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 滑り込んだ。チャイムはまだ鳴り終わっていない。セーフだ。体育館の中は外の寒空より幾分か明るい。学年主任の教諭が、整列を促していた。気づけば成瀬はすでにクラスの列に入っていたが、やはりその息は弾んでいて、苦しそうだ。というより、言い過ぎかもしれないが――顔面蒼白に近い。遅刻常習犯の成瀬が、遅刻しそうになったくらいでこんなにブルーになるだろうか。体調でも悪いのか? そう思いながらも、伊野は何食わぬ顔をして列に入っていった。内心では担任に指摘されないかと肝を冷やしていたが、担任はどうやらクラスの列にはいないらしい。辺りを見回すと、体育館の隅の方で、電話をしている担任を見つけた。何やら深刻そうな表情をしている。校庭マラソンの刑について、教育委員会か何かにクレームが入ったのだろうか?
 滑り込んだ。チャイムはまだ鳴り終わっていない。セーフだ。体育館の中は外の寒空より幾分か明るい。学年主任の教諭が、整列を促していた。気づけば成瀬はすでにクラスの列に入っていたが、やはりその息は弾んでいて、苦しそうだ。というより、言い過ぎかもしれないが――顔面蒼白に近い。遅刻常習犯の成瀬が、遅刻しそうになったくらいでこんなにブルーになるだろうか。体調でも悪いのか? そう思いながらも、伊野は何食わぬ顔をして列に入っていった。内心では担任に指摘されないかと肝を冷やしていたが、担任はどうやらクラスの列にはいないらしい。辺りを見回すと、体育館の隅の方で、電話をしている担任を見つけた。何やら深刻そうな表情をしている。校庭マラソンの刑について、教育委員会か何かにクレームが入ったのだろうか?
「ごっつあんです!」
 体育館に鳴り響いた声に引き寄せられ、伊野は壇上の特別講師を見た。それは、力士であった。グレーのスーツ越しにも分かるほどの巨体に、筋肉と脂肪が詰め込まれているのを感じさせられる。本当にちょんまげなんだな、と伊野は思った。その力士の言う事には、彼は「井方海坊太」の四股名を持ち。まだまだ現役だが、相撲の素晴らしさを学生諸氏に知ってもらいたいがために、稽古の合間に学校を巡って講演を開いているという。力士は、一時間もの間、何の起伏も無い、ただ相撲を賞賛し続けるだけの講演を行った。相撲の歴史の話が終わるころには、伊野以外の生徒たちはみんな眠ってしまっていた。
 おかしい。伊野は思った。自分以外の全員が眠っているなんて状況、そうそうあっていいはずがない。彼は辺りを見回し、さらに、いつも体育館の隅の方で座っている教師たちまでもが、眠っていることに気づいた。冷や汗が流れた、気がした。
「相撲は、古事記の時代からある営みだ。だから、競技として国民に愛される傍ら、未だ神事としての性格を残しているんでどすこい」
 これは……自分に向かってしゃべっているのか? 伊野はこの訳の分からない状況に動揺を隠せない。
「だから分かる……だから視える……おそらくここでこの井方海だけが視えているんでしょうな、オー、どすこい」
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