Sisters:WikiWiki麻薬草子/徒然草@ミステリ摂取

序文

私にとって、ミステリは栄養素みたいなものだ。取り込めば取り込むほど健康になる気がする。あなたにもそんなものがあるだろう。それは音楽かもしれないし、イラストかもしれないし、創作活動かもしれないし、気の合う友人かもしれない。私にとってそれにあたるものが、ミステリだというだけである。

だから、題名は「摂取」とした。「読書」とかにしようかなとも思ったが、ミステリの媒体は何も本だけではない。というわけでこんな題名となっている。

ミステリの魅力

なぜ私はミステリをこんなに好いているのか。それは、ミステリは知的興奮を与えてくれるからだ。

解決編で、気づかなかった伏線が回収され、そこからあっと驚くような論理が派生し、思いもよらない結論に至る。そのカタルシスが、なんとも形容しがたい多幸感を私に味わわせてくれるのである。

私が教科で言えば数学が好きなのも、この辺の嗜好が影響しているだろう。知識や論理体系は、作者と同じ土俵に立てている。にもかかわらず、騙される、上をいかれる快感。それが私の心を掴んで離さないのだ。

ミステリの原初体験

「少年探偵団」シリーズやルパンシリーズは早くに読んでいた。しかし、私が本格的なミステリを初めて読んだのは、小学4年生の時。綾辻行人の「十角館の殺人」である。地元の図書館が、小学生向けの本をなんかいっぱい選び、パンフレットにして配布していたのが全ての始まりだった。母が持ち帰ってきたそのパンフレットを家で見ていると、なぜかは知らないが、「十角館の殺人」という題名が私の目に留まったのである。ちょっと大人っぽいタイトルが、背伸びしたかった私の心を惹いたのだろうか。私は中学年であったにもかかわらず、高学年向けの欄にあるその本が「面白そう」と訴えたのである。既読だったのであろう母は「怖いよ?」と宥めたが、その諫言を無視し、私はすぐに「十角館の殺人」を借りてきたのであった。

借りた当日、読み始めた。小学生は暇なので、1冊を2~3日で読み終えたものである。確か半分くらい読んで、人が孤島でどんどん殺されていく段になって、幼い私は大いに怯えた。とても怖かった。母は正しかった。大抵の場合、母とは正しいものである。必死に明るい曲なんか思い浮かべ、心を奮い立たせて寝ついたのを覚えている。[1]

翌日、読み終えた。あの一行を読んだ感想は、明確には覚えていない。だが、驚きというよりは衝撃だったと思う。何かが猛スピードでぶつかってきたような衝撃。そして、こんなものが世にはあるのか、と思った。まさに未知との遭遇であった。だって粛清されましたなんだから粛清されました粛清されました!!!

すぐに館シリーズの次巻を探し、別の作者にも手を伸ばし、気づけばミステリ沼にはまっていた。これが、私のミステリの原初体験である。

愚かな歴史

私はあっという間に解決編の愉悦に魅入られてしまった。しかし、私は愚かだった。とんでもなく愚かだった。愚かだったゆえ、「解決編だけ読めばいいじゃん」と思ってしまった。馬鹿である。とてつもない大馬鹿者である。問題編の描写あっての解決編なのに、愚かな私はそれを知らなかった。だから、ミステリの後ろの方をパラパラとめくって読んでしまう、という世紀の大愚行をしてしまったのである。

当然、何が何やらわからない。ほどなくしてやめたが、この愚行の犠牲になったミステリ作品は「斜め屋敷の犯罪」「スイス時計の謎」「菩提樹荘の殺人」「暗黒館の殺人」「人狼城の恐怖」といった名作・傑作の数々である。これらの中にはまだ読めてないものもあり、この愚行は我が人生における最大級の後悔となっている。

油断こそ最大の友

ミステリが孕む最大級の矛盾として、「驚きを期待すればするほど、相対的な驚きは低くなる」という命題がある。「不意打ちされるぞ、不意打ちされるぞ~」と思いながら不意打ちされるのと、何も知らずにいきなり不意打ちされるのとでは、どちらの方が驚くかは火を見るよりも明らかである。だから、最上のミステリ作品との出会いは、予期していない時に傑作と出会うことではないだろうか。

今まで言ったことは、「叙述トリックについて」でも似たようなことを書いた。しかし、何も叙述トリックものに限った話ではない。というか、ミステリに限った話でもないだろう。何事にも期待しないことがベストな生き方かもしれないが、悲しいことに、それは無理というものである。もちろん、期待を上回る出来を見せてくれるものも多いが。

ところで、私がミステリにおいて、油断していたら最高だったという体験が2つある。長沢樹「消失グラデーション」と相沢沙呼「マツリカ・マトリョシカ」だ。

どちらも知名度がめっちゃ高いというわけではなく、正直あまり期待していなかった。まあ本棚(あるいは本箱)にあるミステリを読むか、と思って手に取っただけだった。しかし、読んでびっくり、くそおもろかった。あの時手に取った自分を褒めてやりたい。よお〜しよしよしよし! いい子だねえ!

内容は前にもどっかで書いたと思うので省くが、言いたいのは、ミステリを読むにあたって、油断は最大の友だということである。

知力に殴られる

知力は、研ぎ澄ませれば暴力となる。そう感じたミステリが3つある。

「知力に殴られる」とはどういうことか。簡潔にいえば、到底及びもつかぬような知性を見せつけられ、ひょえええとなることだ。

小説には、構成というものがある。どの場面をどういう順番で配置するか。ミステリの場合、手掛かりをどう配置するかも重要になってくる。そして、ミステリ作品の中には、特に入り組んだ構成を持つものもある。二重・三重の構造を持ち、それらが複雑に絡み合い、一つの物語を成しているものが。

しかし、口で言うのは易いが、そんな構造を成り立たせ、一つの物語を作るのはまず無理である。恐ろしいほどの構成力が必要となる。しかし、中にはそんな離れ業を成功させてしまう化け物みたいな作家もいる。そんな「離れ業」な作品は、人の域を外れた知性から成り立っている。それを読むと、物凄い知力に圧倒され、殴られているように感じるのだ。

私が知力に殴られた作品は、今まで3つある。井上真偽「その可能性はすでに考えた」、阿津川辰海「名探偵は嘘をつかない」、米澤穂信「黒牢城」である。あなたも機会があれば読んでみてほしい。「なんでこんな構成を成り立たせられるんだよ、作者は人外か?」と思うこと請け合いである。

これはミステリだろ

あるあるっぽいが、ミステリファンなら誰しも「これはミステリだろ!」と思うコンテンツがあるらしい。推理と銘打たれてはいないのだが、ミステリたる資格を十分に有したもの。そんな偏愛するものが、それぞれの心の裡にあるのである。

私の場合、それはある漫才である。M-1グランプリ2016のファーストラウンドで披露された、スーパーマラドーナのネタだ。

元はと言えば、姉がお笑いクラスタであったことが初まりだった。姉はジャニオタだったり[2]タロットにハマったり、趣味に熱しやすく冷めやすい人だった。しかしお笑いが好きなのは今でもあまり変わっていないようで、姉の心は安住の地を見つけたのかもしれない。

それはさておき、姉が初期の頃に好きになったのが、件のスーパーマラドーナである。このコンビが3位という好成績を残したM-1グランプリ2016に姉の興味が惹かれたのは、至極当然な成り行きだったと言えよう。私は姉と共に、家のリビングのテレビで、その大会の映像を見た。

そのネタは、ボケの田中が先日エレベーターに閉じ込められたというシチュエーションだった。人畜無害そうな田中が息もつかせずに繰り出すぶっ飛んだボケの数々に、強面な武智が冷静にツッコんでいく。さすがはファイナリスト、めっちゃ面白かった。

しかし、しかしである。このネタは思ってもみなかったオチに逢着し、後には笑いと驚きが綯い交ぜとなった変な顔の私だけが残った。旋風のように襲いきて去っていった、衝撃。これは、まごうかたなき、本格ミステリ。突如として出現したこの刺客は、私の心に強い感動を残していった。

機会があれば、あなたも是非このネタを見てみてほしい。

ボール判定

私は、ストライクゾーンが広めな人間だと思っている。主観だしはっきり比べたわけでもないから、確かなことは言えないが。でも、嫌いな人とかはあまりいないし[3]、皆がつまらないと思う作品も「悪くないんじゃな〜い?」と思ってしまうし、苦手な食べ物も顔を歪めることを許してもらえれば大抵食えるし、ストライクゾーンが広いんじゃないかな〜と思ってきた。しかし、今は成長して多様なコンテンツも摂取したから、あまり面白いと感じない作品も現れるようになってきたが。でも、幼い私は、プロの手による作品なら、ほぼ全部面白いと感じていたのだ。無論、ミステリについても同様である。

しかし、しかしだ。幼い私が、はっきり「おもんな!」と思ったミステリが一つだけある。それは、山口芳宏「豪華客船エリス号の大冒険」である。

この本は、創元推理文庫から出ている。この作者は鮎川哲也賞を「雲上都市の大冒険」で受賞しており、この作品はその受賞後第1作であったためだ。鮎川哲也賞は東京創元社が主宰しているため、その受賞作や関連作はたいてい創元推理文庫に収録される。ここ、テストに出るぞ〜。

創元推理文庫は、良質な本格ミステリを多く出版しているレーベルだ。そのため、私はこれを信頼していた。また、鮎川哲也賞も本格ミステリに特化した新人賞であり、「雲上〜」も悪くはなかった。そのため、私は「豪華〜」に、期待していたのである。

結論から言うと、その期待は裏切られた。最初はよかった。魅力的な密室殺人が起こり、乗り合わせた探偵が捜査にあたる。豪華客船でテロみたいなことが起きたとき、私はまだ信じていた。きっと大風呂敷は畳まれるのだろうと。しかしだ……。

なんだよメインの密室のトリックが粛清されましたってよ! カスじゃねえか! はあ? なんだったんだよああ? 他のトリックも、別にあんま必要性感じないくせに、なんか労力ばかり多そうで、しかもしょぼい。粛清されましたとか、小学生でも考えつけるわ! そんなスケールのトリックを使っていいのは、中学生までだろ!

結局物語は、活劇要素で幕を閉じた。本格ミステリを期待していた私は、露骨に落胆したのだった。

今思えば、「雲上〜」にその片鱗は見えていたのだ。メインである第一の事件のトリックは、インパクト大で良かった。そこが評価されてデビューできたんだろうし。でも、その後の事件は、なんか駆け足で雑だった。一つ頭おかしいんじゃねえかと思うようなシーンもあるし。笠井潔に「出版すら危ぶまれる」と言わしめたシーンである。まあこれは関係ないか。メイントリックが、それらの欠点をある程度補えるくらいには悪くなかったのである。しかし、「豪華〜」には、それが無かった。

多分、冒険小説を求めて読んでいれば、ここまでがっかりはしなかったのだろうと思う。しかし……まあ、面白くはなかったなあ……。

  1. 余談だが、嵐の「Happiness」である。
  2. さっき出てきたHappinessも、姉が嵐ファンだったために知った。
  3. 今となっては嘘である。結構いる。