されていた。この部屋の床が、排水溝にぐるりと囲われている格好である。穴の開いた金属の蓋が嵌まっている、プールサイドなんかにあるタイプのもの。蓋を外せないか試してみたが、素手では到底できそうになかった。この部屋に水気はないのに、排水溝に何の必要性があるのだろう。
<br> 部屋の床の端には、幅10センチほどの排水溝が、四方の壁際に沿うようにして設置されていた。この部屋の床が、排水溝にぐるりと囲われている格好である。穴の開いた金属の蓋が嵌まっている、プールサイドなんかにあるタイプのもの。蓋を外せないか試してみたが、素手では到底できそうになかった。この部屋に水気はないのに、排水溝に何の必要性があるのだろう。
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<br> 普通のドアのところへ行き、レバーを下ろして引き開ける。滑らかで、何の変哲もない挙動。その奥は、小さな部屋だった。天井がさっきの部屋よりずっと低くなっている。とはいえ、2メートル半くらいだから、普通の高さなのだが。排水溝を跨いで小部屋に足を踏み入れた。白い壁以外は何もない、ただの空間。向かいの壁には、同じようなドアがまたある。戸惑いながらも、部屋を渡ってそのドアを開ける。今度は向こうへと開いた。
<br> 普通のドアのところへ行き、レバーを下ろして引き開ける。滑らかで、何の変哲もない挙動。その奥は、小さな部屋だった。天井がさっきの部屋よりずっと低くなっている。とはいえ、2メートル半くらいだから、普通の高さなのだが。排水溝を跨いで小部屋に足を踏み入れた。白い壁以外は何もない、ただの空間。向かいの壁には、同じようなドアがまたある。戸惑いながらも、部屋を渡ってそのドアを開ける。今度は向こうへと開いた。
<br> そこはどうやら、廊下のようだった。僕が先頭を切り、その後を権田が続く。素足のひたひたという音の他には、物音はカサリともしない。未知の空間への恐怖に、否応なく心拍が速くなる。
<br> そこはどうやら、廊下のようだった。僕が先頭を切り、その後を権田が続く。素足のひたひたという音の他には、物音はカサリともしない。未知の空間への恐怖に、否応なく心拍が速くなる。
<br> 細長い廊下の中途に、左右に向かい合うようにしてドアがあり、突き当たりにもう一つドアがある。僕は廊下を進み、覚悟を決めて右にあるドアを押し開いた。
<br> 細長い廊下の中途に、左右に向かい合うようにしてドアがあり、突き当たりにもう一つドアがある。僕は廊下を進み、覚悟を決めて右にあるドアを引き開けた。
<br> そこには、トイレがあった。あまりに俗物的な設備に、思わず拍子抜けしてしまった。入ると、人感センサーで勝手に電気がつく。和式便座が一つと、壁に据え付けられたステンレスの手洗い場。そして、便器の横に、もう一つ床に埋まった水槽がある。何に使うのだろう? トイレは概して清潔で、監禁場所にはそぐわないくらいだ。天井には換気口があったが、蓋を開けることはできなかった。
<br> そこには、トイレがあった。あまりに世俗的な設備に、思わず拍子抜けしてしまった。入ると、人感センサーで勝手に電気がつく。和式便座が一つと、壁に据え付けられたステンレスの手洗い場。そして、便器の横に、もう一つ床に埋まった水槽がある。何に使うのだろう? トイレは概して清潔で、監禁場所にはそぐわないくらいだ。天井には換気口があったが、蓋を開けることはできなかった。
<br> トイレを出て、今度は向かいのドアを開ける。こっちは、脱衣所だった。とはいえ、これも備え付けの棚があるだけだ。真っ白なタオルが数枚、ぽつんと置かれてある。横にあるスライドドアを開けると、やはり風呂があった。シャワーと浴槽がある。鏡やシャンプーの類もあるらしい。寮の風呂より広い。まるで田舎の旅館に来たかのような錯覚に陥る。本当に僕らは監禁されているんだろうかと、疑問に思ってしまう。
<br> トイレを出て、今度は向かいのドアを開ける。こっちは、脱衣所だった。とはいえ、これも備え付けの棚があるだけだ。真っ白なタオルが数枚、ぽつんと置かれてある。横にあるスライドドアを開けると、やはり風呂があった。シャワーと浴槽がある。鏡やシャンプーの類もあるらしい。寮の風呂より広い。まるで田舎の旅館に来たかのような錯覚に陥る。本当に僕らは監禁されているんだろうかと、疑問に思ってしまう。


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<br> 倉庫でカードを見つけた僕らは、この部屋に戻り、ドアに対峙した。目を凝らすと、天井付近にあるのがテンキーであることがよくわかった。テンキーはドアに埋め込まれており、さらに分厚いプラスチックカバーに覆われている。それをパカリと上げないと、ボタンを押せない設計のようだ。約5メートル上方。なんとかテンキーに手が届かないかと頑張ってみたが、到底高さが足りない。番号はわかったのに、それを入力できない。僕は深い落胆に包まれた。
<br> 倉庫でカードを見つけた僕らは、この部屋に戻り、ドアに対峙した。目を凝らすと、天井付近にあるのがテンキーであることがよくわかった。テンキーはドアに埋め込まれており、さらに分厚いプラスチックカバーに覆われている。それをパカリと上げないと、ボタンを押せない設計のようだ。約5メートル上方。なんとかテンキーに手が届かないかと頑張ってみたが、到底高さが足りない。番号はわかったのに、それを入力できない。僕は深い落胆に包まれた。
<br>「おい、落ち込んでじゃねえ。ドアを破れないか試してみるぞ」
<br>「おい、落ち込んでじゃねえ。ドアを破れないか試してみるぞ」
<br> 権田はドアの前で仁王立ちして言った。僕は慌てて立ち上がり、権田に並ぶ。せーのでドアに肩から体当たりした。鈍い音が響く。何度も並んでタックルを繰り返す。
<br> 権田はドアの前で仁王立ちして言った。僕は慌てて背筋を伸ばし、権田に並ぶ。せーのでドアに肩から体当たりした。鈍い音が響く。何度も並んでタックルを繰り返す。
<br> 2分後、僕らは肩を押さえて床に倒れていた。ドアは1ミリだって揺らがない。破るなんて、到底できそうもなかった。蝶番もこちらからは見えず、ドアごと外すという手も使えない。このドアを開けるには、暗証番号を打ち込むほかなさそうだ。
<br> 2分後、僕らは肩を押さえて床に倒れていた。ドアは1ミリだって揺らがない。破るなんて、到底できそうもなかった。蝶番もこちらからは見えず、ドアごと外すという手も使えない。このドアを開けるには、暗証番号を打ち込むほかなさそうだ。
<br>「……先輩、倉庫から救急箱取ってきます」
<br>「……先輩、倉庫から救急箱取ってきます」
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<br>「ははっ、そうだったな」
<br>「ははっ、そうだったな」
<br> 僕は権田と入れ替わるようにして風呂に向かった。脱衣所で服を脱ぐと、権田の脱いだ服が棚にまとめて置かれていたから、その横に離して自分の服を置く。スライドドアを開いて風呂に入った。鏡の曇りを拭って全身を隈なく見てみたが、異常は見つからなかった。ほっとしてシャワーをひねると、さっきまで権田が使っていたからか、すぐに温水が出た。もう少し湯を熱くしようと、レバーをひねる。湯気の中で目を凝らすと、その目盛りはなんと70℃まであった。これじゃあ給湯器というより、ちょっとした湯沸かし器だ。適温の湯を全身に浴びると、強ばった筋肉がほぐれていく。監禁されているというのに、こうして温かいシャワーを浴びていると、リラックスして安心すら覚えてくるのだから、豪胆というか能天気というか。
<br> 僕は権田と入れ替わるようにして風呂に向かった。脱衣所で服を脱ぐと、権田の脱いだ服が棚にまとめて置かれていたから、その横に離して自分の服を置く。スライドドアを開いて風呂に入った。鏡の曇りを拭って全身を隈なく見てみたが、異常は見つからなかった。ほっとしてシャワーをひねると、さっきまで権田が使っていたからか、すぐに温水が出た。もう少し湯を熱くしようと、レバーをひねる。湯気の中で目を凝らすと、その目盛りはなんと70℃まであった。これじゃあ給湯器というより、ちょっとした湯沸かし器だ。適温の湯を全身に浴びると、強ばった筋肉がほぐれていく。監禁されているというのに、こうして温かいシャワーを浴びていると、リラックスして安心すら覚えてくるのだから、豪胆というか能天気というか。
<br> 職務中の警官が消えたのである。今頃、巡査部長が異変に気づいて、外は大騒ぎになっているだろう。しかし、こうしていると、監禁されているという実感はどうしても希薄で、そんな自分が逆に不安になってくる。冷静沈着な権田が共にいるというのも大きいのだろう。もし一人きりで閉じ込められていたら、恐怖に襲われて圧し潰されていたかもしれない。
<br> 職務中の警官が消えたのである。今頃、巡査部長が異変に気づいて、外は大騒ぎになっているだろう。しかし、こうしていると、監禁されているという実感はどうしても希薄で、そんな自分が逆に不安になってくる。冷静沈着な権田が共にいるというのも大きいのだろう。もし一人きりで閉じ込められていたら、恐怖に圧し潰されていたかもしれない。
<br> 風呂の中に、椅子や風呂桶は無かった。ボディソープやシャンプーを使おうとして気づいたが、ボトルが重い。これも鉄製だろうか。おそらく倉庫にあったものも同じなのだろう。中身は至って普通のようだ。小さな剃刀もあったので、それで髭を剃る。この剃刀も鉄製なのか、大きさの割に重量がある。髭の伸び方からして、地下のパブで攫われてから一日は経っていないようだ。僕たちは、攫われたその日のうちにここへ運ばれたということか。襲撃を受けてから、案外数時間しか経っていないかもしれない。
<br> 風呂の中に、椅子や風呂桶は無かった。ボディソープやシャンプーを使おうとして気づいたが、ボトルが重い。これも鉄製だろうか。おそらく倉庫にあったものも同じなのだろう。中身は至って普通のようだ。小さな剃刀もあったので、それで髭を剃る。この剃刀も鉄製なのか、大きさの割に重量がある。髭の伸び方からして、地下のパブで攫われてから一日は経っていないようだ。僕たちは、攫われたその日のうちにここへ運ばれたということか。襲撃を受けてから、案外数時間しか経っていないのかもしれない。
<br> 欲を言えば湯舟につかりたかったが、今日はやめておこう。そう考えてから、ここに明日以降もいることを想定している自分に気づき、驚いた。ここが安全な場所とはまだ限らないのだ。気分を変えるために顔に湯をかけ、僕は風呂から出た。棚の隅のタオルを取って、体を拭く。倉庫から持ってきた着替えは、誰も袖を通していない新品らしく、心地良い肌触りだった。薄いTシャツとトレーニングパンツ、それから清潔な下着。何となく外部から助けがくることはないと思い込んでいたが、もし今助けが来たら、くつろいでいるようにしか見えないだろうな、と一人苦笑する。
<br> 欲を言えば湯舟につかりたかったが、今日はやめておこう。そう考えてから、ここに明日以降もいることを想定している自分に気づき、驚いた。ここが安全な場所とはまだ限らないのだ。気分を変えるために顔に湯をかけ、僕は風呂から出た。棚の隅のタオルを取って、体を拭く。倉庫から持ってきた着替えは、誰も袖を通していない新品らしく、心地良い肌触りだった。薄いTシャツとトレーニングパンツ、それから清潔な下着。何となく外部から助けがくることはないと思い込んでいたが、もし今助けが来たら、くつろいでいるようにしか見えないだろうな、と一人苦笑する。


175行目: 175行目:
<br> 僕らは同時に天井を見上げた。目覚めたときより少し光量を落とした電灯は、天井に埋め込まれている。天井はつるりと滑らかで、何かが引っかかるような突起は全くない。
<br> 僕らは同時に天井を見上げた。目覚めたときより少し光量を落とした電灯は、天井に埋め込まれている。天井はつるりと滑らかで、何かが引っかかるような突起は全くない。
<br>「まだだ。小部屋のドアは外開き。あれを開けて登れば、テンキーに届くかも……」
<br>「まだだ。小部屋のドアは外開き。あれを開けて登れば、テンキーに届くかも……」
<br> ベッドを飛び降りて、権田は小部屋のドアを開け、すぐに閉めてすごすごと戻ってきた。そもそも、小部屋はドアがある壁から離れた位置にある。テンキーには、距離も高さも全然足りない。どうやら、このアイデアも不発のようだ。
<br> ベッドを飛び降りて、権田は小部屋のドアを開け、すぐに閉めてすごすごと戻ってきた。そもそも、小部屋はドアがある壁から離れた位置にある。テンキーを押すには、距離がありすぎる。どうやら、このアイデアも不発のようだ。


「何か長い棒があれば、ボタンを押せるんですけど……」
「何か長い棒があれば、ボタンを押せるんですけど……」
255行目: 255行目:
<br>「そうです。苦肉の策として、スポンジが採用されたんでしょう」
<br>「そうです。苦肉の策として、スポンジが採用されたんでしょう」
<br> 些細なことだが、疑問が一つ氷解した。トイレットペーパーが無いという事実からも、奴らが僕たちの長期的な生存を望んでいるということが裏付けられる。では、なぜそうまでして奴らは僕らに生きていてほしいのか? 僕の頭にある仮説が浮かんだ。
<br> 些細なことだが、疑問が一つ氷解した。トイレットペーパーが無いという事実からも、奴らが僕たちの長期的な生存を望んでいるということが裏付けられる。では、なぜそうまでして奴らは僕らに生きていてほしいのか? 僕の頭にある仮説が浮かんだ。
「これは、何か大掛かりな実験なんじゃないですか? 極限状態で人はどう振る舞うのか観察する、みたいな」
「これは、何か大掛かりな実験なんじゃないですか? 極限状態で人はどう振る舞うのか観察する、みたいな」
<br>「非合法な実験、か……」
<br>「非合法な実験、か……」
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<br> 天井のライトは随分暗くなり、権田の顔もよく見えないほどになっていた。暗くなると何も見えないから、必然的に寝るくらいしかできなくなる。僕は権田にベッドを譲り自分は床で寝ることを主張したが、権田の頑固な説得と恫喝、果ては先輩命令までもが発せられ、結局僕もベッドを使うことになった。マットレスの端ギリギリに横たわり、権田に背を向けて固く目を閉じる。
<br> 天井のライトは随分暗くなり、権田の顔もよく見えないほどになっていた。暗くなると何も見えないから、必然的に寝るくらいしかできなくなる。僕は権田にベッドを譲り自分は床で寝ることを主張したが、権田の頑固な説得と恫喝、果ては先輩命令までもが発せられ、結局僕もベッドを使うことになった。マットレスの端ギリギリに横たわり、権田に背を向けて固く目を閉じる。
<br> 権田はもう寝入ったのか、ぐうぐうという寝息が聞こえてきた。僕は頭が冴えていて、全然眠れそうになかった。数々の疑問が渦巻いて、脳内をぐるぐると回っている。
<br> 権田はもう寝入ったのか、ぐうぐうという寝息が聞こえてきた。僕は頭が冴えていて、全然眠れそうになかった。数々の疑問が渦巻いて、脳内をぐるぐると回っている。
<br> いつまで僕らはここにいるのか? もしかして一生ここに閉じ込められるのか? そもそも僕らはなぜ閉じ込められているのか? 実験ならば、それはどんな実験なのか? この建築物の構造の意味は?
<br> いつまで僕らはここにいるのか? もしかして一生ここに閉じ込められるのか? そもそも僕らはなぜ閉じ込められているのか? 実験ならば、それはどんな実験なのか? この建物は何なのか?
<br> 疑問の奔流はとどまるところを知らず、このままだととてもじゃないが眠れそうにないので、僕は必死に気を逸らせた。
<br> 疑問の奔流はとどまるところを知らず、このままだととてもじゃないが眠れそうにないので、僕は必死に気を逸らした。
<br> いつもなら、勤務を終えて寮に帰っている頃だろうか。いかんせん時計が無いため、今何時なのか全くわからない。ひょっとしたら、体内時計を狂わせるタイプの実験かもしれない。建物の構造や鍵の掛け方に疑問は残るが。
<br> いつもなら、勤務を終えて寮に帰っている頃だろうか。いかんせん時計が無いため、今何時なのか全くわからない。ひょっとしたら、体内時計を狂わせるタイプの実験かもしれない。建物の構造や鍵の掛け方に疑問は残るが。
<br> つらつらと思惟していると、連想は連想を呼び、だんだんと気分が落ち着いてきた。全く無関係なことを考えていると、ゆっくりと意識が眠気に侵食されていく。もうしばらくすれば眠れる。そう思って意識を再び思索に飛ばした、その時だった。
<br> つらつらと思惟していると、連想は連想を呼び、だんだんと気分が落ち着いてきた。全く無関係なことを考えていると、ゆっくりと意識が眠気に侵食されていく。もうしばらくすれば眠れる。そう思って意識を再び思索に飛ばした、その時だった。
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{{転換}}
{{転換}}


 僕は倉庫にいた。ぼんやりとしか見えない光の中、何度も躓きながら奥の方を目指す。手探りで瓶の山を分け入っていくと、権田が見つけた缶の一角に辿り着いた。一角とはいえ、缶の数は100を下らない。その中から、できるだけ場所をばらして五つほど取る。それから、床にある缶切りも一本拾う。
 僕は倉庫にいた。ぼんやりとしか見えない光の中、何度も躓きながら奥の方を目指す。手探りで瓶の山を分け入っていくと、権田が見つけた缶の一角に辿り着いた。一角とはいえ、缶の数は100を下らない。その中から、できるだけ場所をばらして5つほど取る。それから、床にある缶切りも1本拾う。
<br> それらを抱えて、僕は倉庫を出た。廊下の中途にあるトイレのドアを開けると、人感センサーで明るく光が灯った。眩しさに目を細めながら、ドアを開けたままにして戦利品を床に置いた。祈るような気持ちで、缶の蓋を開けていく。三つ目、恐れていたものが現れた。{{傍点|文章=それ}}を呆然と見下ろす。
<br> それらを抱えて、僕は倉庫を出た。廊下の中途にあるトイレのドアを開けると、人感センサーで明るく光が灯った。眩しさに目を細めながら、ドアを開けたままにして戦利品を床に置いた。祈るような気持ちで、缶の蓋を開けていく。3つ目、恐れていたものが現れた。{{傍点|文章=それ}}を呆然と見下ろす。
<br>「実験なんかじゃなかった……」
<br>「実験なんかじゃなかった……」


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