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「忘れてたんだ。お前の映画になんて興味がないからな! そもそも『部』室とか映研『部』とか言ったって、祐介のそれは映画研究『同好会』じゃないか」
「忘れてたんだ。お前の映画になんて興味がないからな! そもそも『部』室とか映研『部』とか言ったって、祐介のそれは映画研究『同好会』じゃないか」
もうおわかりだろうが祐介は大の映画好きで、将来の夢は小さな頃から映画監督であった。そして今彼は、彼一人しか在籍していない『映画研究同好会』で、せっせと映画作りに励んでいるのである。
もうおわかりだろうが祐介は大の映画好きで、将来の夢は小さな頃から映画監督であった。そして今彼は、彼一人しか在籍していない『映画研究同好会』で、せっせと映画作りに励んでいるのである。
「それは違う。俺が部を作る時に登録した名前は、『映画研究部同好会』だ。つまり、映研部と呼んでも何の差し支えもない」
「それは違う。俺が部を作る時に登録した名前は、『映画研究部同好会』だ。つまり、映研部と呼んでもなんの差し支えもない」
もとい、『映画研究部同好会』らしい。めんどくさい奴だ。
もとい、『映画研究部同好会』らしい。めんどくさい奴だ。
「そんなことは関係ない! そもそも僕はそんな部活入ってないし、お前のお願いを聞くなんて一言も……」
「そんなことは関係ない! そもそも僕はそんな部活入ってないし、お前のお願いを聞くなんて一言も……」
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僕はニヤリと笑って言う。皮肉である。
僕はニヤリと笑って言う。皮肉である。
「ああ。少し頑張った」
「ああ。少し頑張った」
祐介はニコリともせず言った。大方、先生に何度も頼み込んだ、というところだろう。自分の好きな事には全力を出せる、しかし興味ない事には全く動かない。その点において僕らは似たもの同士なのかもしれない。
祐介はニコリともせず言った。大方、先生に何度も頼み込んだ、というところだろう。自分の好きなことには全力を出せる、しかし興味ないことには全く動かない。その点において僕らは似たもの同士なのかもしれない。
「昨日も言ったが、俺たちはこれからミステリ映画を作る。そういうことで光太。お前を呼んだんだが、まずお前に聞きたいことがある」
「昨日も言ったが、俺たちはこれからミステリ映画を作る。そういうことで光太。お前を呼んだんだが、まずお前に聞きたいことがある」
棚の奥から電気ポットと茶葉、そしてティーポットを取り出した祐介は、優雅な手つきで紅茶を淹れはじめた。どこに隠してんだよ。
棚の奥から電気ポットと茶葉、そしてティーポットを取り出した祐介は、優雅な手つきで紅茶を淹れはじめた。どこに隠してんだよ。
僕はパイプ椅子に腰掛けて答える。
僕はパイプ椅子に腰掛けて答える。
「聞きたいことって何だよ」
「聞きたいことってなんだよ」
「聞きたいこと、それは……」
「聞きたいこと、それは……」
祐介はいやに勿体ぶって言葉を溜める。そしてどこからか出してきたカップ二つに紅茶を注ぎ、僕の前に置いた。いちいち仕草が癪に触るんだよな。
祐介はいやに勿体ぶって言葉を溜める。そしてどこからか出してきたカップ二つに紅茶を注ぎ、僕の前に置いた。いちいち仕草が癪に触るんだよな。
「……ミステリって、何だ?」
「……ミステリって、なんだ?」
祐介の凄まじいワイルドピッチに、僕は紅茶のひと口目を噴き出しそうになる。
祐介の凄まじいワイルドピッチに、僕は紅茶のひと口目を噴き出しそうになる。
そっからかよ! そう叫びたくなるのをグッと堪える。
そっからかよ! そう叫びたくなるのをグッと堪える。
「そっからかよ!」
「そっからかよ!」
おっと堪えきれなかった。叫ぶと気管に水が入ってしまって、咳き込んでしまった。僕は涙目で馬鹿を見上げる。祐介はこういう所がある。頭は良いらしいが、時々驚異的なくらい間抜けだ。
おっと堪えきれなかった。叫ぶと気管に水が入ってしまって、咳き込んでしまった。僕は涙目で馬鹿を見上げる。祐介はこういうところがある。頭は良いらしいが、時々驚異的なくらい間抜けだ。
「全く知らないわけじゃない。光太の話を聞いてみたいんだよ」
「全く知らないわけじゃない。光太の話を聞いてみたいんだよ」
どれだけこいつと過ごしてきたことか。こいつは本当に知らないな。なぜ知らないものをやろうと思ったのか。そこらの密室なんかより百倍謎である。
どれだけこいつと過ごしてきたことか。こいつは本当に知らないな。なぜ知らないものをやろうと思ったのか。そこらの密室なんかより百倍謎である。
一瞬荷物を背負ってそのまま帰りたいという欲求に駆られたが、そんな事をしては今後何が起きるかわからない。溜息を吐いて、覚悟を決める。ここは一肌脱いで、講釈してやるしかないのか……。
一瞬荷物を背負ってそのまま帰りたいという欲求に駆られたが、そんなことをしては今後何が起きるかわからない。溜息を吐いて、覚悟を決める。ここは一肌脱いで、講釈してやるしかないのか……。
僕は席を立ってホワイトボードの前に立った。祐介は向かい側の椅子に座った。
僕は席を立ってホワイトボードの前に立った。祐介は向かい側の椅子に座った。
「まず、『ミステリ』の意味は知ってるか?」
「まず、『ミステリ』の意味は知ってるか?」
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「祐介がやりたいのは映画だろう? なら、この本格ミステリがいいよ。なぜかというと、他のミステリは比較的映像化の敷居が高いから。サスペンス小説やスパイ小説ならギリギリ行けるかもしれないけど、警察小説なんかはまず無理だろ」
「祐介がやりたいのは映画だろう? なら、この本格ミステリがいいよ。なぜかというと、他のミステリは比較的映像化の敷居が高いから。サスペンス小説やスパイ小説ならギリギリ行けるかもしれないけど、警察小説なんかはまず無理だろ」
「本格ミステリは映像にしやすいのか」
「本格ミステリは映像にしやすいのか」
「まあ、僕が言ったことをまとめるとそうだけど、厳密には結構違う。本格ミステリって言う言葉はあまりに広義的で曖昧なものなんだ。普通に考えるとこんな感じの面子に並べるのはちょっと違う気もしてくるんだけど……。まあいいか。簡単に言うと、本格ミステリはその中に沢山の種類があるから、一概には言えない。しかし、そのぶんやり易そうなものもあるってことさ。僕が映像化しやすいジャンルとして真っ先に思いつくのは『暗号解読』とか『日常の謎』とかかな。どちらも、製作の上でどうしてもネックとなる演出――例えばリアリティが必要な人の死体とか、より専門的で高度な知識が必要な場面とか――を回避しやすいと思う」
「まあ、僕が言ったことをまとめるとそうだけど、厳密には結構違う。本格ミステリって言う言葉はあまりに広義的で曖昧なものなんだ。普通に考えるとこんな感じの面子に並べるのはちょっと違う気もしてくるんだけど……。まあいいか。簡単に言うと、本格ミステリはその中に沢山の種類があるから、一概には言えない。しかし、そのぶんやりやすそうなものもあるってことさ。僕が映像化しやすいジャンルとして真っ先に思いつくのは『暗号解読』とか『日常の謎』とかかな。どちらも、製作の上でどうしてもネックとなる演出――例えばリアリティが必要な人の死体とか、より専門的で高度な知識が必要な場面とか――を回避しやすいと思う」
「それはいいな。ところで、『日常の謎』ってなんだ?」
「それはいいな。ところで、『日常の謎』ってなんだ?」
「『日常の謎』って言うものは、文字通り日常に潜む謎に迫ったミステリー作品の事だ。現実に起こり得るかもしれない身近な謎が多いから、物語に入り込みやすいことも特徴だよ。これは僕たち学生でも作りやすい。一つ例を挙げるとするならこんなのはどうだろう。『喫茶店で、三人の若い女性がサービスで置いてある砂糖を大量に競い合うように入れる不可解な行動をしている』」
「『日常の謎』っていうものは、文字通り日常に潜む謎に迫ったミステリー作品のことだ。現実に起こり得るかもしれない身近な謎が多いから、物語に入り込みやすいことも特徴だよ。これは僕たち学生でも作りやすい。一つ例を挙げるとするならこんなのはどうだろう。『喫茶店で、三人の若い女性がサービスで置いてある砂糖を大量に競い合うように入れる不可解な行動をしている』」
祐介は目を閉じ、時間をかけて考えた後、優雅に降参のポーズを取って
祐介は目を閉じ、時間をかけて考えた後、優雅に降参のポーズを取って
「それだけじゃ情報が少なすぎる。もっと詳しく教えてくれ」
「それだけじゃ情報が少なすぎる。もっと詳しく教えてくれ」
などと言う。
などと言う。
「これは北村薫作『空飛ぶ馬』の中の『砂糖合戦』という話だ。是非読んでみて欲しい。きっと参考になるはずさ。でも、僕の口からは語れない。自分で読むからこそ感じられるものがあるからね。その機会を奪うつもりはないさ」
「これは北村薫作『空飛ぶ馬』の中の『砂糖合戦』という話だ。是非読んでみてほしい。きっと参考になるはずさ。でも、僕の口からは語れない。自分で読むからこそ感じられるものがあるからね。その機会を奪うつもりはないさ」
祐介の顔が少し歪む。これから僕が言う事がなんとなくわかってきたのだろう。僕は迷わず続けた。
祐介の顔が少し歪む。これから僕が言うことがなんとなくわかってきたのだろう。僕は迷わず続けた。
「総括しよう。僕が映画化するとして一番推すのは『日常の謎』だ。でも祐介なら、もしかしたら『暗号解読』でも面白いものが作れそうだ。工夫したら他のものも作れると思うから、まず僕がおすすめするのは自分でミステリに触れることだ」
「総括しよう。僕が映画化するとして一番推すのは『日常の謎』だ。でも祐介なら、もしかしたら『暗号解読』でも面白いものが作れそうだ。工夫したら他のものも作れると思うから、まず僕がおすすめするのは自分でミステリに触れることだ」
僕は最後にホワイトボードに大きく『ミステリに触れること』と書いた。
僕は最後にホワイトボードに大きく『ミステリに触れること』と書いた。
101行目: 101行目:
と聞き慣れた声が聞こえた。聞き慣れてはいるが学校では殆ど聞かない声だ。それが今聞こえたということは……まずい。ガラリと扉が開いた。
と聞き慣れた声が聞こえた。聞き慣れてはいるが学校では殆ど聞かない声だ。それが今聞こえたということは……まずい。ガラリと扉が開いた。
「あー、えっと、喧嘩中?」
「あー、えっと、喧嘩中?」
これは……まためんどくさい事になりそうだ。
これは……まためんどくさいことになりそうだ。
   
   
幼馴染み
幼馴染み
115行目: 115行目:
「ところでコータ。私ちょっと今日気になることがあって……」
「ところでコータ。私ちょっと今日気になることがあって……」
またこれである。実は瞳と僕は家が隣同士で、何か話したいことがあればいつでも帰れば話せるはずなのだ。しかし、それでも学校にいる間に瞳が僕を訪ねてくるということは、何か気になる『謎』を見つけてしまったからに違いない。
またこれである。実は瞳と僕は家が隣同士で、何か話したいことがあればいつでも帰れば話せるはずなのだ。しかし、それでも学校にいる間に瞳が僕を訪ねてくるということは、何か気になる『謎』を見つけてしまったからに違いない。
小学生の頃、瞳のふとした疑問を解いてあげてから、謎を発見すると僕に聞きに来るというルーティンがすっかりでき上がってしまっていたのだ。困るんだよ、下手に期待されるの。今までは何とか運で解決できてはいたものの、今回もそうなるとは限らない
小学生の頃、瞳のふとした疑問を解いてあげてから、謎を発見すると僕に聞きに来るというルーティンがすっかりでき上がってしまっていたのだ。困るんだよ、下手に期待されるの。今まではなんとか運で解決できてはいたものの、今回もそうなるとは限らない
「ところで、部活はどうしたんだよ」
「ところで、部活はどうしたんだよ」
僕は話の腰を折って、どうにか有耶無耶にできないか、苦し紛れに質問をしてみる。
僕は話の腰を折って、どうにか有耶無耶にできないか、苦し紛れに質問をしてみる。
122行目: 122行目:
「いつもは部活に来る由紀がね、今日はなんか態度がおかしくて、ちょっと体調悪いのかわからないけど、もう帰っちゃったんだ」
「いつもは部活に来る由紀がね、今日はなんか態度がおかしくて、ちょっと体調悪いのかわからないけど、もう帰っちゃったんだ」
ふむ。瞳はいつも通りよくわからない。
ふむ。瞳はいつも通りよくわからない。
「そんな事、由紀さんの友達に聞いてみればいいんじゃないの?」
「そんなこと、由紀さんの友達に聞いてみればいいんじゃないの?」
「由紀はそんなに友達作るタイプじゃなくて、一番の親友は私なのよ」
「由紀はそんなに友達作るタイプじゃなくて、一番の親友は私なのよ」
胸をそらせて誇らしげに言う彼女を、僕はとりあえずパイプ椅子に座らせた。
胸をそらせて誇らしげに言う彼女を、僕はとりあえずパイプ椅子に座らせた。
138行目: 138行目:
彼女はそのハイスペックさと厳格な性格、そして何よりその髪色からだろうか、数年前に流行った児童向け映画に出てくる氷の女王の名前が冠され、嫉妬と尊敬の入り混じった視線を向けられている。
彼女はそのハイスペックさと厳格な性格、そして何よりその髪色からだろうか、数年前に流行った児童向け映画に出てくる氷の女王の名前が冠され、嫉妬と尊敬の入り混じった視線を向けられている。
「それで、由紀さんがどうかしたの?」
「それで、由紀さんがどうかしたの?」
僕はひとまず瞳に聞いてみる事にした。どうやら瞳はよっぽど興味津々なようで、一気に話しはじめる。
僕はひとまず瞳に聞いてみることにした。どうやら瞳はよっぽど興味津々なようで、一気に話しはじめる。
「由紀はね、とっても真面目で努力家なの。だからいつもは部活に誰よりも早く来て練習をしてるんだ。でも今日はなんだか朝から様子がおかしかった」
「由紀はね、とっても真面目で努力家なの。だからいつもは部活に誰よりも早く来て練習をしてるんだ。でも今日はなんだか朝から様子がおかしかった」
祐介がどこからかカップをもう一つ取り出し、紅茶を淹れ、瞳の前に置いた。
祐介がどこからかカップをもう一つ取り出し、紅茶を淹れ、瞳の前に置いた。
148行目: 148行目:
その間、僕は思案した。瞳は、気になり出すと解決するまで止まらない猪突猛進タイプだ。納得のいく回答をしない限り離してくれないだろう。これがまた面倒臭いのだ。もし万が一そうなれば、今日の読書は諦めるより他ない。だからどうにか納得してくれるような仮説を考え出すしかない。だが、この情報の量ではどうしても足りない……。
その間、僕は思案した。瞳は、気になり出すと解決するまで止まらない猪突猛進タイプだ。納得のいく回答をしない限り離してくれないだろう。これがまた面倒臭いのだ。もし万が一そうなれば、今日の読書は諦めるより他ない。だからどうにか納得してくれるような仮説を考え出すしかない。だが、この情報の量ではどうしても足りない……。
「なあ、瞳。他に何か気になることはなかった?」
「なあ、瞳。他に何か気になることはなかった?」
彼女はいつのまにか、祐介が出したバームクーヘンを口いっぱいに頬張っていた。何とか飲み込んで答えた。
彼女はいつのまにか、祐介が出したバームクーヘンを口いっぱいに頬張っていた。なんとか飲み込んで答えた。
「いや、気になることはなかったよ」
「いや、気になることはなかったよ」
これは伝わってないな。言い方を変えてみよう。
これは伝わってないな。言い方を変えてみよう。
「じゃあ、今日起きた事をはじめから全部説明してくれない?」
「じゃあ、今日起きたことをはじめから全部説明してくれない?」
「わかった……」
「わかった……」
瞳と話す時には工夫が大事である。
瞳と話す時には工夫が大事である。
「今日はいつも通り朝練のために登校した。その時にはもう由紀はいたと思う」
「今日はいつも通り朝練のために登校した。その時にはもう由紀はいたと思う」
「ああ、由紀さんは朝練してたのか。それは何時頃?」
「ああ、由紀さんは朝練してたのか。それは何時頃?」
「確か……七時ちょうどくらい。由紀はもう来てて、一人で壁打ちしてた。偉いよね。家も部内で一番遠いはずなのにいつも一番乗りなの。……それから五分くらいしたら先輩も全員集まったらから、いつも通り練習をはじめた。そして朝練を終えて八時に教室に行ったわ。おかしな事は何もなかった。ちょっと由紀はソワソワしてたけど、大会前だし緊張してたからみんなそんな感じだったかも……。そっから普通に授業を受けた。あ、そういえば……」
「確か……七時ちょうどくらい。由紀はもう来てて、一人で壁打ちしてた。偉いよね。家も部内で一番遠いはずなのにいつも一番乗りなの。……それから五分くらいしたら先輩も全員集まったらから、いつも通り練習をはじめた。そして朝練を終えて八時に教室に行ったわ。おかしなことは何もなかった。ちょっと由紀はソワソワしてたけど、大会前だし緊張してたからみんなそんな感じだったかも……。そっから普通に授業を受けた。あ、そういえば……」
彼女は何か思い出したようだ。
彼女は何か思い出したようだ。
「……そういえば、由紀、昼休みに西棟に生徒会活動しに行ったよ。確か……」
「……そういえば、由紀、昼休みに西棟に生徒会活動しに行ったよ。確か……」
163行目: 163行目:
ほうほう。なかなか難解になってきたぞ。関係があるかどうかはわからないけど、置いといて続きを聞くか。
ほうほう。なかなか難解になってきたぞ。関係があるかどうかはわからないけど、置いといて続きを聞くか。
「それからはまた、普通に午後の授業を受けて、帰りの会が終わった。そしたらね、その瞬間に私の前に来て、『ごめん。今日は部活行けない』ってだけ言って、走って教室を出ていっちゃった」
「それからはまた、普通に午後の授業を受けて、帰りの会が終わった。そしたらね、その瞬間に私の前に来て、『ごめん。今日は部活行けない』ってだけ言って、走って教室を出ていっちゃった」
「出ていったと言ったけど、由紀さんが帰った事はしっかり確認したの?」
「出ていったと言ったけど、由紀さんが帰ったことはしっかり確認したの?」
「うん。窓から校門に走って帰ってく由紀を見たの」
「うん。窓から校門に走って帰ってく由紀を見たの」
「じゃあ、どこに行ったかわかる?」
「じゃあ、どこに行ったかわかる?」
176行目: 176行目:
「わ、私はいいのよ。よくサボるし。今は由紀が来ないのが心配なの」
「わ、私はいいのよ。よくサボるし。今は由紀が来ないのが心配なの」
そう言って瞳は顔を赤くする。僕はそのまま作業を続ける。
そう言って瞳は顔を赤くする。僕はそのまま作業を続ける。
「今回の謎は『いつもなら人一倍努力家の由紀さんが部活をサボって帰ってしまった。その理由は?』だな。そして今まで確認できたおかしな事は昼休みに生徒会活動へ行き、帰ってきた時にジャージに着替えていた事、これだけだ」
「今回の謎は『いつもなら人一倍努力家の由紀さんが部活をサボって帰ってしまった。その理由は?』だな。そして今まで確認できたおかしなことは昼休みに生徒会活動へ行き、帰ってきた時にジャージに着替えていたこと、これだけだ」
閉邦高校では朝練は許可されているが、昼練は許可されていない。生徒会活動でまさか運動するとは考えられないが、どんな作業をしたのだろう。制服をジャージに着替える理由として考えられるのはどんなものがあるだろう。
閉邦高校では朝練は許可されているが、昼練は許可されていない。生徒会活動でまさか運動するとは考えられないが、どんな作業をしたのだろう。制服をジャージに着替える理由として考えられるのはどんなものがあるだろう。
あ、そういえば。
あ、そういえば。
183行目: 183行目:
「ああ、青崎の話か。実は今日、俺は青崎とする生徒会活動が昼休みにあったんだが……」
「ああ、青崎の話か。実は今日、俺は青崎とする生徒会活動が昼休みにあったんだが……」
全く予期していなかった答えに僕は驚愕した。そういやこいつも生徒会だったっけか。
全く予期していなかった答えに僕は驚愕した。そういやこいつも生徒会だったっけか。
「おい、何でそんな事を黙っていたんだよ。すっごく大事な事じゃないか」
「おい、なんでそんなことを黙っていたんだよ。すっごく大事なことじゃないか」
「聞かれなかったから」
「聞かれなかったから」
「さいですか」
「さいですか」
190行目: 190行目:
「青崎は俺とクラスが一緒だからな、普通なら二人で西棟に行けば良かったんだが。俺は職員棟に用があったからそこに寄ってから西棟の生徒会室へ向かったんだ。そこで昼休みに会計の仕事をするはずだった」
「青崎は俺とクラスが一緒だからな、普通なら二人で西棟に行けば良かったんだが。俺は職員棟に用があったからそこに寄ってから西棟の生徒会室へ向かったんだ。そこで昼休みに会計の仕事をするはずだった」
「はず? やらなかったのか?」
「はず? やらなかったのか?」
「ああ、そうだ。実はこの作業、会計係の俺と青崎、二人でやる仕事だったんだ。しかし、青崎が来なくてね。結局一人でやる事になったから、終わらせる事ができなかった」
「ああ、そうだ。実はこの作業、会計係の俺と青崎、二人でやる仕事だったんだ。しかし、青崎が来なくてね。結局一人でやることになったから、終わらせることができなかった」
「そうか。そのあと教室に戻ったあと、由紀さんは様子はどうだった?」
「そうか。そのあと教室に戻ったあと、由紀さんは様子はどうだった?」
「別に、何も」
「別に、何も」
232行目: 232行目:
『ローファー』
『ローファー』
『やっぱりそうか。じゃあ、家庭科室に向かってくれ。きっと由紀さんはそこにいる。そして、多分、これは多分だけど、彼女は瞳の助けを必要としていると思うんだ。』
『やっぱりそうか。じゃあ、家庭科室に向かってくれ。きっと由紀さんはそこにいる。そして、多分、これは多分だけど、彼女は瞳の助けを必要としていると思うんだ。』
私にも少しずつ事の全貌が掴めてきた。私はコータの賢さに笑い、そして由紀の可愛さにも笑った。
私にも少しずつことの全貌が掴めてきた。私はコータの賢さに笑い、そして由紀の可愛さにも笑った。
『コータありがとう。由紀を助けてくるね!』
『コータありがとう。由紀を助けてくるね!』
コータはいつも頼りになる。私より先を見て、私を助けてくれるんだ。私は頬が紅潮するのを感じた。待って、今は由紀の一大事なのよ! 時計を見ると、五時二十分を過ぎたところだった。それと同時にスマホの通知音が鳴る。画面を見ると、コータから新しいメッセージが来ている。
コータはいつも頼りになる。私より先を見て、私を助けてくれるんだ。私は頬が紅潮するのを感じた。待って、今は由紀の一大事なのよ! 時計を見ると、五時二十分を過ぎたところだった。それと同時にスマホの通知音が鳴る。画面を見ると、コータから新しいメッセージが来ている。
249行目: 249行目:
   
   
瞳を送り出した後、僕はミステリ映画の大まかな方向性について祐介と議論した。祐介はまるで瞳がここを訪れたことは忘れてしまったかのように、熱心に映画について話している。スマホを確認すると、瞳に最後に送ったメッセージには返信こそないが、しっかりと既読がついている。これならもう心配することはないだろう。あとは瞳が上手くやってくれているはずだ。
瞳を送り出した後、僕はミステリ映画の大まかな方向性について祐介と議論した。祐介はまるで瞳がここを訪れたことは忘れてしまったかのように、熱心に映画について話している。スマホを確認すると、瞳に最後に送ったメッセージには返信こそないが、しっかりと既読がついている。これならもう心配することはないだろう。あとは瞳が上手くやってくれているはずだ。
その議論によって、最終的に今回の映画では『暗号解読』をメインテーマとして扱う事になった。僕は議論の流れから、『頭を使うのが好きな祐介のことだ、面白いものを作ってくるだろう』などと安易に考えていたが、どうやら祐介は脚本を書き、その根幹となる謎の作成は僕の担当らしい。やれやれ、また一つ仕事が増えてしまった。しかし、有吾さんのためだ。頑張ろう……。
その議論によって、最終的に今回の映画では『暗号解読』をメインテーマとして扱うことになった。僕は議論の流れから、『頭を使うのが好きな祐介のことだ、面白いものを作ってくるだろう』などと安易に考えていたが、どうやら祐介は脚本を書き、その根幹となる謎の作成は僕の担当らしい。やれやれ、また一つ仕事が増えてしまった。しかし、有吾さんのためだ。頑張ろう……。
六時二十分を回った頃に、僕らは部室を後にした。職員棟に鍵を返却し、校門へ向かう。上手くいっていたのなら、きっと校門に二人が居るはずだ。しかし、校庭には彼女たちの姿は見当たらなかった。
六時二十分を回った頃に、僕らは部室を後にした。職員棟に鍵を返却し、校門へ向かう。上手くいっていたのなら、きっと校門に二人が居るはずだ。しかし、校庭には彼女たちの姿は見当たらなかった。
間に合わなかったのかな……。そう思いながら僕と祐介がちょうど校門を潜り、外へ出ようとした時だった。
間に合わなかったのかな……。そう思いながら僕と祐介がちょうど校門を潜り、外へ出ようとした時だった。
287行目: 287行目:
「ねえ、どうしてあの時点で全部わかったの?」
「ねえ、どうしてあの時点で全部わかったの?」
通学路。粉のような雪が降りしきる中、真っ白な息を吐きながら瞳が聞いてくる。僕は少し考えてから答えた。
通学路。粉のような雪が降りしきる中、真っ白な息を吐きながら瞳が聞いてくる。僕は少し考えてから答えた。
「瞳の話と祐介の話、それぞれ聞いて整理すると、まず最初に、由紀さんと祐介と二人きりの状況が生まれるはずだったことがわかる。そこでまず『バレンタインチョコをあげる』という可能性を考えたんだ。そして、西棟へ行くまでのに何らかの事件があって、生徒会活動ができなくなったんだ、って思ったんだ。他にもたくさん考えつく事はあるけど、情報がなかったから検証のしようがなかった。それに、バレンタインデーに特別二人きりという状況において、そう考えるのが妥当だと思ったからね。でも、その時は上手に仮説を立てることができなかった。由紀さんが生徒会室に行かなかったという事実と、ジャージ着替えていたという事実、それぞれにしっかりとした整合性を持った仮説が考えつかなかったんだ。でもそれは、僕が由紀さんの人柄について誤解していたからだったんだよ。瞳が由紀さんの人物像を教えて、僕の視野が狭窄してしまっていたのを気づかせてくれたおかげでこの謎は解決したんだ。由紀さんを瞳から聞いたような人であると考えることで、中庭を通って西棟に行くまでの間に転倒し、そのうえチョコを壊して制服を汚してしまった、という仮説を思いつくことができたんだ。それによって昼休みにジャージに着替えて生徒会活動を休み、そして放課後部活を休んで学校を出ていってしまったことにそれぞれ納得のいく説明ができる」
「瞳の話と祐介の話、それぞれ聞いて整理すると、まず最初に、由紀さんと祐介と二人きりの状況が生まれるはずだったことがわかる。そこでまず『バレンタインチョコをあげる』という可能性を考えたんだ。そして、西棟へ行くまでのになんらかの事件があって、生徒会活動ができなくなったんだ、って思ったんだ。他にもたくさん考えつくことはあるけど、情報がなかったから検証のしようがなかった。それに、バレンタインデーに特別二人きりという状況において、そう考えるのが妥当だと思ったからね。でも、その時は上手に仮説を立てることができなかった。由紀さんが生徒会室に行かなかったという事実と、ジャージ着替えていたという事実、それぞれにしっかりとした整合性を持った仮説が考えつかなかったんだ。でもそれは、僕が由紀さんの人柄について誤解していたからだったんだよ。瞳が由紀さんの人物像を教えて、僕の視野が狭窄してしまっていたのを気づかせてくれたおかげでこの謎は解決したんだ。由紀さんを瞳から聞いたような人であると考えることで、中庭を通って西棟に行くまでの間に転倒し、そのうえチョコを壊して制服を汚してしまった、という仮説を思いつくことができたんだ。それによって昼休みにジャージに着替えて生徒会活動を休み、そして放課後部活を休んで学校を出ていってしまったことにそれぞれ納得のいく説明ができる」
「でも、なぜ転んじゃった事がわかったの? そんなのわからないんじゃない?」
「でも、なぜ転んじゃったことがわかったの? そんなのわからないんじゃない?」
「まあ、確かにそう言いきることはできないかもね。でも制服を全身ジャージに着替えるなんて全身が濡れてしまう事くらいしか考えつかないし、それに昼頃まで……」
「まあ、確かにそう言いきることはできないかもね。でも制服を全身ジャージに着替えるなんて全身が濡れてしまうことくらいしか考えつかないし、それに昼頃まで……」
あっと瞳が声を上げる。
あっと瞳が声を上げる。
「……確か昼頃まで中庭には雪が残ってたわ」
「……確か昼頃まで中庭には雪が残ってたわ」
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