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生きている観客を相手にしはじめた古民家カフェの惨劇は、人を死なせてはならないという、結成32年にして初めての課題にぶつかった。すでに数千兆を殺してしまったのだから、諦めて死人相手の音楽活動に戻るという手も十分にありえたはずだが、夫婦揃ってバカなのでそんなことには気づかなかった。 | 生きている観客を相手にしはじめた古民家カフェの惨劇は、人を死なせてはならないという、結成32年にして初めての課題にぶつかった。すでに数千兆を殺してしまったのだから、諦めて死人相手の音楽活動に戻るという手も十分にありえたはずだが、夫婦揃ってバカなのでそんなことには気づかなかった。 | ||
古民家カフェの惨劇は演歌漫才師として結成されたのであって、本人たちもこの肩書きに矜持を持っていた。しかし、いざ顧みると、漫才の要素をひとつも有しない、演歌歌手とまったく同様の活動をしていたことに思い当たった。夫妻は「それだ」と思った。演歌とは毒そのものである。声をにょろにょろさせて叫ぶあの歌謡もどきが、毒でないはずはない。パフォーマンスのすべてを毒にしてしまっては、生きている観客が死ぬのも当然だ。解毒剤よろしく漫才のエッセンスをうまく取り込む必要がある。 | |||
岐阜に戻った夫妻はただちにネタ作りを始め、たった数日で、演歌と漫才を融合させた最高のパフォーマンスを完成させた。ほやほやの台本を持って県内各地の劇場に赴き、演技中の演者をことごとくなぎ倒して新しい演歌漫才を披露した。どこの劇場でも、生きている観客が意識を失ったが、誰も死にはしなかった。驚くべき快挙であった。 | 岐阜に戻った夫妻はただちにネタ作りを始め、たった数日で、演歌と漫才を融合させた最高のパフォーマンスを完成させた。ほやほやの台本を持って県内各地の劇場に赴き、演技中の演者をことごとくなぎ倒して新しい演歌漫才を披露した。どこの劇場でも、生きている観客が意識を失ったが、誰も死にはしなかった。驚くべき快挙であった。 | ||
その翌日、すっかり自信をつけた古民家カフェの惨劇は、イカサマダーツ吉田茂を大声で呼び出した。当の彼は、自分が集めた生きている数千兆の観客がみな亡くなってしまったのですっかり弱っており、悲嘆者の知能で「漫才なら M-1 にでも出たらいいじゃねえかよぉ」と半ば投げやりに提案した。夫妻は自信家の知能でこれを採用した。 | |||
さっそくエントリーシートを記入して、予選参加の案内通知を待った。待っているあいだも、生きている観客に対するけじめをつける意図で墓地へは行かず、自宅で練習を重ねた。半年後、郵便受けを一度も確認していないことに気づき、慌てて見に行ったところ、そこには3枚の封筒があった。予選の参加案内と、準決勝の参加案内、そして決勝の参加案内だった。夫妻は、自分たちが予選への参加を逃してしまったことと、何らかの手違いで勝手に決勝までのぼり詰めていたことを悟った。夫妻は叫んだ。 | さっそくエントリーシートを記入して、予選参加の案内通知を待った。待っているあいだも、生きている観客に対するけじめをつける意図で墓地へは行かず、自宅で練習を重ねた。半年後、郵便受けを一度も確認していないことに気づき、慌てて見に行ったところ、そこには3枚の封筒があった。予選の参加案内と、準決勝の参加案内、そして決勝の参加案内だった。夫妻は、自分たちが予選への参加を逃してしまったことと、何らかの手違いで勝手に決勝までのぼり詰めていたことを悟った。夫妻は叫んだ。 |
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