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 そして、このさびれたショッピングモールもまた、今日行われるサーカスの会場だった。
 そして、このさびれたショッピングモールもまた、今日行われるサーカスの会場だった。


 一階のフードコートの中央にはウッドデッキ調のステージが置かれており、そこから三つのフロアの中央を貫くように吹き抜けがある。どのフロアもテナントはまばらで、電気はほとんど通っていない。普段はほとんど廃墟のようにも見えるこの商業施設は、しかしサーカスの日だけは開業当初の熱気を取り戻した。観衆は各フロアの吹き抜けを囲う柵から身を乗り出し、思い思いに歓声や罵声を飛ばす。それはさながら古代ローマのコロッセオだ。ただし、彼らが見ていたのは一階中央のステージではなく、吹き抜けの空間に出し抜けに立っている、電力供給の止まったエスカレーターだった。どうやら彼らのスターは、いつもこのかなりの長さのエスカレーターをレッドカーペットにして登場するらしい。
 一階のフードコートの中央にはウッドデッキ調のステージが置かれており、そこから三つのフロアの中央を貫くように吹き抜けがある。どのフロアもテナントはまばらで、電気はほとんど通っていない。普段はほとんど廃墟のようにも見えるこの商業施設は、しかしサーカスの日だけは開業当初の熱気を取り戻した。観衆は各フロアの吹き抜けを囲う柵から身を乗り出し、思い思いに歓声や罵声を飛ばす。それはさながら古代ローマのコロッセオだ。ただし、彼らが見ていたのは一階中央のステージではなく、吹き抜けの空間に出し抜けに立っている、動かないエスカレーターだった。どうやら彼らのスターは、いつもこのかなりの長さのエスカレーターをレッドカーペットにして登場するらしい。


「俺は{{傍点|文章=三ターン}}に賭けるぜ!」
「俺は{{傍点|文章=三ターン}}に賭けるぜ!」
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「まあ待ってくれ、凶暴な市民たち。まずは『駄段々』の説明だ。ここでは前にも何回かやっているから、知っている人も多いと思うが、一応説明させてくれ。裏で待機している思想者にもルールを教えてやらないといけないからな。このゲームは地下賭博場で作られ、大流行したゲームのひとつだ。ギャンブルで脳みその報酬系が腐ったごろつきどもは、刺激を求めて何度も地下賭博場に出向くだろう? それである時、奴らはついに地上の入口から地下賭博場へと続く長い階段を歩いて降りる時間すら退屈に思うようになっちまったらしい。こうして考え出されたのが、階段とトランプだけを使って遊べるこのゲーム、『駄段々』ってわけだ。
「まあ待ってくれ、凶暴な市民たち。まずは『駄段々』の説明だ。ここでは前にも何回かやっているから、知っている人も多いと思うが、一応説明させてくれ。裏で待機している思想者にもルールを教えてやらないといけないからな。このゲームは地下賭博場で作られ、大流行したゲームのひとつだ。ギャンブルで脳みその報酬系が腐ったごろつきどもは、刺激を求めて何度も地下賭博場に出向くだろう? それである時、奴らはついに地上の入口から地下賭博場へと続く長い階段を歩いて降りる時間すら退屈に思うようになっちまったらしい。こうして考え出されたのが、階段とトランプだけを使って遊べるこのゲーム、『駄段々』ってわけだ。


 ルールを説明しよう。このゲームの勝利条件は、『階段を下りきること』! 簡単だろう? ただし、逆に階段を上りきってしまうと敗北になる。ただし、ゲーム開始時はそもそも階段を上りきった場所から始めるから例外だ。それで……そう、段の移動は、もちろん勝手にやっていいわけじゃない。ただの階段駆け下り競争になっちまうからな。ここでトランプを使うんだ。プレイヤーは、七枚のランダムなカードで構成された手札をゲーム開始時に受け取る。そして、各ターンにそれぞれ一回ずつ『数字カード』を使うことで階段を上り下りするんだ。『数字カード』は<ruby>A<rt>エース</rt></ruby>から10の数札に<ruby>J<rt>ジャック</rt></ruby>を加えたもので、プレイヤーは宣言した『数字カード』にある数字の分だけ移動でき、同じカードは何度でも使うことができる。ああ、もちろんJは11に相当する。ここで気をつけるのは、それが黒のカード、つまりスペードかクラブのカードなら階段を下る方向に移動し、逆に赤のカード、つまりハートかダイヤのカードなら階段を上る方向に移動するってところだ。ややこしいだろう? ちなみに、ゲーム開始時に赤のカードを使うことはできない。当然だが、上がる段がないからな」
 ルールを説明しよう。このゲームの勝利条件は、『階段を下りきること』! 簡単だろう? ただし、逆に階段を上りきってしまうと敗北になる。ただし、ゲーム開始時はそもそも階段を上りきった場所から始めるから例外だ。それで……そう、段の移動は、もちろん勝手にやっていいわけじゃない。ただの階段駆け下り競争になっちまうからな。ここでトランプを使うんだ。プレイヤーは、七枚のランダムなカードで構成された手札をゲーム開始時に受け取る。そして、各ターンにそれぞれ一回ずつ『数字カード』を使うことで階段を上り下りするんだ。『数字カード』は<ruby>A<rt>エース</rt></ruby>から10の数札に<ruby>J<rt>ジャック</rt></ruby>を加えたもので、プレイヤーは宣言した『数字カード』にある数字の分だけ移動でき、そのカードの効果は一枚につき一度しか使うことができない。ああ、もちろんJは11に相当する。ここで気をつけるのは、それが黒のカード、つまりスペードかクラブのカードなら階段を下る方向に移動し、逆に赤のカード、つまりハートかダイヤのカードなら階段を上る方向に移動するってところだ。ややこしいだろう? ちなみに、ゲーム開始時に赤のカードを使うことはできない。当然だが、上がる段がないからな」


 そう言うと、クリームパンダは懐からカードをいくつか取り出し、動きを実演してみせた。ハートの3なら3段上昇、クラブの1なら1段下降。次に彼が観客に見せびらかしたのは――
 そう言うと、クリームパンダは懐からカードをいくつか取り出し、動きを実演してみせた。ハートの3なら3段上昇、クラブの1なら1段下降。次に彼が観客に見せびらかしたのは――


「よおし、見ろ、これぞキングだ! 『数字カード』以外のカード、つまり<ruby>Q<rt>クイーン</rt></ruby>、<ruby>K<rt>キング</rt></ruby>、そして<ruby>JK<rt>ジョーカー</rt></ruby>は、駄段々では『特殊カード』と呼ばれる。こいつらの特徴の一つは、『数字カード』とは違って、自分のターンじゃなくてもお構いなしに発動できることだ。ただし、使うときにはカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段のどこかにぶん投げないといけない。面白いだろ? ずいぶん妙だが、大事なルールだ。覚えておいてくれ。ちなみに、何らかの理由でぶん投げられたカードは、その次のターンからはプレイヤーの誰でも勝手に拾っていい。で、こっからが本題だ。『特殊カード』は色が黒とか赤とかに関係なく、その名の通り強力な特殊効果を持つ。まずは……QとK。女王と王だ。こいつをぶん投げるってのが何を意味してるか、頭脳明晰な市民諸君にはもうお分かりだろう――{{傍点|文章=革命だ}}!」
「よおし、見ろ、これぞキングだ! 『数字カード』以外のカード、つまり<ruby>Q<rt>クイーン</rt></ruby>、<ruby>K<rt>キング</rt></ruby>、そして<ruby>JK<rt>ジョーカー</rt></ruby>は、駄段々では『特殊カード』と呼ばれる。こいつらの特徴の一つは、『数字カード』とは違って、自分のターンじゃなくてもお構いなしに発動できることだ。ただし、使うときにはカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の遠くにぶん投げないといけない。面白いだろ? ずいぶん妙だが、大事なルールだ。覚えておいてくれ。ちなみに、何らかの理由でぶん投げられたカードは、その次のターンからはプレイヤーの誰でも勝手に拾っていい。だから、『数字カード』と違って、『特殊カード』の効果はある意味再利用することができるんだ。で、こっからが本題だ。『特殊カード』は色が黒とか赤とかに関係なく、その名の通り強力な特殊効果を持つ。まずは……QとK。女王と王だ。こいつをぶん投げるってのが何を意味してるか、頭脳明晰な市民諸君にはもうお分かりだろう――{{傍点|文章=革命だ}}!」


 瞬間、まるで火がついたように、観客席からブーイングの大合唱が飛ぶ。もちろんクリームパンダはこんな{{傍点|文章=不適切}}なことを賛美しているわけではないし、観客も彼のことを本心から批判しているわけではない。これはクリームパンダお馴染みのブラックジョークであり、いわばお約束なのだ。彼は何かカードゲームを持ってくるとき、いつも「革命」の要素が入ったものを選んできては、露悪的にそれを見せつける。――これが暗に「思想監督」の一端を担っているのは、言うまでもないことだ。
 瞬間、まるで火がついたように、観客席からブーイングの大合唱が飛ぶ。もちろんクリームパンダはこんな{{傍点|文章=不適切}}なことを賛美しているわけではないし、観客も彼のことを本心から批判しているわけではない。これはクリームパンダお馴染みのブラックジョークであり、いわばお約束なのだ。彼は何かカードゲームを持ってくるとき、いつも「革命」の要素が入ったものを選んできては、露悪的にそれを見せつける。――これが暗に「思想監督」の一端を担っているのは、言うまでもないことだ。
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 ここでクリームパンダは、懐に入っていたカードをすべて引っ張り出した。先ほどの三枚のカードを含む七枚のカードを舐め回すように見た後、あからさまな演技の困り顔をして、出しぬけにこう言った。
 ここでクリームパンダは、懐に入っていたカードをすべて引っ張り出した。先ほどの三枚のカードを含む七枚のカードを舐め回すように見た後、あからさまな演技の困り顔をして、出しぬけにこう言った。


「んー? おいおい待て待て、俺様が持っているカードは、さっきの赤の3と黒の1、Kの他に、赤の1が二枚、赤の2、それに黒の2。この七枚だ。参ったな、数字の小さいカードばっかりだ。これじゃあゴールにたどり着くまでに時間がかかって、相手の圧勝に終わっちまうかもしれない。結局このゲーム、手札の運が勝敗を決めるんじゃないのか?
「んー? おいおい待て待て、俺様が持っているカードは、さっきの赤の3と黒の1、Kの他に、赤の1が二枚、赤の2、それに黒の2。この七枚だ。参ったな、数字の小さいカードばっかりだ。『数字カード』の効果は一枚につき一回だから、これじゃあゴールにたどり着くことが不可能だ。結局このゲーム、手札の運が勝敗を決めるんじゃないのか?


 ……こういう疑問はもっともだ。しかし、『駄段々』の本性はここからなんだ。覚えてるか? 『特殊カードを使用するとき、そのカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の真上の方にぶん投げないといけない』というルールがある。なのに、『数字カード』を使用するときには、別にそんなことをする必要はないよな。実は、これにはちゃんと理由があるんだよ。{{傍点|文章=『数字カード』を使うとき、ちゃんと嘘をつけるようにするため}}さ! そう、『数字カード』を使うときには、嘘をついてもいいんだ。このゲームの基本は、相手を出し抜いて速くゴールするために、嘘の数字を張りまくるというところにある。
 ……こういう疑問はもっともだ。しかし、『駄段々』の本性はここからなんだ。覚えてるか? 『特殊カードを使用するとき、そのカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の遠くにぶん投げないといけない』というルールがある。なのに、『数字カード』を使用するときには、別にそんなことをする必要はないよな。実は、これにはちゃんと理由があるんだよ。{{傍点|文章=『数字カード』を使うとき、ちゃんと嘘をつけるようにするため}}さ! そう、『数字カード』を使うときには、嘘をついてもいいんだ。このゲームの基本は、ゴールにたどり着くまでに嘘の数字を張りまくるというところにある。


 もちろん、嘘が出てくるからには、いわゆる『ダウト要素』が存在する。相手が宣言した『数字カード』が嘘だと思ったとき、プレイヤーはこう叫ぶ――『駄段々』! そう、これこそが、このゲームの名前にもなっている一番の目玉要素なんだ。『駄段々』を受けたプレイヤーは、必ず宣言した『数字カード』を実際に相手に見せないといけない。それができない場合――つまり宣言したものが嘘だった場合、そいつは手札の中で最も数が大きい『数字カード』を階段のどっかにぶん投げ、なおかつ『駄段々』を行ったプレイヤーと階段上の位置を交換しなければならない。かなり重いペナルティだ。嘘を指摘したプレイヤーの位置によっては、振り出しに戻ってしまうことだってありえる。
 もちろん、嘘が出てくるからには、いわゆる『ダウト要素』が存在する。相手が宣言した『数字カード』が嘘だと思ったとき、プレイヤーはこう叫ぶ――『駄段々』! そう、これこそが、このゲームの名前にもなっている一番の目玉要素なんだ。『駄段々』は一回のゲームにつきプレイヤー別に三回まで行うことができる。そして、これを受けたプレイヤーは、必ず宣言した『数字カード』を実際に相手に見せないといけない。それができない場合――つまり宣言したものが嘘だった場合、そいつは手札の中で最も数が大きい『数字カード』を階段の遠くにぶん投げ、なおかつ『駄段々』を行ったプレイヤーと階段上の位置を交換しなければならない。かなり重いペナルティだ。嘘を指摘したプレイヤーの位置によっては、振り出しに戻ってしまうことだってありえる。


 だが、『駄段々』を行う方にももちろんリスクはある。もしも『駄段々』を受けたプレイヤーが、宣言した『数字カード』を実際に持っていた場合――つまり嘘なんてついていなかった場合、今度は『駄段々』を行ったやつの方が、手札の中で最も数が大きい『数字カード』を階段のどっかにぶん投げないといけないんだ。こんな風に、ハイリスク・ハイリターンだからこそ、『駄段々』に駆け引きが生まれてくるってわけだな。……ああ、それと、もう一つ大事なことがあった。あるプレイヤーが『数字カード』を宣言し、それによる移動で勝利条件が満たされる――つまりゴールが成立するようなときに、そいつが『駄段々』を受け、それが成功したならば――つまり、そのプレイヤーが嘘をついていたことが明らかになったならば――そいつは即座に敗北のペナルティを負わされてしまうんだ。簡単に言うと、嘘でゴールしようとしたのがバレたら即敗北ってことだ。気をつけないといけないな。
 だが、『駄段々』を行う方にももちろんリスクはある。もしも『駄段々』を受けたプレイヤーが、宣言した『数字カード』を実際に持っていた場合――つまり嘘なんてついていなかった場合、今度は『駄段々』を行ったやつの方が、手札の中で最も数が大きい『数字カード』を階段の遠くにぶん投げないといけないんだ。こんな風に、ハイリスク・ハイリターンだからこそ、『駄段々』に駆け引きが生まれてくるってわけだな。……ああ、それと、もう一つ大事なことがあった。あるプレイヤーが『数字カード』を宣言し、それによる移動で勝利条件が満たされる――つまりゴールが成立するようなときに、そいつが『駄段々』を受け、それが成功したならば――つまり、そのプレイヤーが嘘をついていたことが明らかになったならば――そいつは即座に敗北のペナルティを負わされてしまうんだ。簡単に言うと、嘘でゴールしようとしたのがバレたら即敗北ってことだ。気をつけないといけないな。


 ……ふう、退屈なルールの説明は、これでおしまいだ。狂暴な市民たちよ、よく耐えてくれたな。ここからは、お前たちの見たいものを思う存分見せてやる!」
 ……ふう、退屈なルールの説明は、これでおしまいだ。狂暴な市民たちよ、よく耐えてくれたな。ここからは、お前たちの見たいものを思う存分見せてやる!」
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 男はKを一枚、真上のクリームパンダに渡した。クリームパンダは得意の芝居がかった表情でそれを受け取り、拳銃と赤の10を男に渡す。
 男はKを一枚、真上のクリームパンダに渡した。クリームパンダは得意の芝居がかった表情でそれを受け取り、拳銃と赤の10を男に渡す。


「ああ、言うのを忘れていた。ただし一つの条件として、この取引でお前が嘘をついていたなら……直ちに殺す。つまり、お前の手札に俺に渡したK以外の『革命』を起こせるカードが残っていたならば、お前を射殺する! じゃあ、答え合わせの時間といこうか」
「ああ、言うのを忘れていた。ただし一つの条件として、この取引でお前が嘘をついていたなら……直ちに殺す。つまり、お前の手札に俺様に渡したK以外の『革命』を起こせるカードが残っていたならば、お前を射殺する! じゃあ、答え合わせの時間といこうか」


 クリームパンダは、観客席にJKを見せびらかした上で、エスカレーターの下方向にそのカードを投げ飛ばした。真下のプレイヤーにカードの効果を押し付けるルールによって、男の手札を開示するのだ。このとき、観客の誰もがこう思っていた――「1ターン」に賭けた者の勝利だ!
 クリームパンダは、観客席にJKを見せびらかした上で、エスカレーターの下方向にそのカードを投げ飛ばした。真下のプレイヤーにカードの効果を押し付けるルールによって、男の手札を開示するのだ。このとき、観客の誰もがこう思っていた――「1ターン」に賭けた者の勝利だ!
125行目: 125行目:
 言い終わらないうちに、クリームパンダは手札を左手に持ち替え、右手で拳銃を構えた。指はトリガーに掛かっている。それを横目に見た瞬間、思想者の男は即座に体制を低くし、パンダに渡されたばかりのピストルを回転をかけて投げ飛ばした。男の拳銃がクリームパンダの右手に命中し、パンダが自らの拳銃を撮り落とした瞬間、思想者はすかさずパンダの意識の外にあった彼の左手から手札を奪い取り、床に落ちた二丁の銃と共にエスカレーターの下方向に投げ飛ばしてしまった――それも、かなり地面に近いところに。瞬く間に、フォークダンスのような鮮やかさで、クリームパンダはすべての手札と拳銃を失った。
 言い終わらないうちに、クリームパンダは手札を左手に持ち替え、右手で拳銃を構えた。指はトリガーに掛かっている。それを横目に見た瞬間、思想者の男は即座に体制を低くし、パンダに渡されたばかりのピストルを回転をかけて投げ飛ばした。男の拳銃がクリームパンダの右手に命中し、パンダが自らの拳銃を撮り落とした瞬間、思想者はすかさずパンダの意識の外にあった彼の左手から手札を奪い取り、床に落ちた二丁の銃と共にエスカレーターの下方向に投げ飛ばしてしまった――それも、かなり地面に近いところに。瞬く間に、フォークダンスのような鮮やかさで、クリームパンダはすべての手札と拳銃を失った。


「お前え……どういうつもりだ!」
「お前……どういうつもりだ!」


「よし、俺のターン。もちろん黒の4だ」
「よし、俺のターン。もちろん黒の4だ」
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 そう言って、男はさらに4段を下る。
 そう言って、男はさらに4段を下る。


「言っとくが、俺はルール違反なんて一切してないぜ? 『相手の手札をどっかにぶちまけてはならない』なんて言ってなかったよな? さて、これでお前は俺を殺せない。さっき見せたばかりの黒の4を疑って、無駄な『駄段々』でもしてみるか? 俺がお前の5段下にいる以上、銃を失ったお前の攻撃は、ひとつも俺には届かない。まあ、ゲームのルールを無視して突っ込んできたって、別に俺は構わないぞ。愚かな思想者に出し抜かれた、最も愚かなサーカス執行人として、お前があそこの警官に射殺されるだけだからな。悔し紛れに俺にしょんべんでもひっかけてみるか? 5段下まで届くお前唯一の攻撃手段だ!」
「言っとくが、俺はルール違反なんて一切してないぜ? 『相手の手札をどっかにぶちまけてはならない』なんて言ってなかったよな? さて、これでお前は俺を殺せない。さっき見せたばかりの二枚目の黒の4を疑って、無駄な『駄段々』でもしてみるか? 俺がお前の5段下にいる以上、銃を失ったお前の攻撃は、ひとつも俺には届かない。まあ、ゲームのルールを無視して突っ込んできたって、別に俺は構わないぞ。愚かな思想者に出し抜かれた、最も愚かなサーカス執行人として、お前があそこの警官に射殺されるだけだからな。悔し紛れに俺にしょんべんでもひっかけてみるか? 5段下まで届くお前唯一の攻撃手段だ!」


 観客席はたちどころに動揺し始めた――この状況で、クリームパンダに何ができるだろうか? 彼は拳銃を失ったばかりか、もはや一枚も手札を持っていない。思想者は黒の4を繰り返し使い続けて、いつか50段を下りきるだろう。それを止める術を、クリームパンダは持っているのか? ……あるいは嘘の「数字カード」の宣言によって、思想者より先にゴールすればいいかもしれない。しかし、クリームパンダの宣言する「数字カード」は、すべて嘘であることが明らかだ。どうにかしてたどり着いたとしても、そこで『駄段々』をされてしまえば、一転、即座に敗北のペナルティを食らうことになる。ルールに則れば、これは{{傍点|文章=詰み}}だ。
 観客席はたちどころに動揺し始めた――この状況で、クリームパンダに何ができるだろうか? 彼は拳銃を失い、思想者を殺せなくなったばかりか、このゲーム自体に勝利することさえ不可能になったのではないか? 思想者は黒の4を二回とも使い終わったし、「革命」を起こせるカードも持っていないから、嘘の「数字カード」を宣言して階段を下っていくしかなく、これはクリームパンダにとっても同じことだ。しかし、最も下の段にたどり着いた後、ゴールをするために嘘の宣言をしてしまうと、相手に「駄段々」を行われて即座に敗北のペナルティを食らうことになるのは目に見えている。ルールに則れば、ゲームはここで完全な膠着状態に陥るだろう。


「ビャハハハハ! ビャーッハッハッハッハ!」
「ビャハハハハ! ビャーッハッハッハッハ!」


 クリームパンダは、ひきつった、歪んだ笑顔で、大笑いを始めた。
 クリームパンダは、ひきつった、歪んだ笑顔で、大笑いを始めた。彼は、あの{{傍点|文章=ありえない赤の9}}――明らかな思想者の何らかの不正行為の証拠――に、一時は癇癪を起こし、彼をそのまま殺そうとしたが、それより{{傍点|文章=もっとありえない状況}}に置かれたことで、何か新しいステージに移行していた。それは、勝負師としての恍惚だった。もっとも、彼は勝負を放棄したわけではない。
 
「お前、元は{{傍点|文章=先帝}}直下の『<ruby>恐怖の男<rt>ホラーマン</rt></ruby>』だったりするのか? 拳銃を突きつけたのに殺せなかったなんて初めてだよ」
 
「いいや、むしろそいつらに追われる側だったさ。なんならそういう意味で、こんな風に追い詰められるのは日常茶飯事だった。階段を一段隔てたくらいのほぼゼロ距離にも等しい距離では、拳銃は撃つよりむしろ投げつける方が速い。もっとも、お前が俺に渡してきた拳銃は、たぶん最初の一発以外撃てないように加工されてただろうがな」
 
「ビャハハハハ、やっぱりばれてたか」
 
 すると、クリームパンダは観客席に向き直った。
 
「市民たち、どうだい? 俺様は今、銃も手札も失くしちまったよ。『駄段々』のルールの中では、こいつを殺すことは絶対にできないだろう。俺様はもちろん動けないし、思想者が俺様に殺されるためにわざわざ近づいてきてくれるなんてことはありえない。でも、ルールは死んでも守らないといけないよな。だから、こいつを殺してサーカスをちゃんと成し遂げるためには、一度このゲームを終わらせる必要がある――それも、俺様の勝利によって終わらせる必要がある。もしもこのゲームに負けてしまったら、俺様は不名誉なサーカス執行者としてこいつの言う通り国に殺され、見せしめにされてしまうだろう。サーカスは{{傍点|文章=政策}}だからな。当然だ。……おっと、ちょっと喋りすぎたか。しかし、どうする? このままだと、俺様はゴールの前でこの思想者と延々嘘の宣言の譲りあいをすることになってしまう。こんな状況で、一体どうすれば勝利を掴めるのか……。
 
 喜べ。俺様には一つ、{{傍点|文章=驚くべき打開策}}がある!」
 
 そう言うと、彼はステージの脇にはけていた例のスーツの助手に合図を出した。それを見た助手は、近くにある白いドアを開け、中に設置された巨大な分電盤を操作し始める。助手がレバーを下ろすと、何やら機械の駆動音らしきものが聞こえ始めた。
 
 ――思想者の男は、足元がぐらつく感じを覚えた。しかしそれは、地震でもなければ立ち眩みでもない。エスカレーターが、ついに動き始めたのだ。
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