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<br>「小島さんはこういうの好きだったでしょう? 教えてくださいよ」 | <br>「小島さんはこういうの好きだったでしょう? 教えてくださいよ」 | ||
<br>「わかったよ。丁度叙述トリックについての昔話があってな、聞かせてやるよ。ただし、手を動かしながらだ」 | <br>「わかったよ。丁度叙述トリックについての昔話があってな、聞かせてやるよ。ただし、手を動かしながらだ」 | ||
<br> | <br> 見ると、京極さんと三津田さんがもぞもぞと起き出していた。2人とももう、おじさんというよりおじいさんといった方がしっくりくる歳だ。京極さんは身長が低くて小太り、三津田さんは対照的にのっぽで痩せぎすな体型をしている。話し方も、三津田さんは二回りほど年下の僕にも丁寧語を使うが、京極さんはゴリゴリの関西弁で、対照的だ。いつも同じ時間に起きていると、アラームなぞ無くとも自然と目が覚めてしまうものだ。僕はため息を吐くと、布団を畳むために立ち上がった。 | ||
<br>「あれは俺が小4になりたての4月の出来事だった。」 | <br>「あれは俺が小4になりたての4月の出来事だった。」 | ||
<br> そう言って小島さんは話し始めた。 | <br> そう言って小島さんは話し始めた。 | ||
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<br> 午前10時、僕たちは作られた商品をひたすら箱に詰める作業をしていた。コンベアーに乗った石鹸を片っ端から紙の箱に入れ、蓋を閉じる。ロボットでもできるだろと思うが、嘆いても詮方ない。単純作業ここに極まれりだ。まったく、暇で暇でしょうがない。 | <br> 午前10時、僕たちは作られた商品をひたすら箱に詰める作業をしていた。コンベアーに乗った石鹸を片っ端から紙の箱に入れ、蓋を閉じる。ロボットでもできるだろと思うが、嘆いても詮方ない。単純作業ここに極まれりだ。まったく、暇で暇でしょうがない。 | ||
<br>「ねえ小島さん、朝の続きを話してくださいよ」 | <br>「ねえ小島さん、朝の続きを話してくださいよ」 | ||
<br> | <br> そこで僕は、小島さんに話の続きをするよう催促した。少しでもこの時間を有意義に使いたいという思いが芽生えてしまったのだ。叙述トリックの説明はあらかた終わったと思うんだが、続きとは何だろう? 横の京極さんと三津田さんも、目を輝かせて小島さんを見つめている。この人たちホントに50代か? 目の輝きは小学生だぞ? | ||
<br> 小島さんは「しゃあねえなあ」と言いつつも、どこか楽しげに続きを話し始めた。 | <br> 小島さんは「しゃあねえなあ」と言いつつも、どこか楽しげに続きを話し始めた。 | ||
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<font face="Tahoma"> | <font face="Tahoma"> | ||
その次の日の晩、夕飯の時間になって、母親に言われて俺は2階にいる兄貴を呼びに行った。兄貴の部屋をノックしようとしたところで、急にドアが開き、俺は鼻をしたたかにぶつけた。兄貴は笑いながら「すまんすまん」と謝ったが、こっちは痛いのなんの。不貞腐れたよ。鼻の頭に絆創膏を貼らないといけなかった。 | その次の日の晩、夕飯の時間になって、母親に言われて俺は2階にいる兄貴を呼びに行った。兄貴の部屋をノックしようとしたところで、急にドアが開き、俺は鼻をしたたかにぶつけた。兄貴は笑いながら「すまんすまん」と謝ったが、こっちは痛いのなんの。不貞腐れたよ。鼻の頭に絆創膏を貼らないといけなかった。 | ||
<br> | <br> ともかく夕飯になった。そのときは俺と兄貴、親父とお袋の4人暮らしだった。はは、今と同じだな。お袋は専業主婦、親父は市議会議員だった。俺は食卓のお誕生席で黙々と白飯を食ってた。兄さんには無邪気に接していたんだが、他の家族、特に親父の前でははしゃげなかった。今思えば、この時既に親に少し苦手意識を持ってたのかもしれないな。 | ||
<br> | <br> そんなことは露ほども知らない、何かと心労の絶えない時期を通り抜けた親父は、陽気に「政治は~、政治を~」と理想を語っていた。だから母親が、 | ||
<br>「せっかくケンちゃんが賞状貰ってきたのに、お父さんったら政治、政治ってそればっかり。少しは気にかけてやってくださいよ」 | |||
<br>と嗜めた。だが親父は、 | <br>と嗜めた。だが親父は、 | ||
<br>「気にかけてるよ。それに、弟ってのは兄の背を見て育つもんだ。だからトシも優秀に育ってるし、これからもそうだろう。な?」 | <br>「気にかけてるよ。それに、弟ってのは兄の背を見て育つもんだ。だからトシも優秀に育ってるし、これからもそうだろう。な?」 | ||
<br> | <br> 事実俺はそんなに気にしてなかったから、適当に返事して終わったと思う。親父が言うように、兄は教育通り優秀に育ったんだ。まあ弟がそうじゃないことは、あんたらも知っての通りだ。 | ||
<br> | <br> そしてその次の日の午後3時、俺は小遣いで買っといたプリンを食べようと、2階の自室からキッチンへ降りてきた。さあ食べようと冷蔵庫を開け放ったんだが、確かに2段目に入れといたはずのプリンがない。中を隅から隅まで探したが、ない。そこで横のゴミ箱を見ると、なんとプリンの空容器が捨ててあったのさ! | ||
<br> それを見て幼き俺は愕然として落涙、この世の不条理を嘆いた…わけじゃあない。正直あんまショックは受けなかった。プリン大好きってわけじゃないし、小遣いは十分貰ってたから惜しくもなかった。たかがプリン1個くらいで家族を詰るような、狭量な男じゃなかったんだ、俺は。 | <br> それを見て幼き俺は愕然として落涙、この世の不条理を嘆いた…わけじゃあない。正直あんまショックは受けなかった。プリン大好きってわけじゃないし、小遣いは十分貰ってたから惜しくもなかった。たかがプリン1個くらいで家族を詰るような、狭量な男じゃなかったんだ、俺は。 | ||
<br> | <br> だが、ここで一つ疑問が残った。誰がプリンを食べたのだろう? 容器はゴミの上の方にあり、俺が昼飯のときにこぼしたレタスよりも上にある。でも、両親は昼飯の前から買い物に行っていて、まだ帰ってきていない。そして俺がレタスを捨てたとき、プリンのカップなんて無かった。なら、親が食べたのではない。そして、兄さんは珍しいことにプリンがとても苦手なんだ。食べるなんてこと絶対にあり得ない。今日は客も一切来ていない…。 | ||
<br> そこまで考えたところで、自分が無駄な思考をしていたことに気づいた。落ち着いて考えれば、答えは歴然じゃあないか…。 | <br> そこまで考えたところで、自分が無駄な思考をしていたことに気づいた。落ち着いて考えれば、答えは歴然じゃあないか…。 | ||
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「おいそこ、無駄話するんじゃない!」 | 「おいそこ、無駄話するんじゃない!」 | ||
<br> | <br> そこまで小島さんが話したところで、高い椅子に座ったオヤジに注意された。三津田さんと京極さんはそそくさと箱詰め作業をし始める。まったく、いいところだったのに! あいつ、僕たちが働いてるのを見てるだけで給料が入るなんて…。工場勤めを辞められた暁には、あの仕事を目指そうかしら。まあ無理か。 | ||
<br> 小島さんが話を再開する気配はない。続きはお預けかあ。 | <br> 小島さんが話を再開する気配はない。続きはお預けかあ。 | ||
<br> でも、プリンを食べたのは一体誰だろう? 僕はそのことばかりを考え続け、いつの間にか昼休憩の時間になっていた。 | <br> でも、プリンを食べたのは一体誰だろう? 僕はそのことばかりを考え続け、いつの間にか昼休憩の時間になっていた。 | ||
昼飯を食いながらでも話の続きを聞かせてもらおうと思ったが、小島さんは手早くリゾットをかきこむと、どこかに行ってしまった。京極さんはそれを見て、 | |||
<br>「ケンのヤツ、あら女やな。女に逢いに行くんや」 | <br>「ケンのヤツ、あら女やな。女に逢いに行くんや」 | ||
<br> | <br>と顎をさすりながら言った。三津田さんも小指を立てて笑っている。まさかと思ったが、小島さんならあり得るかもしれない。なんてったって顔がいい。 | ||
<br> | <br>「もしそうなら、彼女さん、小島さんに相当入れ込んでるんすね」 | ||
<br>と言うと、2人のおじさんは揃って頷いた。この人らホントに中年か? ニヤケ面は中学生そのものだぞ? | <br>と言うと、2人のおじさんは揃って頷いた。この人らホントに中年か? ニヤケ面は中学生そのものだぞ? | ||
104行目: | 105行目: | ||
<br>「もしかして、恋人?」 | <br>「もしかして、恋人?」 | ||
<br>「ん、さてはみっちゃんとゴクさんに入れ知恵されたな? あの爺さんたち、勘が鋭いからなぁ。すごいぜあの人らは」 | <br>「ん、さてはみっちゃんとゴクさんに入れ知恵されたな? あの爺さんたち、勘が鋭いからなぁ。すごいぜあの人らは」 | ||
<br> | <br> ならなぜこんな底辺の暮らしをしてるんだ。もっとも、僕が言えたことじゃないが。 | ||
<br>「まあそれはさておき、叙述トリックの説明だ。小説とかで叙述トリックが仕掛けられているとする。問題は、なぜ仕掛けられたのか、だ。」 | <br>「まあそれはさておき、叙述トリックの説明だ。小説とかで叙述トリックが仕掛けられているとする。問題は、なぜ仕掛けられたのか、だ。」 | ||
<br> | <br> 何か小島さんのお兄さんが話の中で言ってた気がするな。 | ||
<br>「もし読者を驚かせるためだけに仕掛けられたものなら、それは『意味なし叙述』だ。でも、犯人当てとかの要素として組み込まれたものならば、作品の成立に不可欠だから、『意味あり叙述』となる」 | <br>「もし読者を驚かせるためだけに仕掛けられたものなら、それは『意味なし叙述』だ。でも、犯人当てとかの要素として組み込まれたものならば、作品の成立に不可欠だから、『意味あり叙述』となる」 | ||
<br>「えーっと、小島さんのお兄さんの話に合わせると…読者を驚かせるためのものが意味なし叙述、ミステリの難易度を上げるためのものが意味あり叙述ってことですか」 | <br>「えーっと、小島さんのお兄さんの話に合わせると…読者を驚かせるためのものが意味なし叙述、ミステリの難易度を上げるためのものが意味あり叙述ってことですか」 | ||
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<br> 小島さんはそう言うと、あとは黙々と箱詰めをするだけだった。 | <br> 小島さんはそう言うと、あとは黙々と箱詰めをするだけだった。 | ||
結局4人が揃ったのは夜8時半、布団を敷いて寝支度をする頃合だった。秋の夜は長いが、僕らは季節に関係なく9時には寝る。他の皆も各々の布団に胡座をかいたのを見ると、僕は早速切り出した。 | |||
<br>「それで小島さん、プリンを食べたのは誰なんです?」 | <br>「それで小島さん、プリンを食べたのは誰なんです?」 | ||
<br>「なんだタケ、解らないのか? あれだけヒント出してやったってのに」 | <br>「なんだタケ、解らないのか? あれだけヒント出してやったってのに」 | ||
120行目: | 121行目: | ||
<br>「ゴクさんとみっちゃんは解ったよな?」 | <br>「ゴクさんとみっちゃんは解ったよな?」 | ||
<br>と水を向けた。 | <br>と水を向けた。 | ||
<br> | <br>「まあ、考える時間がぎょうさんあったさかいなあ」 | ||
<br> | <br>「老体にはなかなかきつかったですよ」 | ||
<br> え? 解ってないの僕だけ? | <br> え? 解ってないの僕だけ? | ||
<br>「じゃあ、タケのために続きを話すか」 | <br>「じゃあ、タケのために続きを話すか」 | ||
129行目: | 130行目: | ||
{{格納|中身= | {{格納|中身= | ||
<font face="Tahoma"> | <font face="Tahoma"> | ||
俺がプリンを諦めて、ダイニングで源氏パイを食っていると、兄貴が2階の自室から降りてきた。そして兄貴は俺の顔を見るなり、笑い出したのさ。俺は少々ムッとして、 | |||
<br>「何が可笑しいのさ」 | <br>「何が可笑しいのさ」 | ||
<br>と問うた。すると兄貴は、 | <br>と問うた。すると兄貴は、 | ||
<br>「アハハ、鼻の頭に絆創膏付いてるの見ると笑えちゃって」 | <br>「アハハ、鼻の頭に絆創膏付いてるの見ると笑えちゃって」 | ||
<br> | <br>と言ってなおも笑い続けた。てめえのせいで怪我したってのに、悪びれもせずよく笑えるもんだ。俺はカチンと来て、こう言い返してやった。 | ||
<br>「人のプリンを取って食べるような外道め!」 | <br>「人のプリンを取って食べるような外道め!」 | ||
<br>「あ、あれお前のだったの? ごめんごめん、そんなに食いたかったのか。あとでアイスでも奢るから許せよ」 | <br>「あ、あれお前のだったの? ごめんごめん、そんなに食いたかったのか。あとでアイスでも奢るから許せよ」 | ||
147行目: | 148行目: | ||
<br>「どういうことですか。お兄さんはプリン嫌いなんでしょう? 説明してくださいよ」 | <br>「どういうことですか。お兄さんはプリン嫌いなんでしょう? 説明してくださいよ」 | ||
<br>「まあまあ落ち着けって。出題者が解説するのもなんかヤだから、ゴクさんとみっちゃんに任せてもいいかい?」 | <br>「まあまあ落ち着けって。出題者が解説するのもなんかヤだから、ゴクさんとみっちゃんに任せてもいいかい?」 | ||
<br> | <br> 呼ばれた2人は顔を見合わせると、同時に右の拳を突き出した。 | ||
<br>「じゃんけんほい!」 | <br>「じゃんけんほい!」 | ||
<br> 勝者は三津田さん。頭を抱えて悔しがる京極さんを尻目に、得意そうに話し始めた。 | <br> 勝者は三津田さん。頭を抱えて悔しがる京極さんを尻目に、得意そうに話し始めた。 |
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