「利用者:Notorious/サンドボックス/ピカチュウプロジェクト」の版間の差分

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「ねえ小島さん、'''叙述トリック'''って知ってます?」
「ねえ小島さん、'''叙述トリック'''って知ってます?」
<br>「急になんだよタケ。まあ知ってるけどさ」
<br>「急になんだよタケ。まあ知ってるけどさ」
<br> 朝の6時15分、僕はいつもより少し早く目覚めてしまい、同じく起きていた小島さんにこの質問をぶつけたのだった。僕はしばらく前にトラブルを起こして大学を退学になり、今は男4人で同居している。ルームシェアだと思えばましだけど…誰が進んで野郎共と一つ屋根の下で住むものか。4人というのは、僕と小島さん、そして京極さんと三津田さん。皆僕より年上だ。あとの2人はまだぐっすり寝こけている。
<br> 秋の早朝6時15分、僕はいつもより少し早く目覚めてしまい、同じく起きていた小島さんにこの質問をぶつけたのだった。僕はしばらく前にトラブルを起こして大学を退学になり、今は男4人で同居している。ルームシェアだと思えばましだけど…誰が進んで野郎共と一つ屋根の下で住むものか。4人というのは、僕と小島さん、そして京極さんと三津田さん。皆僕より年上だ。あとの2人はまだぐっすり寝こけている。いささか肌寒い。
<br>「こないだ読んだ本にあって。ミステリーあたりはからっきしなんですよ」
<br>「こないだ読んだ本にあって。ミステリーあたりはからっきしなんですよ」
<br>「はっ、マジかよ」
<br>「はっ、マジかよ」
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<br>「わかったよ。丁度叙述トリックについての昔話があってな、聞かせてやるよ。ただし、手を動かしながらだ」
<br>「わかったよ。丁度叙述トリックについての昔話があってな、聞かせてやるよ。ただし、手を動かしながらだ」
<br> 見ると、三津田さんと京極さんがもぞもぞと起き出していた。いつも同じ時間に起きていると、アラームなぞ無くとも自然と目が覚めてしまうものだ。僕はため息を吐くと、布団を畳むために立ち上がった。
<br> 見ると、三津田さんと京極さんがもぞもぞと起き出していた。いつも同じ時間に起きていると、アラームなぞ無くとも自然と目が覚めてしまうものだ。僕はため息を吐くと、布団を畳むために立ち上がった。
<br>「あれは俺が小4の時だった」
<br>「あれは俺が小4になりたての4月の出来事だった。」
<br> そう言って小島さんは話し始めた。
<br> そう言って小島さんは話し始めた。


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<br>「作者が読者に?」
<br>「作者が読者に?」
<br>「そうだ。普通のトリックってのは、'''犯人が被害者やら探偵やらに仕掛けるもの'''だろう? ほら、例えば」
<br>「そうだ。普通のトリックってのは、'''犯人が被害者やら探偵やらに仕掛けるもの'''だろう? ほら、例えば」
<br> そこで兄さんは椅子から立ち上がった。俺はベッドに座ったまま黙って話を聞いていた。
<br> そこで椅子が軋む音が微かに聞こえた。兄さんは立ち上がったみたいだった。俺はベッドに座ったまま黙って話を聞いていた。
<br>「頭で想像しながら聞くんだぞ。ここには俺の部屋のドアがある。部屋の中に死体が転がってるわけだ。そして俺はこの部屋を密室にしようとする。そこで、俺は長い長い氷の棒を持ってくる。『どこから?』とかは考えなくていい。あくまで例なんだからな」
<br>「頭で想像しながら聞くんだぞ。ここには俺の部屋のドアがある。部屋の中に死体が転がってると思え。そして俺はこの部屋を密室にしようとする。そこで、俺は長い長い氷の棒を持ってくる。『どこから?』とかは考えなくていい。あくまで例なんだからな」
<br> まさにそう質問しようとしていた俺は慌てて口を噤んだ。兄さんは簡易トリックを実演し始めた。
<br> まさにそう質問しようとしていた俺は慌てて口を噤んだ。兄さんはエアーで簡易トリックを実演し始めたようだ。
<br>「そして片方の端をドアの向かいの壁につけ、もう片方の端は左手で持っておく。とりあえずこのギターを氷の棒と思って持っとこう。そうしたら…、よっと、ドアを俺が通り抜けられるくらい開けといて、右手は外側のドアノブを掴んどく。そして氷の棒のもう片端をドアにくっつけて立て掛け、手を放すと同時に素早く外へ出る!」
<br>「そして片方の端をドアの向かいの壁につけ、もう片方の端は左手で持っておく。とりあえずこのギターを氷の棒と思って持っとこう。そうしたら…、よっと、ドアを俺が通り抜けられるくらい開けといて、右手は外側のドアノブを掴んどく。そして氷の棒のもう片端をドアにくっつけて立て掛け、手を放すと同時に素早く外へ出る!」
<br> ゴトッとギターが倒れる音がした。
<br> ゴトッとギターが倒れる音がした。
<br>「こうすると、氷がつっかえ棒となって、密室ができるわけだ。あとは鍵が掛かっているように見せかけて、溶けるのを待ってドアを破り突入した瞬間鍵を閉めれば、密室の完成というわけだ!」
<br>「こうすると、氷がつっかえ棒となって、密室ができるわけだ。あとは鍵が掛かっているように見せかけて、溶けるのを待ってドアを破り突入した瞬間鍵を閉めれば、密室の完成というわけだ!」
<br> 正直後半はよく理解できなかったが、兄さんが見事に密室を作り上げたのがすごいと感嘆したよ。今思えば子供騙しのトリックだけどね。
<br> 正直後半はよく理解できなかったが、兄さんが見事に密室を作り上げたのがすごいと感嘆したよ。今思えば子供騙しのトリックだけどね。
<br>「どうだ憲、兄さんが何したかはわかったか?」
<br>「どうだケン、兄さんが何したかはわかったか?」
<br>「うん!」
<br>「うん!」
<br>「はは、そら良かった。さすが俺の弟だな。よし、あれ、ギターが引っかかって、ギリ通れない…くそ」
<br>「はは、そら良かった。さすが俺の弟だな。よし、あれ、ギターが引っかかって、ギリ通れない…くそ」
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<br>「まあ、理由は大きく分けて2つだろうな。
<br>「まあ、理由は大きく分けて2つだろうな。
<br> 1つは、'''ミステリの難易度を上げるため'''だ。ミステリには、犯人とかを当てる作者vs読者のバトルっていう一面があるんだ。どうしても勝ちたい作者が、こんなトリックを仕掛けるんだ。お前もさっき正解できなかっただろ? そういうことだ。
<br> 1つは、'''ミステリの難易度を上げるため'''だ。ミステリには、犯人とかを当てる作者vs読者のバトルっていう一面があるんだ。どうしても勝ちたい作者が、こんなトリックを仕掛けるんだ。お前もさっき正解できなかっただろ? そういうことだ。
<br> 2つ目は、'''読者を驚かせるため'''だ。さっき俺の話を聞いたお前は驚いたろ? 世の中には、驚くのが楽しいっていう変な人種がいるんだ。そいつらを喜ばせるために作者は叙述トリックを仕掛けるのさ。
<br> 2つ目は、'''読者を驚かせるため'''だ。さっき俺の話を聞いたお前は驚いたろ? 世の中には、驚かされるのが楽しいっていう変な人種がいるんだ。そいつらを喜ばせるために作者は叙述トリックを仕掛けるのさ。
<br> おっと、長く喋り過ぎたな。もう小学生は寝る時間だ。じゃあ、おやすみ」
<br> おっと、長く喋り過ぎたな。もう小学生は寝る時間だ。じゃあ、おやすみ」
<br> こうしてその日の会話は終わった。
<br> こうしてその日の会話は終わった。
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<br> そう言って小島さんは時計を指した。6時45分。僕は大きく溜め息をつくと、顔を洗いに洗面所へ向かった。
<br> そう言って小島さんは時計を指した。6時45分。僕は大きく溜め息をつくと、顔を洗いに洗面所へ向かった。
<br>「タケ君は溜め息ばかり吐いてるねえ」
<br>「タケ君は溜め息ばかり吐いてるねえ」
<br>「そんなんだと幸運も逃げていっちゃうよ」
<br>「そんなんだと幸運も逃げていくぜ」
<br>「そうだぞ。みっちゃん、ゴクさん、もっと言ってやれ!」
<br>「そうだぞ。みっちゃん、ゴクさん、もっと言ってやれ!」
<br> 3人のおじさんは揃って僕を子供扱いする。まあ30代の小島さんはともかく、京極さんと三津田さんは還暦が近い。年の差を考えれば当然なのかもしれない。でも、気分のいいことではないからやめてくれと言ってるんだが、本人たちは改善する気がないらしい。僕はまた溜め息を吐こうとして、慌てて口を閉じた。
<br> 3人のおじさんは揃って僕を子供扱いする。まあ30代の小島さんはともかく、京極さんと三津田さんは還暦が近い。年の差を考えれば当然なのかもしれない。でも、気分のいいことではないからやめてくれと言ってるんだが、本人たちは改善する気がないらしい。僕はまた溜め息を吐こうとして、慌てて口を閉じた。
68行目: 68行目:
==破==
==破==
 その次の日の晩、夕飯の時間になって、母親に言われて俺は2階にいる兄貴を呼びに行った。兄貴の部屋をノックしようとしたところで、急にドアが開き、俺は鼻をしたたかにぶつけた。兄貴は笑いながら「すまんすまん」と謝ったが、こっちは痛いのなんの。不貞腐れたよ。鼻の頭に絆創膏を貼らないといけなかった。
 その次の日の晩、夕飯の時間になって、母親に言われて俺は2階にいる兄貴を呼びに行った。兄貴の部屋をノックしようとしたところで、急にドアが開き、俺は鼻をしたたかにぶつけた。兄貴は笑いながら「すまんすまん」と謝ったが、こっちは痛いのなんの。不貞腐れたよ。鼻の頭に絆創膏を貼らないといけなかった。
<br>  ともかく夕飯になった。そのときは俺と兄貴、親父とお袋の4人暮らしだった。はは、今と同じだな。お袋は専業主婦、親父は市議会議員だった。親父はその日もいつも通り「政治を〜」と理想を語っていた。だから母親が、
<br>  ともかく夕飯になった。そのときは俺と兄貴、親父とお袋の4人暮らしだった。はは、今と同じだな。お袋は専業主婦、親父は市議会議員だった。何かと心労の絶えない時期を通り抜けた親父は、陽気に「政治は~、政治を~」と理想を語っていた。だから母親が、
<br>「せっかくトシちゃんが賞状貰ってきたのに、お父さんったら政治、政治ってそればっかり。少しは気にかけてやってくださいよ」
<br>「せっかくトシちゃんが賞状貰ってきたのに、お父さんったら政治、政治ってそればっかり。少しは気にかけてやってくださいよ」
<br>と嗜めた。だが親父は、
<br>と嗜めた。だが親父は、
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 昼飯食いながらでも話の続きを聞かせてもらおうと思ったが、小島さんは手早くリゾットをかきこむと、どこかに行ってしまった。京極さんはそれを見て、
 昼飯食いながらでも話の続きを聞かせてもらおうと思ったが、小島さんは手早くリゾットをかきこむと、どこかに行ってしまった。京極さんはそれを見て、
<br>「ありゃ女だな。女に逢いに行くのさ」
<br>「ケンのヤツ、ありゃ女じゃな。女に逢いに行くんじゃ」
<br>と顎をさすりながら言った。三津田さんも小指を立てて笑っている。まさかと思ったが、小島さんならあり得るかもしれない。
<br>と顎をさすりながら言った。三津田さんも小指を立てて笑っている。まさかと思ったが、小島さんならあり得るかもしれない。
<br>「彼女さん、小島さんに相当入れ込んでるんすね」
<br>「彼女さん、小島さんに相当入れ込んでるんすね」
123行目: 123行目:
<font face="Tahoma">
<font face="Tahoma">
==急==
==急==
 俺がプリンを諦めて源氏パイを食っていると、兄貴が2階の自室から降りてきた。そして兄貴は俺の顔を見るなり、笑い出したのさ。俺は少々ムッとして、
 俺がプリンを諦めて、ダイニングのお誕生席で源氏パイを食っていると、兄貴が2階の自室から降りてきた。そして兄貴は俺の顔を見るなり、笑い出したのさ。俺は少々ムッとして、
<br>「何が可笑しいのさ」
<br>「何が可笑しいのさ」
<br>と問うた。すると兄貴は、
<br>と問うた。すると兄貴は、
141行目: 141行目:
<br>「まあまあ落ち着けって。出題者が解説するのもなんかヤだから、ゴクさんとみっちゃんに任せてもいいかい?」
<br>「まあまあ落ち着けって。出題者が解説するのもなんかヤだから、ゴクさんとみっちゃんに任せてもいいかい?」
<br> 呼ばれた2人は顔を見合わせると、徐ろに拳を突き出した。
<br> 呼ばれた2人は顔を見合わせると、徐ろに拳を突き出した。
<br>「じゃんけんぽん!」
<br>「じゃんけんほい!」
<br> 勝者は三津田さん。頭を抱えて悔しがる京極さんを尻目に、得意そうに話し始めた。
<br> 勝者は三津田さん。頭を抱えて悔しがる京極さんを尻目に、得意そうに話し始めた。
<br>「タケくん、今までのケンくんの話には叙述トリックが仕掛けられていたんだ」
<br>「タケくん、今までのケンくんの話には叙述トリックが仕掛けられていたんだ」
152行目: 152行目:
<br> 京極さんはすごすごと退き下がった。小島さんは僕らの様子をニコニコと見守っている。一方の僕には疑問が生まれた。
<br> 京極さんはすごすごと退き下がった。小島さんは僕らの様子をニコニコと見守っている。一方の僕には疑問が生まれた。
<br>「でも、小島さんは4人家族だと言ってませんでした?」
<br>「でも、小島さんは4人家族だと言ってませんでした?」
<br> 三津田さんは見事足し算に正解した孫を見るような顔をした。
<br>「その通りだが、正確には『その時は』『4人暮らし』と言っただけだ。上の兄はもう一人暮らしを始めた頃だったんじゃあないかな。そう、この4月からだろう」
<br> そこで京極さんが口を挟んできた。
<br>「『何かと心労の絶えない時期』ってのは長兄の大学受験とかじゃろうな。それに、ダイニングにお誕生席があったのも、5人暮らしの名残じゃろう」
<br> なんでこの爺さんたちはそんなに細かいところまで覚えてるんだ。
<br>「ほお、それは気づかなんだ。だが、わしは次男の名が分かるぞ。多分『<ruby>政治<rt>せいじ</rt></ruby>』というんだろう、どうじゃ?」
<br>「ああ、その通りだ。ちなみに漢字もまんままつりごとだよ」
<br> 小島さんも2人の洞察力に苦笑いしている。
<br>「でも小島さんは亮二お兄さんと話してたじゃないですか」
<br>「ありゃ電話じゃろ」
<br> 京極さんはこともなげに言う。確かにその時代には携帯電話は既に普及し始めていただろうけれども。
<br>「それにしても2人とも、どうして気づいたんですか? 兄が2人いるって」
<br> 得意気に口を開こうとした京極さんを制し、三津田さんが説明し始めた。
<br>「ギターのトリックを思い出すんだ。あれは扉が内開きでないと成立しない。だが幼きケンくんが鼻に傷を負ったとき…」
<br>「ドアが外開きだった!」
<br> 僕は思わず叫んでしまった。小島さんは相変わらずニコニコしている。三津田さんは解説を続けた。
<br>「どちらも兄の『自室』と言っている。同じ部屋に2つ扉があるというのも考えにくい。だからそれぞれの部屋の主は違うのではないかと思ったわけだ」
<br>「そして『無駄な思考』ちゅうのは、もうこの家にいない上の兄を考えの範疇に入れていたこと。そうすれば答えは歴然、消去法で犯人が解るっちゅう塩梅じゃ」
<br> 僕は2人の注意深さと推理力に感嘆した。もちろん話を組み立て、叙述トリックをこれ以上ないくらい分かりやすく説明してくれた小島さんにも。どうやら僕はこの人たちを見くびっていたらしい。
<br>「皆さんすごいです! 感動しました!」
<br> 3人は照れたような顔をして笑った。その時、武骨な声が割って入った。
<br>「おい1813番、もう就寝時刻だぞ!」
<br> いつの間にか時計の針は9時を指していた。電灯が消え、僕らは慌てて布団に潜り込んだ。足音が遠ざかってから、僕は
<br>「まったく、[[Sisters:WikiWikiオンラインニュース#法学部生、詐欺罪で逮捕|山田たけし]]って名前で呼んでほしいものだよ」
<br>と呟いた。
<br> 府中刑務所の夜が更けていく。
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