「叙述トリック」の版間の差分

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<br>「じゃあタケくん、ギターを使った密室トリックを思い出してください。こら、ゴクさん、じゃんけんに負けた人に解答権はありませんよ」
<br>「じゃあタケくん、ギターを使った密室トリックを思い出してください。こら、ゴクさん、じゃんけんに負けた人に解答権はありませんよ」
<br> 得意気に口を開きかけた京極さんを制して、三津田さんは説明を始めた。
<br> 得意気に口を開きかけた京極さんを制して、三津田さんは説明を始めた。
<br>「あのトリックは、ドアが内開きだから成立するものです。外開きならつっかえ棒なんてできませんからね。つまりこの事実から解ることは、''小島さんのお兄さんの部屋の扉は内開き''だということです」
<br>「あのトリックは、ドアが内開きだから成立するものです。外開きならつっかえ棒なんてできませんからね。つまりこの事実から解ることは、{{傍点|文章=小島さんのお兄さんの部屋の扉は内開き}}だということです」
<br> 全く予期していなかった方向に話が転がっている。それがプリンと何の関係があるんだ? 三津田さんは微笑んで説明を続けた。
<br> 全く予期していなかった方向に話が転がっている。それがプリンと何の関係があるんだ? 三津田さんは微笑んで説明を続けた。
<br>「でも幼き頃のケンくんが鼻に傷を負ったとき…」
<br>「でも幼き頃のケンくんが鼻に傷を負ったとき…」
<br> その瞬間、ようやく三津田さんの言わんとしていることが理解できた。
<br> その瞬間、ようやく三津田さんの言わんとしていることが理解できた。
<br>「''ドアは外開きだった''!」
<br>「{{傍点|文章=ドアは外開きだった}}!」
<br> 僕は思わず叫んでしまった。なぜこんなことに気づかなかったんだろう? 小島さんは相変わらずニコニコしている。すると京極さんが口を挟んできた。
<br> 僕は思わず叫んでしまった。なぜこんなことに気づかなかったんだろう? 小島さんは相変わらずニコニコしている。すると京極さんが口を挟んできた。
<br>「どっちの場合も、部屋は兄の自室やと明言されとる。部屋に扉が二つもあるっちゅうのは考えづらいやろう」
<br>「どっちの場合も、部屋は兄の自室やと明言されとる。部屋に扉が二つもあるっちゅうのは考えづらいやろう」
<br> 三津田さんは京極さんを止めるのを諦めたらしい。
<br> 三津田さんは京極さんを止めるのを諦めたらしい。
<br>「ということは、導きやすい結論はこれです。''小島さんに兄は2人いるんです''
<br>「ということは、導きやすい結論はこれです。{{傍点|文章=小島さんに兄は2人いるんです}}


「兄が、2人…?」
「兄が、2人…?」
<br> 一瞬思考が止まる。そんなことあり得るのか? 戸惑う僕を尻目に、2人は解説を続けた。
<br> 一瞬思考が止まる。そんなことあり得るのか? 戸惑う僕を尻目に、2人は解説を続けた。
<br>「始めに出てきた兄とその後の兄は別人なんです。厳密に言うと、''『幼いケンくんに叙述トリックの解説をした兄』と『ケンくんに怪我をさせ、笑った兄』は別人''ということですね。そして''プリンを好かないのは前者、プリンを食べたのは後者''というわけです」
<br>「始めに出てきた兄とその後の兄は別人なんです。厳密に言うと、『{{傍点|文章=幼いケンくんに叙述トリックの解説をした兄}}』{{傍点|文章=と}}『{{傍点|文章=ケンくんに怪我をさせ、笑った兄}}』{{傍点|文章=は別人}}ということですね。そして{{傍点|文章=プリンを好かないのは前者}}、{{傍点|文章=プリンを食べたのは後者}}というわけです」
<br>「気いつけて聞いとると、『兄さん』と『兄貴』ちゅうて呼び分けとったで。ケンは3兄弟だっちゅうことやないかな」
<br>「気いつけて聞いとると、『兄さん』と『兄貴』ちゅうて呼び分けとったで。{{傍点|文章=ケンは3兄弟}}だっちゅうことやないかな」
<br> 話の展開が急過ぎて理解が追いつかない。僕の頭には当然の疑問が生まれた。
<br> 話の展開が急過ぎて理解が追いつかない。僕の頭には当然の疑問が生まれた。
<br>「でも、小島さんちは4人家族だって言ってたじゃないですか」
<br>「でも、小島さんちは4人家族だって言ってたじゃないですか」
<br> 兄が2人いるなら家族は5人いないとおかしくなる。すると三津田さんは足し算に見事正解した孫を見るような顔をした。
<br> 兄が2人いるなら家族は5人いないとおかしくなる。すると三津田さんは足し算に見事正解した孫を見るような顔をした。
<br>「その通りですが、正確には『その時は』『4人暮らし』と言っただけです。''上の兄、つまりプリンが嫌いな兄は、もう一人暮らしを始めた頃だった''のではないですかね。そう、丁度その年の4月から」
<br>「その通りですが、正確には『その時は』『4人暮らし』と言っただけです。{{傍点|文章=上の兄}}、{{傍点|文章=つまりプリンが嫌いな兄は}}、{{傍点|文章=もう一人暮らしを始めた頃だった}}のではないですかね。そう、{{傍点|文章=丁度その年の4月から}}」
<br>「父親の『何かと心労の絶えない時期』っちゅうのは長兄の大学受験とかやろな。それに、食卓にお誕生席があったのも、5人暮らしの名残やろう。4人家族なら、2人ずつ向かい合って座ればええんやからな」
<br>「父親の『何かと心労の絶えない時期』っちゅうのは{{傍点|文章=長兄の大学受験}}とかやろな。それに、食卓に{{傍点|文章=お誕生席}}があったのも、5人暮らしの名残やろう。4人家族なら、2人ずつ向かい合って座ればええんやからな」
<br> なんでこの爺さんたちはそんなに細かいところまで覚えてるんだ。
<br> なんでこの爺さんたちはそんなに細かいところまで覚えてるんだ。
<br>「ふむ、それは気づきませんでした。ですが、私は次男の名前が分かりますよ。おそらく『<ruby>政治<rt>せいじ</rt></ruby>』というんでしょう。どうです、ケンくん?」
<br>「ふむ、それは気づきませんでした。ですが、私は次男の名前が分かりますよ。おそらく『<ruby>政治<rt>{{傍点|文章=せいじ}}</rt></ruby>』というんでしょう。どうです、ケンくん?」
<br>「ああ、その通りだ。ちなみに漢字も、ちゃんとまつりごとだよ」
<br>「ああ、その通りだ。ちなみに漢字も、ちゃんとまつりごとだよ」
<br> 小島さんも2人の洞察力に苦笑いしている。一方、僕は釈然としない。
<br> 小島さんも2人の洞察力に苦笑いしている。一方、僕は釈然としない。
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<br>「あ、もしかして、小島さんはお兄さんの家に遊びに行ったところだったってことですか?」
<br>「あ、もしかして、小島さんはお兄さんの家に遊びに行ったところだったってことですか?」
<br> しかし京極さんは渋い顔をした。
<br> しかし京極さんは渋い顔をした。
<br>「残念やが、『我が家』ゆう記述がある。ケンは間違いなく自分の家におったんや」
<br>「残念やが、『{{傍点|文章=我が家}}』ゆう記述がある。ケンは間違いなく自分の家におったんや」
<br>「なら一人暮らししているお兄さんとどうやって話したんですか?」
<br>「なら一人暮らししているお兄さんとどうやって話したんですか?」
<br> 京極さんは頭を掻きながら事も無げに言った。
<br> 京極さんは頭を掻きながら事も無げに言った。
<br>「''ありゃあ電話やろ''
<br>「{{傍点|文章=ありゃあ電話やろ}}
<br> え…。唖然とする僕に、三津田さんは優しく語りかけた。
<br> え…。唖然とする僕に、三津田さんは優しく語りかけた。
<br>「実は、''同じ部屋にいるという記述はない''んですよ」
<br>「実は、{{傍点|文章=同じ部屋にいるという記述はない}}んですよ」
<br>「でも電話って…ええ? 言われてみればあり得なくもないのか…?」
<br>「でも電話って…ええ? 言われてみればあり得なくもないのか…?」
<br> 確かにその時代には携帯電話は普及し始めていただろうけれども。京極さんは手を叩いて、話をまとめにかかった。
<br> 確かにその時代には携帯電話は普及し始めていただろうけれども。京極さんは手を叩いて、話をまとめにかかった。
<br>「つまり、プリンを平らげた犯人は両親やないとわかった時点で、残る選択肢は政治兄しかあらへんかったんや。『無駄な思考』っちゅうのは、もう巣立った亮二兄を考えの範疇に入れとったことやな」
<br>「つまり、プリンを平らげた犯人は両親やないとわかった時点で、{{傍点|文章=残る選択肢は政治兄しかあらへんかった}}んや。『無駄な思考』っちゅうのは、{{傍点|文章=もう巣立った亮二兄を考えの範疇に入れとった}}ことやな」
<br>「というわけで、プリンを食べた犯人は、政治お兄さんだとわかるんです」
<br>「というわけで、プリンを食べた犯人は、政治お兄さんだとわかるんです」
<br> 三津田さんと京極さんはこうして説明を締めくくった。
<br> 三津田さんと京極さんはこうして説明を締めくくった。
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