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帰りの会が終わって、教室は開け放たれた鳥籠みたい。みんな友達と連れ立って、部活だったり近くのお店だったり、勢いよく飛び出していく。そんな人たちに混ざって独りで靴箱へ行くのはなんとなく気がひけて、私はのろのろと鞄に教科書を詰めていた。 | 帰りの会が終わって、教室は開け放たれた鳥籠みたい。みんな友達と連れ立って、部活だったり近くのお店だったり、勢いよく飛び出していく。そんな人たちに混ざって独りで靴箱へ行くのはなんとなく気がひけて、私はのろのろと鞄に教科書を詰めていた。 | ||
<br>「ミッキー」 | <br>「ミッキー」 | ||
<br> | <br> 私の名前は幹江だけれど、そんなふうに呼ばれることはめったにないから、自分のことだと気づくのに少しかかった。横を見ると、優しい笑い顔と目が合う。 | ||
<br>「小橋川さん」 | <br>「小橋川さん」 | ||
<br>「和佳って呼んで」 | <br>「和佳って呼んで」 | ||
<br> | <br> 小橋川さん……和佳さんは、まぶしいほどに明るく言う。目がぱっちりしていて、後ろで結った髪は毎朝時間をかけているのだろう。背がちょっと高すぎる私とは違って、いい意味で女の子らしい。 | ||
<br>「……いいの? 部活とか、いかなくて」 | <br>「……いいの? 部活とか、いかなくて」 | ||
<br> | <br>「うん。今日はピアノのレッスンがあるから、ダンスはお休み」 | ||
<br> 教室には力関係が確かに存在する。和佳さんは間違いなく、そのピラミッドのてっぺんの近くにいる。明るくみんなと付き合って、男子ともよく冗談を言い合っている。たぶん、たくさんの友達と一緒に、噛みそうな名前のドリンクと一緒に自撮りをしているタイプ。 | <br> 教室には力関係が確かに存在する。和佳さんは間違いなく、そのピラミッドのてっぺんの近くにいる。明るくみんなと付き合って、男子ともよく冗談を言い合っている。たぶん、たくさんの友達と一緒に、噛みそうな名前のドリンクと一緒に自撮りをしているタイプ。 | ||
<br> | <br> そんな和佳さんが私に話しかけてきたことに、私は驚きと緊張を覚えていた。ピラミッドなら私は最下層の石だ。固くて無骨で孤独。 | ||
<br>「ミッキーこそ大丈夫? 急いでない?」 | |||
<br>「うん」 | |||
<br> きっとそのつもりはないのだけれど、皮肉に聞こえる。部活も習い事もしてない私に、ついでに言うなら友達と遊びに行くようなこともない私に、急ぐ予定なんて歯医者の予約くらいしかない。 | |||
<br>「そう。加奈子ちゃんとよく一緒に帰ってるみたいだけど……」 | |||
<br> 教室を見回して和佳さんは言う。加奈子ちゃんは、私が和佳さんに話しかけられたのを見て、もう帰ってしまった。確かに私は加奈子ちゃんとよく行動を共にしているけれど、それは仲がいいのとはちょっと違う。クラスのみんながどんどんグループを作っていくなかで、余った二人が自然に集まっただけ。私も加奈子ちゃんも、お互いのことを利用している節がある。友達に見える人がいないと、周りにみじめに思われるから。それだけだから、どちらかの都合が合わなければ、一緒に下校しないことに特に断りもしない。 | |||
<br>「ううん、いいの。約束してたわけじゃないし」 | |||
<br> 少し言い訳がましく聞こえてしまっただろうか。和佳さんはまだ少し気がかりそうだったが、私も気が気ではない。和佳さんは私に何の用があるのだろう。まさか、かつあげではないと思うんだけど。 | |||
<br>「それで、どうしたの?」 | |||
<br>「あっ、えっとね……」 | |||
<br> 和佳さんはあたりをちょっと見回すと、少し声をひそめた。 | |||
<br>「国語の時間。大丈夫だった?」 | |||
<br> かあっと顔に血がのぼるのを感じる。やっぱり目立っていたのだろう。今まで、目立たずに生活してきたのに、中学生も終わりに近いところで、こんな失敗をしてしまうなんて。 | |||
<br>「うん、ごめん……」 | |||
<br>「ああ、別に私が気にしてるとかじゃないんだよ? 全然。誰でもあるよ、ああいうこと。自分の番になると頭が真っ白になっちゃうんだよね」 | |||
<br> はきはき発表する和佳さんしか私は見たことがないし、私の失敗の原因も少し違うけれど、反論はしない。 | |||
<br>「じゃあ、どうして?」 | |||
<br>「あのね、コージたちのこと」 | |||
<br> 浩司は、たしか、栗原くんの下の名前。あのときの笑い声が頭をよぎる。和佳さんは苦々しく顔を歪めた。 | |||
<br>「聞こえてたでしょ? あいつら、こう言っちゃあれだけど、男子の笑いって程度が低いから、あんまり周りのこと考えられてないのよ。ごめんね?」 | |||
<br> まるで自分のせいであるかのように、和佳さんは謝る。 | |||
<br>「ううん、全然……」 | |||
<br>「ごめんね、あいつらには私から言っておくから」 |
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