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 古代ギリシア、プラトンの言った「哲人政治」の思想を継ぐこの国家において、「善」は最も重視される概念として君臨してきた。その善性によって選出される歴代の王たち――かの『国家』の「哲人王」にあやかって「善人王」とも呼ばれる――が、強固な独裁政治を通じて、ついに制度として打ち立てるに至ったのが、この「善人-1グランプリ」なのである。
 古代ギリシア、プラトンの言った「哲人政治」の思想を継ぐこの国家において、「善」は最も重視される概念として君臨してきた。その善性によって選出される歴代の王たち――かの『国家』の「哲人王」にあやかって「善人王」とも呼ばれる――が、強固な独裁政治を通じて、ついに制度として打ち立てるに至ったのが、この「善人-1グランプリ」なのである。


 「善人-1グランプリ」の開催は、百人以上千人未満の構成員を持つすべての共同体から派遣される、各代表たちによるトーナメントという形式で行われる。予選大会を通過して、さらに本大会で一位の座を手にした者が、晴れて「善人王」の地位を獲得するという流れだ。
 「善人-1グランプリ」の開催は、百人以上千人未満の構成員を持つすべての共同体から派遣され、いくつかの戦いを勝ち抜き残った、各代表たちによるトーナメントという形式で行われる。予選大会を通過して、地区大会にも勝利し、さらに本大会で一位の座を手にした者だけが、晴れて「善人王」の地位を獲得するという流れだ。


 その予選大会は、学校や職場、病院はもちろん、刑務所においても開催される。これゆえに、あの鉄壁の刑務所から抜け出せる唯一の方法として、「このグランプリで『善人王』になり、王としてまったく正当に出獄する」というものがあるわけである。
 その予選大会は、学校や職場、病院はもちろん、刑務所においても開催される。これゆえに、あの鉄壁の刑務所から抜け出せる唯一の方法として、「このグランプリで『善人王』になり、王としてまったく正当に出獄する」というものがあるわけである。
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「篠目さん、では今回この予選に参加する囚人はたった八名ということですか?」
「篠目さん、では今回この予選に参加する囚人はたった八名ということですか?」


「ええ、少ないですね。一昨年の予選は242名、去年の予選でも97名参加したわけですから。しかし……無理もありません。今予選にもまた、『善人-1』五連覇中のあの今上善人王が出場するわけですからね」
「ええ、少ないですね。一昨年の予選は242名、去年の予選でも97名参加したわけですから。しかし……無理もありません。今予選にもまた、『善人-1』六連覇中のあの今上善人王が出場するわけですからね」


「善人王……六年前、第231代善人王として選出された今上善人王は、それから一年に一回のペースで大量殺戮事件を引き起こしては権威を失ってこの刑務所に入り、『善人-1』に優勝しては善人王に返り咲く……といった奇行を繰り返しています。彼は間違いなく狂人ですが、今回もまた善人王として認められてしまうのでしょうか!? 目が離せません!」
「善人王……六年前、第231代善人王として選出された今上善人王は、それから一年に一回のペースで大量殺戮事件を引き起こしては権威を失ってこの刑務所に入り、『善人-1』に優勝しては善人王に返り咲く……といった奇行を繰り返しています。彼は間違いなく狂人ですが、今回もまた善人王として認められてしまうのでしょうか!? 目が離せません!」
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「先攻は今上善人王、後攻は囚人番号357番になります」
「先攻は今上善人王、後攻は囚人番号357番になります」


「さあ始まります、ステージ2、『凶悪犯罪者チェスバトル』に勝利し、本大会への切符をつかむのは、無敗の善人・今上善人王か、それともダークホース357番の下剋上成るか!? 今、始ま――」
「さあ始まります、ステージ2、『凶悪犯罪者チェスバトル』に勝利し、地区大会、ひいては本大会への切符をつかむのは、無敗の善人・今上善人王か、それともダークホース357番の下剋上成るか!? 今、始ま――」


「――!?」
「――!?」


「――な、なんという事でしょうか!? このような展開を、いったい誰が予想できたというのでしょうか!? 先攻の今上善人王、開局の合図と同時に、アサルトライフルで32人の凶悪犯罪者を一人残らず射殺――っ!」
「――な、なんという事でしょうか!? このような展開を、いったい誰が予想できたというのでしょうか!? せ、先攻の今上善人王、開局の合図と同時に、アサルトライフルで32人の凶悪犯罪者を一人残らず射殺――っ!」


「大変な番狂わせです。あ、今、審判……はい、今、これは反則行為とみなされ、当予選大会の勝者は『最悪サイコパス』、囚人番号357番となりました」
「あ、今、審判……はい、今、これは反則行為とみなされ、当予選大会の勝者は『最悪サイコパス』、囚人番号357番となりました」


「こんな事があっていいのでしょうか!? まさかあの優勝候補が、予選で、しかも反則行為のペナルティによって敗北を迎えることとなってしまいました!」
「こんな事があっていいのでしょうか!? まさかあの優勝候補が、予選で、しかも反則行為のペナルティによって敗北を迎えることとなってしまいました!」


「今上善人王。いったい何を思って、このような凶行に及んだのでしょうか……」
「大変な番狂わせです。今上善人王はいったい何を思って、このような凶行に及んだのでしょうか……」
 
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 私は悪人を殺すためだけに善人王になった。
 
 六年前、職場の予選で勝ち、地区大会にも、本大会にも勝ち、初めて善人王になったあのとき、私は死刑制度の復活論を唱えた。しかし私は、この行為を咎める法の記述によって、善人王の地位はそのまま、手続き的に特権を簒奪されたのだ。調べてみると、この国には隠された絶対のルールが存在していた――「殺人は善ではありえない」。
 
 数世紀前までは、この国にも死刑制度が残っていた。しかし、近年になって廃止されてしまった。いわく諸外国の圧力に屈したらしい。私はこれが許せなかった。悪人を殺すためだけに、この国の独裁者たる「善人王」にこぎつけたのに、この仕打ちだ。……しかし私はある計画を思いついた。無限に犯罪者を殺し続けられる計画だ。
 
 私はそれをさっそく実行に移した。まず、国一番の凶悪犯が集まる刑務所――人呼んで「善人しか出られない刑務所」――に銃器を携えて侵入し、乱射。犯罪者たちをできる限り多く殺害する。そして当然、私は大量殺人の咎で逮捕され、刑務所に入れられる。そう、「善人しか出られない刑務所」に。
 
 しかし、そう、私は善人なのだ。悪人を殺害するという「善」を行う、完全なる善人なのだ。善人王なのだ。だから、「善人-1」でもやすやすと優勝、善人王の座を手にできる。……この計画は、完全に成功した。私はこの六年間の間に数百の犯罪者を殺害したのだ。今回の予選に関しては、わざわざトップクラスの犯罪者を集め、おあつらえ向きに銃まで用意してくれていたから、今年分の計画は特別に凍結させ、今ここで殺害しただけだ。目的は常にここだ。見失ってはいけない。
 
 だが、計画の中で私が善人王となることは、もう一つの意味を持っていた。それは、万一にも刑務所上がりの善人王を誕生させないためだ。悪人は決して更生しない。悪人を社会に出してはならない。
 
 しかし今回、私は予選で脱落している。ならば今、死体を挟んで相対しているあの犯罪者をどう脱落させるか――こういう時のための秘策は、既に準備してあった。「トロッコ問題」を出題するのだ。
 
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