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 その絵本は、いたって普通の絵本だった。犬を猫が助けて、その恩返しに犬が猫を助けるというだけの、起伏も何も無いような話だ。……でも、僕には、何か強く惹かれるものがあった。だから、他の絵本もとにかくたくさん読んでみた。それでようやく、今更になって分かったのが、「善」というものの素晴らしさだった。
 その絵本は、いたって普通の絵本だった。犬を猫が助けて、その恩返しに犬が猫を助けるというだけの、起伏も何も無いような話だ。……でも、僕には、何か強く惹かれるものがあった。だから、他の絵本もとにかくたくさん読んでみた。それでようやく、今更になって分かったのが、「善」というものの素晴らしさだった。


 それからは、道徳の教科書を何回も読んだ。読むたびに発見があって、楽しかった。……いつしか、「ちゃんと道徳心を持ちたい」と思うようになった。今はまだ道徳の知識を覚えることしかできないけど、これを積み重ねていけば、みんなと同じような「普通の良い人」になれるかもしれないと思った。だから頑張って、「道徳」を暗記し続けた。
 それからは、道徳の教科書を何回も読んだ。読むたびに発見があって、楽しかった。……いつしか、「ちゃんと道徳心を持ちたい」と思うようになった。今はまだ道徳の知識を覚えることしかできないけど、これを積み重ねていけば、みんなと同じような「普通の善い人」になれるかもしれないと思った。だから頑張って、「道徳」を暗記し続けた。


 けれど、どうやら僕は間違っていたらしい。善意による行動でも、受け取る人が善いことだと思わないなら、善ではないのか。人によって「善」が変わるなら、ここで言う「善」の正当性はどこにあるんだ?
 けれど、どうやら僕は間違っていたらしい。善意による行動でも、受け取る人が善いことだと思わないなら、善ではないのか。人によって「善」が変わるなら、ここで言う「善」の正当性はどこにあるんだ?
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 そこは刑務所というところだった。わたしはここで、ちょうど「囚人番号249番」――「暗記」の彼と同じように、「善」とは素晴らしいものだということに気づいた。「善」について、いろいろ考えた。いい気もちだった。しかし考えれば考えるほど、「善」は色褪せていった。「善」とは何か、分からなくなった。「善」なんて無いのかもしれない、そう思った。
 そこは刑務所というところだった。わたしはここで、ちょうど「囚人番号249番」――「暗記」の彼と同じように、「善」とは素晴らしいものだということに気づいた。「善」について、いろいろ考えた。いい気もちだった。しかし考えれば考えるほど、「善」は色褪せていった。「善」とは何か、分からなくなった。「善」なんて無いのかもしれない、そう思った。


 なんせ、全員を幸せにするような理想的な「善」は、存在しえないらしいのだ。トロッコ問題なんて最たる例だ。あの一分の隙も無くモデル化された命の選択に関われば最後、もうそれは「善」ではなくなってしまう。理想的で完全な「善」は、フィクションの世界の「めでたしめでたし」にしか存在しないのだ。そこまで考えて、気づいた。ならばその「フィクション」を創ればいい。
 なにせ、全員を幸せにするような理想的な「善」は、存在しえないらしいのだ。トロッコ問題なんて最たる例だ。あの一分の隙も無くモデル化された命の選択に関われば最後、もうそれは「善」ではなくなってしまう。理想的で完全な「善」は、フィクションの世界の「めでたしめでたし」にしか存在しないのだ。そこまで考えて、気づいた。なるほど、ならばその「フィクション」を創ればいい。


 こういうわけで、私は小説を書き始めた。どうやって書けばいいのかよく知らなかったが、とりあえず最初に物語に登場する要素を説明した。その後、実況中継風の二人の人物の会話を通じて、数人の犯罪者を登場させた。展開に併せて、彼らの内面を描写した。私は死刑になるらしいから、そういう私が恐ろしく思う考えも書いた。後で使うからだ。そして今、私を投影した人物に、私を代弁してもらっているのだ。
 こういうわけで、私は小説を書き始めた。どうやって書けばいいのかよく知らなかったが、とりあえず最初に物語に登場する要素を説明した。その後、実況中継風の二人の人物の会話を通じて、数人の犯罪者を登場させた。展開に併せて、彼らの内面を描写した。私は死刑になるらしいから、そういう私が恐ろしく思う考えも書いた。後で使うからだ。そして今、私を投影した人物に、私を代弁してもらっているのだ。
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