「利用者:Notorious/サンドボックス/ピカチュウプロジェクト」の版間の差分

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校訂
(校訂)
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「ねえ小島さん、'''叙述トリック'''って知ってます?」
「ねえ小島さん、'''叙述トリック'''って知ってます?」
<br>「急になんだよタケ。まあ知ってるけどさ」
<br>「急になんだよタケ。まあ知ってるけどさ」
<br> 秋の早朝6時15分、僕はいつもより少し早く目覚めてしまい、同じく起きていた小島さんにこの質問をぶつけたのだった。小島さんは30歳くらいで、彫りの深い顔に髭が似合うダンディな人だ。
<br> 冬の早朝6時15分、僕はいつもより少し早く目覚めてしまい、同じく起きていた小島さんにこの質問をぶつけたのだった。小島さんは30歳くらいで、彫りの深い顔に髭が似合うダンディな人だ。
<br>「なんでそんなこと聞くんだ?」
<br>「なんでそんなこと聞くんだ?」
<br>「こないだ読んだ本にあって。ミステリーあたりはからっきしなんですよ」
<br>「こないだ読んだ本にあって。ミステリーあたりはからっきしなんですよ」
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<br>「はっ、マジかよ」
<br>「はっ、マジかよ」
<br> 小島さんは鼻で笑った。お前がかよ、と顔が語っている。
<br> 小島さんは鼻で笑った。お前がかよ、と顔が語っている。
<br>「小島さんはこういうの好きだったでしょう? 教えてくださいよ」
<br>「こういうの好きだったでしょう? 教えてくださいよ」
<br> 小島さんが時々本を読んでいるのを見るが、大体推理小説なのだ。どうやらそういう系統の新人賞に応募したこともあるらしい。
<br> 時々小島さんが本を読んでいるのを見るが、大体推理小説なのだ。どうやらそういう系統の新人賞に応募したこともあるらしい。
<br>「わかったよ。丁度叙述トリックについての昔話があってな、聞かせてやるよ。ただし、手を動かしながらだ」
<br>「わかったよ。丁度叙述トリックについての昔話があってな、聞かせてやるよ。ただし、手を動かしながらだ」
<br> 見ると、京極さんと三津田さんがもぞもぞと起き出していた。2人とももう、おじさんというよりおじいさんといった方がしっくりくる歳だ。京極さんは身長が低くて小太り、三津田さんは対照的にのっぽで痩せぎすな体型をしている。話し方も、三津田さんは二回りほど年下の僕にも丁寧語を使うが、京極さんはゴリゴリの関西弁で、対照的だ。いつも同じ時間に起きていると、アラームなぞ無くとも自然と目が覚めてしまうものだ。僕はため息を吐くと、布団を畳むために立ち上がった。
<br> 見ると、京極さんと三津田さんがもぞもぞと起き出していた。2人とももう、おじさんというよりおじいさんといった方がしっくりくる歳だ。京極さんは身長が低くて小太り、三津田さんは対照的にのっぽで痩せぎすな体型をしている。話し方も、三津田さんは二回りほど年下の僕にも丁寧語を使うが、京極さんはゴリゴリの関西弁で、対照的だ。
<br>「あれは俺が小6になりたての4月の出来事だった。」
<br>「おはようございます」
<br>「なんや2人とも偉う起きるんが早いなあ」
<br> いつも同じ時間に起きていると、アラームなぞ無くとも自然と目が覚めてしまうものだ。僕は変わり映えのしない一日の到来にため息を吐くと、布団を畳むために立ち上がった。
<br>「あれは俺が小6になりたての4月の出来事だった」
<br> そう言って小島さんは話し始めた。
<br> そう言って小島さんは話し始めた。


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<br> 小島さんはそう言うと、あとは黙々と箱詰めをするだけだった。僕は、小島さんのミステリ好きは彼女さんの影響なのかもな、とぼんやり思った。
<br> 小島さんはそう言うと、あとは黙々と箱詰めをするだけだった。僕は、小島さんのミステリ好きは彼女さんの影響なのかもな、とぼんやり思った。


 結局4人が揃ったのは夜8時半、布団を敷いて寝支度をする頃合だった。秋の夜は長いが、僕らは季節に関係なく9時には寝る。他の皆も各々の布団に胡座をかいたのを見ると、僕は早速切り出した。
 結局4人が揃ったのは夜8時半、布団を敷いて寝支度をする頃合だった。冬の夜は長いが、僕らは季節に関係なく9時には寝る。他の皆も各々の布団に胡座をかいたのを見ると、僕は早速切り出した。
<br>「それで小島さん、プリンを食べたのは誰なんです?」
<br>「それで小島さん、プリンを食べたのは誰なんです?」
<br>「なんだタケ、解らないのか? あれだけヒント出してやったってのに」
<br>「なんだタケ、解らないのか? あれだけヒント出してやったってのに」
164行目: 167行目:
<br>「じゃあタケくん、ギターを使った密室トリックを思い出してください。こら、ゴクさん、じゃんけんに負けた人に解答権はありませんよ」
<br>「じゃあタケくん、ギターを使った密室トリックを思い出してください。こら、ゴクさん、じゃんけんに負けた人に解答権はありませんよ」
<br> 得意気に口を開きかけた京極さんを制して、三津田さんは説明を始めた。
<br> 得意気に口を開きかけた京極さんを制して、三津田さんは説明を始めた。
<br>「あのトリックは、ドアが内開きだから成立するものです。外開きならつっかえ棒なんてできませんからね。つまりこの事実から解ることは、<ruby>小島さんのお兄さんの部屋の扉は内開き<rt>、、、、、、、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>だということです」
<br>「あのトリックは、ドアが内開きだから成立するものです。外開きならつっかえ棒なんてできませんからね。つまりこの事実から解ることは、''小島さんのお兄さんの部屋の扉は内開き''だということです」
<br> 全く予期していなかった方向に話が転がっている。それがプリンと何の関係があるんだ? 三津田さんは微笑んで説明を続けた。
<br> 全く予期していなかった方向に話が転がっている。それがプリンと何の関係があるんだ? 三津田さんは微笑んで説明を続けた。
<br>「でも幼き頃のケンくんが鼻に傷を負ったとき…」
<br>「でも幼き頃のケンくんが鼻に傷を負ったとき…」
<br> その瞬間、ようやく三津田さんの言わんとしていることが理解できた。
<br> その瞬間、ようやく三津田さんの言わんとしていることが理解できた。
<br>「<ruby>ドアは外開きだった<rt>、、、、、、、、、</rt></ruby>!」
<br>「''ドアは外開きだった''!」
<br> 僕は思わず叫んでしまった。なぜこんなことに気づかなかったんだろう? 小島さんは相変わらずニコニコしている。すると京極さんが口を挟んできた。
<br> 僕は思わず叫んでしまった。なぜこんなことに気づかなかったんだろう? 小島さんは相変わらずニコニコしている。すると京極さんが口を挟んできた。
<br>「どっちの場合も、部屋は兄の自室やと明言されとる。部屋に扉が二つもあるっちゅうのは考えづらいやろう」
<br>「どっちの場合も、部屋は兄の自室やと明言されとる。部屋に扉が二つもあるっちゅうのは考えづらいやろう」
<br> 三津田さんは京極さんを止めるのを諦めたらしい。
<br> 三津田さんは京極さんを止めるのを諦めたらしい。
<br>「ということは、導きやすい結論はこれです。<ruby>小島さんに兄は2人いるんです<rt>、、、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>
<br>「ということは、導きやすい結論はこれです。''小島さんに兄は2人いるんです''


「兄が、2人…?」
「兄が、2人…?」
<br> 一瞬思考が止まる。そんなことあり得るのか? 戸惑う僕を尻目に、2人は解説を続けた。
<br> 一瞬思考が止まる。そんなことあり得るのか? 戸惑う僕を尻目に、2人は解説を続けた。
<br>「始めに出てきた兄とその後の兄は別人なんです。厳密に言うと、『<ruby>幼いケンくんに叙述トリックの解説をした兄<rt>、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>』<ruby>と<rt>、</rt></ruby>『<ruby>ケンくんに怪我をさせ<rt>、、、、、、、、、、</rt></ruby>、<ruby>笑った兄<rt>、、、、</rt></ruby>』<ruby>は別人<rt>、、、</rt></ruby>ということですね。そして<ruby>プリンを好かないのは前者<rt>、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>、<ruby>プリンを食べたのは後者<rt>、、、、、、、、、、、</rt></ruby>というわけです」
<br>「始めに出てきた兄とその後の兄は別人なんです。厳密に言うと、''『幼いケンくんに叙述トリックの解説をした兄』と『ケンくんに怪我をさせ、笑った兄』は別人''ということですね。そして''プリンを好かないのは前者、プリンを食べたのは後者''というわけです」
<br>「気いつけて聞いとると、『兄さん』と『兄貴』ちゅうて呼び分けとったで。ケンは3兄弟だっちゅうことやないかな」
<br>「気いつけて聞いとると、『兄さん』と『兄貴』ちゅうて呼び分けとったで。ケンは3兄弟だっちゅうことやないかな」
<br> 話の展開が急過ぎて理解が追いつかない。僕の頭には当然の疑問が生まれた。
<br> 話の展開が急過ぎて理解が追いつかない。僕の頭には当然の疑問が生まれた。
<br>「でも、小島さんちは4人家族だって言ってたじゃないですか」
<br>「でも、小島さんちは4人家族だって言ってたじゃないですか」
<br> 兄が2人いるなら家族は5人いないとおかしくなる。すると三津田さんは足し算に見事正解した孫を見るような顔をした。
<br> 兄が2人いるなら家族は5人いないとおかしくなる。すると三津田さんは足し算に見事正解した孫を見るような顔をした。
<br>「その通りですが、正確には『その時は』『4人暮らし』と言っただけです。<ruby>上の兄<rt>、、、</rt></ruby>、<ruby>つまりプリンが嫌いな兄は<rt>、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>、<ruby>もう一人暮らしを始めた頃だった<rt>、、、、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>のではないですかね。そう、その年の4月から」
<br>「その通りですが、正確には『その時は』『4人暮らし』と言っただけです。''上の兄、つまりプリンが嫌いな兄は、もう一人暮らしを始めた頃だった''のではないですかね。そう、丁度その年の4月から」
<br>「父親の『何かと心労の絶えない時期』っちゅうのは長兄の大学受験とかやろな。それに、ダイニングにお誕生席があったのも、5人暮らしの名残やろう」
<br>「父親の『何かと心労の絶えない時期』っちゅうのは長兄の大学受験とかやろな。それに、食卓にお誕生席があったのも、5人暮らしの名残やろう。4人家族なら、2人ずつ向かい合って座ればええんやからな」
<br> なんでこの爺さんたちはそんなに細かいところまで覚えてるんだ。
<br> なんでこの爺さんたちはそんなに細かいところまで覚えてるんだ。
<br>「ふむ、それは気づきませんでした。ですが、私は次男の名前が分かりますよ。多分『<ruby>政治<rt>せいじ</rt></ruby>』というんでしょう。どうです、ケンくん?」
<br>「ふむ、それは気づきませんでした。ですが、私は次男の名前が分かりますよ。おそらく『<ruby>政治<rt>せいじ</rt></ruby>』というんでしょう。どうです、ケンくん?」
<br>「ああ、その通りだ。ちなみに漢字も、ちゃんとまつりごとだよ」
<br>「ああ、その通りだ。ちなみに漢字も、ちゃんとまつりごとだよ」
<br> 小島さんも2人の洞察力に苦笑いしている。一方、僕は釈然としない。
<br> 小島さんも2人の洞察力に苦笑いしている。一方、僕は釈然としない。
<br>「じゃあ、最初の場面で小島さんとお兄さんが話してたのはどういうことです? 亮二お兄さんの部屋に2人ともいたじゃないですか」
<br>「じゃあ、最初の場面で小島さんとお兄さんが話してたのはどういうことです? 亮二お兄さんの部屋に2人ともいたじゃないですか」
<br> とここで、僕の脳裏にある仮説が閃いた。
<br> とここで、僕の脳裏にある仮説が閃いた。
<br>「あ、もしかして、小島さんはお兄さんの家に遊びに行ったところだったんじゃないですか?」
<br>「あ、もしかして、小島さんはお兄さんの家に遊びに行ったところだったってことですか?」
<br> しかし京極さんは渋い顔をした。
<br> しかし京極さんは渋い顔をした。
<br>「残念やが、『我が家』ゆう記述がある。ケンは間違いなく自分の家におったんや」
<br>「残念やが、『我が家』ゆう記述がある。ケンは間違いなく自分の家におったんや」
<br>「なら一人暮らししているお兄さんとどうやって話したんですか?」
<br>「なら一人暮らししているお兄さんとどうやって話したんですか?」
<br> 京極さんは頭を掻きながら事も無げに言った。
<br> 京極さんは頭を掻きながら事も無げに言った。
<br>「ありゃあ<ruby>電話<rt>、、</rt></ruby>やろ」
<br>「''ありゃあ電話やろ''」
<br> え…。唖然とする僕に、三津田さんは優しく語りかけた。
<br> え…。唖然とする僕に、三津田さんは優しく語りかけた。
<br>「実は、<ruby>同じ部屋にいるという記述はない<rt>、、、、、、、、、、、、、、、</rt></ruby>んですよ」
<br>「実は、''同じ部屋にいるという記述はない''んですよ」
<br>「でも電話って…ええ? 言われてみればあり得なくもないのか…?」
<br>「でも電話って…ええ? 言われてみればあり得なくもないのか…?」
<br> 確かにその時代には携帯電話は普及し始めていただろうけれども。
<br> 確かにその時代には携帯電話は普及し始めていただろうけれども。京極さんは手を叩いて、話をまとめにかかった。
<br>「つまり、プリンを平らげた犯人は両親やないとわかった時点で、残る選択肢は政治兄しかあらへんかったんや。『無駄な思考』っちゅうのは、もう巣立った亮二兄を考えの範疇に入れとったことやな」
<br>「つまり、プリンを平らげた犯人は両親やないとわかった時点で、残る選択肢は政治兄しかあらへんかったんや。『無駄な思考』っちゅうのは、もう巣立った亮二兄を考えの範疇に入れとったことやな」
<br>「というわけで、プリンを食べた犯人は、政治お兄さんだとわかるんです」
<br>「というわけで、プリンを食べた犯人は、政治お兄さんだとわかるんです」
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<br> 僕は2人の注意深さと推理力に感嘆した。もちろん話を組み立て、叙述トリックをこれ以上ないくらい分かりやすく説明してくれた小島さんにも。どうやら僕はこの人たちを見くびっていたらしい。
<br> 僕は2人の注意深さと推理力に感嘆した。もちろん話を組み立て、叙述トリックをこれ以上ないくらい分かりやすく説明してくれた小島さんにも。どうやら僕はこの人たちを見くびっていたらしい。
<br>「皆さんすごいです! 感動しました!」
<br>「皆さんすごいです! 感動しました!」
<br> 3人は照れたような顔をして笑った。その時、武骨な声が割って入った。
<br> 3人は照れたような顔をして笑った。
 
 その時、武骨な声が割って入った。
<br>「おい1813番、もう就寝時刻だぞ!」
<br>「おい1813番、もう就寝時刻だぞ!」
<br> いつの間にか時計の針は9時を指していた。電灯が消え、僕らは慌てて布団に潜り込んだ。足音が遠ざかってから、僕は
<br> いつの間にか時計の針は9時を指していた。電灯が消え、僕らは慌てて布団に潜り込んだ。足音が遠ざかってから、僕は
<br>「まったく、[[Sisters:WikiWikiオンラインニュース#法学部生、詐欺罪で逮捕|山田たけし]]って名前で呼んでほしいものだよ」
<br>「まったく、[[Sisters:WikiWikiオンラインニュース#法学部生、詐欺罪で逮捕|山田たけし]]って名前で呼んでほしいものだよ」
<br>と呟き、溜め息を吐いた。
<br>と呟き、深々と溜め息を吐いた。
<br> 府中刑務所の夜が更けていく。
<br> 府中刑務所の夜が更けていく。
}}}}
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[[カテゴリ:文学]][[カテゴリ:自己言及]]{{DEFAULTSORT:しよしゆつつとりつく}}
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