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「いいや、やつの理性を買いかぶりすぎだろう! 俺は{{傍点|文章=二ターン}}に賭ける!」 | 「いいや、やつの理性を買いかぶりすぎだろう! 俺は{{傍点|文章=二ターン}}に賭ける!」 | ||
サーカスでは、こういう形の多くの見世物と同じように、もちろん客席の賭け事も盛んだ。ただし、このショッピングモールに限っては、賭けの対象は{{傍点|文章=勝者がどちらか}}ではなく、{{傍点|文章=この日捧げられた思想者が何ターン目で殺されるか}}だった。――このショッピングモールの支配人にして、そこで開催されるサーカスの執行人をも勤める男は、もとは悪名を馳せたギャンブラーだった。チャイニーズマフィアの下っ端として地下闘技場に現れた彼は、時に獰猛に、またある時には狡猾にふるまい、並み居る胡乱なやり手たちを退けて無敗の王座を手に入れたのだ。現役を引退した後も、彼の激しい{{傍点|文章=たち}} | サーカスでは、こういう形の多くの見世物と同じように、もちろん客席の賭け事も盛んだ。ただし、このショッピングモールに限っては、賭けの対象は{{傍点|文章=勝者がどちらか}}ではなく、{{傍点|文章=この日捧げられた思想者が何ターン目で殺されるか}}だった。――このショッピングモールの支配人にして、そこで開催されるサーカスの執行人をも勤める男は、もとは悪名を馳せたギャンブラーだった。チャイニーズマフィアの下っ端として地下闘技場に現れた彼は、時に獰猛に、またある時には狡猾にふるまい、並み居る胡乱なやり手たちを退けて無敗の王座を手に入れたのだ。現役を引退した後も、彼の激しい{{傍点|文章=たち}}は変わらなかった。サーカスショーの中で癇癪を起こし、たった数ターンのうちに思想者を殺してしまうこともざらにあった。その中華系のルーツと、熊のように肥えた巨躯、全身に入った黒のまだら模様の刺青、そしてその驚くべき勝負強さによって、彼はこう呼ばれるに至った――「<ruby>"大勝ち"のパンダ<rt>Panda the "Creamer"</rt></ruby>」。あるいはより親愛を込めて、「クリームパンダ」と。 | ||
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ルールを説明しよう。このゲームの勝利条件は、『階段を下りきること』! 簡単だろう? ただし、逆に階段を上りきってしまうと敗北になる。ただし、ゲーム開始時はそもそも階段を上りきった場所から始めるから例外だ。それで、段の移動はもちろん勝手にやっていいわけじゃない。ただの階段駆け下り競争になっちまうからな。ここでトランプを使うんだ。プレイヤーは、七枚のランダムなカードで構成された手札をゲーム開始時に受け取る。そして、各ターンにそれぞれ一回ずつ『数字カード』を使うことで階段を上り下りする。『駄段々』は、ターン制バトルなんだ。プレイヤーが移動したとき、ターンは即座に次のプレイヤーに移り変わる。だからもちろん、ターンを渡さないためだけの度を越した遅延行為は禁止されている。 | ルールを説明しよう。このゲームの勝利条件は、『階段を下りきること』! 簡単だろう? ただし、逆に階段を上りきってしまうと敗北になる。ただし、ゲーム開始時はそもそも階段を上りきった場所から始めるから例外だ。それで、段の移動はもちろん勝手にやっていいわけじゃない。ただの階段駆け下り競争になっちまうからな。ここでトランプを使うんだ。プレイヤーは、七枚のランダムなカードで構成された手札をゲーム開始時に受け取る。そして、各ターンにそれぞれ一回ずつ『数字カード』を使うことで階段を上り下りする。『駄段々』は、ターン制バトルなんだ。プレイヤーが移動したとき、ターンは即座に次のプレイヤーに移り変わる。だからもちろん、ターンを渡さないためだけの度を越した遅延行為は禁止されている。 | ||
『数字カード』は、<ruby>A<rt>エース</rt></ruby>から10の数札に<ruby>J<rt>ジャック</rt></ruby> | 『数字カード』は、<ruby>A<rt>エース</rt></ruby>から10の数札に<ruby>J<rt>ジャック</rt></ruby>を加えたものだ。プレイヤーは宣言した『数字カード』にある数字の分だけ移動できるが、そのカードの効果は一枚につき一度しか使うことができない。ああ、もちろんJは11に相当するぜ。ここで気をつけないといけないのは、それが黒のカード、つまりスペードかクラブのカードなら階段を下る方向に移動し、逆に赤のカード、つまりハートかダイヤのカードなら階段を上る方向に移動するってところだ。ややこしいだろう? ちなみに、ゲーム開始時に赤のカードを使うことはできない。当然だが、上がる段がないからな」 | ||
そう言うと、クリームパンダは懐からカードをいくつか取り出し、動きを実演してみせた。ハートの3なら3段上昇、クラブのAなら1段下降。次に彼が観客に見せびらかしたのは―― | そう言うと、クリームパンダは懐からカードをいくつか取り出し、動きを実演してみせた。ハートの3なら3段上昇、クラブのAなら1段下降。次に彼が観客に見せびらかしたのは―― | ||
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瞬間、まるで火がついたように、観客席からブーイングの大合唱が飛ぶ。もちろんクリームパンダはこんな{{傍点|文章=不適切}}なことを賛美しているわけではないし、観客も彼のことを本心から批判しているわけではない。これはクリームパンダお馴染みのブラックジョークであり、いわばお約束なのだ。彼は何かカードゲームを持ってくるとき、いつも「革命」の要素が入ったものを選んできては、露悪的にそれを見せつける。――これが暗に「思想監督」の一端を担っているのは、言うまでもないことだ。 | 瞬間、まるで火がついたように、観客席からブーイングの大合唱が飛ぶ。もちろんクリームパンダはこんな{{傍点|文章=不適切}}なことを賛美しているわけではないし、観客も彼のことを本心から批判しているわけではない。これはクリームパンダお馴染みのブラックジョークであり、いわばお約束なのだ。彼は何かカードゲームを持ってくるとき、いつも「革命」の要素が入ったものを選んできては、露悪的にそれを見せつける。――これが暗に「思想監督」の一端を担っているのは、言うまでもないことだ。 | ||
「ビャッハッハ、すまんすまん、でもルールブックに書いてあるんだから仕方ない。さて、『革命』が発生したとき、起こることはシンプルだが、とても厄介だ。{{傍点|文章=勝利条件と敗北条件が入れ替わる}} | 「ビャッハッハ、すまんすまん、でもルールブックに書いてあるんだから仕方ない。さて、『革命』が発生したとき、起こることはシンプルだが、とても厄介だ。{{傍点|文章=勝利条件と敗北条件が入れ替わる}}のさ! 一度『革命』が起きた後は、今まで通り下に進んでいくことはできない。もし階段を下りきってしまったら、それは勝利じゃなく、敗北になってしまうからな。勝利するためには、今度は上を目指さないといけないんだ。もちろん、『革命』は何度でも起こせるから、さらに『革命』をし返すことで条件を元に戻すこともできる。いよいよ本格的にややこしくなってきたかな。ただし、『革命』を発生させたとき、強制的にターンは終了する。だから、『数字カード』による移動と『革命』は、一ターンの間に両方行うことができないんだ。これは、例えば最初の一ターン目でちょっと階段を下りた後、二ターン目に『革命』を使ったうえで赤のカードで上昇してゲーム終了、というような面白くない試合を禁止するために定められている。 | ||
で、今度はJKの説明だ。まあ、さすがは道化と言ったところか、こいつの効果は奇妙でな。このカードはまず、自分のターンじゃなくてもお構いなしに発動できる。さらに、こいつを使うと、{{傍点|文章=自分の手札を相手に公開しなければならない}} | で、今度はJKの説明だ。まあ、さすがは道化と言ったところか、こいつの効果は奇妙でな。このカードはまず、自分のターンじゃなくてもお構いなしに発動できる。さらに、こいつを使うと、{{傍点|文章=自分の手札を相手に公開しなければならない}}んだ。これを代償に相手にでかい損害を与えられるとかでもなく、ただただ自分の手札を相手に見せるというだけのカード。意味が分からないだろう? まったくだ。だが、『駄段々』にはこいつを活かすルールが一つある。それは、『相手のプレイヤーが自分がいる段の真下の段にいるとき、相手に自分のカードの効果を押し付けることができる』というルールだ。ここでいう『効果』には『数字カード』による階段の移動も含まれるから、このルールは、基本的には自分のターンに、自分が移動する代わりに相手を不利な方向に強制的に移動させるというやり方で使われる。そして、これはもちろんJKの効果にも適用されるから、もし相手の一段上の場所を取ることができたら、今度は逆にJKを相手に使うことでいつでも『相手の手札を強制的に自分に公開させる』ことができるようになるんだ。JKはこうやって使うのさ。素晴らしいだろう? なお、QとKの効果は、常にプレイヤーに対してではなく勝利・敗北条件に発動するから、一段上うんぬんはこいつらには関係ないぜ」 | ||
ここでクリームパンダは、懐に入っていたカードをすべて引っ張り出した。先ほどの三枚のカードを含む七枚のカードを舐め回すように見た後、あからさまな演技の困り顔をして、出しぬけにこう言った。 | ここでクリームパンダは、懐に入っていたカードをすべて引っ張り出した。先ほどの三枚のカードを含む七枚のカードを舐め回すように見た後、あからさまな演技の困り顔をして、出しぬけにこう言った。 | ||
「んー? おいおい待て待て、俺様が持っているカードは、さっきの赤の3と黒のA、Kの他に、赤のAが二枚、赤の2、それに黒の2。この七枚だ。参ったな、数字の小さいカードばっかりだ。『数字カード』の効果は一枚につき一回だから、これじゃあゴールにたどり着くことができないじゃないか。このゲーム、結局手札の運だけが勝敗を決めるんじゃないのか? | |||
……こういう疑問はもっともだ。しかし、『駄段々』の本性はここからなんだ。覚えてるか? 『特殊カードを使用するとき、そのカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の遠くにぶん投げないといけない』というルールがある。なのに、『数字カード』を使用するときには、別にそんなことをする必要はないよな。実は、これにはちゃんと理由があるんだよ。{{傍点|文章=『数字カード』を使うとき、ちゃんと嘘をつけるようにするため}}さ! そう、『数字カード』を使うときには、嘘をついてもいいんだ。このゲームの基本は、ゴールにたどり着くまでに嘘の数字を張りまくるというところにある。 | ……こういう疑問はもっともだ。しかし、『駄段々』の本性はここからなんだ。覚えてるか? 『特殊カードを使用するとき、そのカードの絵を明確に相手に見せた上で、階段の遠くにぶん投げないといけない』というルールがある。なのに、『数字カード』を使用するときには、別にそんなことをする必要はないよな。実は、これにはちゃんと理由があるんだよ。{{傍点|文章=『数字カード』を使うとき、ちゃんと嘘をつけるようにするため}}さ! そう、『数字カード』を使うときには、嘘をついてもいいんだ。このゲームの基本は、ゴールにたどり着くまでに嘘の数字を張りまくるというところにある。 | ||
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この瞬間、会場の誰もが、今回のサーカスは『0ターン』に賭けた者の勝利に終わると思ったが、当のクリームパンダは腹を叩いて大笑いしていた。どうやら今日の支配人は機嫌がいいらしい。 | この瞬間、会場の誰もが、今回のサーカスは『0ターン』に賭けた者の勝利に終わると思ったが、当のクリームパンダは腹を叩いて大笑いしていた。どうやら今日の支配人は機嫌がいいらしい。 | ||
「ワーオ! なるほど、さすがは生き残り。なかなか図太いやつだ。しかし、そのへらへらした態度もいつまでもつかなあ?」 | |||
クリームパンダは観客席の方に振り返って、にやりと笑う。 | クリームパンダは観客席の方に振り返って、にやりと笑う。 | ||
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スキップしながら階段を3段下った後、クリームパンダは突然ズボンのポケットから二丁の銃を取り出し、真下の男をじっと見てこう言った。 | スキップしながら階段を3段下った後、クリームパンダは突然ズボンのポケットから二丁の銃を取り出し、真下の男をじっと見てこう言った。 | ||
「なあ、思想者よ、取引をしないか? 『プレイヤーどうしで取引をしてはならない』なんてルールもないし、別にいいだろう。……そう、そのルールが問題なんだ。俺様は銃を二丁持っているから、『駄段々』のルールのせいで階段を自由に動けないにもかかわらず、遠距離からお前を殺すことができる。だがお前は手ぶらだ。俺様を殺すには心もとない。……これじゃあ不公平だよな? 不公平なのは良くない。だから取引をしよう。なあに、簡単な取引さ! もしお前の手札にQかKがあるのなら、それをすべて俺様によこしてくれ。お前のような思想者が『革命』を起こせるカードを持つなんて、危なっかしいったらありゃしないからな。そうしたら、俺様は代わりにこの二丁の拳銃のうち一丁をお前にやる。それに、カードの数が減ってしまうのも不公平だから、お前が俺様に渡したカードと同じ枚数、俺様もお前にカードを渡す。どうだ? もちろん、銃は本物だ」 | |||
そう言って、クリームパンダは二丁の銃を真上に向け、引き金を引いた。撃鉄の鋭い金属音と空気の振動が、観客席を沸かす。 | そう言って、クリームパンダは二丁の銃を真上に向け、引き金を引いた。撃鉄の鋭い金属音と空気の振動が、観客席を沸かす。 | ||
113行目: | 113行目: | ||
クリームパンダは、観客席にJKを見せびらかした上で、エスカレーターの下方向にそのカードを投げ飛ばした。真下のプレイヤーにカードの効果を押し付けるルールによって、男の手札を開示するのだ。このとき、観客の誰もがこう思っていた――「1ターン」に賭けた者の勝利だ! | クリームパンダは、観客席にJKを見せびらかした上で、エスカレーターの下方向にそのカードを投げ飛ばした。真下のプレイヤーにカードの効果を押し付けるルールによって、男の手札を開示するのだ。このとき、観客の誰もがこう思っていた――「1ターン」に賭けた者の勝利だ! | ||
――なぜこの「賭け駄段々」が、勝者がどちらかについての賭けをしないのか。その答えは単純で、{{傍点|文章=これは出来レースだから}}だ。この「駄段々」のゲームの展開は、すべてクリームパンダに仕組まれている。そもそも、「指や歯を手札にしたばば抜き」だとか、そういうほとんど残虐な刑に違わないようなサーカスが各地で行われている中で、このクリームパンダの「賭け駄段々」だけがただの「殺されるかもしれないゲーム」だなんていう{{傍点|文章=うまい話}}はないに決まっている。これはゲームの形を借りた単なる殺人ショーなのだ。これを可能にするのが、{{傍点|文章=手札の操作}} | ――なぜこの「賭け駄段々」が、勝者がどちらかについての賭けをしないのか。その答えは単純で、{{傍点|文章=これは出来レースだから}}だ。この「駄段々」のゲームの展開は、すべてクリームパンダに仕組まれている。そもそも、「指や歯を手札にしたばば抜き」だとか、そういうほとんど残虐な刑に違わないようなサーカスが各地で行われている中で、このクリームパンダの「賭け駄段々」だけがただの「殺されるかもしれないゲーム」だなんていう{{傍点|文章=うまい話}}はないに決まっている。これはゲームの形を借りた単なる殺人ショーなのだ。これを可能にするのが、{{傍点|文章=手札の操作}}であった。クリームパンダに配られる手札、そして思想者に配られるカードは、事前に決められたものだったのだ。 | ||
確かに、これは『駄段々』のルールに明確に違反していた。しかし、警官はこれを黙認する。国家元首がパンダにさえルール違反を許さないのは、「思想者を処刑する者は絶対的な正義に基づいている」ということをアピールするためであったからだ。彼女は、サーカスの観客の中に不正な手段で露悪的に苦しめられる思想者を見て同情してしまう者が現れることを恐れた。――その割には他のサーカスの華々しいスプラッタショーを認めているので、元首の倫理観がただひたすらに狂っているだけという話に落ち着くのだが。ともかく、手札の操作はゲーム開始以前に隠れて行われるルール違反である。実際、観客たちはうすうすそれに気づき始めていたが、それは客席に大々的に披露されるものではなかった。このために、手札の操作はルール違反といえども特別に許され、こんな風に決められていた――クリームパンダの手札は「Qが三枚、JK、黒の3、赤の10、赤の9」、そして思想者の手札は「Kが二枚、黒の4が二枚、赤のJが二枚、赤の10が一枚」だ。これによって作られる最初の見せ場が、この「取引」だった。 | |||
思想者の手札の中の{{傍点|文章=使える}}「数字カード」は、実質的に二枚の黒の4だけだ。赤のJや10は、思想者がどの段にいようとも――ゲーム開始時はもとより、黒の4を使ったときの4段目、二枚目の黒の4を使ったときの8段目では、階段を上りきるという敗北条件を満たしてしまうから――使えない。だから、思想者は一ターン目も、必ず黒の4を使う。そこに、黒の3を使ったクリームパンダがやって来て、「取引」を持ちかけるのだ。ちなみに、クリームパンダの手札の赤の10と9は、この取引でKと交換するカードとして用意されている。なぜこの組み合わせなのかといえば、先程の赤のJや10と同様、「使えないから」に決まっている。さて、パンダの実銃にも怖気づかず、このゲームにひょっとすると勝てるかもしれないと思っている傲慢な思想者は、この取引を持ち掛けられたとき、それを断るか、あるいは二枚のKのうち一枚だけを渡す。もし残ったKで「革命」を起こせたら、例の赤のJや10を使って、ひといきにこのゲームに勝利できるかもしれないからだ。無論、クリームパンダは思想者の「革命」すべてを打ち消せる分のQを持っているからそんなことは起こりえないし、そもそもこういう無礼を働いた時点で、思想者はJKによってその{{傍点|文章=分かりきった手札}}を公開され、殺される。……今起ころうとしていることは、まさにそのパターンだった。 | 思想者の手札の中の{{傍点|文章=使える}}「数字カード」は、実質的に二枚の黒の4だけだ。赤のJや10は、思想者がどの段にいようとも――ゲーム開始時はもとより、黒の4を使ったときの4段目、二枚目の黒の4を使ったときの8段目では、階段を上りきるという敗北条件を満たしてしまうから――使えない。だから、思想者は一ターン目も、必ず黒の4を使う。そこに、黒の3を使ったクリームパンダがやって来て、「取引」を持ちかけるのだ。ちなみに、クリームパンダの手札の赤の10と9は、この取引でKと交換するカードとして用意されている。なぜこの組み合わせなのかといえば、先程の赤のJや10と同様、「使えないから」に決まっている。さて、パンダの実銃にも怖気づかず、このゲームにひょっとすると勝てるかもしれないと思っている傲慢な思想者は、この取引を持ち掛けられたとき、それを断るか、あるいは二枚のKのうち一枚だけを渡す。もし残ったKで「革命」を起こせたら、例の赤のJや10を使って、ひといきにこのゲームに勝利できるかもしれないからだ。無論、クリームパンダは思想者の「革命」すべてを打ち消せる分のQを持っているからそんなことは起こりえないし、そもそもこういう無礼を働いた時点で、思想者はJKによってその{{傍点|文章=分かりきった手札}}を公開され、殺される。……今起ころうとしていることは、まさにそのパターンだった。 | ||
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「ビャハハハハ! ビャーッハッハッハッハ!」 | 「ビャハハハハ! ビャーッハッハッハッハ!」 | ||
クリームパンダは、ひきつった、歪んだ笑顔で、大笑いを始めた。彼は、あの{{傍点|文章=ありえない赤の9}}――明らかな思想者の何らかの不正行為の証拠――に、一時は癇癪を起こし、彼をそのまま殺そうとしたが、それより{{傍点|文章=もっとありえない状況}} | クリームパンダは、ひきつった、歪んだ笑顔で、大笑いを始めた。彼は、あの{{傍点|文章=ありえない赤の9}}――明らかな思想者の何らかの不正行為の証拠――に、一時は癇癪を起こし、彼をそのまま殺そうとしたが、それより{{傍点|文章=もっとありえない状況}}に置かれたことで、何か新しいステージに移行していた。それは、勝負師としての恍惚だった。実際のところ、パンダは命の危機に置かれていた。彼は国によってサーカスを{{傍点|文章=させられている}}立場だ。正当な方法で、思想者を貶め、否定し、その無様な姿を地方の{{傍点|文章=奴隷たち}}に見せつけてやらないといけない。ここにおいて、もし執行者のはたらきが「正当な方法」でなければ観客席の警官に殺されてしまうというのが、例の「ルール違反」のペナルティだ。しかし今、彼は逆に、思想者の思い通りに動かされていた。これは、「ルール違反」よりもきわめて執行者にとって{{傍点|文章=よろしくない}}ことだ。このままだと、彼は確実に殺される。そして、その{{傍点|文章=スリル}}に、彼は病的に興奮していた。 | ||
「お前、元は{{傍点|文章=先帝}}直下の『<ruby>恐怖の男<rt>ホラーマン</rt></ruby>』だったりするのか? 拳銃を突きつけたのに殺せなかったなんて初めてだよ」 | 「お前、元は{{傍点|文章=先帝}}直下の『<ruby>恐怖の男<rt>ホラーマン</rt></ruby>』だったりするのか? 拳銃を突きつけたのに殺せなかったなんて初めてだよ」 | ||
「いいや、むしろそいつらに追われる側だったさ。なんならそういう意味で、こんな風に追い詰められるのは日常茶飯事だった。階段を一段隔てたくらいのほぼゼロ距離にも等しい距離では、人間の脳みその都合上、拳銃は撃つよりむしろ投げつける方が速い。もっとも、お前が俺に渡してきた拳銃は、たぶん最初の一発以外撃てないように加工されてただろうがな」 | |||
「ビャハハハハ、やっぱりばれてたか」 | 「ビャハハハハ、やっぱりばれてたか」 | ||
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すると、クリームパンダは観客席に向き直った。 | すると、クリームパンダは観客席に向き直った。 | ||
「市民たち、どうだい? 俺様は今、銃も手札も失くしちまったよ。『駄段々』のルールの中では、こいつを殺すことは絶対にできないだろう。俺様はもちろん動けないし、思想者が俺様に殺されるためにわざわざ近づいてきてくれるなんてことはありえない。でも、ルールは死んでも守らないといけないよな。癇癪を起こしてルールを破れば、こいつの言う通り俺様は殺されるだろう。だから、こいつを殺してサーカスをちゃんと成し遂げるためには、一度このゲームを終わらせる必要がある――それも、俺様の勝利によって終わらせる必要がある。もしもこのゲームが膠着状態に陥り、こいつの思惑通り身動きが取れなくなってしまうようなことがあっても、恥さらしの俺様は不名誉なサーカス執行者として国に殺され、見せしめにされてしまうだろう。サーカスは{{傍点|文章=政策}}だからな。当然だ。……おっと、ちょっと喋りすぎたか。しかし、どうする? このままだと、俺様はゴールの前でこの思想者と延々嘘の宣言の譲りあいをすることになってしまう。こんな状況で、一体どうすれば勝利を掴めるのか……。 | |||
喜べ。俺様には一つ、{{傍点|文章=驚くべき打開策}}がある!」 | 喜べ。俺様には一つ、{{傍点|文章=驚くべき打開策}}がある!」 | ||
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思想者はそもそも、手札が渡された時点で、このゲームが仕組まれていることをほとんど確信していたし、当然ながら、エスカレーターはどこかのタイミングで動くだろうとも思っていた。この自分の動きを操作するようなカードの組み合わせに加え、その後パンダが{{傍点|文章=都合よく}}一段上に来て、{{傍点|文章=都合よく}}二枚もKを持っている自らにあの「取引」を仕掛けてきたことで、彼は「仕組まれたゲーム」の考えが十中八九正しいだろうとして、さらにこう考えた――ここに来た他の思想者も、自分と同じ手札を渡され、自分がこれから辿る展開と同じ展開を辿っただろう。とすると、この血の付いた3・4段目では、何らかの戦闘行為が発生する可能性が高い。だから、その{{傍点|文章=戦闘に乗じてクリームパンダの手札を失わせ}}、さらに{{傍点|文章=Kを赤の9と交換してここに立てかけておく}}のには、絶好の機会だ! | 思想者はそもそも、手札が渡された時点で、このゲームが仕組まれていることをほとんど確信していたし、当然ながら、エスカレーターはどこかのタイミングで動くだろうとも思っていた。この自分の動きを操作するようなカードの組み合わせに加え、その後パンダが{{傍点|文章=都合よく}}一段上に来て、{{傍点|文章=都合よく}}二枚もKを持っている自らにあの「取引」を仕掛けてきたことで、彼は「仕組まれたゲーム」の考えが十中八九正しいだろうとして、さらにこう考えた――ここに来た他の思想者も、自分と同じ手札を渡され、自分がこれから辿る展開と同じ展開を辿っただろう。とすると、この血の付いた3・4段目では、何らかの戦闘行為が発生する可能性が高い。だから、その{{傍点|文章=戦闘に乗じてクリームパンダの手札を失わせ}}、さらに{{傍点|文章=Kを赤の9と交換してここに立てかけておく}}のには、絶好の機会だ! | ||
彼は、恣意的なエスカレーターの作動・停止によってあのような状態に追い込まれるゲームのパターン、そしてその解決策である「傍に『革命』のカードを隠しておくこと」を最初から思いついていた。クリームパンダが説明した「駄段々」のルールには、「捨てられたカードは拾ってもいい」とこそあったが、「{{傍点|文章=カードを勝手に捨ててはならない}}」などというものは存在しなかった。だから、こうしてKをステップの隅に捨てておき、その時が来たタイミングで再び取得することは、完全に{{傍点|文章=適法}} | 彼は、恣意的なエスカレーターの作動・停止によってあのような状態に追い込まれるゲームのパターン、そしてその解決策である「傍に『革命』のカードを隠しておくこと」を最初から思いついていた。クリームパンダが説明した「駄段々」のルールには、「捨てられたカードは拾ってもいい」とこそあったが、「{{傍点|文章=カードを勝手に捨ててはならない}}」などというものは存在しなかった。だから、こうしてKをステップの隅に捨てておき、その時が来たタイミングで再び取得することは、完全に{{傍点|文章=適法}}の行いだったのだ。赤の9は実際手に入れなくても大した支障はなかったが、カードが一枚失くなっているという状況で下手に粗をつかれるよりは、むしろ最初から手札にあったのは二枚目のKではなく赤の9だという風に見せておくことで、クリームパンダに「自分が不正に操作したはずの相手の手札が不正に改竄されている」という馬鹿馬鹿しい主張以外の何も言えないようにさせるという意味があった。 | ||
実際、このゲームを仕組んでいたのは、最終的には思想者の方だったと言っていい。彼は、この「解決策」を用いるために、「革命」を隠しておく場所から逆に考えて、クリームパンダをこの3段目のステップに立ち往生させることにした。それは、足元に立てかけた「革命」が見つかるのを防ぐためでもあったし、そもそも「革命」のカードは、「駄段々」を成功させて自身と位置を交換してくるプレイヤーがステップを移動せずとも手が届く距離になければならなかったからだ。無論、そうでなければ、位置交換後の自身が「革命」を取得できないだろう。――そして、相手を立ち往生させるための最も手っ取り早い方法は、すべての手札を失わせることだった。 | |||
――思想者がこのゲームの流れを{{傍点|文章=採用}}したのは、実際、クリームパンダに吠え面をかかせてやろうという気持ちも無くはなかったが、それよりもむしろ{{傍点|文章=より安全な脱出経路}}のためだった。 | ――思想者がこのゲームの流れを{{傍点|文章=採用}}したのは、実際、クリームパンダに吠え面をかかせてやろうという気持ちも無くはなかったが、それよりもむしろ{{傍点|文章=より安全な脱出経路}}のためだった。 |
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