利用者:Notorious/サンドボックス/消滅の悪魔
私、シャーロック・ゲームズは名探偵だ。かの有名な私立探偵シャーロック・ホームズの孫である。苗字が違うのは、彼は母方の祖父だからだよ。血筋か、私も卓越した推理力を受け継いだ。もっとも、あまり容姿は似ていないのだが。まあそんなことはこの明晰な頭脳の前では関係のないことだ。だから、私は関わった事件は必ず解決する。じっちゃんの名にかけて!
電車が規則的に揺れている。私は車窓の外を見ながら、落ちてきた眼鏡を押し上げた。G町の薄暮の田園風景がゆっくりと通り過ぎていく。私がこの町に来たのは、高名な老小説家、田中零蔵に邸宅へ招待されたからだ。彼は御年85になる日本ミステリ界の大家である。世間への露出が極端に少なく、戦時中には大日本帝国のために兵器を開発していたなんて噂が流れるほどだ。そんな彼が私を直々に自宅へ招いてくれたからには、無下にはできない。しかし、この時代に手紙で、しかも薄青い封筒に招待状が入っているという前時代的な方法で招待されるとはね。まず私を招待した理由が、「あなたが素晴らしい探偵だから」としか書いていない。全く、小説家というのは何をするか判らない人種だな。
7時頃に各停列車は招待状に記されていた駅に停まった。降りる客は私しかいない。機械化もされていないと見え、駅員に切符を見せて改札を通らないといけなかった。すると、改札の外には右腕にギプスをつけた40代くらいの男が立っていた。
「ゲームズさんですか?」
「そうだが、あなたは?」
「あなたを招待した田中零蔵の息子、一郎と申します」
健康的な笑顔を見せた一郎は、白いワイシャツとチノパンを着ていた。怪我人なら仕方のない服装だろう。なんでも少し前に階段から落ちて右腕を折ったらしい。そんな人を迎えに来させていいのだろうか。
私と一郎は歩いて邸宅へ向かった。町のことなどを取り留めなく話し、田中宅に着いた時には、7時半になっていた。屋敷は大きく、平屋であるにもかかわらず高くそびえ立って見えた。敷地は小学校の体育館くらいの広さはあるだろうか。屋根には瓦が葺かれていたが、純然たる日本家屋というわけでもないらしく、ドアは現代風のものだった。
一郎に先導されて家の中に入ると、零蔵の妻だという女性、花子が出迎えてくれた。着物をつけた小柄な老女は、矍鑠とした足取りで奥へと案内してくれた。かなりの高齢と思うのだが、しっかりとした人である。居間に入ると、夕食の準備がされているようだった。調度品はごく普通の机と椅子で、花子の服装との差異が際立っていた。そこには他にも何人かがいたが、時間も遅いため、夕食を取りながら自己紹介ということになった。こうして奇妙な食事会が始まった。
私の隣には、零蔵の次男で一郎の弟にあたる二郎が座っていた。痩せぎすでごぼうのような体型をしている。開業医らしく、今日も仕事終わりなのかスーツを着ている。その更に横には二郎の妻、風香がいた。小柄で話し好きらしく、自分は左利きかつAB型で珍しいのだ、などと明るく喋っている。彼女の横には二郎夫婦の娘の月奈がスマホ片手にサラダを食べていた。高校生くらいの彼女は、ずっとスマホを左手で持ち、時々人差し指で何かをフリック入力している。月奈の向かいに座る花子からマナーを注意されているが、全く意に介していない。画面から目を離さずに焼き魚を食べるさまは、こう言っちゃなんだが、見ていて飽きない。