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 午後12時58分、川上功大は隣家のインターホンを押した。理由は、住人の森金吾を殺すためである。
 深夜12時57分、川上功大は隣家のインターホンを押した。理由は、住人の森金吾を殺すためである。
<br> 約1ヵ月前、この家に森が引っ越してきた。挨拶に来た森の顔を見たとき、戦慄した。忘れもしない、中学の時俺を虐めていた奴だったからだ。だがそれ以上に恐ろしかったのは、森が俺の顔はおろか名前すら覚えていないことだった。
<br> 約1ヵ月前、この家に森が引っ越してきた。挨拶に来た森の顔を見たとき、俺は戦慄した。忘れもしない、中学の時俺を虐めていた奴だったからだ。だがそれ以上に恐ろしかったのは、森が俺の顔はおろか名前すら覚えていないことだった。
<br> 森は俺を元同級生とは露知らず、順風満帆な近況を得意げに語った。曰く、小さなIT会社を設立し、経営が軌道に乗り始めたのだと。俺に水を掛け、給食を奪い、腹を蹴ったこいつが、キラキラした面でキラキラした生活を送っていやがる。俺は毎日ボロ工場で汗みずくになりながら働いているってのに。
<br> 俺を元同級生とは露知らず、森は順風満帆な近況を得意げに語った。曰く、小さなIT会社を設立し、経営が軌道に乗り始めたのだと。俺に水を掛け、給食を奪い、腹を蹴ったこいつが、キラキラした面でキラキラした生活を送っていやがる。俺は毎日ボロ工場で汗みずくになりながら働いているのに。
<br> 許せない。
<br> 許せない。
<br> 殺意はむくむくと膨れ上がっていった。俺は森を殺す計画を立て、準備を整えてきた。そして今夜、実行する。
<br> 殺意はむくむくと膨れ上がっていった。俺は森を殺す計画を立て、準備を整えてきた。そして今夜、実行する。
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<br>「ああ、川上さん!」
<br>「ああ、川上さん!」
<br>「森さん、夜分遅くにすみません。昨日話しそびれてしまったんですが、実は折り入って相談がありまして……」
<br>「森さん、夜分遅くにすみません。昨日話しそびれてしまったんですが、実は折り入って相談がありまして……」
<br>「そうでしたか! 外は寒いでしょう。今、玄関を開けますね」
<br>「そうでしたか! 外は寒いでしょう。今、扉を開けますね」
<br>「ありがとうございます」
<br>「ありがとうございます」
<br> この外面の良さ、ちっとも変わっちゃいない。お前なら家へ上げると思っていたよ。
<br> この外面の良さ、ちっとも変わっちゃいない。お前なら家へ上げると思っていたよ。
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<br>「さあ、どうぞ上がって」
<br>「さあ、どうぞ上がって」
<br>「お邪魔します」
<br>「お邪魔します」
<br> 森の家に上がるのは、2回目だ。森が挨拶ついでに招いてくれた昨日──いや、もう一昨日か──は、茶を飲んで早々に退散したが。
<br> この家に入るのは、2回目だ。森が挨拶ついでに招いてくれた昨日──いや、もう一昨日か──は、茶を飲んで早々に退散したが。
<br> 森は、薄いTシャツと短パンにファースリッパという格好だった。寝間着だろう。ビンゴだ。お前がFacebookで「毎日夜1時丁度に寝る」と投稿していたから、この時間にしたんだ。
<br> 森は、薄いTシャツと短パンにスリッパという格好だった。寝間着だろう。ビンゴだ。お前がFacebookで「毎日夜1時丁度に寝る」と投稿していたから、この時間にしたんだ。
<br> 森が、両手に手袋をしている俺を怪しむ素振りは無い。俺は靴を脱ぐと、森が差し出した黒いスリッパを履いた。靴箱も、傘立ても、絨毯も、お洒落に揃えやがって。吐き気がする。
<br> 森が、両手に手袋をしている俺を怪しむ素振りは無い。俺は靴を脱ぐと、森が差し出した黒いスリッパを履いた。靴箱も、傘立ても、絨毯も、お洒落に揃えやがって。吐き気がする。
<br> 森は俺が提げている紙袋に目を留めた。ずっと前に誰かから貰った京都銘菓の袋だ。
<br> 森は俺が提げている紙袋に目を留めた。ずっと前に誰かから貰った京都銘菓の袋だ。
<br>「京都ですか」
<br>「京都ですか」
<br>「ええ、先日旅行に行きまして」
<br>「ええ、先日出張に行きまして」
<br> 真っ赤な嘘だ。
<br> 真っ赤な嘘だ。
<br> 森は俺を招いて廊下を真っ直ぐ歩いていった。
<br> 俺たちは廊下を真っ直ぐ歩いていった。森は場を持たせようと何か喋っている。
<br>「京都ですかー。中学の修学旅行で行ったきりですねえ」
<br>「京都ですかあ。中学の修学旅行で行ったきりですねえ」
<br> 廊下の突き当たりにある扉をくぐった。ここが居間だ。
<br> 廊下の突き当たりにある扉をくぐった。ここが居間だ。
<br>「その時買った木刀はまだ持ってますよ」
<br>「その時買った木刀はまだ持ってますよ」
<br> 奥にはカーテンをひかれた、庭に続く窓。右手の扉の向こうが寝室。
<br> 奥にはカーテンをひかれた、庭に続く窓。右手の扉の向こうが寝室。
<br>「あとは清水寺に行ったりね。いやー懐かしいなあ」
<br>「あとは清水寺に行ったりね。いやー懐かしいなあ」
<br> 先の訪問でざっと見た間取りと変わらない。いける。背中に手を回し、ベルトに挟んだ鞘からナイフをそっと抜く。
<br> 間取りは昨日確認しておいた。いける。背中に手を回し、ベルトに挟んだ鞘からナイフをそっと抜く。
<br>「……あれ?」
<br>「……あれ?」
<br> 椅子を引こうとしていた森の動きがピタリと止まった。無防備に背中を見せている。
<br> 椅子を引こうとしていた森の動きがピタリと止まった。無防備に背中を見せている。
<br>「あんた、まさか」
<br>「あんた、まさか」
<br> 森が振り返るより先に、俺は森を後ろから抱きすくめるように、ナイフを前から深々と刺した。森の体がびくりと痙攣する。ナイフは森の肝臓を貫いているだろう。俺は森を抱えたまま、机の少し横に体を向けさせた。こんなものか。
<br> 振り返るより先に、後ろから抱きすくめるようにして、俺は前から森の腹にナイフを深々と刺した。森の体がびくりと痙攣する。ナイフは肝臓を貫いているだろう。俺は森を抱えたまま、机の少し横に体を向けさせた。こんなものか。
<br> 森は震える右手で傷口を弱々しく押さえた。まだ出血は少ない。森は荒い呼吸をしながら、こちらを振り返った。苦悶の形相でじっと見つめてくる。
<br> 森は震える右手で傷口を弱々しく押さえた。まだ出血は少ない。荒い呼吸をしながら、森はこちらを振り返った。苦悶の形相でじっと見つめてくる。
<br>「川上……!」
<br>「川上……!」
<br>「ようやく思い出したか」
<br>「ようやく思い出したか」
<br> 死ね。俺はナイフを森の体から勢いよく引き抜き、床へ放った。傷口から大量の血が吹き出る。机の横、窓へはまだ遠いくらいに血飛沫が飛んだ。森の顔からみるみる血の気が失われていく。傷口を押さえていた右手がだらりと垂れ下がった。
<br> 死ね。俺はナイフを森の体から引き抜き、床へ放った。傷口から大量の血が吹き出る。机の横、窓へは届かないほどに血飛沫が散った。森の顔からみるみる血の気が失われていき、だらりと右手が垂れ下がった。
<br> 俺が手を離すと、森の体は右へどさりと倒れた。フローリングに、どくどくと血溜まりが広がっていく。
<br> 俺が手を離すと、森の体は左へどさりと倒れた。フローリングに、どくどくと血溜まりが広がっていく。
<br> 森は死んだのだ。意外と気持ちは落ち着いていた。まだやることがある。ゲームを淡々と進めていく感覚に近いだろうか。
<br> 森は死んだのだ。だが、意外と気持ちは落ち着いていた。まだやることがある。ゲームを淡々と進めていく感覚に近い。
<br> さあ、偽装工作開始だ。
<br> さあ、偽装工作開始だ。


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<br> 警察も忙しい。一度強盗の仕業に見えれば、そう結論づけてくれるだろう。
<br> 警察も忙しい。一度強盗の仕業に見えれば、そう結論づけてくれるだろう。
<br> 俺はまず、返り血を浴びていないか確認した。全身を軽く見ていく。どうやら、右手の手袋以外は無事のようだ。左手で紙袋からビニール袋を取り出し、両手袋を脱いでそれに入れる。口をきつく閉じ、ビニール袋をまた紙袋に戻した。入れ替わりに軍手を出し、それを両手にはめる。
<br> 俺はまず、返り血を浴びていないか確認した。全身を軽く見ていく。どうやら、右手の手袋以外は無事のようだ。左手で紙袋からビニール袋を取り出し、両手袋を脱いでそれに入れる。口をきつく閉じ、ビニール袋をまた紙袋に戻した。入れ替わりに軍手を出し、それを両手にはめる。
<br> さて、次は玄関だ。俺は紙袋を持って廊下に出た。勿論、血溜まりを踏むようなヘマはしない。そのまま玄関まで行き、サムターンを捻って施錠した。そしてスリッパを脱ぎ、横の靴箱に戻しておく。最後に、土間の自分の靴を紙袋に入れた。靴下の足跡は残りにくいから、多少歩き回っても問題ない。
<br> さて、次は玄関だ。紙袋を持って廊下に出る。勿論、血溜まりを踏むようなヘマはしない。そのまま玄関まで行き、サムターンを捻って施錠した。そしてスリッパを脱ぎ、横の靴箱に戻しておく。最後に、土間の自分の靴を紙袋に入れた。靴下の足跡は残りにくいから、多少歩き回っても問題ない。
<br> 俺はまた居間へと歩いた。途中、廊下の照明を消しておくのも忘れない。居間に入ると、血溜まりを避けて、寝室に続く扉の横に歩いていった。そこには、インターホンがある。どうやら、履歴は端から残らない機種のようだ。幸運。監視カメラの類もない事はリサーチ済み。どうやら天は俺に味方しているようだ。
<br> 俺はまた居間へと引き返した。途中、廊下の照明を消しておくのも忘れない。居間に入ると、血溜まりを避けて、壁の一ヶ所に向かう。そこには、インターホンがある。どうやら、履歴は端から残らない機種のようだ。幸運。監視カメラの類もない事はリサーチ済み。どうやら天は俺に味方しているようだ。




 さあ、ここからが本番。今までは、俺という“訪問客”の痕跡を消す作業だった。これからは架空の“侵入者”の痕跡を残す。
 さあ、ここからが本番。今までは、俺という“訪問客”の痕跡を消す作業だった。これからは架空の“侵入者”の痕跡を残す。
<br> 俺は窓を開け、紙袋から新しい靴を一足出した。カーテンをくぐり、それを履いて庭へと出た。靴もナイフも軍手も、道具は全て入手ルートを辿れないものを用意した。これらから俺にたどりつかれる心配は無い。
<br> 紙袋から新しい靴を一足出し、窓を開けた。カーテンをくぐり、それを履いて庭へと出る。靴もナイフも、道具は全て入手ルートを辿れないものを用意した。これらから俺にたどりつかれる心配は無い。
<br> 俺は紙袋を置くと、庭を囲う柵にとりつき、乗り越えた。柵とはいえ、俺の胸くらいの高さだ。柵の向こうは小道で、森の家の反対側は、だだっ広い田圃になっている。一帯は真っ暗で、この時間に人通りはまず無い。全て、計画通り。
<br> 紙袋を地面に置くと、庭を囲う柵にとりつき、乗り越えた。柵とはいえ、俺の胸くらいしかない。柵の向こうは小道で、反対側はだだっ広い田圃になっている。一帯は真っ暗で、この時間に人通りはまず無い。
<br> 俺は一度深呼吸をした。俺は強盗。今からこの家に侵入する。よし。
<br> 俺は一度深呼吸をした。俺は強盗。今からこの家に侵入する。よし。
<br> 柵に手をかけ、体を引き上げる。さっきのように柵を乗り越え、庭に降り立った。ポケットからスマホを取り出し、ライトを点ける。置いておいた紙袋からハンマーを取り出し、窓に近づいた。狙うはクレセント錠の付近。手首を素早く振り、ハンマーを打ち付けた。鈍い音がし、僅かに罅が入った。もう少し強く。再度ハンマーを振ると、バリンと拳が入るくらいの穴が開いた。完璧。
<br> 柵に手をかけ、体を引き上げる。さっきのように柵を乗り越え、庭に降り立った。ポケットからスマホを取り出し、ライトを点ける。紙袋からハンマーを取り出し、窓に近づいた。狙うはクレセント錠の付近。手首を素早く振り、ハンマーを打ち付けた。鈍い音がし、僅かに罅が入った。もう少し強く。再度ハンマーを振ると、バリンと拳が入るくらいの穴が開いた。完璧。
<br> ハンマーを仕舞い、穴に手を突っ込む。当然鍵は最初から掛かっていないのだが、強盗はここで窓の鍵を開けるのだ。
<br> ハンマーを仕舞い、穴に手を突っ込む。当然鍵は最初から掛かっていないが、強盗はこうして窓の鍵を開けるのだ。
<br> 窓をそっとスライドさせ、俺は室内に侵入した。日本の警察は優秀だ。こうして土足の足跡を残しておかないと、怪しまれかねない。だが、庭の土は乾いていたし、あまり気にする必要はなさそうだ。
<br> 窓をそっとスライドさせ、俺は室内に侵入した。日本の警察は優秀だ。こうして土足の足跡を残しておかないと、怪しまれかねない。だが、庭の土は乾いていたし、あまり気にする必要はなさそうだ。
<br> ゆっくりと机の近くまで歩み寄った。机の向こう側には森の死体が倒れている。この後、不審な音を聞きつけた森が寝室から出てくる。寝室へのドア近くにあるスイッチを押し、居間の電気を点ける。そこで森と強盗は互いを視認する。森は逃げようと廊下への扉に寄るが、それより早く強盗は机の右側を駆け、森を正面から持っていたナイフで刺す。怖気づいた強盗はそのまま遁走する……。
<br> ゆっくりと机の近くまで歩み寄った。机の向こう側には森の死体がある。この後、不審な音を聞きつけた森が寝室から出てくる。寝室へのドア近くにあるスイッチを押し、居間の電気を点ける。そこで森と強盗は互いを視認する。森は逃げようと廊下への扉に向かうが、強盗は机の右側を駆け、持っていたナイフで森を正面から刺す。怖気づいた強盗はそのまま遁走する……。
<br> 問題はないか? 俺は注意深く部屋を見渡した。何か不自然な点は……。
<br> 問題はないか? 俺は注意深く部屋を見渡した。何か不自然な点は……。
<br> ──{{傍点|文章=寝室に続くドア}}!
<br> ──{{傍点|文章=寝室に続くドア}}!
<br> 今、それは{{傍点|文章=閉まっている}}。しかし、強盗と鉢合わせした状況で、{{傍点|文章=森が丁寧にドアを閉めるわけがない}}。森が寝室に蜻蛉返りせずに玄関を目指すのには、2つの理由がある。一つは寝室のドアに鍵がないこと、もう一つは寝室の窓に格子が嵌まっていることだ。要するに、寝室に戻っても、立て籠ることも逃げることもできないのだ。
<br> 今、それは{{傍点|文章=閉まっている}}。しかし、強盗と鉢合わせした状況で、{{傍点|文章=森が丁寧にドアを閉めるわけがない}}。森が寝室に蜻蛉返りせずに玄関を目指すのには、2つの理由がある。1つは寝室のドアに鍵がないこと、もう1つは寝室の窓に格子が嵌まっていることだ。要するに、寝室に戻っても、立て籠ることも逃げることもできないのだ。
<br> 俺は机を左から回り、寝室へのドアを慎重に開けた。ついでに中も覗いてみた。恐らく点けっ放しの常夜灯と、整えられたシングルベッド、本が1冊乗ったサイドボード。不都合なものは無さそうだ。
<br> 俺は机を左から回り、寝室へのドアを慎重に開けた。ついでに中も覗いてみた。恐らく点けっ放しの常夜灯、整えられたシングルベッド、本が1冊乗ったサイドボード。不都合なものは無さそうだ。
<br> 俺は森の血を踏まないよう注意しながら、また窓際へと戻った。今更ながら、背中を冷や汗がつたった。危なかった。もし気づけていなかったら、どうなっていただろう。
<br> 血痕を踏まないよう注意しながら、また窓際へと戻った。今更ながら、背中を冷や汗がつたった。危なかった。もし気づかなかったら、どうなっていただろう。
<br> いや、俺は気づけた。天は俺に味方している。俺は首を勢いよく振り、嫌な想像を振り払った。
<br> いや、俺は気づいた。天は俺に味方している。俺は首を勢いよく振り、嫌な想像を振り払った。




 さあ、集中しろ。部屋を再度見回したが、今度は何も引っ掛かるところはない。現場に長居しても、良い事はない。近くを人が通りかかる可能性も、皆無ではないのだ。
 さあ、集中しろ。部屋を再度見回したが、今度は何も引っ掛かるところはない。なら、さっさと帰るか。近くを人が通りかかる可能性も、皆無ではないのだ。
<br> 俺は最後に、蒼白な森の死に顔を眺めた。その無様な姿に、自然と笑みがこぼれる。
<br> 最後に、蒼白な森の死に顔を眺めた。その無様な姿に、自然と笑みがこぼれる。
<br> 俺の、勝ちだ。
<br> 俺の、勝ちだ。
<br> カーテンを押しよけ、開きっ放しの窓から外に出た。強盗はひどく動揺している。窓は閉めなくていいだろう。静かな夜の冷気が心地よい。
<br> カーテンを押しよけ、開きっ放しの窓から外に出た。強盗はひどく動揺している。窓は閉めなくていいだろう。夜の冷気が心地よい。
<br> 紙袋を拾い上げると、俺は柵をまた乗り越えた。毛髪なんかは残ってしまっているだろうが、俺は昨日この家を訪れているのだ。何の問題もない。
<br> 紙袋を拾い上げると、俺は柵をまた乗り越えた。毛髪なんかは残っているだろうが、俺は昨日この家を訪れたのだ。何の問題もない。
<br> 居間の電気は点いたままで窓は全開、さらに窓は割られてもいるのだ。事件の発覚は早いだろう。だが、俺に辿り着かれさえしなければ、構わないのだ。
<br> 電気は点いたままで窓は全開、さらに窓は割られてもいるのだ。事件の発覚は早いだろう。だが、俺に辿り着かれさえしなければ、一向に構わない。
<br> 自分の家に着いた。鍵を開けて中に入る。微細な血液が付いているかもしれないから、着ているコートとズボン、靴下、軍手を紙袋に突っ込んだ。そして、紙袋ごと埃だらけの屋根裏に放り込んだ。これで、家宅捜索でもされない限り、大丈夫だ。これらはほとぼりの冷めた数年後に、少しずつ捨てよう。
<br> 靴を履き替え、隣の自宅に戻った。鍵を開けて中に入る。微細な血液が付いているかもしれないから、着ている物を纏めて紙袋に突っ込んだ。そして、紙袋ごと埃だらけの屋根裏に放り込む。これで、家宅捜索でもされない限り、大丈夫だ。これらはほとぼりが冷めた数年後に、少しずつ捨てよう。
<br> 俺はシャワーを浴びると、すぐに万年床に潜り込んだ。ずっと気を張っていたから、疲れてしまった。俺はすぐに寝入った。何か楽しい夢を見た気がする。
<br> シャワーを浴びると、すぐに万年床に潜り込んだ。ずっと気を張っていたから、疲れてしまった。俺はすぐに寝入った。何か楽しい夢を見た気がする。




 俺が目を覚ますと、もう昼の11時だった。カーテンの隙間から隣家を見ると、玄関先にはパトカーが停まり、何人も警官が蠢いているのが見えた。想定内。自分でも驚くほど、落ち着いていた。
 俺が目を覚ますと、もう昼の11時だった。カーテンの隙間から隣家を見ると、玄関先にパトカーが停まり、何人もの警官が蠢いているのが見えた。想定内。自分でも驚くほど落ち着いている。
<br> ブランチを手早く済ませ、身支度をした時、呼び鈴が鳴った。人が殺されたのだ。周辺に聞き込みに来るのは当たり前。ボロさえ出さなきゃいい。
<br> ブランチを手早く済ませ、身支度をした時、呼び鈴が鳴った。人が殺されたのだ。周辺に聞き込みに来るのは当たり前。ボロさえ出さなきゃいい。
<br> 玄関を開けると、やはり警官が立っていた。小太りの初老の男と、ひょろりと細長い若い男。どちらも警察手帳を見せて名乗った。小太りな方が警部補、細長い方が巡査らしい。
<br> 玄関を開けると、やはり警官が立っていた。小太りの初老の男と、ひょろりと細長い若い男。どちらも警察手帳を見せて名乗った。小太りな方が警部補、細長い方が巡査らしい。
85行目: 85行目:
<br>「あら、ご存じないですか?」
<br>「あら、ご存じないですか?」
<br>「はい。さっきまで寝てたもんで」
<br>「はい。さっきまで寝てたもんで」
<br>「そうでしたか。いや実はね、今朝、そこの家の森金吾さんが亡くなっているのが発見されたんですよ」
<br>「そうでしたか。実は今朝、そこの家の森金吾さんが亡くなっているのが発見されたんですよ」
<br>「ええっ⁈」
<br>「ええっ⁈」
<br> 我ながら、いいリアクション。そして、ここはしっかり惚ける。
<br> 我ながら、いいリアクション。そして、ここはしっかり惚ける。
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