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――その思考が凍結した一瞬、俺は何か、バイブレーションのようなものと、「声」を聞いた気がした。振り向くと、そこには黄色いパパイヤがいて、俺はなぜか、そいつが悪魔のような笑みを浮かべていると思った。そして、「声」をもろに聞いてしまったんだ。それは、何百人もの子供が集まって、全く同じ周期で、一斉に鋭い笑い声を上げているような、とにかく徐々に大きくなって、俺の耳から脳みその中に入ろうとしてくる――まるで、そう、昆虫のような体つきで耳をこじ開けようとしてくる、狂った響きだった。そのまま意識を失いそうになったところで、やってきた仲間の一人がとっさに俺の耳のすぐそばで拳銃をぶっ放してくれて、なんとか助かったんだ。聴力を一時的に喪失した俺は、そのまま情けない声を上げて、階段を落っこちるようにその場を逃げ出した。今でもあのパパイヤの汚い黄色が脳裏にこびりついて取れないよ。</blockquote> | ――その思考が凍結した一瞬、俺は何か、バイブレーションのようなものと、「声」を聞いた気がした。振り向くと、そこには黄色いパパイヤがいて、俺はなぜか、そいつが悪魔のような笑みを浮かべていると思った。そして、「声」をもろに聞いてしまったんだ。それは、何百人もの子供が集まって、全く同じ周期で、一斉に鋭い笑い声を上げているような、とにかく徐々に大きくなって、俺の耳から脳みその中に入ろうとしてくる――まるで、そう、昆虫のような体つきで耳をこじ開けようとしてくる、狂った響きだった。そのまま意識を失いそうになったところで、やってきた仲間の一人がとっさに俺の耳のすぐそばで拳銃をぶっ放してくれて、なんとか助かったんだ。聴力を一時的に喪失した俺は、そのまま情けない声を上げて、階段を落っこちるようにその場を逃げ出した。今でもあのパパイヤの汚い黄色が脳裏にこびりついて取れないよ。</blockquote> | ||
「死の声」は大きな脅威であったが、振動によって這って動くパパイヤは、機動力に弱点を抱えていた。MIMCは光学迷彩装甲を改造し、即席の「ノイズキャンセリングスーツ」とエネルギー放射機銃P- | 「死の声」は大きな脅威であったが、振動によって這って動くパパイヤは、機動力に弱点を抱えていた。MIMCは光学迷彩装甲を改造し、即席の「ノイズキャンセリングスーツ」とエネルギー放射機銃P-72を装備して、物量によってパパイヤを退避に転じさせ、防音室であるレクリエーション室に閉じ込めることに成功した。マルマジカ=ディアスの証言によれば、このときパパイヤはすでに獲得的な「進化」を遂げつつあり、振動による動きはバッタのように俊敏なものになっていたという。かくして窮地に陥ったパパイヤだったが、このレクリエーション室で彼は偶然にも、最大の協力者を手に入れることとなる。MIMCの「精神感応活性化実験」「透視・精神念写<ref>実際にイメージを紙上に出現させる「念写」とは異なり、イメージを人の意識に出現させるものである。</ref>活性化実験」など、ほとんどすべての実験に対して「第一級適合者」となったMIMCの最高傑作、'''メリンダ=シャンドリエ'''である。早くから安楽死を法的に認めていたオランダ王国の中で、彼女はありふれた安楽死希望者だった。彼女を特別にしたのは、その顕著な薬剤耐性である。医師による致死薬の投与を{{傍点|文章=耐え抜いてしまった}}後、彼女は戸籍上死亡していることを形だけの根拠にして人権の保持を否定され、秘密裏に計82種類の致死毒を投与するプロジェクトの被検体となった。この3年の試用期間を経て、高い程度の不死性が証明された彼女の身柄は、MIMCに購入され、オランダ王立研究室を離れることととなる。後にメリンダはパパイヤとの出会いをこう述懐している。 | ||
<blockquote>彼はまさに、私の王子様でした。あのとき、得体の知れない薬品によって変調させられていた私の精神にとって、この世界は茶色いマッシュルームの群れのように見えていました……ああ、おぞましい。思い出したくもありません。しかし、そのくすんだ茶色で粉吹きの世界に、彼は金色の輝きをまとって現れたのです。私はテレパシーを使えましたから、彼に話しかけることができました。「王子様、ここから出して!」と。彼はちょっと驚いたようでしたが、すぐにこう言いました。「もちろんさ、プリンセス・エスパー。とはいえ僕もピンチだ。二人で協力しよう」 | <blockquote>彼はまさに、私の王子様でした。あのとき、得体の知れない薬品によって変調させられていた私の精神にとって、この世界は茶色いマッシュルームの群れのように見えていました……ああ、おぞましい。思い出したくもありません。しかし、そのくすんだ茶色で粉吹きの世界に、彼は金色の輝きをまとって現れたのです。私はテレパシーを使えましたから、彼に話しかけることができました。「王子様、ここから出して!」と。彼はちょっと驚いたようでしたが、すぐにこう言いました。「もちろんさ、プリンセス・エスパー。とはいえ僕もピンチだ。二人で協力しよう」 | ||
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===オランダ=パパイヤ連合王国の成立と対外侵略=== | ===オランダ=パパイヤ連合王国の成立と対外侵略=== | ||
拡張室から解放された者たちの中にメリンダほど芳しい成果を挙げている者はなかったが、パパイヤはある白髪の老人に注目していた。彼の名は'''ウィレム=リートフェルト'''、第15代オランダ王ウィレム7世の隠し子にあたる人物であった。リートフェルトの出生は奇特なものだった。彼は当時の皇太子アレキサンダーの双子の弟として生まれたが、皮肉にも、それはオランダ政府が人口問題に耐えかねて一人っ子政策を発した直後のことだった。リートフェルトの母である当時の王妃クラウディアが自室に残していた鍵付きの日記には、こう記されている。 | |||
<blockquote>われわれは勇壮なオランダ人だった。そのせいで、われわれは海を沈めて国をつくり、近世に植民地帝国を築きあげ、暗黒の時代と二度の世界大戦を経て再びヨーロッパの支配者となり、 | |||
==脚注== | |||
<references/> |
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