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 しかし、一つだけ気になることがありました。『別館』の場所です。入って来た時、正面から見たこの施設には、『本館』しか建物がありませんでしたし、『本館』の裏手にある駐車場からも、『別館』は見当たりませんでした。不思議に思って、妻が歩いて行った方向をリアガラス越しに見た瞬間、ぞっとしましたよ。『本館』裏の、何もない、ただの地面に向かって、妻が険しい顔で何かを叫んでいるんです。目が合いそうになったので、慌てて前を向きなおしました。……その後、何事も無かったかのように助手席に乗ってきた妻は、本当に僕の知る妻なのかと、ひどく恐ろしくなりました」
 しかし、一つだけ気になることがありました。『別館』の場所です。入って来た時、正面から見たこの施設には、『本館』しか建物がありませんでしたし、『本館』の裏手にある駐車場からも、『別館』は見当たりませんでした。不思議に思って、妻が歩いて行った方向をリアガラス越しに見た瞬間、ぞっとしましたよ。『本館』裏の、何もない、ただの地面に向かって、妻が険しい顔で何かを叫んでいるんです。目が合いそうになったので、慌てて前を向きなおしました。……その後、何事も無かったかのように助手席に乗ってきた妻は、本当に僕の知る妻なのかと、ひどく恐ろしくなりました」
 北口氏が感じただろう、愛する妻への恐怖は、相当なものだったらしい。北口氏の表情は、過去の回想の中であってさえ、恐ろしげに歪んでいた。
「そして……娘の死体が発見されたのは、その日の夜でした」
 目線を落として、北口氏は続ける。
「消息を絶ってから二週間後のことでした。娘は、他殺体で発見されました。首を絞められて……川に沈められていたそうです。その後すぐ、犯人も逮捕されました。娘は通学路で、車に乗せられて連れ去られ、その後すぐ……。すいません。まだ、このときの話は、うまくできません。とにかく、娘はもういない。もういないということが、分かったんです。分かってしまったんです。それなのに、それなのに、妻は……まだ、あの団体で、『娘は戻ってくる』と、言い続けたんです! 必死に説得しました。私もつらかった。でも、妻もつらかったんでしょう。そのせいで、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。でも、妻は、妻は……」
 調査隊は、北口氏の目に涙が浮かんでいることに気づいた。
「すいません、取り乱してしまって。……私には、もう分からないんですよ。私はどうにか、妻がおかしくなった原因を、あの『家族の会』に押し付けようとしているのかもしれない。本当は、あの団体は何も悪くなくて、ただ妻は、妻の心は娘の死に耐えられなかっただけなのかもしれない。……その後、今に至るまで、妻の姿は見ていません。一応、警察に捜索届は出しましたが、事件性の低い、ただの痴話げんかの末の家出として扱われ、捜索は行われませんでした。あの時の家からは、それから三年ほどした後、引っ越しました。こうして、今に至ります。これが、私の話せる限りのすべてです」
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