「利用者:Notorious/サンドボックス/コンテスト」の版間の差分

<br>「でも、あのドアを開けられれば、活動範囲が広がります。奥に何が待っていようと、突破口となるのは間違いないでしょう」

<br>　権田は深く頷いた。

<br>「換気口や排水溝はどうです？」

<br>「人が通るのはまず無理だな。他の何か、たとえばメッセージを書いた物を排水溝に流す、とかはどうだろう」

<br>「倉庫には、文字通り食料の山がありますけど……」

<br>「{{傍点|文章=鉄の瓶や缶は小部屋を通せない}}。山はあるのに、その山をドアの前まで移せないんだよな」

<br>「陶器の便座を砕くってのはどうです？」

<br>「おっ、いいな。でも和式だからな……。綺麗に砕ければ10センチくらい稼げるかもな」

<br>　ベッドを飛び降りて、権田は小部屋のドアを開け、すぐに閉めてすごすごと戻ってきた。そもそも、小部屋はドアがある壁から離れた位置にある。テンキーには、距離も高さも全然足りない。

<br>　いや、諦めるにはまだ早い。

<br>　権田はしばし黙ってテンキーの方を見上げていたが、

<br>　と否定した。どうやら、このアイデアも不発のようだ。

<br>「冷凍庫は無いし、気温が下がるのを待つというのも、全館空調だから厳しいかもしれませんね」

<br>　棒作戦も、難しい。他の方法を考えてみよう。

<br>「順にボタンに当てるのは難易度が高すぎる。それに、プラスチックカバーがネックだ。あれを上げないとボタンを押せない」

<br>「真下から何かをぶつけてカバーを上げて、さらにタイミングよくボタンに物をぶつけるんです」

<br>「野球のピッチャーも真っ青な計画だな。食料が尽きる前に成功すればいいが」

<br>「何回間違えたら永久にロックされるみたいな設定が無いことを祈るか。他に妙案が思いつかなければ、試してみよう」

<br>　なぜ奴らは僕らを攫い、閉じ込めたのか。

<br>「ここにはモニターが無いので、きっとデスゲームは始まりませんね」

<br>　冗談はさておいて、犯人グループの目的を想像してみる。

<br>「もしそうなら、こんな手厚い待遇しなくてもいいよな。椅子とかに縛り付けて、どっかの廃墟に放り込んでりゃいいんだから」

<br>「人を攫う目的なら色々ありそうですけど、こんな建物に中途半端に閉じ込めておく理由がわかりませんね」

<br>「何か、真っ当に被験者を募れないような実験だから、こうやって無理やり人を攫ってきてるんじゃ？」

<br>「もしそうなら、なかなか明るい想像はできないな……」

<br>「これが実験なら、この建物もその内容に即した構造をしているってことになるな」

<br>「どんな実験なんでしょうね？」

<br>　権田はもう寝入ったのか、ぐうぐうという寝息が聞こえてきた。僕は頭が冴えていて、全然眠れそうになかった。数々の疑問が渦巻いて、脳内をぐるぐると回っている。

<br>　僕らはなぜ閉じ込められているのか？　実験ならば、それはどんな実験なのか？　この建築物の構造の意味は？

<br>　いつもなら、勤務を終えて寮に帰っている頃だろうか。いかんせん時計が無いため、今何時なのか全くわからない。ひょっとしたら、体内時計を狂わせるタイプの実験かもしれない。建物の構造や鍵の掛け方に疑問は残るが。

　はっとした。まさか。

　トイレの床に缶は置いたまま、僕は最初の部屋に戻った。後ろを権田がついてくる。先刻のディスカッションのように、僕らはベッドに座った。ただし、権田はベッドの上で胡座をかいているが、僕は端に腰掛け、横を向いた。

<br>「それで、佐藤は何に気がついたんだ？」

<br>「気づいたのは、脱出方法です。でも、とてもやろうとは思えない方法です。覚悟して、聞いてくれますか？」

<br>　権田は驚いた顔をしたが、黙って頷いた。

<br>「取るのは、踏み台戦法をひねった方法です。足りない１メートルを、稼ぐ方法があるんです」

<br>「しかし、ここにあるものでは、どれも高さが足りないという結論に至ったじゃないか」

<br>「外から何かを調達する方法があるのか？」

<br>「どういうことだ？」

<br>「まだわかりませんか⁈」

<br>「でも……え……そんな……」

<br>「だから言ったでしょう。とてもやろうとは思えない方法だと」

<br>　権田の整った顔が赤く染まったのが、闇の中でも見えた。思わず僕は権田の両肩を掴んで、マットレスに押し倒す。ボブカットの黒髪がふわりとシーツに広がり、ぱっちりした両眼が驚きに揺れる。いくら鍛え上げているとはいえ女の細腕では、同じく警察官の僕を押し退けることはできない。僕は、権田の腰にまたがった。権田が小さく声を洩らす。マットレスが軋み、薄着の下の乳房が魅力的に揺れる。

<br>「これが、脱出する唯一の方法なんです。……先輩、いいですか？」

<br>　ほのかな灯りの下、権田の目の奥が、微かに揺らいだ。