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なんでも[編集 | ソースを編集]

         
 夜が好きなら、夜を文章に書けばいい。そのノートを開くだけで、どこでも夜と出会えるように。


 僕は無口な子供だった。草木が生い茂り、生き物が一年で1番活動的な季節。その頃僕は生物観察に夢中だった。


「プラトンは言った――」
「――愛に触れた者は、誰でも詩人になる。とね」


 祖母は言った。「その祭りにはいろんなモノが入ってくるけぇ、気ぃつけるんだな」
 雲を眺めるのに夢中だった僕はその言葉を聞いていなかった。


 その街は白と青で溢れる、海辺の小さな街だった。
 僕は夏休みの間をこの場所で過ごしていた。
 普段は高校は都内のある程度の進学校に通っていた。夏休みの間だけ、実家のあるこの街に帰って来ていたのだ。決していじめられたりしていたわけではない。ただ、休みに遊ぶような友は誰ひとりとしていなかっただけだ。


 僕は暇を持て余していた。


 僕は言葉遊びが好きな子供だった。


 父親は子供に無関心な父だった。母親はいなかった。


 ―――ハロォウ!ディスイズホッターラヴァートーク!レッツゴー!たった今からこのラジオは平日午後4時から始まる、ホッターラヴァートークのお時間だ。俺はパーソナリティのアンソニー・ドロウ、よろしくな。この番組ではみんなのリクエストを待ってるぞ。素敵な恋のエピソードと一緒にダイヤルを回してくれ。今日のテーマは「ひと夏の恋」だ。じゃんじゃん送ってくれ―――


 ある日のことだった。ランチを食べ終えた僕は、海を眺めていた。どこからか無駄にハイテンションなラジオの声が聞こえていた。


 〈ラジオ〉


 すると急に背後から声がした。
「あなた、海のどこが好きなの?」
 振り返るとホリゾン・ブルーのワンピースを着た、少女が立っていた。麦藁帽子を深く被っている。この町では珍しい、百合ような白い肌をしていた。瞳はチャコール・グレーだった。  この街に来て満足に会話していない僕はただ固まったまま、彼女の顔を見ていた。10秒ほど経っただろうか、彼女は気づいていないのかと問いただしているような刺々しい口調で、もう一度言った。
「あなたは、海のどこが好きなのかしら?」
 睨まれた僕は、彼女の態度にすこし驚いたが、すぐに答えた。
「僕は別に海は好きではないよ。」
「あら、そうなの」
 彼女はさぞ意外そうになふうに言った。
「では、なんで海なんか眺めてるの?」
「僕は海を見ているんじゃない―」
 僕は遠くを指差して言った。
「水平線を見ているのさ」
「水平線も海じゃない」
「違うさ」
「なにも違わないわ」
 しばしの沈黙の後、少女はまるでそれが当たり前だというように腰を下ろした。その後、2人は黙って海をみていた。いつも間にかラジオでは流行りのラブソングが流れていた。曲名は思い出せなかった。
「この街に来るひとはみんな、海が好きなのだと思っていたわ」
 彼女は言った。
「だって、海とパブしかない街よ」
「僕は好きでこの街に来たわけではないからね。」
「」


 僕は言った。
「第4の壁って知ってる?」
「知らないわ」
 彼女は答えた。
「第4の壁ってのはね、俳優と観客を分けるように舞台と客席を隔てる架空の壁のことなんだ。」



 たしかに、と僕は思った。問題を解決するには経験は不可欠だ。


 その次の年の夏、僕は彼女の書店を訪れた。
 その書店があった場所は新しめのパブが立っていた。
 彼女は?店の人に聞いてみた
「彼女は遠くにいってしまって、今は誰も彼女を知らない」
 と言われた。


 月の妖精
 月と話す少年。


 あなたはそうやっていつもここで座っていますね」
「ああ、そうだなぁ…もう10年はこうしてここに座ってるよ…」
「…ひとつ聞いてもよろしいですか」
「おうよ」
「夢っていうのがあるじゃないですか。あの、夜眠ると見れる方の。僕はあれがずっと見れてなんです。」
「夢を見たことがないのかい?…」
「いえ、ああ、でも、最近はずっと。」
「そうかい」
「それで、ですね。あなたは夢をみますか?」
 こんなふうに拉致のあかない問答を延々と繰り広げた後、結局この主人公は彼を家に連れて帰って世話をすることにした。あの問答の末に主人公と彼との間に不思議な絆が芽生えたらしい。彼との日々は楽しいことばかりとはいえなかったが、もとより一人暮らしの寂しい生活をしていた主人公は彼がいてくれるだけで養う価値があると信じた。
 彼と暮らし始めて3ヶ月と3日経ったある日、急に彼は主人公の前から姿を消した。1週間程の食糧と、主人公の財産の半分も一緒に消えた。置き手紙などの類いはなかった。それから、彼が姿を現すことはなかった。
 僕はこの本を読み終えるとなんてつまらない話だ、と思った。どうしようもない、脈絡のない話。オチも理解ができない。僕はそっと本を閉じた。そして、この愚かな主人公に心を馳せながらしばらく波の音を聞いていた。僕がその本を開くことは、もう2度となかった。




「この町はね。際限がないの。」
 彼女は泣きながら言った。
「この町の人は朝起きて昼働き、酒を飲んで夜に寝る。それをただただ繰り返す―」
「―ただそれだけなの。波の音はその間絶えないわ。カモメの鳴き声も朝昼ずっと―――もううんざりよ。」



 その夜はとても暗かった。暗がりはベンタブラックで塗り潰したような闇で、日中の茹だるのような暑さは嘘のように息を潜めていた。



 15歳の夏だった。僕は田舎の祖母の家に来ていた。
 その夏は酷く暑く―――


 彼は言った
「やつは靴底にへばりついた汚いガムみてぇな野郎だ―」
「―居場所がなくて誰かに付き纏って踏まれ続けるしかねえのさ。」


 君の温度は何度なのだろう。


「なぜあの子がまるまる2ヶ月も姿を現さないのか。それは―――」
 彼はこちらを見て言った。
「―――それは君が一番よくわかっているんじゃないのかい?」


「ねえ、知ってるかい?先週アメリカが月に着陸したらしいよ」
「そんなこと知ってるわ。すごいビックニュースだもの。着陸の瞬間の映像も見たわ。田舎娘って馬鹿にするのは、やめたほうがいいわよ」
 彼女は機嫌を損ねたように僕にくるりと背を向けて、海の方へ向き直ってしまった。僕は世間話をしたかっただけで、決してそんなつもりで言ったわけではない。彼女は考えすぎてしまうことが多いな、と僕は思った。
「君はもっと素直になるといいと思う。何事にも。」
 僕は空を見上げて小さな声で言った。
「すみませんね、頑固なもんで。」
 彼女の嫌味ったらしい声が聞こえる。
 僕は笑った。
 空が青かった。



 センター街から西に4ブロック進んだ右側の路地に来い。
 そこで待ってる。


 ビルの最上階から、高く、飛ぶ。


「さよなら」
 彼女は言った。そして、回れ右をして僕から離れていった。
 渋谷の雑踏は彼女の痕跡を冷酷なほどすぐに掻き消してしまう。
 僕は声が出なかった。


 ひぐらしがカナカナと鳴いていた。私は姉と2人で、近所の公園の砂場で遊んでいた。辺りは真っ赤な光のベールに覆われていて、私たちのほかには誰も居なかった。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
 先ほどまでに私と砂の山を作っていた姉が、不自然に遠くを向いたまま動かないのだ。その目線の先を見てみると、少しだけ木が生い茂った林を見ていた。(何を見ているんだろう)それを知りたくて、私もそこを見ていた。だけど私には何も見えなかった。
 その時、突然姉が言った。
「帰ろう」
「え〜もうちょっと遊ぼうよ」
 と言って彼女の目を見た途端、私は固まった。いつもの姉の目ではなかった。私の我儘を許さない強制の目だった。私は惜しがりながらも
「…わかった」
 と言って彼女と手を繋いだ。そのまま、彼女に手を引かれるまま家路についた。その手が異常に冷たかった。
 家に着くと、両親はいなかった。普段なら母が料理を作っていて、台所から陽気な声で出迎えてくれるはずなのだが。リビングまで2人で入って探してみたが、その姿は見当たらない。おかしい。そう思ったのも束の間、右手がグッと強い力で握られた。はっとして姉の方を見る。姉は感情の読めない目で虚空を見つめていた。(やばい)幼いながらにそう感じた私は手を振り払って投げようとした。しかし、姉の手はびくともしなかった。子供の力ではなかった。そのまま彼女は私を引き摺りながら、彼女の部屋に向かった。私は半泣きになりながら引かれることしかできない。
「助けて。お母さん助けて。」
 私の叫びは空間に吸い込まれるように響かない。怪しい夕陽が家全体に差し込んでいて、不気味なほどに赤く染めていた。
(行きたくない。いやだ、いやだ、いやだ…)
 姉は部屋に入るとそのままベッドへ向かっていきそこに登ったそして部屋の一方、たった今入ってきた扉の上の部屋の角を見つめながらこう言った。
「妹に手は出さないで。」
 そして私の手に加えられていた力がふっと消え、姉はその場でバタッと倒れた。私は扉付近にいるであろうそれに背を向けて、泣きながら姉に抱きついた。熱い。この時姉は熱を出していた。



 隣で手を引いていた姉がドスンッとその場で倒れた。


 遊んでいた


 私は幼い頃から好奇心が強い子供だった。
 その日は近所の森で姉と2人で遊んでいた。


 そのとき私は6歳姉は9歳だった。
 彼女は原因不明の熱を出していて、悪い夢でも見ていたのだろう、ベッドでうなされていた。そんな姉をずっと看病していた私は、その疲れからか、そのベッドの脇にもたれて、ふと寝てしまったのである。その後目を覚まして顔をあげた。今思えば、深夜2時くらいだったのだろう。それまでそんな夜中まで起きていたことはなかった私は




 透き通った風が吹いて、僕らのあいだにできた澱みは流されていった。




 遠くの方に、薄らと除夜の鐘が聞こえる。
 彼女はいなくなっていた。
「はあ。」
 僕は天を仰いで、息を吐いた。それは白く色づき、そして霧散していく。
 いつの間にか、涙が溢れていた。
 とめどなく。
 絶え間なく。



「なぁ、知ってるか?」
「え?なにを?」
「出るんだってよ、あそこ。」
「出るって?何が?」
「ばっか、そりゃ出るっつったらアレに決まってんだろ。」
「ええっ、本当?僕そういうの苦手なんだよ。」
「な〜そんなビビってないでさ、行こうぜ。俺がついてるからよ。」
「う〜ん、、大丈夫かなぁ。わかった。着いてってあげる」
「よっしゃ」
「え、えと、でも、中には入らないからね。」
「わかってるわかってる。入り口まででいいって。でも、入り口で一人で待ってる方が怖いかもよ?」
「そんなこと言うなよ、、怖くなっちゃうじゃないか。」
 ………




「一番綺麗なところを見ちゃったら、もう楽しめないじゃない。また今度、次は貴方が帰る時がいいわ。ええ。そうしたほうがいいわ。貴方が帰る日に、また来よう。」




 僕は、彼女の話を聞くたびに、彼女がとても充実した生活を送っているように見え、僕が自分の話をする度に自分が汚く荒んでいて、取るに足らない人間であるかのように思えた。それほど彼女は輝いていた。


 難解な数式に美しさを感じる人がいる様に、君の行動を許せないと言う人も一定数いる。偶々それが、私だっただけさ。


 明晰夢を見るの。
 私はそこではなんでもできる。
 だから、
 出たくない。


 僕は図書館に行くと、あの子が居ないか。ふと、毎回思ってしまう。もしかしたらここに…なんて思いながら、僕は図書館を巡り続ける。


 12歳の誕生日に、招待状は届かなかった。


 あの街には深い闇がある。光がやたら輝いて見えるのは、その影が濃いからさ。


 落ちうさぎ。君に会いに来たんだ。



 ❇︎ ✴︎ ✳︎


 家では、父が真っ赤な顔で怒りながら待っていた。僕は彼の前でバイクをおり、そして謝った。
「ごめん。父さん俺…」
(ピシャリ)
 しかし、謝罪を言い終えるより前に、左頬を叩かれた。小さな稲妻が走ったように感じた。彼の愛車を無断で使っていたのだ。文句は言えまい。むしろそれだけで済んだことを喜ぶべきかもしれない。大きな傷でもつけていれば、彼がどんなことをしていたかわからない。
 父は憤慨しながらバイクと一緒に家に入っていってしまった。僕はなんとなく部屋に戻る気にはなれなくて、あの浜辺へ向かった。
 一夜振りの海はとても美しく見えた。


 僕は、眠りに落ちた。



 その日詩人になった僕は、世界の見方が変わった。その時からこの世の全てが美しく踊り狂っている見え、そして儚げらに微笑んでいる様に見えた。今までの世界に、より色がついたような感じだ。
 学校に帰ってからもそれは続き、絶えることはなかった。あれから10年以上経った今でも、僕の眼には世界は変わらず綺麗に映っている。


 ❇︎ ✴︎ ✳︎


 僕が16歳になった夏休み、もう一度だけ彼女の書店を訪れたことがあった。しかしそこにはあのこじんまりとした建物はもう無く、ただ荒れた空き地が広がっているだけだった。あの蠱惑的な雰囲気も消え去ってしまっていた。
 本通りの奥の、クッキーをくれるパブのおじさん曰く、あの書店の|父娘《おやこ》は遠いところへ行ってしまったらしい。その時の僕じゃ届かないところへ。  
 でも、いまなら届くだろうか。
 僕はその日から本屋に行くときに毎回あの子のことが思い浮かぶようになった。


 彼は自分の子供に無関心な男だった。
 また、僕に母親はいなかった。



 ―――ハロォウ。ディスイズホッターラヴァートーク。たった今からこのラジオは平日午後2時から始まる、ホッターラヴァートークのお時間だ。俺はパーソナリティのアンソニー・フィールドだ、よろしくな。この番組ではみんなのリクエストを待ってるぞ。素敵な恋のエピソードと一緒にダイヤルを回してくれ。今日のテーマは「ひと夏の恋」だ。じゃんじゃん送ってくれ―――
 興味のないラジオの音は、まるで周波数をずらしたかのようにきこえなくなっていった。僕は、お洒落な造りの電灯に止まっている騒々しいカモメたちの声に耳を傾けた。そして、ひたすら海鑑賞を続行した。ターコイズの美しい海だった。僕はただ物を眺めるのが好きな子供でもあった。
 急に背後から声がした。
「あなた、海のどこが好きなの?」
 振り返るとホリゾン・ブルーのワンピースを着た少女が立っていた。麦藁帽子を深く被っている。この町では珍しく百合ような白い肌をしていた。
 この街に来て満足に人と会話していない僕はただ固まったまま、彼女の顔を見ていた。10秒ほど経っただろうか、彼女は気づいていないのかと問いただすような刺々しい口調で、もう一度言った。
「あなたは、海のどこが好きなのかしら?」
 睨まれた僕は、彼女の態度にすこし驚いたが、すぐに答えた。
「別に海が好きなわけではないよ。」
「あら、そうなの」
 彼女はさぞ意外だというふうに言った。
「では、なんで海なんか眺めてるの?」
「僕は海を見ているんじゃない―」
 僕は遠くを指差して言った。
「―水平線を見ているのさ」
「水平線も海じゃない」
「違うさ」
「なにも違わないわ」
 しばしの沈黙の後、少女はまるでそれが当たり前だというように、僕の左隣に腰を下ろした。その後、2人は黙って海をみていた。いつの間にかラジオでは流行りのラブソングが流れていた。曲名は、思い出せなかった。
「この街に来るひとはみんな、海が好きなのだと思っていたわ」
 彼女は言った。
「だって、海とパブしかない街よ」
「僕は好きでこの街に来たわけではないからね。」
「そうなのね」
 またの沈黙。今度は僕が質問してみた。
「君はこの街の人なの?」
 答えは返ってこなかった。僕は水平線から目を離し、彼女の顔を見た。彼女はグレーの瞳に涙を浮かべて俯いていた。僕は、こんな時何をすべきかを心得ているような、立派な男ではなかった。僕は彼女から目を逸らし、水平線へ向き直った。そしてしばらく彼女と波の音に耳を傾けているような気分になった。次に振り返った時には、もう彼女はいなかった。
 そこにはただ純白の砂浜があるだけだった。
 ―――うんうんそうくだ、そうだろうな。ラジオネーム“恋するコウモリ”ちゃん。少しは参考になったかい?よしっ、これで君の悩みは解決さ。来週のこの時間、成功のお便り待ってるぜ。俺は昔は無口でつまらない奴だった。そんな俺を今のようなグッド・ガイに変えたのは“経験”さ。悩んでる子は経験しろ。経験が君を助けてくれるんだ―――
 一羽のカモメが海岸から飛んできて、僕の目前で上昇して行った。僕はその群れを目で追って空を見た。青にその胸の白さが映えていた。
「ああ、思い出した。」
 あのラブソングの名前はたしか―
 ―Never mind,she's just a daydream―
 ―気にするな、あの子は白昼夢―



 その時からこの世の全てが踊り狂っている見え、そして儚げに微笑んでいる様に見えた。今までの世界に、より色がついたような感じだ。


 何故だろう。村上春樹が言葉を紡いだ言葉はとても美しく感じられるのに、僕が並べた言葉は酷く陳腐に感じるんだ。


 言わば、嵐で森で沼で木漏れ日なんだよ。君は




「ねえクオ」
「どうしたんだよ、急に。」
「ねえ、“―――”って大嫌いなの。」
「それは、何故?」
「“―――”って、ずっと続くのよ。同じ軌道を同じ」


 嵐の前の風に含まれる、静寂と少しの危険の香り。


 この気持ちを忘れたくない。忘れないでよ。未来の俺。


 流行りは廻るとよく言うじゃない?でも、あれってちょっとと間違ってると思うの。一周まわってきて、ああ懐かしいなってなっても、やっぱり少し違うのよ。


 なあ、「資本論」には特定の世代の人口増加に対する対処法は載ってないのか?


 貴方の目はずっと孤独だわ。海岸ではじめて貴方を見かけた時からずっと。だから私は声を掛けたの。私から抜け落ちた隙間を、貴方が埋めてくれるんじゃないか、ってね。




 僕は彼女との体験を詩にし、歌にし、本にした。



 クッキーをくれるパブのおじさん曰く、あの書店の|父娘《おやこ》は遠いところへ行ってしまったらしい。その時の僕じゃ、絶対届かないところへ。
 でも



 次の日、僕はまたあの海岸にいた。そして今度は砂浜に相応しい本を読んでいた。しかし、ページを捲る手はなかなか動かなかった。読みたいけれど進まない、そういう時があるのだ。仕方がないから僕は栞を挟んで本を閉じ、海を眺めはじめた。その日も太陽は手加減などするつもりがないという様子で、素晴らしく強い光線で僕らを容赦なく焼き続けていた。そういえば、この町は本当に雨が降らないところだ。雲が出ていたのだってあの新月の日くらいだったな。そんなことを考えていると、どこからか―多分あのパーラーからだろう―いつぞやのラジオが流れてきた。
 ―――そんな男は早く忘れちまいな、コウモリちゃん。俺のラジオを聞くようなキュートでセンスのある女の子を振るなんて、そいつはとんだ大馬鹿者さ。君にはもっと良い人がいるって事だぜ。考えようによってはこれも経験なんじゃないか?まあ、そんなことはどうでもいいか。そういや、プラトンの言葉にこんなのがあったな。『音楽は、世界に魂を与え、精神に翼をあたえる。そして想像力に高揚を授け、あらゆるものに生命をさずける。』あのプラトンさんも言ってるんだ。一曲かまして忘れよう。じゃあ今日はコウモリちゃんが先週もリクエストしてくれたあの曲を流すとしようか。あいつなんかこの歌を聞いてさっさと忘れちまうことだ。じゃあみんな、そしてコウモリちゃん、聞いてくれ、|忌野清志郎《いまわのきよしろう》で『デイ・ドリーム・ビリーバー』―――
 ああ思い出した。そうだ、先週曲名が思い出せなかったのはこれだ。たしかこの曲はザ・モンキーズの『Daydream Believer』を日本語に直したものだった。日本語版では悲哀な感じの失恋ソングだが、本物の方は恋人との惚気話のような歌詞だったはずだ。
 コウモリちゃんは失敗したそうだ。そんな彼女には、日本語版のほうが心に染みるのかもしれない。



 懐かしいアコースティックギターのメロディが耳をくすぐる。

 人肌が恋しくなる季節。



 そうだ。僕は詩人だ。詩人が紡ぐものは全て物語だ。僕のこの人生も、



 図書館奇譚
 僕は、何を失った?何を得た?
 9/27 17:40


「夜が好きなら、夜を文章に書けばいい。その本を開くだけで、どこでも夜と出会えるように。だから僕は君を書いた。」
 彼女は泣きながら言った。
「貴方って|気障《キザ》ね。変わらないわ。」
 僕は彼女を引いて抱き締めた。
「僕は|気障《キザ》なんかじゃない。」
「―ただの詩人さ」


 僕は彼女に、仕返しのキスをした。


 帽子の下にこっそり角を隠すユニコーンのように


 人間は、ときとして、充たされるか、充たされないか、わからない欲望のために、一生を捧げてしまう。その愚をわらうものは、畢竟、人生に対する路傍の人にすぎない。
 芋粥―――芥川龍之介


 刹那の幻想を、お楽しみください。


 恒川光太郎の何かがそこに残っている気がした。


 川端康成のサインの入った全集がそこにはあった。


 本の良さを僕に伝えようとするたびに彼女は読んだ時の興奮や感動思いだしては、笑いながら泣いていた。いい笑顔だった。僕はこんな幸せな涙があるのかと思った。
 とてもいい時間だった。


 きっとこういう時に人はリスカするんだろうな。


 僕は彼女をベッドに座らせた。
「君は裸でこのベッドで座っていてくれないか。座っているだけでいいんだ。何もしないでいい。いや、スマホとか眺めてリラックスしていてくれ」


 僕は自分の詩集を手に取った。
 赤いダッフルコートを着た彼女は言った。
「その詩集、いいですよ」
 僕は聞いた。
「この詩集が好きなんですか」


 最悪だ…!
 やばすぎる


 その夜に僕は幽霊を見る。
 海辺のカフカ―――村上春樹


 濃密さが足りない


 なんて魅力的な|濃密さ《、、、》なんだろう…!


 僕は自分から抜け出せない。


 凄まじいんだ


「あの風だ。」
 僕はそう思った。僕はその時海辺のカフカを読んでいて、途中塾の受講室から外に出たところだった。
 冷たい風が吹いてきたのだ。身体と服の間の温度をしっかりと拭い去っていくような風だ。
 僕は駐車場にたってじっと虚空を見つめていた。いやその時僕は世界を感じていた。小学校の頃、午後5時、友人と遊んだ工事現場。多分今とちょうど同じ頃。この風が吹いていた。瓦礫の上で僕はこの風に吹かれていたんだ。空と空気の色もおんなじだ。それは白くくすんでいて、生気がない分さっぱりしている。
 僕は瓦礫の上に佇む僕を見た。その時の僕には、それはまるで僕のメタファーの様に感じられた。それは確かに僕で、もう僕には欠けらも残されていない様な僕だった。
 15歳の僕はあと2ヶ月しか生きられない。
 死に場所は探せるのか?


 10/10


 33章やばい


 たった今僕は真実に気がついたよ。本も世界も心も扉もみんな―――ひらくものだ。


「恋をしたことがないんです。」
 僕は噛み締めるようにもう一度言った。
「恋をしたことがない。燃えるように熱い…って言うのは野暮なんでしょうか。」


 実を言うと僕はこの本に心を鷲掴みにされていた。いや、 もしかするとこの本ではなく、現実にある何かしらに僕の心は囚われていたのかもしれない。しかしそれは僕には判断がつかなかった。もともと現実と幻想の輪郭を薄めてグラデーションにしていき、最後にはひとつにしてしまうような、そんな本であった。僕はその本の思惑通り、ひどく混乱していた。この心を捕らえて掻き乱すものはなんだ?  
 僕の心も、すっかり秋に衣替え。


 10/11


 僕は単純明快なんだ。それでいて曖昧模糊、複雑怪奇。
 掴みどころもないんだ。



 海辺のカフカを読み終え受講室を出るとそこには彼がいた。彼の名はガチョウ。僕の親友だ。
 彼は言った。
「話をしよう。」
 僕は黙って彼の横に座る。彼は空を見上げた。辺りは日が暮れる前の、闇が染み出してくるような、この時間独特の気配がしていた。何者かがゆっくりと、しかし確実に光を束ねて明日へと持っていくのだ。
 僕は彼に向けて言葉を放つ。
「なあ、僕は君に話したいことがある。多分一方的に話すことになるけど、聞いてもらっていいかい?」
 彼は親の機嫌を伺う痛々しい雛鳥のような笑顔で答えた。
「もちろん。君の好きなようにすればいい。」
 彼はいつもそういう笑い方をする。痛々しく笑うのだ。その痛々しさがどこから来るか、僕は知らない。時々考えてみることがある。僕が彼の笑顔に痛々しさを見るのは、僕が彼に痛々しい負い目があるからなのではないか、と。でもその度に僕は思う。彼の笑顔にあるその痛々しさは、彼に生まれつき備え付けられていた物なのかもしれない、と。僕はこの問答を幾度となく繰り返してきたのだが、答えに辿り着くような気配は全くない。むしろ混乱していくように感じる。僕は彼の笑顔を見るたびにそう思う。
 僕は最初のひと言を話し始めようと、息を吸った。しかしそれは空を切った彼の手によって止められてしまう。
「悪い。少し散歩に行かないか。」
 彼は僕に向き直って言った。
「散歩しながら君の話を聞きたいんだ。」



 ❇︎ ✴︎ ✳︎



 僕らは道なりに歩いていた。辺りには冷たい風が吹いていた。僕はひとつひとつの言葉を確かめるように話し始めた。
「君は芥川龍之介の作品を読んだことがあるかい?」
 返事はない。僕は彼との会話にまともな返事は求めてないし、彼も返事することは望んでいない。
「彼は天才だと思うんだ。彼の文章はまるでがちがちに固まった銀の檻のようだ。全てが計算し尽くされたロジックでできている。でも多分それは彼自身が計算した物ではないんだ。彼は彼が生きている世界を隅から隅まで捉えて、それを端から端まで文章にしただけなんだ。その世界の澱を自由を含みを必要な分だけ絶妙に取捨選択して、選んだ全てで造られている。もちろん作家は基本的にそうだ。彼が天才たる所以はこの時の“捉える”というところにあると思う。」
 彼は難しい顔をして黙々と前へ進んでいく。僕は話題を変える。
「まあそんなことはいいんだ。」
 僕はまるで芥川龍之介が素晴らしさはこの世界とは全くの無関係で誰にも必要とされていない物であるかのようにそう言った。
「僕はさっきまで“海辺のカフカ”を読んでいてね。村上春樹の作品さ。」
「ちょっと待って。ジャンパーを着たい。」
 彼の一言が僕の戯言を遮る。
「このリュック、少し持っていてくれないか。」
「いいよ。もちろん。」
 彼は大きいリュックサックと手に持っていた小さい鞄を僕に手渡し、ジャンパーを着た。僕は受け取ったリュックサックを背負い、小さな鞄は右手に持った。どちらも大きさの割にとても軽かった。
「ありがとう。」
 彼は僕から荷物を受け取ろうとする。僕は気が変わって、出された彼の手を抑えた。
「いや、僕に持たせてくれよ。僕は今まで何も持っていなくて違和感があったんだ。」
「それならお願いするよ。」
 彼はまた痛々しい笑みで答えた。僕はなんだか居心地が悪くなる。
「ひとは不自由な方が生きやすいんだ。“海辺のカフカ”の中でもちょうど同じような話をしていたよ。僕らはある一定の制約の上じゃないとうまく生きられない。ここでは君の不自由という財産を僕が奪ってしまったんだ。」
 彼は前を向いてこう聞く。
「それは―――君の自由意志で?」
「そう。」
 僕も前を向く。
「―――僕の自由意志で。」
 暫く歩くと公園が見えてきた。小さい割に立派な遊具のある公園だ。辺りはもうすっかり暗くなっていて、ひとはいなかった。
「そう。」
 僕は公園の入り口の方で彼に向き直った。
「さっき読んだ本の中に図書館が出てくるんだ。高松の海の近くにある図書館でね。素晴らしいところなんだ。そこには僕がいて大島さんがいて佐伯さんがいたんだ。」
 僕は彼に微笑みかけた。彼の顔は暗くてよく見えない。
「大島さんっていうのは難しいけれど素敵なお兄さんなんだ。僕を気にかけてくれる。そして佐伯さんは端正で美しい女性で、その図書館の館長なんだ。僕はその瀬戸内の時の狭間のような世界で過ごすんだ。」
 僕はくるりと彼に背を向けて遠くを見た。
「今までで1番至福の読書体験だった。この本を読んで、僕は願い事が2つ増えた。それはなんだと思う?」
 背後の彼から答えはない。彼はぜんまいの切れたブリキのおもちゃのようにそこにいた。いや、もしかしたらそこに彼はいなかったのかもしれない。人間は背後を確認する術を持ち合わせていない。
 闇はだんだんと濃くなっている。風は勢いを増す。僕の耳にはその風の音だけが聞こえる。
「ひとつは“図書館を建てたい”。僕は読み終えた時に、そう願ってしまっていた。僕は自分の図書館が欲しい。うん。そうだ。僕は図書館をつくりたいんだ。そこまで大きくなくていい。ただその建物は明治の頃の建物みたいにレンガで造られて、趣があるんだ。そこには地下室があって、誰かの思い出がそこで眠る。壁には美しい森の絵が飾られて誰かがその絵に吸い込まれていく。館内は正しく管理されたルールに基づいて整理されて、正しい本が正しい場所にある。そして館長の部屋では、僕が万年筆で文章を書いているんだ。そこにある窓からは昼下がりの、もしくは早朝の、あるいは夕暮れの、四季折々の庭が見えるんだ。僕はそこで何かに向き合う。ただ黙々と向き合い続けるんだ。」
 僕は夢を見るような感じで目を閉じた。僕は今僕の図書館にいる。そしてその裏には綺麗な海岸がある。僕はそこにいき水平線を認めながら波の音に耳を澄ます。誰かの記憶は地下室で眠る。絵に吸い込まれたひとは、時間があまり関係の無い場所で暮らす。海岸には僕がいる。書架は整理されている。そこは非常にメタフォリカルな物事に溢れている。
「そう。そしてその図書館はメタフォリカルなんだ。誰にとってもね。実は本の中の図書館は、僕と大島さんに取っても佐伯さんにとってもメタフォリカルなものではないんだ。その世界は全てメタフォリカルに取って代わることができるから、それは彼らの中で実態を持って互いを繋ぐ、パイプのような物になっているんだ。それは心臓と脳を繋ぐ血管のように無くてはひとは生きられない。でも―――」
 僕は言葉をきった。ここまで喋るのに息を忘れていた。相変わらず背後の彼と思わしきものは動かない。僕は続ける。
「僕らの生きる世界は良くも悪くもメタフォリカルではないアレゴリーで溢れている。そう。僕らの世界には無くてはならないパイプが多すぎるんだ。だから僕はそこに僕だけのメタファーを創りたい。誰にとってもメタフォリカルな僕だけのメタファーだ。」
 僕はだんだんと振り向くのが恐ろしくなっていた。その恐怖に彼は殆ど関係がない。僕は話を終えるのを恐怖していた。できることならこのままずっと話を続けていたかった。僕は話すたびに僕が出来上がっていく感覚にすっかり陶酔していた。もといた世界に戻りたくなかった。
「ふたつめ、これはもっとシンプルだ。“愛する人が欲しい”。僕は本気で愛せる人が欲しい。これに関して僕はこれといった注文はない。ただ本気で愛したいと思える、そんな人が欲しくなったよ。」
 時間のようだ。目を開けると、辺りは真っ暗で、冷たい風がどうしようもないくらいに吹き荒れていた。そして僕はゆっくりと彼へと振り向く。まるで僕自身が鍵になったかの様に身体を180度回転させる。彼はそこにいる。耳元で扉が閉まるような重い音がした。
「僕の話は以上さ。これから僕はもっと強くある努力をしなくちゃいけないな。」
「そうだね。」
 彼はまた痛々しく笑う。風はもう止んだ。
 彼は言った。
「もうすっかり暗くなってしまった。戻ろう。」
 いつの間にか僕が持っていたはずのリュックは彼の背中にあった。
「散歩はいいな。」
 僕は言った。



 ❇︎ ✴︎ ✳︎



「なあ、好きな音楽流してもいいかな。」
 ガチョウは言った。
「いいよ。もちろん」
 僕は答える。


 笑っちゃうくらいいい景色だった。
 陽だまりの中で駆ける双子の女の子とその親。皆笑顔だった。


 父親を殺してみようか。(デイドリームビリーバー)
 そして、明晰夢を絡めてみよう。(天才か…?)


 よくもこんな無茶な計画が立てられたものだ。これじゃあまるで蠱毒ではないか。


 17年も待ったんだ。


 その少年と母親の姿を見てクオはなんとも言えない寂寥感に襲われた。


 アヒルとガチョウのモチーフ


 私はこう思っていた。この世界の振れ幅はおかしい、と。究極の幸福と究極の絶望が同時に存在し得るなんて。
(友の死)
 それは簡単に、交錯することを知った。


「これは夢なのかなぁ」
 君は笑う。


 山田香帆里


 人物像を掴む為の特訓が必要だ


 バレンタインデーの学校は、青春に染まる。
 この話の主人公こと僕、|村上光太《むらかみこうた》は1年B組の教室でひとり本を読んでいた。


 もし、人の生きる理由がより多くの幸せを感じることだとするならば、お金を持っている金持ちよりも貧乏人の方が、今を生きる人として優れているのではないだろうか。
 そう思うことが時々ある。なぜなら幸せは相対的なものだから。考えてみて欲しい、レコードを一つ貰って幸せを感じる人と、フェラーリを何台貰っても幸せと感じられない人。どちらが幸せだろう。
 では、なぜ人はよりお金を稼ぎ、名誉を重んじ、社会の仕組みの中で偉くなろうと命を削るのだろう。
 それは偏に、僕らは幸せを追い求める生き物であると同時に“勝利”というものの依存症だからだ。僕らは“勝利”に依存することでこの自然界を生き延び、現在のような“勝利”無しでも快適に生きることのできる、殆ど理想郷のような世界を創り出すことができた。しかし、僕らは歴史を歩むうちに“勝利”無しでは途轍もなく心配になるくらい、それに頼りきってしまっていたんだ。


 “勝利”によって生まれる“優越感”というものは非常に甘い罪の香りがする。人は、その香りが大好きだ。


 理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない。――村上春樹「スプートニクの恋人」


「つまり――ホームなのにアウェイってことかい?」
 彼はひとしきり笑って言った。
「俺が言ったことにしてよ。」


 “ご祝儀感情”ねぇ……


 どこにでもいる女の子なんてどこにもいない。


 確かに、創作物の中で自分の思うように行動しない主人公というのは機能しないコントローラーと一緒で全くストレスの溜まるものだ。


 黒板に爪立てて引っ掻いてる音聞いてるような不快な感じや


 反知性主義は最近では論破するための論理だと思われているが、それは単に本当に馬鹿な人々が曲解してできた認識であって、本来の意味はエリート層等の所謂知識・思想を持った奴は普通の何も知らない奴より偉いんだという特権意識を持って国が運営されていることこそがおかしいんじゃないか、というところに反応した一種の皮肉である。
 したがって反権威主義、反権威的知性主義と呼ぶこともできるであろう。
 反知性主義というのは、本来選民思想へのアンチテーゼなのだ。


 三島由紀夫はアイドルやな


 最も猥褻なものは縛られた女の肉体である――サルトル
 by三島由紀夫
 主体性があるのにそれが発揮できない状況に置かれているという美


 サルトル――実存主義←その裏切りによる傷――W村上→「終わらない日常」日本人のテーマ


 アフォリズム&デタッチメント→村上春樹≠連帯
 自傷&観察(放浪)&行動→村上龍


 ラディカルなうえで下品じゃない女性→やれやれと受け入れる村上春樹(逆らわない)


 モノ執着への終わり→z世代
 モノ執着→田舎を切り捨てた文章


「あるいは」「そうかもしれない」同調と諦め。自分は空っぽ。同調しているようで突き放しているそのミラーリングによる孤独。


 3.11→最後のチャンス


 ノルウェイの森→迷いの森 バブル以降の日本の預言の書


 風の歌を聴け→ずらしずらしずらし救済


 三島由紀夫 耽美の仮面の裏の祈り


 浅ましい目だ。あんな目にはなりたくないね。          == なんでも2 入寮 ==              1/6

 翻訳していると、死ぬほど付け足したくなる。素晴らしい行為だ。心踊るよ。翻訳という作業は。

 徹夜とは自己の拡張である。

 僕は青藍寮の横にある霊園の入り口に置かれた、孤独なブロックに腰掛けていた。そうして僕は、月について描かれたひとつの美しい小説を読んでいた。辺りには快い涼風が吹いていて、僕は全身で夜の幕開けを感じていた。  読み進めてゆくうちに、軈て僕は先刻まで感じていた筈の夜の黎明に対して一抹の違和感を覚えた。その違和感は文字を追うほどに僕のなかで脈々と波打ち、仕舞いには看過できないほどに膨れていった。そのとき僕が感じていた僕の周りの夜と、小説のなかの夜の心地が随分と違うのだ。僕はその空気の質の違いに、次第に陸に投げ出された魚類のように息が出来なくなり、耐えられなくなると、プールからやっと抜け出したように上体を上げ、空を見上げながら肺の奥まで息を吸った。どうしてこのような違いが生まれるのだろうか。文章と現実の、この奇妙な乖離は何処から来るのだろう。そんな疑問がふと頭を過ったが、僕はその疑問に集中できるほどの心の余裕を持ち合わせていなかったため、それは瞬く間に夜風に吹かれて消えていった。  そのようにして暫くの間、辺りの静寂を頼りにして空を見上げていたが、再び此処で視界が歪むような感覚がして酷い頭痛が僕を襲った。そして、まるでひとりだけ異世界へ迷い込んでしまったかのような、本来の居場所に帰りたいような、刃物で切られた時の鋭い痛みに似た法界悋気の感情が胸を貫いた。本来僕が在るべき処へ帰りたかった。僕は身体を丸めてそれに耐えようと必死だった。  そんな苦しみの裏で僕の残り少ない正常な思考は、この状況を打開する策について黙々と考えを巡らせていた。そしてこの世界の何処かに拠り所が必要だという結論に至った。そして僕は――殆ど反射的に――立ち上がって空を見上げ月を探した。僕が見た先には、小説の中と寸分変わらない月が只そこに在って、僕はその豊かな光を確かな礎としてこの胸の動悸を鎮めるはずだった。  しかし、そこに月は無かった。  僕は右を見た。年月に擦り減らされ、今や希薄な青春の想い出の巣箱となった、過去の人の為の寮があった。僕は前を向いた。夜に他のどれより輝く巨大な電灯の下でテニスをする、骸のような人々がいた。僕は左を見た。無数の本当の骸が横たわる、細部に拘りのないありきたりな霊園があった。僕は後ろを振り向いた。そこには、ゴミ処理場へ降りていくなだらかな坂が――。  僕はすっかり自分という存在に絶望して、操り糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。暗い夜に本が読める筈は無い。そう、僕の上にも昆虫の眼のような形をした無機質な電灯が最初から在ったのだ。  僕は力無く立ち上がり、本来僕が在るべき場所を探す旅に出掛けようとした。それは波瀾万丈で危険で美しくて情熱的で罪の香りがして、そして、本来ならば誰にでも訪れる筈の旅路だった。しかし、すっかり毒に侵されていた僕は、僕らは、もう歩き出すことはできなかった。  再び膝をついた僕は、声も上げずして空を見上げた。  果たして、僕らの月は何処へ行ってしまったのだろう――?

 19世紀耽美主義 三島由紀夫→仮面  女性的感性からくる繊細な文章。そしてそれに対成す男性的思想と行動。相反する二面性から生まれる葛藤に仮面を創り出した。  →実存主義へ

 金閣寺、仮面の告白読了後→鏡子の家

 文学。作家について、処女作から順に文体の変遷や当時の時代背景を鑑みてその人間を楽しむ。記録として読む。

 潮騒、花ざかりの森・憂国、真夏の死  戯曲なら→サド侯爵夫人

 社会に根付く人―浮世の人

 此処には居られない色――赤

 小津安二郎  東西文化のキャッチボール  東京物語

 他者と常に関わっていると頭がおかしくなってしまいそうだ。

「僕らの月は何処」を書いたのはサマータイムレンダを見て、本当にあの気持ちになったから。なんでこの世界には澪ちゃんが存在してないのか。fuck you

 いくら煌びやかに彩っても、いくら技巧の凝らされた文章だとしても、姦通などは純愛には敵わない。

 おっとお〜、これはキツイぞ

 ニヤニヤが止まらんニチャァ

「駆け落ち」  何か今僕らの周りに漂う全てが、集約されたような言葉だった。

【自戒】怒鳴るな。

 LINE Quick gameに心を奪われている。

 教室海 月夜

 駆け落ち

「ねえ、貴方。私と一緒に駆け落ちしない?」 「えっ?」

 コンビニの前  十時五分に  食べ残してきた  青春を

 土曜の食卓  こんな時だけ  思い出すのは  どうして?

 土曜日って、色で表すと藍色よね。  なんでだろう。一番満ち足りた曜日なのにね。

 土曜日の朝  ベッドから出て……

 金曜日、調子に乗って夜ふかしする  君たちは知らないと思うけど  土曜日の朝こそ最高の時間なんだよ  ほら、想像してごらん  目を覚ますと、薄っすら明るい自分の部屋  ベッドから出て、カーテンを開けると  そこには眩しい土曜日のひかり  そう、その時間、僕らは  なんでもできる  これから始まる

 朝

 金曜の  夜ふかしやめて  眺む朝  希望に満ちた  土曜の始まり

 土曜日に  浴びる朝日と  ハムエッグ  目を凝らしたら  仄かな希望


 お昼


 土曜日の  正午気怠い  音が鳴る  期待は碇に  私を固定

 希望だけ  先行き過ぎた  土曜日は  ぬるい麦茶が  何故だか似合う


 夕


 明日がある  だから大丈夫  大丈夫  シャワーの時の  言葉は仮初

 運悪く  過ぎ去っていった  土曜日は  また箱に入れ  明日に配達


 夜


 コンビニの前  あの日あのとき  食べ残してきた  青春を

 土曜日の夜  食卓に独り  こんな時だけ  思い出す  …………



 関係ないやつ

 運悪く  過ぎ去っていった  週末は  からくり箪笥の  奥にしまって

 杪夏

 思考ノート。俺の感受性を掴んでいこう

 人間性を捨てた人間。


 降格したやつ↓  アニメ、そして冬の風

 中学1年生の冬頃だ。僕はその頃テレビでアニメを見ることに夢中だった。  その頃にはもう、サブスクリプションの文化はある程度浸透していて、僕は好きなアニメの好きな話をいつでも好きな時に見ることができた。  僕は親や兄弟がいる時はテレビを観ることができなかった。その代わり他の家族が出掛けて、ひとりで留守番をしている時に好きなだけ観ることが出来るという特権を持っていた。  その日も僕は家で一人で、好きなアニメを見ていた。家族は朝から出掛けていて夜まで帰ってこない。弛んだ午後の空気で充填されたリビングで、僕は食い入るように画面を見つめていた。  52インチの液晶の向こう側では、主人公の少年が恋人と一緒に午後の穏やかな時間を過ごしていた。彼は仲間と共に最後の戦いへ臨むための準備を、ちょうど終わらせてきたところであった。その少年は言った。 「もしこの戦いが終わって無事に帰ってこれたら、僕と結婚してくれ」  計算し尽くされたハイライトを湛えた、デフォルメされた無機質な瞳がヒロインを見据える。彼女はアニメらしい大袈裟な動作で喜びを表現し、そして 「わかったわ」  と言って、凛とした顔で主人公を見つめた。 「ただし、絶対、死なないで。絶対勝ってね」  そう言って照れくさそうに手を握った。彼も照れくさそうに笑った。 「大丈夫だよ。僕らは負けない」  そして繋いでいた彼女の手を、より強く握りかえした。  そこには暖かい午後の日差しと、嵐の前の冷酷な静けさがあった。  僕はこの時、この言葉が所謂“死亡フラグ”と呼ばれるもののテンプレ中のテンプレであるということは露ほども知らなかった。  純粋無垢な12の少年は、主人公の勝利と幸福だけを願っていた。    ❇︎ ✴︎ ✳︎

 3時間くらい経っていただろうか。暖かな午後の空気はとっくに消え去り、薄暗いリビングには冷たい冬の風が吹いていた。画面の向こうの世界では最終決戦のクライマックス、主人公とその宿敵との戦いの真っ最中であった。  主人公は      自分の文章が素晴らしいと思ってしまう。なんだろうこれ   「冷水機飲んでくる」はメトノミーだ!間違いではなかったんだ!!!「扇風機が回る」や「やかんが沸く」と同じ換喩なんだ!!

 颯→ハヤブサ  石川一(はじめ)→キツツキ  ハルさん(モデル:魔女キルケ)→タカ  反舌澪→モズ  シオン

 名前……? どうしよう

「手紙」を再読して震えてる

 豪遊させよう。

 ね、駆け落ちでしょう? もっとムードを出さないと

 正常性バイアス  同調性バイアス

 心の奥底に春水の湧き出ずるものがあったのかも知れぬ。

 カラオケ  新幹線  懐石料理  本屋  映画館  ホテル  試着室  動物園!  博物館  美術館  海  シャボン玉と花火  公園  山小屋

 嫉妬してほしい。

 明晰夢

 長声一発

 俺はダメだ。価値観が前時代的過ぎる

 死神は抜けがらの街で悪を喰らう。

 固い足音がして、咄嗟に後ろを振り向いた。見るとそこにはコンビニの制服を着た女が立っている。冷たい温色の街灯に照らされて、僕らは向かい合う形になる。 「お客さま、何かお忘れ物はありませんか?」  女は落ち着いた様子で笑いかけた。僕は死神に聞いた。(逃げるべきかな?)死神は言った。(ああ。早く逃げるべきだ)  僕はさっと身を翻し、逃げ去ろうする。その瞬間、驚くほどの速さで女は動いた。僕は無造作に左腕を掴まれ、その手に持った盗品は光の下へ高く掲げられた。 「最初から見ていたので、とりあえず事務所行きましょうか。」  女は表情を崩さずに言った。僕はそのまま、抵抗できずに事務所へと連れて行かれた。


 フェリーは、幾千の牛のような声をあげて出港した。肌がビリビリとざわつき、生物と無生物とが入り混じってしまうくらいの振動を伴っていた。僕はフェリーが鮮血のような水平線を跨いで行ってしまうまでたっぷりと時間をかけてそれを見ていた。フェンスの間から見る日没前の海は豊かな殺気で満ちていた。僕は死神に聞いた。(どうして海はこんなに僕を殺したがるのだろう)死神は言った。(お前に苦しんでほしくないからだ。人がゴギブリに毒をかけて意味もなく殺すみたいにさ)そして死神はホルダーに残されたトイレットペーパーの芯のようなからからとした声で笑った。(ゴギブリなんか殺しはしないよ)僕は言った。  フェンスから手を離しもう見るものなどない海に背を向け歩き始めた。港から駅までは繁華街になっている。歩き出して数分もすれば日は完全に沈み終え先刻まで真っ赤だった空にも静脈血のような暗い影が落ちた。街の空気には安い香水と吐瀉物が入り混じって希釈されたような、艶やかな香りが混ざり始める。(僕は今気がついたよ。こういう街のネオンの光が特別明るく見えるのは、その光のすぐ近くに深い闇があるからなんだ)死神は黙って右手にある路地の奥を見た。僕がそれに倣って路地の先を見ると死神は虚空に消えた。


 改札口の前では僕と同じくらいの少年が六人、制服のままたむろしている。同じ塾の鞄を持っているから、これから塾にでも行く集団だろうか。するとその中の頭を丸めた優しそうな少年が近くにいたホームレスの老人を見つけ、


 焚き火と読書。焚き火の光で本を読んで、今だと思った時に火に投げ込むんだ。

 表紙はタバコを持った若い女性の手にしてください。風の歌を聴けみたいな。

 海に眠る、止まった腕時計をつけた右手

 自己犠牲ののち、封印。記憶まで。  故郷に帰りたくなる薬。

 僕の|好み《タイプ》は、頭が良くて理知的で、優しくて、本の話ができて、それでいて支えてあげたいと思う女の子だ。課題は出来る限りちゃんと出す、真面目で努力家な女の子だ。夜寝る前、ベッドで「さらばユニバース」を聴いて恋人のことを考える子だ。

 異端の祝祭  愛情とも欲情ともつかない感情。  手というのは強烈に情欲をそそる人体のパーツなのだ  胡乱な集団  石神が絶妙なキャラすぎるな

 僕の言葉を聞いた死神は黙って右手にある目立たない路地の奥を見た。僕がそれに倣って路地の先を見ると、死神は虚空に消える。  視線の先には胸元をはだけた女と男が居た。女は両手を押さえられ、

 今日は、夏なのに雪が降った。気温が低い訳ではないのに、だ。

 勉強楽しい!

「なんで言いたくないかもわからない」ってせう可愛すぎる。

 颯は危惧していた。一には、昔から向こう見ずなところがある。

 霧に包まれた針葉樹の森。その中にポツンとある広い湖。

 顔に血がついた真っ白なフクロウ。一面の銀世界で黄色に光る一対の眼と、その赤だけが嫌に目立っている。

 掃除を手伝ってくれたせうの話。(模試)

 ガソリンを入れる時のメーターの話。

 感じた印象をイメージに形作る癖  学問→土を掘っていく  未科学と非科学

 芸術に科学で切り込むのはタブー  文学にメスを入れたら血が止まらなくなりそう  縫い付けることができない。

 海に溶けてく思考。  俺は自分から滲み出る色水を掻き集めてもがくようなイメージ。  せうは海に溶けても、全てが均一に混ざるとするなら、原子は何処にでも必ず残っている。それを集めるのがこのメモ。

 クローンについて

 僕は青藍寮の横にある霊園の入り口に置かれた、孤独なブロックに腰掛けていた。そうして僕は、月について描かれたひとつの美しい小説を読んでいた。辺りには快い涼風が吹いていて、僕は全身で夜の幕開けを感じていた。  読み進めてゆくうちに、軈て僕は先刻まで感じていた筈の夜の黎明に対して一抹の違和感を覚えた。その違和感は文字を追うほどに僕のなかで脈々と波打ち、仕舞いには看過できないほどに膨れていった。そのとき僕が感じていた周りの夜と小説のなかの夜の心地が、随分と違うのだ。僕はその空気の質の違いに、次第に陸に投げ出された魚類のように息が出来なくなり、耐えられなくなると、プールからやっと抜け出した時のように上体を上げ、空を見上げて肺の奥まで息を吸った。どうしてこのような違いが生まれるのだろうか。文章と現実の、この奇妙な乖離は何処から来るのだろう。そんな疑問がふと頭を過ったが、僕はその疑問に集中できるほどの心の余裕を持ち合わせていなかったため、それは瞬く間に夜風に吹かれて消えていった。  そのようにして暫くの間、辺りの静寂を頼りにして空を見上げていたが、再び視界が歪むような感覚がして酷い頭痛が僕を襲った。そして、まるでひとりだけ異世界へ迷い込んでしまったかのような、本来の居場所に帰りたいような、刃物で切られた時の鋭い痛みに似た法界悋気の感情が胸を貫いた。本来僕が在るべき処へ帰りたかった。僕は身体を丸めてそれに耐えようと必死だった。  そんな苦しみの裏で残り少ない正常な思考は、この状況を打開する策について黙々と考えを巡らせていた。そしてこの世界の何処かに拠り所が必要だという結論に至った。そして僕は――殆ど反射的に――立ち上がって空を見上げ月を探した。僕が見た先には、小説の中と寸分変わらない月が只そこに在って、僕はその豊かな光を確かな礎として、この胸の動悸を鎮める事ができるはずだった。  しかし、そこに月は無かった。  僕は右を見た。年月に擦り減らされ、今や希薄な青春の想い出の巣箱となった、過去の人の為の寮があった。僕は前を向いた。夜に他のどれより輝く巨大な電灯の下でテニスをする、骸のような人々がいた。僕は左を見た。無数の本当の骸が横たわる、細部に拘りのないありきたりな霊園があった。僕は後ろを振り向いた。そこには、ゴミ処理場へと降りていくなだらかな坂が――。  僕は自分という存在にすっかり絶望して、操り糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。暗い夜に本が読める筈は無い。そう、この僕の真上にも昆虫の眼のような形をした、無機質な電灯が最初から在ったのだ。  僕は力無く立ち上がり、本来僕が在るべき場所を探す旅に出掛けようとした。それは波瀾万丈で危険で美しくて情熱的で罪の香りがして、そして、本来ならば誰にでも訪れるはずの旅路だった。しかし、すっかり毒に侵されていた僕は、僕らは、もう歩き出すことはできなかった。  再び膝をついた僕は、声も上げずして空を見上げた。  果たして、僕らの月は何処へ行ってしまったのだろう――?

 人格の創造。  人格は創れると思うんだよね。by昔の貴志

 時間は変化を測るための指標である――アリストテレス 「変化が無ければ時間もなくなる。時間の存在は変化に依存しているから」  時間は何にも依存しておらず、絶対的な存在だ――ニュートン  現代科学では前者が正しい。  時間は因果関係にも依存している。  因果関係というリレーによって出来事が一つずつ起きていき、私たちはそれを感じることによって時間の流れを感じている。つまり、時間は因果関係にも依存している。

 夜遅くまで起き続けて睡眠負債が溜まりまくっていると、耳たぶが刺されたくらい痛くなったり、二の腕が取れそうなくらい熱くなったり、とにかくありもしないような異常が身体に現れる。

【自戒】もう何も入れるな  つまり今吐きそうおやすみ

 晴れた日には野原で本を読む。  小洒落た傘があれば、雨の日も好きになる。

 創造の美は瞬間的であるべき  私たちは一瞬だ

 最初はイタリアか? 俺はカプリパンツ姿でスクーターに乗り、ジュゼッペ農場に行ってチーズを食べる。クローズアップで恍惚感を装い――次に南アに飛んで――人種差別はダメとか言ってエミー賞を取る。オーケー。食うぞ。

 パンのないパン皿

 次元の違うヤバさだな。彼の歴史の話からして、今夜のメニューの包括的なテーマを当てるのが楽しみだ。  それ本気?  ああ  バカにされてるのよ。  違う。これは構想だ。  そんなわけない  彼の料理には物語がある。彼は語り部だ。常識は無視するけど、  常識を説くようで月並みかもね。でも――食堂は料理を出すべきよ。 (沈黙)  君は月並みなんかじゃない。

 2013年ロス・コブピノ・ノワールです。眠りを覚ますためにデカンタでお注ぎします。オーク、リッチチェリー、タバコノート。熱望と後悔のかすかな香りが特徴です。

 次の料理の名前は‘記憶’。思い出を誘う一品です。私の思い出話を――。故郷のアイオワの街では火曜日は‘タコスの夜’でした。タコスの火曜日。ここに居るのは私の母です。酔っ払ってます。よくあることです。私が7歳だったある火曜日。父が酔って帰宅を。これもよくあることでした。母が怒ってわめき立てると、父は電話線を母の首に巻き締め上げました。私は泣きながらやめてと懇願しました。でも止めるには父の太ももをキッチンハサミで刺すしかなかった。喉を刺せばよかったが、当時は思い至らなくて。ご想像通り忘れ難い‘タコスの夜’の思い出です。

 バイオダイナミック農法のカベルネ・フランを使いました。酸化防止剤不使用で――炙ったタンパク質によく合います。

 ‘時には一杯のお茶さえあればいい’。スロバキアのことわざです。

 男に生まれた俺にとって、女が一番の敵だ。最悪で最強の。

「コーリング・Dr.サンシャイン」が――ひどかった。  あの日曜日は何ヶ月ぶりかの休日。唯一、命の洗濯をする日。私は一人、劇場であの映画を見た。

 そして今また実物を見て呪われた気分だ。

 志をなくした芸術家は実に哀れだ。

 あなたがこめたのは愛情じゃなくて執着。 「ザ・メニュー」

 平沢進。やばい人。パプリカ。

「月が綺麗ですね」と言ったら、気の利いた答え――出来れば、僕の思い付かないような――をくれる人で、哲学の話ができる。三島由紀夫も好きだけど、どちらかというと太宰治が好きで、村上春樹が好きだけど、どちらかというと村上龍を好む。スピッツが好きで課題をちゃんと出して、それでいて月が似合う女の子。

 俺は失恋を異常に恐れてるのかもしれない。だから好きな人が居ないし、作れない。吐きそうだ。

 ミステリって、マジでいいな。最高じゃん。純文学と大衆文学って何か違うようなものだと思ってたけど、少し表現のアプローチが違ったりギミックが付いてたりするだけで、根底にあるものは同じものなんだろうな。

 ハンブルブラッキングの塊みたいな俺。

 彼女できたらセーラー服着てもらお。

 早朝始発の電車でお互いが始発に乗っている理由を探り合う。

 私たちしかいない寂れたファミレスでクラスTシャツのデザインの会議。

 好きでもない後輩と観覧車で2人。それから窓の外に意中の人が恋人と座って、ひとつのアイスを食べているのを発見する。

 捨て猫を巡って家族を再確認する兄妹。

 卒業式に欠席したクラスメイトの家に卒業証書とアルバムを届ける。

 全てがひと段落してケーキを食べる。そして、下の名前をお互いに聞く。

 俺の好みって月並みすぎるな。譲れないけど

 高校では付き合いません。

 今年のバレンタインチョコ→0個

 少しだけスケボーができて、バレーもバドミントンもできて、ドッジボールもうまい。MCバトルとビートボックスを見るのが好きで、ホラー映画をよく見て、小説もよく読む。チッチが強くて、割り箸も強くて、結構気が効く。みんなには言ってないけど実は作家になりたくて、文章を書くのが大好き。勉強はそこそこできて、スピッツとミスチルが好きで莉犬くんの声が好き。時々ハニワを聴くと甚大なダメージ食らう。カラオケが好き。ユーチューバーならレぺゼンが好き。クラロワは小学校の青春で、なんと最近天界に行った。ペッ攻使いで、割に上手い。ブロスタも少しやっていた。センター分けやマッシュが大嫌いで、その髪型の外進生が本当に嫌い。いつもTwitterで悪口を書いている。インスタはよく触っていたけど、カップルのストーリー等でダメージを受けるためもう興味が薄れてきていて、あまり使わない。ミステリには造詣が深いわけではないけど、大好きな親友がいるからそこそこ知っていて、自身は三島由紀夫と村上春樹と恒川光太郎が好き。ホラーも、映画だけでなく小説もよく読んで、「黒い家」がお気に入り。哲学の話ができて、のめり込んだら多分幾らでも続けられる。顔は普通。でも、少なからずモテる。身長は同い年の平均と同じくらい。スタイルがコンプレックスだけど、服でなんとかなるとは信じている。最近太ってきて危機感を感じていて、運動して筋肉をつけて痩せようと思ってる。目が悪くて、メガネをつけると印象がガラリと変わる。エレキギターを買って貰ったけど、まだ上手く弾けなくて焦っている。放送部にはもう希望を持てなくて辞めたいと思っている。バレー部はやるのは楽しいけど勉強が心配。続けたいではある。軽音はライブめちゃくちゃ楽しかったけど恥ずかしかった。でも最高だった。文芸部は提出した「スノータイムリミット」が恥ずかしい。読んでほしくない拙作だと思ってる。好きな人はいない。それどころか気になる人もいない。惰性の関係はあるが、もうすぐで空中分解。今年は勉強を頑張ろうと思っていて、文学賞にも応募したい。課題も全部出したいし、この目標を全部達成してなかしょうにレトリック辞典を買ってもらいたい。天才になって二人で東大に合格したいと思っていて、しかもそれが可能だと信じている。けれど、日常は惰性で進むことに相当な危機感を感じている。だから、俺は変わる。

 男女の関係についての解像度をもっと上げていかなければと思うのだが、恋人を募集しようかな。

 ウルフカットのお姉さん。お酒が好き。煙草も吸うけど、嫌いな僕のために外で吸ってきてくれる。ボディタッチで誘ってくる。案外思慮深いけど、肝心なところをテキトーにしたりする。酔っている時でも、香水のいい匂いがする。どちらかというと受け。からかってくるがからかわれると弱い。小説を読む時の顔はいつになく真面目。太宰治が好き。

 一歩踏み出すたびに、音階のような足音が鳴る年頃。

 僕は行為の時、相手が喋るのが嫌で、手を顔に押さえて、指を咥えて貰っている。

 共感ではなくとも、何か感じるものは増える。

 新たな考え方。削ぎ落としていく。

 失いながら、かき集めた落ち葉。考え方の路地。落ち葉拾い。

 比喩フェチ。

 哲学的ゾンビ。何も違いがないクローン。心や意識がない。自分以外の存在が哲学的ゾンビだと仮定した時、反論できるか?

 地獄への道は善意で舗装されている。(欧州の諺)

 僕らは、対話の快楽を優先するあまり、本来の目的を見失ってしまっているような気がするんだ。だから、変わろう。きっと大学になれば、嫌というほどできるさ。

 第一にパターン化しようとする癖は、あまり好きではないな。けれど、これも科学者の性なんだよな。そうだろ? せう。

 カテゴライズするのも、ね。

 よし、まずは模倣から。ねっ?

 想像力というものは、多くは不満から生まれるものである。あるいは、退屈から生まれるものである。

 さっき私は、自分の人生が、芸術よりあとに始まったと言ったが、こういう小説家のほうが、実は多いのである。二十歳で小説を書き出す人間は、二十歳までに感じたことをもとにして、その上で想像力を広げてゆくほかはない。それはけいけんというよりは、感受性の問題である。われわれは、感受性の傷つけられやすいもろさの中に、自分の人生との不調和を発見して、その不調和のギャップを埋めるために、ことばの世界に遊ぼうとする。それが、多くの小説家の成り立ちであるから、ほんとうの人生を味わうに足る、強い意志の力や、持続力や、その他の一人前の人間としての力は、したがって小説を書き始めたところから用いられることになり、人生に有用なはずの能力は、すべて小説家たることに有能な領域にささげられ、職業人として固定し、しかも自分の人生の最も純粋な、最も汚れのない、最も強烈な経験は、ただその少年期以前の、感受性の生活にだけ求めることができるのである。たびたび作家は、処女作に向って成熟するということが言われるのは、作家にとって、まだ人生の経験が十分でない、最も鋭敏な感受性から組み立てられた、不安定な作品であるところの処女作こそが、彼の人生経験の、何度でもそこへ帰っていくべき、大事な故郷になるからにほかならない。――三島由紀夫

 一流の文学は、一流の知性と品性の間にのみ生まれる。

「キスをしてって言っても、拒絶する人かな。何度言っても罵倒するばかりで、死ぬ運命になっても拒否し続ける人」 「僕は残念ながら偉大な予言はできないし、死ぬのは恐ろしいし、それに君とキスがしたい」 「冗談よ。死んでも私のものにならない男なんて、追うだけ無駄なの。でも――」 「?」 「――でも、貴方のために死ぬのは、悪くないわ」 「奇遇だな」 「ちょうど僕も、そう思ってたところなんだ」

 下村啓莉 したむらひらり けいり

 テトリスをやった後の世界。ハマるものを探してしまう。

 五首でひと組が目安。連作をして題名をつける。 「り」誤用。3月7月素晴らしい。いっせい。  リレー短歌

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 夢のような体験だった。文字に起こしたら、どうしても陳腐になってしまうけれど、本当に夢のような体験だったんだ。それとしか言いようがな感覚だった。体の奥から温かいものが、まるで大きな気泡が海の底で生まれゆっくりと浮き上がってきているかのように溢れて、視界の光の量が少し増えて、物事の輪郭が掴みにくくなった。僕はその光に目を細めた。そう、まさに夢の感覚だったんだ。  僕は正直、文芸誌に載せた「スノータイムリミット」のことは、人様に見せられないような拙作だと思っていて、好きではなかった。(いまもそう思っている……)だからようこ先生の方に話を聞きに行った時も、ただ散文について話が聞けたらと思っていただけであって、決して先生から僕の作品に対する批評をいただけるとは思ってもいなかった。本当に、瓢箪から駒、寝耳に水、青天の霹靂だったんだ。  ようこ先生は前置きで文芸誌の全体を言葉少なに褒めた後、早速散文の話へと移った。彼女はまず、読者の共感を得ていく作品と、伝わりにくいところは否めないものの独自の世界観を創り出し読者を惹きつける作品の二つがあることについて話しはじめ、その後それぞれの作品への批評へと移った。まず彼女はこう言った。 「散文というものは人の好みによって評価が変わってくるものだから、優劣をつけることはなかなかできないものなのですが、私が良かったと思う作品を紹介します。私が一番良かったと思うのは、開邦高校の……」  僕はこの時、彼女の持っていた僕らの文芸誌「つぼみ」予め盗み見ていて、僕の作品のところには付箋が貼られてなさそうであることを確認していた。期待はしていなかったというか、期待はしていたけれど本当に起こるとは到底思えなかったことだから、初めから希望を潰しておこうと自然に体が動いていたのかもしれない。そんなこんなで開邦高校と彼女が言って、文芸誌を開いたその時でも、(貴志だろうか、それともひろきか? もしくは先輩かな?)などと考えていたのである。その時だった。 「……開邦高校の……“スノータイムリミット”です。これはね……」  この言葉を聞いた時、最初は自分の耳が全く信じられなかった。僕はすぐに先生の開いたつぼみのページを見た。そこには一番大きいが、白くて目立たない付箋が堂々と肚れていた。おかしい、あんな酷い作品なのに? これはほんとに現実か? いつのまにか夢の中にいるんじゃないのか? 僕は、夢かどうかを確かめるなんて、アニメや漫画の中の誇張された表現技法だと思っていた。しかし、実際はそうではなかったようだ。作品名を聞いた瞬間驚きすぎた僕はその後の数文は、頭に入ってこなかった。ううう、もったいないことしたな……。やっと僕が聴力(いや、理解力か?)を取り戻し、話が頭で文字に結ばれていくと、僕の中で瞬く間に温かい幸福感が溢れた。夢ではない。これは夢ではないんだ。僕はそれに、今までで感じたことのないような絶大な安心感を覚えた。誰かに自分の作品が認められるということは、本当に素晴らしいことだ。僕は本気で文章を書いているから、文章を認められるだけで僕という存在まで全て認められたように感じてしまうのだ。せうが俺の作品を読んで、褒めてくれた時と同じような、最高級の幸せだった。僕は顔を伏せ、椅子に蹲って喜びを噛み締めた。噛み締めなければ溢れて、立ち上がってしまいそうな喜びであったからだ。その後先生は僕の「スノータイムリミット」についてこういうふうな批評をくれた。 「殆ど会話で構成されて、読みやすく親しみやすい文章でありながら、先を読ませないエンターテイメント性のある展開が良いです。また表現については、人物の心情を直接的な言葉ではなく描写を利用して暗に示すところが素晴らしい」  と。この言葉を聞いた僕は最高に嬉しかった。文芸誌部門で僕ら開邦の「つぼみ」が最優秀賞を取ったのもこの上なく素敵で嬉しかったけれど、作品を認められ、その上“一番好き”などと言われたその時は、誇張などではなくそれの何百倍も嬉しかった。  僕はその話し合いの間、結局他のことは一つも耳に入らなかった。そしてそれが終わると、僕は真っ先に席を立って、ようこ先生のところへ向かった。そして僕が「スノータイムリミット」の作者であることと、この会が終わり次第話がしたい旨を伝えた。ようこ先生は僕の我儘な要求も快く承諾してくださった。  しかし、会が終わると他校の生徒との交流や新聞の取材等を受けていたことで時間が食われて、結局ようこ先生と話すという機会は失われてしまった。それが悲しくて、どうしても諦めきれなくて、僕は産業センターの階段を駆け下り、駐車場で先生を探した。しかし、そこに彼女の姿はなかった。その代わり、那覇国際の生徒たちが乗ったスクールバスと、おおしろ健さんが軽自動車で帰っていく様を見ることができた。(てかおおしろ健先生の自動車ナンバー8191だった。はいく、いちばん。俳人らしい良いナンバーだ)先に行った僕の後を追うように赤嶺先生と三人の女子部員も降りてきた。僕が諦めて帰ろうとしたら、赤嶺先生が、スタッフの方が連絡をとってくれて、赤嶺先生を通してだけれど、ようこ先生と話をすることができるということを僕に言った。僕の心は途端に幼児のように飛び跳ねはしゃぎ始めた。僕はその時、こう思った。ああ、ここにきて良かった、と。空を見上げると、来た時には煩わしいだけだった二月なのに夏のように強い日差しも、なかなか心地良いもののように感じられた。  僕はまだ、納得のいかなかったあの拙作が、思いがけず褒められたことに戸惑いを隠せない。ようこ先生、本当に作品読んだのかな? 今だって夢を疑っているほどだ。それもこれも、明日起きた時には、きっとわかるだろうか。そう信じて、今日はもう寝よう。

 金曜日! 幸枝先生! 3/3!

 全てがみずみずしい日々があった。

 感じたことを文章にして書き残しておくという行為は、謂わばささやかな記憶のセーブポイントを、現実に創り出すようなものです。

 一枚足りないトランプで、永遠にババ抜きをするようなものだ。

 新品のバドミントンラケットのフレームの匂いみたいだった。

 恋の火加減が下手くそで

 千ベロ。酒の単価を下げた居酒屋が並ぶと、その街の民度が下がる。

 性欲由来の優しさ

 マルキ・ド・サド

 よろめき=浮気心

 ダンディズムの死

 男が女に勝っているのは、知性と腕力のみだ。――三島由紀夫

 勝負ではない。幸せを目指すなら、男女で勝負なんてしてはいけない。

 一番信用できない生き物は女だ。

 俺は三島由紀夫の超前時代的女性観に侵されているな

 カイルとカートマン 長渕と矢沢 三島と太宰

 痩せ我慢のナルシズム三島由紀夫  人生吐露、弱みの公開太宰治

 男子更衣室文学→三島由紀夫や村上龍  イルカホテル文学→太宰治や村上春樹

 殺したのはサブカルチャー

 佳人薄命

 百合小説! 3/4土曜まで!

 グスタフ・クリムト――『接吻』  アルフォンス・ミュシャ――『ジスモンダ』『椿姫』『トスカ』『ロレンザッチオ』『ハムレット』  ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ――『プロセルピナ』『ベアタ・ベアトリクス』  エゴン・シーレ――『ほおずきの実のある自画像』『ヴァリーの肖像』『立っている芸術家の妻の肖像』  ローランサン――『アドモアゼル・シャネルの肖像』  フランチェスコ・アイエツ――『接吻』『瞑想』  クロード・モネ――『散歩、日傘をさす女性』『日傘の女(左向き)』『カミーユあるいは緑衣の女』『ラ・ジャポネーズ』  デ・ホーホ――『デルフトの中庭』  マネ――『オランピア』『読書』『すみれの花束をつけたベルト・モリゾ』  ルノワール――『舟遊びをする人々の昼食』  エドガー・ドガ――『エトワール』『浴盤』  アルマ・タデマ――『テピダリウム』  ピエール・ボナール――『逆光の裸婦』  ウォーターハウス――『ヒュラスとニンフたち』  モロー――『出現』  ギュスターヴ・クルーべ――『眠り』  フラゴナール――『閂』

 人間関係というものは、そこから一歩離れて冷静に見てみると、酷く滑稽で醜いものである。

 受胎した川魚の腹のように膨らんだ唇

 女性↓集団的な生き物  自らの気持ちを抑え込む↓残虐性へ繋がる

 自分のことを好きになって貰いたいと思ったら

 根本的にミソジニーぽくて女性軽視をしている節がある、最低だよな。どうにかして変えないといけない。俺は元々が軽薄な人間だから、しっかりと見透かされてしまう。  気をつけないと。  でも、どうすれば本来薄い人間が厚みを生み出せるのだろう? 可能なのか?

「わざわざ!」の声が怖い。

 気まぐれな風

「民衆により多くのスポーツを。そうすれば人間、ものを考える必要はなくなる。本にはもっとマンガを入れろ、もっと写真をはさめ。心が吸収する量はどんどん減る。」 『華氏451度』 (レイ•ブラッドベリ 1953年 ハヤカワSF文庫)

 寮生。映研部。  脚本。文芸部に依頼。  ミュージカル――芸術家

 国語教師。記述とマークの葛藤。

 世代でもクラスでも全然違う生徒。同じ教材を使っても全く違うところに行く。

 丸バツの葛藤。  テスト大変!

 素顔同盟

 時が止まった部屋。

 初恋――島崎藤村

 言葉が分かれてるということは何か違うニュアンスが含まれているってことなんじゃないかな

 意識 もともとあるもの 

 自我 物心着く頃 他人を認識し始めてから形成されるものだ 意識を認識するためのもの?

       なんでも3 クオリア              乳と卵 谷崎潤一郎味を感じた


 1 海。そして死神の条件


 フェンスの向こう側では、フェリーが幾千の牛群のような声をあげて出港した。それは、肌がビリビリとざわつき、生物と無生物とが入り混じってしまうくらいの振動を伴っている。海鳥が二羽、筋のような雲に沿って工場地帯に飛んでいく。港に人は居ない。  そこにはただ日没前の静けさがある。  濃い潮の匂いがする。汚れた水面に浮かぶペットボトルと繋がれた小船が同じリズムで揺れる。波の音は絶え間なく心のかけらを攫う。死神がどこからともなく現れる。フェリーが鮮血のような水平線を跨いで行ってしまうまで、僕はたっぷりと時間をかけてそれを見詰めている。  生臭く、温い風が吹いてきた。フェンスの間から見える海は豊かな殺気で満ちている。今にも僕を殺そうと必死だ。僕は死神に聞く。 「どうして海はこんなに僕を殺したがるのだろう。僕は海に何か悪いことをした訳ではないのに」死神は言った。 「お前に苦しんでほしくないからだ。人がゴギブリに毒をかけて意味もなく殺すみたいにさ。それにもうすぐ夕立が来る。夕立に海が殺気立つなんてのは当たり前のことだろう」  そして死神はホルダーに残されたトイレットペーパーの芯のようなからからとした声で笑った。 「ゴギブリなんか殺しはしないよ」  ゴキブリなんか殺していられない。  フェンスから手を離し、もう見るものなどない海に背を向け歩き始める。


 足もとには海沿いに生える葉に棘のある草が生えている。その葉の表面には白い塩が吹いている。港に隣接する海洋公園の広場では若者たちがリズミカルな音楽をかけてスケートボードに乗っている。  公園から駅までは繁華街になっている。観光客で溢れかえる大通りから一つ二つ道を逸れれば、喧騒は殆ど聞こえなくなり、代わりに沢山の人の囁き声でできたような静寂が支配した、入り組んだ細い路地に入る。そして僕は、自分が遥か遠くに来てしまったように錯覚する。  歩き出して数分もすれば日は完全に沈み終え、先刻まで真っ赤だった空にも静脈血のような暗い影が落ちた。路地の空気には安い香水と吐瀉物が入り混じって希釈されたような、艶やかな香りが混ざりだした。  暫くすると、死神の言う通り雨が降り始めた。  あっという間に地面は濡れ、マンホールの窪みに溜まった水が、光り出したネオンの赤と緑を反射する。  向こうから、溢れそうなホットパンツの女が水滴を散らして駆けて行く。羽振の良さそうなスーツ姿の男がドアから出てきて、店のシャッターを上げる。少し先では、高校生くらいの女の子が店の軒下で体育座りをしながら、隠れるようにタバコを吸っている。その煙は緩やかな螺旋を描いて燻り、溶けていく。タバコの先はオレンジに光っている。それは、炎天下の運動場で手を太陽に透かした時のオレンジだった。血液が激しく巡る身体を、更に強い光で貫いた時の色だ。  その細やかで情熱的な光に魅せられて、優しく降る雨の中僕は思わず足を止めた。少女は立ち止まって執拗に見詰めてくる少年に向かって怪訝な表情をし、責めるようにタバコを思いっきり深く吸い上げる。そして短くなったそれを濡れた地面へ投げ捨てる。  光が放物線を描く。刹那、世界の動きが極端に鈍くなり、雨の雫が空間に浮かんで、周りを埋め尽くす。あの煩い静寂が逃げ出すように去り、無音の世界が幕を開ける。煙がくっきりとした形でそこに存在している。少女はスローモーションのように長い時間をかけて瞬きをし、僕を一瞥する。光がゆっくりと地面に近づいていく。  タバコが道の水に届いた瞬間、その希望の塊のようなオレンジが音を立てて消えた。それと同時に世界は閉じ、浮かんでいた雨が瞬く間に落ちていく。あの頭痛のするような静寂も再び帰って来る。 「何?」  薄い髪色をし丈の短いシャツを着た少女は、いかにも気怠げな少し低い声で言った。 「ああ、いえ。すみません」  足早に立ち去ろうとした僕を、立ち上がった少女は手を握って阻止する。すっと顔を近づけて、彼女は僕をじっくりと見つめた。繊細な睫毛に囲われた眼球に緑がかった僕が映る。 「ねえ、待って……。君、結構かっこいいじゃない。……私、今気分がいいんだよね。最近退屈してるし、今日、君ならこれだけでいいよ」  人差し指と中指を伸ばした少女は、あのオレンジとは違った輝きを方をする目を細め、看板のネオンに照らされた顔を誘うように傾けた。そして体を寄せると、掴んだ僕の左手を、歳の割に悪くない大きさの胸に押し当てる。彼女の温もりが伝わってくる。薬指が突起に当たり、彼女が声を出して笑う。抵抗せずにいた少年はひとつの事実に気がつく。少女は、紛れもなく生きている。それも少年を飲み込んでしまうくらいに激しく、鮮烈に。少年はそれに、狂おしいほどの違和感を覚える。どうして海は僕なんかを殺そうとして、この女を生かしておくんだ? その違和感は源泉から津波のような勢いで押し寄せ、少年のダムは瞬く間に決壊する。  僕は気づくと左手で彼女の胸を突き飛ばしていた。急に力をかけられた少女は小雨の降る地面に転がる。小ぶりな尻が地面に着地しスカートが濡れ、小さな水飛沫が上がる。  走り出した。雨が瞼に、額に、頬に、鎖骨に降りかかる。 「待ってよ!」  少し後ろを振り向くと、雨に濡れた少女が哀れな顔で座り込んでいるのが見えた。それを見て、刹那の間に消えてしまったあの世界のことを思いだした。悲しい気分になった僕は、前を向いて、彼女から完全に逃れるために路地を駆け続ける。


 寂れたアーケード街に入った。  すっかり濡れてしまった髪と服から申し訳程度に水を切り、再び歩き出す。随分走った後でも、不思議と疲れは感じない。それよりも夏の雨に特有の、水分を含んだ陰湿な空気が体にまとわりつくことの方がよっぽど不愉快だ。アーケード街は先程の路地ほどではないが、人はまばらにしかいない。建ち並ぶ建物は皆シャッターを下ろしていて、世界から自分だけが拒絶されているように感じる。  屋根を打つ雨の音が激しくなった。すぐには止みそうにない。  ふと、死神は右手にある暗い路地を見る。  死神に倣ってその路地を見ると、そこはどうやら食事屋の裏のようで、油に塗れた室外機の真下では汚い服の男が膝を抱え、顔面を両手で押さえて座っていた。髪の毛も疎で老人のように見えるが、本当の年齢は判別がつかない。そんな見た目をしていた。焦点の合わない充血した目の男は室外機から排出される熱く酷い匂いの空気の中、まるで体だけ雪山に取り残されているように震えていた。しかし、暫くしてうめき声を上げ吐瀉物を吐き出すと動かなくなった。 「彼を連れて行ってあげることはできないの?」足を止めて見守っていた僕は興味なさげに聞いた。あの人は死んでる。どう考えても死んでるようにしか見えない。僕はそこに確かで暖かな安心感を覚えている。だから、連れて行けると僕は思う。死神は嘲笑するように言う。 「あの男は悪人じゃないからな」 「そんなものかな」答えると、死神はどこかへ消える。


 2 生きている姉の住処


 アーケード街を抜けると駅はすぐそこだ。改札を抜け地下鉄のホームへ降りると、丁度電車が来たところだった。コンプレッサー音と共に扉が開き、中から冷たい空気が流れてくる。蒸し暑い夏の空気が体から離れて、気分が少しずつ楽になっていく。  地下鉄に乗るたび、僕はあるひとつの会話を思い出す。姉との会話だ。記憶の中の姉は、電車の座席で、たいして思ってもなさそうに言った。 「地下鉄って、とっても怖いと思わない? トンネルの中、みんなが歩いてる地面の下を走ってるって、考えるだけでゾッとするわ。今地震が起きたら、私たち生き埋めよ。電車は押し潰されてしまうかもしれないし、仮に形を保ってて生き延びても、じきに酸素が足りなくなってみんな死ぬのよ」その光景を想像した幼い僕は、真剣に恐ろしくなり、涙目で姉に訴えた。 「怖いよ」その言葉を聞いた歳の離れた姉は、少し驚いた様子だったがすぐに春の木漏れ日のような暖かい笑顔に変わると、優しい声で言った。 「大丈夫よ。地下鉄が埋まるなんて、そんなことあるわけなじゃない。一を怖がらせようとして言っただけだよ。ほんと。ほら、見てごらん」  姉は窓を指差した。真っ黄色の可愛らしい幼稚園の制服を着た僕は疑いもせずに指先の方向を見た。四角い窓の劇場では、電灯が等間隔を空けて登場し、瞬く間に舞台袖に消えていく。それを幾らか繰り返した後に、光が舞台を走り抜ける角度が変わった。そしてあっという間に電車は地下を抜けて外へ出た。のどかな午後の街並みが急に舞台を鮮やかに染める。隣の姉は満足そうに微笑んだ。 「ね、大丈夫でしょ? すぐに抜けるんだから」  日光に照らされ輝く姉はうっとりと舞台を観た。 「地下鉄は、電車が地下を脱出して地上に出るとき、すっごく綺麗に感じるから、私は好きだな。……ちょっと怖い気持ちもあるけどね。綺麗なものはいつだって、危険を超えた先にあるんだから」 「だっしゅつ?」知らない言葉が出てきて、僕はうまく理解できなかった。 「ああ、一はまだわかんないか。でも大丈夫。知らない言葉なんて、本当は知らないままでいいんだよ」  心配症の僕の前で、姉の口癖は「大丈夫」であった。姉は僕の小さな額に額を合わせて、再びあの木漏れ日のような笑顔で笑った。 「だから一は、ずっと知らないままでいてね」  頬に姉の指が触れた。僕はそれがくすぐったくて、無邪気な声で笑った。  窓の外ではあの時と変わらない電灯の光が、等しい間隔で現れ、消える。ただそんな景色の中にも二つ、あの時と変わっていることがある。それは僕がもう既に脱出という言葉の意味をきちんと理解していることと、この地下鉄が地上に出ることはないということだ。それより先に、僕は目的地に着く。だから、地下鉄に乗っている間に地震が起きたら、僕は間違いなく死ぬ。


 電車を降り、駅を出て家まで歩く。ゆっくりと歩いても十五分とかからない。途中のコンビニでコーラとガムとチョコバーを買った。今日の夕食だ。  家へ着きドアを開けると、放置された吸い殻と腐ったオレンジの臭いが鼻を刺す。リビングのソファーには死んだ一人の女が横たわっている。僕は散乱した物を踏まないように避けながら、その横を静かに通り過ぎて自分の部屋に入る。自室のドアを閉めてビニール袋を床に置くと、それから暫く天井を見上げて海を想った。


 どのくらい経ったのだろう。  いつの間にか僕はベッドで寝ており、耳に残っていた波の音ももう聞こえなくなっている。時計を確認すると丁度零時の五分前だ。ベッドから出てチョコバーを開けるとコーラを開封する。冷やしておかなかったから、コーラは幾分ぬるくなっていて、チョコも半分溶けている。  ふと、左手を見ると、そこにはあの少女の突起の感触、乳房の温もりが、べっとりと染みついたバターのようにこびりついている。冷たい壁に擦りつけても、タオルで丁寧に拭ってもその汚れはとれなかった。仕方がないから僕は椅子に座りジーンズとパンツを脱ぐと、月明かりだけが照らす部屋の中、温もりの残る手でペニスを握った。屹立したそれは、まるで、血の通った金属の機構であるかのように固く、熱い。僕はまず少女の繊細な瞳を思い、それから柔らかな胸と、水飛沫をあげた小ぶりな尻を思った。等間隔の運動とともに、水槽に水が溜まっていくように、彼女の要素が身体に溜まり続けるのを感じる。いつの間にか、リビングにいた死んだ女が僕の隣に来て、僕の運動を横で見ている。徐々に運動が加速する。荒い息遣いが遠くで聞こえる。この声は僕と死んだ女、どちらの息なのだろう。或いは、二人の声なのかもしれない。事実がどちらであったとしても、今はあの少女のことしか考えられない。  雨の中、少女は僕をセックスに誘った。突き飛ばした同い年くらいの少女はネオンの光の下で、僕に犯されたいと言った。可憐な少女は僕の手を取って、自分の乳房に押し当てた。水溜りで濡れた少女は僕を無理やり欲情の渦に堕とそうとした。路地にいた生意気な少女は身体を好きにさせる代わりにお金を要求した。身体を鬻いで生きる少女は、僕をかっこいいと言った。僕が突き飛ばした淫らな少女は、僕が突き飛ばさなかったら、僕とセックスをしていた。今、少女は他の人とセックスをしている。今、僕は一人だ。  性器の下から突き抜けるような快感が押し寄せ、とめどなく、脈打つように溢れだす。全身に駆け抜けた震えが収まり始めると、息遣いのペースも落ち着いていく。隣で死んだ女が僕を見ている。  死んだ女は顔を近づけ、机に飛んだ精液を美味しそうに舐めとった。そして、まだ震える熱いペニスを握り、二回、三回と動かす。柔らかい手だ。僕は情けない声で呻く。 「ねえ一、まだ出せる?」  気の抜けたような、それでいてどこか愉快そうな声で女は言う。 「待って。今、無理。ストップ」  彼女の手をしっかりと止めると、女は上気した頬を僕の首筋に当て「つまんない」と言った。その言葉は壁に突き刺さったナイフのように存在を主張し、月明かりにきらりと光った。顔を上げた彼女は手を振り解くと窓際へ向かい、レースカーテンを閉めた。静寂が部屋を支配する。 「すぐにはできないんだ。知ってるだろ? それに、今コンドームを切らしてるから挿れられないよ」 「今日は安全な日。だからなくても大丈夫。私は正直、そっちの方がいいわ」 「安全な日なんて本当は無いんだ。女の子はいつでも妊娠する可能性がある。万が一子供ができたら、不幸が増えるだけ。僕はごめんだ。その可能性を少しでも減らせるなら、これからコンドームを買いに行くのも厭わないよ」  彼女はこちらを振り向いて不満げな顔をしていたが、僕の意思が固いことに気づくと諦めたようにドアを開けた。 「好きにすれば?」  そう言って女は部屋を去る。きっとリビングのソファーに横になり、再びまた死体のように動かずにいるのだろう。なぜなら彼女は死んでいるのだから。  僕はドアが閉まるのと同時に言った。 「分かったよ。お姉ちゃん」


 3 魔女


 カーテンを開け、暫く月光を浴びた。それは明日か明後日には満月になるであろう大きな月で、僕の身体は隅々まで透き通るような心地がした。  ジーンズと新しい清潔なシャツを着た。パンツは穿いていない。部屋を出ると、姉はやはり、帰ってきた時のようにソファーでいる。僕は横を通って外に出る。  家の前の道では、深まった夜の冷たく快い風が吹いていた。火照った身体に丁度いいくらいの風だ。僕は悲しくなって、コンビニへの道を辿り始めた。

「「  疲れきった顔をした人々が次が次へと向こうから現れて消える。もし生き物と呼んでいいかどうかの試験があったら、彼等は総じてボーダーラインぎりぎりであろう様子だった。風が少し吹けば、落ちてしまうかもしれない。  」」

 見上げた空は不自然に澱み、月のみがぽっかりと空いた穴のように浮かんでいた。塵芥の星々はその澱みのなかで、ひっそりと息を潜めている。都会は、どこでもそうだ。都会の夜空は汚れて真っ黒な――きっと人工の――ペンキで乱雑に塗り潰されてしまっている。そこでは星は、息をするのをやめる。  いつか遠い昔には海に攫われた心のかけらがいつの間にか星になって空に輝いていることがあった。確か僕は、それを拾い集めて心に戻す作業が堪らなく好きだった覚えがある。ただ無心に光を掬うその感覚はちょうどアルバムを捲って思い出に浸る時のようで、選んだ星の光の色をそれぞれ確かめては引き出しを開けてそこにしまった。それはちょっぴり潮の香りがして、まるで生きているようで、僕はそれがとても幸せで。

 夜風は僕の身体をどこまでと通り抜け、含んでいた熱をしっかりと拭い去っていく。生き物の熱を盗っていく――残酷な風だ。その残酷さが、今の僕にはありがたかった。  できることなら、風には、熱だけでなく血肉も全て盗み取って欲しかった。身体ごと思考まで、何処かへ吹かれていなくなって欲しかった。僕は半ば諦めていても、心のどこかで希求せずにはいられない。風が人々の存在を消し去って、穏やかな精神だけが残る細やかで幸福な世界を! でも現実の風にそんな力はないから、僕はただ、道に沿って歩くことしかできない。

 この五年間で、期待という武器がどれ程生産しやすく、それでいて殺傷能力が高いものであるかを、僕は身をもって知っていた。しかし、人は夢を見ないと生きていけない生き物だから、期待を殺そうとしても希望は消せない。だからいつまでも傷つき続ける道しか用意されていない。詰まるところ、今の僕の生きる拠り所はその希望以外、他にはない。

 コンビニに着くと。

 自慰行為を見つけられた私は。 「ふーん。エロい女」

「そっか。私に興奮しちゃったんだ」うわの空で呟いた私は、彼に背を向け歩き始めた。頭の中では、遠くにひらひらと紫色の美しい蝶が舞っているのが見える気がした。ひんやりとした風に吹かれて、頬に手をやると、上気して熱くなっているのがわかった。靴の底が砂利と擦れる音を立てながら移動する。私はそのまま夜の街に溶けていく。

 精神感応

 カワウソみたいな風

 人を忘れるとき、人はまず声を忘れる。最後まで覚えてるのは匂いだ。

 死んだ後が分かりきった世界。

 神山高校を作らないか?

 くだらねぇな……。どうしよう。どうすれば

 470億光年先。宇宙の果て

 夜更かしほんとにやめよ

 まず、文学が死んだ

 水族館のモチーフ

 パターン①  ある程度の期間を置いて必ず生まれ変わる。  パターン②  必ずあの世に行く。重ねるほどもらえるポイント。

 空白の七日間

 善行システム

 死後の快楽→自殺者。少なくとも

「十二時には帰らなきゃ」 「シンデレラかな?」

 グリグリに詰める

 まるでポラロイド写真のように見えた。

 金魚の予言。花瓶の置かれた机。次の花残り月。魔女とその屋敷。

 魔女の家。明治時代の灯台。

 すっごい綺麗ででっかい建物。有名なデザイナーの家? 話した記憶がある。隣の喫茶店も綺麗。彫りの深い女店員が美しかった。

 まなと優しすぎる。かっこよイケメソかよ

「鳥のアントは?」 「いかりだな」

 花残り月にだけ現れる魔女の家。金魚の予言。それによる暗転、発見。

 魔女の世界。その先の抜け殻の街。

 何度もリピートして観た。寝不足の意識がまるで炎天下のグラウンドにいるかのように感じさせた。そしていくらか経ち、脳が画面を認識した時、どうしてこんなもので時間を無駄にしたのか、全くわからなくなってしまっていた。

 日当たりの良い教室は、月当たりも良いということだ。

 取り戻しにいく。

 インテリジェントデザイン説

 モノトーンのかかった世界にいたよつに錯覚するくらい、彩りの世界だった。

 クソダサいな俺。変わらないといけない。

 よし、見るぞ👀

 バックで口に手入れたい

 経験しない方が、良かったのかもしれない。俺は盲目になるべきだ。

 幼少期は、再確認など、しなくて良かった。

 月光の中に

 この廃港に来て朽ちた桟橋を歩み  まあるい金色の月を見上げた。  小舟の帆柱はゆるい蛇状を描き  ゆら、ゆら、ゆらとゆれている。

 今日のひる  コケツトの少女がやつて来て  オリオンはどの方角へ出るのと聞いた。  桟橋。

 僕のマントのえりを、  ひゆつ、ひゆつと過ぎる凍つた風  もう少女が来ないのかしら。  瞳。月光にゆれて光つた瞳。  ああ、  また明日の寝覚めに  夜見た夢の幸福を抱きしめて泣かう。  火星が出ている。  波に、ゆられて泣きたい。

『愛謡』1929年 河田誠一 18歳

 白氷の扉

 火のようにせつなくもゆるこころに  ミミイよ。  秋は白氷の扉。  奇跡の街のかぜは羊の冷い乳房をながれ、  木樂林をゆく影はとほい木霊のさやぎに消える。  苦行の渓谷、  文明の星。  魚養は卵の溶けた満月のなかを  青い馬にのつて海底をくぐるあの人の童貞を追ふ。  赤い耳環とサイレン塔。  淡麗な秋のみなとに  そのあした、白い山嶺はそびえたか。    ×  夏の海ほのにもゆる夕は  ミミイよ。  わが胸の火の悲しみ極まりなく、  赤い月は、ボロボロの性欲。  さるを、  昆蟲は星となり、  墓石はみごもつた子宮をたべ  せかいはくらがりの重圧をかんじない。  失意の耳。  アネモネの春。わが若き青き生活に  火よりもなほはげしくうたふいのちに  ミミイよ、  かたき白氷の扉。

『愛謡』1930年 河田誠一 19歳

 寝る  学ぶ  読む  思う  書く

 茅の穂に包まれた木菟。  鬼子母神は子供を食う神様。だから鬼子母神様が人を食べないように、人肉と同じ味のする柘榴を、それを祀る神社には植える。

 カイドウの花。下向きで儚気。

 芥川龍之介の原稿  小杉未醒

 助けて頂きたい。

 南薫造

 東京に行き、祖父と別れ、そのベッドで寝て、夢を見る話。

 濡れた視線

 自転車のモチーフ


 春の夜

 彼女はベッドに腰掛けて、煙草とオイルライターを取り出した。そして煙草を左手に持ち替え、オイルライターに火を灯した。  カシュッ。  小気味いい音が部屋の沈黙に響く。淡い闇の中でその光だけがやけに眩しい。  彼女は優美な手つきで左手のタバコに火をつけた。その仕草は誰もいない夜の公園に吹く、心地よいそよ風を思わせた。煙草にしっかり火が付くと、彼女はオイルライターに蓋を被せてポケットにしまった。  それから彼女は、素晴らしく美味しそうにそれを吸った。まるでそれを吸うために生まれてきたかのように、彼女はその美しい眼を細めた。そのまま彼女は眼を閉じ、唇の隙間から、吸い込んだ煙を吐き出した。その煙と煙草の先からでる煙が二本の線を描いて空気に燻り、そして消えていく。  僕はそれを黙って見つめていた。僕にとってその時の彼女は、この世の全ての美しさであった。春の風も、夏の日差しも、秋の匂いも、冬のひかりも、僕が知る綺麗は全部彼女のなかにあった。  無地のレースカーテンから滲み出した月明かりが、彼女のきめ細やかな白い肌を照らす。彼女はたっぷり煙草を味わってからその火を消した。  春の月光は白い。まるで薄く割れた雲母の欠片のように、透き通るように白い。それに照らされた彼女の柔肌は、何よりも輝いて見えた。仄かに白い闇の中に浮かぶそれは、夢と見紛うほどに美しい。  彼女は閉じていた目を開けて、僕をしっかり見据えた。くっきりとした二重に長いまつ毛、美しく整った鼻筋、どきりとするような赤の、形のいい唇。   その唇が、動いた。 「……それで。家出少年君? 君はこれからどうしたいんだい?」  彼女は微笑んで僕を見る。そして軽く首を傾げる仕草をする。窓から風が吹いてきてレースカーテンを揺らす。その隙間から垂れた光がゆらりと形を変える。僕は声も出せずに暫くその光景を見ている。その景色を目に焼き付けてから僕は言う。 「わからない……です」  幾らかの沈黙の後、彼女は真っ白なスリップのストラップをつまらなさそうに引き上げて目線を横へずらした。そして少し頬を赤く染めながら言った。 「わたしは困ってる君を家に泊めてあげるよ。それで、君はどんな対価をわたしにくれるのかな?」  数秒待った彼女は僕を見直して照れ臭そうに笑った。  僕は黙ったまま喋れない。それから、ひとつの小宇宙が生まれ、成熟し、そして消えてしまうくらいの沈黙が続いた。  その間僕を笑顔で見続けていた彼女は急にすん、と表情を変え、少し困ったような顔をした。そして責めるような目をして僕を見た。 「ねえ、わたしのようなすっごい素敵な大人の女性に拾われたことに、もっと感謝した方がいいよ。君は。こんな幸運、なかなか無いんだから。もう今日で、一生分の運使い果たしちゃったんじゃない?」  僕は視線をフローリングの床に落として言う。 「ごめんなさい。きっと、とっても幸運だとは思うんですけど、なんというか。実感が湧かないというか」  歯切れの悪い言葉に自分でも嫌気が差してくる。僕はいつもそうだ。僕は本当なら今も自分の部屋でひとり寝ているはずだった。それがこの様だ。きっと彼女も迷惑だと思っているのだろう。  涙が目の奥から滲んできて、視界は一時輪郭を手放した。泣いてはいけない。僕はじっと耐える。俯いて我慢する。そして僕は深呼吸をする。香水と彼女が吸った煙草の残り香が僕の身体に侵入する。それは血管を通って全身に巡る。そして、それはきっと僕の一部になる。  僕は顔をあげて彼女の目を見る。彼女はとても大人の顔をしていた。僕はそれに圧倒される。彼女はその大人の微笑みを絶やさずに僕の顎に触れ、そして僕を手前へ引き寄せた。引っ張られた僕はそのまま前のめりに顔を突き出したような格好になる。 「おっ、俺は……」  彼女は僕の慌てた言葉を制止する様にキスをした。さっき吸い込んだ空気なんかより、ずっと密度の濃い彼女が僕の中に流し込まれる。僕は両手を垂れてそれを受け入れる。僕にはその時、それを受け入れる以外の選択肢は用意されていなかった。  どれくらい経ったのだろうか。彼女は僕から少しだけ口を離した。そして、吹きかかる息がくすぐったく感じるくらい近くで、殆ど息だけの声で言った。 「大丈夫だよ。大丈夫。愛も恋もね、これから――」  彼女は僕を抱き寄せる。そして彼女は僕の耳元で囁く。彼女の匂いがする。 「――これから全部、|唇《くちびる》で覚えてけばいいから」  僕はそのまま彼女に永遠に抱かれていたいと思った。春の夜風は、まだ震えるほどに冷たい。しかし彼女と抱き合っている間は、その凍えさえ感じないほどに深い暖かさを感じていた。  ひとつの完成された温もりのなかで、僕は緩やかに眠りに落ちた。

 計画表を書くだけで人生を終えてしまうような人間には、全く縁がないのだ。

 見上げた空は不自然に澱み、月のみがぽっかりと空いた穴のように浮かんでいた。塵芥の星々はその澱みのなかで、ひっそりと息を潜めている。都会は、どこでもそうだ。都会の夜空は汚れて真っ黒な――きっと人工の――ペンキで乱雑に塗り潰されてしまっている。そこでは星は、息をするのをやめる。

 あこーくろー

 僕はつい先程の、姉との会話を思い出し、一人で声を上げて笑った。なかなか良い芝居だった。姉の代わりに入り込んだ抜け殻は、日に日に姉に近づいている気がする。しかし、そこには何かが足りないのだ。何か、大事なものが。  僕は、姉が連れ去られた日のことを思い出した。丁度二つ前の、満月の夜のだった。


 いつか遠い昔には海に攫われた心のかけらがいつの間にか星になって空に輝いていることがあった。確か僕は、それを拾い集めて心に戻す作業が堪らなく好きだった覚えがある。ただ無心に光を掬うその感覚はちょうどアルバムを捲って思い出に浸る時のようで、選んだ星の光の色をそれぞれ確かめては引き出しを開けてそこにしまった。それはちょっぴり潮の香りがして、まるで生きているようで、僕はそれがとても幸せで。


 この五年間で、期待という武器がどれ程生産しやすく、それでいて殺傷能力が高いものであるかを、僕は身をもって知っていた。しかし、人は夢を見ないと生きていけない生き物だから、期待を殺そうとしても希望は消せない。だからいつまでも傷つき続ける道しか用意されていない。詰まるところ、今の僕の生きる拠り所はその希望以外、他にはない。

 澪は、壮大な計画表を作る人間やシャーデンフロイデには縁がなかった。

 ほとんど娯楽性に富んだ関係であった。

 娯楽性には殺意を。

 親愛には殺意を。友愛には裏切りを。

 魔女最高で最期の媚薬「故郷に帰りたくなる薬」

 という言葉が好きだ。何かを射ているという、本質に近い感覚が、上手く入れ込まれている気がする。

 月が望みを叶えてくれなかったら、それは月の方が間違っている。三人の願いは簡明で、正直に顔に出ていて、実に人間らしい願望だから、月下の道を歩く三人を見れば、月はいやでもそれを見抜いて、叶えてやろうという気になるにちがいない。 『橋づくし』――三島由紀夫

 整形手術に失敗→二毛作

 見窄らしい身なりをした彼は、潤った目で彼女を見た。人類には、もはや彼の力は届かなかった。彼の理解の範疇を超えていたのだ。それも当然だろう。  彼等の中で、神はもう既に死んでいるのだから。  男は彼等に背を向けると、白い光の方へ歩き始めた。  そうして、神は去った。

 最大多数の最大幸福でキャンプファイア

 現実逃避って娯楽性あるよね。

 親から貰ったこの肉体を、何に生かすか?

 思春期特有の全能感に生かされている。

 あの時少しだけ信じたんだ。その気持ちのために、僕は生きた。行ききったんだ。だから、もう大丈夫。ありがとう。ハルさん。

 テーマ――ロマネスク

 家族を殺し駆け落ちした後、消息を絶った少年。しかし、彼が書き残した作品は、世間で評価されてしまう。

 文字に起こすと安っぽくなってしまうような、感情の淵や澱やその他諸々が

 時の不可逆性への絶望。

 経線をフレットに、緯線を弦に、世界中を掻き回せ。

 人間良いところはしゃべるところ、人間以外のいいところは、喋らないところだ。    何がすごいんだ? 難しい因数分解が素早く解けたり、夏休みの宿題を完璧に終わらせられたり、そういったことができる方がはるかにすごいはずなのに。  このようにして僕は、「すごい」と言われる度に拭がたい強烈な違和感を蓄積していくこととなった。それは永く僕の上にのしかかり続け、何年かの後に流れるように消えたり、若しくは永遠にそこにあり続けるのかもしれない。それは誰にもわからない。ただひとつ僕がわかるのは、その時にはきっと僕は、もう既に化石になってしまっているだろうということだけだ。そうすればひしゃげた僕の頭蓋骨は立派な博物館に飾られることになるのかもしれない。髭を蓄え、ふんぞり返った発掘者の肖像が隣に飾られることだろう。

 ブティックさえ無い、辺鄙な場所だ。

 スピッツ

 タラゴナ遺跡群

 ミーム汚染

 今日も母は帰ってこないのだろう。……よくあることだ。最近は不景気で売り上げも相当落ちているそうだから、当たり前だ。

 薄いピンクのベッドに、カーペット。本棚に学習机、クローゼットに白のカーテン。統一感があって、整理されてて、清潔で、そして何よりいい匂いだ。私だけのピンクの世界。私は、この中でだけ生きることができる。

 増幅していく化粧ポーチ

 どうしてそんなことする必要があるの?

 だめだ。のぼせたんだ。水風呂入って頭冷やそう。

 今度、修学旅行があるんだけど……

 もう三ヶ月くらい顔を合わせてない気がする

 授業で聞いた。燻んで大きくなった乳首は赤ちゃん産んで育てったっていう立派な仕事の勲章なんだ。誇りに思ってもいいはずでしょ?  違う、母ちゃんは女を職業にしてるから、そんなんはダメなんだ。コンプレックスにしかならないんだ。

 金が足りない。

 豊胸手術は五十万から、高いところでは百万くらいするんだけど、やっぱり高いところは違うのよ。私も高い方がいいなあ。安全なんだあ。安全だし形もいいし長持ちもする。……そうなのよずっと大きいままでは居られないのよ。……でも高ければ長持ちするし、私もそうするわ。体への負担も少ないし……麻酔もしっかりしてるから痛くもないし。……そうそう豊胸手術って言ってもね何個も種類があるのよ。ほらここ、この福岡のT医院だったのこの方法だったら入院までしなくてもその日で帰れる……ヒアルロン酸ってのを入れるのよ、ほら注射みたいなのでね、チューって。でも長持ちしないから、私はこれで行こうと思ってる、そうそう、シリコンバッグ……自然に仕上がるし。この大阪のS美容外科に、K先生っていう先生がいてね、ハンサムで腕も良くてすっごい評判がいいの……。ここでやろうか迷ってる……

 確かに柔らかくて気持ちいい。それに、自分の器官なはずなのに、どこか妖艶だ。この妖艶さは大きければ大きいほど増すだろう。だけど……。

 だけど、あんなふうになるのはおかしい。どうやったら元に戻ってくれるのかなあ。

 周りを見渡しても彼女たちはいなかったから、夢中で体を洗っているうちにもう上がってしまったのだろう。

「そんな蓮見さんなんてやめてよ。花那って呼んで」 「感じたの?」 「感じたって、そんなわけないでしょ。びっくりして、ちょっと声が出ちゃっただけだよ!」

 真澄は髪が綺麗だね。淑やかで伸びやかで、私のと交換したいくらいだわ」 「ところで……。それ触ってもいい?」 「まあ……。減るもんじゃないし」

「十分堪能しさせて貰ったし、早く服きな。そんな素敵なのおおっ広げに晒してたらここらの淑女もどうにかなってしまうよ」  余計なお世話です

 ああ、部屋に戻りたい。私のピンクの素敵な部屋。いい匂いがする私だけの世界。そこで研いだ包丁で、髪を切るんだ。髪を切りたい。髪を。髪を。髪を。髪を……。

 偽りの笑顔をした「あまりもの」の人たちが恐る恐る聞いてくる。「あまりもの」の人に手を差し伸べられる時ほど自分も「あまりもの」だと実感させられることは無い。私はその笑顔を見るとどうしてだかすっかり発作はおさまった。私は泣きだしてしまいたい気持ちを押さえつけながら、今までずっと生業にしてきた「あまりもの」の笑顔で答えた。

「真澄さん私と組まない?」

 そんな大事なものなの?

 だから、私が終わらせてあげるよ

 ただいま

 今日も母は帰ってこないのだろう。……よくあることだ。最近は不景気で売り上げも相当落ちているそうだから、当たり前だ。

 薄いピンクのベッドに、カーペット。本棚に学習机、クローゼットに白のカーテン。統一感があって、整理されてて、清潔で、そして何よりいい匂いだ。私だけのピンクの世界。私は、この中でだけ生きることができる。

 見つかったら嫌だなあ。

 真澄ちゃん。おっぱいめっちゃ大きいな。

 広い銭湯だ。入り口で見つからなければもう大丈夫だろう。

 さっき居たみんなは帰っちゃたんだ。真澄ちゃん、ちらっと見てたでしょ? 私、長風呂だから大体置いてかれちゃうんだよね。ほら、みんなはこれから塾あるしさ。私貧乏だから塾なんか通えないんだよ。

 えっ、あっ、蓮見さん?こ、こんばんわ。……ありがとう

 やっほー

 臭い。  何かが私の世界を侵している。  何が。誰が。許せない。駄目だ。来ないで。来るな。

 いいなー。私もそんくらい欲しいな。

 どうしてこんな傷ついてるの? そんな落ち込むことないのに。ほら大丈夫よ。私は大丈夫。花さんと組めないからって全然落ち込むことないよ。そもそもそんな仲良くなかったし……。

 そもそもそんな仲良くなかった?

 なしてそがんことする必要があると?

 つまらん。のぼせたんや。水風呂入って頭冷やそう。

 今度、修学旅行があるとばってん……

 もう三ヶ月くらい顔ば合わせとらん気がする

 授業で聞いた。燻んで大きゅうなった乳首は赤ちゃん産んで育てったっていう立派な仕事ん勲章なんや。誇りに思うてんよかはずやろ?  違う、母ちゃんは女ば職業にしとーけん、そがんもんはつまらんのや。コンプレックスにしかならんとや。

 金ん足らん。

 豊胸手術は五十万から、高かところでは百万くらいするとばってん、やっぱり高かところは違うんばい。うちも高か方がよかねぇ。安全なんやあ。安全やし形もよかし長持ちもする。……そうなんよずっとふとかままではおらられんとよ。……ばってんたっかれば長持ちするし、うちもそうするわ。体へん負担も少なかし……麻酔もしっかりしとーけん痛うもなかし。……そうそう豊胸手術って言うてんね何個も種類があるんばい。ほらここ、こん福岡んT医院やったのこん方法やったら入院までせんでもそん日で帰るる……ヒアルロン酸ってんば入るるんよ、ほら注射みたいやけんね、チューって。ばってん長持ちせんけん、うちゃこれで行こうと思うとー、そうそう、シリコンバッグ……自然に仕上がるし。こん大阪んS美容外科に、K先生っていう先生がおってね、ハンサムで腕も良うてすっごか評判がよかと……。ここでやろうか迷うとー……

 確かに柔らこうて気持ちよか。それに、自分の器官なはずなんに、どっか妖艶や。こん妖艶さは大きかればふとかほど増すじゃろう。ばってん……。

 ばってん、あがんふうになるんはおかしか。どうやったら元に戻ってくるるとかなあ。

 周りば見渡してん彼女たちはおらんじゃったけん、夢中で体ば洗うとーうちにもう上がってしもうたんじゃろう。

「そがん蓮見さんなんてやめんね。花那って呼んで」 「感じたと?」 「感じてん、そがんわけなかろ。びっくりして、ちょっと声が出てしもうただけばい!」

 真澄は髪がきれかね。淑やかで伸びやかで、うちんと交換したかくらいやわ」 「ところで……。それ触ってんよか?」 「まあ……。減るもんやなかし」

「十分堪能しさせて貰うたし、早う服きな。そがん素敵なんおおっ広げに晒しとったらここらん淑女もどがんかなってしまうばい」  いたらんお世話ばい

 ああ、部屋に戻りたか。うちんピンクん素敵な部屋。よか匂いがするうちだけん世界。そこで研いだ包丁で、髪ば切るったい。髪ば切りたか。髪ば。髪ば。髪ば。髪ば……。

 偽りん笑顔ばした「あまりもん」ん人たちが恐る恐る聞いてくる。「あまりもん」ん人に手ば差し伸べらるる時ほど自分も「あまりもん」やと実感させらるることは無か。うちゃそん笑顔ば見るとなしてだかすっかり発作はおさまった。うちゃ泣きだしてしまいたか気持ちば押さえつけながら、今までずっと生業にしてきた「あまりもん」ん笑顔で答えた。

「真澄さんうちと組まん?」

 そがん大事なもんと?

 やけん、うちが終わらせちゃるばい

 ただいま

 今日も母は帰ってこんのじゃろう。……ようあることや。最近は不景気で売り上げも相当おっちゃけとーそうやけん、当たり前や。

 薄かピンクんベッドに、カーペット。本棚に学習机、クローゼットに白んカーテン。統一感があって、整理されとって、清潔で、そして何よりよか匂いだ。うちだけんピンクん世界。うちゃ、こん中でだけ生ききる。

 見つかったら嫌ばい。

 真澄ちゃん。おっぱいばりふとかね。

 広か銭湯や。入り口で見つからんばもう大丈夫じゃろう。

 さっきおったみんなは帰っちゃたんだ。真澄ちゃん、ちらっと見よったやろ? うち、長風呂やけん大体置いてかれてしまうんっさね。ほら、みんなはこれから塾あるしさ。うち貧乏やけん塾なんか通えんっさ。

 えっ、あっ、蓮見さん?こ、こんばんわ。……ありがとう

 やっほー

 臭か。  何かがうちん世界ば侵しとー。  なんが。誰が。許せん。つまらん。来んで。来なしゃんな。

 よかねー。うちもそんくらい欲しかね。

 なしてこがん傷ついとーと? そがん落ち込むことなかじょん。ほら大丈夫ばい。うちゃ大丈夫。花さんと組めんけんっていっちょん落ち込むことなかばい。そもそもそがん仲良うなかったし……。

 そもそもそがん仲良うなかった?

      なんでも4 倦怠                       名前呼びもいいものだ

 いつから母はこんなに小さくなってしまったのだろう

「いいよ」

 母ちゃんが帰ってきてる

 あの後花那ちゃんは自分を、髪を乾かし終えるまで待っていてくれて、その間、たくさんの話をした。喋った内容は緊張したからかぼんやりとしか覚えていないけど、とってもくだらないことばかりで楽しかったことだけは、ちゃんとここに記憶されている。

 銭湯の中学生料金で二百二十円。コインランドリーで三百円。サラダとおにぎりで二百五十二円。残りは二百二十八円だ。

 今日は、お金を貯め始め二百九十三日目だ。二百二十八掛ける二百九十三で六万六千八百四円。二週間に一度消臭剤とスプレーを買うから、そこから千三百四十四円かける二十の二万六千八百八十円を引いて残りは三万九千九百二十四円。あと、一ヶ月に一回シャンプーとコンディショナーも買うからよし、明日で四万円が貯まる。

「あまりもの」にも一生懸命ならこんな事があるんだな。

 彼女はもう一本コーヒー牛乳を買っていた。

 そんな嫌な人じゃなかったな。というか、めっちゃ面白い人だった。食わず嫌いしてたのかな。どうしよう、嬉しい。

 真澄は無理やり深呼吸をし息を整えると、涙を止めた。

 待って、私も話さないといけないことがあるの。修学旅行のお金の話なんだけど

 わかった。許すよ

 もう私は一人で生きていかなきゃいけない。母ちゃんは、死んでしまった。

「な? よく考えてごらん? この豊胸手術は、投資なんだよ。私の胸が大きくなったら、稼ぎはもっとたくさん増える。必ずね。百万くらいきっとすぐに元が取れるわ。それにお母ちゃんは自分の胸が好きになれたら、自信も持てるし、嬉しいし、何より生きてていいんだって思えるはずなの。だから」

 だから、そんな顔しないでよ、真澄。お母ちゃんが全部悪かった。反省してるから、だから許してよ


 いつから母はこんなに小さくなってしまったのだろう。

 これが私の、三万九千九百二十四円だ

 だめだ。落ち着いて。しっかり呼吸をするの。落ち着いて。そう駄目。泣いてはいけないんだ。

 こんなにお母さん頑張ってるのになんて事言うの、真澄あんたにはわからないのよ。私がどれだけ辛い思いしてるかってのは……。

 この人は何を言っているのだろう。ただ大きい胸のために死に物狂いで働いて。家を汚して、帰っても来ないで……。

 何よ

 私たちは「あまりもん」の家族なんだ。

 痛い……。

 めっちゃ大きくなったね……。

 待って、うちも話さんばいかんことがあると。修学旅行んお金ん話なんやけど

 わかった。許すばい

 もううちゃ一人で生きていかんばいかん。母ちゃんは、死んでしもうた。

「な? よう考えてごらん? こん豊胸手術は、投資たい。うちん胸が大きゅうなったら、稼ぎはもっとようけ増える。必ずね。百万くらいきっとすぐに元が取るるわ。それにお母ちゃんは自分の胸が好きになれたら、自信も持てるし、嬉しかし、何より生きとってよかんでん思えるはずと。やけん」

 やけん、そがん顔しなしゃんな、真澄。お母ちゃんが全部悪かった。反省しとーけん、やけん許さんね


 いつから母はこがん小そうなってしもうたんじゃろう。

 これがうちん、三万九千九百二十四円や

 つまらん。落ち着いて。しっかり呼吸ばすると。落ち着いて。そうつまらん。泣いてはいけんとや。

 こがんお母さん頑張っとっとになんて事言うん、真澄あんたにはわからんとよ。うちがどれだけ辛か思いしとーかってんは……。

 こん人は何ば言いよっとじゃろう。ただふとか胸んために死に物狂いで働いて。家ば汚して、帰ってん来んで……。

 何ばい

 うちらは「あまりもん」ん家族なんや。

 痛か……。

 ばり大きゅうなったね……。


 中途半端に賢い人ほどプライドが高く傲慢になる。僕はまさにそれだ。  








      ==なんでも5 倦怠と開花==            日本人の幼児化

 第一世代→大人  手塚治虫  反戦・残酷

 第二世代(団塊世代を含む)→大学生(学生運動)  白土三平  梶原一騎  反差別・反階級主義    第三世代(第一オタク世界)  Dr.スランプ 鳥山明  阿久悠(あえての子供化)→純粋無垢最高論  内面化

 第四世代(バブル崩壊90年代)→中学生  スラムダンク  フィクションの中の虚構

 第五世代(00世代)→小学生  反知性主義(ただのアホ)  麻酔コンテンツ→現実逃避  滅んでいく世界

「社会的意識」よりも「わかりやすさ」の時代

 →z世代の諦観

 社会派

 社会派になりたい

 雨は次第に強くなり、生活の音は搔き消され、緑は風にちぎれ飛ぶ。曇り空から部屋に薄く明りがさす。ひとりの四畳半。弁当とペットボトル。床に洗濯物。もうすぐ動かなくなるスマートフォン。――朝川はやとって人

 確証バイアス

 気怠げな 午後の授業も おざなりに  開襟シャツと 氷菓の木陰


「いい老け方したんだな」  遺影の君は溢れるくらい朗らかに笑っていた。

「場数も馬力も違うから」 「ははっ、彼も馬力はあった気がしたけれど」  車内は沈黙した。  馬力……。彼の馬力……。彼のあの、溢れ出すような馬力はどこに消えてしまったのだろう。再びあの笑顔が脳裏にちらつく。


 愚痴のアウトプットをやめて、他の知識のアウトプットをしようではないか。  脳まで囚われるな。やめよう。

 自分だけが違うという強烈で無根拠な自信こそ俺の個性では無いか。

 秘歓

 23  あとがき  僕らの顔の前には、四角いまたは立体構造になるように作られた布やプラスチックやビニールやらでできたものが張り付いている。これは今の社会には必須の道具で、僕もそれを否定したりはしない。きっと必要な物だ。  だがしかし、これが僕らから奪っていったものがある。それだけは確かだ。それを必要以上に嘆いて、批判したりはしない。繰り返すが、これは必要なことだったからだ。それに、僕らの青春というのは、「それが奪った物を取り返す」というものに、もう既になってしまっている。  「奪われた物を奪い返す」青春の本質とは、昔からそう相場が決まっている。よく考えたら、昔も今も変わっていないではないか。新しいテーマをくれたこの布切れにはむしろ賞賛すべきなのではないだろうか。変化なき者に訪れるのはつまらない死だけだ。僕は戦うよ。  「時代のせいと諦めたらそこまで 踏み出さなくちゃ何も始まらない」これは僕が大好きな歌の一節だ。僕らは生まれた時代を嘆きすぎだ。今の僕らは人類史に見ても最も幸福な世代であるといえる。そしてそれが今までにないほど深い、新たな悲劇を生み出している。しかしそれを嘆くだけじゃ、絶対にだめだ。君も戦うんだ。

 夕立の雨粒は黄金色だ。

 僕はこの文章の中で、幾つも嘘をついてきた。実は、これは本当の話である。僕は友人をあだ名で呼ぶし、童貞は華麗に捨てたし、自分で信じているくらい天才だ。  現実に起きてることってのは、君の前にも現れることがあるってこと。

 現代に生きる我々は、もうドラマティックに死ぬことができなくない――リルケ

 自分が死ぬと決まっている幸福。

 私の怠惰を、虚勢を、全く中身のない虚な言葉を、見抜いてはくれないか?


 盗まれた自転車が見つかったのは有名な自殺スポットだった。残された手紙から、自転車泥棒の女の子の軌跡を巡る旅が始まる。

 愛してるわ

 もう苦しまなくていいの

 本物の子供達が待ってるわ。

 列車を待ってる

 遠くへ向かう列車を

 望む場所へ行けるけど、

 どこかはわからない

 でも構わない

 2人は一緒だから

『インセプション――モル』

 確実にこいつ、タイムリープしてる?!?!

 若者よ。若くあれ。  青く燃える炎であれ。


 台風。

 落ちてた彼氏の服を着て、二人でコンビニに行く。午前二時。

 花火の音だけが聞こえる。どこで上がってるのだろう。      フェンスの向こう側で、フェリーが幾千の牛群のような声をあげて出港した。それは生物と無生物とが粉々になって、入り混じってしまうくらいの振動を伴っている。海鳥が二羽、筋のような雲に沿って工場地帯に飛んでいく。港に人は居ない。  そこにはただ日没前の静けさが存在している。  濃い潮の匂いがする。油ぎった水面に浮かぶペットボトルと、側に繋がれた小船が同じリズムで揺れる。波の音は絶え間なく心のかけらを攫う。死神がどこからともなく現れる。フェリーが熱したガラスのような色をした水平線を跨いで行ってしまうまで、僕はたっぷりと時間をかけてそれを見詰めた。  生臭く、温い風が吹いてきた。フェンスの間から見える海は豊かな殺気で満ちている。今にも僕を殺そうと必死だ。僕は死神に聞く。 「どうして海はこんなに僕を殺したがるのだろう。僕は海に何か悪いことをした訳ではない」死神は言った。 「お前に苦しんでほしくないからだ。人がゴギブリに毒をかけて殺すみたいにな。それにもうすぐ夕立が来る。酷い夕立だ。夕立に海が殺気立つのは、当たり前のことだろう」  死神はホルダーに残されたトイレットペーパーの芯のようなからからとした声で笑った。 「ゴギブリなんか殺しはしないよ」  ゴキブリなんか殺さない。  フェンスから手を離し、もう見るものなどない海に背を向け、僕は歩き始めた。


 足もとには、海沿いに生える葉に棘のある草が生えている。葉の表面には白い塩が吹いている。港に隣接する海洋公園の広場では若者たちがリズミカルな音楽をかけてスケートボードに乗っている。  公園から駅までは繁華街になっていた。観光客で賑わう大通りから一つ二つ道を逸れれば、喧騒は殆ど聞こえなくなり、代わりに沢山の人の囁き声でできたような静寂が支配した、入り組んだ細い路地に入る。そこでは皆が遥か遠くに来てしまったように錯覚する。  歩き出して数分もすれば日は完全に沈み終え、先刻まで真っ赤だった空にも静脈血のように暗い影が落ちた。路地の空気には、安い香水と吐瀉物が入り混じって希釈されたような、艶やかな香りが混ざりだした。  暫くすると、死神の言う通り夕立が僕らを襲った。  あっという間に地面は濡れ、マンホールの窪みに溜まった水が、光り出したネオンの赤と緑を反射し始めた。  向こうから、溢れそうなホットパンツの女が水滴を散らして駆けて行く。羽振の良さそうなスーツ姿の男がドアから出てきて、店のシャッターを押し上げる。少し先では、高校生くらいの女の子が店の軒下で体育座りをしながら、隠れるようにタバコを吸っている。その煙は緩やかな螺旋を描いて燻り、空気に溶けていく。タバコの先はオレンジに光っている。それは、炎天下の運動場で手を太陽に透かした時のオレンジだった。血液が激しく巡る身体を、更に強い光で貫いた時の色だ。  その情熱的な光に魅せられて、優しく降る雨の中僕は思わず足を止めた。少女は立ち止まって執拗に見詰めてくる少年に向かって怪訝な表情をし、責めるようにタバコを思いっきり深く吸い上げた。そして短くなったそれを濡れた地面へ投げ捨てた。  光が放物線を描く。刹那、世界の動きが極端に鈍くなり、雨の雫が空間に浮かんで、周りを埋め尽くした。あの煩い静寂が逃げ出すように去り、無音の世界が幕を開ける。煙がくっきりとした形でそこに存在している。少女はスローモーションのように長い時間をかけて瞬きをし、僕を一瞥する。光がゆっくりと地面に近づいていく。  タバコが水に届いた瞬間、その希望の塊のようなオレンジが音を立てて消えた。同時に世界は閉じ、浮かんでいた雨が瞬く間に落ちていった。あの頭痛のするような静寂も再び戻って来る。 「何?」  薄い髪色をの臍が見えるほど短いシャツを着た少女は、気怠げに言った。 「ああ、いや。なんでもない」  足早に立ち去ろうとした僕の手を、立ち上がった少女は握った。すっと顔を近づけて、彼女は僕をじっくりと見つめた。繊細な睫毛に囲われた眼球に緑がかった僕が映る。 「ねえ、待って……。君、結構かっこいいよ。うん。かっこいい。……あのさ、私、今気分がいいんだよね。最近退屈してるし、今日、君ならこれだけでいいよ」  人差し指と中指をぴんと伸ばした少女は、あのオレンジとは違った輝きを方をする目を細め、看板のネオンに照らされた顔を誘うように傾けた。そして体を寄せると、掴んだ僕の左手を、歳の割に悪くない大きさの胸に押し当てた。手の先から、彼女の温もりが伝わってくる。薬指が突起に当たり、彼女が態《わざ》とらしい声を出して笑う。抵抗せずにいた少年はひとつの事実に気がつく。少女は、紛れもなく生きている。それも少年を飲み込んでしまうくらいに激しく鮮烈に。少年はそれに、狂おしいほどの違和感を覚える。どうして海は僕を殺そうとして、このバカな女を生かしておくんだ? その違和感は源泉から津波のように押し寄せ、少年のダムは瞬く間に決壊する。  気がつくと僕は左手で彼女を突き飛ばしていた。急に力をかけられた少女は小雨の降る地面に転がる。小ぶりな尻が地面に着地し、短いスカートが濡れ、小さな水飛沫が上がった。  僕は走り出した。雨が瞼や、頰や、額や、鎖骨に降りかかる。 「待ってよ!」  振り向くと、雨に濡れた少女が哀れな顔で座り込んでいるのが見えた。それを見て、僕は刹那の間に消えてしまったあの世界のことを思いだし、耐え難い喪失感を覚えた。僕はすぐに前を向いて、彼女から完全に逃れるために路地を駆け続けた。      寂れたアーケード街へと入る。  すっかり濡れてしまった髪と服からできるだけ水を切り、再び僕は歩き出した。随分走った後でも、不思議と疲れは感じなかった。それよりも夏の雨の、水分を含んだ陰湿な空気が体にまとわりつくことの方が、よっぽど不愉快だった。アーケード街は先程の路地ほどではないが、やはり人はまばらにしかいない。建ち並ぶ建物は皆シャッターを下ろしていて、まるで世界が僕らを拒絶されているように見えた。  黄ばんだプラスチックの屋根を打つ雨の音は激しさを増し、すぐには止みそうになかった。  死神はふと立ち止まると、右手にある暗い路地を見た。  倣ってその路地を見ると、そこはどうやら食事屋の裏のようで、油に塗れた室外機の真下で汚い服の男が膝を抱え、顔面を両手で押さえて座っていた。髪の毛も疎で老人のように見えるが、本当の年齢は判別がつかない。そんな見た目をしていた。焦点の合わない充血した目の男は室外機から排出される熱く酷い匂いの空気の中、まるで体だけ雪山に取り残されているように震えていた。暫くしてうめき声を上げ吐瀉物を吐き出すと動かなくなった。 「彼を代わりに連れて行ってあげることはできないの?」足を止めて見ていた僕は聞いた。あの人は死んでる。どう考えても死んでいる。僕はそこに確かで暖かな安心感を覚えた。だから、連れて行けると僕は思う。そんな僕を死神は嘲けるように言う。 「あの男は悪人じゃないからな」 「そんなものかな」答えると、死神はどこかへ消える。 「確かに、本当に酷い夕立だ」  誰にも聞かれることなく呟いた。      アーケード街を抜けると駅はすぐそこだ。  改札を抜けホームへ降りると、丁度電車が来たところだった。コンプレッサーが収縮する音と共に扉が開き、中から冷たい空気が流れ出す。蒸し暑い夏の空気が体から離れて、気分が少しずつ楽になっていく。しかし、あの奇妙な静寂だけは耳からこびりついて離れなかった。座席に座ってしばらくその静寂と相対するうちに、次第にその響きの奥からあの港の波の音さえ聞こえてくるような錯覚を覚えて、僕は強烈な吐き気を催した。  いけない。他のことを考えるんだ。  そう。家に帰る前にコンビニへ行こう。夕飯を買うんだ。家に帰ったらレコードを回そう。聞くなら六十年代のロックだ。この前階下の住人に文句を言われたから大音量では流さない。そうだ、どこかにヘッドフォンが仕舞ってあった。あれでじっくり聞こう。姉は帰ってきているだろうか。帰っていないで欲しい。最近彼女はめっきり帰って来ないからきっと大丈夫。寝る準備をして、歯を磨いて、  これは自分と世界の健全な関係をしっかりと守るために、大事なことだ。死神はもうしばらく現れない。その間に早く眠ってしまおう。あいつの前では寝られないから。使い古して汚いけれど、寝心地だけは良いベッド。あのベッドで早く眠りたい。  どれだけこれからのことを考えても、          僕はじっと彼女の顔を見詰めていた。  秒針が鳴らす規則的な音だけが部屋の中に響いていた。  寝息は聞こえず呼吸による胸の動きも微かだから、僕は彼女が死んでしまっているように錯覚した。  暫くして、時計が〇時を告げた。  ベッドから起き上がると、裸にジーンズと薄いシャツを着る。  目を覚ますためにカップに残っていたコーヒーを飲み、それをシンクに片付けた。  ナイトテーブルに置いた財布を取ろうとした僕の腕を、彼女のひんやりとした手が掴んだ。 「私も行く」  そう言うと彼女はベッドからするりと抜け出した。  開け放った窓から入った月明かりが彼女の真っ白な身体を照らす。 「これ、履いていい?」  僕が頷くと、彼女は落ちていた僕のトランクスを履いた。それから上にオーバーサイズのプルオーバーパーカーを着ると、満足げに僕の手を握った。  コンビニへと向かう途中、僕はどうして彼女の家に居るのかを考えた。街灯が照らす彼女の顔を僕はちらりと盗み見た。  彼女は確かに僕のガールフレンドで、アパートに泊まっていたのだった。  彼女は同じ高校の一つ上の先輩で、最初は僕が彼女を好きになった。髪型が好みだったのだ。  高校に入ってから、誰かを可愛いと思うのは初めてのことで、僕は接点のない彼女と半ば強引に仲を深めた。球技大会を期に頼み込んで連絡先を交換し、あまり恋愛事に興味の無さそうな彼女に幾つもアプローチをした。  そんな彼女が薄着で僕の手を握り、真夜中、隣で歩いていることに僕は不思議な感覚を覚えた。

       何がすごいんだ? 難しい因数分解が解けたり、夏休みの課題を全て終えたり、そういうことができる方が、はるかに凄いことだと思っていた。    僕は小さな頃から目が悪かった。海と空の区別さえつかないくらいの、ひどい近眼だ。だからちょうど、十年前の三月三十一日から分厚いおはじきのようなメガネを付けていた。そしてそれから、二〇二一年の十一月十一日まで、約八年と半年の間メガネと生きていたことになる。今思えばなかなかの物好きだが、それ以外に術が無かったのだからしょうがない。かくして、僕は今まで、レンズ越しの世界しかみてこなかったのだ。この特徴は良くも悪くも、僕に多大なる影響を与えた。常に僕と世界の入り込んだ羊膜のようなそれは、僕を静かに現実から遠ざけ、ひとつの固定された花園に隔離した。      道に家を建てて一人で暮らす男。道を通る様々な旅人と時々交流しながら、ただひたすらに誰かを待っている。      野球と言っても五人しかいないから、まともな野球ではない。ピッチャーとバッターとキャッチャーそして外野兼回収班が二人の、どちらかと言えばバッティングセンターのような遊びだった。それでも、ただ家で時間を潰すよりかはいくらかましだった。


 ただでさえ短い夏休みのど真ん中で、俺たちは刺激を求めていた。外で遊ぶには、少々蒸し暑過ぎる日だった。  俺たちは朝から中学校の運動場へと出向き、野球をしていた。ただ家で時間を潰すよりかはいくらかましだったのだ。  朝のうちは涼しかったが、太陽が昇ってくるとすぐに、耐え難い暑さが運動場を襲った。  直射日光はじりじりと皮膚を焼き、温い風が砂埃を散らす。  一人がマウンドに上がり、俺はバッターボックスについた。視線がちらりと交わる。一球目は外角に大きく外れるボール。二球目はあわやデッドボールの内角高め。野球部ではないから決して上手くない。その次の三球目だった。二球の失敗を気にしたのか、ストライクゾーンに入れることが目的で放られた、緩いボール。俺はそれを待っていた。  重い感触と共に、小気味のいい音が響く。バットの芯がボールを捉えた音だ。それと同時に、キャッチャーをしていた奴が呟いた。 「あれ、やばくね」  ボールは高く弧を描いて林の中へと飲み込まれていく。俺たちはすぐさまそれを追いかけたけれど、いくら探してもボールは見つからなかった。  林の近くでは、蝉が、俺を責めるように鳴いていた。汗がつらりと首筋を流れた。  その時、唐突に俺の頭に閃いたのが「プールへの侵入」だった。今考えると魔が刺したようにしか思えない。しかし、照りつく太陽、消えたボール、うるさい蝉の声、そして一生懸命にボールを探す四人の友人。その時の俺は、これらを全て解決するこの思いつきを、実践しないほかはなかった。俺たちはすぐにプールへと向かった。  フェンスを掴み、俺たちは有刺鉄線を越えてプールに侵入した。針に掛かって少し怪我もしたが、目の前に湛えられた水はそんな痛みもすぐに掻き消してくれた。  後は先生が知っている通りだ。警備員に見つかって逃走し、ばれて、今ここで反省文を読み上げている。  俺は反省している。二度とこんなことはしないようにする。暑いからといって、ボールを無くしたからといって、ルールを侵し、たくさんの人に迷惑をかけたのはいけないことだ。本当に申し訳ない。            僕はじっと彼女の顔を見詰めていた。  秒針が鳴らす規則的な音だけが部屋の中に響いていた。  寝息は聞こえず呼吸による胸の動きも微かだから、僕は彼女が死んでしまっているように錯覚した。  暫くして、時計が〇時を告げた。  ベッドから起き上がると、裸にジーンズと薄いシャツを着る。  目を覚ますためにカップに残っていたコーヒーを飲み、それをシンクに片付けた。  ナイトテーブルに置いた財布を取ろうとした僕の腕を、彼女のひんやりとした手が掴んだ。 「私も行く」  そう言うと彼女はベッドからするりと抜け出した。  開け放った窓から入った月明かりが彼女の真っ白な身体を照らす。 「これ、履いていい?」  僕が頷くと、彼女は落ちていた僕のトランクスを履いた。それから上にオーバーサイズのプルオーバーパーカーを着ると、満足げに僕の手を握った。  コンビニへと向かう途中、僕はどうして彼女の家に居るのかを考えた。街灯が照らす彼女の顔を僕はちらりと盗み見た。  彼女は確かに僕のガールフレンドで、アパートに泊まっていたのだった。  彼女は同じ高校の一つ上の先輩で、最初は僕が彼女を好きになった。髪型が好みだったのだ。  高校に入ってから、誰かを可愛いと思うのは初めてのことで、僕は接点のない彼女と半ば強引に仲を深めた。行事を期に頼み込んで連絡先を交換し、あまり恋愛事に興味の無さそうな彼女に幾つもアプローチをした。  そんな彼女が薄着で僕の手を握り、真夜中、隣で歩いていることに僕は不思議な感覚を覚えた。  自分が自分で無いような、意識と肉体が存在するこの現実の事象が食い違っているような感覚だ。いや、それも違うかもしれない。例えると、胴体に殆どコミカルな風穴が空いていて、欠損しているような感覚に近い。僕は彼女だけを見ているから自分に空いた穴を直接は見ることができない。ただ少し足が軽いような気がするだけだ。  銭湯を過ぎた角を曲がると、いつものコンビニが現れる。それは闇の中にぼんやりと光っていて、僕はなんだか自分が羽虫になった気がした。  彼女はコーラと、僕のためのブラックコーヒーを小さなカゴに入れると、グミのコーナーに駆けて行って「どれにしようかな。これ、気になってるんだよね」と一人で盛り上がっている。僕はその間に彼女が持っていたカゴを奪うと、店を回りペヤングとコンドームと新作のハーゲンダッツを放り込んで、まだ可愛い顔をして悩んでいる彼女のもとに戻った。 「私これ気になるな」  そう言って彼女はグミの袋に手を伸ばした。僕はそんな彼女が着ているプルオーバーパーカーの下からトランクスの隙間に手を潜め、彼女の柔らかな尻に爪を立てた。  言葉にならない叫びを上げた彼女は驚いて僕を睨んだが、カゴに入ったコンドームを認めると更に赤面して、僕からカゴを奪うと、足早にレジへと歩いて行った。  僕は彼女のそんな初心なところが好きだった。彼女は真面目で、初心でどこまで行っても清純だった。本当に僕のことを好きなのだろうか。  


 モチーフ      豊饒の海から生まれ変わったと信じる二人      修辞を知らない探偵      だから、僕は違う、僕という強者のための文学を書く。そう息巻いてペンを手にした十六歳の僕は、まず強くなる事に決めた。僕の理想において、まず初めに僕が強かに生きる圧倒的な強さを持つべきだ、そう考えたのは至極当然の成り行きだ。  そう気づいた僕はそれから暫くの間、全くと言って良いほど行動を起こさなかった。目の前に横たわる巨大な壁に物怖じしていたからだろう。起こせなかったと言って良い。その時の僕はあまりにも弱く、その壁の前で寝返りを打つことさえ叶わなかったのだ。しかし、そんなふうにつまらない、グランジのような陰鬱な日常を無気力に送る裏側では、ゆっくりと強く早くなっていく鼓動と共に、六十年台ハードロックのイントロが徐々にボリュームを上げ始めていた。  



 こんな夜は一人でいるより他はない。澪が目の前にいたら気が狂ってしまう。颯はそう思った。

    「彼女には、お産を迎えた母のような優しさが備わってる」  怜はそう思いつくと、汗ばんだ顔で微笑み、小脇に子供ーー彼の息子乃至娘ーーを抱える幸せの権化のような彼女の姿を想像するのであった。 「僕の子供を孕んで欲しい。産んで欲しい。二人で錯誤しながら家庭を築きたい」  そんな種類の、至って細部まで純粋な欲求が彼の胸を貫いた。それは彼を再び酷い無力感で悶えさせた。  怜はそれに対応しての反動形成的心の働きであるだろうが、そんな少年に特有の一種の虚勢として、想像した彼女の顔に文字通り母のようなつまらなさを発見することに成功した。恋愛的な波乱とは無縁のそれを見つけると、彼はこの馬鹿馬鹿しい妄想自体を笑い飛ばすことを試みるように、それを軽蔑するような考えを意識的に自分の中に創造した。 「そんなにつまらないことはない。彼女よりもっと魅力的な人は、それこそ公園の桜の花びらのように踏んでしまうほど居るはず。今の僕に彼女は似合わない。身を固めた後で出逢うべき相手だったのだな……」  その後暫く怜の身体は射精したあとのような虚脱感に見舞われた。それは実にゆっくりと眠気と混じり合い、軈て彼の意識は海溝の底へと潜っていった。  彼が自衛の為に創り出した下らない嘘は、長くの間に彼を苦しませる枷となるやも知れぬものであった。しかし、より浅はかな葛藤こそ真実の愛をより強固なものにするものであり、特にそれはこういった年頃において最も顕著に顕れる効果である。  そういった点で、図らずも彼は恋愛行動の初動に潜む巧妙な罠を一つ飛び越えたのだ。  彼が意識し得ぬところで彼はそれをやんわりと知覚していた。そういった予感は眠りから覚めた後も、至る所で顔を覗かせた。そしてその予感が確信に変わるのは、再び彼女と顔を合わせた、それから数日後のことである。          丹田の奥に蔓延り、幾度と無く主張を繰り返す情熱を、すっかり火照ってしまった頬を、颯は冷え冷えとしたこの夜に諫めて貰うことを期待して、ベッドに腰掛けながら唯只管に思考を巡らせた。  幾つもの小宇宙が生まれ消えゆくのを、颯は月下の白い暗闇の中で知覚した。まるで蓮の蕾が開き、真っ白な花が咲き乱れ、そして朽ち果ててゆく様を早送りで見ているかのようだった。  そして、夜の鱗粉に包まれた静寂が寝台列車の一室に舞い降りる。その静寂は颯に一つの変え難い運命を告げる。  来ないでくれ! ああ、返事をしてはいけない!  少年は叫んだ。忌わしい、茉莉花の薫りのする静寂を、淡い紫に染まる静寂を、切り裂き脱出する為に。  静寂はそれを難なく眠らせることに成功した。それとは別に燻り続けていた、37.5度の熱を帯びた情熱が少年の口を後ろから噤んでしまったからだった。  ドアを叩く音が颯の部屋に響いた。  新たなベールが部屋全体を覆い、少年はまた一段と深い覚醒に落ちた。 「颯?」  心臓が早鐘を打つ。耳の側を通る血管が、汽笛と紛うくらいに音を立てている。            颯が澪の腹についた精液を拭いている間、澪は彼のされるがままにぐったりとしていた。しかし彼女の瞳に浮かんだ涙は、恍惚の光を灯し続けていた。二人の身体はパンを焼き上げたばかりのオーブントースターのように火照り、コーヒーに注いだミルクのようにどこまでも混じり合っていた。              無理数的宇宙観  思考(創作物)は世界の観測  我々の世界において存在=知覚である。  観測(思考・創作・内面への探究)=存在の創造=我々のこの世界においてのその世界の創造


 ・強烈に認識している自我が消滅するとは思えない。  ・死を境目として自我が何らかの性質変化が訪れるに過ぎないという確信に近い予感。  ・自分の思考(創作物)はどこかで、宇宙の内外を論外として存在しているという感覚。世界への認識。  ・この世界はどこまでも広く、全てが存在し得るという認識。    自我は消滅しない。    皆さんは死をどう捉えていますか?  死んだら何もなくなる? 天国、又は地獄へ行く?  きっとこれも人それぞれだと思います。  というか、そもそも真剣に考えた事がある人さえ、少ないと思います。そこで、今日は僕が新しい世界の見方。世界観の提案をしたいと思います。  それは、20世紀のイギリスで生まれた「無理数的宇宙観」です。元は中央アジア付近の思想が元になっていると言われています。この世界観において、世界はどこまでも広く、あらゆる事象が既に起きています。その中で我々の自我というものは肉体と結びつきながらもあらゆる世界を観測する道具と定義されます。自我というものが時空を超えて世界を知覚するのです。  つまり、私たちの精神活動の副産物である創作活動の全ては世界の観測なのです。  我々の世界において、「知覚(認識)=存在」であるから、つまり、我々の創作活動は、世界の創造なのです。      きっと我々は死んだ後、もしくは何かしらの形でこの世界との決別を迎えた後、無限の世界のどこかで新しい形で生まれ変わるのでしょう。世界は無限に存在するのです。もしかしたら何かの創作物の中にあなたの変化した先の姿が観測されているかもしれないですね。  以上です。    自我を投影する

(我々の認識する世界において一番近いと思われる表現)

 ゲーム性とは? どこかの本能を擽るもの  勝敗の分かれ目。      その比喩として「無理数の数列に思いついた数字が入っているような世界」というもの。  イギリスの哲学者ランディの言葉    思考がどこかで存在しているという世界の認識      思考の中で発現すること自体、実質的に存在していると言える。  何かしらの接続によって思考内に像を結ぶ。  我々の世界において知覚することこそ存在することであり、つまり思考による観測こそこの世界においてのその世界の創造である。  そういった点であらゆる思考・創作物はつまり世界の認識(切り取り/創造)でありそれらは次元を超えた接続を可能にする自我に用意された能力・手段であると言える。      志  人々の思想に火を灯すような作品を創り出す。疲弊し切ったこの日本社会に、新しく火を灯す。  軈て全てを飲み込み、末端まで強烈な熱を届ける火だ。        ただそこにはその時の僕らにしか出せない特有の空気があって、その時の僕らはその中でしか生きられない生物だった。僕はその中でも運転が得意な方で、何度か通う頃には、ある程度のバイクの運転方法を心得ていた。        永遠の顕現    社会の変革      私の人生の目標として、最も大きなものを私は二つ挙げることができる。  一つは精神的世界における最も困難な野望であり、一つは社会ないし肉体における最も突拍子もない願望である。  端的にいうとするなら、前者はこの世界における永遠の顕現。又は自我の世界の脱出である。そして後者は文学による日本思想の再生である。  私は芸術家であるから欲は人一倍強いと自覚しているつもりである。故に、その他にも成したいと思うことはそれこそ、星の数ほどある。  これらを達成するために私は生きる。        薄桃の 花弁、水面を 見ないふり    ぽつんと灯 吹く風中に 遠囃子        三島由紀夫の全集を置いて欲しいです。  最近は、以前読んだ本を再読することが増えてきています。すると、幼い頃の自分の面影を行間にみつけたり、自分の成長を否応なく知覚させられたりします。先日梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」を、小学校中学年ぶりに読みました。初読の時に感じた温もり、美しい庭の情景、主人公の心の動き。そんなものが思い返され、とても素敵な読書体験となりました。何より私は、何年も前に体験した世界がそのまま保存されていたというのが非常に嬉しかったです。      世界も自分自身さえもシュミレーションで  誰かが観測してるいるからこそ  存在を保てていて、その存在が消えてしまったら  我々は泡沫の夢のように消えていくものだと思ってます。

   私が、 認識の光を放射して視 覚 器 官 を 「透 視 」 し 、 外 界 を サ ー チ ラ イ ト の よ う に 照 ら し 出 し て ク オ リ ア を 「発 見 」 す る 、  と い う の が 、 「私 が 見 る 」 と い う こ と な の だ 。 ギ ブ ソ ン は 、 意 味 は 脳 が 作 り 出 す の で な く 、 環境世界に先在するとい う。 世界は元々 クオリアに満ち、認識の光がその一部を発見する のである。 なるほど、 私が見る北極星の姿は、 1000年前の もの だ。 その 意は、私は、 認識 の光を物理学的な光に時間逆行して送り出し、1000 年過去の 北極星へ と到達させるとい う ことなのだ。中世の認識論では、 目に光が入っ て物が見えるのではなく、 目から光が出て 物が見える、 とい う説明が主流だっ たとい う。かかる 「逆生理光学」 は、決して既存の物 理学体系と相矛盾するもの ではない。 ただ、 「私」 の い る場面で、方程式の時間の向きを逆 転させればよい だけなのだから.    一人称的認識論が人々を納得させない理由  独我論的世界をもたらす→それは人々の感情的反発を生じさせる。        私は、私を閉じ込めている宇宙の恐ろしい空間を見る。そして自分がこの広大な広がりの中の一隅につながれているのを見るが、なぜほかの処ではなく、この処に置かれているか、また私が生きるべき与えられたこのわずかな時が、なぜ私よりも前にあった永遠と私よりも後に来る永遠の中のほかの点でもなく、この点に割り当てられたのであるかということを知らない。私はあらゆる方面に無限しか見ない。…私の知っていることのすべては、私がやがて死ななければならないということであり、しかもこのどうしても避けることのできない死こそ、私の最も知らないことなのである。  — ブレーズ・パスカル (1670年) 『パンセ』、前田陽一訳      ケイムズ卿のご意見をお聞かせください。私の脳がその本来の構造を失い、その何百年か後にその同じ素材で同じ知的なものが制作された場合、その存在は私と言ってよいのでしょうか、またもし私の脳とまるで同じものが二つ,三つと作られた場合、そのすべてが私なのでしょうか、つまりそれらすべては一つの同一の知的存在なのでしょうか。  — トマス・リードからケイムズ卿への手紙(1775年)    鏤める 猛り狂う 猖獗 猖獗を極める   「すべては物理的である(Everything is physical)」物理主義  デカルト的な心についての考えが「機械の中の幽霊」といった形で批判を受けた。    志向性(しこうせい、独: Intentionalität)あるいは指向性(しこうせい)とは、エトムント・フッサールの現象学用語で、意識は常に何者かについての意識であることを表す。この概念はフッサールが師事したフランツ・ブレンターノから継承したものであり、ブレンターノは志向の対象の存在論的・心理学的状態を扱う際にこの用語を使った。    全ての心的現象は中世のスコラ学者が対象の志向的(もしくは心的)内在性と呼んだものおよび、完全に明確ではないが、対象つまり内在的対象性と我々が呼ぶかもしれないものによって特徴づけられる。あらゆる心的現象は、必ずしも同じようにではないが、自身の内に対象として何者かを含む。表象においては何者かが表象され、判定においては何者かが肯定または否定され、愛においては愛され、嫌悪においては嫌われ、欲望においては欲望され、…というように。志向的内-在性は専ら心的現象が持つ特性である。物質的現象はこのような特性を示さない。したがって、心的現象はそれ自体の内に志向的に対象を有する現象だと定義できる。      ① シスコンのマラソンランナーが、孤島にいる。  ③ 欲望に支配された棋士が、樹海にいる。      じっと彼女の顔を見詰めていた。  秒針が鳴らす規則的な音だけが部屋の中に響いていた。  寝息は聞こえず呼吸による胸の動きも微かだから、僕は彼女が死んでしまっているように錯覚した。  暫くして、零時の鐘が鳴る。  ベッドから起き上がると、裸にジーンズと薄いシャツを着た。  目を覚ますためにカップに残っていたコーヒーを飲み、それをシンクに片付ける。  ナイトテーブルに置いた財布を取ろうとした僕の腕を、彼女のひんやりとした手が掴んだ。 「私も行く」  そう言うと彼女はベッドからするりと抜け出した。  開け放った窓から入った月明かりが彼女の真っ白な身体を照らす。 「これ、履いていい?」  僕が頷くと、彼女は落ちていた僕のトランクスを履いた。それから上にオーバーサイズのプルオーバーパーカーを着ると、満足げに僕の手を握った。  コンビニへと向かう途中、僕はどうして彼女の家に居るのかについて思いを巡らせた。街灯が照らす彼女の顔を僕はちらりと盗み見た。  名前が、どうしても思い出せない。


    「知ってる? この世界がどうやって成り立ってるか」

           彼女が窓を開け放つと、冬の風が吹いてきて、真白なレースカーテンがひらりと舞った。その瞬間から豊かな月明かりが差す。床に落ちた月光は風が吹く度にかたちを変え、風が止むとともに消えた。  彼女は隣に腰掛けた。窓に面したベッドサイド。再び風が吹く。  露台に蝶が飛んできて、囲う柵に伸びた薔薇の蔦にとまった。夜だから蛾かもしれない。それは僕には判断がつかない。  彼女は徐に側のランプに光を灯し、ベッドに置かれたままの僕の手を強く握った。 「私に付けさせて」  彼女はそう言うと、極めて艶やかに微笑んだ。        ロマンティカ      リュート  チェレスタ=カリヨン  ファゴット  ヘッケルフォン  ヴィブラフォン  オンドマルトノ  フリューゲルホルン  ハルモニウム  サクソフォン  シロフォン=マリンバ  フレンチホルン  コントラファゴット  ワーグナーチューバ      スウィートチェストナット  森林など、適度に湿り気のある目の粗い土壌に育ちます。約20mくらいの高さになる大きな木です。開花期は一般のクリに比べて遅く、新緑のあとの6月から8月にかけて咲きます。花は花穂のように見え、香りが強いのが特徴です。      啓理      初恋       染野太朗    悲しみはひかりのやうに降りをれど  会ひたし夏を生きるあなたに    文庫本二冊携へ水買へば  旅がはじまる熱海への旅    出のわるいシャワーに髪を流しつつ  しづかな今がふいに厭はし    嫌われぬためだけにことば選びつつ  要は性欲だらう初冬の    雨の午後のきみでなき人とするセックスに  息乱るればぼくは笑ひぬ    泣けないな 青信号と秋の陽が  ごぞつて人を動かしてゐる    君には恋人がゐるといふだけのことを  どうしてきみもぼくも花束のやうに      たったこれだけの後悔でこれほど不快なんだ。たったこれだけ。たったこれだけ。  どうしよう。俺はこのあとどれ程の後悔に身を窶さなければいけないのだろう?  今からでも間に合うだろうか?      人生を設計しよう。キャリアをデザインしよう。そんな考え方が大嫌いだ。  資本主義に侵された人は何て愚かなのだろう? とか思ってしまう。恥ずかしい。  そもそも幸せってなんだろう? 人はなんのために生きているのか?  一生を苦しみ抜き終えた人はどうして生きたのだろう? 一生を平穏に過ごし、たくさんの幸福と共に過ごした人と比べると、その人は哀れなのだろうか? 僕は哀れか?    進路実現のための……。  めんどくさかったり、自信が持てないだけなのでは?              大学教員(研究者)の仕事  ・研究  ・教育  ・地域貢献  ・大学運営        ジョジョみたいなんおもろいな〜  スタンドかっけえな〜  新しい扉や!      「卵」とは始まりである。生き物はすべて、それから誕生する。      僕と卵焼き 「卵焼きを作るということはつまり、性行為である」  そう説いたのはバルザックだったかゴダールだったか、はたまた太宰治であったかは知らない。しかし、時を超えて残る言葉というものは一定の真実性あるいは一つの技巧、——気の利いたジョーク——が含まれているもので、例に漏れずこの言葉も、なかなか味わい深いものがある。  「卵」と聞いてまず思い浮かぶのは鶏卵だろう。あの暖かな白に、黄金比のフォルム。我々のタンパク源筆頭として、非の打ち所がない造形をしている。その白さと整然さにどこか人工物のような正確性があるが、生命を感じる形でもある。実に不思議な表裏一体だ。またそこには完全性も含有していることを忘れてはいけない。卵ほど完結性に富んだ形をしたものが他にあるだろうか? 私は未だそんなものに出会ったことはない。但し、複数個の鶏卵を観察するとなると話は変わる。鶏卵は一つ一つの形や大きさは様々なのである。おまけに茶色い卵もある。そこには生命の個性、多様性がある。  鶏卵の良さはその造形の他にもたくさんある。例えばその一つがその殻である。鶏卵は殻の耐久力、その具合が、非常に丁度いいのだ。誰しも鶏卵くらい手に取ったことはあるだろう。仲良くパックに並べられた一ダースの卵たち。嫌に爽快感が伴うあのバリバリ[#「バリバリ」に傍点]を剥ぎ取り、左角手前の鶏卵を手に取る。その硬さが、言い換えればその柔らかさが、とても丁度いいのである。力を入れれば握り潰す事も出来るだろう。だがしかし、料理に使う時に割ろうと思うと話が変わる。料理には殻を入れてはならない。よって必然的に卵を綺麗に[#「綺麗に」に傍点]割らなければならないが、それは手によってだけでは成し得ない。キッチンの硬い角を使わなければならないのだ。その絶妙さが人に      調理のためには殻を破らなければならず[#「破らなければならず」に傍点]、そして取り去った殻を捨てなければならない[#「捨てなければならない」に傍点]卵を取り巻く、その一連の制約には、我々人間が看過してはいけない象徴性が包摂されている。


 我が家の朝食でウインナーと並んで不動のレギュラーとなってから実に久しい。     「卵」の中にはいつか生まれるひよこが、常にいるのである。        双眼鏡と可視光線の例え。  双眼鏡=自我  可視光線=我々が認識できる要素(この世界にあるもの)  紫外線=我々が認識できないもの(謂わば上位存在)  窓の外と闇の奥。  何も考えてない時。      跡奉          2.青年期自我の時代的変遷  1980 年(昭和 55 年)代後半からソビエト連邦で進められた政治改革運動である「ペレストロイカ」(perestroika)は、それまでの米ソ冷戦がおさまり、青年がそれまで重視してきた社会の価値観 に即したアイデンティティの確立や確信していたイデオロギーを弱めるという結果を生んだと思わ れる。また、わが国で 1991 年(平成 3 年)から 1993 年(平成 5 年)に生じたバブル経済の崩壊も 青年にとっては目標に向かって頑張れば達成できるというやる気を低下させる結果をまねいたと思 われる。筆者は、戦前からの青年の自我と今世紀に入ってからの青年の自我の大きな相違は、この ペレストロイカとバブル崩壊時を分岐点にして「自己顕示(self-assertion)・自我同一性(ego identity) の確立」を重視してきた点と「自己愛」(narcissism)を重視している点とに分けられるととらえた。  図 1 は、青年期自我の時代的変遷をまとめたものである。以下に図 1 をもとに戦前から今世紀ま での時を追って青年のさまざまな心の問題について考察する。      Erikson(1950)は、アイデンティティが確立されていない不適応青年を「同一性拡散」と名付け、 とくに決断力がない、時間展望がない、対人的距離が取れない、勤勉さがないなどの特徴をあげた。 この「同一性拡散」は、後述する精神医学でいう「境界例」と同様なものとしてとらえられる。  わが国では、アイデンティティの問題は 1970 年(昭和 45 年)代から 1980 年(昭和 55 年)代ま で青年心理学や精神医学で盛んに取り上げられた。この時期の書籍「青年の精神病理」(笠原ら編; 1976、弘文堂)はよく購読された。また、小此木(1981)は、当時の青年の特徴として、「モラトリ アム(15)」(moratorium)、つまり、いつまでも青年期を満悦し、アイデンティティを確立しない点を取 り上げた。    笑顔が太陽みたいでした。  11/8    先輩めっちゃ可愛かったです。  円形ステージ  下の方の段々で二人。  並んで食べたかき氷。  11/10      メジャー化について      怒りを書き記せ      日本のジェンダー論の問題点は「女性を守ることを前提にしていること」と「権利ばかりで義務の議論がない」ことです。

 欧米の「平等の歴史」を見てみると、権利拡大と共に《義務の拡大》|と《保護の減少》が付随しています。たとえば階級差別から階級平等になったフランス革命は、同時に「平民以下の徴兵義務」も同時に行われています。  また南北戦争では、奴隷制を維持したい南軍は奴隷を徴兵しなかったし奴隷の志願も認めなかったのに対して、北軍は解放奴隷の志願を受け入れています。これは「義務を果たすなら権利が得られる」という考え方であり、奴隷は「権利を得るための義務を選択することができない」のが差別だったわけです。

 男女平等も同じで、男女平等には「社会で権利を得るなら社会的義務を果たす」必要があり、政治家や政治幹部がジェンダー指数としてカウントされるのは「女性が義務を果たしたいのに、果たすことができない差別がある」とされるからです。でも日本は戦後すぐに被選挙権も平等にしたので、女性が政治家としての社会的義務を果たすための障壁は100%無いのに、その点はまったく議論になりません。

 だから日本の女性達は欧米女性達にくらべて明らかに「義務を果たさずに権利ばかり得ている」といえ、だからこそ17分ぐらいで「日本は(女性が)居心地がよい」という発言につながります。そりゃ「社会的義務」を果たさずに、権利を執行できるなら居心地が良いのは当たり前、男性の自殺率が女性よりも多いのは「社会的義務の負担が重すぎる」からです。

 段ボール授乳室の話は、よくある「平等と公平の議論のイラスト」で説明できます。ただし、イラストの違いではなく「箱を用意するのはだれか?」という視点です。動画内では「お金払うのは国民」と指摘していますが、それよりも「そのお金を授乳室に使うと決めたのはだれか?」が問題なのです。

 じゃあ誰が決めたのか?日本が(女性達が言うように)男性社会(男性中心社会)であるなら、それを決めたのは男性政治家と男性役人です。女性達が「女性の尊厳が!!」と反発するのは、彼女たちに「自分達には公平性を担保する義務がない」と思っているからです。政治家は公平性をどうやって担保するか、を議論し決定する仕事ですから、日本の女性達が義務を果たさないことがそのまま段ボール授乳室につながっているわけです。

 結局日本は「女を守ること」が大前提の社会であり、女性達自身が「社会に甘えること」しか考えない、女性達に「社会的義務を果たせ」と言えない社会であることが諸悪の根源になっています。      エロティックとグロテスクの本質は全く同一のものである。  そこにある生命の尊厳の侵犯に呼応し、我々の保有する生命も沸る。その効果が全く同じなのである。  どちらも生命を損なうという現象によって、生命を感じる。    私が貴校を志望する理由は、貴校が日本で一番水準の高い授業を展開するからである。  私は私の人生を、自分や世界の存在意義やその成り立ち、その他あらゆる形而上の命題ついて考究し続けることに費やしたいと願っている。その願望を叶えるにあたって、今現在の私に不足しているものは、既存の形而上学への造詣ばかりではなく、むしろ形而下の知識であると私は考えている。よって多様な学問を最も高い水準で学習することができる且つ、入学後に進路選択の自由がある貴校のその素晴らしい環境は、私の目標達成に大きく寄与するであろうことを、私は確信している。  私のやりたいことは職業ではない。つまり一般的な社会的意義というものは、存在しない。私が将来、長い年月を懸けて自我の正体を突き止めたとして、それが社会を構成する誰かに良い影響をもたらすとは想像し難い。  だがここで問いたいのは、人間を、人間たらしめるものは何なのか、という問いである。私はこの問いに「精神活動」だと答える。自我を考究する、芸術を探求する、そういった命題について頭を悩ませ、限りある時間を消費することこそが人間を人間たらしめているのだ。人類が滅ぶときとはつまり、全員が考えるのを辞めたときだ。私がこう信じているが故に、私がそういった問いの答えを模索し続け、命をすり減らしている間は、まだ人間は人間であるという尊厳を保持し、生き永らえ、命を繋ぐことができるのである。  社会とは、集団で生きる我々人間という生物の、生存のためのシステムである。そう定義したとき、私の願望というものは、資本主義社会により数値と成り下がってしまった幸せを、属する小集団に還元するといった、一般的な社会的意義のある仕事等よりも、ずっと重大な別種の意義があると私は信じる。  貴校は私が羽ばたく場として、最も適当であると私は考える。是非とも私に、入学の許可を頂きたい。    気付くかどうかである。


 社会的思考方法の定義      薄桃の 花弁、水面を 見ないふり         袖口を 押さえて追うは 君の影      心急く 鼻緒に足を 突っ掛けて      帯押さえ 追うは先行く 君の背中    遠囃子が 止んだ。露台で 歯を磨く    祭囃子 紅い鼻緒を 突っ掛けて    揺る裾は 祭囃子の 急かすまま    祭笛 鼻緒の痛みも どこへやら


 構造と力      音楽創造計画    雨宮静    計目理佐   ドロップポップマップス

「」    反対運動のお兄ちゃん                合理主義者を騙る奴が嫌い  合理主義者でない人を見下すその姿勢    他人の迷惑を考えずに速さを求め、それによってセーブされた時間をを有効活用するでもないのに、その姿勢を取らない人を軽蔑する奴ら。      シルダリヤは川。温暖化で湖に    (ブラキオ・ブルーベリー革命)    エアコンの前に惰眠を貪る人類は環境変化の前には無力であったのだ。       少女はナイフを研ぐ。  縋るように丁寧に、汚れを削ぎ落とすように力を込めて。  刀身の擦れる音が清純な一室に響いた。  ナイフの切れ味が増すたび、少女は自分の中の抑圧された狂気が身悶える声を聞く。



案2[編集 | ソースを編集]

 ひぐらしがカナカナと鳴いていた。私は姉と2人で、近所の公園の砂場で遊んでいた。辺りは真っ赤な光のベールに覆われていて、私たちのほかには誰も居なかった。 「お姉ちゃん、どうしたの?」 先ほどまで私と砂の山を作っていた姉が、不自然に遠くを向いたまま動かないのだ。その目線の先を見てみると、少しだけ木が生い茂った林を見ていた。(何を見ているんだろう)それを知りたくて、私もそこを見ていた。だけど私には何も見えなかった。 その時、突然姉が言った。 「帰ろう」 「え〜もうちょっと遊ぼうよ」 と言って彼女の目を見た途端、私は固まった。いつもの姉の目ではなかった。私の我儘を許さない強制の目だった。私は惜しがりながらも 「…わかった」 と言って彼女と手を繋いだ。  その時だった。彼女がその場でバタッと倒れた。 「え?お姉ちゃんだいじょうぶ?」  私は驚いて姉の顔を覗き込んだ。その一瞬で日がぐっと傾き、あたりは不気味なほどに赤く染まった。そして、風が止んで、空気が不自然に澱み始めた。私は幼いながらに悟った。(ああ、これはヤバいやつなんだ)と。そしてこれは本能だった。その力が私に気づいて欲しかったのかもしれない。私は衝動的に、倒れた姉の唇に人差し指で触れた。その瞬間、先程まで姉が見つめていた茂みに、真っ黒な、禍々しい雰囲気を感じた。思わず振り返るとそこには、頭に汚い布袋を被り、それを上から麻紐で縛り付けている何かがいた。顔は見えないが目が合った、そんな気がした。私は恐怖のあまり叫んだ。泣きながら、今までにないくらい大きな声で喚き散らした。ひたすら叫んでいた。最後に見えたのはその何かが結ばれて麻紐を解こうとする姿だった。そして、それが布袋を取ろうという時に、私は意識を失った。

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 次に目を覚ましたのはお寺だった。6畳間に布団が2枚敷いてあって、そこで私と姉は川の字に寝ていた。(ここはどこだろう。わたしはたしか…)起き上がると、1番近くの襖がすっと開いて優しそうなおじさんが出てきた。 「おう、2人とも目ぇ覚ましたか。良かったな。間に合うて…」 横を見ると、姉も起き上がっていた。  彼はタイラさんと名乗った。この寺の住職をしているそうだ。彼は私たちが襲われたものについて語った。 「ありゃあ幽霊やに。可哀想になあ。顔をめちゃくちゃにされて殺されたんやろうな。」 タイラさんは、姉はそういった怪異を引き寄せやすい体質であること、そして私には、唇に触れることでその人がどんな霊や怪異に取り憑かれているかがわかる力があることなどを話してくれた。 「お前らはほんと良かったよなぁ。おとやんが公園で2人が倒れとるの見つけて、すぐに気づいて俺のとこへやって来たんやで。お前らは幸運やに。長生きしな。おっと、せやけどそっちのお嬢ちゃん、君はまた憑かれるかも知れんなぁ。またなんかあったら、すぐここに来いやに」 彼は人を安心させる力強い笑顔で言った。 「俺が祓うたるでなぁ」 そしてタイラさんは襖を開けた。そこには父と母が顔を泣き腫らしながら寄り添って待っていた。私たちが大丈夫だとわかった父はその場で崩れ落ち、母は私たちに抱きついてきた。父はタイラさんにひたすら感謝の言葉を述べていた。  私たちはタイラさんと寺に別れを告げ、車に乗り込んだ。そして山道を進んで家に帰った。両親はひたすら安堵していた。  私達がその寺にお世話になることは、今の今まで遂になかった。

「実は、私、霊感あるんですよ〜。なんか、超能力みたいな。」 私は言った。 「人の唇に指をあてて、い〜っぱい集中して念じたら、その人に霊が憑いてるか、どんな霊が憑いてるかがわかっちゃうんです。」  この話は本当だ。幼い頃から同じことができた。私は普通の人にはない能力を持っている。しかし、唇に触れないと何も感じることはないため、あって特段困るようなことはなかった。それどころか日常生活でこの力に頼る事は全くと言って良いほどなかった。  普段の私ならこんなこと絶対に言わないだろう。霊感などといういかにも胡散臭そうな話は、奇異の目で見られることの方が多い。そんなことは小中で嫌というほど経験済みだった。  では、なぜ私はこんな話をしているのか。簡単に言うとそれはアルコールのせいである。私は今大学のサークルに来ているのだ。サークルの名前は「心霊・オカルト現象研究会」。名前だけはもっともらしく、最初はオカルト好きの集まりだと思っていた私は、私の能力が肯定されると期待して中学からの親友ミサキと一緒に入ったのだ。しかし、残念なことにこのサークルは所謂“飲みサー”と言うやつだった。でも私は後悔していない。それは彼がこのサークルにいるからだ。 「え〜そうなんだ。すごいな。本当?」 そう、少し驚いたように返事をする彼の名前はタクヤ先輩。医学部の3年生らしい。180センチの長身でスラっとしたモデルのようなスタイル。しかもそこらのアイドルよりもクールな顔立ち。私は一目惚れだった。2度目の飲み会でLINEを交換できた時には“オカ研”に一緒に入ってくれたミサキに何度も感謝したほどだった。 「そうなんですよ〜。」 頬が火照ってゆくのがわかる。この熱はアルコールか恥じらいか、どっちなんだろう。程よく酔いの回った脳が、このまま彼の唇に触れられないだろうか、なんて考えてしまう。 「唇に触るっておもろいなぁ。」 向かいの医学部5年生で部長のハヤテ先輩が言う。留年を2回しているらしく、大人なお兄さんといった感じで、優しいという言葉が似合う聖人のような人だ。調子に乗りやすいのが玉に瑕だが、この20人余りの飲みサーをまとめ上げる有能な幹事でもある。 「いっちょ俺のこと見てくれよ。」 笑いながらこんな事を言ってくる。(ハヤテさんも相当飲んでいたからなぁ。この流れでタクヤ先輩の唇も…)なんて邪な考えを抱きながら私は2つ返事で了解した。 「いいですよ。ちょっと口触っちゃいますね。」 人差し指を彼の唇に軽くあて、目を瞑ってぐーっと集中してみる。すると彼の後ろにぼんやりと、暖かいような、黄色いような気配がした。手を離し、「ふぅ…」と息を吐いた私はハヤテさんに言った。 「ハヤテ先輩はあったかい感じの霊が1人。憑いてますよ。厭な感じは全然しなかったんで、守護霊とかだと思います。良かったですね。」 「おお、そうか。それは良かった。でも、守護霊ってやつもちょっと怖いな。なあタクヤも視てもらえよ」 (ハヤテ先輩ナイスッ)私は心の中でガッツポーズをして、隣のミサキに目配せした。ミサキは目で(良かったね)と言っている。ミサキよ、お前はなんていいやつなんだ。タクヤ先輩は面白そうだなというふうに 「じゃあやってもらおうかな。」 と目を閉じて唇を突き出した。私はテーブルの向こうにいるタクヤ先輩へと顔を近づけて、まじまじとその顔を見てみる。真っ直ぐに通った鼻。女の子のように長いまつげ。血色の良い唇。形の良いそれぞれのパーツがまるで黄金比のように完璧の位置にある。(美しいな…)なんて思いながら私は彼の唇に人差し指を近づけていった。興奮は絶頂だった。アルコールが速めた心拍数はさらに速くなっていった。そして私は彼の唇に触れた。  その瞬間だった。ドクンッと音が鳴ったように感じた。心臓の音の様だが私のものではない、他の誰かの音だ。私はその場から今すぐにでも逃げ出したくなるような激しい恐怖に襲われた。そして彼の後ろに赤黒い人影が何人もいるように見えた。彼らは何か喋っているように聴こえたが私はもはや何も聞き取れない。まるでピントをずらしたように世界の輪郭がぼやけ、またドクンッと音が鳴った。脊髄を揺らすような嫌な響き方をする音だった。  そして視界が、暗転した。  

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「はっ…」 私は目を覚ました。 「ここはどこっ」 上半身を勢いよく起こして周りを確認する。そこは見慣れたミサキの家だった。 「あ、リサ起きたんだ。良かった。おはよう。」 状況を飲み込めずにいる私をみて、顔を顰めつつ彼女は言った。 「昨日は大変だったんだよ。あんたがタクヤ先輩を視た時に卒倒しちゃってさ、私とタクヤ先輩、それとハヤテ先輩でここまで連れてきてあげたんだよ。先輩達めっちゃ心配してたよ。あんたが大丈夫なのか、あと、タクヤ先輩にやばいの憑いてたんじゃないかってさ。」 しかし私は、ミサキの言葉など耳に入ってこないくらいに動揺していた。全身が厭な汗をかいていた。あの人影はなんだったんだろう。 「ね〜昨日タクヤ先輩になんか憑いてたりしたの?」 洗面所から歯ブラシ片手の呑気な声が聴こえてきたが、今は説明しているような場合ではない。 「ちょっと、私のスマホは?」 「ベッドの横の机に鞄置いてあるから。」 「ありがとう」 自分の鞄を弄ってスマホを見つけた私はLINEを開いた。タクヤ先輩から「大丈夫?」といった旨のメッセージが届いていた。気遣いを忘れない彼の優しさに心が蕩けそうになったがすぐに頭を振って、こう返信した。 「ありがとうございます。大丈夫です。ちょっと先輩と話したいんですけど、今日暇ですか?」 昨日見たあの光景について考えていると、2分ほどしてタクヤ先輩から返信が来た。 「暇だよ。どこで会おうか。」 「では、駅前に1時間後。10時半に来てください。切羽詰まっているので話はその後で。」 私はベッドから飛び起き、急いで身支度を整えた。 「ミサキ〜ありがとう。じゃあね。また今度」 「ちょ、ちょっと待ってよ」 ミサキの制止の声を振り払って玄関を出た。私の家はミサキの家と近く、歩いて5分もかからない距離にあった。私はとても焦っていた。家まで走って、そこで大急ぎで風呂に入り化粧をして急ぎ足で家を出た。そして、2度と使わないだろうと思っていた電話番号に電話をかけた。 「もしもし、タイラさん。おはようございます。お久しぶり振りです。いま少し大変なんです―――」 人通りの少ない朝の路地には、私が駆けるコツコツという音だけが響いていた。


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  「待った?」 タクヤ先輩は予定より五分近く遅れて到着した。 「あ、いいえ。大丈夫です。」 これは嘘だ。遅れた先輩に少し苛立っていた。それくらい急いでいたのだ。 「ちょっと説明するのは時間かかっちゃうんで、行きましょう」 私は先輩を待たずにせかせかと改札を抜けて駅に入って行く。先輩はそのあとを少し遅れてかけ足で着いてきた。 「ちょっと待ってよ。これからどこに行くの?」 「三重です。私の実家のに行きます。新幹線に乗りますよ」 「えっ?」 その場に茫然と立ち尽くしてしまった先輩に向かって、私は振り返って言った。 「早い方がいいんです。置いていきますよ」


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 東海道新幹線のなかは平日の昼間だからか、空いていた。座席に座って緊張も解れてきた私は、隣に納得いかないような顔で座る彼を見た。焦っていたから気が付かなかったが、今日は赤いピアスをしているようだ。黒のパンツに白のサマーニット、その上からブルーのサマージャケットという出立ちだ。黒いキャップも着けている。(とってもお洒落だなぁ…)私は心の底からそう思った。ひと段落したため、こちらから話を始めようと息を吸ったのも束の間、彼がこちらを向いた。 「なんで俺たち、三重まで行くの?昨日の、やっぱなんかやばいの憑いてたの?」 心配そうな目が可愛い。こんなときでさえそう思ってしまう自分に嫌気が差してきた。母性本能を働かせている暇はないのだ。 「そうなんです。あの時私は―――」 それから、ことの顛末を細かく話した。タクヤ先輩の後ろに見えた複数の赤黒い影のこと。そのせいであの飲み会で倒れてしまったこと。そしてこれから行くのはタイラさんという除霊ができるお坊さんのお寺だということ。他にも、いろいろ。  タクヤ先輩は自らを落ち着かせるように心臓に手を当てて目を瞑りながら私の話を聴いていた。そして、話が終わると目を開けて、納得したかのようにポツリと言った。 「ありがとう。そんなことがあったんだ。それは…とても怖いな」 彼は大きな恐怖を耐えるようにゆっくりと窓のほうに顔を向けた。顔は見えないがきっと恐怖に歪んでいるのだろう、アームレストに置いた手が震えている。 「でも大丈夫ですよ。タイラさんに頼めば、絶対祓ってくれますから。」 私は彼の震える左手に手を重ねて、出来るだけ安心できるように言った。彼はその手を握り返してきた。私はすぐに顔が火照ってゆくのを自覚した。(私はなんて、大胆なことをしてしまったんだ)こんなふうに動揺しまくる私などお構いなしに彼は言った。 「俺、ひとつ心当たりがあるんだ。本当はあの飲み会で話そうと思ってたんだけど―――」 彼の話によると、2週間ほど前に(一応俺たちオカ研だから)ということで、酔ったハヤテ先輩に半ば強制的に連れていかれる感じで、タクヤ先輩と他のオカ研部員2名で有名な心霊スポット行ったらしい。そして、その心スポというのが、何人かの女性が連続で殺されたという惨たらしい事件が起きて廃業になったところだという、いかにもな廃ホテルだった。 「その時に俺だけ2階に上がったんだ。階段が壊れててね。壁の配管を登って、窓枠を越えて中を見た時、これはやばいって思ったよ。確実に雰囲気が違かった。俺に霊感とかないよ、でも本能が全力で言ったんだ。はやく帰れ、ってね。だから俺はハヤテ先輩に言ったんだ。2階は壊れそうだし何もなさそうだから、帰りましょうって。」 その後は何か起こるということもなく、4人は家に帰ったのだが、タクヤ先輩は2階のあの部屋の雰囲気があまりにも気になったので調べてみた。すると、 「あの部屋はその、被害者の人達が酷い拷問をされて苦しみながら殺された部屋だったらしいんだ。だから、その時に連れてきちゃったと思うんだ。その…彼女たちを―――」    ❇︎ ✴︎ ✳︎

 新幹線を降りた駅で電車に乗り換えて、その先に着いた駅でタクシーに乗った。数分走るだけで市街地を抜けてしまい、山道に入って行った。  車を走らせること1時間、懐かしい寺に着いた。(姉が死んでから…もう来ることはないと思ってたのに)お金を払ってタクシーを降りると、この時間に来るのを知っていたかのように門が開き、中からタイラさんが出てきた。あれからもう10年経つはずだが、まったく老いておらず元気そうだ。 「はいはい、早う入るんや。」 タイラさんはそうやって私たちを表座敷に迎え入れてくれた。私は今までの事を手短に説明する。するとタイラさんは深刻そうな顔をして、 「だんないで。俺がついとる。じゃあ、やってくるんに」 と、覚悟を決めたように言った。タイラさんタクヤ先輩を連れて、奥の部屋へ入っていってしまった。タクヤ先輩は相変わらず心配そうな面持ちで彼に着いていった。  私はその場にただ1人残されて、ぽつんと座ったまま祈ることしかできなかった。 「きっと…大丈夫。」 それから3時間ほど経っただろうか、タイラさんが笑いながら戻ってきた。心から安堵しているように見える。その顔を見た途端、(あ、大丈夫だったんだ。)と私は悟った。 「だんなかったに。そんなやばいやつやなかったでな。」 「よかったです…。本当ありがとうございます。」 心の底からの感謝を伝えた。 「彼は奥で寝とるで。目ぇ覚ましたら、もう帰るとええ。」 そうして私は奥の部屋へ案内された。そこではタクヤ先輩が穏やかな顔で寝ていた。  どのくらいの時間が経っただろうか。彼が目を覚ました。 「あれ…ああ。おはようリサ。」 上体をゆっくり起こし、私に向き直る。するとタクヤ先輩は私の頬に指当てた。 「どうしてリサが泣いてるんだよ。」 彼はそう言って笑った。私はそう言われるまで、自分が泣いていることに気づいていなかった。 「だって…私、本当に心配したんだから…」 涙を止めることは出来なかった。タクヤ先輩は安心させるように、私を抱き締めてくれた。それから少しの間、彼の胸で私は泣いた。泣き終えると少し恥ずかしい気持ちになって、照れ笑いをした。彼は、それすらも包み込むような、優しい笑顔で言った。 「ありがとう。君とタイラさんのおかげで、僕は救われたんだ」 私たちはそのあとタイラさんに別れを告げ、寺を後にした。  そして私たちは、もと来た道順を辿る様にして帰った。  出発した駅の改札を抜けた頃には、もう東京は夜になっていた。 「今日はありがとね」 「いえ、先輩に何にもなくて、良かったです。でも―」 私は彼に笑いかけた。 「―もう心スポなんか、行かないでくださいね。」 「うん。そのつもりだよ。じゃあ、さよなら…」 「お疲れ様です。」 無情にも、タクヤ先輩は去っていく。 (ああ、やっぱ私には高嶺の花なのかな) 私は去っていく背中を見て思った。命を救ったとしても、決して彼の特別にはなれない。彼女にでも会いにいくのだろうか、タクヤ先輩は軽やかな足取りで歩いていく。(きっととってもかわいい彼女さんとかいるんだろうな)私は彼に背を向けた。今日は移動ばっかりだったし、沢山泣いて疲れた。早く帰ってベッドに倒れ込みたい…。そう思ってとぼとぼ歩き出した私に、背後から声がかかった。 「待って。」 私は声のほうへ振り向く。少し前に別れたはずの彼がそこにいた。突然のことに心臓が早鐘を打っていた。 「ねえ、今度遊びに行かない?」 彼は口に人差し指を当てて、にこっと笑った。 「―――2人だけで」  恋心というものは単純だ。  今日はいい一日だった。私は心からそう思った。

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 デートの日がやってきた。私はうんとお洒落をした。髪を巻いて

 

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 僕は彼女が目覚めるのを、ただじっと待っていた。  彼女は猿轡を噛まされ、目隠しもされていた。その痛ましい姿が、僕を唆らせる。  あ、泣き声が聞こえてきた。目が覚めたのかな。 「やあ、おはよう。リサ」 目隠しを優しく取ってあげる。 「いい夢は見れたかい?」 彼女は僕の顔を見て涙を流しながら首を振っている。 「今日はね、2人だけで君と話がしたかったんだ。だから―」 猿轡も取ってあげた。 「―君も話せるようにしないとね。あ、でも叫んだりはしないでくれよ。どうせ誰にも届かないから、煩いだけだ。」 彼女は声が出せないようだった。 「なあ、最初から気になってたんだけどさ。リサはなんで自分だけが能力を持ってると思ってたの?」 僕は笑いかけた。彼女は何かブツブツと呟いているが、声が小さくて聞こえない。 「なんて言ってるの?しっかり話してくれないと、わからないじゃないか。僕は君と話がしたいんだ。」 彼女は茫然とした表情で言った。 「そんなはずは無いわ…。だって、あの時震えていたじゃない。あれは演技だったの…?それに、あんな沢山の霊に憑かれていることを知ってたら、正気を保てるはずがないわ。」 彼女の言葉を聞くと、可笑しくて堪らなくなり、つい声をあげて笑ってしまう。 「あはは。君はどこまで能天気なんだ。こりゃ傑作だよ。あの時は嬉しくてね。君という運命の人に出会えて、喜びで震えが止まらなかったんだよ。」 彼女の目からは絶望の色が伺える。僕は興奮してきた。これから僕の話を聞いたら、彼女はどんな顔をするだろう。もっと酷くなるに違いない。 「じゃあ、そろそろ種明かしといこうか。」 僕は彼女の前で人差し指を立てた。 「まず、僕は君とだいたい同じ能力を持ってるんだよ。自分の心臓に手を当てて、目を閉じたら視えるんだ。いろいろね。」 彼女へ微笑む。 「次に、僕に憑いている幽霊たち。あれは言わば僕の蒐集さ。僕が殺した女たちだよ。」 僕は注射器を取り出した。 「この能力に目覚めたのは最初に人を殺した時だったんだ。そいつは君と違って嫌な奴でね。衝動的に殺しちゃったんだ。僕も初めてだから怖くなっちゃって、胸に手を当てて落ち着こうとしたんだよ。その時、死んだそいつが視えたんだ。殺したそうな顔で僕を睨みつけるんだ。その時、本当に興奮したんだ。そんな気持ちは生まれて初めてだったよ。死んだ後のあいつらの表情が、僕を極限まで興奮させてくれるんだ。多分そのための能力なんだよ。これは。」 きっと僕は変態なんだ、そう言って僕はまた笑った。 「最後に、君はこう思ってる。タイラさんが除霊したはずなのに、なんで幽霊がまだ憑いているのか、ってね。これは、簡単に言うとタイラさんのせいだ。わかりやすく言うと、彼はこっち側なんだ。人を人と思えない。社会の一員になれない異常者さ。でも彼はいい人だった。だって、君の不幸を願って僕に協力してくれたんだもの。」 注射器に薬品を注入して、人差し指でピンピンッと弾いた。 「タイラさんは、ひとにかかった呪いを取り去る能力があるんだ。」 彼女の顔はもう何も読み取れない。 「あ〜あ。つまんないなぁ。リサはもっと元気な子だと思ってた。そこが好きなのに。」 彼女の頬をつついてみるが、全く反応がない。じゃあこれしかないか。 「ねえ、リサは自分に能力使えないんでしょ?」 彼女がビクッと震えた。図星だったようだ。 「それでさぁ、聞きたいんだけど、お姉さんとか…」 彼女は僕の言葉を遮って、涙を散らしながら叫んだ。 「お姉ちゃんが死んだのは事故よ!私は…私は何もしてない…」 「そうなんだ。でも、お姉さんはそうは思ってないみたいだね。」 彼女は震えて、そして俯いた。僕からは影になって顔が見えない。彼女は今どんな顔をしているのかな。  気になる。見たい。  僕は衝動に任せてリサの髪を掴み、無理矢理顔をあげさせた。彼女は今までで1番美しい恐怖の顔をしていた。瞳の奥まで絶望に支配された彼女は僕の黒い欲望を刺激した。  僕は用意していたナイフとペンチを取り出した。 「ほらリサ、君も蒐集に加わるんだ。」 タクヤは恍惚とした表情で言った。 「君が13人目の僕の女だ。」



She sat down on the bed and took out a cigarette and an oil lighter. She then switched the cigarette to her left hand and lit the oil lighter.

 "Kasht"  A delightful sound echoes in the silence of the room. Only the light was dazzling in the pale darkness.  She lights a cigarette in her left hand with a graceful touch. The gesture reminded me of a gentle breeze blowing in an empty park at night. Once the cigarette was firmly lit, she put the lid on her oil lighter and tucked it into her pocket.  Then she smoked it with great relish. She smiled at me with her beautiful eyes narrowed, as if she had been born to smoke. She closed her eyes and exhaled the smoke from her lips. The smoke and the smoke from the tip of the cigarette drew two lines, smoked into the air, and then disappeared.  I watched in silence. To me, she was the beauty of everything in the world. The spring breeze, the summer sun, the autumn smells, the winter light, all the beauty I knew was in her.  The moonlight seeping through the plain lace curtains illuminated her fine white skin. She tasted her cigarette for about five minutes before putting it out.  Spring moonlight is white. It was as translucent as thinly cracked white mica. Her soft skin looked more radiant than anything else in the light. Floating in the faint white darkness, it was so beautiful that it could be mistaken for a dream.  She opened her closed eyes and looked at me. She had two well-shaped eyes, long eyelashes, a beautifully shaped nose, and breathtakingly beautiful red, well-shaped lips.   Her lips moved. "…So, runaway boy. What do you want to do now?" She smiled and looked at me. Then she tilts her head lightly. A breeze blows in through the window, shaking the lace curtains. The light that hangs from the gap between the curtains changes its shape. I watch the scene for a while without speaking. After the scene is burned into my eyes, I say, "I don't know,I don't know. What should I do? I..."  She pulls up the straps of her white slip in a bored manner and says with a slight blush on her cheeks, "I'm going to stay at home with you. I'll let you stay in my house if you're in trouble," she said. "And what will you give me for it?"  She laughed.  I remained silent, unable to speak. Then there was a silence that lasted long enough for a microcosm to be born, mature, and then disappear.  She had been looking at me with a smile during that time, but suddenly her expression changed and she looked a little troubled. Then she looked at me with reproachful eyes.

she said. "You should be more grateful to have been found by such a wonderful and mature woman like me.  I think you've used all your luck for the rest of your life."

 I dropped my gaze to the wooden floor and said. "I'm sorry. I think I'm lucky, but I don't really feel it. "  I was getting tired of my brusque words. I am always like that. If it were true, I would be sleeping alone in my room at my father's house right now. And here I am. I'm sure she feels annoyed too.  Tears began to well up in my eyes, and my vision temporarily lost its outline. I must not cry. I endure patiently. I hold back. And I take a deep breath. The perfume and the remnants of the cigarette she smoked invade my body. I am sure that it will pass through my blood vessels and become a part of me.  I look up and meet her eyes. She has a very mature face. I am overwhelmed by it. She touches my chin without losing her mature smile. She pulls me back, and I fall forward, face forward. "Whoa, I..."  She kissed me to stop my panicked words. She poured herself into me, much denser than the air I had just inhaled. I accept it with my hands hanging down. I had no choice but to accept it.  How long had it been? She pulled her mouth away from mine a little and said, so close that I could almost breathe on it, "It's okay. It's going to be okay. Love and love will be hereafter..." She hugs me.  She pulls me into a hug. Then she whispered in my ear. "…From now on, you will be able learn it with my lips."  I wanted to stay in her arms. The spring night breeze was still cold enough to make me shiver. But while I was holding her in my arms, I felt a warmth so deep that I did not even feel the chill.  I gently fell asleep in the warmth of a single completed warmth.




某一章  


「ねえクオリア」 「なに?」 彼女はページを捲る手を止め、こちらを向いた。 「君は、遍在転生観へんざいてんせいかんって知ってるかい? 」 「知らないわ。それって、どういうものなの?」 「この世界に存在してるのは自分だけなんじゃないかって考えることらしいんだ。」 「へえ、そうなのね。」 「いや、この説明では誤解を与えてしまうかもしれないね。わかりやすくいうと、ひとつの世界の捉え方のことなんだ。」 僕は彼女の目を見ながら続けた。 「この世界にあるそれぞれの“意識・自我”というものはただひとつ、自分しか存在せず、過去、未来、同年代のあらゆる知的生命体は唯一の“自己”つまり、“僕”が輪廻転生りんねてんしょうした姿なのであって、“僕”は今地球にいる全ての人間だったし、全ての人間になるだろうという考え方なんだ。」 「つまり、私もあなたもいれものが違うだけでひとつの意識に過ぎないと言うことかしら?」 「そういうことになるね。入れ替える度に記憶は消えてしまうものらしいけれど。」 「それは…突拍子もない考えね。」 クオリアは笑った。 「もしその考えが正しいとしたら、貴方と私が今話しているのだって時空を超えたひとり遊びってことになっちゃうじゃないの」 「そうなんだよ」 僕も笑った。 「いつか僕はクオリアだったかもしれないし、クオリアは僕だったかもしれない。」 「もしくは―」 彼女は続けた。 「もしくは―これから私が貴方になるのかも。」 「そう…かもしれないね」 僕は窓の外の、灰色の空を見上げた。 「僕は…できることなら君になってみたいんだ」 彼女は少し驚いた様子で、目を見開いてこちらを見た。 「どうして?」 その視線に射られた僕は、肩をすくめて答える。 「僕が僕の身体に収まっているうちは、君のこと全部を理解できないように思うんだ。」 彼女は呆れたようにため息をついた。 「そんなものよ。でも、私は貴方に私の全てを理解して欲しいとは思わないわ」 「それは、何故なんだい?」 「ひとは秘密があったほうが魅力的に見えるもの。それに、知っても意味のないことばかりでしょう。」 だから―と彼女は続けた。 「だから、私は貴方になりたいだなんて思わない。でも、誤解しないで欲しいわ。貴方になることに魅力を感じない訳じゃないの。」 ひと息ついて彼女は言った。 「ただ、貴方を知ることが、少し怖いのよ」 僕はすこし気分を害して、彼女へ向き直った。 「もうちょっと信頼してくれないかい。僕は君を裏切ったりなんかしないさ。今までも、もちろんこれからもね。」 「そういうことじゃないのよ。」 僕の目を見つめ直した君は、再び言った。 「そういうことじゃないの。」

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「でもときどき、私もそう思うことはあるわ」 「そう思うって?」 「この世には”私”っていう意識しか、存在しないんじゃないかってね。」 いつの間にか君は窓辺に立って、枠に手を掛けていた。外の雨降る風景を見ている。 「そうなのかい。」 「むしろ、そういう思考になってしまうことの方が当然に思えるわ。ひとの気持ちに触れることなんてできないわけだし―」 君はティーカップを手に取り、いかにも余裕ありげにひと口啜った。 「―もし一度そうだと思ってしまったら、それを否定する根拠がいくら探しても見つからないだろうから。」 「たしかに…そうかもしれないね。どうしたって反例は見つけることはできないだろうね」 ひと息おいて僕は言った。 「―僕らが生きているうちは。」 「死んだらわかるのかしらね。」 「そればっかりは、僕らにはわからないさ。」 僕は微笑んだ。 彼女も笑った。



「もし遍在転生観を正しいと仮定したら、私たちが生きる意味ってあるのかしら。」 「安易なニヒリズムに浸ってはダメだよクオリア。僕らにはもっと他に考えるべきことがあるはずさ。」


こちらを向き微笑んだ彼女は窓の外に目をやった。 「たとえばこの雨。実は今日雨が降る予感がしたの。朝起きた時からこうなるかもって」()


某二章


「ねえクオリア」 「どうしたの?」 「君は、昼と夜どっちが好き?」 「また…貴方らしい質問ね。」 彼女は笑った。そして困った様子で考えはじめた。 「私は…そうね…私はどちらも好きよ。でも、しいて言うなら…」 数分の熟考の後、彼女は曖昧な微笑みを浮かべながら答えた。 「しいて言うなら、私は夜が好きだわ。」 「それは―」 好奇心の赴くままに僕は聞いた。 「―それはどうして?」 「夜の…雰囲気が好きなの。あの何もかもが溶け出してしまっているような、それでいて純粋なようにも感じる闇の雰囲気。光が届かないせいかしら、物事の輪郭がぼやけて見えて、区別されていたものたちが混じり合う。そこではどんなことが起きても説明はいらないわ。だから人は夜に恐怖するのかしらね。」 彼女は夜に陶酔したかのような妖艶な表情で続けた。 「私は夜の闇も好きだけど、月も好きなの。誰かの光でしか輝けない脆さとそれでも精一杯私達を照らしてくれる健気さを感じるの。」


某三章


「―洞窟の比喩」 本から目線を上げ、虚空をぼんやりと眺めいた君が、ぽつりと言った。 「―貴方は善のイデアはひとが認識できるものだと思う?」 「イデア論か…。また急だね、君は」 僕は苦笑した。しかし彼女は少し興奮しているのか、こちらの態度を気に留める素振りもなく話はじめた。 「かのプラトンは言ったわ。“魂には眼がある。それによってのみ真理を見ることができる”とね。」 彼女は暖炉に焚かれた火に視線を下ろした。 「プラトンにとって、真理というのは。」


某四章


「私、この景色見たことあるわ。」 君は突然そう言った。 熱い夏の日だった。僕らは海辺の小道を歩いていた。 「ははあ。それはデジャヴってやつだね。」


第五話


「この世界は仮想空間なのかしら」




「特別なものを見に来たんだろ?」  僕は真っ新な原稿用紙に向かって呟いた。 「やめてくれ。ここにはないんだ」  静が、んーと唸りながら上体を起こして僕の腿に手を置き、どうしたの? と聞く。 「なんでもないよ」  と僕が言うとそう、と言ってすぐにまた眠りに落ちた。彼女のずり落ちた毛布を掛け直すと、僕は外に出た。  閑静な住宅地を抜けると、アーケード街。この先に行くと、すぐ駅に出る。




 女性の性欲への問題提起。


・本気になることを書こう。