「Sisters:WikiWikiオンラインノベル/スノータイムリミット」の版間の差分

　'''序　はじまりの過ち'''

<br>　もうすぐ、もうすぐ運命の時だ。 　

<br>　私は緊張を解すように胸をそらせて、少し晴れてきた空を見上げた。朝の番組ではまた雪が降ると言っていたから心配してたけど、もう晴れてしまいそうね。

<br>　雲の切間から太陽の光が差し込んでいる。一筋の光が冬の空から降りてくる様はとても見事で美しい。

<br>　'''青春と本'''

<br>　バレンタインデーには、その日だけの特別な雰囲気がある。 　

<br>　例に漏れずこの閉邦高校一年Ｂ組も、バレンタインデーの空気が教室を支配していた。そして、いつもより少し甘い香りのする教室で皆が青春ゲームに勤しんでいる中、僕、村上光太は一人、窓際の席で本を読んでいた。 　

<br>「祐介、あんなうるさく言わなくたって良いだろ」 　

<br>　僕は怒りながら言った。  

<br>「目立ちたくないんだよ」  

<br>　おいおい突撃するなんて言ってたか？　僕は澄ました裕介の横顔を睨んだ。

<br>「お前が来ないと映研部の活動に支障が出てくるんだよ。それに俺は毎日六時半には校門を出て、七時きっかりには家に着いていなきゃいけない。これはお前が怠惰な罰だ」 　

<br>「それは違う。俺が部を作るときに登録した名前は、『映画研究部同好会』だ。つまり、映研部と呼んでも何の差し支えもない」 　

<br>　もとい、『映画研究部同好会』らしい。めんどくさい奴だ。  

<br>「聞きたいことって何だよ」  

<br>「聞きたいこと、それは……」 　

<br>　祐介の凄まじいワイルドピッチに、僕は紅茶のひと口目を噴き出しそうになる。 　

<br>　そっからかよ！　そう叫びたくなるのをグッと堪える。  

<br>「そっからかよ！」 　

<br>　一瞬荷物を背負ってそのまま帰りたいという欲求に駆られたが、そんな事をしては今後何が起きるかわからない。溜息を吐いて、覚悟を決める。ここは一肌脱いで、講釈してやるしか無いのか……。 　

<br>　僕は席を立ってホワイトボードの前に立った。祐介は向かい側の椅子に座った。  

<br>「まず、「ミステリ」の意味は知ってるか？」  

<br>「知ってる。mystery。不思議とか怪奇とかいう意味だ」  

<br>　祐介は棚からバームクーヘンを取り出して、切り分けはじめている。本当に聞いてるのか？　僕は無視して続ける。  

<br>「ミステリ小説には大きく分けて五つくらいの種類がある。それは……」 　

<br>「祐介がやりたいのは映画だろう？　なら、この本格ミステリが良いよ。何故かと言うと、他のミステリは比較的映像化の敷居が高いから。サスペンス小説やスパイ小説ならギリギリ行けるかもしれないけど、警察小説なんかはまず無理だろ」  

<br>「本格ミステリは映像にしやすいのか」  

<br>「それは良いな。ところで、『日常の謎』ってなんだ？」  

<br>　祐介は目を閉じ、時間をかけて考えた後、優雅に降参のポーズを取って  

<br>「それだけじゃ情報が少な過ぎる。もっと詳しく教えてくれ」  

<br>　僕は最後にホワイトボードに大きく『ミステリに触れること』と書いた。 　

<br>　祐介は友人だが、こんな茶番に付き合っている暇はない。さっきの仕打ちも許してはいない。そして今は本の続きも気になっている。  

<br>　そういえば、祐介の兄貴は四月から演劇を学びにヨーロッパに行くんだったな。祐介の兄貴、有吾さんは僕が手放しに尊敬できると思う、数少ない大人の一人だ。

<br>　彼は、とにかく全てがカッコいいのだ。ルックスもさながら、立ち居振る舞い、趣味、性格まで。祐介とは大違いだ。しかも大のミステリ愛好家で僕が敬愛する理由はそこにもある。有吾さんはここ半年くらい忙しいらしく、僕は彼に会えていないが、会いたい気持ちは変わらない。手をつけてなかった有吾さんおすすめの江戸川乱歩の全集をちょうどこの前読み終えたところなのだだ。早く有吾さんと話したいな。  

<br>　そうすると、締め切りは三月半ば。つまりあと一ヶ月程しかない。 　

<br>　僕は立ち止まって暫し一考した。 　

<br>「分かったよ。しょうがないな……」 　

<br>　そう言って振り向くとそこには鼻に掛かる笑みを湛えた祐介が立っていた。  

<br>　などと言う。  

<br>「なあ、祐介。手伝ってやるよ……手伝ってやるけどよ……」 　

<br>「あー、えっと、喧嘩中？」 　

<br>　これは……まためんどくさい事になりそうだ。 　

<br>「あー、えっと、喧嘩中？」 　

<br>「大丈夫。そんなんじゃない」 　

<br>　僕はグッと気持ちを押し込めて答える。すると、  

<br>「そうだそうだ」  

<br>　と祐介も横から言ってくる。うるさい。  

<br>「ところでコータ。私ちょっと今日気になることがあって……」 　

<br>　またこれである。実は瞳と僕は家が隣同士で、何か話したいことがあればいつでも帰れば話せるはずなのだ。しかし、それでも学校にいる間に瞳が僕を訪ねてくると言うことは、何か気になる『謎』を見つけてしまったからに違いない。 　

<br>「ところで、部活はどうしたんだよ」 　

<br>　僕は話の腰を折って、どうにか有耶無耶にできないか、苦し紛れに質問をしてみる。  

<br>「そう、そうなの。部活のことなんだけど……」 　

<br>「そんな事、由紀さんの友達に聞いてみればいいんじゃないの？」  

<br>　しょうがない……逃げられないなら、じっくり聴いてやろうじゃないか。

<br>　'''エルサの真実'''

<br>「まず、由紀さんって誰？」 　

<br>　すると祐介が口を開いた。  

<br>「それで、由紀さんがどうかしたの？」 　　

<br>　僕はひとまず瞳に聞いてみる事にした。どうやら瞳はよっぽど興味津々なようで、一気に話し始める。  

<br>「あ、祐介くんありがとう」  

<br>「それで、由紀はずっとそんな感じで、結局帰りの会が終わってすぐに鞄持って帰っちゃったんだ。ねえ、祐介くん、おかわりある？」 　

<br>　彼女は空のティーカップを祐介に差し出す。祐介は軽やかな手つきでそれを受け取り、ポッドからもう一杯淹れ始めた。  

<br>「なあ、瞳。他に何か気になることはなかった？」 　

<br>　彼女はいつのまにか、祐介が出したバームクーヘンを口いっぱいに頬張っていた。何とか飲み込んで答えた。  

<br>「じゃあ、今日起きた事をはじめから全部説明してくれない？」  

<br>「わかった……」 　

<br>「今日はいつも通り朝練のために登校した。その時にはもう由紀はいたと思う」  

<br>「ああ、由紀さんは朝練してたのか。それは何時頃？」  

<br>　彼女は何か思い出したようだ。  

<br>「出ていったと言ったけど、由紀さんが帰った事はしっかり確認したの？」  

<br>「じゃあ、どこに行ったかわかる？」  

<br>　瞳が不服そうに言う。  

<br>「そういえば今女バレは部活中だと思うけど、大会前なんだろ、瞳は行かないの？」  

<br>「わ、私はいいのよ。よくサボるし。今は由紀が来ないのが心配なの」 　

<br>　そう言って瞳は顔を赤くする。僕はそのまま作業を続ける。  

<br>　閉邦高校では朝練は許可されているが、昼練は許可されていない。生徒会活動でまさか運動するとは考えられないが、どんな作業をしたのだろう。制服をジャージに着替える理由として考えられるのはどんなものがあるだろう。 　

<br>　あ、そういえば。  

<br>　悠長に窓の外を眺めてティーブレイク中の祐介に尋ねる。こいつはそもそも話を聞いているかも怪しいが……もしかしたら望みがあるかもしれない。  

<br>「ああ、青崎の話か。実は今日、俺は青崎とする生徒会活動が昼休みにあったんだが……」 　

<br>「聞かれなかったから」  

<br>　そうだった。こいつはこういう奴だ。  

<br>「それで、どうだったんだ？　その時の由紀さんの様子は」  

<br>「青崎は俺とクラスが一緒だからな、普通なら二人で西棟に行けば良かったんだが。俺は職員棟に用があったからそこに寄ってから西棟の第二生徒会室へ向かったんだ。そこで昼休みに会計の仕事をするはずだった」  

<br>「そうか。そのあと教室に戻ったあと、由紀さんは様子はどうだった？」  

<br>「別に、何も」  

<br>「ありがとう」 　

<br>　祐介の話をホワイトボードに書き加える。

<br>　僕は思いつくままの思考を口にした。  

<br>「由紀さんは体調が悪かったのかもしれない。でもこれは違うかな。体調が悪い時により防寒性の低いジャージに着替えることは考えにくい……。または、何か家の用事があって早めに帰ったのかもしれない。昼休みに生徒会活動をサボってまでジャージに着替えないといけないような用事が……」  

<br>　瞳が僕の言葉に目を見開いて驚いた。  

<br>「あれ、何か間違えてる？」  

<br>「じゃあ……由紀さんはどんな人なの？」  

<br>「由紀はね。簡単に言うと真面目でかわいいドジっ子だよ」 　

<br>　瞳は破顔した。  

<br>　瞳の話を聞いて、僕は頭のなかで再び事実を確認しはじめる。可能性が限りなく広がっていく感覚がする。 　

<br>　そして、僕はすぐに一つの仮説に辿り着いた。ずっと初めの方に捨ててしまっていた仮説だ。確認は必要だけど、きっと間違いは無いだろう。しかし、これは……この状況はまずい。 　

<br>「ねえ、話。もうひとつあるの」  

<br>「何？」 　

<br>「これ、あげる」  

<br>「勘違いしないでよ。さっき作ったのじゃなくて、朝作って家から持ってきたやつだからね！」 　

<br>　彼女は笑って言う。勘違いしないでって、そっちかよ。僕も笑った。真っ白な雪の中、今目の前にいる少女が、僕には本当に綺麗なものに見えた。  

<br>　あの日、バレンタインデーから三日が経った土曜日。 　

<br>　映画制作の方は、今僕が有吾さんのためにせっせと映画の「謎」を考えている最中だ。これがなかなか楽しい作業でこれからは読書のようにはまってしまいそうだ。まだ脚本の状態で、一ヶ月後の締め切りに間に合うかどうかはわからないが、ベストを尽くそうと思う。久々に夢中になれることを見つけられた気がする。 　

<br>　一方瞳と僕はというもの、あれから何もない。正直どう接すればいいのか分からないのだ。自分には全く縁のない物だと思っていた世界に、たった一つのチョコで放り出されてしまったのだ。僕はまだ、自分の気持ちさえ掴めていない。まあ、これにも一ヶ月あまりの余裕がある。 　

<br>　そう、僕のタイムリミットは約一カ月後、ホワイトデーのその日なのだ。 　

<br><br>　だからそれまで、気長に考えようと思う。